『イレギュラーエリミネイト』

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 旧チャイニーズエリア上海海域、ここは現在に事態が悪化するまでの国家が顕在した頃に栄えていた都市の一つであったが国家解体戦争により崩壊し地球の汚染が拡大し水位が上昇、結果高層ビルを除き全てが海に沈んだ。

 それ以降はこの近隣の海域を支配するGAの領域であったがここ最近のライン・アークから始まり、ロケット発射台の防衛に失敗しハワイをスターアンドストライプスに奪われ挙句に国家復活宣言まで許してしまい、その対策に躍起になり日々それに追われているため他のことが疎かになってしまっている。結果としてユニオンの補給艦隊のあっさり許してしまっている。

 数量こそ他企業を凌駕しているが質に関しては涙を呑むところがある。無論それはコジマ技術においても同様であり悲しいくらいまでのエネルギー防御力の低さとコジマ技術の低さは今現在のGAの課題となっている。

 化石燃料分野の競争は今日も激しさも増し、未だにいがみ合いの状態を続けるユニオンにとってGAグループの失態続きは好機であり、特にスターアンドストライプスに関しては彼らにとってGAを陥れるまたとない好機である。

 もっとも、いくらユニオン傘下にトーラスを加えたと言ってもユニオン自体のコジマ技術が上昇しているわけではなく、GAの真逆の存在のために要らない拮抗が続いていた。

 上海海域を航行中の補給艦隊護衛艦「イグニス」の艦長はユニオン支配下の海域に出るまで決して気を抜くなと部下達に檄を飛ばすが、部下達は充分に気を引き締めていた。レーダーも常に目を張り対空監視も怠らない。この上海海域を航行していることをGAは察知しているであろう事は承知の上だが、今現在のGAに一補給艦隊など気にしている余力も余裕もない。余力はあるかもしれないが先ずこれまでの失態をここで纏めて奪回しなくては企業としてのメンツを保てなくなる。よって今我々を襲撃する企業など皆無だ、そう思っていた矢先のことであった。

「レーダーに感あり!!数、一!?」

 その数字を聞いた瞬間、艦長はネクストだと確信したが何故こんな艦隊にネクストなど投入するのだろうかと真っ先に疑念が浮かんだ。GAならば見逃す理由がないにしろ数だけなら他企業を圧倒できる。ネクストの一機ぐらい回すことなど容易いであろうがこの情勢で補給艦隊程度の戦力にわざわざネクストを回すであろうか?

 答えは『否』。

 ならば他企業か?それも『否』、何故ならこの艦隊を襲ってまで状況が切迫している他企業などいない筈だ。ならば最後に考えられるのは…

「CIWS起動!!弾幕を張れ!敵を補給艦に近づけさせるな!」

 その艦長の命令どおりに補給艦を護衛していた護衛艦が一斉に弾幕を張る。CIWSのガトリングガンが火を噴き轟音を立てて凄まじい弾幕を張る。しかしビル郡にジッと我慢の子で待ち構え奇襲をかける形をとったネクストにとってその程度の弾幕など問題ではなかった。

 空中でSBを吹かし、横に避けたと思ったら今度は下降しながらメインのQBで一気に間合いを詰めると弾幕を掻い潜り一隻の護衛艦の後尾に飛び降りた。

「六番艦、取り付かれました!後尾に降りられた!!」

「有り得ねぇ!何だよ今の機動!?」

「うろたえるな!!六番艦ごとで構わん、放火を集中させろ!!」

 艦長の判断はある意味正しかった。ネクスト一機を落とせるのならば艦一隻の犠牲は決して高くはない。その命令に戸惑いつつも他の艦は六番艦の後尾に降り立ったネクスト目掛け攻撃を集中するがそのネクストは六番艦に手を出すことなく、その場でジャンプし急上昇、難を回避する。

 ここで艦長は再び疑念に襲われる、何故あのネクストは一切の攻撃を仕掛けてこないのかと。あれほどの技量があればこの程度の護衛艦隊など全滅させるのに十分も要らない。あえて派手に動き回りまるでこちらの注意を背けるかのように。

