『緑の旋風』


 ラインアーク、それは企業による支配をよしとしない者たちの集まりであると同時に流通の要所となっている海上都市の名前である。特にこれといった力は持っていないが、天才アーキテクト、アブ・マーシュの手により作られたネクストACホワイト・グリントの存在がラインアークの存在感を大きく示していた。

 だがホワイト・グリントは先の戦争においてライアーク近辺の海上に没し、今ラインアークを守っているのは旧式と化しているMT、そしてノーマルACだけのはずである。

 そんなことは戦争の当事者達である企業が知らないはずも無い。にも関わらず企業連はカラードに所属するNo.7のリンクスであるミストレスにある依頼を出してきた。

 それはラインアークの強行偵察。概要はラインアーク内に侵入し、現在のラインアークが保有している戦力を明らかにするというものである。しかし、先にも述べたとおりラインアークの戦力を企業連が知らないはずは無いとミストレスは考えていた。

 この依頼は形こそ偵察任務であるが、その実際は襲撃任務であろうと考えている。何せ依頼文の中に“可能ならばラインアークの戦力を減衰させても構わない”とあるのだ。しかも場合によっては追加報酬を払う準備もしてあるという。

 裏が無いと考える方がおかしいだろう。

 現在、各企業が注目しているのは最近発見された二つのレイヤードと呼ばれる巨大な地下都市であるはずだ。ラインアークがそこに干渉できるはずもなく、注目されるいわれも無い。だからこそ企業が恐れなければならない何かがラインアークにあるはずなのだ、そしてそれを確かめるためにミストレスを送り込んだのだろう。

 そう考えるのが妥当なところか、とミストレスが自分の中で結論を出した頃、水平線上にラインアークの姿が見え始めた。この距離まで近づけばラインアーク側でもミストレスの駆るネクストACセレーネの存在に気づいているだろう。

 さらに近づけばラインアークから警告メッセージが送られてくるはずだ。

『こちらはラインアーク、あなたは我々の領域を侵犯しています。これ以上接近するのならば、こちらにも迎撃の用意があります』

 案の定、ラインアークからのご丁寧な警告がスピーカーから流れてきた。ミストレスは返事をすることなく、機体のブースターをさらに噴かせて速度を上げる。

『再度警告します。あなたは我々の領域を侵犯しており、これ以上侵入するというのならば我々は自衛権を行使します。これ以上の侵入は許しません』

 淡々と聞こえる女性の声をミストレスは無視しつづけ、オーバードブーストを発動させて一気にラインアークへと接近し、そして上昇。ラインアークの道路へと着地した。

 迎撃の用意があると言っておきながらレーダーには何も映っていない。周囲を見渡してみるがノーマルACはいないしMTすらおらず、人っ子一人いる気配は無かった。あまりの静けさに不気味なものを感じつつもこれからどうすべきかミストレスは思案する。

 依頼されたのはラインアークがどれだけの戦力を保有しているかである、これではミッションの達成とはならないのではないか。それともこのまま帰ってラインアークに戦力は無かったと報告するか、いやそれだと企業連は信用しないだろう。

 しかたなくミストレスはマイクのスイッチをONにし、ラインアークへと挑発するため通信を入れる。

「迎撃の用意がある、自衛権を行使する。大層なことを言っておきながら何も出してこないとは……ホワイト・グリントが無ければ戦力は無いと言うことか。私も舐められたものだな」

 ラインアークからの返答は無い。やれやれと思いながら適当なビル目掛け、赤く塗られた左腕を向ける。そこに装備されているのは有澤重工製のグレネードランチャーWADOUだ。

 これが当たればビルの一つぐらい倒壊させるのは容易いだろう。居住区域でなくともラインアークの所有する建造物が破壊されたとなれば、彼らも迎撃のための戦力を出してくるはずである。

『仕方ありませんね……あなたがそのつもりだというのならば我々も相応のことをしなくてはなりませんから』

「ブラフなどどうでもいい。戦力など無いのだろう? 笑わせてくれる」

 武器のトリガーを引こうとした時、ミストレスのオペレーターがネクストACの接近を告げる。すぐにそれはレーダーにも映り、モニターでも視認することが出来た。

 オーバードブーストの光を背部から迸らせながら接近してくるネクストACの色は緑色だった。モニターに映るネクストACを拡大してみると、一見すればホワイト・グリントのようであったが全く違う。

