『THE BAKANSU!!(夜)』

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 このリゾート地は昼と夜ではその顔色をガラリと変える。まるで砂漠のようにその温度差が灼熱から氷点下に移り変わるように。しかしこう温暖な場所ではそんな大袈裟なほど温度差がつくわけではない。では一体何の温度差が激しいかと言うと常温だった馬鹿ップルの温度が一気にヒートアップすることだ。

 そしてそのヒートアップしたカップルに溶け込んではいるがどうも浮いてしまう。ポニーテールの髪型で小柄で華奢な少女と少女に比べると格段に背丈が高い黒髪の少年、端から見れば中睦まじい兄妹だろう。しっかりと手を握っているその姿は実に微笑ましいのだが何故か少年の顔色は優れない。行き着いた店の前でその顔色の悪さは拍車をかけて更に悪くなり、隣に居る少女にも見せるように懐から財布を取り出し現在の残金を確認すると大きく溜め息を吐く。しかし隣に居る少女は目を輝かせ早くと催促している。今日で何件目であろうか?少なくとも彼自身は満腹なのだが少女は物足りないらしく解っているだけでも今日で四件目である。

「ラビ、食べることが好きなのは解るけど食べすぎも良くないよ?」

「大丈夫、だから速く入ろ?」

 早くと急かすラビスの手に握りられているのは目の前の店のパンフレット、相当人気がありラビスも事前に入手していたのだろう、そういえば食欲旺盛な彼女が珍しく朝も昼も抜いて自分と格闘しているように見えたのは今この瞬間のためかと思い思わず溜め息を吐きたくなる。コツコツと溜め込んできた貯金もある程度下ろしてきてはいたが彼女の底無しの食欲の前には湯水の如く、儚く消え去っていく朝露の如くあっさりと消え去っていく。

 出来ることならお腹が痛くなったという何時ものお約束でこのまま帰りたい気持ちであったが、痺れを切らした彼女がユウの腕を掴んでズルズルと店へ引きずり込んでいく。見た目はか細い華奢な少女だが、その腕力は外見からは想像もつかないほど力強くサリアもラビスに一体何をどう鍛えればこんな華奢な体でそんな力を出せるようにしたんだろうと疑問に思うが、この力を出せるほど鍛え上げたせいで燃費が悪くなったのは確かなことである。

 店に入るや否や禁煙席を頼み直ぐにテーブルに駆け込むと、いきなり店員を呼んで次々とオーダーを出していく。店員も完璧に引き攣った顔でそのオーダーを聞いていきメモしていく。全て言い終わると店員が確認の為に聞き返しそれが済むと顔色の悪くなっているユウにも一応聞いてくるが、当然腹痛が始まりだしたユウに何か物を詰める余裕などなく「いいです」と短く伝えて店員はそのまま店内へ消えていく。

 程なくラビスが頼み込んだ大量の料理の数々が運び込まれてきた。運び込んだ店員もそれを見ている客たちも呆れ返っている。彼女は礼儀良くキチンとマナーを守りつつ運ばれた食事を瞬く間に平らげていき、平らげても平らげても次から次へと新しい皿に変わるを繰り返す。それが何十回続いたであろうか?ようやく彼女が最後に頼んだデザートでようやく終わる。全てを食べきった彼女のお腹はきっとボテッてしているだろうと皆が思ったことだが、ユウは答えを知っている。この程度でボテるような柔な鍛えられ方をしていないと。結局、体系に何一つ変化を見せずそのまま涼しい顔で店を後にするラビスと財布の中に残ったのはチリのみという無残な結果となり愕然とするユウの二人は、そのまま結局仲良く手を繋いで帰路に着いた。その翌日にラビスが体調を狂わし腹痛を訴えたのは言うまでもない。

 商店街を歩く勇とフェルは昼間に海で楽しんだので夜は買い物でもして楽しんじゃおうと勇の提案にフェルは乗った。理由は幾つかあるがその中で一番の大きいのはユウとラビスが恋仲であるということと、今日は一緒に居てくれる筈だったエルシアが居ないのだ。彼女が一緒に居てくれないとトラウマに悩まされて夜はまともに眠れない。どうしようかと思っていた時に勇みという助け舟が来たのだ。取り敢えず彼女と一緒に居れば夜眠るまでの間怖くないからだ。

 夜の町並みは昼間と違って何処を見ても綺麗なものである。滅多に見れる光景じゃないため二人ともその光景だけを見て楽しんでいたが当初の目的を思い出した勇が先ず洋服を見ようと言って手身近にあった洋服屋に入っていった。

 しかし入ったは良かったのだが、どれもこれも自分達に合うような服は置いておらず全てモデルかその辺の人間が着こなせるような服ばかりしかないのだ。仕方なく渋々その店から出て通りを歩いていたが。

「絶対ああいう服が似合う女性になるぞーーー!」

 大声で高々と宣言してくれるのでフェルが「勇ちゃん」と小さな声で言うと思わずしまったと言う顔になり、顔を赤くする。どうも周囲を見ていないなと思い苦笑いをしているが彼女に悪気はない。純粋なのだ、でなくてはこんな性格などやってられないだろう。

 取り敢えず、リゾート地で洋服を見て気分転換にするという案は失敗してたので次は何か食べて気分転換しようとフェルが案を出して、勇もそれに応じた。何しろ先程から可愛らしい音が腹から鳴り響いているからである。

 二人とも自身の財布を取り出し中身を確認して残金を確かめる。暫く沈黙が続き同じタイミングでお互いの顔を見ると苦笑いしてしまう。

「フェルちゃん、そっちどお?」

「い、勇ちゃんはどうなの?」

「「…………」」

 結果は一目瞭然。子供ゆえに金銭感覚が纏まっていないのが災いしたらしく、持ってきていた金額を加減知らずでホイホイ使ってしまっていた。したがって財布の中は素晴らしいほど寒くなってしまっており、二人合わせてもその辺の安いレストランが限界である。

