『イレギュラーエリミネイト2』

 

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 午前9:43分、ユニオン支配地域、キタザキジャンクション近隣

 

 白い逆関節ネクストが一機悠々と砂漠を移動していた。豪快に移動していては簡単に近隣のレーダーに感知されるのでなるべく速度を落としつつメインブースターを使って移動する。

 

 コックピット内で口笛吹きながら気分良く自機を操縦する少女アティはこまめにレーダーに目を配る。今回珍しく使いっ走りにしか使われない自分に破壊系統の任務が言い渡されて遂数分前にそれを終わらせてきたところである。

 

 目標はインテリオル・ユニオンの輸送部隊。規模も聞かされず有無を言わずにいきなり「行って来い」の一言で向かわされ現地に着いてみれば目を疑いたくなる数の輸送トラックが行進していたのだ。確かにネクストの火力を持ってすれば輸送部隊ぐらいなら直ぐに壊滅できるだろうがアティのネクストの武装はバランスに趣を置いた武装であり中距離の射撃戦による支援及び援護を主体としている。

 

 バランス型は扱う人間次第で誰とでも戦えるのだが、残念ながらアティはその器のリンクスではなく寧ろ良好な装備を持て余している。よって周辺の人間からは宝の持ち腐れと言われている始末である。

 

 だがアティもそんなことを言われっぱなしでは悔しいと感じるのは当然であり、ここで少しでもまともな戦果を上げておかないと何時までも言われ続けるのは目に見えていること。誰だって何時までも見下されているのは悔しい物だ。

 

 操縦桿を強く握りしめてオーバード・ブーストを起動、輸送部隊の右側面を取り奇襲攻撃を開始する、右背部のローゼンタール式チェインガンを展開、同じく左腕の同社のアサルトライフルMR−R102を構えて照準を合わせてからトリガーを引く。

 

 指先でほんの少し力を込めてトリガーを引くのに対し左腕と右背部の反動は凄まじく機体を一発撃つたびに大きく揺らす、だがその衝撃も振動も微々たる物しかコックピットには届かない。画面も揺れることはなくひたすらトリガーを引き続ける。

 

 ディスプレイに映る輸送部隊のトレーナーは次々と発射される銃弾に蜂の巣にされていき炎上、爆発する。一台が大きく吹き飛び宙を舞いそのまま重力に従い落下、真下を通りかかっていた輸送トレーラーを押しつぶす。その押しつぶされたトレーラーも数秒後に爆発を引き起こす。

 

 真上から押しつぶされて爆発したトレーラーの爆炎に視界を遮られ急ブレーキを掛けるが速度故にタイヤが地面を離れ横転、それが他のトレーラーを巻き込んで衝突し、それが他のトレーラーを巻き込むという地獄の連鎖を芋づる方式に引き起こしていき、まるでドミノ倒しのように横転、爆発を繰り広げる。だがそんな中でも奇跡的に数台が切り抜けていき脱出していく。しかしそれを見逃すほど甘くなく無事脱出できてもアティが駆るネクストの火力の前には紙切れ同然であり、即座に炎に包まれる。結局彼らの人生はどう足掻いたところでこの荒れ果てた岩肌の露出した大地が墓場なのだ。

 

 数が数だけに、そしてアティの未熟な操縦技術のために本来なら四、五分も掛からない作業も数十分と言う時間を要した。流石にこの時間ロスは不味いとアティでも考えた。部隊が攻撃を受けてその近隣の部隊か基地に連絡を取り援軍、救援に駆け付けるのに時間差はあるがそんなに距離が離れていないのなら、この数十分という時間ロスは痛手だからだ。もっともネクストの可能性は低いのが幸いである。もしもネクストが近隣の基地に居るか、付近で行動していた場合即座に応援として駆け付けてくることが可能だからだ。だが現にネクストの姿はないしレーダーにも高速で作戦範囲領域に侵入してくる機影は確認できない。

 

 機影に映らないことから内心ほっとして安堵の溜息をつく、これまでまともな対ネクスト戦闘など全く行っていない。それもこれもヴィンセントがアティを不要戦力として見なしているがAMS適正を持つ人間は希少価値が高いのはノーマルが着実に企業軍の主力戦力となっている現状でも変わらない。天文学的に貴重な人材である上にテロリスト組織に大量のリンクスがいること自体が奇跡的といって良い。

 

 そんなことを考えながらアティは愛機を反転させて作戦領域から撤退しようとすると遠方からレーザーが掃射される。突然のことだったので咄嗟の回避も間に合わず数発を直撃してしまう。幸いにも直撃したのはコアだった、アティのネクストは武器のみ成らず機体構成すらバランスを趣に置かれている、本来なら実弾防御力を求めるべきだがどういう訳かエネルギー防御力を重点に置いたインテリオル・ユニオン製のコア「CO1−TELLUS」となっている。何時も疑問に思っていたが今回ばかりは感謝すべきだろう。もしもGA系のコアだったら間違いなく致命傷となっていたからだ。

 

 機体のダメージをチェックするがめぼしい損傷はない。確認を取ってから遠方から掃射されたと思われる方角に頭部を向けると目を疑いたくなる。そこには遠方でも簡単に確認できる巨大な戦車が砂煙と轟音を挙げながらこちらにへと向かってきているのだ。言わずと知れたAFランドクラブ・ユニオンタイプ、インテリオル・ユニオンが改造を施したランドクラブだが厳密に言えば多少の外観の変更と砲塔が掃討戦用の多連装パルスレーザー砲に変更されている。

 

 問題は通常のランドクラブと違いその遠距離からの砲撃でも充分な火力があると言うこと。しかも実弾ならまだしもこれはレーザーでありPAを易々と貫通する。同時にPAを減衰させる効果まである。非常に厄介であると言わざる得ないが不幸中の幸いにも、このランドクラブが単機で送られてきたと言うこと。どこかで演習でもしていたのかどうかは知らないが単機なら幾ら未熟者の自分でも倒せるはずだとアティは考え、OBを起動させ一気に接近を試みた。

 

