『AF強奪』

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 かつては栄えた巨大な一都市であったのを伺わせる高層廃ビル郡、荒廃した大地が砂と化し、強く吹き荒れる風に巻き上げられ砂嵐となって周囲一体の視界を悪くする。
 そんな中に砂漠用に迷彩を施され、その巨大で無骨なラインの巨体を隠している一つの機影が見える。GA製量産型AF『ランドクラブ』、といってもその容姿は大きく変わっており原型を留めている部分を探す方が一苦労と言わせたくなるほど。

 先ず四つあるヘビーキャノンがギガベースのロングレンジキャノンに置き換えられている。最もそれ自体もかなり手が加えられておりそれぞれ片方にしかキャノン砲が見られない。その代わり内側に潜り込まれた際の防御としてガトリング砲が数問取り付けられている。機体前面には主だった改修はされていないが側面には片方三つ、合計六つのハンガーが設けられており後方にはハンガーが二つ増設されている。しかしそれ以外の変更点は見当たらない。寧ろ移動拠点としての機能をランドクラブに与えたかのような構造をしている。

 そしてそのランドクラブ内の一室、至る所にパソコンの画面とディスプレイが置かれそこに映される膨大な数字の羅列と情報をたった一人で見つめる男が椅子に座っていた。

 男はその中の一つにマウスを動かしカーソルを合わせるとクリック、情報を大きく映し出され画像と共にアップされる。そこに記載されている情報は二つ、片方は数時間前にユニオンの補給艦隊とそれの護衛艦隊が通信途絶となりユニオンがイレギュラーの排除を行うという情報、そしてもう一つはユニオンとその傘下企業トーラスの共同開発した量産型AF『イクリプス』の情報、そこに記されている情報は間違いなく軍事機密レベルでの詳細が記されていた。男はニヤリと口元を歪ませると先程の項目に目をやる。そこでユニオンが誰を雇ったのかを確認すると突然目頭を押えた。そこに記されていた情報は「カラードNo.1 キャンディス・ナイト」と「カラードNo.39 ハンニバル」と表記されていた、男は大きく溜め息を吐くと椅子から立ち上がり部屋を後にする。

 部屋を出て歩いていく方角にあるのはランドクラブを大きく改造し左側面のハンガーの一つに向かっていた。すれ違う人間達からはどんなに狭い廊下であろうと隅に立ち敬礼をされていた。男は「ご苦労」や軽く手を上げて返答する。そして辿り着いたのは左側面の後方に位置するハンガー、その中では整備半が慌ただしく動き回り純白を基調とした逆接ネクストの整備に躍起になり忙しく動いている。その中で一人白衣を纏い長い紫色の髪にパーマをかけた女性を見つけそこに足早に駆けつけると、女性は男の存在に気付いたのか後ろを振り向く。

「あらファング、ここに来るということはアトランティカに用かしら?」

「察しが良くて助かるぞエキドナ、その肝心の本人は何処に居る?」

「あの子のならもう直ぐ戻ってくるわ、喉が渇いたといって食堂に行きましたからね。」

 そうかと呟くと向うから目の前のネクストと同じ色をしたパイロットスーツに身を包んだお下げを二つ作り、それを三つ編みした少女がこちらに向かってくるのを確認する。

「アティ、探したぞ。」

 アティと呼ばれた少女はその声の主を視認するとあからさまに嫌な顔をする。

「げぇ参謀…何の用ですかぁ〜?」

 少女がファングの前に来た瞬間左手で軽くチョップを決めると「いったぁぁぁい!!」と叫ぶ。

「ただのチョップでオーバーリアクションだぞアティ。それと明らかに嫌な顔をするなと何度も言っているだろう。」

「参謀の左手と両足、義手義足じゃないですか!どこにただなんてあるんですかぁ〜。」

 少女は涙を浮かべながら叩かれた頭を撫でながら反論する。ファングは「何だ?全力のストレートパンチを貰いたいのか?」と聞いてきたので「殺す気ですか!?」と絶叫する、このままでは話が進まないと判断してこの話を強制終了させて本題に入る。

