『七月四日 後編』

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 七月四日早朝午前五時、エイヴとタスクの二人は旧カリフォルニアから出航した空母の一室にいた。二人それぞれに部屋が与えられることは無く、格納庫に最も近い一室が二人のための宛がわれている。

 エイヴとタスクはまたもや四角いテーブルを間に挟んで向かい合って座っていたのだが、タスクは格納庫へと続く扉を見続けたまま微動だにしない。対するエイヴは僅かばかりの不安に襲われていた。

 ブリーフィングで敵勢力にリンクスがいることは分かった、だがそれは良い。その程度のことならばエイヴも予想できていたことだった。問題は、どうも敵が新しいACを手に入れたらしいということである。

 その新しいACというのが既製品であるのならばどこにも問題は無いのだが、どうやら新型であるらしい。GAの得た情報ではどうやらノーマルであるということなのだが、気になるのは形がデスサッカーに似ているということだ。

 エイヴはデスサッカーと遭遇したことは無いが話には聞いている。レイヤードを偵察しに行った二機のネクストを撃退し、次はインテリオル占領下にあるラインアークに出没したと。ラインアークに出現した際にはレオン・マクネアーによって撃墜されたと聞いているのだが、これはどういうことなのだろうか。

 順当に考えるならばインテリオルグループに所属していない企業が開発したACがスター・アンド・ストライプスに流れたと見るのが妥当だろう。GAに敵対している勢力に流れているところを考えるのならば、残っているのはオーメルグループしかない。

 だがエイヴは疑問に思うことがある。前回デスサッカーが現れた時はホワイト・グリントが共についていたという。もしかするとラインアークがスター・アンド・ストライプスに協力をしているという可能性があるのだが、生産設備を初めとした全ての拠点をインテリオルに奪われたラインアークにそんな力があるのだろうか。

 どうにもこうにも不確かなものばかりで、どの情報、推察にも掴み所が無い。どこに真実があるのかわからないのだ。もしかすると全てが嘘なのかもしれないし、真実であるという可能性すらある。

 苛立ちを感じる。どこにも確証がないのだそれがエイヴに苛立ちを感じさせた。そして相方となるタスクの方はといえば非常に澄んだ表情でテーブルのただ一点を見つめている。

「何を、見ているんだ?」

 自分でも意味の無い質問だと思いながらもエイヴは聞かざるを得なかった。そうでもしなければ胸中にある不安を取り払うことなどできそうに無い。

「怖いのか?」

 視線を動かすことなくタスクは言う。

 恐れているのだろうか、自問自答を行い出た結果は彼の言ったとおりだった。不安は恐れへと変質しつつある。しかも戦場は海の上だ、撃墜されなくともブースターがやられたら沈む。いずれ救助が来るとはいえど、その間ずっと静かな海底で限りある酸素を気にしながら待機せねばならない。

 そうなることへの恐怖がエイヴを静かに包んでいたのだ。

「羨ましいな……私は恐怖を感じない。ただあるのは……何だろうなこれは? わからない、わからないがこれだけはいえる。私の中には溜まっているものがある、それを吐き出したい」

「タスク……」

 彼の名を呼ぶが反応は返ってこない。考え事をしているのか、いや違うだろう。彼は自分自身と対話しているに違いない。そこで答えを探しているはずだ、自分よりも年上の人間に対してこのような感情を抱くのは失礼だとは分かっているのだがエイヴはタスクに答えを見つけて欲しいと願った。


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 スター・アンド・ストライプスの迎撃作戦は至って簡単なものである、オアフ島東部沿岸地域を哨戒し不審なものがあれば即撃沈もしくは撃墜せよというものであった。ただ二機のネクストACだけでは警備網にも当然穴がある。そういうわけで今回に限りレオンとクレオのネクストは真珠湾基地のレーダーとデータリンクが可能なように設定された。

 レオンのエルダーサインとクレオのクレティザンヌは一〇kmの距離を開けて配置されている。もちろんこれには訳があった。敵は一方向からの侵攻してくるとは限らないのだ。特に今回は国家が復活したことを世界に宣言しようというのである、企業からすればなんとしてでも止めたいと思うだろう。

 そうなれば傾けられるだけの全兵力が投入されるだろうということは目に見えている。戦力の分割は本来ならば避けるべきだが、スター・アンド・ストライプスの戦力は企業のそれと比べるとやはり少ない。GAに少しでも戦略の知識がある人間がいるのならば、二方向から攻めてくることは容易に考えられる。

