『傭兵組織支援』



 企業による全体管理が始まってよりこれまで、世界は多くの争いにより傷付き、疲弊した

 その果てに一度地上を捨て、また舞い戻っても人々は、企業は変わることはない

 宇宙への、未来への道が拓けているにもかかわらずにだ

 企業は過去という引力に縛られた。そう、レイヤードという引力に

 それは資源が限りある物だからだ。資源なくしては、いずれ経済主体の社会は崩壊する

 分かるだろうか? 新たな資源の確保に躍起になっている企業が、既に死に瀕していることが

 企業はもう賢明なる支配者ではない。資源を企業の寿命とするのなら、企業はもう老い過ぎているのだ

 だが、それは企業だけに言えることではない。我々が住むこの惑星にも、同じことが言えるだろう

 だからこそ『サールーフ』は企業に代わり宇宙への進出を果たすことを、ここに宣言する

 人類に空を 地に輝きを 宇宙という闇に輝く 未来という名の星を掴もう

 
 これは、7月4日――国家復権宣言と共に行われたもう一つの、時代への宣言であった。


 7月4日、その日まではスター・アンド・ストライプスと呼ばれた組織がユナイテッド・ステイツという国家へと変わった時に、このような声明がなされていたことを、一体どれほどの人間が知っているというのだろうか?

 この声明は国家復権宣言の影に隠れる形となり、きっと殆どの人間が知らない、もしくは何かの悪戯だと聞き流していたに違いない。つまりは無意味に終わってしまっている。完全にタイミングを間違えたのだ。

 そんな間違いを堂々と冒した新興勢力サールーフの代表であるアル・カウンが、今回の依頼主である。
 
 そして、これらがクレオ・メロードが事前に収集する事のできた情報、その全てだった。それというのも巧みな情報操作を調査対象である敵GA部隊と支援するはずの傭兵組織の両勢力が行っていたためである。何とか情報が操作された痕跡を発見できたから良かったものの、もし何も出てこなければこのミッションは危険と判断して蹴っていたかもしれない。

 だが、サールーフは「実在している」という確信を得られる情報は国家復権宣言以降からではあるが確かにある。だからこそ、クレオはこの依頼を引き受ける決心ができたのだ。

 それにしてもと思い始めるとサールーフはユナイテッド・ステイツと繋がりがあるのかどうかなどの様々な憶測が頭の中を飛び交っていく。どちらにせよ、これから支援する北米の傭兵組織もサールーフもユナイテッド・ステイツの影響を受けて動いている。この事実に、クレオは感慨深いもの感じた。

 それが息を吐くという行動で表に出るが、そこには若干の疲労が見て取れる。

 現在、彼女はアル・カウンに指定されたポイントで自身の機体であるクルティザンヌに搭乗したまま一時間待ち続けている。指示だから一応従ってやって来たが何の音沙汰も無い。罠の気配も、本当に何も無いのだ。

 ただ、この廃墟群の中で縁取られたようにして見える現在地に僅かな違和感があるという以外は。

 目の前にいる協働者、クレオと同様に自機ネクスト、グロリオーサに搭乗しているヴァレリオ・ザントもいい加減この状況に嫌気が差してきているのではと思われた時、二機に通信要請が来る。これにクレオもヴァレリオも瞬時に回線を開いた。

『こちらアル・カウンだ。これからお前たちの立っている場所を稼働させて基地へと入れる』

 音声のみの通信はそれで終わり、同時にがくんと地面が揺れ、二機は地下へと誘われていた。


 地下の暗闇に視界が覆われてからしばらくすると、稼働音が止み、基地内部の人工の灯りが周囲を明るく照らした。

 そして、そこには一機の白いネクストがあった。

 その外見は他のネクストとは明らかに違い、特別なものであると直感させる。何故ならば、ラインアークの最高戦力だったホワイト・グリントのコアパーツが使用されていたのだから。しかし、オリジナルとは異なっている。頭部はHD-HOGIRE、腕部は063AN03、脚部がSOLUH-LEGSへと変更されていた。

 右腕の063ANNR、右背部のSALINE05は変更されていないが、左腕には07-MOONLIGHT、左背部にXCG−B050を装備している。
ライフルにブレード、そしてミサイルにチェインガンという組み合わせからしてバランス型なのだろう。

 このネクストを見た瞬間に二人に思い浮かぶことはパイロットであるアル・カウンの素性についての仮説だった。それはごく単純ではあるが、そのアル・カウンがラインアークの残党ではないのか、というものだった。

 少なくとも、ヴァレリオはそうであった。

 しかし、クレオは違った。彼女も最初こそヴァレリオと同じ考えではあったが、以前ラインアーク防衛のミッションで交戦したホワイト・グリントのことを思うと何か関連があるのではと思えてくる。そこで右に回り込んでエンブレムを確認するがあの時に見た黒い山羊のものではなかった。それどころかエンブレムすら無かった。