 その後はと言うと訓練生だったのか経験が少なかったのか、照準が甘く多連装レーザー砲を生かせてはいかなかった。どちらにせよ近づいてしまえばAFなど只の鉄の塊に過ぎない。弾幕をかい潜りランドクラブの甲板中心部に降り立つとそこでアサルトアーマーを使用し中心部を根刮ぎ抉り取る。

 

 根刮ぎ奪い取った部分から連鎖爆発を引き起こし始めたのを確認したアティはそのまま上昇、前方へクイックブーストを断続的に吹かして退避すると、その後ろでランドクラブはその巨体を動かす為の機関部にも火が回り、燃料にも引火して遂に大爆発を引き起こし文字通り巨大な鉄屑へと変わった。

 

 ヴィンセントに言われた任務も終わらせ、更にAF一機撃破したのだ。何故わざわざインテリオル・ユニオンと敵対するような行動を取るのかは理由は解らないがそれは知る必要はない、今必要なのは自分の力を認めて貰うことであり、敵対関係や構図など二の次以上の問題なのだ。どれだけ自分が重要な存在になれるか、それだけが今のアティに取って重大事項なのだ。

 

 そしてその後戦闘領域を離脱し現在キタザキジャンクションに差し掛かった。ここを無事突破することが叶えば仲間が潜伏している地域の手前までは気を抜いて行動が出来る。そう考えていると突如レーダーが敵機接近の警報をけたたましく鳴り響かせる。警報が鳴った瞬間にレーダーを見ると十時方向から高速で急接近してくる機影が確認できた、この速度はどう考えてもネクストでしかなく自分にとって最悪のパターンが降りかかってきたのだ。

 

 アティは自身の戦闘力が一体何処まで通用するか知らないし、本格的な殺し合いの対ネクスト戦闘はこれが初めてである。早まる鼓動に脈も速くなる。ここで精神高揚剤の類のような薬が無いこと、そして持ってきていないことを恨めしく思う。只でさえ負担が掛かるリンクスの事を考慮したのかも知れないがアティ自身はド素人なのだ。圧倒的に経験不足でアドバンテージすらない。寧ろ自分自身は戦闘後で疲弊しきり消耗している。分が悪いの一言ではすまされないのだ。

 

 圧倒的に不利なアティは最早出来ることと言ったら悪足掻きしてどうにか逃げ切ることであるが、むざむざ逃がしてくれるとは思えないしネクストを駆り出してまでいるのだからユニオンが自分を逃がす気など無いのだ。こうなると頼みの綱は応援もとい救援を求めることであり、それしか手段がないわけである。アティは迷うことなく救援を求める暗号コードを機密の専用回線を使って送ると臨戦態勢を取る。仲間が駆け付けるまで一体何分掛かるか解らないが、仲間が来るまでに持たなくては行けない。アティは意を決して黒いアリーヤベースのネクストに単身向かっていった。

 

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 アティがネクストと交戦開始する数十分前のこと、大陸から数十km離れた沖合に黒い物体が海面に半分だけその丸い姿を晒していた。その上の甲板で人影が二つ見て取れる。両方とも似たり寄ったりな背格好なのだが片方は片髪が紫色となっており、もう片方は全体的に茶がかかっている。そんな二人が同じようにイライラした様な雰囲気で水平線の彼方をずっと見ており何かを待ち続けている。

 

「・・・・・・・・遅いっ!いい加減に到着しても良い時間だ、一体何をしているアティは?」

 

 茶がかかった男はその溜まりに溜まった苛立ちが許容限界を超えて遂に口から出てしまう。これ以上同じ状態が続けば恐らく顔を真っ赤っかにして大噴火を起こしてしまうだろう。

 

「お前なぁ、確かに遅すぎやするがそこまで頭に血を上らせることはないだろ?」

 

 もう片方の右側が紫色の髪の毛の男が頭に血が昇り苛立ちが隠しきれなくなった男を宥めるように言ってみるが恐らく何時も通り意味無いと思う、お互い双子の兄弟で弟の神経質な性格は昔から知っていることだ、だからこんな時は何を言っても効果はなく、寧ろ逆に苛立ちが募ってしまうことは既に知っていることだ。

 

 ならばどうして無駄と知りつつも言ったのかというと、弟のヴィンセントの苛立ちや愚痴を黙って聞いているとこちらも苛立ってきてしまうからだ。そのため何も言わないよりはマシだと考えて敢えて言葉にしたのだ。そうしないとそんなに苛ついていないのにこっちまでイライラしてしまうからだ。

 

 だがそれでも遅いと思う。幾ら何でも時間が掛かりすぎているし、まさかオートナビが付いているのにも関わらず道に迷っているなどと言う間抜けな話でもあるまい、では何だろうか?ネクストを釘付けに出来る兵器など現状ではAFかネクストだけだ、となると今のところ敵増援としてAFかネクストがアティの元に送られたと考えるのが妥当だ、しかし送られているのがAFだと思いたかった、インテリオル・ユニオンのAFはソルディオス・オービット以外は大した驚異ではない、だがもしもネクストだった場合はアティでは対処しきれないだろうし逃げることもままならないだろう。

 

 とそこまで考えて思考を止める。頭の悪い自分でここまで考えがいったのだから恐らくヴィンセントも考えついているはずだ、だったらここまで来ればやることは幾つか選択肢が浮かぶ、一つは救援。しかしそれほど重要な戦力ではなくせいぜい足止め程度にしかならない、つまり数合わせだ。二つ目は見殺しだ、助ける価値がないのならいっそこのまま見殺しにした方が消耗も被害も最小限に抑えられる。ただしこれがノーマル部隊や捨て駒にしても何ら問題ない部隊ではなく損失するのがネクストとリンクスだ、人的被害も戦力的な被害も無視は出来ない。

 

 しかし、もしも初めから最後まで使う気のない人間だったら?もしも予め裏で企業の支援を秘密裏に受けていて、この程度のリンクスなら容易く確保できる状態なら?しかも不要と見なした人材が溢れていたら?