「待て、『背ける』?」

 思わず疑念を口に出してしまい、それは確信に変わった。直ぐに肉視で周囲の海面を見張れと伝えるが気が付くのに数分遅かった。海中に潜み護衛艦隊の後ろを取り、海上へ浮上したもう一機のネクストはその武器腕グレネードの照準を護衛艦隊に合わせる。

「レーダーに感あり、後方にもう一機!!」

 遅かった、まさか最初の一機は囮で本命は後方に待ち構えさせたもう一機のネクストで挟撃することだったかと悟るが、その罠を理解したとき既に後方から迫ってくるネクストによって護衛艦数隻は沈められる、次から次へとグレネードが叩き込まれ轟沈していく護衛艦隊、そして先程陽動に出ていたネクストが「イグニス」の甲板に降り立ちその右手に持っているマシンガンをブリッジに向ける。

「クソッタレが…!!!」

 それが艦長の最後の言葉となり、マシンガンのノズルから夥しい発砲光が視界を塞ぎ、その巨大な銃弾がブリッジを潰し彼らインテリオル・ユニオンの補給艦隊は通信途絶となった。


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 通信途絶となったインテリオル・ユニオン、通称ユニオンの補給艦隊を襲撃したと言うイレギュラーネクストの排除のために依頼を請けた金髪の髪をオールバックに纏めた大柄な男、ハンニバルはそのために近隣の部隊から送り出された表向きは救援、実際は殲滅が目的のユニオン艦隊旗艦「デジャイロ」の甲板に居た。

 ユニオンの仕事を優先的に請け、逆にGAの依頼は全くといっていいほど請けず寧ろその脅威となっている。あんたいっそのこと正式なユニオンの存続リンクスになったらどうだとよく知り合いから言われるが自分にその気はない。独立傭兵だからこそ気楽にいられる。

 波風に当たりながら内側の胸ポケットからタバコとライターを取り出す。タバコを銜え火を着け大きく吸い込みその煙を肺に溜め込み、そして紫煙を一気に吐き出す。そんな時艦首から波の音と共に歌声が聞こえる。何かと思い視線を移すとそこには肩下まである金髪に軽くパーマがかかった女性が艦首で歌っていた。

『Raise your hats and your glasses too
 We will dance the Whole night through
 We‘re going back to a time we knew
 Under a Violet Moon』

 思わず見惚れる。この余りにも痛々しい殺風景な景色がまるで彼女ために、その存在を際立たせる為の小道具であるかのように思わせるほど美しかった。優雅に、華麗に、一片の、微塵の汚らわしさを感じさせることなく歌い続ける。

『Wild wer the winds that came
 In the thunder and the rain
 Nothing ever could contain
 The rising of the storm...』


 この美声に甲板に居た誰もがうっとりしていた。その美貌にこの歌声は日々戦争と闘争に明け暮れる兵士やリンクスであるハンニバルも見惚れ、ここが今から戦場になることを忘れきっていた。そして彼女が一通り歌いきると甲板から一斉に歓声と拍手が巻き起こる。女性は恥ずかしそうに拍手を送る兵士達にお辞儀を繰り返していた。その中で彼女に近づいていくハンニバル。

「流石は歌姫、思わず見惚れちまったぜ。」

「ふふ、誉め言葉有り難うございます。それで貴方は?」

「ああ、貴女とは初めてだったな。ハンニバルだ。今回はよろしく頼むな歌姫さん。」

 お互いが自己紹介を終えたところで、ブリーフィングを行うと名指しで呼び出されると、そこに艦長直々にマイクを取る。

『各リンクスはブリーフィングルームにお集まりください、それとキャンディス・ナイトさん、いい歌声だった。今から戦おうとしていることを思わず忘れてしまった。ここが戦場だと言う事を忘れさせてもらって感謝する。』