 そんな二人の思考を他所に基地内に突如、アナウンスが流れ出す。

『カラードのリンクス、ネクストを停止させたらブリーフィングルームへと来てくれ。マップデータはハンガーのすぐ傍にあるコンソールに表示するからそれを見ろ』


 そうして、コンソールに表示されたデータに従いブリーフィングルームへとやって来たクレオとヴァレリオが目にしたのはパイロットスーツを着た姿で部屋の中央の椅子に座っている男だった。どういう訳なのかここではする必要も無いヘルメットをしっかりと被っている。ちなみに二人ともここに来るまでの間にヘルメットは取っている。理由は自明のことだが、被る必要がないからだ。

 理由があるとするのなら彼は顔を見せたくないのだろうとクレオは考えたが、それでいいのだろうかという疑問もあった。元々、顔など知らない相手ではあるが、知るのと知らないのとでは大きく違う。ここはヘルメットを取るように言うべきかと思ったところでヴァレリオが先に口を開いた。

「あんた、本当に一人なんだな」

 その言葉にクレオはすぐに思い当たる。ミッションの依頼で協力者は自分一人だとアル・カウンは言っていた。まさか本当にその通りだとは思いたくはないものの、ここに来るまでの間、ヴァレリオを除けば彼一人しか見ていない。

 これにクレオはそんなバカなと思いたくなる。本当に一人で、一体何が出来ると思っているのだろうか?完全にタイミングを逸した宣言といい、早合点かもしれないが、アル・カウンは馬鹿・・・なのだろうか?不安が募る。

「俺一人だが、それは最初に断っておいたはずだ」アル・カウンは堂々と言い放った。

 ヴァレリオはこの返答に左の頬に見える傷跡を指で掻いた。彼は彼なりに情報を集め、今後の争いで大きく活躍することになるかもしれない人間をピックアップしており、アル・カウンはその中でも屈指の人物だと期待していたのだが、見込み違いだったのだろうか?

 しかし、人がいないとはいえこの基地の設備はそもそも人の手が殆ど不要であることは確かだった。それはハンガーへと機体を固定した際に確認した整備機械に積まれているAIの性能の高さからして間違いは無い。このことからサールーフの力は本物なのだと分かる。ならば組織の代表が一人で動いているのが気になるが、逆にぞろぞろと手下がいた場合のことを思えば、この方がずっと気が楽ではある。

「さあ、二人とも立っていないで好きな場所に掛けてくれ」

 言われるがまま思い思いの席に二人が腰掛けたところで、アル・カウンはヘルメットを指先で小突いてみせる。

「言っておくが顔は見せられない。俺は二人をリンクスとしてなら信頼するが、人間としては信頼してないんだ」

 彼は二人を「兵器」としてのみ認め「人間」としては認めないと言っているのと同義だった。それは「人間」である二人にとっては明らかな侮辱と言える非道な物言いである。

「あの、そういう言い方はあんまりではありませんか? 私もあなたも同じ人間なのですから」

「だが俺は何を信じているのかをはっきりさせただけだ。しかし、こんな可愛い女性の心を傷付けたとしたなら、謝るよ」

「え?・・・はい、ありがとうございます」

 ヘルメットで顔は隠れているが、声だけで感情が全て読み取れる。アル・カウンはどこか不思議だとクレオは思った。

「お前は何も言いたいことはないのか?」

 アル・カウンがヴァレリオに水を向けると、彼はその黒い瞳でアル・カウンをしばらく見つめてから口を開いた。

「いや、そこのお嬢さんが訳を聞きだしてくれたからな。おかげで納得、何も言うことはないな。
 そういや自己紹介がまだだったな。ヴァレリオ・ザントだ。よろしくな」

「私はクレオ・メロードと申します。よろしくお願いします」

「アル・カウンだ。よろしく頼む。これで自己紹介は終わりだ。次は作戦の説明だが、依頼の内容は覚えているか?」

 この質問に二人が揃って頷くとアル・カウンは一言「以上だ」と言う。これに二人は耳を疑った。

「作戦エリアの座標は出撃時に送信するのでそれを確認してくれ。作戦エリアに到着し次第ミッションを開始する」

「詳細を決めなくてよろしいんですか? それでは作戦とはとても言えません」

「強襲して戦力を削る。それだけだ。そうだ、一つ訊こう。クレオ、君はACを何だと考えている?」

 改めて訊かれると答えに詰まる。そんなクレオの様子を見てかアル・カウンは語り始めた。

「ACは「コア構想」から始まった最強の汎用戦闘機械だ。そして、戦術を個人の領域で最大限活用できる兵器でもある。
 ネクストに至っては個人が操る兵器でありながら戦略を左右し、政治の駆け引きにまで用いられている。
 アームズフォートが出てきた時勢に逆らうようだが、俺はネクストを駆るリンクス三人が目標達成に向けて各々の戦術を駆使するのであれば何も問題は無いと考えている。もっとも、今回は戦術が必要になるかどうかは知らないが」 

