『開戦の序幕』

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 クレオはインテリオルからブリーフィングを受けた後、リンクスに与えられた控え室に向かっていた。通路を歩いているとつい先日起こったばかりの惨状がかすかではあるが残されている。気をつけてみないとわからないが、通路の端のほうに血痕が残っていたり薬莢が落ちていた。

 インテリオルがラインアークを制圧してから約一ヶ月が経とうとしているが、まだインテリオルといえどこの海上都市の全てを完全にインテリオルの色に染め上げることは出来ていないのかもしれない。もしかするとラインアークの残党がまだ都市の中に残っているのかもしれないのだ。

 だがそんなことはクレオにとってはどうでも良かった。依頼を受けた理由はラインアークという場所をこの目で見てみたかった、ただそれだけに過ぎない。インテリオル関係者でなければ入れないこの場所に来るためにはリンクスとして来る以外に方法は無かったからだ。

 企業以外が統治していた都市とはいえ、クレオが見てきた他の都市と比べて何の遜色も無かった。期待していたつもりは無かったが、心の奥底ではやはり期待してしまっていたのだろう。心のどこかでクレオは落胆を味わっていた。

 リンクスに宛がわれた部屋は格納庫に近い部屋で、扉は目立たない作りになっている。何も聞かされていなければ気付かずに通り過ぎていたかもしれなかった。

 ドアノブを回して中に入ると黴臭い空気が漂ってくる。見たところ窓は無く、壁も汚れている。元々は物置部屋として使われていた部屋なのかもしれなかった。中にあるのは二対の一人用ソファと正方形の小さなテーブル、そしてテレビの四つだけ。

 その一つ、ソファに金髪の青年が扉に背を向け前かがみに座っていた。彼の髪は所々跳ね上がっており、その跳ね方がクレオにライオンを連想させる。今回の任務はレオン・マクネアーというリンクスとの協同ということになっていた。そしてここはリンクス用の部屋、ということは彼がレオンということなのだろうか。

 恐る恐る近づいて彼の隣に立つ。しかし青年はクレオに気付く様子が無く、テーブル一杯に広げた写真や書類と格闘していた。

「あ、あの……」

 声を掛けるとレオンはクレオの方へと向いてくれた。彼の表情を見たクレオは思わず怯えてしまう。鬼気迫る、というほどではないが特有の凄みがそこにあった。

「誰だいあんた? まぁ、大方分かってるんだけどな」

「クレオ・メロードと言います。今回、協同させてもらうリンクスです」

 クレオが名乗る前にはもう青年はテーブル上の書類へと目を移している。

「俺はレオン・マクネアー。よろしく」

「はい、よろしくお願いします……」

 そこで会話はぱったりと途絶えた。何か彼に話しかけるべきだろうかとクレオは考えたのだが、レオンはテーブル上の書類と真剣な表情で向き合っている。声を掛けて良さそうな雰囲気ではなかった。

 クレオがどうしようか悩んでいるとレオンは溜息を一つ吐いてから静かに口を開く。

「なぁ、ずっとつ立ってるのやめたら? ソファ一脚余ってるんだからさ、座れば良いじゃない」

「え? あぁ、それもそうですね」

 そう言って遠慮がちにソファーに座るとレオンと相対する形になる。彼はテーブル上の書類と格闘するのを止めて、クレオへと視線を向けていた。正確に言うと胸元、クレオがインテリオルから貰った資料が入っているファイルにだ。

「クレオだっけ? あんたが持ってるミッションの資料ってそれだけ?」

「えぇそうですよ」

 有りのままを答えるとレオンは深い溜息を吐いて、また書類と格闘を始めようとした。

「あの、何か問題がありましたでしょうか?」

「いんや別に。ただ自信があるなと思ってよ、敵の情報を調べずにしてやってくるなんざ俺からしてみれば並の神経じゃないと思ってるからね」

「そうでしょうか? 私からすればこれが普通ですが」

「普通……ねぇ、じゃあ俺達の敵の所属がどこか分かるか?」

「ラインアークの残党に決まっているでしょう。ホワイトグリントを使ってくるならラインアークの残党以外にないでしょうから」

「違うな、これを見てみろよ」

 そう言ってレオンは一枚の写真をクレオの手元へと放り投げた。インテリオルから渡された資料の中にも敵の写真は幾つかあったが、レオンが投げ渡してきたものはインテリオルから渡されたものの中にはないものだ。彼が独自で集めたものらしい。