 どうしようと悩んでいると勇が何かに反応したようであり立ち上がるとそのまま彼女が肉眼で捕らえた方向に向かってまっしぐらに走り出す。慌ててその後を追うフェルは一体何があったのと聞こうとしたが、昼から全力疾走を繰り返した所為か体力の消耗が思った以上に激しく呼吸を乱してしまい、勇みが立ち止まった場所で息を荒げてしまう。そしてその場所に何があったかといえばデザート屋である。

 看板には『安さと客が命』とデカデカと表記されており、それを示すかのように店頭に並んでいる商品の数々は高級リゾート地に店を構えていることを忘れ去れるほど激安商品が並んでいる。二人の残金でも充分堪能できるほどの格安で思わず勇は口から涎を垂らしてしまう。それを発見したフェルが慌てて「勇実ちゃん、口、口!」と耳元で伝えると我に返った勇が口を閉じる。

「よぉぉし!食べまくるぞぉぉ!」

「行こッ?」とフェルの手を握って店内へ入っていく。フェルも少々困ったような顔で引っ張られていくが実際心の内では楽しんでいる。何故ならエルシアが居ない今日、それもリゾート地でたった一人だけでは寂しいし心細い。本当に勇に会えて良かったと心の奥底から思った。

 取り敢えず引っ張られるがまま店内に入っていく勇とフェル。どれが良いかなと商品を探し回り彼方此方見て回る。その時勇が余所見をして誰かにぶつかる。「ムッ」と声を出してからぶつかった人間を見上げる。体格や身長は自分よりも高めで一番目が行ったのはその左目までに届く火傷と左が黒髪、右が紫色に染まっている髪型や顔ではなく、その強面から想像つき難いクレープを片手に持っていたことである。あまりにもギャップの激しさと似合わなさから謝るよりも先に思わず笑い出してしまう。

「ちょっと勇ちゃん!」

「あぁ、気にすんなフロイライン。見た目で笑われるのは俺の場合当たり前なんでな。今みてぇにこうやって甘い物食っている時が一番な」

 そして心の中で「ぶっちゃけると小さくて視野に入ってなかっただけどな」と呟く。身長差が彼と彼女達が意外と離れており先ず視野に入ることが出来る距離からは大分離れており見失うのも無理はない。

 しかし未だに笑い続ける勇を見て「幾らなんでも笑いすぎだろ…」とちゃんと突っ込みも入れたくなるが、過去の経験上こういう場合はそのまま出て行ったほうがトクだと知っている。

「じゃあな、フロイライン。良い夜過ごせよ?」

「う、うん・・・じゃ・・じゃあねオジサン・・・」

 未だに笑い続けながらオジサン発言する勇みの言葉に思わずこける。流石に四捨五入すれば30行ってしまうし、実年齢はきっと30に近いのだろう。それでも一応20代なのでオジサン呼ばわりされる筋合いは一切ない。一瞬湧き上がった感情に任せて一言言いたくなるが相手は子供、良い年した男が子供相手にムキなるのも大人気ないと思いそのまま立ち去っていった。

 そのままツボに入ったまま笑い続けてしまい、店の人間からも客たちからも睨まれてしまい気まずそうに店を出て行く。

「ごめんねフェルちゃん、僕が笑い過ぎたせいで…」

「いいよ気にしなくて。それに私も少しだけ笑いそうになっちゃたし」

「でも結局僕のせいで何も食べれないで追い出されちゃったんだよね、ごめんね」

「だから私は気にしてないから。」

「でも…」

 何かで埋め合わせたいと懇願してくる勇に対してフェルはう〜んと唸る。実際一緒に居てくれるだけも有り難い、そして分け隔てなく本当の友達として接してくれる勇と一緒に居るだけでも自分自身は充分に楽しい。アスピナ機関を抜け出してからこうして本当に見ず知らずの人間の温もりに触れること自体を幸せに感じれるのだから。

 アスピナ機関に攫われて、そこでありとあらゆる実験の道具にされ、人としての扱いは一切されず良くて実験動物、悪くて消耗品のような粗末でぞんざいな扱いを受けた。その過程でAMS適性があることが発覚してから更なる地獄を見ることになった。度重なる過酷などと言う言葉は生易しさを感じるほどの常軌を逸した実験の数々、その過程で何十人も自分と同じ境遇の人間はその殆どが廃人と化していった。

 その中でも特に酷かったのはAMS適性実験。アスピナ機関はAMS適性の研究機関として名前を知られており、そこからかオーメルと深い関係を持っている。しかし一つの企業が何十もの顔を持っているようにアスピナ機関自体もその内部にアリの巣の如く数多くの顔を持っていた。その中で自分が居た場所がAMS適性研究室。

 そこでは毎日のようにAMSに関する研究が行われていた。一日に何十回も同じような研究を繰り返され薬物投与、精神操作、肉体改造など当たり前のように行われその上でAMS適性の実験を繰り返された、中には人格を無理矢理作り変えられ廃人にされた人間も居た。その中で生き残ったのが自分とΣと七海、そしてリディルである。運が良かったとしか言いようが無い。逃げ出すことが出来たのもこうして生き延びていることも。そして友達が出来たことも。

 そこから逃げ出して以降は他人が怖くて仕方なかったが、エルシアやサリアたちと触れ合うことでそれを克服できたが一番の大きいのは、やはり勇であろう。誰構わず気軽に話しかけて仲良くなってしまう彼女はフェルからしてみれば言い方がやや誇大するが神に近いだろう。だからこそ感謝しているし勇に埋め合わせてもらおうとも思わない。