 ちゃっかりこの艦の乗組員全員がどういう手を使ったかは知らないがキャンディスの歌声を聴いていたのだ。キャンディスはあははと照れ臭そうにしているのであった。

 ブリーフィングルームに集まったキャンディスとハンニバルは椅子に座って今回の作戦内容を聞かされていた。ここを数時間前に航行中であった補給艦隊を護衛する護衛艦隊から近隣のユニオン基地に『我、敵所属不明ネクストの襲撃を受ける、救援を求む』と通信が送られ敵の詳細な情報を送るように指示を出したのだが、それからもの数分後に通信が途絶えた、しかし送られてきた敵ネクストの映像を見る限りどの企業にも属していない事が一目でわかる。アルゼブラ製最軽量逆接、コアと腕はレイレナード製、頭部はオーメル製を採用している。そして武装はレイレナード製マシンガンとBFF製の最新型レーザーライフルのみ。背面武装はオーメルの追加ブースターが装備されており高い機動力を活かした高機動三次元戦闘を得意としているのが送られてきた映像を見て分かった。この貧弱な武装をカバーするために恐らくAA付きのOBを装備しているのだろう。

 この海面がまるで滑らかな砂丘の上を滑るかのように、海面の上を最小限の波しぶきをあげてそこからトビウオのように綺麗に飛び立つ。QBも必要最低限しか使わず上昇と下降を巧みに使い分けた三次元戦闘はこれを得意とする者からしてみれば理想的な機動なのだろう。同じ逆接を使うハンニバルもこれには驚嘆する。恐らくカラード登録もされていないイレギュラーなのだろうがここまでの技量があると惜しく思える。しかし仕事は仕事、所詮は敵、敵ならば打ち倒す、当然のことである。

 とここで映像が終わるが、依頼内容では二機の排除だが一機しか映っていない。

「後もう一機居る筈だ。そいつの情報は?」

 作戦を説明していた士官が「申し訳ありません、そちらの情報は殆どありませんもので」と言ってきたが、「殆ど」と言うことは「全くない」と言うことではない。

「ほんの僅かでも構わん、聞かせろ。脅威と見なせる不確定要素は出来る限り潰しておきたい。」

 これを聞いた士官はこの言葉に無言で頷く。このやり取りにキャンディスは彼がユニオンから高い信頼を得ていることを理解する。そうでなければここまで言い方は悪いが高圧的に情報提示を求めることは出来ない。やはり大雑把な印象を与える男だが頼りに出来るとキャンディスは思った。

「護衛艦隊がものの数分で全滅することになったのはこの二機目の奇襲です、護衛艦隊の注意を一機目の逆接が引き受けその間に海中より接近し浮上、そのあとは圧倒的火力を持って壊滅されました。」

「つまり古典的且つ在り来たりな奇襲戦法のセオリーだな。身軽な味方が敵を翻弄しているうちに鈍重だが高い戦闘力を持った者がそっと近づきその背後を取る。分かり易いが同時に防ぐ手当てが中々無いな。」

 キャンディスが「どうしてです?」と聞いてきた。

「隠れる場所が海中と言うのが大きいな、この艦隊を潰すために敢えて詳細不明な二機目の方がこちらを陽動してくるかもしれないし、二機同時に攻撃を仕掛けてくるかもしれない、向うにとって恐らくこの海域は『庭』だろう。でなければあそこまで綺麗に戦えないし、あそこまで綺麗に罠にかけることも出来ない。」

 キャンディスはそれで納得する。確かに逆接機なら消費エネルギーを気にすることなく海中に潜むことが出来る。最も逆接で火力を重視したのならば自然と重たい機体になるのは言うまでもない。ハンニバルのネクスト『バルカ』のように武器腕にしているのならば別であるが。

 とにかく今回はいつも以上に気を引き締めなくてはいけないかなと、心のどこかではライブの事を気にしつつ気を引き締めていた。


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 キャンディス・ナイト、ハンニバルを乗せたインテリオルの艦隊が上海海域に進入してきたのと同時刻、二機のそれぞれ色の濃さに差異はあるが青色の逆接ネクスト二機、そしてそこにもう一機白を基調とした逆接ネクストの姿があった。

「て、言うわけでユニオンがあなた達を排除するためにわざわざ二機のネクスト、しかも片方はあのお行儀のいいクソ首輪付きの最高峰キャンディス・ナイトを雇ってきたわ。」

「はは〜ん、じゃあアッチの歌声も綺麗なんかな〜。」

 下品なことを言っているのは大柄な男、そこに「絶対良いに決まっている、あの歌姫だぜ?」とその下品さに拍車を掛けるもう一人の長身の男。それを聞くに堪えないという表情で二人に非難の視線を送るのは長い髪を二つのお下げをつくりそれを三つ編みにしている見た目は可愛らしい少女だが下品な言葉を使う辺り二人のことは言えない。