 だというのにスター・アンド・ストライプスは二機のネクストだけで敵の兵力を止めろというのだ。ブリーフィングを受けた段階でレオンはこのミッションが失敗に終わるだろうということを確信していた。

 午前一〇時に国家復権宣言が始まり、一通りのセレモニーが終わればスター・アンド・ストライプスも戦力を本格的に投入してくれるとの事だがそれまでの間、ネクスト二機で持ちこたえることが出来るとは思えない。

 スター・アンド・ストライプスは敵勢力がGAのみと断定しているようだったが、実際はどうなのか分からないのだ。特に今回は国家が復活するかしないか、世界にとって今後を決める分岐点となりかねない。どこの企業にとっても国家は邪魔だ、それも自由民主主義を謳っているときた。最悪、全ての企業が束になって襲い掛かってくる可能性すらあるのだ。

 もっとも、契約を締結する前から無謀であることは理解していた。それでもレオンがスター・アンド・ストライプス側に付いたのは以前の戦いで感じた力が本物であるかどうかを確かめたいという思いがあったからだ。そうでなければあえて不利な側に付こうとはしない。

 その程度のこと傭兵ならば理解しているはずなのだが、クレオは何故スター・アンド・ストライプスに来たのだろう。気になるところではあったが、聞くことは出来なかった。ラインアークで彼女に会ったとき、レオンは彼女の才能に嫉妬したのだ。今になって思えば我ながら女々しい態度だったとは思う。そのせいで今、嫌われてしまっているのだから自業自得ではあるのだが。

 きっと作戦中も余程のことが無い限りクレオから通信は来ないだろうと思っていたのだが、敵の襲来警報もなっていないうちからクレオからの通信が入った。

「こちらエルダーサイン、どうしたクレティザンヌ?」

「戦術は……ありますか?」

「無い」

 即答すると即座にクレオから「何故ですか?」の質問が返ってくる。

「敵戦力は不明、立てようが無い。事前に、はな」

「ということは敵戦力が判明すれば戦術の立てようもあるということですか?」

「うん、まぁそういうことだな……けれど戦術を立てる必要は恐らく無いし、そもそも今回は戦術なんて必要としないだろうな」

「それは何故ですか?」

 立て続けに質問が飛んでくる、しかも何故戦術にこだわってくるのだろうか。こちらも尋ね返したいのだがクレオはその隙を与えてこない。

「何故って簡単だ、こちらの戦力はネクスト二機。戦闘が始まれば戦術規模の戦いですらなくなるんだ、戦術以下つまりは戦闘になるんだが……それよりもバトルと言ったほうが分かりやすいか。要は戦術なんていう連携は必要なくなって、俺たち個人の技量が直接戦場に反映されるからだ。先に理由を言っておくとだな、ネクストは最強の兵器といわれても所詮は個でしかない。
 つまりスター・アンド・ストライプスは質はともかくとして、量として持っている戦力は現在二しかない。GA、もしかすると企業かもしれんが質はまた置いとくとして量としては確実に二以上の戦力を投入してくるのは見えてくる。例えば一〇来たとしよう、二で何が出来る? 敵を撃滅するためには敵の六倍の戦力がいると通常言われている。ここまで来ればもう分かるだろう? 二じゃ何も出来ないんだ」

「ですが――」

「ですがもさすがも無い。クレオ、何故お前はそこまで戦術に拘る? 戦争で大事なのは戦術じゃない、戦略だ」

「ではその戦略――」

「クレオ!」

 声を荒げて彼女の質問を無理やり止める。

「何でそんなもんにこだわる? 答えろよ、絶対にだ。でなければ俺は何があってもお前をサポートしない」

「……あなたと私はラインアークで共に戦いました、あの時勝てたのはあなたがあの戦術を教えてくれたから――」

「違う」

 またもクレオの言葉を遮る。
「あの戦術は完璧じゃない、不確定要素が多かった。勝てる戦術じゃないんだよ、勝つしかない戦術だったんだ。失敗すれば負けるしかなかった、結局、ネクストで出来ることはあれが限度なんだよ。出来て“戦術レベル”だ。本当ならその戦術レベルだって難しいだろう」