 考えに考えるが、上手いものが思いつかない。困った顔で上を見上げるとその先には自分達が予約しているホテルがあった。そこでフェルは思いつく。

「そ、それじゃ勇ちゃん、一つお願いしても良い?」

「うん、僕に出来ることなら何でもやるよ!」

「き、今日だけ一緒に…寝てもらっても良い?」

「え?」

「あ、ごめん、変な意味じゃなくてね…」

「それならお安い御用だよ!じゃ膳は急げって言うし夜も遅いから速く一緒に寝よ?」

「あっ…」

 誤解を与えたと思い、慌てふためいて弁解したが勇がそんなことに考えが行き着くほうがおかしいかと気が付き、苦笑いする。そのままホテルに直行すると何とも偶然か必然なのか勇も今日今朝方チェックインしたホテルだった、それを聞いたフェルは驚くが都合が良すぎるじゃないかと思いながらもホテルの自室に向かう。その途中で勇が自分に宛がわれた部屋に行き寝巻きに着替えてきた。年頃の少女らしく可愛らしい動物の絵柄が入ったパジャマであった。

 そのままフェルの自室に行き、部屋に入る。同じホテルなのだから造りも内装も酷似していて当然。別に不思議に思うことはなかったのだがフェルは緊張しているようだ、今日はエルシアじゃなく親友の勇だからか、妙に緊張している。

 そんなモジつきながらパジャマに着替えているフェルを見て勇は悪戯心が芽生え、その細く華奢な背中からいきなり抱きつく。

「えっ、い、勇ちゃん?!」

「ん〜、フェルちゃんのお肌スベスベしてて気持ちいい〜…」

「ん、ちょっと勇ちゃんくすぐったいて、やめ・・・・あっ」

 ふざけてフェルの体のあちこちを擽る勇の攻撃に耐えかねて体のバランスを崩してそのままベットに倒れこんでしまう。そのままお互いの顔が向き合う状態となる。

「ど?フェルちゃん、緊張は解けた?」

 この言葉にフェルは自分の為にワザと後ろから襲い掛かった勇の優しさを知り思わず涙ぐんでしまう、それを見られても気にせずに「うん」とただ一言頬を赤らめて頷く。そして少女達は深い眠りに着いた。

 しかしその翌朝にはフェルは一つの誤算をしていたことに気が付く。勇の寝相の悪さを知っていれば少しは考えたのだろうが知らなければ仕方ない。とは言え目覚めの一撃が寝相で寝返り打った勇の左足による腹への一撃では少々思うところがあったフェルであった。

「Zzzz………ふにゃぁ…うぅ…もう食べられないよぉ…しゅ〜くり〜むぅ…えへへ〜………うぅん…Zzz…」

「勇ちゃん…重いよ〜〜〜…」

 フェルの苦情は熟睡し夢の中で翠屋のシュークリームに溺れている夢を見ている勇には届かなかった…

 夜のビーチ、それは昼間と違い酷く儚いほど美しく幻想的なものであった。多くと言っても昼間ほどではないがそれでも多くのカップルが夜のビーチを楽しんでいた。そのうちの一組、Σとフローチェ、そして彼女の盲導犬のヴィーヴォの二人と一匹で細波が綺麗で繊細なBGMを奏でている砂浜を歩いている。

「…海って不思議ですね、目が見えなくても臭いだけでも何故か落ち着きます」

 その言葉にΣはただ短く「ああ」と答える。目が見えていない彼女に出来ることなら見せてやりたいと思う、彼女のプラチナに近い髪と綺麗な星空が光り輝き広がる夜の空と月明かりを仄かに反射している海と一体化しているように錯覚してしまうほどフローチェは美しかった。否、背景が彼女を際立たせるための小道具に見える、と言った方が正解かもしれないが感情が希薄なΣには『女神が夜の砂浜に降り立った』と言う風に見えているのだろう。

 そんな彼女に思わず見惚れているとフローチェがこちらに振り向く。

「グレイさん、良かったらまたあの歌を聴いてもらえますか?」

「ああ、聞きたい」

 Σの短い返答に満足げな笑みを浮かべて微笑みながらΣの側に座る。ヴィーヴォも彼女の側に座るが気を使っているのか邪魔にならぬよう息を殺している。そしてフローチェが歌い始めた。

『Will you be a bird?Or, will it be a wolf?

It runs about the world, and both songs and love are stated freely

If you are a bird in the earth, I say the goodbye to me the sky and exist together singig and with pleasure if you are a wolf.

Because it is believed that it is possible to meet again ………―――――』

(あなたは鳥だろうか? それとも狼だろうか?

  どちらでも世界を駆け回り、自由に歌と恋をうたう。

   あなたが狼なら私は大地に、あなたが鳥なら私は空に、

    そして一緒に居ることを詠い、また喜んでさよならを言う。

     また会えると信じているから…)

 あの時の公園で歌った歌、今回は英語のようだがそれでもあの時歌ったのを覚えているのでどの辺が何を言っているのか理解している。そしてやはり何度も思ってしまう事がある。

「――――やはり…綺麗だ」

 あの時も思わず呟いてしまい赤面してしまったが今回は思わずではなく、心の奥底から出てきた素直な感情である。何度見ても恐らく呟いてしまうだろう、何度見ても飽きないだろう、何度見ても美しいと感じてしまうだろう、例え老いてしまっても彼女は美しいだろう。今のΣの心の中には本人も無自覚、無意識でそう思っている。

 彼女が歌うたびに波の音が彼女を引き立てる、細波が彼女の歌を盛り上げる、月明かりがライトアップの代わりとなり彼女を照らし出す。全てが彼女を引き立てる小道具と成り、より一層彼女の美しさを際立たせ見るもの全てを魅せて引き込んでいく。その姿は正しく女神の如くであった。