「とにかく、家の参謀が態々この情報をあなた達二人に与えたのはその艦隊と交戦すること、出来ればその二機のネクストを特にキャンディス・ナイトの方を撃破してくれって言っていたわ。まぁ勿論撃破後は好きにしていいんじゃない?参謀もそこから先は言っていなかったしぃ。」

 その少女の言葉に二人は益々ヤル気を出したのか声に出して興奮している。全く下品極まりない。なんで参謀はこの二人を雇ったのか自分には全く理解できない。

「まぁ。家の参謀の考えることは私なんかが分かれるわけないんだけどぉ。」

 そうぼやくが二人の頭の中にあるのはどうやってあのキャンディス・ナイトを滅茶苦茶にするかしか頭に無く全く聞こえていないらしい。大きく溜め息をつく。この場に居たら準備運動と称して自分をやりかねないと少女は踵を返すと呼び止められる。

「安心しろよ、お子様には俺達は興味ないから。」

 二人揃ってギャハハと大笑いすると、少女は顔を真っ赤にし自分のネクストに乗り込み起動させると二人は大慌てで自分のネクスト乗り込む。少女は迷うことなくネクストを起動させコジマ粒子を生成、それを一定値に達したときにPAを展開する。二人は間一髪でネクスト二乗り込むことが出来、寸前で直のコジマ汚染を避けることが出来た。薄い青色のネクスト機から通信が入り「何しやがるこのクソガキ!殺す気か!?」と怒鳴りつけられるが少女は一方的に回線を切ると口から舌を短く出して「ベッーだ。」と言ってその場をOBを使って立ち去った。

「あのガキィ、俺らのクライアントの部下だって言うから黙ってやっているが次会ったら徹底的に『お仕置き』してやる!」

「全くだが、今は仕事だぜゴンタ。クライアントは何の意図があって連中を襲わせるのかしらねぇが俺達だって前払いで高額貰っているんだ。それに情報まで提供してくれてんだから目を瞑ってやれって。」

「けっ!お前は冷静でうらやましいぜブルー、まぁこの怒りは連中に八つ当たらせてもらうぜ!」
薄い青色の逆接ネクストに載った大柄な男はそう怒鳴ると下品な笑いを回線に響かせるのであった。一方、彼らから逃げるようにその場を離れた少女は通信回線を開いていた。

「参謀〜。ちゃんと言われたとおりにしましたよ〜。」

『上出来だ、良くやったアティ。』

 通信に聞こえてくる声は低く渋い、それでいて艶があり魅力を感じさせる声であった。

「でも本当に大丈夫なんですかあんな二人で〜。あれならあたしとヴェノがやった方よくないですか?」

『馬鹿を言うな、最弱のお前が部隊最強のあいつと組ませたら間違いなく足を引っ張るだけだ、それに連中の視点をあちらから引き離すだけなんだ、お前たちを態々使う意味と意義がない。まぁ可哀想ではあるがな…クックックッ。』

 通信越しに聞こえないように笑っているが、マイクの性能がいいのか嫌でも入り込んでくる。その笑い方はどこか狂気地味ているところがありアティ呼ばれた少女は顔を引き攣らせながら会話を続ける。

「じゃあ、あたしはこのまま予定通りに?」

『ああ、お前は事の成り行きを見ていろ。こちらは予定通りに動く。連中を手薄にさせるために高い金を溝に投げ捨てたのだからな。』

「はいはい〜、わかりましたよ参謀♪じゃまた後で〜。」

 少女はそう言うと回線を切る。そして機体を停止させその眼下に広がる海に静かに着水させそのまま潜行して行った…


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 インテリオル艦隊は補給艦隊が連絡を絶った問題の海域に到着するとノーマル部隊を展開させる。二機居るうち一機、ハンニバルのバルカは機動力を活かしてノーマル部隊より先行し危険がないかも兼ねて上空を飛びながら周囲を見回す。もう片方のブラック・モアは部隊を守るように一番先頭に居た。