「でもあなたは勝った、それは真実です」

「結果的にな、だが負けてもおかしくなかった。あれに勝てた理由を教えてやろうか? お前がグリントとやりあえたからなんだよ、お前がグリントとやりあえなければ俺は死んでいた。もちろんお前もだ、あれはな本当は“賭け”だったんだよ」

「じゃあ、じゃあ私は一人で考えて行動しろ、と?」

「そうだ」

 相手に見えてはいないがレオンは相槌を取るように頷いた。

「そんな!?」

 クレオの声が急にヒステリックなものへと変わる。小さくではあるがかすかに通信機から「出来ない、私には出来ない」との言葉が流れていた。

「おい、クレオ? クレオ・メロード!?」

 今回の相方の名を叫ぶが返答は返ってこない、さらに運の悪いことに通信機から新たな連絡が入ってくる。

「熱源二接近、ネクストと推定されます。一機はクレティザンヌへ、一機はエルダーサインへと向かっています!」

 スター・アンド・ストライプスのオペレーターに「了解!」と返し、東へと機体を向ける。波間に僅かではあるが機影が映っていた。即座にズームし、データ照会を行う。向かってきているのはタスク・アレグロのハウリングと判明した。そしてクレティザンヌへ向かっているのは、エイヴのダークワスプであるという情報が入る。

 舌打ちを一つして機影へと向かう。今、この状況でせねばならぬことはハウリングを早急に撃破しクレティザンヌの救援に赴くことだ。相対距離を縮めながらもレオンはクレオに言葉を投げかけ続ける、だが返事は無い。

 そうこうしているうちに彼我の距離はつまり、右背中の垂直ミサイルのロックオンが完了し迷うことなくレオンはトリガーを弾いた。垂直ミサイルと肩の連動ミサイルを同時に発射させ、全てはハウリングへと向かう、ハウリングは両手に装備しているガトリングガンを使う気は無いらしい。

 舌打ちを一つしながらこれ以上接近するのを止めて後退を掻けた。ハウリングの装備はガトリングガンと背中の散布ミサイルとグレネードである。得意とする距離は近中距離だろう。対するエルダーサインはといえば完全な中距離機体である。ブレードを装備しているために格闘も可能だが、それを狙う前にガトリングガンと散布ミサイルのレンジを通らなければならないためブレードは無いものと考えた方が良いだろう。連装式チェインガンも搭載しているが、これは決定力に欠けるためやはりハウリング相手には使えない。

 残る武装はといえば先ほど放ったミサイルと右腕のレーザーライフルぐらいだろう。対してハウリングは全ての武器を有効的に使える状況下だ。せいぜい背中のグレネードの爆風によるダメージを与えることが出来ない、といったところか。レオンが不利なことに変わりは無い。

 時計を見る。時間は午前九時五五分、国家復権宣言が始まるまでは後五分残されておりセレモニーがいつ終わるのかレオンは知らされていない。生き延びたければ敵を撃墜するしかないと思われた。

 全神経を迫ってくる敵機に、そして中のコクピットにいるだろうタスク・アレグロに集中させる。一瞬だけ、全身に虫が這うような感触を感じた後、吐き気を催すほどの黒い塊を無理やり押し込まれたような気がした。

 その黒い塊はコンマ一秒ごとに形を変化させ、その変化によってレオンはハウリングの動きを知ることが出来る。この感覚を何と呼ぶべきかは分からない、だがこれは今のレオンにとって最大の力であることは確実だ。

 レオン・マクネアーはハッキリ言って粗製のリンクスである、AMS適正は低いし操縦技術もそれほど高くない。きっとタスクの方がリンクスとしての素質に優れており、経験も豊富だろう。それでもレオンは不安すらも感じない。不安は恐怖となり、恐怖は体の動きを鈍らせる。

 レーザーライフルの照準を定め、発射すると同時にハウリングの両手のガトリングガンが火を噴いた。前方に向けていた推力をカットし、後方に回す。続けて二発目のレーザーを放ちながらミサイルのロックオンを完了させた。

 距離を詰めようとするハウリングから逃れるように後ろに下がり、牽制のために背中のチェインガンも放つ。猛烈な勢いで残弾数が減っていくのを見つつも、ハウリングの動きが一瞬だけ鈍ったのをレオンは感覚の目で見失うことは無かった。

 即座にミサイルを放ち、後退する。ハウリングの機体構成とエルダーサインの機体構成を考えれば下がりすぎるということは考えられない。ハウリングの回避できないタイミングでミサイルは襲い掛かる。直撃する、そう確信していたしそれは現実のことになるのも時間の問題だった。だが、ただ一つレオンはあることを見逃す。