「―――…。…どうでしたか?今日のは英語で歌ってみたのですが?」

「とても……とても綺麗だった―――」

 嘘のない正直な一言。正直言ってこの言葉を言っただけで頭から火が出そうなほど照れている。その証拠にΣの顔は彼の愛機よりも真っ赤に染まっている。その言葉を聞いて「よかった」と呟くとフローチェはΣを探すように手をキョロキョロさせている。それを見たΣは直ぐに彼女に手に自分の手を差し出す。そのとても傭兵などと言う野蛮な仕事をしているようには見えない程細く強く握ったら壊れてしまいそうな程のしなやかな手を優しく握る。その握られた手でようやくΣが何処にいるのか理解し目を瞑った顔でΣの方に顔を向けて優しく微笑む。

 間近で見た彼女の顔、目を瞑り優しく微笑みかけるその姿は正しく女神そのもの。瞬間Σはフローチェの腕を引っ張り彼女を己の腕の中に抱き止める。フローチェもいきなりのことで困惑しているが直ぐに頬を桜色に染めてそのままΣの抱擁に身を任せる。

 当のΣはというと勝手にパニックになっていた。何故なら感情希薄となった自分が今、たった今、只今感情に身を任せて行った行為が理解できないでいたからだ。感情が希薄となった分、恐怖などの生きるためには必要な感情も薄れ理性を優先させて護る時意外は冷静な判断で動いていた。だが今自身がしたことは薄れたはずの感情による衝動だった。困惑とこれからどうしようと思い悩んでいると不意にフローチェが口を開いた。

「グレイさんの体って大きくて温かいですね、こうして肌と肌で触れているとホッとします」

 この言葉を聞いた瞬間、Σは今の自分がした行動について思案することを辞めた。今はただ彼女の温もりを感じて居たい、そう思ったからだ。次第にお互いがお互いの顔を見つめあい、その唇を静かに重ね合わせた。


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 夜も良い感じに深けて来た。深夜は大人の時間、子供は素直に寝静まる物だが、ませた子供や知識のある少年少女は歳は子供でも行いは大人のようにはしたない行為をするもであるが流石にバーにまでは入ってこない。そのバーの奥で今はどんな手段を使ってでも昼間の惨事を忘れたいヴァレリオは酒に浸る。

 昼間、結局テロリストと自称する男とそのパートナーに良いように動かされ普段よりも格安でパーツを売ってしまった。しかも相当量を買っていったのである。もしも企業に調べられたら間違いなく自分は捕まると思っている。理由は何であれ結果は『売って』しまったのだ。内容で『脅された』と言って通用するなら幾らでもそれで弁解するが企業に楯突く反体制勢力にネクストパーツを売ったのだ。足が着いたら間違いなく問答無用で逮捕され世間に知られぬまま静かに生涯を強制終了させられるだろう。それを考えるとゾッとしてしまい再び酒を口に注ぐ。

 周囲を見渡せばそこそこ活気のある良い酒場だということが分かる。店の雰囲気も中々好ましく、今流されている音楽も若干古臭いが良い感じである。その時、奥のテーブルから「また負けた!!」と言う怒声が響いてきた。その声がした方向に顔を向けてみるとテーブルの四方を男数名とその中心にスーツを着た女性が何かしている。

 何かと思い席を立ち上がりそこを覗いてみる。同じような野次馬がゾロゾロと集りだした。皆一様に気になり興味本位で集ってきたのだ。

「くっそ、もう空だぜチキショーが!」

「やってらんねぇよ、俺もう降りる!」

 負けた男たちが次々に席を立ち上がり去っていく。それで唯一立ち去っていない女性を見るとその女性の前にはドッサリと金が置かれていた。

「ふぅ、つまらないですね。誰か私と続きをしませんか?」

 たった今見ただけなのだが腕と運は相当のようであり彼女の自身の高さを窺わせる。そしてそれを見ていた男たちは一様に黙り込んでしまう。仮に勝負を持ち込んでも先程の男達の二の舞だということを何となく解っているのだろう。だから誰も何も言わない。女性はそれを察したのか溜め息を吐いてテーブルから立ち去ろうとすると一人の男が名乗りを挙げた。

「やるぜ、幾らだ?」

 金髪碧眼のライオンの鬣を連想させる青年が名乗りを挙げた。女性は集めていた金を手放しそのままテーブルに置く。

「他に誰かやりませんか?別に一人でも良いのですが暇潰しは多い方が良いので」

 この言葉にカチンと来たのか一斉に複数の人間の声が名乗り挙げた。

「俺も入れさせてもらおうか?そこの兄ちゃんと同じで退屈していたんだ」

 半分は嘘だが賭け事でもして退屈凌ぎを兼ねて気分転換を目論むヴァレリオ。

「……何で私の腕ごと挙げたの?」

「あら、だって楽しそうではありませんか」

「…聞いた私が馬鹿だった」

 金髪の美女に対して黒髪の美女は溜め息を吐き出すと渋々席に座る。

「そして久しぶりねレオン・マクネアー?」

「あ、ああ・・」

 気まずそうに返答する青年と怪しく微笑みかける美女を見て何処かで面識でもあるのかと思ったがレオン・マクネアーと聞いて思い出したが、同じリンクスであること思い出す。

「あらお知り合いですかベアトリーチェ」

「ええ、ちょっと前にナンパされて、ね?」

「それで如何でしたの?あちらの方は?」

「ちょっとなんでそれをアンタに教えなきゃいけないのよ」

「うふふ、だって貴方に知って知らずかでナンパしてきたのですよ?興味が沸きますわ」

「ソッチの方で、でしょ。ダンテに教える義務は無いから」

 「あら残念」と言葉は残念そうだが顔は全くそうには見えない。寧ろ妖美な雰囲気が増したようにも見える。しかしここでも思い出す。ダンテとベアトリーチェと言ったら両方ともカラードランク上位にランクインしている正真正銘の実力者。何でこんなところに居るんだと思うがどう考えても休暇に来ているのは明白である。しかし偉い美人だなと心底思う。