 写真を手にとって見れば映っているのは敵ACの上半身を映したものだ。遠方からとった写真を拡大したものらしく、画質は粗い。しかし、細部は分からなくとも使用されているパーツぐらいは何か分かる。色もパーツも全てホワイトグリントと同じものだった。

「ホワイトグリントにしか見えませんが」

 クレオがそう答えるとレオンはソファに身を預けてから溜息を一つ吐き「よく見ろよ」と面倒臭そうに言う。言われたとおりにクレオが渡された写真を見れば、ホワイトグリントとの差異があった。まず頭部が黒い、そして左肩のエンブレムがラインアークのものではなく代わりに黒い山羊のエンブレムが描かれている。

「これは?」

「知らないね……それよかタバコ吸っていいか? 考え事したい」

「構いません」

 言うやいなやレオンはポケットからタバコを出すと金属製のオイルライターで火を吐ける。紫煙とタバコの匂いが部屋のなかに充満した。その中に微かにバニラの香りが含まれている。

「バニラフレーバー入りですか?」

「そっちの方が香り良いからな」


/2


「インテリオル領ラインアークの領海内まで後二〇kmです」

「わかってるよ、うるせぇな」

 BFFから派遣されているオペレーターに対して曙光はぶっきらぼうに答える。現在、曙光は愛機であるFowl Fallを使ってラインアークに向かっているところだった。

 GAからの依頼があったのはつい先日のこと。内容はラインアークに駐在しているインテリオル・ユニオンの規模がどれだけあるのか調べるという、いわゆる偵察に属する任務である。

 もちろんGAが曙光に託しているのは偵察だけではない。インテリオルの戦力を図るだけなのであればMT、いや飛行機で充分だろう。なのに単体としては最強クラスのネクストACを使うということは言外でラインアークに駐在しているインテリオルの戦力を撃滅しろということだ。

 厄介な任務だとは思うが曙光はGAグループに属しているBFF社専属のリンクスであり、親会社のようなものであるGAに対しては逆らいづらい。加えて言うならば未知の戦力と戦えといわれるのは辛いことでもある。

 幾らネクストが最強とはいえ、同じネクストであれば対抗できるわけだし、インテリオルにはアームズフォートスティグロがあるのだ。ラインアークは海上都市であり、水上戦を主体とするスティグロが配備されていたとしてもおかしくは無いだろう。

 特にラインアークは環太平洋における重要な拠点だ。インテリオルとしては一度手にした以上はどうしても手放したくないはず、戦力はかなり充実させているだろうしそう考えればスティグロがあったとしてもおかしくはない。

「ったく、これ本当に五〇〇〇〇〇Cで割りあってんのかよ」

「何か言いましたかリンクス?」

「なんでもねぇよ!」

 BFFのオペレーターらしく、曙光の僅かな呟きすら無視してはくれないようだ。まったく嫌になる。これでせめて弾薬費を企業が持ってくれるのならばまだ良いが、契約内容にそのような条項は無かった。撃てば撃っただけ、損傷したら損傷しただけマイナスが発生することになる。

 曙光としては出来るだけ戦闘を避け、適当な理由をつけて早々に撤退したいところだった。そうすれば報酬の五〇〇〇〇〇Cは減額されることなく、丸々手許に入ってくるのだ。

「ラインアークの領海内まで後一〇kmです」

 オペレーターの言葉に返答するのも面倒くさく、曙光はただ眼前に広がる大海原とレーダーだけに集中する。領海に踏み入っていなかったとしても向こうはこちらを補足している可能性が高い。