「上海まで行ってあの二人にこの情報を与えてこい。渡し終えたらお前は事の顛末を見届けて次第離脱、帰還して来い。」

 ファングはそう言ってアティに携帯端末を与えるとアティはその情報を確認すると「あ〜」と残念そうにぼやく。

「ハンニバルって人は知りませんけどぉ、歌姫相手だとあの二人では苦しいですねぇ〜。それでこの情報を教えて少しでも時間を稼いで来いってことですよね?」

 「そうだ」と短く返答をするとエキドナに目を向ける。

「整備なら最短で急いでもあと十分は掛かるわよ。」

 「そうか、なら急いでくれ」と短く言うと逆説ネクストに目を向けると下を向いて顎に指を当てて考え込む。この後に控えている作戦を反芻、シュミレートを繰り返していた。最も戦うのはこのファングではない。イクリプスの強奪にはこの部隊の実力者、副長のエンタピオとカラードで雇ったリンクスを向かわせるから幾ら彼がシュミレートを繰り返しても大して意味が無い。

 だがしかしこれは彼、ファングの一種の病的なもので所謂「悪癖」である。リンクスと言うより前線に出払う事も少ないから全員から「参謀」と呼ばれている。しかしこの部隊はファング無しでここまで活動は出来なかったネクストを数機所持し、それをカラード登録していない武装組織などイレギュラーであり危険因子であることに変わりは無い。だから企業の目を盗み、水面下でひっそりこっそり活動してきたのだ。

 考え込んでいる間に十分経ち、整備員の一人がエキドナに「終わりました〜!」と大声で作業終了を知らせる。エキドナはファングを見て「いいわよ」と一言言うとファングはアティに出撃しろと命令する。アティは「あいあいさ〜」と可愛らしい返事をしてネクスト二乗り込む。

「整備班、及び作業員は至急退避!コジマ汚染回避のため整備班、及び作業員は至急退避!繰り返す―――」

 ゲートハッチが開口し純白の逆接ネクストはゆっくりと歩いていき、黄塵が吹き荒れる砂の大地に脚を着地させ少し離れてからMBを点火、脚を折り曲げその場でジャンプし上昇していく、そして点粒としてすら認識できない高度に達したときにOBを発動させ亜音速で上空を飛行していった。

「でもファング?イクリプスなんか手に入れても何がどうとなる訳じゃないでしょう?」

「まぁな、しかしそれでもお目当ての物を手に入れるためにはどうしてもこういった陽動が必要となってくる。幾ら優秀なお前たちが居ると言っても流石に一から開発したら骨が折れるだろう。」

「ん〜、まぁね。それは現物があればかなり楽チンになるけど、その為の陽動とは言え人員ととかどうするのよ?」

「エキドナ、それを俺に聞くか?愚の骨頂だな、人員など俺がその気になれば幾らでも手に入る。必要最低限、それに限る。」

 彼女との会話を一旦そこで打ち切り、携帯を取り出し通信を入れる。繋がった先に出てきたのは女性だった。

「アリス、そろそろ定刻だが依頼を請けてくれたリンクスはいるか?」

「ううん、誰も請けてくれなかったみたい。やっぱり時期が悪かったのかしら。」

「そうか、なら仕方ない。フィルドドにエンタピオの方に行くように言っておいてくれ。」

 アリスと呼ばれた女性は短く「了解」と言うと通信を切る。次に壁に配置された無線式の受話器を手に取るとブリッジに?げる。

「艦長、予定ポイントへ移動してくれ。」

 ブリッジに居た艦長も短く「了解」と答える。

「エンジン、機関始動!各センサー作動、索敵開始!報告せよ。」

「レーダー、及びセンサーに異常無し。各システム異常無し、エンジン、機関、各部異常無し、全区画及び全システム異常無しオールクリーン。」

「良し、機関45%、微速前進!」

「微速前進、了解!」

 慌ただしく掛け声を掛け合い、そしてシステムを立ち上げエンジンを起動、同時に機関も作動させその改造されたランドクラブはその場からゆっくりと離れていくのだった。


/2


 インテイリオル・ユニオンが所有する大型の基地のひとつにユニオンとトーラスの共同開発した量産型AF『イクリプス』が大型ドックで発信準備に取り掛かっている。その基地の待合室でパイロットスーツに身を包んだ一人の少女が居る。白いリボンでポニーテールにした艶やかなアッシュグレイの髪とエメラルドグリーンの瞳を持ち可愛らしい容姿を持ったその少女は背丈は平均より低いがその胸はかなり大きくスーツ越しでもその豊満ブリを発揮している。