「フフッ、と言うことは全員リンクスと言うことになりますね」

「失礼だがアンタの名前は?」

「テア・リンクス、カラードに所属しているリンクスです。そちらに居るガンハットを被った男は私が雇ったリンクスでR・クーガーです。言うなれば用心棒です」

 テアが指差した方向には酒を注いだグラスを口に運んで、そうでない方の腕を軽く挙げて自分をアピールしている。よく見ると見えないように隠しているが上着の間から二丁拳銃が姿をちらつかせている。はっきり言うと時代錯誤しているようにしか見えない。

「それで貴方は?」

「俺はヴァレリオ・ザント、最近登録したばかりの新人だよ。まぁ副業でこういうこともしているから何かあったら連絡寄越してくれ」

 ヴァレリオはそう言って全員に自分の名詞を差し出す。と言うことは自分を入れた今テーブルを取り囲んでいる全員がリンクスになる。何とも奇妙な絵柄だなと思っていたら後ろから声が聞こえてきた。

「よぉ、俺も参加させてもらっても良いか?」

 振り返ってみれば左が黒、右が紫と言った奇抜な髪型で更に左頬には目まで届く大火傷の痕が残っている。端から見ても不振人物にしか見えない。しかし雰囲気はその辺のチンピラに通じている。テアは無表情で「構いません」と言ってその男は堂々と席に座る。今テーブルを囲んでいるリンクスはNo.55 テア・リンクス、No.59 ヴァレリオ・ザント、NO.4 ダンテ、NO.10 ベアトリーチェ、No.25 レオン・マクネアー、No.56 R・クーガー、そして謎の男の七名、内一名のR・クーガーは見ているだけで口も出してこない。

 そして纏まったカードがテーブルの上に置かれる。一体誰が切るのか、それを一瞬全員が思ったがそのカードに手を出したのは一番最後に来た第一印象不審者の男だった男は無言で手馴れた手つきでカードを綺麗に切っていく。それも必要以上に切っていくので丁寧且つ丹念に切られたカードを男は何を思ったのかレオンの前に置いた。

 怪訝な顔でカードを渡した男を見るレオンには疑問の色で一色だった。

「俺は切った、だが正当性を高めるには切った本人である俺が配るよりも見ず知らずの赤の他人であるアンタなら公平にカードを配れるだろ?後々イチャモンつけられるのはメンドウクセェしな」

 成程と思わず思ってしまう。それなら確かにイチャモンはつけられないし正統性と公平性を上げる事が出来る。そうしてレオンは差し出されたカードを一人一人に配っていき、全てが配り終わる。
 そして全員が勝負を始めようとするが、ここで一言ダンテがとんでもない事を口にする。

「どうです?全員リンクスなんですし、ここはお金を賭けても大して面白くありません、ですから『勝者はビリか敗者を一人を今夜一晩だけ好きなようにして良い』と言うことにするのは如何でしょうか?」

「おっ、いいねぇその提案。俺乗ったぜ?」

「あら、意外とノリが宜しいのですね」

「おいおいフロイライン、世の中勢いとノリとテンションで動くもんだぜ?ま、後悔する確立1000%だけどな」

 なんて事をしてくれたんだテメェ?!と思わず全員が満場一致で同じ事を考える。もしもダンテが勝った場合否が応でも問答無用でベアトリーチェを選択しそのままやりたい放題にするつもりだろう。逆に興味本位でベアトリーチェとレオンを指名するかもしれない。

 そしてどちらに転ぼうが、その明確な意図を知っているベアトリーチェは特に焦るまでも無いと自分に言い聞かせるがそうなってしまった場合の問題はダンテの暴走加減が気になる。もしも彼女を勝たせてしまい自分を指名された瞬間今夜は一番限りとは言え、きっとダンテの好きなようにされ筆記しがたい行為に走るだろう。それが怖い、恐らく翌日はまるで動けないだろうし、そこに漬け込まれたらもうお終いだ。それだけは断固阻止しなくてはいけない。

 だがここで気になるのはその提案に乗ってきた不審者にしか見えない男の真意だ。一体何を意図してダンテの無茶な提案に乗ってきたのかがまるで解らない。ここでレオンは背中に悪寒を感じる。もしやその方向の男か!?と。もしそうならカードを自分に渡したのも理解できるし初めからそれ目的でこのポーカーに参加したのも頷ける。そうだとしたら絶対に阻止しなくては翌日からの自分は傭兵どころか人としての、一人の男としての人生を強制終了されてしまう。

 そして勝負が始まった。一人一人がベットするかカードを交換するかで自分の行動を終わらせていく。その過程で不審者とダンテは終始笑ったまま、それが二人に圧迫感を与えるが、一人表情に出せないだけで心の中では笑っているのが一人居た。

 テアは勝ったと確信した。今四枚の手札が全て同じ数字で埋っている。それもエースが四枚揃っている。これでは誰も勝てないと確信した。

「私はこれで止めておきます。それとベットプラスして置きます」

 全員が固まる、ここで止めておき尚且つベットプラスしているのだ。恐らく最大級の手札なのだろう。でなくてはここまで大きく出れないだろう。どうするかと思い悩む。もしもここで下手に降りればそれこそ先程のルールに則ってベアトリーチェかレオンを使命しかねないし、そうなったら正しくゲームオーバーだ。レオンもベアトリーチェも鬼気迫る覚悟で一発勝負に出た。

 この二人を遠巻きに見ている本当に暇潰しのためだけに参加したヴァレリオは何であんなに必死なんだと思いつつも自分の手札を確認する。フルハウス。しかも割りと弱い方のフルハウス。これで勝てる見込みは結構低いが皮肉にも今日の売上金がある。負けても大して痛くは無い。取り敢えず自分も止めて置く。ベットは無しで。