 ミサイルの直撃を受けながらもハウリングは突進してきたのだ。感覚の目でレオンはそれを知っていた、だが本当にやってくるとは思わなかった。それがこの戦闘においてのターニングポイントとなる。

 驚愕も一瞬のこととはいえ反応を鈍らせる。食らいつこうとしてくるハウリングの動きにレオンは対応できなかった。感覚の目を持っていたとしてもレオンのAMS適正は低く、操縦技量も高いとはいえない。

 目前まで接近してきたハウリングのガトリングガンによってプライマルアーマーが剥がされ、そこにグレネードが直撃した。咄嗟に左腕を前方に出したためにコアパーツへの直撃だけは免れる。しかし左腕の肘から先は吹き飛ばされ、レーザーブレードは失った。肩部にあるサイドブースターがやられなかったのは不幸中の幸いというべきか。

 エルダーサインはまだ行動可能な状態にあるにも関わらずハウリングは先を急ごうとその横を通り過ぎようとする。

「行かせるかよ!」

 エルダーサインの左側を通り過ぎようとするハウリングにクイックブーストを使った体当たりを敢行する。グレネードによる損傷を既に受けている左腕がさらなる悲鳴を上げるがレオンは機械の声には耳を貸さない。

「どけぇ!」

 タスクの怒声が響き渡り、ハウリングは僅かに距離を取り両腕のガトリングを斉射する。プライマルアーマーの無いむき出しの装甲に弾丸は容赦なく突き刺さり、装甲を剥ぎ内部構造を破壊していった。

 ハウリングがどのように動くか、レオンには全て理解できている。だが理解できているだけであって体が追いつこうとはしない。それが酷くもどかしく感じる。

「何でだ、何でだよぉ!?」

 叫んだところで状況が好転するわけでもない。エルダーサインの損害は大きくなりつつあり、行動不能になるのも時間の問題だった。このまま成すすべなく落とされるのかと思うと、曾祖母に対して申し訳のない気持ちになってくる。

 心の中でチクショウと何度も叫んだ。エルダーサインはガトリングガンの雨によって踊らされている。その踊りを中断させたのは一条の青いレーザーだった。それは明らかにハウリングを狙ったものであり、飛来してきた方角にカメラを向けるとそこには以前見たことのあるACが映されている。

 その機体をレオンが忘れるはずがない。一度は撃墜され、二度目は撃墜したはずの機体。デスサッカーが真珠湾の方向から四機の白いノーマルACを引き連れてやって来たのだ。

 突然の来客にハウリングは手を止め、レオンも目の前の光景に釘付けになっていた。

「エルダーサイン、ここは我々メビウス隊に任せてもらうぞ」

 通信が入ってくる、それはデスサッカーから発信されたものだ。どういうことだ、とレオンが尋ねるよりも早くデスサッカーと白いノーマルACはハウリングへと攻撃を開始する。

 それらの動きは実に連携が取れており、機体の動きは既存のノーマルACを遥かに超えていた。とはいえネクストには遠く及びそうもなかったが。

 ハウリングとメビウス隊は交戦しながらエルダーサインとの距離を開けてゆく、完全にレオンは取り残された。機体の状況を確認すれば、幸いなことに一応はまだ戦闘が可能な状態だった。動かないのは肩の連動ミサイルだけであり、他は全て動く。

 ハウリングを追撃すべく改めて操縦桿を握りなおしたとき、通信機からクレオの悲鳴が聞こえた。


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 ブレイズはデュラハンの操縦桿を強く握り締めながらモニターに映っているネクストACを凝視した。こちらの戦力は最新型ACであるデュラハン一機とファントム四機の合わせて五機である。最新型とはいえノーマルAC、単体での性能ならばネクストに敵うはずはない。

 しかし、ブレイズは勝利を確信していた。スター・アンド・ストライプスのAC、いやユナイテッド・ステイツのノーマルACは他企業のノーマルとは違う。俊敏さに長けるネクストに対して効果的なダメージを与えるため、実弾兵器の弾頭には全て近接信管が採用されているのだ。直撃すればもちろんのこと、至近弾だけでもダメージを与えることが可能になっている。