 彼女は机の上を占拠している大量の甘い物で埋め尽くされたものの一つからケーキを抜き取りそれを水の如く食べていき僅か数口でなくなってしまう。今度はペットボトルに手を伸ばし、それを掴むがラベルにはこう書かれている。『超濃!!お〜い御汁粉!!』。これのキャップを外しこれを口に着け喉を通し胃に運ぶ。

 なおこの飲み物、他人には決して勧められるものではない。何故なら『超濃』と表記されているが『超』では済まないほどコッテリドロドロで先ず『液体』と言う概念が無い。『半液体、半固体』で砕いて言ってしまえば『砂糖をそのまま飲んでいるようなもの』である。つまりこれを常人が飲むと噎せかえり暫くまともに発声出来ないほど。つまりこれを平然と飲んでいられる彼女の味覚は『致命的』である。勿論コジマ汚染は関係ない。

 とそこに放送が入りブリーフィングを行うからこれから指定する部屋に来られよと言う放送が入り、待合室を後にする。

 指定された部屋に入るとそこには既に先客が居た。赤茶色の整えられた短髪に銀縁眼鏡、何より知的で優しそうな印象を与える男性がこちらを見ていた。

「君が今回こちらの依頼を請けてくださったカラードのリンクス、ええと九浄七海さんだったね?よろしくお願いします。私はユニオン専属のリンクス、プトルマイオスといいます。といってもリンクスネームで本名ではありませんが。」

 丁寧な敬語に柔らかい笑顔、そして最後には苦笑いを見せる。聞くに彼は現役の大学教授でどちらかと言えば本職はそっちらしい。しかし経営悪化に伴い自身にAMS適性があることが判明しユニオンの専属となることで資金援助を受けているらしい。大学のために自らを投げ出せる彼に七海は羨ましく思う。自分には友達も大切な人もたくさんいるが自分を犠牲に出来るほどの物が見つからない。恐らく他人から言えば命をかけるには充分すぎるのだろうが今一つ自分には分からない。

 孤児でありアスピナ機関に拉致されそのまま実験体として道具のように扱われた自分には難しい物なのだ。全部を投げ捨てると言っても日常で捨てれる物など今現在ではリンクスとお菓子、数少ない友人達であり捨てるのなら間違いなくリンクスだろう。しかしリンクス以外で生活している自分の姿が想像できない。仮に自分からリンクスを抜いたら何が残る?何も残らない。だから自分を犠牲にするということが理解しにくいのだ。

 そんなことを考えながらブリーフィングを聞いているが、要するにイクリプスを護衛しながらこの基地から真っ直ぐ南下して海に出るまでの間、護衛して欲しいとのことだった。そうすればその後の護衛はユニオンの大艦隊で受け継ぐらしく自分とプトルマイオスはそこで任を解かれるらしい。だとすればかなり簡単な仕事だ。襲撃が無ければ高額報酬が自分の懐に丸々入ってくるのだから。

 ブリーフィングが終わり再び出撃時刻まで待合室で待機する、その間は暇を潰すように持ち込んだ大量のお菓子をその華奢な体の一体何処に圧縮しているんだ聞きたくなるほどである。ただし作者は新調ではなく

 数十分が経った後にプトルマイオスも待合室に入ってくるが、彼の顔は言うまでも無いが引き攣っている。湯水の如くあるお菓子群を、水の如く食べていく彼女にドン引きしていたのだ。

「そんなに食べて大丈夫なんですか七海さん…」

 苦笑いしつつ聞いてみると。

「大丈夫平気だよ。私にとって甘い物はヘビースモーカーにとってタバコのような物だから。」

 と告げて黙々と食べ続ける七海、しかしそれは言ってしまえば『中毒』なんじゃないかと言いたくなるが敢えて口にはしない。そういえば自分の担当する学生にも一人、同じような人間が居たからだ。