 ラインアーク占領戦の際に後々使える施設は可能な限り破壊せずに残しているだろうし、必要なものは既に補充している可能性が高かった。今までのラインアークならば領海に入るまでは何もしてこなかったが、今のラインアークを管理しているのはインテリオル・ユニオンだ。敵かもしれない勢力が接近しているのならば即座に手を打ってくる可能性がある。

 曙光は上唇を舌で舐めてオーバードブーストを起動させようとしたが、咄嗟で解除した。レーダーに赤い光点が表示されている。場所は十二時方向、つまりは前。モニターには何も映っておらず、改めてレーダーを確認してみれば敵は海中から浮上してこようとしているらしい。

 両手の銃を前方に構えて足を止める。下手に接近すれば大打撃を貰ってしまう怖れがあった。曙光のFowl Fallは遠距離戦を主体として組まれているACであり、それ以外のレンジでの戦闘のことはあまり考えていない。

 浮上してくる未確認の敵に注意しながら徐々に後退を掛ける。敵の射程距離がどれだけかは分からないが、Fowl Fallの射程を超えてくる武器というのも少ない。

「おい、何か出てこようとしてんぞ。何か分かるか?」

「こちらでも情報を収集していますが敵の姿が確認できないため、断定はできませんがおそらくネクストではありません」

「海ん中から出てくる時点でそんなことは分かってるんだよ! ったく、使えねぇオペレーターだな」

 じりじりと距離を開けながら一定速度で浮上してくる敵が海上に出てくるのを待つ。潜水艦だろうか、それとも新型のアームズフォートなのだろうか。少なくとも海中から姿を現してくるのだから大型兵器の類に違いない、曙光はそう考えていたのだが見事に裏切られた。

 海面を突き破って飛び出してきたのは黒い人型の機動兵器、サイズはネクストとそれほど差異は無いが背部に大型の翼があり右腕にはライフルを持っている。形からしてレーザーライフルだろう。そのような機体を曙光は見たことが無い、少なくともGAグループの期待ではないし機体デザインから考えればインテリオルやアルゼブラのものでも無さそうである。

 少なくとも敵であるということが判明している以上、曙光が取るべき行動は一つしかなかった。空中に浮かぶ黒い人型機動兵器に向かって背中の大型分裂ミサイルを撃ち込み、続いてレールガンを放つ。ミサイルは回避されたものの、レールガンは直撃する。そこで分かったことだが、敵機動兵器にプライマルアーマーは存在していないということだ。となるとコジマ技術が使われている可能性は低い。そしてクイックブーストも搭載されてはいないようだ。

「敵意を見せていないにも関わらず攻撃するのはルールに反するとは思わないのでしょうか?」

 無機質な女性の声が通信機から流れてくる。BFFのオペレーターのものではない、となると敵機動兵器のパイロットが通信を入れてきたということだろう。

「はっ、ふざけんな。そっちが敵意を見せて無くても、こっちのレーダーにゃ敵と出てんだよ。だったらお前は敵だ」

「そうですか。なら安心いたしました、マスターはあなたのような相手には手加減するなと言われていましたので。ですが一応自己紹介を、私はセレ・クロワール。そしてこの機体はアイビス、と言います。それでは――」

 セレが言い終わるより早く曙光は行動を開始する。敵の名乗りなど関係が無い、再びレールガンの照準を合わしてトリガーを引く。だがこちらの行動が読まれているのか、黒い機動兵器アイビスはレールガンの弾丸を避けた。

「仕方の無い方ですね。では、こちらも本気でお相手いたします。本来ならばあなたを撃墜する必要は無かったのですが、そうもいかなくなりました。あなたはデータ収集の障害となるでしょう、ここで沈むか逃げるかしてください」

