『あるリンクスの休日』

 日本、太平洋沿岸にある都市ウミナリ。今マッハそこに来ていた、海がすぐ側にあるだけあって吹いて来る風の中に潮の匂いが混ざっている。地下都市で生まれそこで生活していたマッハにとっては新鮮な匂いだった。

 今までも潮の匂いをかぐことはあってもそれは戦場でのこと、こういった日常で嗅ぐ事は無かった。改めて嗅いでみるとどうも生臭いという印象が拭えない。潔癖な地下都市で生まれたせいもあるのだろう。

「さて」と一言呟きながら煙草に火を吐ける。運が良いことに灰皿のすぐ側に街の地図が書かれていた。ウミナリはそれほど大きい街ではない、商店街はあるにせよ規模はそこらのものと大差が無いだろうし平均的な日本の街といったところか。

 煙草を吸いながらどこに向かうか考える。本当ならばマッハはこのウミナリに来なくても良かったのだ。ラインアークを抜けて新たなる居住地として日本を選んだのは確かだが、彼が借りたマンションはウミナリの隣であるトオミという街に存在している。それが何故ウミナリに来たのかといえば、生活用品を買うためとこちらの方が商店街もあるし様々な施設が集中しているのであった。おそらく買い物などはウミナリで済ますことになるだろうし、そのための下見というのが今日の目的である。

 吸殻を灰皿に捨ててマッハは歩き出した。駅のすぐ側から続いている商店街は活気に満ち溢れており、人通りは住宅街の商店街としては多いほうではなかろうか。途中にある喫茶店というよりかは洋菓子屋の趣が強い翠屋という店の前には行列まで出来ている。大層な人気を誇っているらしい、後で寄ってみるのも悪くは無い。

 何も考えずに歩いているだけでも不思議と気分が落ち着いた。ラインアークは反企業主義者が集まっていた場所であり、どこにいっても緊張した空気が漂っていたのだがここにはそれが無い。あるものといえば人々の生活臭だけ、良い街なのかもしれないと思いながら気の赴くままに商店街を歩いているといつの間にか抜けてしまっていた。

 それなりに面白い店は無いかと気をつけながら歩いていたのだが、普通の商店街ゆえに大して目立つものも無かったということなのだろう。買い物をしにここに来ているとはいえ、家具などの生活必需品は既にそろえておりトオミのマンションに運んでいる。時間はたっぷりあるのだし、散策してみるのも良いだろう。

 ふと道の端っこを見れば山の方に向かえば神社があるという。日系のマッハにとって神社は縁深い、まではいかないにせよ郷愁を覚えさせる存在だった。自然と足は神社のある山の方へ向かい、鳥居を潜り石段を登っていく。あまり来る人はいないのか静かで、小鳥のさえずりだけが聞こえていた。

 一段、また一段と上っていくうちに風がきつくなる。ふと背後を眺めてみれば遠大な大海原が広がっていた。良い風景だなと思いながらも見とれることなくさらに昇っていくと人の声が聞こえ始める。人気は無いように思えたのだが、それはマッハの勝手な思い違いだったらしい。

「あぁ〜、やっぱり良いわね〜ここで食べるシュークリームは」

 女性の声が聞こえる。おそらく一人では無いだろう。

「幾らなんでもだらけすぎだぞベアトリーチェ」

「良いではありませんかウェルギリウス、たまの休日なんですから。あら、狐? こいこい」

 最後の声が聞こえた時にマッハは足を止めた。この声には聞き覚えがある、カラード所属リンクスNo.4のダンテだ。他に聞こえたベアトリーチェ、ウェルギリウスもマッハの記憶が正しければカラードに登録されているリンクスのはず。嫌な予感を感じながらもここまで来ては引き下がれないと妙な責任感を感じながらも石段を登り終える。