 そして出撃時刻となり各々、自分のネクストに乗り込む。先程ブリーフィング中に取り決めたことだがもし襲撃がありそれがイレギュラーネクストだった場合は距離を開けてひたすら遠距離からのミサイル攻撃である程度削ってから一気に押し切ることにした。また非常時では自分が前に出ることで同意した。そしてイクリプスは浮上し高度を上げつつ前進していき自分達も遅れないように追従を始めたのであった。

 山岳地帯の一つの山の山頂でオレンジを基調とした中量二脚のネクストがたたずんでいた。右腕は純白に、左腕は漆黒に染められているそのネクストのリンクス、エンタピオは退屈していた。

「ふぁ〜あ、早く来いよ暇で死んじまうじゃんか。」

 機体色と同色のノーマルスーツに身を包んでいる男、エンタピオは大きく欠伸をしてその場で来る筈であるカラードのリンクスを待っていたのだが先程ファングより通信が入り『フィルドドが向かう』と一言告げられて通信を一方的に切られた。

 しかし何処の馬の骨かわからないカラードのリンクスより気心知れた仲間の方が安心できる。そしてレーダーに青い光点が表示されると「来たか」と言って機体を後ろに向ける。

 振り向けば蒼を基調とした軽量二脚のネクストがOBでこちらの隣に着地すると通信が入る。

「すまないエンタピオ、少し遅れた。」

「問題ねぇよ、寧ろ丁度いいくらいだぜ。」

 エンタピオはそう告げるとネクストのマニピュレーターで器用に人差し指で山の遥か向こう側を指す。蒼いネクストのリンクス、フィルドドもその指差された先に頭部の工学カメラの倍率を上げて拡大する。

 そこに写し脱されたのはゆっくりとこちらに、正確にはこの先の海を目指して巡航しているイクリプスの姿が目に入る。

 山岳で隠れている為なのか、追従しているはずの二機の護衛機が見えない。その事をエンタピオがぼやくとフィルドドが答える。

「安心しろ、出るときにファングがお前に渡せと情報データを渡した。今そっちに転送する。指出せ。」

 そう言われてエンタピオは愛機ストーム・ファランクスのマニピュレーターを差し出されたフィルドドの愛機デスパレードから出されているマニピュレーターに触れるとAMSを介して情報が送り込まれてくることを確認して指を離す。

 そして転送されたデータを表示するようAMSに指令を出してディスプレイに映し出す。

 表示された情報は先にユニオンの専属ネクストとそのリンクス、ネクストはユニオンの最新鋭機LATONAの腕を武器腕レーザーに変更しており、またパルスキャノンとASミサイルで武装している。見た目からして遠距離戦中心機体である。懐に入るのに苦労しそうだがそれは『並みのリンクスの話。自分とフィルドドに取って取るに足らない。敵専属リンクスの情報にも目を通す。リンクスネームはプトルマイオス、本名リチャード・アルクイン。アメリカ大陸の旧ワシントンに位置する大学の大学教授らしい。温厚な人柄で誰にでも優しく接する戦場には不似合いな人物だと直感する。

 ここで専属の情報を見るのを辞めてもう一機のネクストとそのリンクスの情報に目をやると明らかな嫌悪感を示す。

「人攫いと拉致のスペシャリストのアスピナ様の出身だぁ?」

「お前なら言うと思ったよ、最もその先にある情報に目を通せばどんな反応するか解り易いがな。」

 フィルドドはそう言うと溜め息を吐く。あのフィルドドに溜め息を吐かせるとなればそれなりの実力者か、と僅かな期待を抱くがそこに表記された情報に目を通して思わず呆れてしまった。地表擦れ擦れでのホバリングやOBの誤差数センチでの停止などノーマルなら驚くべき技術だがネクストともなるとぶっちゃけ大した技術ではない。確かに二つとも凄い技術なのは確かなのだがネクストでそれを行うのは相当な無駄だと考える。

 それにアスピナ機関を攻撃していたイレギュラーに酷似していると書かれているが、アスピナ機関なんぞどうでもいいと思っているエンタピオ本人からしてみれば「こいつも含めてぜってぇ馬鹿ばっかだろ」である。