 アイビスの背後からミサイルらしきものがFowl Fall目掛けて飛来してくる。機動は完全に読めていた、回避行動を取り避けたと思ったがミサイルらしいものはFowl Fallの周囲に滞空していた。さらにそれらはミサイルでは無いらしい、銃口のようなものがついておりそれはFowl Fallに向けられている。

 そこからレーザーが連続で発射され、プライマルアーマーを貫通し機体を傷つける。威力はそれほど無いものの、連続でレーザーが照射されれば徐々にダメージは蓄積されてゆく。機体を浮遊させ、ランダムでクイックブースターを使って不規則な機動を生み出すもののミサイルらしきものはしっかりと機体に着いて来る。

「何なんだよこりゃあ!?」

 衝撃が来た。咄嗟のことに曙光は状況を認識できていなかったが、ミサイルらしき物体に注意を取られすぎていたらしい。いつの間にやらアイビスに背後を取られ、左腕をつかまれ動きを止められていた。

「その質問にお答えします。これはオービットという兵器でして、現在では既に旧式のものとなっているのですが……どうやらこの技術は失われているようですね。それでは失礼します」

 アイビスのレーザーライフルがFowl Fallの右腕を一撃で吹き飛ばす。コクピット内に警告音が鳴り響くが、左腕を掴まれてしまっている以上どうしようもない。どうすべきか考えて、曙光は一つの答えを出した。

 アサルトアーマーを起動させる。こちらの動きに気付いたのかアイビスはFowl Fallの左腕を離し距離を取ろうとするが、バックブースターをクイックで噴かしてアイビスに機体を激突させた。その時、アサルトアーマーが発動し周囲にコジマ爆発が起こる。

 アイビスは衝撃で吹き飛ばされたようで、レーダーを見れば先ほどよりも距離が空いていた。振り返り、アイビスの状況を確認するとアサルトアーマーが見事に直撃しており、致命傷を与えるには至らなかったものの全身に損傷を与えることに成功している。だがこちらも左腕を失い、機動性と攻撃力を一部失っている状況だ。

「アサルトアーマーですか。その存在を忘れていました、これは失態です」

 窮地に追い込まれたというのにセレの声に抑揚は無い。アイビスの損傷状況を確認して曙光は勝ったと確信し、レールガンと分裂ミサイルを放つ。しかしアイビスは逃げなかった。ブースターを噴かして接近してきたのだ。レールガンが直撃し装甲の一部を剥ぎ飛ばしたが、速度は落ちない。分裂ミサイルは避けられている。

「てめぇ恐くは無いのかよ!?」

 背後に逃げようとしてもアイビスの方が圧倒的に早い。クイックブースターを使おうにも損傷を受けているのか起動しなかった。

「私に恐怖というものは存在しません」

 アイビスの左腕から長大なレーザーブレードが発生する。曙光が見てきたレーザーブレードの中で、最も長く幅が広い。避けられないと判断し、脱出装置を作動させる。急激なGが体にかかり思わず目を瞑る。シートごと空中に射出されたのを体で感じて目を開くと、眼下ではFowl Fallがアイビスのブレードで両断されているところだった。


/3


 レオンはエルダーサインのコクピットの中にいた。パイロットスーツは着こんだ状態でいつでも出撃できるようにした上で、モニタにデスサッカーの映像を表示させる。今回、デスサッカーが出てくるというわけではないのだが、頭部の黒いホワイトグリントはどうもきな臭い。

 デスサッカーと今回現れたホワイトグリントの共通点といえば頭部が黒い、ただそれだけなのだが、そのただそれだけがどうもレオンの心には引っかかって仕方が無いのだ。勘というべきか、よく分からない感覚ではあったがレオンの中にいる誰かがこう囁いている、「必ずヤツは来る」と。

 その声に従ってレオンはデスサッカー戦の準備を備えていた。以前は手も足も出なかったが、今回はそうならないはずだ。デスサッカーの装甲は確かに硬い。しかし、必ずしも破れないというわけではないのだ。チェインガンのような小口径の弾丸は通用しそうにないが、ミサイルや高出力のレーザー等ならあの装甲を破れると前回での戦闘は証明している。