 するとそこには、なんとまぁ奇怪な風景が繰り広げられていた。金髪、銀髪、黒髪の美女三人がシュークリーム片手に神社の縁側に座っている。その一人には見覚えがある、ダンテだ。銀髪と黒髪はウェルギリウスとベアトリーチェなのだろうが、どちらがどちらか分からない。

 黒髪の女性はシュークリームに夢中であり、銀髪の女性は空を見上げてのんびりとしている。そしてダンテはといえば草むらから現れた子狐をシュークリームを餌にして釣ろうとしていた。

 なんというか、のどかな光景であると同時に何故か見てはいけなかったような気がしてしまうマッハである。即座に立ち去るのが良いだろう、そう思って背を向けると背後から「待て!」と鋭い声が掛けられ思わず立ち止まる。

「もうウェルギリウス! あなたが大声をだすから狐が逃げてしまったではありませんか! ……って、あら?」

 止むを得ず振り向くと銀髪の女性は鋭い目つきでマッハを睨みつけていた、状況から察するに彼女がウェルギリウスなのだろう。そしてダンテは目を丸くしてこちらを見ている。で、残った黒髪、おそらくベアトリーチェは興味が無さそうにマッハを見ていた。

「見たのか?」

 ウェルギリウスが問う。何のことかさっぱり分からず首を傾げると再度「見たのか?」と質問が投げかけられる。彼女の両隣に座っているベアトリーチェが「どうしたの?」と問うとウェルギリウスは僅かに肩を震わせながら喋り始める。

「気付かないのかベアトリーチェ? あの男……私達と同じリンクスだぞ、カラードNo.15のマッハだ。私としたことが、不覚……」

 何が不覚なのかマッハにはてんで見当が付かないのだが、もしや彼女は同じリンクスに和んでいる姿を見られたくなかったとでもいうのであろうか。

「まぁまぁ良いじゃないのウェルギリウス。少しぐらいプライベートを見られたところで、彼は何もしませんよ?」

「いや、だがなダンテ。これは私の沽券に関わる問題だ」

 ウェルギリウスにとってはよほどショックなことだったのだろう。頭まで抱えている、それを慰めているダンテに自分は関係ないと言った風にして足を振りながらベアトリーチェは空を見上げていた。良く見れば彼女の口元に僅かだがクリームが付いている。

「あ、あのぅ……別にプライベートを見られたからと言ってそこまで気に病む必要は無いんじゃないでしょうか? その、ウェルギリウスさん?」

 マッハの言葉は返って火に油を注いでしまったようでウェルギリウスは懐から黒光りする拳銃を取り出す。その銃口の先にいるのはもちろんマッハだ。これには我関せずを決め込んでいたように見えるベアトリーチェも大事と取って、ウェルギリウスの手を掴みにかかった。

「ちょっと落ち着きなさいよウェルギリウス。ねぇ、もうこうなったら彼女止まらなさそうだからダンテがどうにかしてくれない? ウェルギリウスは私が何とかしておくから」

「わかりましたわ。本当はもうちょっとのんびりとしておきたかったのですが……仕方ありませんね」

 ダンテは縁側から降りるとマッハに歩み寄るとその腕を取り、「さぁ行きましょう」といって歩き出す。突然のことにワケが分からず抵抗しようにも流石リンクス、傭兵をやっているだけあってダンテの力は意外と強い。止むを得ずマッハは今昇ってきたばかりの石段をダンテと共に降りるハメになってしまった。

 石段を降りたところでダンテは歩みを止めてマッハを睨みつけてくる。マッハとしては彼女に睨まれる様なことをした覚えは無い。

「もう、あの娘は同じリンクスにプライベートを見られるのを嫌うんですから注意してくださいね」

「んなこと知るかよ!」

「けれど過ぎた話は仕方ありませんねぇ……あなたの失態は翠屋で奢ってもらうことで償ってもらうことにしますわ」

「いや勝手に話進めるなよ! おい! 聞いてるのか!?」

 マッハの返答を聞かずしてダンテは商店街へと向けて歩き始めてしまう。ここで彼女を置いて去ってしまえばよかったのだが、何としても反論したくてつい追いかけてしまったのだ。