 何故そう思うかと言うとアスピナ出身のリンクスは確かに優秀なのが多いが人格的に問題を抱いている人物が多いとファングが言っていた。確かにリンクスとしてみればかなり不向きなのが多い。第一幾らオーメルの支援を受けているのに関わらず人攫いをして、挙句に多くの脱走者を出している機関がお咎め無しなのかも疑問として引っかかるところである。そうでないとしてもはっきり言って取るに足らないと判断しディスプレイの画面を通常に戻す。

「フィル、お前が専属殺せ。俺がカラードを消す。」

「おいおい、頼むから通信は切った上で戦ってくれよ?お前さんの悪趣味は吐き気を催すんだ。」

 だったら耳栓でもしてれやと言ってOBでイクリプスに向かう。やれやれと言ってその後を着いていく形になるフィルドドのデスパレード。数十分後に会敵し戦闘が開始される。


/3


 時と場所は変わり、先の砂漠地帯に移る。先程の位置から大きく移動しているが結局砂塵が吹き荒れる場所に変わりは無く今もゴウゴウと外は砂嵐一色である。

 そんな砂嵐の轟音を完全にシャットダウンしている防音室にファングは一人、チェス盤に向かい一人チェスを行う。その黒い瞳に映っているのはかつての盟友、ORUKA旅団の副団長として大いにその類稀なる頭脳を振るった自分と同じく参謀としての役職で実力を発揮する若き策略家。そして人類のためにその命を散らせた。

「結局一回も勝つことが出来なかったな、メルツェル。お前が先に死ぬとは想像していなかったわけじゃないがな。」

 独り言で大きく呟くとチェスの駒を動かす。そして白が黒をチェックメイトする。そしてその状況を見て不敵に嗤い「何時も俺が白だったな」と呟く。

 そんな感傷に浸っているとき、アティから通信が入る。

『参謀、こちらアティ。』

 相変わらずの高いテンションと高い声で緊張感と言う物を欠かせる。ファングはそう思いながら会話を続ける。

「どうした?」

『ちゃんと言われたとおりにしましたよ〜。』

「上出来だ。良くやったアティ。」

『でも本当に大丈夫なんですかあんな二人で〜。あれならあたしとヴェノがやった方よくないですか?』

「馬鹿を言うな、最弱のお前が部隊最強のあいつと組ませたら間違いなく足を引っ張るだけだ、それに連中の視点をあちらから引き離すだけなんだ、お前たちを態々使う意味と意義がない。まぁ可哀想ではあるがな…クックックッ。」

 そう言って邪な笑みを浮かべ自嘲気味に嗤う。恐らくアティは引いているんだろうなと解っていながら嗤う。

『じゃあ、あたしはこのまま予定通りに?』

「ああ、お前は事の成り行きを見ていろ。こちらは予定通りに動く。連中を手薄にさせるために高い金を溝に投げ捨てたのだからな。」

『はいはい〜、わかりましたよ参謀♪じゃまた後で〜。』

 そう言ってアティは一方的に通信を切る。そして再びソファーにもたれ掛かるとアティの最後の言葉を反芻していた。

「『また』か……あと何回、それを聞けるかな俺達は?」

 そう言って視線を机の上に置かれている古い写真に向ける。ソファーから立ち上がりその写真を手に取り見つめる。そこに映っているのは少女を取り囲むように手を?いでいる幼い双子の少年の姿、三人とも仲が良さそうである。

「あの頃は…幸せだったな、皆が笑顔だった。」

 それを見つめる瞳には悲哀の感情が募っていく、余りに唐突に奪われた人生と生活を思い出しているのだ。

「そう、例え世界の支配者が変わっても俺達の何一つ変わらない生活があれば世界なんてどうでもよかった…だが――――」

 その瞳から悲哀の感情は消え、代わりに憤怒の感情が湧き上がってくる。だが――――奪われた。そう、理不尽極まりない形で最愛の兄、最愛の人の笑顔を奪われた。それでもまた手に入った。しかしその盟友達も企業によって良い様にされてしまい、結果はこの有様である。だから許せない。

