『七月四日 前編』

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 六月が終わろうとしていたある日、ブラックゴート社社長U・N・オーエンは輸送船に乗りハワイ真珠湾にあるスター・アンド・ストライプスの基地へと来ていた。目的はただ一つ、スター・アンド・ストライプスから発注されていた商品を届けに来たのだ。届けるものは三つある。

 彼らがブラックゴート社に発注してきたのは、独自のACだった。それも要求されるスペックはかなり高い、ネクストに対抗できるノーマルをと彼らは注文してきたのだ。数さえそろえればノーマルであったとしてもネクストには対抗できる。だが未だテロ組織の枠組みから抜け出すことが出来ていない彼らには量ではなく、質で勝負するつもりらしい。

 他の企業には無理かもしれないが、ブラックゴート社にはそれが可能だった。管理者が残したデータを下にくみ上げたACが二種類存在するためだ。正確にいえばACは一種類だけであってもう一つは人型の機動兵器というべきだろう。

 ブラックゴート社では人型機動兵器の方をデスサッカーというコードネームで呼んでいたが、スター・アンド・ストライプスの仕様に合わせて手を加えている。まず無人機であったものを有人化し、エネルギーに余裕を持たせるために肩に内蔵されていたバルカンを取り外し、背部のエネルギーキャノンを実弾のキャノン砲に変更していた。

 そしてスター・アンド・ストライプスに納入するにあたり新たな形式番号と名前が与えられている。USA−AC01デュラハン、それが正式型デスサッカーの正式名称となる。

 ACの方は元の名称はI−C003−INだったのだが、こちらも当初の仕様のままでは現状で使えないため最新技術を駆使してリファインされている。基本装備はミサイル、グレネード、手持ち式プラズマライフルと変わっていないのだが、有人機に変更されまた名前もUSA−AC02ファントムが正式名称となった。

 搬入作業が進む中、オーエンは自社が生産したそれら製品を笑顔で眺める。これらが本格的にスター・アンド・ストライプスで運用されるようになれば、GAは太平洋沿岸に戦力を集中せざるを得なくなるだろう。

 ブラックゴートが開発とリファインをしたデュラハンそしてファントムは現行ノーマルACの中ではトップクラスのカタログスペックを誇っている、数を揃えて乱れぬ作戦行動を行えばネクストとだって戦うことが出来るはずだ。

 これだけの戦力を持てば流石のGAといえど無視は出来まい。有澤は有澤で問題を抱え込んでいるようで、太平洋に戦力を割くことは出来ないだろう。それにオーストラリア、東南アジア方面にはインテリオルがラインアークを占領したことにより徐々にではあるが勢力図が変動しつつある。この状況下ではいくらGAグループといっても有澤が援軍を出すようなことはすまい。

 そして太平洋側にGAの注意が向けば大西洋側にあるブラックゴート社への監視の目は緩むはずだ、BFFの動きがどうにもきな臭いところはあるが一度は倒産寸前までいった企業だ。慢心することなく挑めば勝算は幾らでもあるだろう。

 現時点での問題はといえば、スター・アンド・ストライプスがアメリカ合衆国として復活するための国家復権宣言を果たして成功させるかどうかだ。これが成功さえすればオーエンの思惑通り、GAは太平洋に注目せざるを得なくなり、必然的に大西洋はおろそかになる。国家が復活したとなればさしものBFFもブラックゴートにちょっかいを掛けている場合ではなくなるはず。

 そう考えたからこそ、無理をしてデュラハンとファントムを一部隊分だけ完成していたのを納入したというわけだ。そんなオーエンの思惑を知ってか知らずか、ルーズベルト大統領は嬉しそうな声音でオーエンに声を掛けてくる。