 

 そうだとしたら助ける必要はまるでない、だが黙って見殺すのかというとそうでもない。本当に見殺しにしたら最悪の場合機体は壊されてもコックピットにいるリンクスが生きていたらどうなる?尋問に拷問、それもテロリストなら問答無用で行われるだろう。人権など世界、つまり企業を脅かす存在などに与えられているわけがない。しかもアティは未成熟とはいえ一応は女だ、慰み者にされるなど目に見えている。

 

 ベルンハルトは大きく溜息を吐いて未だに水平線の彼方を見続けるヴィンセントに背中を見せて潜水艦内に戻ろうとすると耳に当てている無線機にアリスから通信が入る。

 

「ヴィンセント、ベルンハルト。聞こえますか?」

 

「聞こえている、どうしたアリス?アティから今更連絡が入ったのか?」

 

 苛立った声を押し殺しながらアリスから入った連絡に応答するヴィンセントを見つつ、そのまま

 

「その通りに今更だけど、残念な連絡が入ったわ」

 

「残念な、だと・・・?」

 

 パイプ管越しに音の響きだけで伝わってくるアリスの声は無機質に近い物で淡々と事実を伝えてきた、さながら機械人形のような抑揚のない声である。そんな彼女にも今のヴィンセントの心境という物が流石に解るらしく、やや声が震えている。何しろ今のヴィンセントの返答は明らかに怒りを露わにしているのだ。それもドスの利いた低い声でだ。そんなヴィンセントにも怖じ気付く事無くアリスは言葉を続けた。

 

「たった今アリスから専用回線で救援を求める暗号が届いたわ。どうやらネクストと交戦中みたい。」

 

 この報告を聞いたヴィンセントは「そうか」と言って水平線の彼方を見てから後ろで潜水艦内のネクスト用のガレージへ向かおうとし足を止めていたベルンハルトに向けて指を鳴らす。この鳴らした音だけでベルンハルトは「しようがねぇな」とブツブツと言いながら艦内へと入っていく。無論言うまでもなく出撃命令である。

 

 この組織は実質ヴィンセントが動かしているようなものである、流石に一応の組織の頭を張っているグランザムと副隊長のエンタピオには話は通しているが全てを話ているわけではない、ヴィンセントに彼ら二人に全てを話す義理はなく、また彼らを信用しているのは悪魔でも『腕』のみである。よってヴィンセントからしてみれば兄のベルンハルトですら手駒にすぎない。

 

 そして恐らくそれは全員が薄々感づいていることだろう、一人を除いて誰一人として真っ向から信用していない事などお見通しだろう。それだというのに提示する作戦などを淡々とこなしているのは内輪もめしても意味がないと解っているからだ、特にテロリスト組織で内輪もめして自滅の道を辿るなど笑い話にしかならない。

 

 彼らの目的は企業の打倒である、その為なら幾ら信用の置けない味方だろうと言うことを聞く。目的のためなら手段は問わない、マキャベリの基本である。集団で組織化されているのなら目的の為に我を捨てれる連中でなくては話にならないのだ。

 

 だが兄のベルンハルトは違う。『企業に復讐出来るなら、その後で解る結果などどうでも良い』と平然とした顔で言い放つ当たりが恐ろしい。それはわかりやすく言えば「テストに出てくるこの問題が解ければ、テストの点なんてどうでもいい」と言うことになる。こういうタイプの人間は損得抜きで結果はどうでも良く、その結果次第で自身の身がどうこうなることも知ったことではなく、ただ自己中心的な己の『欲』を満たせればどうでも良いと言うことである。即ち『目先しか見ない人間』、そうなるのだ。

 

 目先しか見れないのではなく、敢えて『見ない』のだ。仮に目先よりもその先を見れる人間なのであればそのような発言もしないだろうし、あのような性格でもない。昔はあのような性格ではなかったはずだ、では一体何処であんな性格に変わったのかと思案してみるがどう考えても、この約十年間の間。それ以外に答えは出ない。

 

 それにそのような人間なのだからアブローラに荷担したのだし、これまでも企業閣僚や高官の暗殺など考え無しに引き受けていたのだ。考え無しは言い過ぎかも知れないがその考えと信条で何時も何を考えているのかが解らない。だから扱いにくいのだ。血の繋がった実の兄であり何も言わずに意志疎通が出来ると言っても安心は出来ない。寧ろ血の繋がっていることが枷となっているのだ。どうせなら繋がりのない赤の他人だったらどれだけ楽なことかと思い、ついつい大きい溜息を吐いてしまう。

 

 溜息を吐いたタイミングでパイプ管を通してアリスから直接連絡が入る、潜水と射出の準備が終わったとのことだ。「わかった」と短く返答をして艦内へと続いているハッチへと歩いていき、梯子に足をかけてそのまま少しだけ降りるとハッチに腕を伸ばし力一杯引っ張り閉めるとバルブを限界まで締めて微動だにしなくなるまで生身の腕で締めきるとそのまま梯子を伝って降りていく、

 

 降りきると直ぐそこはブリッジであり潜水艦を動かす為の機器で埋め尽くされている、その機械だらけの無骨なブリッジにとても似合わない桜色の女性がこちらに歩み寄ってくる。彼女がアリスだ。甲板で待ち呆けている間は彼女に任せていた。

 

「全ての準備が整っているわヴィンセント」

 

「状態は悪いが良好だ、ベルンハルトに繋げろ」

 

 通信士に通信回線を繋げさせた、通信士は切れの良い返事で返すとテキパキとした手つきで直ぐにベルンハルトのネクスト『ユグドラシル』に繋がる。ユグドラシルは遂最近、ヴァレリオ・ザントと言うリンクスから割安で買い取った中量二脚の遠距離戦闘主体のネクストだ。

 

 バランス型のネクストに乗っていたがこの組織ではブレードを装備したヴェノの局地戦闘型とエンタピオの万能型が一機ずつ揃っている。それに遠距離砲撃専用の自身のネクストとグランザムの正面突破型と揃っている訳なので、この組織に来てまでバランス型にする必要は無い。従って遠距離攻撃主体のネクストに乗せたという訳だ。と言ってもアセンブリをしたは良かったがいつの間にかこっそり機体の彼方此方を弄られ変更されていたのだ。