 依頼内容に彼らが全滅しても良いと書いてあったがやはり見殺しにするのは気分がよくない、特にハンニバルはインテリオルとの関係が独立傭兵にしては強い、彼らを見殺すことなど出来ないだろう。

 皆が緊張している中、一般回線が開かれキャンディスの歌が流れてくる、この状況下でも歌うとはどういう神経をしてんだと思わず言いたくなったが誰もがその言葉を留めた。不思議と緊張が解れているからだ。本人もこちらを気遣ってのことなのだろう、それを考えると無下には出来ない。

 全員がその歌を聞いていたとき、部隊後方を移動してたノーマルに向けグレネード弾と大型ミサイルが撃ち込まれる。火力の代名詞の二つの特大の爆発音がその歌を強制終了させ、代わりに戦争交響楽を奏で始める。

 混乱し、連携を乱す部隊に指示を出すハンニバルは予想通りだが同時に下唇を噛んでいた。油断しすぎたのもあるが相手が思った以上に冷静であったこと、そして索敵のために先行していたにも関わらず、会敵出来ず見落としてしまったことに苛立ちを覚える。バルカを急遽反転させ部隊に向かう。

 突然後方に叩き込まれ混乱する部隊を庇うように攻撃があったほうに機体を向けると案の定、大型ミサイルと連動ミサイルが発射され明らかにブラック・モアを狙っていた。しかしキャンディスは慌てることなく肩のフレアを展開、発射しミサイルを明後日の方向に誘導すると今度は左手のバズーカを発射されたであろうビルに発砲する。直撃し崩れ落ちていくビルから、待ってましたと言わんばかりにグレネードが二発同時発射され、それをSBのQBで部隊から離れるように右側へ逃げる。地上ならその爆風でダメージを受けていたがここは海上、地の利ならぬ海の利に助けられたと思っていたがレーダーには先程グレネードが着弾したポイントに赤い光点がある事に気が付き、驚きを隠せない。敵が思った以上に連携を取れているからだ。急いで部隊の援護に行こうとするが再びグレネードが発射され行く手を遮られ舌打ちをする。

 部隊長はグレネードを発射した方角に向け一斉射撃を行おうとした瞬間、着弾したポイントから敵性反応が突如現れる。それと同時に水飛沫から飛び出てきたネクストは部隊の中央に行くとAAを発動させ周囲のビルごと部隊を爆砕した。

 そこに後一歩と言うところで到着が遅れたハンニバルは冷静だった、今は眼前敵の排除が優先だからだ。

「ネクスト二機の息のあった連携か、油断したが所詮それだけのこと、問題はない!」

 バルカは背中のOBを保護している装甲ハッチを開口するとOBを発動させ敵ネクストに接近し両腕の武器腕レーザーを構える。この武器腕レーザーの威力はハイレーザーに匹敵する。もしエネルギー防御力が低い場合、もしくは直撃した場合は与えられるダメージは計り知れない。

 そしてトリガーを引き両腕から眩い光を伴って二発のレーザーが敵ネクストに向かっていく。しかし敵ネクストは敢えて回避せずその場で円を書くように回転し大きく水飛沫を上げるとその波に遮られレーザーは大きく減衰し敵ネクストに当たってはいるがそのダメージはほぼ皆無であった。これには驚きと焦りを感じずにはいられない。敵は想像以上に手練でレーザーに対する対処法は的確で下手に避けるよりレーザーを減衰させた方がダメージを無くせるからだ。

 相手にとってここは『庭』と言う表現は正解であったことに皮肉を感じ冷や汗が額を伝う。しかし引くわけには行かない、第一空中戦に持ち込めばそれも通用しないからだ。ハンニバルはバルカを上昇させ敵の頭上を取ると敵も行動に移した。

 キャンディスは一方的に攻められていた。いや攻めていたのだが相手はまるでビルが見えているかのように動き回り決定打を与えることが出来ない。しかも散発的にミサイルを一発しか撃たず、姿をちらつかせてはこちらの弾を消耗させる。こちらも敵の攻撃を受けないために動き回るが如何せんタンクなだけに機動力は向うより劣る。更にはビル郡に動きを制限させられ時折一発貰ってしまう。

