『ノブリス・オブリージュ撃破』

『古い考えだが、適者生存というのは戦場を生きる戦士、特にリンクスにはもっとも相応しい言葉だとは思わないか?』

 通信を介して発せられた言葉のたった一人の聞き手であるディルクは一体どういう経緯でこのような問いを受けているのかと首を傾げながらも、自身に必要な答えを得るべく相手へと訊いた。

「そんなことよりも、貴方の返答を聞こうか?」

 問われた相手は微かに笑って言う。

『OKだ。お前のネクスト、ノブリス・オブリージュの名に誓おう』


 マッハは空を眺めていた。

 太陽は既に頭上には無く、代わりに月があった。夜であれば当然の光景であるそれらに普通なら特に思うところはないのだが、何も変化していないということを思うと、何か思うところがあるのだろうかと、自身にも理解できない気持ちにいつしか考えを割いていた。

 だが、それもほんの一時のこと。マッハは視線を正面に戻し愛機の待つ格納庫へと足を向ける。

 格納庫に入るとそこにはマッハと同じミッションを受けたリンクス、サリアが愛機リヴォークU改の調整とチェックを行っている姿が目に映る。

 その姿はマッハの記憶に確かに残っている。あの時はハロウィンナイトカーニバルが催されていた。その中で開かれていたレプリカACパーツショップで偶然出会い、そこで売られていた07-MOONLIGHTを巡って揉めたことがあった。

「あのムーンライトの時の女か」

 知らず溜め息交じりに声が出ていた。近寄り声をかけてみようかとも思ったが、愛機であるストレートウィンドのチェックをもう一度しておきたいという気持ちの方が強い。それに、わざわざ声をかけたところで話すことなどありはしない。一瞬でそう判断したマッハは止めていた足を動かした。

 その直後に機体調整を終わらせたサリアがマッハの居たほうを振り返った時、彼の姿はもうそこにはなかった。

「気のせい・・・?」

 自身へ確認するように言葉を口に出すサリアはしばらくの間、誰もいない空間を見つめていたが、何時までもそうして時間を無駄にする訳もなく、手元の資料へと目を移す。その厚みは普段のものと比べて何とも薄いものだった。

 これにサリアは小さく舌打ちをする。

「今回に限って、有益な情報がイマイチ集まりませんでしたね〜」

 そう言って眉を僅かに顰めつつ資料を読み進めるが、得られた情報は依頼とさほど変わりない。情報が抹消されていたのかごく最近になって活動を始めたのかすらもはっきりしない。今回の敵は完全に霧の向こうの存在と言えた。

「ノブリス・オブリージュを騙るということは、外見もそれなりに真似ているでしょうし、HOGIREをベースのフレームとして両背に3連レーザーを積んでいる可能性は高いですね」

 サリアは考えを口に出しながら資料を読み進める。その点に関してはローゼンタールが『偽者』と認めただけはありベースはHOGIRE、背部兵装も専用のマルチレーザーと共通項は多くある。違っているのは腕部兵装やジェネレーター、ブースターなどの内装などなのだろうが、そういったオリジナルとの違いは資料には載っていなかった。こうなると直接戦ってみる以外に確かめる術はない。

 しかし依頼主には悪いが、ローゼンタールのネクストは汎用性を重視し過ぎたあまり長所らしい長所がない。それは今回の撃破対象であるノブリス・オブリージュとて例外ではなく、脅威とは言い難かった。

 不安はない。それどころか面白いとさえサリアは思っていた。敵はローゼンタールの象徴を騙るような人物だ。そんなことをする相手には少々興味があるし、今回に限っての情報不足という事態を引き起こした原因にも興味が湧いてきていた。

「けど、一番の興味はマッハ、U・N・オーエンが支援者の独立傭兵で、旧三大企業最盛期の生き証人・・・・・・」

 思わず口を突いて出たサリアのこの小さな呟きは誰にも聞かれることなく終わるはずだった、

「あんな昔から生きてるわけねーだろ」

 だが、思わぬことに答えが返される。サリアが振り返るとそこにいたのは、なんとマッハその人であった。しかし、二人の距離は大分離れている。今の呟きを聞き取ったとなると、彼の耳は地獄耳としか言いようがなかった。