 

 流石に呆れた、呆れて物が言えなかった。せめて気にくわないなら気に食わないで文句を言ってから手を出して欲しかった物だ。いくら双子の兄弟と言えど礼儀くらいはあっていいはずだからだ。

 

 本当に性格がねじ曲がったと心の奥底から思えた、生き別れる直前の彼の性格は今では考えられないほど正反対の性格で純朴で優しい少年だったのだ。本当に考えられないが文字通り別人と言っても通用するレベルだったのだ。それに今アリスと交際関係なのはヴィンセントだが、驚くことに昔はベルンハルトと付き合っていたのだ。

 

 当時の彼女は近所でも有名だったが、更に学校でも有名な所謂アイドルのような存在で当時の近所の仲間内では憧れの存在だった。その全員の憧れの存在が双子の兄と交際しているなど妬ましくも思ったこともあるが、それ以上に自慢の兄でもあったのだ。誇れる兄であったのだ。何しろ憧れの存在に告白して見事成就したというのだから自慢せずにいられない。

 

 出来ることなら、この幸せが長く続けばいいと願っていた矢先に勃発したのがリンクス戦争である。運の悪いことにその勃発した地域のコロニーに住んでいたが為に早々に巻き沿いを食らう事となったのだ。近所の友人達は戦果が回らぬ内に逃げ出していったが更に運の悪いことに大昔と違い戦争で汚染されており、最早人が住める地域が限られていたのだ。そんな中で他のコロニーに行くにしろ距離がある上にその方向のコロニーは既に壊滅していたのだ。逆方向に行っても恐らく結果は同じだろう。いや寧ろ逆方向のコロニーに住まう人間達が逆にこちらに逃げてくるかも知れなくもなかった。何しろ逆方向のコロニーも戦火に巻き込まれる可能性が地域的に見て充分高いからだ。

 

 そうなってくると結局逃げ場など無かった。壊滅したコロニーはアクアビット陣営とGA陣営の激突で壊滅してしまったらしい。何故この辺境地にまでGAが居るのかどうか解らなかったが、一つ言えることは壊滅したコロニーは実質上生存者はゼロらしい。どうしてゼロだったのかはこの時は解らなかったが、後々に嫌でも痛感することとなる。

 

 このときのヴォルフラム、つまり後々のヴィンセントは安全かどうかは疑わしいが避難用シェルターへ逃げようとアリスに言ってみたのだ。この時兄のベルンハルトは両親と共に自宅で生活必需品をまとめていた最中であり、ヴィンセントも手伝うと言ったのだがベルンハルトはアリスの側にいてくれと強く言ったため、言うことに従ったのだ。だが直ぐに来るものかと思っていたのだが一向に来る気配が無く、これ以上待っていてはいつ来るかも解らない戦火の想像も付かない恐怖に負けて心がどうにかなってしまいそうだからだ。

 

 だが彼女は、アリスは断った。彼が来るまでここで待つと言って頑として聞かなかったのだ。こんな一刻を争う自体にあるにもかかわらず彼女は何時まで経っても来ないベルンハルトの到着を待っていた。そんな彼女の芯の強さに当てられヴィンセントもアリスと一緒に待つことにしたのだ。

 

 それから数十分後のこと、ようやく荷物を纏めて鞄を担いで待ち合わせ場所にやってきたベルンハルト達を見てヴィンセントとアリスはほっとした。その次のことであった。

 

 遙か後ろからだろう、物凄く、とてつもない轟音が一回コロニー全体に鳴り響く。あまりの音のでかさに思わず耳を塞ぎ全員膝が折れてしまい片足を地面に付ける。音は鳴りやんだが今度は何かが飛来する音がドンドンと速くなり音自体も高く聞こえてきた。一体何かと思い後ろを振り向いたヴィンセントの目に映ったのは遙か向こうで動いている巨大な人の形をした戦車だった。

 

 その巨大な戦車は上半身が人のそれだった、その直ぐ真上を今度は黒い大きな人間のようなフォルムの何かが通り過ぎていく。戦車の方はその人間に近い姿をした黒い塊に向けて腕で持っている大きな大砲らしき物を発射するが意図も簡単に避けられている。

 

 この時は何一つ解らなかったが、今になって思い出せば黒い方が圧倒していたのだ、しかしそれが解らなかったから暫くの間全員が呆けて見ていてしまったのだろう。だから逃げ出すのに遅れたのだ。突然に非日常的な状況下に置かれれば大抵の人間は思考が止まり立ち止まってしまう。それをどうにかして見た瞬間に逃げ出せなど一般人には到底無理である。

 

 暫く呆けて見ていたが、正気を取り戻したベルンハルトが大声で叫んで皆に逃げ出せと叫んだ。その怒声でようやく我に返った各々は背中を見せて逃げ出したが、その時、唯一人後ろを振り向いたヴィンセントは見たのだ。黒い人間らしきものが大きく横に瞬間移動でもしたかのように突然消え去ると、その向こう側で巨大な戦車が腕を振り上げて大きな大砲らしき物を構えていたが何故だろうか?打ち出された轟音も撃たれる際に見えた砲弾ですらゆっくり動いているように映ったのだ。

 

 だが問題はそこではない、それが撃ったであろう巨大な「塊」がこちらに向かって来ていることだった。それも確実にこちらに近づいてきているではないか。ヴィンセントは咄嗟に側にいたアリスの腕を掴んで自分の方に無理矢理引っ張るとそのまま彼女の上に覆い被さるように押し倒した。勿論途中で左腕を彼女の後頭部に当てて頭を傷つけないように配慮した。

 

 その後何秒と経たない内に砲弾は自分たちの真上を通っていく、押し倒す途中でアリスが何かを言ったようにも聞こえたが今のヴィンセントの耳には届いておらず、また轟音に彼女か細い声はかき消されてしまったのだ。