 ダンテの後を追いかけるようにして商店街に入ろうとする頃、その一角にある店にマッハの視線が止まった。ダンテもそれに気付いたのか歩みを止めてマッハに近寄る。

「どうしたのですか?」

「いや、あれ」

 言ってマッハは店内に向けて指を差した。そこにはポニーテールの女性が刀を品定めしているようだった、看板を見れば刀剣専門店井関、と書いてある。ポニーテールの女性に見覚えは無いはずなのだが、似たような雰囲気をどこかで感じたことがあるような気がするのだった。その正体を確かめるためにもマッハが店内に入ろうとするとダンテがその腕を掴んで止める。

「あの入るのは止めて置いた方が良いと思いますわよ」

 ダンテは笑顔でそう言うが、この笑みにどことなく作り物じみたものを感じより怪しいと感じたマッハはダンテの制止を振り切って店内へと入った。ポニーテールの女性は「この刀いい作りさね、親父さん。一体これいつの品なのさ?」とカウンタにいる中年男性に聞いているところだった。

 カウンタの店員が口を開くよりも早くにマッハはポニーテールの女性に話しかける。胸の中にある違和感、というよりかは敵意の正体を確かめたかったのだ。

「失礼ですが、名前をお伺いしても?」

 ポニーテールの女性はマッハを睨みつける。凄みはあるがこの程度の睨みなどマッハは幾度と経験しているたじろぐことは無い。

「あんた誰さ? 名前を聞くなら先にそっちが名乗るのが礼儀ってもんじゃないのかい?」

「失礼。マッハというものです」

 女性の瞳から凄みが消える。背後でダンテが警戒しているのが感じられたが、マッハに意に介さない。女性の瞳、表情が徐々に変化し始めて笑みになった。

「あぁマッハかい。ラインアークで撃墜したと思ったんだけど生きてたのかい、そりゃあ運が良かったさ」

「運が良かったさ、じゃねぇ! やっぱてめぇアネモイじゃねぇか! ここであったが百年目! あの時の借りをここで返させてもらう、親父! 練習刀でいいから小太刀を二本くれ金ならある!」

 カウンターに向かい店員の目の前にキャッシュカードを叩きつけるようにして置いた。店員は当然のように目を丸くしている。

「って、あぁダンテじゃないさ。大丈夫だったのかい?」

「えぇおかげさまで。条約でラインアークに保護していただけましたから」

「そいつぁ良かったさ。協同してたリンクスに死なれたらこっちとしても寝覚めが悪いさね」

「おいアネモイ和んでんじゃねぇぞ! てめぇ今この場でぶち殺してやるからな!」

 慌てて小太刀を包む店員を横目にしながらマッハはアネモイに指を向ける。

「はははは、やれるものならやってみるがいいさ」

 笑うアネモイが刀袋を手にしていたことに気付き、マッハは内心でにやりと笑った。ACの操縦以上に、剣術には自信があるのだ。包まれたばかりの小太刀を二本手に持って、アネモイ、ダンテを引き連れて店の外に出る。

 その瞬間に包みを解いて振り向きざまの一撃をアネモイに浴びせかけたのだが、そこにアネモイの姿は無かった。

「筋はかなり良いんだけど、そんなに敵意を振りまいてちゃいけないさ」

 アネモイの声が頭上からしたと思うと後頭部を激しい衝撃が襲いマッハは地面に倒れる。消えゆく意識の中、マッハが見たのは笑いながら刀袋を担ぎながら歩き去るアネモイの後姿だった。


◇◇◇


 意識が覚醒した時、額には冷たい感触、後頭部には柔らかな温もりがあった。どこか懐かしい感触だなぁ、と思いながら目を空けると何故かダンテと目が合った。そして意外とダンテの胸が大きかったことに気付かされる。