「この距離でも聞こえるなんて、耳が良いんですね」

 サリアは笑顔を浮かべてはいるが、目は笑っていない。マッハの否定などまるで信じていないのは明白だった。

「別に、それほどでもないよ」

 マッハがサリアの呟きを聞き取れたのはオーエンの言っていたことを思い出したからだ。彼はサリアを「油断がならない」と言っていた。そのことを思い出したマッハは彼女の手腕がどのようなものなのかを観察するためにここまで戻って来たのだが、まさか、そこまで知っているとは思わなかった。だが、それを知っていることが分かったのは幸運なのかもしれない。更に幸いなことに、口を封じる機会には恵まれている。

 二人の間に生まれた緊張は際限なく高まってゆく。

『リンクスへと通達。イレギュラーを捕捉しました。出撃願います』

 しかし、このアナウンスを聞いた二人は何事も無かったかのように歩き始めると自分の機体へと向かう。

「悪いけど、俺はあんたに協力する気は無いよ」

 そう言い捨てて、コクピットへと乗り込んだマッハは笑う。ただ、それは限りなく冷たいものだった。

「本当、油断ならない女だな」

 一方、サリアも同じように笑っていた。

「全く、油断できない男ですね〜」

 お互いに同じ評価をして笑っているという奇妙な事実は、誰にも知られることはない。


 旧ピースシティエリア。これまで数々の戦いの舞台となった場所では吹雪にも似た風の音が砂を舞い上げて何処かへと連れて行く。もし生身でこの場に立っていたのならこの夜の闇が風に溶けたような冷たさがこの身に沁みるのだろうとノブリス・オブリージュのリンクス、ディルクはAMSを介して送られてくる情報に意識を沈めて思考していた。

 そこへ、夜の闇を壊す二つの光点が視界に映る。その光点は徐々に大きくなり、やがてノブリス・オブリージュの目前へと降り立つ。それはネクスト。カラードから送り込まれた刺客たちであった。

 ディルクは待ちわびていた敵の到着に軽く肩を解すとノブリス・オブリージュを戦闘モードへと移行させ、あらかじめ仕掛けておいたECMを起動させる。来るべき時のために。

 ディルクが打った手にマッハとサリアは疑問を抱くがそれも一瞬、敵が目前にいるのだ。これではECMを使う意味が失われている。敵が一人である以上、気にする必要は無いと判断する。

「ハードこそ本物以上なんでしょうが、中身のほうは果たしてどうなんでしょうね?」

 敵からの嘲笑を含んだ第一声がディルクの耳へと入る。それがカラードランク12、サリアからの通信だと確認したところで彼は顔に笑みを浮かべていた。ただ、その理由は彼女のネクスト、リヴォークU改の隣のネクスト、ストレートウィンドを見たからであり、その瞬間、彼はとても嬉しそうに笑った。

「カラードのリンクス。それもジャイアントキリングを為した男と爪を隠した鷹ならば、相手に不足はない。もちろん私も、あなたがたを退屈させない力があると言わせてもらう。ただし、二人まとめて相手にするのは無理だ。そこで提案がある」

「何だよ?」

 ディルクの読み通り、マッハが食いついてくる。これには笑みを隠せない。

「一対一で、決闘をしよう!」

 ディルクの熱の篭もった声色にサリアが困惑する中、回線を通じてマッハの笑い声が響く。

「俺は一向に構わないよ」

「ランク12、貴女はどうする? いや、聞く意味は無かったか」

 サリアが内心で疑問に更なる疑問を積み重ねた時、背後から聞こえるブースターの噴射音に気が付き瞬時にQBでその場から離れる。そして一瞬の後、紫電がさきほどまで居た空間を一閃する。