 

 直後、凄まじい轟音と異常に熱い突風が自分たちを吹き飛ばした。視点は何回も上下し途中からどっちが下で上かすら解らなくなった。更に意識も暗転してしまい一体何回転がり、どれほど気絶していたのすら解らなくなった。

 

 それから暫くして微睡む意識の中で誰かが自分を呼ぶ声がしたのだ、その呼びかける声に神経を尖らせると段々と鮮明に聞こえてくるとその呼びかけている声の主がアリスであることに気づく。

 

 目を開いてゆっくりと覚醒していくが未だに微睡む意識で視点だけを動かすとアリスがそこにいたのだ。何か言っているような気もしたのだが余り良く聞こえないのだ。何故か騒がしいような気もして首を動かそうとする。

 

 するとどういう訳か全身に激痛が走り微睡んでいた意識も一気に覚醒する。しかも覚醒したしたらで今度は右腕と両足が非常に熱い。焼けるように熱いのだ。一体何事かと思い首を無理矢理動かし全身を走る激痛にも耐えて焼けるように熱くなっている右腕と両足を見ようとする。だが見れなかった、いや、出来るわけがなかった。何故なら右腕と両足が無かったのだ。普段なら有るはずの右腕が肘から、両足が太股の中程から無くなっていたのだ。

 

 無くなっている事が理解できずに呻き声を出して錯乱する、先ほどまで有ったはずの自分の腕と両足が無くなっているのだ、声にならない悲鳴を挙げる。左腕も動かしたいのだが折れているのだろうか、動かそうと思っても反応がないのだ。だからまどろっこしく動く部分だけを動かして身悶えするしか無かった。

 

 痛みに悶えている最中、ふと目に入った家族連れと思われる怪我人が目に入り痛みも思考も途端に止まる。そしてさっきほどは感じることのない痛みに耐えながら首を動かして周囲を見渡すと同じような人間が大量に運び込まれている。まるで戦地の簡易診療所か病院のような有様だった。多くの人間が自分と同じような状態で運び込まれているのだ。

 

 だが幾ら見渡しても兄と両親が見つからないのだ、もしかしたら見えない位置に居るのかも知れない、そう思いアリスに尋ねると彼女は堰を切ったダムから流れる激流のようにいきなり泣き出したのだ。何故泣き出すのか解らなかったが、やがて彼女の反応を見て一つの答えに行き着いてしまった。だが否定したい、その答えを理解したくない、突き付けられた現実を受け入れたくない、数多の感情が一気にヴィンセントの頭の中を駆けめぐった。

 

 その状態が暫く続き、何時しかヴィンセントの心を熱く、ドロリとした黒い感情が支配していく。企業への憎悪と憤怒で心を支配された後の彼と、その彼に付き添って行くことを決めた彼女の行動は最初こそ縛られたが、彼らの身柄の引取先であるレイレナードが壊滅してからは完全に自由となり、立案していた自身の計画を実行に移して今、この状態である。

 

「い・・・・・・おい・・・・・・ヴォルフラム!!」

 

 昔のことを思い出してボッーとしていたらしく、自分の本名をベルンハルトに呼ばれるまで全く気づかなかったヴィンセントは珍しく慌てた様子で返答すると怪訝な顔つきのベルンハルトがこちらをモニター越しに見ていた。

 

「おい、何ボッーとしてんだお前は?考えすぎで頭沸いたのか?」

 

「常に沸きっぱなしのお前に言われたくはない。取り敢えず、解っているなベルンハルト?」

 

 「言うまでもねぇ」と不適な笑みを浮かべて一言だけ言うと向こうから回線を閉じる。いつもながら勝手だなと感じつつも乗組員に指示を飛ばす。

 

 潜水するためにバラストを注水し巨大な船体を海中に沈めきると船首を傾けさせて潜っていくが、途中で船体を水平に戻して暫くそのまま巡航する。その間はネクストが置かれている射出口に注水が始まり、やがて水で満たされると注水されて満杯となった射出口のハッチが開き僅かに残っていた空気が泡として海上へと昇っていく、その奥に全体的に黒みの強い紫色で染められたネクストが発射される時を待っていた。

 

 そしてヴィンセントの合図で五秒ほど、ネクストのディスプレイにも映し出されカウントを取り、ゼロになった瞬間ベルンハルトのネクスト「ユグドラシル」はメインブースターを最大出力で吹かし急上昇していき海面へと近づき浮上する。

 

 浮上しきり海面から飛び出したユグドラシルは直ぐさまプライラルアーマーを展開し、オーバードブーストを起動させ水平線の彼方へと飛び去っていった。

 

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 インテリオル・ユニオンの依頼を請けて現地に向かったエイヴは直ぐに戦闘に入っていた。撃破対象の白い逆関節ネクストを照準から外すことなく捕らえ続ける。そして相手が右へクイックブーストした瞬間を狙って、予測される移動場所に銃口を向けてライフルのトリガーを引く。狙い通りに発射されたライフルの弾丸は逸れることなく全て白いネクストにへと吸い込まれるように全弾命中する。

 

 インテリオル・ユニオンの依頼でイレギュラーの排除を請けたエイヴは正直言って少々残念がっていた。企業が僚機として専属も付けず単機で撃破してくれと言われたときは完全に丁度良い当て馬にされているのではないかと思っていたが、現地に着き戦闘を始めてみれば別の意味で呆気にとられたのだ。

 

 そう弱すぎた。普段のように無茶苦茶な機動をしなくても機体の性能を活かして動くだけで充分なのだ、イレギュラーと言えば実力派が多く実質カラード上位ランカーに匹敵する実力者が多いはずなのだ。だが今目の前にいるイレギュラーは確実に低ランカーと同等で完全に素人なのだ。ただネクストに乗れているだけのド素人だ。

 

 そんなことを戦闘中に考えていると言うことは余程現状の自分が余裕たっぷりだと言うことが解る。何しろ相手の攻撃で注意しなくては行けないのは近接信管型ミサイルとローゼンタール製レーザーライフルだけ。つまり相手自体ではなく相手が装備している武器に注意が必要だと言うことである。