 そして全員が最終行動を終えていよいよカードをオープンする瞬間が来た。嫌な、そして変な冷や汗を掻いているレオンとベアトリーチェ、何も考えていないヴァレリオ、自身満々のテア、そして何を考えているのかサッパリなダンテと不審者な男。全員が固唾を一、二の三のタイミングで全員がカードをテーブルに晒した。

 ヴァレリオは2が二枚、6が三枚のフルハウス。レオンが3のワンペア、ベアトリーチェが2が二枚、8が二枚のツーペア、ダンテが9のスリーカード、テアがエースのフォカード。そして…不審者がロイヤルストレートフラッシュ。運よくジョーカーと他の三枚を引いていたらしく、敢えてそれをダンマリこいていたらしい。

 このカードを見た瞬間、レオンは肩を落とす。「終わった」と一言ブツブツと呟いて。ベアトリーチェは助かったとホッと胸を撫で下ろしている。

「さぁて、さっきこのフロイラインが言ったルールに則ると…敗者の一人を指名して良いんだったよな?…メンドウクセェからいいや。つーわけで提案者にこの選択権を浄土して俺は金だけを貰って帰るわ。あとじゃよろしく」

 そう言って不審者は金だけを貰ってスタスタとどこかへ歩き去っていった。残された面々だったがダンテは選択権を譲渡されているので好きに使って良いということになる。そして妖艶な笑みを浮かべてベアトリーチェに顔を向ける。

「さ、いきましょうかベアトリーチェ?」

 拒否権は、無い…。今ベアトリーチェは翌朝まで自分はダンテの玩具にされる自分を想像してしまい顔を赤らめる。嫌ではないし満更でもない、だがそれでもやはり素直に従うことは出来ない。しかし自分には拒否権はやはり無い。結局成すがまま、されるがままだと言うことであり、ベアトリーチェはそのままダンテに腕を掴まれ店を後にした。言うまでもないが翌朝になってもダンテのいいようにされたのは言うまでもない事である。

「ふぅ、世の中上手く行きませんね。帰りましょうクーガー。それなりに楽しめること出来ましたので」

「テア、いっそ今日は俺と一発、いや間違えた、一杯付き合わないか?」

 クーガーからの提案に暫くテアは黙り込む。クーガー自身もヤケクソで玉砕覚悟の誘いで本人自身も断られるだろうなと思っている。無論断られたら適当な誰かをナンパして夜を過ごすつもりだったが、思いもよらぬ答えが返ってきた。

「…いいでしょう、その「一発もとい一杯」とやらに付き合ってあげます」

「そうだろうな、とうぜ……は?」

 思わず素っ頓狂な声を出してしまう。返ってくる答えは『馬鹿なことを言わないで下さい』辺りの答えだと思い込んでいたので全く逆の返事に戸惑ってしまう。

「どうしたんです?ボッーとしていないで速く貴方お勧めのお店に連れて行ってください」

「お、おう」

 この日、この瞬間だけクーガーは居もしない神に感謝した。まさかこんな大チャンス、これ以上無いチャンスを与えて下さった神様に思わず感謝してしまった。世の中奇跡は有るもんだと思いつつ、テアを自分が勧める事が出来る店へ連れて行った。

「結局残ったのは俺とアンタか、どうするんだヴァレリオ?」

「俺は元々暇潰しでここに来ただけだからな、もう少しだけ飲んでいく。お宅はどうするんだ?レオン・マクネアー」

 問いかけられたヴァレリオは自分の席から持ってきていた半分くらい残っているバーボンをグラスに注ぎ口に運んだ。

「俺はそこら辺うろついてから帰って寝るわ。何だが疲れちまったんでな」

「そうか、じゃあな」

 レオンはそそくさと何食わぬ顔で席を立ち上がると店を後にする。さてどうした物かと先程までの別の意味で恐怖して強張った表情は何処かへと消え去り、代わりに最初に訪れた時と同じ表情に戻る。疲弊と不安、そして自問自答を繰り返したが宛がわれたホテルの自室では何時まで立っても答えが出るわけでもないので気分転換と気分を紛らわす為に酒場に足を運んだが全く晴れる物も晴れないし、寧ろ逆にその色を濃くしただけである。酒で薄まる物は薄まるがどうやら今回は裏目に出てしまったようである。

 はぁ、と本日何度目になるかわからない大きな溜め息を吐いて下を向いて歩いていたら人と正面からぶつかってしまう。すぐに顔を上げて謝罪するがここであの日、国家復活宣言をしたあの日以来の再会となる女性とぶつかっていた。

「・・クレオ?」

「あ、レオンさん?」

 思いも寄らぬところで再会を果たした二人は取り敢えず近くの公園のベンチで座ることにした、立ち話も野暮と言う物であり丁度お互い考え事で頭が一杯であったからだ。しかしここまで来たは良いがどう話題を振れば良いのか解らない。思わず悩んでしまうがこれ以上沈黙も良くない、でなくてはまたあの時のように彼女を怒らせてしまう。

「あの」「なぁ」

 ほぼ同時にお互いが声を掛け合い、そのまま又しても沈黙してしまうもそれも一瞬のこと、すぐさま二人ともお互いにお互いが先に話して良いと譲り合うが結局クレオの砲が折れることとなった。