 リヴォークU改を反転させて攻撃を仕掛けてきた敵の姿を見た時、サリアは驚きに目を見開いた。

「あれは、ホワイト・グリント?!」

 確かに一見した限りでは見間違うその姿はしかし、サリアの言うそれとは似て非なるものだった。

「残念ながら、不正解だ・・・それよりも君の決闘相手はこの俺・・・アル・カウンが努めよう」

 言葉尻を言い終える前にアル・カウンのネクスト、イミタティオはOBを発動、リヴォークU改へと襲い掛かった。

 ECMの効力によって突然現れることに成功した白いネクストがリヴォークU改を巻き込み、巧みに二機との距離を取るのをディルクはまるで遠くの出来事のように見つめていた。

「これで舞台は整った」ディルクは思ったことをそのまま口にしていた。「貴方も、一対一は嫌いじゃないだろう?」

 遠くでミサイルが連続して爆発する音をBGMとしながら、マッハは目前に立っているイレギュラーネクストを観察する。カラーリングはそのままに右腕は063ANNR、左腕はEB-R500に変更されている。エンブレムはオリジナルにそれらしく似せてあり、スペードのマークが特徴的なデザインをしていた。

 なるほど、とマッハは納得し、認める。目の前にいるネクストがノブリス・オブリージュであることを。 

「一対一。それは俺も望むところなんだけどさ、さっきの奴はあんたの仲間か?」

「違う。彼は君や私と同じ・・・戦士だよ」

 この言葉に心の芯を打たれたのか、マッハは弾けるようにして笑う。

「あぁ、なるほどね。今回のミッション、なかなか楽しめそうだ」

「戦いの前に名乗るのは・・・よしておこう。私たちには、不要なことだっ――」

 ノブリス・オブリージュが動く。右腕のライフルを使用しての射撃。ストレートウィンドはこれを横へのQBでかわすが、それを見計らった絶妙なタイミングでノブリス・オブリージュが既に目前に迫っていた。

 接近戦ならば分があると前へ出ようとストレートウィンドが動き出した時、敵のPAが発光し、脈を打つ様を見たマッハは息を詰まらせる。

「――、アサルトアーマーッ!!」

 その声が発せられた時、一条の稲妻が空へと昇った。


「向こうは派手に始めたようだな」

 AAによって生じた光を視界の隅に収めながら、敵から投げかけられた言葉にサリアは疑問を抱く。

 ワンオフ機であるホワイト・グリントのコアパーツが使用されたイレギュラーネクストの存在は知っていた。しかし、何故それが今回のミッションに絡んでくるのだろうか?その理由は分からないが、今回の資料不足を引き起こした原因が目の前の相手にあるということには納得が行った。

「アル・カウン、新興勢力サールーフの代表・・・搭乗するネクストの名前はイミタティオ、でしたっけ〜?」

 言葉とセットでリヴォークU改よりミサイルが発射され、連動ミサイルが続けて発射される。

「わざとらしい喋り方、噂通りのご婦人だね――っと、危ない」

 イミタティオはミサイルの雨を肩のチェーンガンを使い器用に撃ち落すとOBを発動しリヴォークU改へと接近する。それにカウンターを合わせるように左腕のブレードがイミタティオへと振るわれるが、それを予知していたかのように直前でOBを切るとQBを使いこれをかわし、間髪を入れずに撃たれたミサイルを建物の陰へと逃げ込み盾とすることで防いだ。

「なかなかやりますね〜」

「そうだ。やれるから俺はここにいる。別に死にに来たわけじゃないからな」

 イミタティオはビルの陰から飛び出すとミサイルを一発撃ち込み、再びOBを発動するとライフルを発射する。だがそれは宙に舞う羽を掴むのと同じ難易度らしく、リヴォークU改にはヒラリヒラリと避けられる。