 

 何故なら素人は強力な武器に頼りがちで基本的に生き残ることしか頭にないからだ。これがベテランともなってくると強力な武器を囮として使うことだってあるのだが残念ながらこのイレギュラーにはその考えはないらしく、ひたすらロックして撃っては逃げるを繰り返している。

 

 逃げ回ると言うことは増援か救援が来る可能性も考えられるが、どう考えてもその救援が来るまでに持つとは考えられない、何故なら今し方レーザーライフルを撃ち尽くして挙げ句にミサイルハッチをあろう事か、ライフルを構えている状態が見えているにも関わらず開いたのだ。

 

 エイヴは呆れながらも発射された瞬間の近接信管型ミサイルに向けてライフルを連射した、打ち出されたライフル弾はそのまま発射された瞬間のミサイルに向かって飛んでいきミサイルの弾頭を貫いた。

 

 貫いた瞬間、火薬に引火しその一発が爆発すると他のもその爆発に反応し連鎖爆発を引き起こす。近接信管型ミサイルの破壊力は周知されていることであり、若干遅いことを除けば優秀なミサイルである。事実、近接信管に関してネクストに対しては特にその優位性をユナイテット・ステイツのノーマル部隊が叩き出している。

 

 大爆発を引き起こし暫くは立ち上る黒煙で全く見えなかったがロックカーソルは未だに反応しているのでまだ墜ちてはいないということだ、油断することなくライフルを構えておき、何時不意打ちしてくるか解らないので直ぐに反応できる状態にしておく。

 

 やがて黒煙が強く吹く風に吹き飛ばされて掻き消えて、その黒煙の中に居た敵ネクストの姿を太陽の下に晒した。その姿は正しく案の定と言う物だった。

 

 先ず真っ先に目がいったのはアンテナ状の頭部が消し飛んでいること。そして左側から先がゴッソリ無くなり多少離れている位置でも抉れた部分の至る所でショートを起こし火花が飛び散っているのが確認できた。機体各所の吹き飛び方を見れば最早戦闘は勿論、あれだけゴッソリ無くなってしまえば動くことさえままならない。

 

 相手に戦う意志があるかの有無は関係なく、普通ならこのまま捕獲し身柄を拘束。その後企業に引き渡すのがセオリーだ。依頼では撃破となっていたが何も徹底して殺す必要性はない。もっとも引き渡した後のイレギュラーリンクスの命の保証は何処にもないのだが。良くて拷問された後でそのまま何かの人体実験に廻されるのが落ちだろう。依頼主のユニオンは傘下企業にトーラスが居る。恐らくそのまま常軌を逸した人体実験に廻されて想像を絶する地獄を見た後に絶命するだろう。だがエイヴにはその点は関係ないし心を痛める必要もない。

 

 取り敢えず、もう動けなくなったようなのでエイヴは警戒しつつも機体をイレギュラーネクストにゆっくりと一歩ずつ近づいていくとレーダーに赤いマーカーが一点表示され、それが高速で近づいてくることを警報が泣き喚く鳥の如く教えてくれた。

 

 赤いマーカーが反応している方向に機体全体を向けて頭部のカメラ倍率を最大にした。最もアーリヤは全ての頭部パーツの中で最低値のカメラ性能のため、光学カメラ倍率を上げたところで焼け石に水である。ただそれでもしないよりは遙かにマシなのでエイヴは気にすることなく、そのまま一気に限界まで倍率を上げた。

 

 最低値のカメラ性能でも限界まで引き上げれば何とか遠距離でも見れる物だなと感心しつつ、接近してくるネクストを凝視してみる。先ず目を引くのは大勢居るカラード所属のリンクスでも装備させていないスナイパーライフル050ANSRであり、これはビジュアルも中々凝っているスナイパーライフルだ。

 

 次にカラーリングと張り付けられているデカールにエンブレムに目がいった。デカールとエンブレムは悪趣味と言えており、063AN02の右側頭部に髑髏マーク入ったデカールに加え、エンブレムはハーケンクロイツになっている。ここまで来ると何処ぞの頭の逝ってしまった時代錯誤な人間が乗っているとしか思えなかった。だがカラーリングとその張り付けられているデカールに何処かで見た覚えがあったのだ。

 

 黒みの強い紫を基調としたカラーリングにデカールにされている髑髏マークは最近何処かで見かけたような感じなのだが、一向に思い出せない。だがうっすらとなのだが確実に見た覚えはあるのだが思い出せずにいると増援のネクストがキタザキジャンクションのハイウェイのど真ん中に着陸する。

 

 増援のネクストはこちらを凝視してくる。頭部パーツがBFF製の063AN02なのでそんなにガン見しなくてもいいのではと思ってしまうが執拗にこちらを、と言うより自分の後ろでボロボロとなった白い逆関節のネクストを凝視しているようにも見えた、そして一旦視線を外してからもう一度元に戻すとワザとらしく溜息を吐くようなモーションを取ってから回線を開いたらしく、こちらにも相手の声が大きな溜息が聞こえてきた。

 

「ーーーーはぁ〜〜〜〜〜〜〜・・・・・、おいアティ、テメェは応援が駆け付ける間すら持たせることが出来ない役立たずだったのか・・・・!?」

 

「うるっ・・・・・さ・・い・・・!さっさ、と・・・助け、ろ・・・・・・!」

 

 怒りを通り越して最早完全に呆れている様子が声だけでも分かったが、問題はこの声を間違いなく何処かで聞いた覚えがあるのだ。何処でと思い相手の機体をガン見してみるがどうしてか思い出せない。

 

 しかし応援に駆け付けてくれたにも関わらず、この態度はどうかと流石のエイヴでも考えてしまう。だが向こうは本当に余裕がないのか機体があんな状態なので恐らく体の何処かを負傷しているのだろう。言葉も途切れ途切れだし会話の途中にはノイズが混じって何を行っているのかよくわからないときも有った。

 