 ルーズベルトは満面の笑みを浮かべながら、その後ろにハル国務長官とフォレスタル軍務長官の二人を引き連れていた。

「これは大統領閣下、わざわざ足をお運びくださって恐縮です」

 オーエンは頭を下げる。

「いやいや頭を下げる必要は無いよ、むしろ私が礼を言いたいぐらいだ。我が陣営初の独自AC、USA−AC01デュラハンにUSA−AC02ファントム。首なし騎士に亡霊が我々が初めて手にする独自戦力となるわけか、だがそれもいい。私たちスター・アンド・ストライプスは今までは幽霊同然の存在だったからな。
 だが今は違う。私たちは自分たちの土地を取り戻した、ハワイ諸島にミッドウェー。アメリカ本土を手にすることはまだ出来ていないが、ここはかつてユナイテッド・ステイツだった。ユナイテッド・ステイツが最後に手にした州だ、そして今この土地はユナイテッド・ステイツが復活するための最初の足がかりとなる。そのための国家復権宣言だ、我々と意見を同じにする君にはぜひ同席してもらいたい」

「良いのですか? 私たちはスター・アンド・ストライプスの考えに賛同し行動を共にしていますが、表向きは親GAの立場を取っています。そのことを良くは思っていない者も多いのでは? だというのに私が列席すれば疑うものも多いでしょう」

「自分の立場というものを良くわかっているようだな、ミスター・オーエン」

 ルーズベルトの後ろからやや背の低い白人男性が前に出てくる。顔に刻まれている皺は深く、彼の歩んできた人生がどのようなものであったかを匂わしていた。

「君自身が言っていたように私は軍務長官や大統領閣下と違い、今ひとつ君を信用できない。まずは君らブラックゴート社の微妙な立場というのが大問題だ。私はスパイではないのかと君をどうしても疑ってしまう。それに個人的なことだが、君の名のスペルはU・N・Knownだ。無名の者をどのようにして信じれば良いという?」

 ハル国務長官の辛らつな言葉をオーエンは何とか顔色一つ変えずに受け止めることが出来た。ブラックゴートが微妙な立場を取り続けるのは、独自の目的があるからだ。世界を変えるという目的が、その世界を支配するのは企業でも国家でもない。

 必ず戦わなければならないときが来る、敵を増やすことになっても敵同士が潰しあう状況にさえなればいいのだ。ブラックゴートが微妙な立場でいるのはここに理由がある。多くのものはブラックゴートをよくは思わないだろうから。

「私の名のスペルを見てすぐに無名の者を思い出すとは、もしかしてハル国務長官殿はアガサ・クリスティーのファンですか?」

「そして誰もいなくなった、オリエント急行殺人事件、アクロイド殺しの三作品ぐらいは常識だと私は思っているがね。そんなことよりも話をはぐらかすということはやましいことがあるという証拠か?」

「いえいえ、決してやましいことなど。以前、会議に参加させて貰ったときにも述べましたが私どもブラックゴートの一番の売りは“信用”です。ですから私はここにいる、ミスター・ハル。よくよく考えていただきたい、あなた方を裏切ろうとするものがどうして敵陣の真っ只中にいなくてはならないのですか? バレてしまえば即刻殺されるのは確実です、私がいなくなればブラックゴートは機能しなくなる。なのに私はここにいる、つまり……お分かりですね?」

「言葉ではどうとでも言えるさ」

 それだけ言ってハル国務長官は背中を向けて去っていった。大統領と共にここに来はしたが、大統領と行動を共にするわけでは無かったようだ。おそらくはオーエンに先ほどの言葉を浴びせたかっただけだろう。

「すまないねオーエン君。不快な思いをさせただろう」

「大統領閣下が謝罪することはありませんよ、非は私どもにあるのですから。ハル国務長官の言うとおり、ブラックゴートの立場は微妙なものです。口では何とでも言えますから、ですが信じてもらいたいからこそ私はここにいるのです」

「もちろん私は信じているよ、ところでだ国家復権宣言の日、七月四日には企業からの襲撃が予想されている。我々も対策として二名のリンクスを雇ったのだが、君のところの……」