 よし、とブレイズは心の中で呟いて四人の部下に指示を出した。ファントムからミサイルが放たれる、もちろん敵ネクストハウリングは回避行動を取る。通常ならばそれで問題がない。但し、ファントムのミサイルは近接信管なのである。

 一発がハウリングに接近し近接信管が作動した。直撃ほどのダメージを与えるわけにはいかないが、プライマルアーマーを減少させハウリングの足を鈍くさせる。ブレイズはデュラハンの両背中に取り付けられているキャノン砲を展開し、照準をハウリングに合わせた。

「貴様らノーマルごときがぁ!」

 ハウリングに搭乗しているリンクス、タスクの叫びが通信機から聞こえてくる。そこには悪意、敵意、ありとあらゆる負の感情が込められていたがブレイズは動じない。この程度のことで動揺していては独立戦争に勝利することなど出来ないだろう。

 慎重に狙いを定める。次々と吹き上がる水柱の中からハウリングが飛び出してきた。直撃こそないもののミサイルによるダメージはある。ハウリングの装甲にはその証拠がいくつも刻まれていた。

 トリガーを引きキャノン砲を撃ち出す、反動で僅かに脚部が海面に着水したが支障はない。撃ち出された二発の砲弾の内、一発はコアに一発は脚部に命中し派手な爆発を起した。その影響で光学センサーから多くの情報を得ているFCSはロックを外してしまう。しかし、ブレイズは焦らず部下たちに指示を出してハウリングを半包囲状態へと追い込む。

「全機、エネルギー砲構え!」

 ブレイズの命令に従い四機のファントムは両腕に持っている大型のエネルギー砲の照準をハウリングへと向け、ブレイズもデュラハンの高出力エネルギーライフルをハウリングへと向けた。
爆炎が収まる。

「敵機健在!」

 部下の報告を聞き直後にブレイズは「足元を狙え」という指示を出した。手負いとはいえネクストの瞬発力には目を見張るものがある。足元を狙えば外したとしても超高熱のエネルギーライフルは海水を瞬時に沸騰させ、強力な水柱を発生させるはずだ。そうすれば敵の足が止まる。

「この、このテロリスト共がぁぁぁあ!」

 ハウリングがブレイズの駆るデュラハン目掛け、両腕のガトリングガンを構えながら接近してくる。だがブレイズに恐れはない。的確に「撃て」という指示を下すだけ。

 四機のファントムからエネルギー弾が発射された。それらは直撃することこそ無かったが、ブレイズの予想通り海面に着弾したエネルギー弾は大きな水柱を発生させてハウリングの動きを止めた。

 そこにブレイズは慎重に狙いを定めてエネルギーライフルのトリガーを弾く。放たれたエネルギーの奔流は一撃でハウリングの右腕を吹き飛ばした。ノーマルACあるまじき威力に驚嘆しながらもブレイズは自身の動作を止めることなくもう一度トリガーを引いた。

 二撃目はハウリングの左腕を吹き飛ばす。これだけで敵ネクストの戦闘力は半分以下に落ちた。

「撤退しろリンクス、見てわかる通り貴様は半包囲状態にある。戦ったところで勝ち目はない、GAに忠誠を誓っているわけでもないだろう? ならば退け」

「黙れぇ!」

 両腕を失っても尚タスクは戦意を失うことなく、残った両背中の武器だけで突貫を仕掛けてくる。とはいえ勝利の確定した今、ブレイズだけでなく部下達の中にも冷静さを欠くような人間は誰一人としていなかった。

 一斉にハウリングへと砲撃を加える。ブレイズの指示を守り、全員脚部へと狙いを定めていた。ハウリングは半包囲網から撃ち出されるエネルギー弾を避けることが出来ず、脚部を破壊されてしまい海へと沈んでいく。レーダーからネクストの反応が消えたことを確認してからブレイズは身近な安堵の溜息を吐き、シートに背を預けて司令部との回線を開いた。

「こちらメビウスリーダー、状況終了。そちらの状況は?」

「異常なし。予定通り式典は行われます、復権宣言の後増援部隊を送りますので合流して後方に待機していると思われる敵艦隊の捜索及び撃破をお願いします。またそちらに余裕があればもう一体残っているリンクスも撃破してください。そちらへは雇ったリンクスが対応していますが状況が芳しくありません、それにメビウス隊の強さを知らしめろという国務長官や軍務長官の意見もあります」