 そんなとき、増援に駆け付けた敵ネクストがおもむろに右腕をゆっくりと上げてスナイパーライフルを構えた。エイヴは咄嗟に反応し適当な方向にサイドクイックブーストして回避したつもりだったが、構えたまま一向に何故か撃たなかった。撃たないことに疑問を感じながら見つめていると回線に笑い声が聞こえてきた。

 

「助けろ、か。誰が笑い話をしろっつったよアティ?まさかそんな状態になってまで助けてくれるお目出度い馬鹿野郎が居ると思っていたのか?ワリィなアトランティカ、それじゃ笑い話にすらならねぇよ?あばよ糞餓鬼、てめぇは最早【用済み】だ・・・・」

 

 「え?」と言う言葉の直後に一発だけ銃声が木霊すると突如回線から破砕音と撃たれたリンクスの断末魔と何かが潰れる音、そして特大大きな音を立てると回線が「ブチ」と言う嫌な音を立てて強制的に切れると、その直後に撃たれたネクストは爆発を引き起こし四散した。

 

 突如意味不明な事を言ったと思った次の瞬間には味方を撃ち殺した事態にエイヴは困惑するしかなかった。【用済み】と称して味方を殺す敵が居るのかと信じられなかったが増援として来た敵ネクストが自分に呼びかけてきたので一旦そのことについての思考は止めた。

 

「久しぶりだなぁ〜狂犬野郎・・覚えているわきゃねぇだろうが、あの日の借り、今日こそ返させて貰うぜ?えぇおぉい!!!」

 

「・・・・?あの日の、借り?」

 

「すっとぼけてんじゃねぇよ狂犬ッ!アヴローラ、この言葉を覚えているはずだろう?」

 

 アヴローラ、これはテロリスト組織アヴローラのことで、この組織の頭領が駆る特殊大型MTと戦闘した際、当時僚機だったローゼンタールの専属、マグタールと共闘して何とか生き延びた事は鮮明に覚えている。だが「狂犬」と呼んできたのはそれより少し前辺りで戦闘した敵。つまり、当時の雇い主であるペルソナと分かれる寸前で敵対した二機のネクストの片方だけだ。

 

 ここで漸くエイヴは思い出す。そう、あの悪趣味なエンブレムもデカールもカラーリングも何処かで見覚えがあると思ったらあのときのネクストである。

 

 思い出して機体の構えを大きく変えて普段の自身の戦闘スタイルに持っていける状態に構え直した。以前、相対したときは後退しながら狙撃するという後ろめいた、消極的な戦い方だと思っていたが勝つためには手段を厭わないらしく、罠を仕掛けてそこに誘い込み一気に攻勢に出た。

 

 あのときは機体に大きなダメージを負いつつも何とか退けた。不幸中の幸いはレールキャノンにスナイパーライフルと言う狙撃に特化した武装が故の連射力の無さのお陰で中破で止まった。

 

 だが今の武装を見る限りでは当時の戦い方は捨てたようだ。スナイパーライフルを持っているという点では一緒だが左腕の武器をマシンガンに変えている。組み合わせを考えるなら余り良いとは言えないが近接防衛用として割り切るなら最適である。接近戦が不向きなスナイパーにとってマシンガンや他の連射が利く武器はブレードを装備するよりも頼りになるからだ。もっとも、ここぞと言うときには火力不足は否めない。

 

 取り敢えず遠目で見る限りで解ることはそれだけだ、後は戦闘中に解ることだろうと考えることを辞めて遂に動き出す。あのときと同じように四連クイックブーストを繰り出して相手にロックカーソルを定めさせないようにしたが、相手は至極冷静で無駄弾を撃っては来なかった。

 

 だがそれはそれで好都合、撃ってこないのならこちらは撃ち放題である。両腕のライフルの照準を合わせてトリガーを引いた。だが向こうは左へクイックブーストするだけで回避し更にこちらの画面から消える。消えた途端にスナイパーライフルとマシンガンの衝撃がコックピットにまで届き機体を揺らがせる。

 

 クイックターンでそちらに向き直ると武装を背中の分裂ミサイルに変更して再度照準を合わせるとロックしてから直ぐにトリガーを引く。発射されたミサイルは目標目掛けて紫のネクストに直進していくが、紫のネクストはジャンクションの支柱を楯にして分裂したミサイルを凌いだ。しかしそれだけで終わるわけが無く支えを無くして崩落していく最中、右腕のライフルを持ち上げてジャンクションの残骸の隙間を縫うように弾が数発撃たれ、二発が左肩と右足それぞれに直撃し機体バランスが大きく崩れる。

 

 以前に比べるとかなり違う戦い方であると確信したエイヴは急速後退し、右へクイックブーストをしたがミサイルを追撃として撃ってきたらしい。普段の自分らしくない戦い方を強いられるのは非常に難儀である。

 

 寧ろ相手は自信の戦い方を知っているからこういう、ねちっこい戦い方なのだろう。比較的消極的ではあるが的確で確実にダメージを与えてくるのは流石といえよう。そこは評価できる。

 

 とにかくミサイルを迎撃して反撃に出なければと考えて飛来するミサイル群に照準を合わせると、その飛来するミサイル群の間を縫って目映い光が一本自分のネクストに向かって走ってきた。既にミサイルを迎撃するための体勢に変えてしまっているために目で見えて解っていても体は直ぐに反応することは出来ず、せめてもの抵抗で左へ機体を逸らすことしかできなかった。

 

 左へ逸らすことにより直撃は免れたが右腕を肘から持っていかれ、更に迎撃中だったミサイルの残りが全弾命中し機体の至る所の装甲が捲れ拉げる。最悪なのは残っていた左腕も使い物にならなくなった事だ。

 

 人型の最大の利点は人に近い動きが出来ることである。また腕も体のバランスを維持するのに貢献しているため、この両腕がないとバランスを維持できずに体勢を崩してしまうのは説明しなくても解ることである。

 

 更に機動兵器の場合、安定した攻撃力を得るためには腕は必要不可欠である。仮に背中に武器が残っており未だ充分に戦えるとしても背中の武装は正面、それもキャノン系だと仰角まで付いてくるので実質ほぼ真正面以外に攻撃は出来ない。