「だけど感傷に浸る暇は無い、そうでしょうファング、いえヴィンセント。」

 と失った左腕を握り締めているときに、後ろから女性に本名を呼ばれ直ぐに後ろを振り向く。

「アリスか、ノック位したら…いや俺が気付かなかっただけか。」

 ファングはそう言うとアリスの方に歩く。そして目の前に立つ。すると二人とも同じ身長だとわかる。アリスの身長もファングの身長も同じ170cm代。アリスの方がやや低い。また暗い部屋の中でもアリスの桜色の、腰まである髪の毛は美しく輝いている。対するファングの髪は茶がかかった黒髪で左側の一部の髪の毛に紫のメッシュを入れている。

 ただしこれは両者共にそのときに受けたコジマ汚染によって髪が変色してしまった物である。重度の汚染は瞳の色の変化だけではない。個人差により瞳だけでなく髪にも現れる。

「それで、何の用だ?」

「現状の作戦進行率を。それと次の作戦に最も適した狙いはやっぱり『あそこ』よ。」

「そうか、予測通りだ。」と言うと写真立てを机に置く。

「もう十年になるのね、皆が死んでから…」

「その十年で様々な事が有ったが…世界は何一つ変わろうとしていない。だったら壊してやろうじゃないか。盛大にな。」

 「そうね」と何処か悲しげに答えるアリス。しかしファングはそれを問おうとしない、何故なら答えを知っているからだ、知っていることを聞くのは愚問である。そして再び失い、代わりに機械と化した自分の左腕を見つめまた力を込めて握り締めるが血は元より、痛みすら感じれない。そんな時にアリスがその腕にそっと触れる。

 肌の温もりは感じない、それもお互いに。だがしかし何故か感じることが出来るその温かみを確かめるようにアリスをベットへ押し倒すのであった…。


/4


 イクリプスの護衛を始めて早数時間、何事も無く平野を抜けて山岳地帯に入る。経験上、と言うより普通に考えて敵が襲うのであればこの山岳地帯での強襲か奇襲である。自然とイクリプスとの距離も高度も離れていく。このままでは別行動になってしまうと危機感を感じ取るが同時に敵機接近の知らせるアラームが鳴り響く。

 敵機との距離は意外にもかけ離れているが割と近い、しかも敵もどうやら同じ位置に居るらしい。てっきり先にイクリプスを攻撃するものかと思っていたのだ。

 そして山岳地帯の狭い峡谷を抜けると広い場所に出る、そこには二機の敵ネクストが待ちかねており律儀にもそこでこちらの到着を待っていたのだ。そして敵ネクストから通信が入る。

「っせーよ!!何ちんたらしてやがる!?警戒心剥き出しにしねぇでちゃちゃと来やがれや!!」

 相当待っていたらしく左右の腕で色違いのネクストがこちらを人差し指で指差してその不満さを爆発させている。

「……エンタピオ、警戒するなと言う方が無理難題だぞ。」

「るせぇ!俺が気ぃ短いの知ってんだろうがフィルドド!!」

 会話も丸聞こえな事に気がついていないらしいが、ここでプトルマイオスは敵の一人、フィルドドの名前に引っかかった。昔何処かで聞いた名前だなと思っているとそんな彼を他所に七海から「うげっ…あいつだ…」と聞こえてきた。

「? 彼を知っているのか七海さん。」

「ん〜私のほうに依頼が回ってきてたんだけど同行者のあいつの性癖見てドン引きしたからこっち選んだんだけど…まさか出くわすと思っていなかった…」

 その声を聞き取っていたのか、またしてもオレンジのネクストが反応する。

「うぉい!!?俺が原因で依頼を受けたかねぇてか!?」

 その問いに対して七海は「当たり前じゃん」と即効で返答すると追い討ちをかけるようにフィルドドが「やっぱりか…」と呟く。

 そのシュールなやり取りに思わず噴き出しそうになってしまいそうになるのを我慢するプトルマイオス、時期にイクリプスが上空を通過するときに支援攻撃をしてくれる手筈となっている。七海に頭部のみを動かしてこちらの意図を理解してもらい、攻撃に出る。

 しかしこちらの攻撃を察知したのかギャーギャーと喧嘩していた二人が、ぱたりと口喧嘩を辞めて回避行動と迎撃に出る。フィルドドのネクスト、デスパレードがプトルマイオスのオラージュの相手をする。いきなり飽和攻撃に持ち込むつもりが一対一の戦闘に持ち込まれてしまい、早々に危険な状態に陥る。