「……貴方に出会ってから私も少しだけ変わることが出来ました、戦術や戦略の大切さを。だから独学である程度学んだのですが」

「そのアル・カウンって奴はまるで聞く耳もたずってか。それでお前はソイツが嫌いになったと」

 レオンの問いにクレオは黙って頷く。

「まぁ、詳しい内容は聞かねぇけど、結局ネクスト三機で敵戦力を有る程度削るだけだったんだろ?それなら明確な戦術も戦略も要らない。ただソイツはネクストは所詮『個』でしかないってこと忘れているってのは俺も思う。戦場じゃどんなに最強だの無敵だの言われているけど数と戦術で攻められたら如何にネクストだって消耗するし追い込まれる。それに今話してくれた内容でソイツは一番忘れているのはネクストを操るのは結局どんな奴だとしても人間だってことだ。ネクスト以上に消耗するのは人間だ。人間は強くも無いけど弱くも無い、だがどんなに鍛えても最終的には悲鳴を挙げるのは人間だ。ソイツはそこを解っているのかどうか微妙だな。」

「はい、貴方はそれを私に教えてくれました、ですが彼はそれを解ろうとはしませんでした」

「まぁ、人それぞれだしなぁ、ソイツが勝手に何処かでのたれ死のうと俺達には関係ないからな」

「それは…そうですが。」

 また沈黙が訪れる。やってしまった、とレオンは思い何かを喋ろうとするが今度こそ先にクレオが口を開いた。

「そういえばレオンさんは今まで何処でどうしていたのです?あの日以来会ってませんでしたので」

「あ〜…お前まさか知らないのか?」

「知らないと言うと?」

「知らないのか、…まぁいい、俺は」

「ソイツは事もあろうか、土壇場でGA裏切って重要な作戦台無しにした張本人さ。フロイライン」

「!?」

 突然話しかけられる声に反応して思わず立ち上がり周囲を探すと目の前からまっすぐ此方に歩いて近づいてくる人影を確認すると懐に仕舞っていた銃を抜こうとすると近づいてきた男はワザとらしく両手を出して敵意は無いこと示す。そして街灯に照らされるとその男の正体がはっきりと解った。

「お前は、さっきの奴か・・!」

「そうだな、ま、個人的にはこれで『三回目』なんだけどなレオン・マクネアー」

 先程バーでポーカーをしていた男の一人、第一印象不審者な男だった。しかし纏っている雰囲気が違いすぎる。

「この人は…それに待ってくださいレオンさん、GAを裏切ったって、どういうことですか?」

 この突然の介入に、一気に置いていかれたクレオは困惑した表情と震える声でレオンを問いただす、当然である。どこぞの小規模企業ならまだしも相手は世界を統べている大企業の一角GAだ、それを裏切ったと聞かされたら黙っている方が無理である。

「なんだ本当に知らねぇのかフロイライン?だったらソイツの口から直接聞くんだな。台無しにした張本人なんだからな。」

 男は愉快気に口を開いていくが、ここで今まで溜め込んできた怒りと不安も纏めて爆発させる。

「ペラペラとウルセエ野郎だな!てめぇ一体誰だ!?」

 レオンの怒り混じりの罵声に対しても、さも楽しそうに不敵な笑みを浮かべる。その男の声はバー以前で出会ったことがありそうな感じだが自分には全く記憶に無い。

「ハッ、そのセリフも二度目だなレオン・マクネアー。それに世の中と物事セッカチに焦って動いたらどうにでもなることも成らなくなるぜ?」

「二度目ッ!?悪いが俺は記憶にねぇな」

「覚えて無くて当然だな、何せ言った直後に俺の腕と足を機体ごと斬り捨ててくれたんだ、覚えているわけがねぇだろ薄ら馬鹿が」

 この言葉を聞いた瞬間、レオンはこの男の発言を頭の中で反芻していった、そして一つの結論が出る。

「お前は…まさかハーケン・ヴィットマン、生きていたのか?!」

「ああ、正確にはハーケン・ヴィットマンは死んでいる。お前が俺を殺してくれたんだ。今日はそのお礼を言いに来たんだ」

「礼、だと?」

 ハーケンは「ああ」と軽く目を瞑って答える。ワザとらしく肩も動かして。この男は何を考えているのか解らないが少なくとも危害を与える気は無いらしい。敵意も感じない。だが意図が読めない。

 取り敢えずクレオにも何かが起きても直ぐに動けるようにしておけとアイコンタクトを送っておく。合図無しでは咄嗟に何かが起きても反応が遅れて最悪致命的なことになりかねない。それは戦場でもネクストを駆っているときも同じである。それにこの男はネクストだと言えヴァンガード・オーバーブーストによる超高速状態でノーマルのコックピットを綺麗に撃ち抜いたのだ。警戒はしておいた方が良い。

「だがまぁ、実際会ってみてビックリしたぜ?まさか女々しく過去に起こしたことを何時までもグチグチと引き摺っているとは思わないからな」

 確かに過去のことではあるが、傭兵としてのやってはいけないことをやってしまったのだ、これからどうするかを悩んでいると言うのにこのお気楽野郎と思わず思ってしまう。

「あんなぁ、どんなに今更思い悩んで焦がれた所で昨日起きた事は最早『過去』なんだから、あの時お前が俺をぶった切った直後に何で裏切ったかはしらねぇ。だがな起こしちまったことを何時までも思い悩んで愚図ついている暇があるんなら、テメェの信念に従えば良いだけの話だ」

「信念、だと。お前みたいな奴からそんな言葉が出てくるとは思わなかったな、それ以前にお前に信念なんてあったのか?」

 意外な言葉が出てきたので思わず顔を緩ませてしまう。信念、いや自分のはそんな高尚な物じゃないと言い聞かせる。あれは大好きだったレイラ祖母ちゃんの言葉を思い出し、そして曾祖母に教えてもらった核の脅威を少なくとも解っていたからであり、決して信念と呼べるほど高尚な物ではない。