 デスサッカーにクイックブーストは無い。高火力・重装甲は無敵ではない、それはアームズフォートが証明している。火力・装甲ともにネクストはデスサッカーに劣っているだろう。だが勝っている部分も多い、それは機動性だ。いや、瞬発性と言い換えた方が良いかもしれない。クイックブーストが可能にする不規則かつ予測しがたい機動、それこそがこの時代におけるネクスト最大の長所であるとレオンは信じている。

 それを活かしさえすれば、同じネクスト以外に個での戦闘に対してなら決して負けることは無いはずだ。負けてはならないのだ。曾祖母はレイヴンだった、曾祖父もレイヴンだったという。父も企業のノーマルACパイロットとして活躍していた。そして自身はAMS適正があったがためにリンクスとなれたのだ。故に、レオンに敗北は許されない。

 データの再確認を終え、いつでも出撃できる状態となった時、アラームが鳴り響く。タイミングが良いというべきなのだろうか、レオン自身の戦闘準備は終わっていた。ヘルメットが完全に装着されていることを確認してからコクピット内を耐Gジェルで満たす。クレオも出撃準備を整えていたらしい、隣のハンガーに固定されていたクレティザンヌのカメライアイに光が灯る。

 拘束を外し、オペレーターそしてインテリオルのラインアーク司令部へと通信回線を通す。これで全ての戦闘準備は整った。エルダーサインに不備は無い。

 モニターに未確認機体の映像が映し出される。まだ遠方にあり、不鮮明なものであったがそのカラーリングはどうみてもホワイトグリントであり、デスサッカーだった。

「所属不明機が接近しています、以前から出没していた機体に加えて企業連のレイヤード探索を妨害した機体も含まれていますが……やってくれますね?」

 インテリオル司令部からの通信にレオンは口の端を歪める。借りを返すときが来たのだ。

「もちろんだ、あいつとは一度やってる……二度目は負けねぇよ」

「任務とあれば……やれましょう」

 レオンは即答し、クレオも遅ればせながら返答する。ハンガーから拘束が外れ、エルダーサインは自由を得た。開いた扉から外へと飛び立つと眼下には海洋が広がり、空は晴天。海は太陽の光を反射して煌びやかに輝いていた。戦闘には相応しくない日だろう。だがこの快晴はレオンに絶好の日和だと思わせた。

 彼にとってはデスサッカーに再戦できる日なのだ。そのためにもやるべきことがある。

「クレオ、頼みがある」

「何でしょうか?」

「デスサッカーは俺の獲物だから取らないでくれよ」

「デスサッカー……?」

「ホワイトグリントじゃない方。あぁ、動きとろいけど火力馬鹿でかいから気をつけろよ。前に一回戦って、俺撃墜されてるから」

「えっ? ちょっと、そんな急にいきなり――」

「はい、通信終了!」

 クレオとの通信を強制的に終了させ、ラインアークとの距離が離れたことを確認してからコジマ粒子を発生させた。エルダーサインのレーダーにはまだ敵の反応は出ておらず、目視もできない。となると距離はまだかなり遠いところにいるということになる。クレオとの通信は切っているが、クレティザンヌとの距離は出来るだけ近づけておく。

 向こうは不審がっているかもしれないが、お互いに近すぎず離れすぎないのが生き残るコツだ。近すぎれば一網打尽にされる可能性があり、離れすぎていると各個撃破される場合がある。戦闘、いやこの場合は既に戦術というべきだろうが、これは基本的なことだった。クレオもリンクスならばそのことに気付いているだろう。

 クレティザンヌとの距離を保ちながら前進する、水平線上に二機の黒い頭部と白い装甲を持ったACが現れた。ホワイトグリントと、デスサッカー。レオンの心臓が高鳴る。再びクレティザンヌとの通信回線を開く。ここからは如何にして連携を取るかが勝負の決め所となるからだ。