 言葉に詰まる大統領を見て「マッハのことですか?」とオーエンが声を掛けた。

「そうだマッハ君だ。我々は彼の事を非常に高く評価している、今回の防衛作戦に彼を駆り出すことは出来ないのかね?」

「申し訳ありませんが大統領、我々は彼に対して支援を行っておりますが彼は我々の専属というわけではありません。あくまでも独立傭兵です、支援を受けている手前、私が一言言えば何とかして受けてくれると思いますが……今回、彼は別の作戦を受諾し既に行動しているので呼び出すことは不可能です」

「そうか」

 ルーズベルトは本当に残念といった様子で肩を落とした。

「ハルゼーが彼を非常に褒めていたからね、ミスター・オーエン。彼に連絡するときにこう伝えておいて欲しい、ユナイテッド・ステイツは君を高く評価しているとね」

「それは口説き文句ですか大統領閣下?」

 冗談交じりに微笑を浮かべて言ってみると、大統領も笑顔を返してくれた。

「そう取ってくれて構わんよ。我々に必要なのはリンクス、だからな」

 笑い交じりではあったが大統領の目は笑ってなどいない。彼の言っていることは間違いなく本気である。ここで彼らに専属のリンクスを用意してやることが出来れば、ブラックゴートの信用は上がるだろうしGAの彼らに対する注目度も上がるだろう。

 頭の中で彼らに協力しそうなリンクスを検索する、多くのリンクスが独自の信念・理念に基づいて行動しているためスター・アンド・ストライプスの国家復権に賛同するものは少ないだろう。彼らの依頼を受けるリンクスは多いだろうが、その多くは資金稼ぎのはずだ。

 となれば……と、考える中でオーエンは一人うってつけとまではいかないが口説いてさえやれば専属になるかもしれないリンクスが一人いることに気付いた。前回のサンディエゴ侵攻戦ではスター・アンド・ストライプスの敵として現れたが、彼の理想とする世界とスター・アンド・ストライプスの理想とを結び付けてやることは可能だろう。

 要はどれだけ上手く口を使えるかだ。彼の心を動かしさえすれば、スター・アンド・ストライプスは最高峰リンクスの一人を確保することになる。そうなればGAはさらに太平洋に注意を向けざるを得なくなり、大西洋側はおろそかになるだろう。

 そうなればオーエンの思惑通りに事が運ぶ可能性が高くなる。気付けばオーエンは誰も見ていないのに一人笑みを形作っていた。慌てて表情を整え、デュラハンとファントムの搬入作業へと視線を向ける。だがオーエンの頭の中は彼をどうやって接触し、説得するかで一杯になっていた。


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 七月三日の夕刻、旧カリフォルニア州にあるGA海軍基地内の一室は非常に重い空気に包まれていた。その部屋にいるのは二人のリンクス、一人はエイヴもう一人はタスクである。タスクはブリーフィングの時から何かしら別のことを考えているのか、常に上の空であるようにエイヴには見えた。

 二人の間に置かれているテーブルには彼らのためのコーヒーが用意されているのだが、タスクは一口も付けようとせず俯いたままである。エイヴはコーヒーが冷めてしまう前に飲み干していた。これらの様子を見てエイヴは不安を覚えずにはいられない。

 タスクは今回の任務においてパートナーとなるリンクスである。GAが艦隊がある程度援護をしてくれるとはいえ、大したことはしてくれないだろう。エイヴにとって大事なのはGA艦隊の援護よりもパートナーとなるタスクの援護なのだ。しかし肝心のパートナーはといえば、挨拶をしてもどこか投げやりな態度だった。

 鬱病や統合神経失調症の類にでも罹患しているのではないだろうか、そう思いもしたが彼は薬を飲んでいる様子は無い。だとするとこれが地、なのだろうか。もしそうだとするのならばエイヴは心配をする必要は無い。可能な限りコミュニケーションを取っておきたいというのが本音だが、相手方がそれを拒むのならばどうしようもなかった。