 

 つまり、今の攻撃で丸裸にされたも同然である。何故ならいつの間にか背後に回った敵ネクストがコアにスナイパーライフルを突き付けているからだ。

 

 エイヴは死を覚悟した、力を抜けば楽になれるかも知れない。だが背後に回られていても完全に攻撃が出来ないわけではない。ネクストと一部の特殊ノーマルとアームズ・フォードにしか実装されていない兵装が一つ残っている。

 

 諦めるのは未だ速すぎると死んだ友人が語りかけてきたようにも思えた。自分でも死ぬには未だ速すぎると思った。諦めたくはない、死にたくないと全身からの叫び声をアサルトアーマーとして解き放った。

 

 目映い青緑色の光が円形に広がり、暫く経って蛍火のように儚く消えた。その光は何も知らない人間なら思わず見取れてしまう程輝かしく綺麗な「死」の光だ。触れれば半端ではない人体汚染を引き起こし人間と言わず有機物の寿命を大幅に削る悪魔の光だ。

 

 アサルトアーマーを放ち、直ぐにクイックターンを行い先ほどまで背後を取っていた敵ネクストを視認した。機体全体でダメージを負っているが自分に比べれば圧倒的に余裕がある。寧ろ機体よりも大破したスナイパーライフルに目がいく。痛々しく融解して原形を留めていないスナイパーライフルを名残惜しそうに見つめていると右腕を引き下げた。

 

 すぐに攻撃に出るかと思いきや、何を考えたか突如振り返り背中を見せて通常ブーストでだが戦闘領域から離脱を始めたのだ。一体何が起きて、何を考えたかは解らないがいずれにせよ相手には戦う気は無くなり、またこの状況はイレギュラーを撃破、若しくは撃退せよとの依頼だったのだから、一機はコックピットを打ち抜かれ登場リンクス自体が死亡、増援として現れた敵ネクストも詳細不明だが自ら戦闘領域を離脱していった。これは撃退になる。

 

 もっとも、機体はズタボロとなり武器もライフル二丁と格納していた小型ブレード二本が全壊した。幾ら依頼達成したとはいえ少々の赤字は覚悟せねばと、今回も生き延びることが出来たエイヴはそう考えていた。

 

 一方、詳細不明の戦闘領域離脱を行ったベルンハルトはコックピット内でヘルメットを取り外し、ディスプレイを真っ赤に染めていた。口から多量の血が流れ出して顎を伝ってその下のパイロットスーツも赤く汚している。

 

「くっく、やっぱ無茶しねぇほうが良いな。エキドナやヴォルフラムからもきつく言われちゃいるが、あの狂犬相手じゃ俺ごときが追いつめるにはインチキ使わないと手も足も出せねぇからな・・・ゲフッ!」

 

 吐血しつつ苦笑いして、またもディスプレイを汚すベルンハルトが取ったインチキとは「トラウマ」である。過去、当時のヴィンセントことヴォルフラムとアリスが当時のネクストの放った砲弾で文字通り跡形もなく吹き飛ばされたと勘違いした事に起因する。

 

 砲弾が少し遅れていた両親を跡形残さず吹き飛ばし、ベルンハルトは爆風で紙切れのように宙を舞い地面に叩き付けられる。叩き付けられて一体どれほど意識を失っていたのかは解らないが少なくとも数秒だろう、もしも一時間もだとしたら周辺は業火と化している。そんな中に一時間も居れば焼け死んでいるだろう。

 

 痛みに悶えて、苦しく呻き声を上げながら必死の思いで立ち上がり漸く開いた右目だけで周辺を見渡すと辺り一面は気絶して数秒の間に業火、否地獄と化していた。普段の日常なら人が沢山歩いているはずなのに、今日の、この、今の時間は普段歩いている人たちの屍と負傷し悲鳴を上げる人々で埋め尽くされているのだ。

 

 彼自身も今の状況が理解できずに思考が止まり硬直する。今目の前に広がる焼け野原は一体何か?今悲鳴を上げている人たちはどうして悲鳴を上げているのか、それが解らない。だが次第に記憶がフラッシュバックのように吹き飛ぶ前の記憶が鮮明に再生され、急いで後ろを振り向くと後ろは何か隕石のような物が落下したかのように大きな穴が空いており、その近くには人「だった」物も転がっている。

 

 その「だった」物の中に、見覚えのある部分が転がっていた。両親が背負っていた鞄にその体の一部一部が転がっていたのだ。ベルンハルトは恐る恐る近づいていった、一歩ずつ近づいていき、恐らく母親と父親の腕だと思われる物を拾う。

 

 まだ生暖かく、温もりも感じられる。ベルンハルトはそこで声にならない悲鳴を上げた。大穴の近くは後ろを走っていたはずのヴォルフラムとアリスの姿も無い。考えたくはないが目の前の現実が今の砲弾で自分以外は消し飛ばされてしまったと思いこんだ。

 

 その時、途端に先ほどの爆風よりも少々強めの風が吹き、飛んできた高熱を持った瓦礫の小片が左頬に触れて頬が焼かれる。肉の焼ける匂いが鼻を刺激するが今のベルンハルトを支配しているのは負の感情であり、頬を焼いている痛みと臭いは彼の感情を更に激しく煮えたぎらせるだけであった。

 

 それから約十年後、お互いに変わり果ててひねくれきった性格で再会したのだ。変わっていない部分があって内心ホッとしたのだ。

今ではあの時の「家族」としての続きをもう少しだけしていたいと望むが、それは羨望であり儚く拙い望みであることも解っていた。

 

 そう後は、後はどうやって企業を打ち倒すか、今のベルンハルトの頭の中は約十年前からずっと寝ても覚めてもこれだけしか頭になかった。

 

反省

 

うん、よくわからない。つうか読者キャラも何か粗末に扱っている気がする・・・・・・と、とにかく今後も参加されていただけると幸いで

す。それではまた↓