「あ、目を覚まされましたか」

 ダンテに膝枕をしてもらっているのだと気付き、即座に起き上がろうとするのだが後頭部を見事に強打されたらしい。下半身が震えて動けなかった。

「無理されなくてもよろしいですよ、そのままでも私は構いませんし。それにここはこのような場所ですから」

 微笑むダンテの表情を見た後に、周囲を見渡す。海がすぐ側にあった。地図に書かれていた臨海公園にダンテはマッハを運んできていたらしい。そして彼女の言葉の意味が即座に分かった。

 まだ太陽が少し傾き始めた頃合だというのに多くのカップルがこの公園に集っている。現に、ダンテとマッハが座っているベンチの前の柵の前で二人のカップルが並んで海を眺めていた。男の方は身長一八〇センチ近いのだが女のほうはといえば一五〇センチも無いように見える。

「おい、ダンテ……あれ、警察呼んだほうが良いんじゃないのか?」

「ダメですよマッハさん。たとえ歳の差はあれど二人の愛を裂いてはいけませんわ」

 うっとりとした乙女の表情で言葉を紡ぐダンテを見ながら、女心はようワカランと小さく呟く。恋だの愛だの、そういうのとは縁遠い世界に生きてきたためか自身でもそういったことに疎いことは分かっていた。

 ダンテはどうやら柵の前のカップルの会話に耳を傾けているようで、気になったマッハも意識を集中させてみる。

「ねぇ、ラビ……」

「なぁに、ユウ?」

「僕達これから――」

 マッハは自ら意識を遮断させた。テレビでしか聞いたことの無いような台詞の応酬がされていると分かったからだ。しかしダンテはといえば相変わらず乙女モードMAXで二人の会話に聞き入っている。看病してもらっている手前、ダンテの楽しみを邪魔するわけには行かないと二人の会話が終わるのを待った。

 それは実に長く、おそらく愛の交歓というよりも他愛ない雑談時間の方が多いはずなのだがただ待つしかないマッハとしては耐え難い時間であるには違いない。

 二人がさり、ダンテが寂しげに溜息を付いた時に額に置かれていたハンカチを取り去って立ち上がる。

「あら? もうよろしいのですか?」

「よろしいも何もとうの昔にダメージは消えてるよ。翠屋に行くんだろう? 行くならさっさと行こうぜ」

「それもそうですわね」

 立ち上がろうとするダンテだったが、膝にずっとマッハの頭を乗せていたためか痺れて上手く立てないらしい。これには流石に罪悪感が湧き、マッハは手を貸してダンテを立ち上がらせた。

「すみません」と謝るダンテに対し「別に」と素っ気のない返事を返す。

 二人で並んで歩きながら商店街に向かうと、夕方ということもあるのか人通りはさらに増えていた。夕食の材料を買いに来ているのであろう主婦に加えて、下校途中らしい生徒達の姿が多い。みんな似たような制服を着ているところから考えて同じ学校に通っているのだろう。

 会話の無いまま翠屋に向かっていると、後ろからマッハは殺気にも似た気配を感じた。猪突猛進という表現が相応しいほど真っ直ぐにこちらに向かってくる。これはただ事ではないと、タイミングを合わせて振り返り対象を確認するよりも早く手刀を繰り出した。すると、

「ふぎゃぁぁぁ!」

 とまぁ、可愛らしい悲鳴が聞こえて倒れこむ音が聞こえた。まさか、と思いマッハが視線を下げると赤いリボンのセーラー服を付けた密網の少女が目を回して倒れこんでいる。やってしまったと思うと即座に彼女の足の裏を三度叩くとすぐに目を覚ました。