 それを見ている七海の目から見ても、その実力差は圧倒的である。彼の攻撃を全て解り切ったかのように見切り、次々と攻撃を回避し逆にオラージュには次々と重ショットガンとマシンガンの弾が叩き込まれ、あっと言う間にPAを剥されてしまいその薄い装甲を露にされてしまう。

 とにかく一気に眼前のネクストを倒して悪戦苦闘するオラージュの元に行きたい一心で攻撃する。がしかしエンタピオのネクスト、ストーム・ファランクスは四連PMミサイル、合計八発の誘導性の高いミサイルを撃ち込むがギリギリで躱されるか打ち落とされるかして全くと言って良いほど攻撃が当たらない。

「チマチマチマチマチマチマと、テメェもリンクスなら正面から戦いやがれや!!!」

 その緩慢且つ単調な攻撃に苛立ちを隠さないエンタピオ、しかし機体構成を見る限りどう見ても格闘戦専用に組まれているのは一目同然、下手に飛び込めば一発で斬り捨てられるのは火を見るより明らかである。だからこそ距離を開けて削っていき、そして最後で一気に押し切ろうと考えたわけであるが相手の実力が明らかに自分より上だと直感し、攻めているようで防戦一方になっているこの状況に焦りを感じていた。

 その頃、イクリプス艦内のブリッジでは下方で護衛のネクストが敵イレギュラーと遭遇、戦闘に入ったらしいが状況が芳しくないとの事。そこで予定通りに支援攻撃を行い状況の打開を試みる。

「良し、主砲のエネルギーチャージを開始!同時にASミサイル一番から四番まで全弾装填!」

「了解、主砲エネルギーバイパス接続、主砲エネルギーチャージ開始!」

「ASミサイル全弾装填、目標敵ネクストに照準合わせ!」

 ミサイル発射口が開かれそこから計四発のASミサイルが発射され今交戦中のストーム・ファランクスとデスパレードに降り注ぐが、二機とも何とも無いかのように戦闘を続ける。追い討ちをかけるはずのプラズマ砲もあっさりと回避されてしまい状況打破に繋がらない。それに焦りを感じた艦長は旋回し長距離から三連射するように命じる、しかし。

「さて、そろそろ頃合だな。」

「何が頃合かね副艦長!?」

「強奪の頃合ですよ『艦長』?」

 その言葉の瞬間、ブリッジにいた殆どの人間が銃を一斉に構え、艦長とほんの数人だけが取り残され事態と状況の把握が出来ずに困惑している。

「な、何の真似かね副艦長!?」

「『何の』!?見たとおりですよ艦長、この艦は私以下乗員のほぼ全員が占拠しています。即ち貴方方は天敵の巣に入り込んだ獲物ですよ艦長。」

 嫌味を隠さない歪んだ笑顔で副艦長はその銃口を艦長に向ける。艦長は一体何故と思うが答えを知る由も無く、知ることも出来ず数発の銃声が響き渡る。

「良し、ではたった今から私がこの艦を指揮する!ASミサイル目標『敵』ネクストに照準あわせ!!」

 ぐるりと旋回しそのままもう一度上空を通過するときに発射口を開き、計四発のASミサイルを撃つ。しかし今度の目標はオラージュとレゾリューションだった。そのミサイルは猛攻に耐え切れず防戦一方となっていた二機に追い討ちをかけた。

「なっ!?イクリプス、誤射だぞ何をしているんですか!?」

 突然のことに、状況が状況なだけに動揺を隠せない。しかも余裕など微塵も無い。しかし返答と言わんばかりに再びASミサイルが撃ち込まれる。

 七海は最早迷っていられなかった。これ以上は自分達が危ない。経験上これは裏切りだと確信し、地上を擦れ擦れでホバリングを始める。これは地上にいながら空中での機動並みに動けるのだが勿論空中にいるのと同じなので消費は激しい。

 しかしここで七海は本能的に嫌な物を感じ取る。ストーム・ファランクスを通してエンタピオから禍々しい『何か』が発せられている。刹那、横へQBを行う。

 その横へQBをしたレゾリューションに対して牽制でミサイルを撃つと両背の武器をパージし機体を軽くする。次にOBを発動させ一気に距離を詰めるが何故かレゾリューションより更に大きく左へ移動する。その先には岩壁があるのだがここで七海は信じられない物を目にする。