 思い出したようにコーヒーカップを手に取るタスクを見てエイヴは話しかけようとするが、その気配を察したのかタスクは俯かせていた顔を上げてエイヴに鋭い視線を送ってくる。そんなに構えられては話しかけることも出来ない。

 仕方なくエイヴはソファに持たれかかって天井を眺めた、タスクが溜息を吐いたのが聞こえる。顔は動かさず瞳だけ動かしてみれば、彼は手に何かを持ってそれをじっと見ていた。

「何を……見てるんだ?」

 タスクの目が動き彼の視線はエイヴを捉える。だが先ほどの鋭さは無く、あるのは静謐な深い悲しみととれるような色だった。

「写真だ、娘のな」

「子供がいるのか?」

 エイヴとしてはこれが会話の取っ掛かりになれば良いと思って発した言葉だったのだが、地雷を踏んでしまったらしい。タスクの表情が翳った。その場を取り繕いたい気分に襲われたが、彼にどのような言葉を掛けていいのかわからない。

「良いよ、そんな表情をしなくても……全ては、私の責任なんだからね」

 エイヴは何もいえない。それでもタスクは続けた。

「そう、全部私が悪いんだ。娘を失ったのは私の判断ミスだ、あの時、敵艦隊に無理にでも強襲を掛けていれば巡航ミサイルの発射を防ぐことが出来たかもしれない。ネクストを使って飛来するミサイルを迎撃するよりかはるかに効率的だっただろう。でも、私はそれが出来なかった。娘を守りたいという気持ちが強すぎた……側にいたい、そう思ってしまったんだ。それが全ての、原因、だ」

 掛ける言葉が見当たらない。タスクは深い悲しみを背負っている。言葉など掛けない方が良いのだろう。今の彼にはそれが一番いいのだとエイヴは自分に言い聞かせる。

「君は、大事なものを失ったことがあるかい?」

 唐突なタスクの質問にエイヴはうなずいていた。

「俺も大事な友人を失ったことがある、今使っているACはソイツが残したものだ」

「友情、か……そういう形で残るのならば私もここまで感情に翻弄されることは無かったかもしれない。家に帰れば見てしまう、あの子の使っていたものを。だが、それらの主人はもういないんだ。クローゼットを開ければハンガーに吊るされた子供服、けれどそれを着る者はいない。食器棚に並べられた子供用の小さな食器、やはりそれを使う者はもういないんだ。あるのは、虚無だけだよ」

「分からなくは……無い。けれど、それは――」

「時間が解決してくれる、かな?」

 エイヴは言おうとしたことを先に言われてしまい、喉まで出掛かっていた言葉を飲み込んだ。

「時間は本当に解決してくれるのだろうか。それはただ忘れてしまうだけなのではないだろうか、私も以前はそう考えていた。けれど、娘がいなくなって気付いたよ。時間は何も解決しないんだ、とね。結局は自分自身の問題なのさ、だから私はここにいる」

「あぁ……その、タスクさん。あなたの娘さんを――」

「そうさ、スター・アンド・ストライプスだよ。彼らがハワイに侵攻してきた時、私はハワイ防衛の依頼を受けてそこにいたのさ、娘を連れてね。家で留守番させるよりも自分が直接守ってやれる前線に連れてきた方が安全だと思ったのさ、今考えれば馬鹿らしい発想だと思う。悪いのは自分だ、スター・アンド・ストライプスは自分たちの理念に従い、それに乗っ取ってやるべきことをしただけに過ぎない。私は思うんだ、彼らに非は無いと。非があるとするならば危険な前線に娘を連れてきた私だと、ね。だがそれでも抑えきることは出来ないんだよ、胸に込みあげてくるこの黒いものを。私はそれを吐き出したいんだ」

 またもやタスクはエイヴの言おうとしたことを先に言ってから、自分の心境を独白した。それに対して返す言葉などどこにも無い。きっと彼は本当は自分のするべきことを分かっているのだろう、だがそれでも彼は動くしかないのだ。言葉に出来ないほどの感情の渦が彼の中で渦巻いているに違いない。そのことは容易に想像できた。