「じゃあ、何をしにここへ来たんです?」

 背筋が凍るような声を発するサリアの変化にアル・カウンはゾクリとする感覚から一度身を縮めたあと、口許を歪める。

「酔狂、とだけ言わせてもらおうか・・・それよりも、口を閉じておいた方が賢明だぞ」

 OBを発動したまま、イミタティオはライフルをリヴォークU改へと撃ち続ける。それが動きに合わせるようにして徐々に精度を増していることに、サリアは久しく感じていなかった戦慄を覚え、胸の内で苦笑を漏らした。


 廃墟となったビルが次々と崩れ、舞い上がる砂塵が視界を覆い、ECMがレーダーを無力化した中で、二人のリンクスは互いの居場所を見失うことなく、熾烈な攻防を繰り広げていた。

 ここまでの戦い、ノブリス・オブリージュとストレートウィンドの力は拮抗していた。

 これにマッハは興奮を抑えきれない。

 強敵。これと戦い勝利すること、それが自分を最強へと近付ける。そして、今闘っている相手は間違いなく強敵だった。

「!」

 研ぎ澄まされていく感覚に従ってマッハは前方へとQBを噴射してストレートウィンドをその場から離した直後、何度目かとなるAAの輝きが刹那、夜の闇を払拭する。

 AAに僅かに巻き込まれ、PAが減衰していくことにマッハは舌打ちする。
 
「やりにくい野郎だな・・・・・・」言いつつ、マルチレーザーによる追撃をかわす。「けど、そろそろ決着を着けるか」

 そう、お互いに武装の弾数はもうあまり残されてはいない。戦闘開始から数分足らずで、その殆どは消費されていた。

「そう、だな」

 そのことをお互いに理解しているからこそ、ディルクはマッハの提案を受け入れる。

 胸中で、ディルクは恐怖していた。AMS適正、リンクスとしての腕には相当の自信があった。そこに関しての現実検討は完璧だ。自他共に認めていたこと。その自分を遥かに凌ぐ戦士としての素質を持つマッハが、ディルクには羨ましいという感情以上に恐ろしかった。

 だが、体は恐怖に震えない。それどころか、体中の血液が沸騰しているかのようにディルクには感じられていた。

 ここで、両者は暗黙の了解とでも言うかのように攻撃の手を止める。

 砂塵が風に吹き払われる。戦闘を始めてから初めて、お互いのネクストの姿が映し出された。

 ノブリス・オブリージュは各部ジョイントから火花を飛ばし満身創痍、対するストレートウィンドは左腕と左足に集中してダメージを負っている他は殆ど無傷の状態である。どちらが有利であるのか、それは両者共に判断が付かない。ただ、不利であることに間違いはなかった。

「ボロボロだな」

「貴方はおおむね平気そうだが、左腕へのダメージはかなりのものだね。大丈夫かな?」

「こっちはキャリアが違うんでね、舐めてもらっちゃ困るよ」

 マッハは笑って言うとストレートウィンドの背中のミサイルをパージし、ライフルを投げ捨てると左腕を上げてみせる。

「私に油断はない。貴方も、私を舐めてかからず、全力で戦って欲しい」

 ディルク、ノブリス・オブリージュもそれに応えるようにライフルを捨て、左腕を構えた。

 構える武器は同じくブレード。勝負は、必然的にこれで決着が着くこととなる。

 刹那が永劫にも感じられる時間を経て、二人は機体を同時にブースター全開で発進させる。

 これは勝敗を定める疾走か?それとも、ただ死に向かっているのか?ディルクは己へと問い、

 強くなれる――――その想いに、マッハは心を爆発させた。

 ストレートウィンドがQBにより加速する。そのスピードはノブリス・オブリージュのそれを遥かに凌駕する。

 ディルクは思う。この戦いの勝敗を分けるのはブレードのレンジにある。ノブリス・オブリージュとストレートウィンド、二機のブレードのレンジではノブリス・オブリージュが紙一重で勝るのだと。

 だが、マッハも思っていた。この勝負は、ストレートウィンドが紙一重で勝るのだと。

 マッハには確かな勝算があった。それは今振るわれようとしているムーンライトにある。ストレートウィンドのものは通常のものとは違い、リミッターが解除されている。威力の上昇はもちろん、そのレンジはEB-O305に相当するだろう。それが、紙一重の差となるのだ。 