 そのOBを停止しその慣性で機体を一回転させ、岩壁に両足を着地させるとそのまま岩壁を蹴り上げる。その瞬間に再びOBを点火しレゾリューションとの距離を瞬く間に詰め右腕を大きく振る。

 来る…!そう直感した七海は敢えて前方にQBを行いそこから機体をS・ファランクスに右腕を晒す形でBBを使用し緊急回避するが、最悪なことに両腕を持っていかれる。これを見た七海は残り残弾が心許ないPMミサイルとこれまで使わなかったAAしか武器が残されていない。

「この状態は…拙いよね……。」

 敵は五体満足、対する自分は一瞬にしてその戦闘力を奪われた。このミサイルが通用するような相手ではないことは充分に理解している。AAを使ったところで敵にダメージは与えることは出来るが倒すことは出来ないだろう。しかしそれでもやらねば今尚苦戦しているプトルマイオスが危ない。何よりイクリプスの裏切りを依頼主であるユニオンに知らせることが出来ない。

 意を決して身を構えるがここ更に有り得ないことが七海を襲う。つい一瞬前までショットガンの射程外であった筈の敵ネクストが一瞬にして眼前に立っている。しかもブレードを発生させ自身を斬り捨てようとしている。AAを使うべきかそれとも回避するべきか悩む。しかしそこで自分の大切な友人達の顔が思い浮かぶ。今ここで死ねないと自分に言いつけると機体をQBを使って前進する。こうすることでブレードを振り切らせない狙いだった。が…

 敵はそれを予期していたのか、それとも反応速度だけなのか、いずれにしろ左足で前進してきた此方の機体を踏みつけそのまま片足を浮かせて前進した此方の勢いを利用する形となる。そう、今自分は我が身を差し出した。頭部に突きつけられるショットガンの銃口から発砲光が放たれ、頭部はゼロ距離から受けた散弾の全てを喰らい、大破。しかもそのまま動けなくなった相手を四肢烈斬する。そしてコアを蹴り飛ばされ衝撃から気を失ってしまう。

 そんな敵を見下すように眺めるエンタピオはやり足らないと言う感じであったが作戦を優先し、フィルドドの方に頭部カメラを向けた瞬間、足元に無残に穴だらけにされた敵専属ネクストが転がる。

「……相変わらず容赦の無いことで。」

「お前がちんたらし過ぎているからだエンタピオ。」

 そう言いながら向こうからゆっくりと歩いてい来るデスパレードには、掠り傷こそあるが全くと言って良いほど損傷は無い。勿論エンタピオのストーム・ファランクスにも損傷は見られない。

「んじゃま、おい『新艦長』さんよ。」

 エンタピオはイクリプスに回線を繋げると『新艦長』に通信を入れると艦長は礼儀良く返事をする。

「予定通り、例のポイントまで移動してくれ。勿論俺等も乗せてな。」

「了解致しました『副隊長』。」

 そう言ってエンタピオとフィルドドはイクリプスの無防備な艦上の平べったい部分に着艦すると機体をしゃがませて重心を下げてイクリプスの速度に耐えられるようにする。

「しかし今回も根回しは絶妙だったな。」

「あいつは昔から二段三段構えの作戦は十八番だからな、毎度のことだよ。」

 根回しのよさに感心するフィルドドに対してエンタピオは、昔からの事と言って慣れた感じを隠さなかった。そうして二機と一隻は何事も無かったかのように遥か彼方へと消えていった。


後書き
何時の如くの反省会で御座います。え、なに?何自分のハンドルネームを使って美化してるんだって?違います、元々この『ファング』と言う名前は此方の『ファング』の物だったのです。当初はマスターになるつもりは無かったのでこいつの名前を使いましたが、マスターになりどうしようかと思いましたが結局『このままでいいや』。して結果これです。はい。しかも軽くネタ晴らししていますし。まぁあれですね。この先もチョイチョイばらしていきますね。最も軽く社長入ってね?と言う突っ込みは無しで。それでは〜。

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