『ぎゃははは!!.1ってのもたいしたことねぇなおい!!』

 敵からの通信、恐らく煽ってこちらの冷静さを欠く為に態と言っているのだろうが実際この言葉は倒してきた相手に散々言われてきたことである。今更聞きなれた言葉を言われても吐きかけられても何とも思わない。しかし言われっぱなしも癪に障る。

「舐めないでください。これでもそのbPなんですから。」

 姿を見せるタイミングが掴めて来たのかブラック・モアに装備されているスナイパーキャノンを展開しそのタイミングに合わせ発射する。その弾は見事敵ネクストに直撃しその機体を大きく仰け反らせる。そしてそのときチラリと見えた機体にようやく相手の機体構成を理解する。

 当初、散発的にしか攻撃してこないということはこちらの弾をなるべく消耗させてから同じ状況下に持ち込んで有利に戦うつもりなのかと思っていたがそれは大きく違った。アルドラの最新逆接パーツに同じく最新型のアルゼブラ製コアと頭部、そして散発的にしか攻撃してこない理由に合点がいった最大の理由はその武器腕グレネードであった。成程と一言呟く。それで大型ミサイルと連動ミサイルしかないと自然と継続戦闘能力は低くなっていく。あれなら積極的にこちらを攻撃できない。最もこちらも総弾数に難があるが相手ほどではない。

「クスクス、てっきり消極的で陰湿なタイプかと思いましたが、私のブラック・モア以上に火力に偏っていらしたんですね。」

 相手は馬鹿にされているのは解っているが流石にただの馬鹿ではないらしく、挑発に乗ってこない。今まで通りミサイルを撃ってきたが今度は二発、しかも連動ミサイル付きで。流石にフレアは弾切れしてしまったので即座にパージ、背部兵装のXCG-B050で弾幕を張り打ち落とす。

「さて、そろそろミサイルの弾も尽きてきたでしょうし、反撃させてもらいましょう。」

 キャンディスはそう意気込むと右手に持った残り一発しか残っていないトーラス製コジマライフルのチャージを始めた。

 バルカとイレギュラーネクストの戦いは熾烈を極めた。バルカも速いのだが相手はそれ以上に速かった。まず避け方が上手いのだ。必要最低限の挙動と機動で武器腕レーザーの間を潜るように動き機体を掠めるだけで済ませたり、時としては海面が地面だといわんばかりに細かくジャンプを繰り返しこちらに照準を合わさせない。それに対しこちらはマシンガンやレーザーライフルを攻撃をその隙に叩き込まれ大きく装甲を削られている。バルカは軽量パーツで構成されているためお世辞にも装甲は厚くない。いや寧ろ包み隠さずに言えば薄い。しかしそれは相手も同じこと。見る限り使っている脚部パーツは同じ。しかし相手リンクスの方が技量は上。そしてどちらかと言えば装甲も無効が上。しかし火力や武装ではこちらが上。一発でも食らえば小さいダメージで削ることしか出来ない相手はそれだけで逆転されてしまうからだ。だから慎重に動いているのだろう。こちらの隙を突くように。

「全く『蝶のように舞い、蜂のように刺す』って言葉が似合う奴だな。感心する。」

 ハンニバルは相手の技量に対し素直に評価を出す。しかも相手はAAを部隊を消し飛ばして以降使ってこない。一発でも貰えば終わりだがそれでも切り札として温存するつもりなのだろう。少なくとも一対一ならともかく、お互いその状況を作っただけで未だに二対二なのだ。残った敵に全力を使うつもりなのだろう。しかしそう易々とそれを許すつもりは無い。陽動の為に撃った武器腕レーザーを回避させその先でハイレーザーを叩き込みようやく一発敵に与えることが出来た。コアに直撃したらしくその表面装甲は大きく溶解しているが戦闘に支障は無いらしい。

「やるじゃねぇか。流石だぜ。」

 蒼い逆接ネクストのリンクス、ブルーは呟く。やはり戦いとはこういうもんでなくては張り合いがないと心底考える。本気を出して仕留めに掛かろうとした時目の前にグレネード弾二発が目の前に着水し激しく水飛沫を上げ視界を塞ぐ。