「メビウスリーダー了解。これよりメビウス隊はリンクスへの支援へと向かう、以上通信終り」

 司令部との回線を切ってから各部の損傷状況を確認するがどこにも以上は見当たらない。部下達にも同じことをさせたが、彼らの機体にも異常はなかった。戦闘を継続したところで問題が起こりそうにはない。

「メビウスリーダーより各機へ、これよりリンクスの支援へと向かう」

「了解!」

 通信機からは部下たちの威勢の良い返事が返ってくる。


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 クレオ・メロードは焦りを感じていた。頼りにしていたレオンの戦術は今回無く、それに対する心の整理が付かぬまま戦闘に突入している。想定外の状況にクレオの思考速度は明らかに低下していた。

 敵ACブラックワスプからライフルの連射が飛んでくる。回避行動をとろうとするも何故か上手くいかない、被弾率が上昇し敵が距離を詰めてきた。クレティザンヌの得意とする距離は中〜遠距離である。ある程度は距離を離しておかないと効果的に戦闘を進めることが出来ない。

 かといってどうやって距離を離せばいいのか分からなかった。周りには遮蔽物は全く無く、こちらの攻撃は何故か全て回避されてしまう。至近弾を浴びせることは出来ても直撃を与えることはまだ出来ていない。

 ブラックワスプからミサイルが放たれたので即座にフレアを放出して対応する。直後にグレネードが飛来し、クレティザンヌの眼前に着弾した。衝撃が機体を襲い、吹き上がる水柱が視界を遮る。

 咄嗟に後ろにクイックブーストを使用し距離を開けようとしたが、水柱を突き破り現れたブラックワスプは既に眼前に迫っていた。敵機体の手にしているライフルの銃口はクレティザンヌの発生させているプライマルアーマーの内側にあり、この状態から発射されれば大打撃を被るのは目に見えている。

 助けて、心の中で祈るも現実は無常だ。容赦の無い弾丸の嵐がクレティザンヌごとクレオを襲う。

 自分の上げた叫び声がどこか遠くから聞こえてくるようだ。クレティザンヌに一連射を浴びせた後ブラックワスプはクレティザンヌの横を通り過ぎると同時に反転し、背後を取る。そのことにクレオは気付きながらも対応策をとることが出来ない。恐怖が全てを支配していた。

 操縦桿を握る手が震えて力が入らない、ペダルに掛けている足は硬直してしまって言うことを聞かない。

 背後から衝撃が襲ってくる。コクピット内には衝撃を和らげるための耐Gジェルで満たされているとはいえ至近距離からの直撃によるGを完全に吸収できるわけではない。叫び声を上げながらも姿勢だけは崩さないようブースターで調節し体勢を保ちながら反転する。

 そのときにはもうブラックワスプはクレティザンヌから距離を取っていた。中距離、ならばこちらの間合いだと言わんばかりにクレティザンヌの銃火器がマズルフラッシュを発生させる。

 だが放たれた銃弾は一発もブラックワスプにかすることすらない。「何故!?」と叫んだ。理由が分からない、クレオの焦りは募るばかり。落ち着きたいのだがブラックワスプを駆るリンクス、エイヴはそんな暇すらも与えてくれない。

 ブラックワスプ背後のグレネードランチャーがその砲口をクレティザンヌに向ける。回避行動をとるも先を読まれていた。グレネード弾は左腕に直撃しコアと左腕部の境目辺りから吹き飛ばす。コクピット内に警告音が鳴り響き、クレオは自分が泣きそうになっていることに気付いた。

 助けて、その言葉しか思い浮かばないが誰かが助けに来てくれることは有り得ない。少なくともセレモニーが終わるまではスター・アンド・ストライプスが増援を送ってくることは無く、同じ任務を受けているレオンも自分の相手で手一杯のはずだ。

 再びブラックワスプが近づいてくる。迎撃する気力が湧いてこない。ここで終わるのだと、そう確信した。短い人生だったなと、これまでの出来事を振り返ろうと目をつぶった時、二機の間に突如として高い水柱が吹き上がった。

「援軍参上!」

 通信機からはレオンの声が聞こえる。レーダーで位置を確認し、彼の機体エルダーサインを視認したが彼はとてもではないが助けにこれるような状況だとは思えなかった。

 左腕の肘から先は無いし、装甲の至る所にどれも致命的なものではないにせよ弾痕があるのが分かる。だというのに彼は助けに来たという、それがクレオには理解できない。

「何故ですか?」

 クレオがそれを尋ねる前に満身創痍のエルダーサインが二機の間に割り込み、レーザーライフルと背中のチェインガンをブラックワスプへと撃ち込んだ。それらはどれも直撃こそしなかったが充分な牽制となり、ブラックワスプは後方へと下がる。