「・・・それは単純で、愚かだと思います。今や大多数のネクストはあなたが言うようなものではく、ただの一兵器です」

「だが君もヴァレリオも独立傭兵だ。その点から言えば、ネクストはまだ俺の思うとおりの力があるはずだ」

「それは――」

 ここで、手が大きく打ち鳴らされる音が響き、部屋は沈黙に満たされた。

「そこまでにしとこう」ヴァレリオが言った。「やることは分かったんだ。余計な話は時間の無駄だろ?」

「そうだな」アル・カウンは頷いた。「ブリーフィングは以上だ。各自、好きな部屋を使って休んでいてくれ。出撃の時間が来たら報せよう」

 それだけ言うとアル・カウンはさっさと部屋から出て行き、ヴァレリオも機体の整備をすると言って去って行った。

 一人残されたクレオは、何とも言えない苛立たしさと哀しみを胸に抱えていた。

「あなたは・・・間違ってる」

 アル・カウンは力に秀でたあまりに力に酔っているのか、それともネクストという兵器に酔っただけなのか、どちらにしてもそれは危険な思考であり、間違いなのだとクレオは思う。しかし、思うだけでそれを口に出して諭すことはできなかった。そのことが、理由は分からないが両親のことを思い出させ、どこか辛い気持ちを呼び起こす。

 クレオ・メロードはその気持ちから逃げるために、ごく自然なものとして、アル・カウンを嫌いになり始めていた。

 ブリーフィングルームにクレオを残して通路へと出たヴァレリオは扉のすぐ脇にアル・カウンが立っていたことに驚き、思わず跳び退った。

「気を遣わせた」

 アル・カウンの素っ気無い言葉に最初疑問を抱くヴァレリオだったが、すぐにその理由に思い当たる。

「いや、俺は本当に時間を無駄にしたくなかっただけだ」

「だがおかげで言い争いをせずに済んだ。うぅ、俺はどうも言い方が良くないらしい。俺はただ、ネクストは奇跡を起こせるということを言いたかった。そのはずなんだが、余計な知恵が邪魔をする」

 この信じられない言葉にヴァレリオは唖然とするしかなかった。アル・カウンはそんな彼の様子を見ると苦笑を漏らす。

「奇跡は信じない性質か?」

「どうだろうな。それに、まさかそんな言葉を耳にするとは思いもしなかったからな」

「かつてネクスト単機に企業が潰されたこともある。あれを奇跡と呼ぶのなら、俺も奇跡を起こすさ」

「あんたの組織には奇跡が必要だってのか?」

 この言葉にアル・カウンは感心したように吐息を漏らした。

「サールーフを知っているとは、嬉しい限りだ」

 この反応をヴァレリオはチャンスだと感じ、質問をしてみることにした。

「そのサールーフについて知りたいんだが、本当に宇宙を目指してるのか?」

「もちろんだ。それ以外は眼中に無い・・・・・・お前も、宇宙に行くか?」

 答えから転じて返された質問は本当に宇宙にしか眼が行っていないことを思わせる。

 ヴァレリオもこれには苦笑するしかなかった。宇宙が良いものかどうかなど、今の自分には分からないのだから。

「それは置いておくとして、あんたら一部では反企業組織だとか色々と噂が立ってる」

「企業と本格的に事を構えるつもりはない」

「じゃあ今からやることは何なんだ?俺にはユナイテッド・ステイツを支援しているように思えるが」

「その通りだ。だがそれは結果であって俺がするのはあくまで傭兵組織の支援だ」

「どっちにしろ企業と敵対するだろう?」

「しないな」

 アル・カウンのあまりの自信にヴァレリオは聞き返すことをやめる。理由にはさして興味は無いからだ。

「ならいいがな、それでもう一つ知りたいことがあってな。あんたとブラックゴート社の関係だ」

「U・N・オーエンとは一度だけ取引をした。それだけだ」

「その取引の内容が何なのか、かなり興味があるな」

 ヴァレリオの言葉は秘密へとずかずかと踏み込んできているが、それはアル・カウンが拒絶の意思をまるで見せていないからである。もし初めにそういった意思を表明されていたのなら彼もここまで踏み込んだ質問はしていないだろう。