 それぞれの思考が消える刹那が過ぎ去り、進みゆく時間の中でストレートウィンドの一撃が、ノブリス・オブリージュへと横一線に振るわれた。

 だが、それが当たる直前、ノブリス・オブリージュの姿が目前から掻き消える。

「!」

 勝敗を分けるはずであった一撃が空を切った時、マッハは驚きに目を見開く。左右を瞬時に確認するが敵の姿は無い。血が凍り付くような感覚に思考が停止しかける直前、PAが干渉し合う音を耳に入れ下を向こうとした瞬間に機体が揺らぎ、仰向けに倒される。

 それはディルクが直前で危険を察知して戦法を変えたということであり、同時に、彼が勝利を確信した瞬間であった。

 それでマッハは理解する。ノブリス・オブリージュはブレードが振るわれるギリギリのタイミングで機体を倒し、ストレートウィンドの足を掴み、BBのQBを限界以上の出力で噴射して体勢を立て直すと同時に掬い上げを行ったのだと。

 それを理解したマッハの目前には、ブレードを振り下ろそうとするノブリス・オブリージュの姿がある。

 最初の一瞬、ノブレス・オブリージュのブレードが振るわれるよりも早くムーンライトの光がその腕を切り裂き、同時に、ストレートウィンドの左腕が限界を迎えてあらぬ方向へと拉げる。

 最後の一瞬、ノブレス・オブリージュはハンガーから取り出し装備していたハンドガンをストレートウィンドのコクピットへと突きつけ、ストレートウィンドはハンガーに格納していたブレードをノブリス・オブリージュのコクピットへと深々と突き刺していた。

「・・・・・・貴方の、勝ちだ―悔い――無い」

 その言葉を最後に、ノブリス・オブリージュは完全に機能を停止した。


「酔狂は終わりか。やはり勝つか・・・っく、当然か」アル・カウンはどこか嬉しそうに言った。

 ECMが停止し、レーダーに表示されるものが結果として映し出される。そこにはノブリス・オブリージュだけがいない。それはディルクというリンクスの敗北、ひいてはその死を意味していた。

 イミタティオはひび割れたカメラアイ越しに正面に立つリヴォークU改を見る。目立った損傷は無い。だが、右腕が失われていた。

「やってくれましたね・・・」

「戦ってるんだ、傷つくのは当たり前だ。それに、こちらの方が手酷くやられている」

 その言葉の通り、イミタティオの装甲は所々がムーンライトの刃に焼かれ、傷だらけとなっていた。致命的な損傷こそ避けているが、そのダメージは決して少なくない。

 この事態にアル・カウンは一考する。ノブリス・オブリージュが撃破された以上、自分がここにいる意味は無い。ましてやここにいる二人のリンクスを相手にするのは、たとえ手負いであっても危険行為だ。ならば、即座に撤退すべきなのだろう。そう考えつつも、彼は回線をストレートウィンドへと繋げていた。

「おめでとう」

「誰だ、あんた?」

 マッハからの回答は早く、ストレートウィンドも既に体勢を立て直してイミタティオを見つめている。

「アル・カウンだ。見て分かるだろうが、今お前の目の前にいるネクスト、イミタティオのリンクスだ」

「あっそ。それで、あんた逃げなくていいのか?俺は見逃すつもりだけど、目の前に怖いのがいるだろ?」

「もちろん逃げる。ただ、挨拶をしておきたかったのさ」

 その言葉を言い終えると同時にイミタティオはOBを発動、瞬く間に夜の闇へと溶けていった。

 それを見送るサリアとマッハはお互いの機体を観察し、諦めたように深く目を瞑る。

 それから、二人は終始無言で帰還するのであった。

 ただ、その沈黙の中でサリア、マッハは互いを敵としながら、時期は今ではないと己に言い聞かせていた。

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