「そうだ! 早く翠屋に行かなきゃ、シュークリーム売り切れちゃう!」

 再び走り出そうとする長髪の少女のスカートの裾を掴んで止めようとすると、見事に彼女は「ふぎゃ」と言ってこけた。ここまで来るとギャグマンガの世界に迷い込んでしまったのではないかと本気で不安になる。また気を失った彼女の足裏を叩いて目覚めさせようとするとダンテが手に手帳らしきものを拾って読み上げた。

「私立風芽丘学園二年生、天恒勇。彼女の名前みたいですね」

「勇ってのがコイツの名前かい」

 溜息まじりに勇を起こすと彼女はまた「シュークリーム!」と叫びながら走り出そうとする。それを今度は羽交い絞めにして止めた。勇の前にダンテが立つ。

「あの勇ちゃん、ちょっと落ち着いてくれませんか?」

「だって翠屋のシュークリーム! 早く行かないと売り切れちゃうよぉ!」

「シュークリームはまた後でも食べれるでしょう?」

「お姉さん知らないでしょ!」

 ダンテは首を傾げる。

「シュークリームを馬鹿にする人はシュークリームに泣くんだよ!」

 ビシッという擬音が似合いそうな仕草で勇はダンテに向かって指を差す。ダンテは溜息を吐き、マッハも同じく溜息を吐く。何故、彼女がここまでシュークリームに執着するのかが理解できない。それともそういった年頃なのだろうか、高校生というのは。

「えっと、勇ちゃんは今から翠屋に行くの?」

 ダンテはさりげなく勇の顔に傷が無いかを確認しながら尋ねる。勇は力強く頷き「もちろん! あそこのシュークリームは最高だからね!」と答えた。

 こんなわけで三人そろって翠屋に向かうのだが勇が目的としていた店頭販売は既に終わってしまっているようだった。涙目になる勇を慰めるために、お店の中だったらまだ残ってるかもしれない、と提案して三人揃って店内に入る。喫茶店というよりかは洋菓子店に近い匂いが店内に漂っていた。

 しかし四人掛けの席はどこも一杯で、相席しようにも座れそうな場所が無い。そんな時、声が掛けられた。

「相席でよかったら私と一緒に座りませんか?」

 聞き覚えのある声に視線を向けると、底には何故かいつものスーツを着込んだU・N・オーエンが美味しそうに紅茶を啜っている。あまりにもミスマッチな光景に僅かながらマッハの意識は飛びそうになった。

 ダンテと勇はともかくとして、マッハはオーエンと相席で喫茶店で過ごすなんていうことは出来ない。そこでダンテと勇の二人だけに薦めてみたところダンテは拒否し、勇だけがオーエンの向かいの席に座った。

「こんな可愛らしいお嬢さんと相席できるなんて光栄だなぁ。お嬢さん、名前は?」

「天恒勇、オジサンは?」

 勇からしてみればきっと何気ない質問だったに違いない。高校生からしてみれば二十歳を過ぎた人間などオジサンにしか見えないのかもしれないし、マッハにもそんな時代は確かにあった。しかし、自分もそんな時代を経験しているからといってオジサンと言われるのに耐えられるというわけではない。

 オーエンの額に青筋が浮かんだのを確認したマッハは早々にダンテと共に翠屋を後にした。
「何か疲れた」

「そうですねぇ……」

 と、二人してそんなことを言いながら歩いているとダンテの足が不意に止まる。

「どうした?」

「いえ、少し買う物を思い出しまして。すぐに終わるのでここで待っててください」

 言ってからダンテは「ドラッグストア ふじた」という看板の掲げられた店の中に入っていった。待つ間、どうやって時間を潰そうかと考えていると店の前に運良く灰皿が置かれていたのでそこで一服しようと思い煙草を取り出して口にくわえる。