「情報だ。最近は新型ノーマルの開発などで忘れられているのかもしれないが、あそこは元々情報屋だ」

 アル・カウンは淀みなく答える。それが逆に不審に思えてくるが、ヴァレリオは質問を重ねた。

「一体何の情報を買ったんだ?」

「その質問は却下だ」

 これで質問は打ち止めとなり、アル・カウンは踵を返して歩き出す。

 ただ、去り際に何やら含みのある笑い声を漏らしていたことがヴァレリオにある答えを与えた。

「やっぱり遊ばれたか。スラスラ答えるから変だとは思っていたがな」

 それが正しい答えなのかどうかを再考することはせず、彼はそのまま格納庫へと向かうのであった。

 そしてこれより数時間後、出撃を告げるサイレンが基地内に響き渡った。
 

『ミッション開始』

 作戦エリアである荒野へと到着した瞬間、アル・カウンがそう告げていた。

『目標は敵GA部隊の戦力を削ることだ。注意しておくが、全滅はさせるなよ』

 クレオはこれに短く返答するとレーダーの情報を確認する。現在確認できる敵機はたった五機であり、拍子抜けとはいかないまでもそれに近い気持ちになってしまっていた。

『敵は分散しているようだ。まずは攻撃を仕掛けることはせず、敵部隊の総数を確認する。面倒だろうが頼んだ』

『ボスはあんただ、好きに使ってくれ』

 ヴァレリオはそう言うとグロリオーサを垂直に上昇させ、QBを使用してエリア右側へと飛んで行き、それを見送るようにアル・カウンのネクスト、イミタティオがグロリオーサの後姿をカメラで追っていた。

『クレオ、エリア左側は頼んだ』

「はい・・・分かりました」

 クレオの返答を聞くとアル・カウンは一度通信を切る。それと同時にイミタティオがOBを発動して前方にいるノーマルたちの頭を越えて行く姿が見える。イミタティオは途中ミサイルを都合十発発射されていたが、ミサイルの速度がOBには追いつかず、無視される格好となり、ノーマルたちはその後を追っていく。

 今頃は部隊間で通信を行い敵の襲撃を報せていることだろう。それならば早急に終わらせる必要がある。

 クレオはそんな思考を頭の片隅に置きながら、クルティザンヌの前面を左へと向けるとOBを発動させた。

 作戦の第一段階、敵機総数の確認はかなり単調な作業と言える。というのも敵を数えて回るだけなのだ。攻撃をされても、回避が困難ということはなく、こちらも攻撃をする必要がないためわざわざ武器の射程まで接近する必要も無い。

 加えて、ネクストが三機動いたこともあって第一段階は一分とかからぬうちに終了する。

『総勢で30か、やはり速いな。数は力と言った人間は賢明だ』

 アル・カウンは満足そうに笑って言う。クレオにはそんな彼が何を考えているのか余計に分からなくなっていた。個の力を過信しているのかと思えば数の力を肯定する。柔軟なのか、複雑なのか、よく分からない。分かるのは理解できない人種であるということだろう。

 そんな風に考えながらイミタティオを見れば既に引きつけていた敵ノーマル六機へと反転し襲い掛かっている。その動きは彼の個の武力を過信した思考を形作るには納得の行くものであり、QBで的確に相手の攻撃を回避しブレードで瞬く間に斬り込んでいくとAAを使い一掃している。その間約二秒。その早業からしてアル・カウンは確かに強いが、ノーマルたちの連携が雑であったことも大きい。そのことに気付かず彼が増長するのではないかと思いつつクレオ――クルティザンヌはスナイパーライフルを発射してノーマルを一機ずつ、着実に堕としていった。

 一方、グロリオーサのガトリングの掃射を受けて崩れ落ち炎上するノーマルを見つめるヴァレリオが言う。

「・・・この程度か・・・」

 口から出てくるのはそんな言葉だった。特に何を期待していた訳ではない。このミッションに参加したのも依頼主との面識を持つことが目的であり、それは達成されている。ノーマルとの交戦には何も期待などしていない・・・はずなのだが、どこかで面白くないと感じている自分がいることにヴァレリオは小さく舌打ちした。

 そこへ、アル・カウンから通信が入る。

『ミッション完了だ。あとは各自で撤退してくれ』

「了解だ・・・いつかまた会おう」

『どうかな? そのいつかが来る前に、俺は宇宙に行っているかもしれない』

 この言葉にヴァレリオは小さく笑い通信を切りグロリオーサを反転させOBを発動、作戦エリアから離脱するのであった。

 
 後日、北米の傭兵組織が北米の一部地域をGAの勢力下より奪還、ユナイテッド・ステイツへと譲渡する。
 
 それを陰より支援したと噂される新興勢力サールーフの代表アル・カウンは企業連のブラックリストへと登録。

 しかし、未だにアル・カウンの詳細に関する情報は掴めていない・・・。

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