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 七月三日、クレオ・メロードは真珠湾の地に愛機クレティザンヌと共にハワイ諸島オアフ島に降り立った。明日の午前一〇時から始まるスター・アンド・ストライプ首領、フランクリン・ルーズベルトが行う国家復権宣言を企業による妨害から守るためである。国家復権宣言が行われれば企業はダメージを受けることだろう、それを防衛するための依頼を受けたのだから場合によってはクレオ自身に累が及ぶかもしれない。

 それでもクレオは見てみたかったのだ。企業が支配する世界において異物となる国家を復活させようとする彼らがどのようなものなのかをこの目で見てみたい。国家とは何か、本にはそれがどのような組織形態であったのか書かれておりそれ読んだクレオは国家というものに対しての知識はある。だが肌で感じたことはない。

 この日の真珠湾基地は風が強く、そのせいもあってか潮風の匂いが酷く強いように思われた。そして、その風の中に嗅いだ事のある匂いが混じっていることに気付く。それは煙草の匂い、甘いバニラの香りも混じっていた。この匂いを嗅いだのはどこだろう、と考えて即座にクレオは思い出した。

 インテリオルが管理しているラインアークでこの匂いを嗅いだのだ。どのような状況下だっただろうか、風に乗って流れてくる煙草の香りはクレオの記憶を呼び覚ます。ラインアークのリンクスに宛がわれた一室でこの匂いを嗅いだ、これはレオン・マクネアーの吸っていた煙草の匂いだ。

 それを思い出した途端にクレオは辺りを見渡した。どこかにレオンがいるような気がしたのだ、もしかしたらレオンと同じ煙草を吸っている人間がいるだけかもしれない。だがクレオはレオンがいると確信していた。どこにいるのだろう、風にのって匂いが流れてきたのならば風上にいるはず。そう思って風上に視線を向けた。

 跳ねた金髪が風になびき、口に咥えている煙草からは紫煙が立ち昇っている。間違いなくレオン・マクネアーがそこにいた。ラインアークでの戦闘では彼の立てた戦術により任務は成功したのだ。再開できたことについ嬉しくなり駆け寄ろうとしたが、すぐクレオは足を止めた。

 ラインアークで戦闘終了時、彼の戦術が成功したことにクレオは感嘆の念を感じたのだ。それを彼に伝えようとしたのだが、彼はそれを拒否した。その時のレオンの目をクレオはまだ覚えている、あれは拒絶の目だ。もう近寄るな、クレオはそう言われた気がした。だから今は彼に近づかない方が良い。同じミッションを受けているのだからいずれは会うだろうが、彼は出来るだけ会いたくないに違いないと思った。だからクレオはその場を離れようとレオンに背を向け歩き始める。

「そこにいるの、クレオだろ?」

 風に乗って聞こえてきた声にクレオは足を止めた。振り返ればレオンが携帯灰皿に煙草を押し込みながらこちらを見ている。何故彼が呼び止めるのだろう、クレオがそう考えている間にもレオンはこちらに近づいてくる。

 彼は以前にクレオを拒絶したはずだ。それも敵意を持って、その時のことをクレオははっきりと覚えている。だからこっちは離れようとしたのだ。だというのに彼はそれを忘れたかのように近づいてくる。

「何か、御用ですか?」

 出来るだけ刺々しくなるように言い放った。だがレオンは少し首を傾げただけで動じる様子は無い。

「用も何も、作戦行動を共にするんだ。挨拶ぐらいはすると思うんだが」

 さらりと言いのけるレオンに対してクレオは何故か怒りがこみ上げてきた。彼は以前にクレオを拒絶している、だというのにそれを忘れて近寄ってきたのだ。

「えぇ、そうですね。挨拶は普通しますね、おはようございますレオンさん。ではこれで失礼」

 出来る限り話をしたくない。だからクレオはレオンに背を向けてその場を去ろうとした、だというのにレオンはクレオの肩を掴んで引き止める。クレオの中でさらに怒りが吹き上がってきた。