「ゴンタ!?なにしてやがる!!」

 思わず怒鳴り声を上げるがレーダーに目をやると自分と直線状に二機の反応があり思った以上に相方が追い込まれていることに気付く。しかもそれを好機と見なしたバルカがOBを使って追い込まれているゴンタに追い討ちをかけようとしていた。

 ゴンタは焦っていた。途中でコジマライフルを発射しビルとPAを剥がしたと思ったら姿が見えた自機の大型ミサイルにスナイパーキャノンを撃ち込まれ形勢を大逆転されようとは微塵も思っていなかったからだ。結果ミサイルを撃ち尽してしまいグレネードで正面切って戦っていたわけだがその直線上に居る相方の邪魔をしてしまい怒鳴られるがその間にもまたスナイパーキャノンを撃ち込まれ体勢を崩してしまう。その隙に高々と立ち上る水柱からOBで突撃をかけてきたバルカを確認するとそれを迎撃しようと照準を合わせるが、今敵にしているのは目の前のブラック・モアだと言うことを忘れていた。結果格納されていた腕部グレネードとスナイパーキャノンの同時攻撃を受け体勢を再び崩すどころかPAまでも剥ぎ取られる。そして視界が晴れた時にカメラに映ってきたのはバルカの皿みたいな頭部だった。

 レーダーを確認するまでも無いがこの距離では相手も攻撃できないと考えていた。寧ろ武器腕の中では短い自分のほうが攻撃できると踏んだが腕が動作しない、まさかと思いカメラアイを動かしてみれば相手も同じ事を考えていたことを見せ付けられる。

「お互い武器腕だから考えることは同じだが…気付くのが遅れたな!」

 この時既に装填を済ませていたグレネードの砲口に直接突き刺された武器腕レーザー砲が発光しそのまま薬室に直撃し残っていたグレネードにも火が着き暴発、大爆発を起こしバルカごとその周辺一体を吹き飛ばす。

 凄まじい轟音が響き渡り立ち上る水柱と煙の中から出てきたのは機体を大きく大破しながらも何とか飛び出してきたバルカだった。しかし機体は満身創痍で両腕は勿論根元から吹き飛び機体のあちこちは装甲が捲り上がり火花を出して今にも爆発しそうな勢いであった。

 そしてブルーはレーダーに目をやると赤い光点が二つ、しかし緑の光点は一つ、自分しか映されていない。状況は二対一に持ち込まれはしたがバルカはもう右のハイレーザーキャノンしか使えず、最早戦闘など満足できるわけが無い、つまり弾を消耗したブラック・モアだけだと思っていたがそこで遠方からミサイルが飛来し数発を掠めると慌ててカメラをその方角に向けるとイージス艦が何時の間にか接近してきておりミサイルを撃ってきていたのだ。迎撃のために右腕のマシンガンを向けるが次の瞬間肘から先が吹き飛ばされる。

「彼と言い貴方と言い、もっと戦っている相手を見ていないと駄目ですよ?」

 格納されていたグレネードか、と毒づくと機体を翻しOBを発動、戦闘海域から一気に離脱した。

「ふぅ、一か八かだったがなんとかなったか。」

「ふふっ、意外と無茶をされる方なんですね。冷静な戦い方からは想像できませんでした。」

「追い込まれていなければあんな無茶はしねぇさ。まぁ今回勝てたのも生き残れたのも歌姫が幸運を運んできてくれたからかな?」

 冗談はよしてくださいと言われ二人で大笑いする。そして旗艦に回収されたバルカとブラック・モアだが、バルカの機体ダメージは深刻だが幸いハンニバル自身の怪我は奇跡的に軽傷で済んだ。