「クレオ! ホワイトグリントが射程距離に入った瞬間にでかいの一発ぶちこんで注意をひきつけろ! その間にデスサッカーは俺が仕留める、一分で良い。持たせられるか?」

「了解しました……ですが、その理由は?」

「分からなくていい。俺の言うとおりに動け」

 しばらく無言が続く。その間に敵ACとの距離は縮まり、エルダーサインのレーダーにも捉えられるようになった。射程距離圏内まであともう少しというところだろう。チェインガンとミサイルの発射態勢を整え、心の中でカウントを始めた。

「良いか、クレオ……ホワイトグリントに直撃させる必要は無い。撃った後は俺から離れろ、それだけだ」

「……了解」

 既にクレティザンヌは敵を射程距離圏内に入れていたらしい。ハイレーザーキャノンをレオンの指示通り、ホワイトグリントに向けて撃ち込んだ。ホワイトグリントは九時方向に、デスサッカーは三時方向へと離れる。両者の距離が空くことは想定外だったが、これは嬉しい事態だった。

「そのままホワイトグリントに突っ込め! 俺はデスサッカーに突っ込む!」

「了解しました」

 クレオがホワイトグリント相手にどこまでやれるかは知らない。ホワイトグリントの実力もクレオの実力もレオンは知らないからだ。だが一つだけ言える事があった、レオンはデスサッカーに勝てる可能性があるということ。それも万に一つではなく、ほぼ一〇〇パーセントに近い確立でだ。

 間違いさえなければ、確実に仕留めることが出来る。敵のスペックは既に脳内に入っていた。愛機のスペックは体に染み付いている。間違うはずなど無い。

 呼吸を整えてオーバードブーストで急速接近をかける。クレオとホワイトグリントがどうなるか分からない以上、デスサッカーを即座に仕留める必要があった。

 デスサッカーが背部の砲身を展開させると放電現象が始まる、だがレオンは止まらない。デスサッカーの補足能力は前回で既に知っている、攻撃を避けようとするのならばタイミングに合わせて避けるしかないのだ。当たれば一撃かもしれないが、今回は二度目で前回のような失態をするつもりは無い。

 砲身の間で起こる放電現象が激しくなる。「来る」と、レオンの中の誰かが言った。その声に従い右へとクイックブースターを噴かす。デスサッカーから放たれたエネルギー弾はエルダーサインを掠めた。その際にプライマルアーマーが干渉したらしく、コジマ粒子が減衰しオーバードブーストが解除されたがもう距離は詰まっている。

 前方へクイックブーストをかけてさらに距離を詰めて背部のミサイルを放ち、チェインガンを目くらましに撃ち続けた。もちろんチェインガンのダメージは通らないが、デスサッカーの動きは明らかに鈍っている。デスサッカーの右腕が動くと同時に次は左のクイックブースターでレーザーライフルを避けた。

 そしてさらに距離を詰めて、ブレードの間合いになるがレオンはブレードを振らない。デスサッカーがブレードを当てるために距離を詰めてくるが、それを前方へのクイックブーストで避けると同時にデスサッカーとすれ違う。背後でミサイルが連続で当たる音がし、直撃を確信すると同時に一八〇度旋回しブースター目掛けてレーザーライフルを放つ。

 デスサッカーの背部から火が噴き出す。

「そのまま沈めぇ!」

 前方へのクイックブースト。左腕のレーザーブレードを発生させて破壊したブースターの部分目掛け、腕が埋まるぐらいに深く突き刺した。そして勝ち誇るようにして左腕を振り上げてデスサッカーの上体を縦に両断する。デスサッカーはその機能の全てを停止したのか、着水するとそのままラインアークの海へと沈んでいった。

「勝った!」

 勝鬨の声を上げながらもレオンの視線はクレティザンヌとホワイトグリントに向けられている。両者の距離は離れており、クレティザンヌはホワイトグリントの射程距離外を見事に保ちながらスナイパーライフルでじわじわと装甲を削っていた。その技量に感心すると同時に、どこかで悔しさが込み上げてくるのを隠しきれない。