「おいおい、何をそんなに怒ってるんだお嬢さん? 俺、何かしたかな?」

「覚えていないんですか!?」

 怒声を張り上げるとレオンは人差し指で頬を掻きながら空を見上げる。何か思い出そうとしているのだが結局出てこなかったらしい、腕を組んで低い唸り声を上げ始めた。

「ラインアークで会ったとき、私に酷いことしませんでした?」

「酷いこと?」

 レオンの表情に疑問符が浮かんだがそれも一瞬のこと、すぐに自分のしでかしたことを思い出したらしく罰の悪そうな顔をする。だからといってクレオの機嫌が治る訳ではない。

「あぁ、それはあの……えぇと、だな」

 しどろもどろになって説明をしようとするレオン。だが言葉が出てくる様子は無く「あ〜」だとか「え〜」という言葉しか出てこない。そんな様子を見ているうちにクレオの怒りは沸点に達した。

「覚えてないようですね、それでは失礼します!」

 勢い良く言い切ってから背中を向けて歩き出す。今度はレオンも肩を掴んでくることは無く、クレオは愛機クレティザンヌが搬入されている格納庫へと向かった。


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 ノーマルAC用の格納庫の前でTACネームブレイズは二人のリンクスのやり取りを眺めていた。遠すぎて声までは聞こえてこなかったが痴話喧嘩の類であるらしい。彼ら二人が国家復権宣言を守るというのだから笑わせる。

 ブレイズは格納庫の中に入り自分に新しく与えられたノーマルACを見上げた。脚部は今はもう廃れてしまったフロート型だが、どのような地形にも左右されないという特徴がある。このハワイを防衛するにはうってつけの脚部だろう。

 USA−AC01デュラハン、それこそがブレイズに新しく与えられた機体名称であり彼が指揮することとなったメビウス隊の指揮官機となる。じっとデュラハンの真っ白な頭部を見上げるが、そこにはカメラアイらしきものの姿は見受けられない。一体、どこにあるのだろうかと思う。

 慣熟運転させるための模擬戦を行ったときは三六〇度カバーするようになっていたのだが、特殊なセンサーでも積まれているのだろうか。聞くところによればブラックゴート社はこのデュラハンと、時を同じくして投入されたファントムに関してはライセンス生産を認めなかったと聞く。加えてブラックボックスまである始末だ。

 これらは整備員から聞いた話でどこまでが本当かは知らないが、おそらく全て真実だろうとブレイズは思う。ブラックゴート社が幾らスター・アンド・ストライプスに協力してくれているとはいっても、やはり彼らは企業だ。求めているのは自分たちの利益に違いない。きっとスター・アンド・ストライプスに魅力が無くなれば彼らは容赦なく切って捨ててくるだろう。

 ふぅ、とブレイズが静かに溜息を吐いた。明日の任務の重大さを考えれば自然と肩も重くなる。格納庫内を眺めてみれば、部下達は自分に宛がわれた機体を眺めていたり入念なチェックを行っていた。彼らもブレイズ同様に自分たちに課せられた任務の重大さにプレッシャーを感じている。

 スター・アンド・ストライプスは国家復権宣言を企業の妨害から守るために、レオン・マクネアーそしてクレオ・メロードという二人のリンクスと二機のネクストを雇った。だがそれでは不十分と感じたのか、それともまた別の理由があるのか。

 ブレイズの指揮するメビウス隊に彼らリンクスと同じ内容の任務、国家復権宣言の防衛が与えられているのだ。それも本来は有り得ることの無い、ルーズベルト大統領直々の命令としてだ。重圧を感じない方がおかしい。

 これは歴史の転換点となる。ブレイズはそう確信していた。そのターニングポイントにブレイズはメビウス隊を率いて、デュラハンと共に参加するのだ。自分たちが歴史を作ることになる、そう考えると命令を下された時以上の重圧が圧し掛かって来たがそれと共に、妙な胸の高揚もまた感じた。

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