「クレオ、お前は後方に下がって俺の支援! 狙えるようなら背中のレーザーを叩き込んでやれ、お前ならできる以上!」

 レオンはそれだけ言って後退したブラックワスプへと追撃を掛ける。だがブラックワスプはほとんど損傷がないのに対し、エルダーサインは武装を一つ失っている上に各所に攻撃を受けている。

 クレオの見立てでは到底、戦えるようには見えない。それでもレオンは恐れる様子を全く見せずにエルダーサインをブラックワスプへと向かわせている。何故そんなことが出来るのかクレオには理解できなかった。

 それでもクレオにはやることがある。レオンはクレティザンヌの支援を求めていた、ブラックワスプは動き回るエルダーサインに集中しており、クレティザンヌまで気が回らないようだった。

 これならゆっくり狙える、そう思うと少しだけ気分が楽になる。操縦桿を握りなおし左背中のハイレーザーキャノンの砲身を展開し、右腕のスナイパーライフルを構えた。ブラックワスプとエルダーサインはまさに高速機動戦闘を行っていたが、クレオにとって問題ではない。

 射線がエルダーサインに被らないよう留意しながらブラックワスプをサイトに捉えて、スナイパーライフルのトリガーを引いた。結果は命中、通常のライフルよりも威力のあるスナイパーライフルの弾丸を受けたブラックワスプは僅かに機体を揺らす。

 その隙にエルダーサインはミサイルを放ち続いてレーザーライフルを撃ち込む。放たれたレーザーはブラックワスプの装甲を確かに焼いたが、ミサイルは全て避けられた。だがエイヴに動揺を与えることが出来たらしく、通信機からは舌打ちの音が聞こえる。

「いいぞクレオ、その調子だ!」

 レオンの声を聞くと先ほどまで高鳴り続けていた心臓の鼓動が落ち着いたようだった。自分ならば出来るはず、という根拠のない自信まで湧いてきて先ほどまであった恐怖も、不安も全てはどこかへと消え去っている。

 スナイパーライフルを撃つたび致命傷とまではいかないにせよ確実にブラックワスプにダメージを与えていた。そしてスナイパーライフルがあたり衝撃で機体が揺れるたびにエルダーサインは的確にライフルを撃っている。それ以外の場面ではエルダーサインは積極的に攻撃しようとしていなかった。

 もしかするとレオンはクレオを信用しているのかもしれない。そう考えるとクレオの胸の中が何故だか熱くなる。その正体を知りたかったが、今はその暇がなかった。

「調子に乗るなぁぁ!」

 エイヴは叫ぶと同時に前方へクイックブーストを仕掛けてエルダーサインに体当たりを敢行する。こうなってしまうとクレオは攻撃が出来ない。

 どうすればいい、クレオが焦りそうになった瞬間レオンは驚くべき行動に出た。全てのブースターを切り、自ら海中へと沈んでいったのだ。これには体当たりを敢行したエイヴも驚いたのか動きが止まる。

 クレオも思わず眺めてしまいそうだったが、これはレオンの合図だと察知して即座にブラックワスプへと照準を定めた。

「これで沈んでっ!」

 ハイレーザーキャノンを放つ。閃光に気付いたブラックワスプは回避の素振りを見せたが遅すぎる、コアパーツと脚部の中間部分にレーザーの直撃を受け機能を停止させ海中へと沈んでいく。それと入れ替わるようにしてエルダーサインが海中から浮かび上がってきた。

「やったなクレオ」

 何気ない言葉、だというのにクレオは嬉しくなった。そういえば今まで人に褒められたことなんてあっただろうか。

「え……あ、いや、その」

 どう返していいか分からずに戸惑っていると通信機から発せられるレオンの笑い声がコクピットに響いた。

「何だよそりゃあ? まぁいい、とりあえずひとまずミッションコンプリートだ。今の時間はちょうど一〇〇〇時、セレモニーが始まる」

 レオンの言葉で通信機の周波数帯を変更するとスター・アンド・ストライプスのリーダーであるルーズベルトの言葉が流れ出す。

「これで、時代が変わるな……」

 レオンの言葉には、どこか重たい響きがあった。

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