「あるぜ?今でもそれは変わっちゃいねぇ、『企業の打倒』が目的であり信念だからな。ついで言うと『手段のためなら目的は選ばない』んでね」

 つまりそれは一回のテロリストと何も変わらない危険思想の危険人物です、と自白しているような物じゃないかと言いたくなるがグッと堪える。そんなのをよくかラードは登録したなとつくづく思った。

 そして先程からクレオは一言も喋っていない、意図のわからない男に警戒心を剥き出しにし状況を理解するために自身は黙ることを選択したようである。本当に賢いなと思う。だがあの時の戦場で具体的な戦術を提示しなかったらアレだ。もしもこの場であの時のように精神的な弱さと脆さを露呈させれば何が起きても彼女を守りきる自信は無い。なるべく相手を刺激しないように心がける。

「そんなに警戒するなよ、それに俺はお前さんから何を言われても気にはしないぜ?腕と足をこんなにしてくれたとは言え、自由の身にしてくれたんだからな」

 ハーケンはそう言って右腕の服の裾を捲るとその下にはゴツゴツとした黒光りする明らかに人間の物ではない物が彼の腕になっていた。腕と足と知っているのだから恐らく右足も同じような状態なのだろう。それでよく怒りや復讐心に駆り立てられないなと感心してしまう。

「まぁ、これからをどうするかは結局お前さん次第だが、これだけは言っておくぜ?後悔するぐれぇなら最初からこんなことしなければ良い。それだけだ。それでもこんな事をしているのには何かの理由があったんだろ?だったらそれを思い出しな。存在意義か理由を求めて傭兵になったんなら尚更な…」

 それを言うとハーケンは踵を返し何も言わぬまま夜の闇にへと姿を消していった。残された二人は呆然としていた。思っていた以上に何もして行かなかったハーケンのこともあるのだが、先ずクレオが口を開いた。

「―――レオンさん、先程のこと…本当なんですか?」

「ああ」と短く答える。それしか答えられない。

「なんで、裏切ったんですか?せめて理由だけでも…」

 レオンは黙り込む。答えたい気持ちではあるが果たして傭兵として目覚めつつある彼女に真実を言って受けれてくれるだろうかと思い悩むが、先程言われた言葉が脳裏を過ぎる。『存在意義と理由を求めて傭兵になったのなら尚更な…』、存在理由と意義、レオンはそれの答えを知らないし実際傭兵家業で食ってきた一家だったから自分も傭兵になろうと決めただけだった、憧れも抱いていた曾祖母トレイターことレイラ、そして一度死のうとした自分を叱咤してくれた名前の知らぬ曽祖父。この二人が居なければ自分は存在していないし、また目指そうとも思わなかっただろう。しかしまだ答えは出ない。だが腹と覚悟を決めたレオンはクレオが受け入れるかどうかは解らないが真意を彼女に話したのだった。

 公園から離れていったハーケンは途中で立ち止まる。そして目の前には自分そっくりな男がこちらに歩いてきた。

「遅かったなベルンハント、それで用は済んだのか?」

「ああ、悪かったなヴォルフラム、いやヴィンセント。俺の私用につき合わせちまって」

「何、構いやしないさ。それに俺自身もビジネスでここに来たんだからな」

 ハーケン、もといベルンハントは「あれの何処がビジネスだよ」と笑って尋ねる。実質あれは脅しである。なお通行人を撃ったのもこの男ベルンハントである。

「交渉と言う物は幾つか種類が存在する。あれはそのうちの一つだよベルンハント、しかしあの程度の男になんであのような説教じみたことを言ったんだ?」

「さぁな、俺自身でも説教クセェことしたなって思ってるよ。ただなあいつのお陰で俺は自由になったんだそのお礼って奴さ」

 目を瞑って格好つけて返答するが、その返答に対してヴィンセントは鼻で笑う。何がオカシイと目で訴える。

「いや、お前が格好つけても全く形にならないと思ってな」

「ええ」

「なっ!?アリス、お前までもか!?たまには兄貴に面立たせようとおもわねぇのか?」

「「いや全く」」

 この返答にベルンハントは肩をガックリと落とし愕然とする。何もハモらなくてもと思うわけだが約十年ぶりにこうやって再会できたのだから良しとした。そもそも彼がどうして一体どういう経緯でこの場に居られるかというと、サンディエゴにてレオン・マクネアーが駆るエルダーサインにコアを斬られ爆発した際にその爆発で遠方まで吹き飛んでいたらしい。また発見し回収した時には既に右腕と右足は使い物にならなくその場で切断し応急処置を施して施設に送られた。

 ヴィンセントの息が掛かった高官がたまたま発見したらしい。よって記録も隠蔽、改竄されている。一応MIA扱いとなっているが直にKIAとなるだろう。施設に送られた後は直ぐに意識を取り戻しその施設にてヴィンセント、アリスとようやくの再会を果たした。実際影でヴィンセントの依頼を受けて行動していたが、こうして直に接触し顔を合わせるのは約十年ぶりであった。

 その後本人の強い希望で義手と義足を取り付けてリハビリを行い、そのリハビリ自体も即座に対応してみせ直ぐに退院し証拠を残さぬよう施設ごとヴィンセントが爆破。そして現在休養と療養、リハビリを兼ねて現在のリゾート地に足を運んでいる。

「で、ちゃんとモノにしたらしいな。それならこき使っても問題無さそうだ」

「ハッ、バカじゃねぇのか?元から扱き使う気満々のくせによ?」

「ふっ、違いないな」

 このやり取りにアリスもクスクスと笑っていた。そして三人は夜の街にへと消えていったのであった。静か過ぎるほどの波の細波と共に…。




後書き
はい、完成しました。遅くなりましてすみません。え〜、大分飛ばしすぎましたが何かエロネタが多くなりスミマセンでした。また次回はまだ考えていないのでその時になったらまた宜しくお願いします。クレームなどあれば受け付けますのでよろしくお願いします。それでは〜。

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