 一方そんな状況を海面にまるで潜望鏡のように頭部だけを出して見ていたネクストは再び海中に潜行し彼らから一定の距離を取ったところで通信回線を開く。

「参謀聞こえますか〜?こちらアティ。今大丈夫ですか〜?」

『聞こえているし全く持って大丈夫だアティ。そっちの状況はどうなった。』

「参謀の予想通りですよ〜、一匹死んで一匹逃げました〜。どうします?」

『解った。まぁ逃げたほうには既に追っ手を向かわせた。お前はそのまま帰還しろ。』

「ラジャ〜〜♪」

 そう言って少女は通信を切り、海中から浮上しその夕焼け色に染まる白いネクストを上空に浮かばせるとOBを発動させ水平線の彼方へと消えていった。


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 そして深手を負ったブルーのネクストは自分達の帰りを待っている大型貨物船が待っている回収ポイントに到達するがそこで目を丸くした。大型貨物船が真っ二つにされ艦船の真ん中から綺麗に沈んで行っているのだ。しかも仲間のノーマルも全滅している。一体誰が!?と思った時にレーダーに一つの赤い光点が現れる。カメラアイの倍率を上げその機体をシルエットを見つけると通信回線を一般で開く。

「誰だテメェは!?」

 返答は無い。代わりにライフル弾が数発こちらに撃たれてきたがそれを回避すると敢えて前に出る。相手のタイプがどんなのかが逆光でわからないからだ。とそこで相手がOBを使って一気に距離を詰めてきたと思ったら妙に出っ張った肩に目が行きそれがP-MARROW、アサルトアンプリファイアーと呼ばれるアサルトアーマーの威力と有効範囲を増幅させる装備であった、真上で強化増幅されたAAを放たれ視界を塞がれ機体は大きく揺れ動き、もはや稼動させる出精一杯の状態に追い込まれる。しかし敵ネクストはOBを一旦止め正面と背面のブースターを同時に噴射し一気に急速反転し再度OBを発動しその距離を詰めるとコックピットの至るところから火花が散りショートを引き起こしているときに回線が入る。ただ一言

    『墓標を刻んでやる』

 それだけを伝えられるとそのネクストはOBを止めて機体を一回転させ、横一文字にコアを切り裂くと左回転したその勢いを殺すことなく今度は上から縦一文字に切り裂き通り過ぎる。そしてブルーのネクストには十字架が刻み込まれ、そのまま海中に沈んでいった。その白と黒のモノクロのネクストは何事も無かったかのようにその場を去った。


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 旗艦「デジャイロ」の甲板の上で夕日に染まる上海海域を、軽傷で済み手当てを受けたハンニバルは煙草を吸いながら眺めていた。そして空に向かって紫煙を吐く。とこそに昼間に聞いた歌とは違う歌が艦首から聞こえてきた。キャンディス・ナイトが歌っていると解りその歌が聞こえてくる方向に体を向けると余りの光景に煙草を口からポロリと海に落とす。

 そこにいたキャンディス・ナイトは天然のライトを浴びて金色の髪を神々しく輝かせ、そして流れる風にそのパーマをかけた髪を優雅に、軽やかに靡かせながら歌を歌う。海面に反射する夕日の光、そして寂れて痛々しい殺風景な廃ビル郡が彼女ための小道具と成り果てた。全てが彼女の存在を引き立たせる脇役となった。

 その聞こえてくる歌を、目を瞑り時間と風、波の音、揺れる船に身を任せ静かに、ただ静かにその歌を聞いていた。その海域一体が彼女のためのコンサート会場となっていた。

後書
はいどうも〜。いやね先ず謝らなきゃいけないこと。それはブラックモア・ナイトが見つからず結果冒頭の歌を記念パーティーから引っ張って来た事を…!(土下座)いやですね、ちゃんと探したんですよ?でもねいくら探しても見つけられないわけでござんして(汗)結果として冒頭は引っ張ってきて、最後は文章とハンニバルで誤魔化しました。本当に申し訳ありませんでしたァァァ!!
とにかく次回にも所持するキャラには死んでいただきます。まぁ丁度いいんですよね。それとこっちにも出てきた『ヴェノ』ですが実はこちらで考えていたヴェノをアナトリアに移植したんです。実際はこっちが先です。つーわけで次回は可哀想な二人を殺した黒幕がご登場です。それでは〜。


以下、管理人による注釈
キャンディスが歌っていた曲は「Under a Violet Moon」と「Storm」という曲です。両方とも実在しておりアーティストはBlackmore's Night。「Under a Violet Moon」はアルバム「Under a Violet Moon」に収録、「Storm」はアルバム「Fires at Midnight」に収録されています。

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