 約一秒間、エネルギーの回復を待ってからクレティザンヌの元へと向かう。ホワイトグリントの左横に回り込み、背部と肩のミサイルを全て撃ちはなった。ホワイトグリントは明らかにこちらを見てはいない、だというのに全てのミサイルを的確に回避したどころか反撃に両肩のミサイルを撃ってくる。

 冗談じゃない、心の中で呟きながらも一瞬とも言えない僅かな驚愕の時間がミサイルを直撃させる結果となった。だがホワイトグリントの注意がこちらに向いた瞬間にクレティザンヌから放たれたハイレーザーがホワイトグリントの右肩を吹き飛ばしている。しかし右腕の機能は完全に停止していない。

 機体の損傷状況を確認しながら反撃するべく右腕を上げるが、ホワイトグリントは既にこちらを見ていなかった。コアを変形させてオーバードブーストを起動させるとそのまま水平線の向こうへと消えてゆく。戦力の不利を悟ったのだろうか。

 クレオの状況を確認すべくクレティザンヌを見ると、損傷は全くと良いほど受けていない。喜ぶべきなのだが、レオンは舌打ちをしていた。自分の実力とクレオの実力を比較すると、クレオの方が上であることが絶対であるからだ。


/4


 ミッションが滞りなく終わった後、クレオはラインアーク内を歩き回っていた。レオンを探すためだ。彼が戦闘中に出してきた指示の真意を問いただしたかった、今になって答えは分かったのだがそれを彼の口から聞きたかった。

 しかしレオンは機体格納庫にもおらず、リンクス用の待合室にもいない。リンクスに渡されたIDカードでは行ける範囲など限られているのだが、どこにいるのだろうと歩き回っているとラウンジでレオンを見つけることが出来た。彼はパイロットスーツのまま、不服そうな表情でコーヒーを啜っている。

 クレオがラウンジに入るとレオンは気付き、明らかに視線を逸らした。今回のミッションが早急に成功したのはレオンが指示を飛ばしたところが大きいことは明白である。彼が何も言わずにそのままニ対ニの状況になれば乱戦になっていたことは必須だっただろうし、そうなればクレオも無事ですまなかった可能性が高い。

 にも関わらず彼はクレオを避けているようにも見える。出来ればその理由も教えて欲しかった。そして感謝の意を伝えたい。

 迷うことなくレオンに近づくと彼はコーヒーカップを向けたままクレオに背を向ける。彼に対して何か失礼なことをしてしまったのだろうか、だが一体どこで。クレオにその心当たりは無い。

「あの、レオンさん……?」

「何か用か?」

 彼はこちらに顔を向けることなく返事を返す。しかもその声音には親しみが一切無い。

「ありがとうございます」

 クレオが頭を下げた途端、レオンはクルリと椅子を回転させてようやくクレオと顔を合わせた。しかし、そこにあるのは驚愕。

「どうかされたんですか?」

「いや、礼を言われるとは思わなかったんでな……そんなことは何一つしていないはずだけど?」

「いえ、戦闘中の指示が無かったらきっと苦戦していたと思ったので。ですからお礼をしに来ました」

 レオンは深い溜息を一つ吐くとコーヒーカップを置いた。既に中身はなくなっている。そして立っているクレオを見上げた。

「傭兵だったら……あれぐらい、当然だろう」

「え? それはどういう……」

 戸惑うクレオに返事をすることもなく、レオンはラウンジを出て行った。慌てて追いかけるが、彼の背中はそれを拒否しているように見える。一瞬だけレオンは振り返ってくれたが、そこにあったのは敵意だった。

 どうして、何故、と混乱するクレオを余所にレオンはどこか、恐らくはラインアーク内で一人になれる場所を求めて歩いていく。

登場リンクス
レオン・マクネアー(エルダーサイン)
クレオ・メロード(クレティザンヌ)
曙光(Fowl Fall)

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