 その時、誰かがマッハの服の裾を引っ張った。下を見ればおかっぱ姿の女の子がいる、来ている服は大陸系の民族衣装らしい。となると中国系の娘なのだろうか。

「どうしたの?」と、優しく問いかける。

「おにーさん、いい人?」

 返答に窮したがつぶらな瞳を見ていると「いい人、かもしれないねぇ」と答えていた。

「パパとはぐれちゃったの、一緒に探して?」

「え? いや、そんなこと言われても……」

 マッハ自身が今は人を待っているときであるし、そもそもこの人通りの多い商店街の中でどうやって人を探そうというのだろうか。とにかくダンテが戻ってくれば動けるだろうし、父親がどんな人なのか聞いておくぐらいはしても良いだろう。

 女の子と視線を合わせるためマッハは屈み込む。

「パパってどんな人?」

「えっとね、りんくすやってるの。すんごく強いんだよ! でねすんごく背が高いの!」

「リンクスで背が高いの?」

 思わずマッハは腕を組んで悩んでしまう。リンクスをやっているというのが気にかかるところだったが、背が高いというヒントだけでは流石に見つけづらい。立ち上がり、それらしい人物を探してみる。

 娘にこんな民族衣装を着せているぐらいなのだから本人もそんな服を着ていることだろうし、背が高いのだったら人ごみの中でも頭一つ分ぐらいは出ているかもしれない。けれどそんな人物は見当たらない。

 もう一度かがみこんで少女と視線を交わす。

「他にパパがどんな人かっていうのはないの?」

「う〜ん……すっごく優しくってぇ、」

 と、少女は父親の特徴を細かく語ってくれるのだがそれらは全て家での行動であって外見的な特徴ではない。これはもう交番に連れて行くしかないのだろうかと考えていると「星鈴、星鈴はどこだ!?」と呼ぶ声が聞こえた。

 立ち上がってみるとこれまた大陸系の服を着た背が高く目の細い男が一人汗を流しながら走り回っている。下を向きながらその人の方に向かって指を差し「もしかしてあの人?」と尋ねてみると少女は目を輝かせて走り出そうとした。だがマッハは少女の肩を掴んで止める。

 この人ごみの中、小さな女の子を走らせるのは危ないと感じたからだった。男が右往左往する中、彼の目に付くように手を伸ばして手招きすると彼は気付いたらしい。しばし逡巡した後、こちらに向かって来ると娘の存在を確認し少し青ざめていた顔が一気に輝いた。

「星鈴!」

 娘の名前を呼び、男は愛娘をその腕に抱きそのまま立ち上がった。

「もしかしてあなたが娘を見てくださっていたのですか?」

「いや、そこまでのことはしてないよ。その子の方から一緒にパパを探してと来たのさ」

 火を吐けぬままだった煙草に火を吐ける。

「そうだったのですか、それはありがとうございます。でもね星鈴、こんな女好きの相が出てる人に近づいちゃいけないよ」

 娘に言い聞かす男の言葉に煙草の煙が変に入ってしまったらしい、思わず大きく咳き込んでしまう。

「誰がスケコマシだ!?」

「え? 私そこまで言ってませんよ? もしかして本当にそうなんですか?」

 とぼけるように聞いてくる男に対して頭に気ながらもここは堪えよ、と煙草を吸い気分を落ち着かせる。

「初対面の人間に言うか普通!?」

「あぁ、すみません私は歯に衣着せぬ主義でして。何にせよどうもありがとうございました」

 去っていく男と入れ替わりにダンテが買い物を済ませて戻ってきた。

「どうされたんですか? 顔色が酷く悪いですが?」

「なんでもねぇよ。で、これからどこ行くんだ?」

「FOLXっていう料理の美味しいバーがあるんで、行きませんか?」

「そうだな、そうしよう」

 ダンテの一歩後ろについて歩きながらマッハは嫌な予感を禁じえなかった。何せ今日はトラブル続き、きっとバーに行っても何かあるのだろうと半ば確信めいた気持ちがある。実際に、その予感は的中していたのだが、それはまた別のお話。

小説TOPへ