 色は白ではなく緑色、コアパーツはワンオフであったホワイト・グリントのオリジナルではなく、今は亡きレイレナード社の03−AALIYAH/Cに変更されていた。

 違う箇所はそれだけではない。背部に搭載されていたミサイルは取り外されており、代わりに装備されているのは追加ブースターであるACB−0710である。腕の武装も変更されており、右腕にアサルトライフル063ANARを持ち何よりも眼を引くのが左腕に装備されているブレードだ。搭載されているのはローゼンタール社のEB−R500。ホワイト・グリントとは大きく装備が異なっている。

 どういうことだ、と思いながらもミストレスは銃口を迫ってくるネクストACに向けオペレーターにラインアークのネクストACのデータを送るように指示した。

 オーバードブーストを解除したラインアークのネクストはミストレスのセレーネの前に立つ。腕を上げる様子は無く、攻撃の意思は何故か感じることが出来なかった。そしてどうやら敵のネクストはセレーネの赤く塗られた左腕に注目しているらしい。

『レッドレフティ……アルテミス、なのか?』

 緑色のネクストACから若そうな男の声で通信が入ってくる。レッドレフティというのはミストレスの通り名のことだ。左腕を赤く染めていることから付けられた名であり、ミストレスのことをレッドレフティと呼ぶものも多い。だからそのことは不自然には思わなかった。しかし、アルテミスとは誰なのか。

「アルテミス? 誰だそれは? 貴様の知り合いか?」

『違う、のか? いや、アルテミス? あ、俺は……? くっ、あぁぁぁぁぁ!』

 男の呻き声と共に緑色のネクストACは地面に片膝を付けた。これはまたと無いチャンスであり、決して逃がすわけにはいかない。

 躊躇うことなど考えもせずにミストレスはグレネードの照準を向けて放った。爆風が緑のネクストを包み込む。そして爆風が無くなるよりも早く右腕のマシンガンをマガジンが無くなるまで撃ち続けた。

 最初のグレネードでネクストを保護しているプライマルアーマーは吹き飛んだはずだ、その後にマシンガンの連射を喰らい続けたとなれば無傷ではすむまい。狙いさえ良ければ撃墜していたとしてもおかしくはなかった。

 爆風が風に流される。その後の光景を見て、ミストレスは愕然とした。そこにあったのはグレネードによって穴が開けられた地面だけであり、ネクストの姿はおろかパーツの破片すら落ちてはいない。

 即座にレーダーに視線を移し、敵機が真上にいることを確認しモニターで視認する。いつの間に上昇したのかは分からなかったが、多少の損傷があるところを見るとグレネードのダメージは入っているようだ。となると爆風に紛れて上昇したのだろうか。

 アサルトライフルが放たれ、セレーネは後退をかける。上空から強襲をしかけてきたネクストACが着地した瞬間にグレネードを放ったが、横へのクイックブーストで避けられた。

 しかし爆風によるダメージは確かに与えている。これならば勝てるとミストレスは思うと同時に、彼女の中で何かが、本能的な何かが危険を告げていたのも確かであった。

『似ている、アルテミスと……一緒だ。全く、何もかも』

「貴様……」

 ミストレスは呟き前方へクイックブーストをかけて敵との距離を詰めると同時にアサルトアーマーを発動させた。轟音と共に周囲は閃光に覆われる。敵ネクストのプライマルアーマーは既に剥がれており、これでかなりのダメージを与えることに成功したはずだ。

 加えてECM障害を引き起こしたはずなので、こちらが有利になったはずである。閃光はすぐに収まり、敵ネクストをロックすべく先ほどまで敵ネクストがいた地点に両手の銃を向けるがそこには何もいない。

『一緒なんだよ、全くなにもかもが……アイツと一緒だ。だけどあんたは違うという、でも俺にはアイツだとしか思えない。いや、俺は何を言っているんだ?』

 レーダーを見ればネクストは背後にいた。アサルトアーマーを使う間際に前方へクイックブーストを使ったとしか考えられない。背中には追加ブースターも搭載されており、確かに前方へならアサルトアーマーから逃げることも可能だったのだろう。

 何故そのことに気づかなかったのか、ミストレスは己の無能さを悔いざるを得なかった。アサルトアーマーを使用すればプライマルアーマーの無い状態がしばらく続く。セレーネは速度を重視した機体であり、装甲は薄い。プライマルアーマーが無ければノーマルACの攻撃でも撃墜されてしまうだろう。

「貴様ぁぁぁぁぁ!」

 叫びながらサイドブースターを噴かして一八〇度旋回し、マシンガンを放つ。敵ネクストは連続でサイドブースターを使って連射される弾丸を全て避けた。そしてマシンガンのマガジンが空になったその瞬間、セレーネはグレネードを撃った。

 敵ネクストが前方へのクイックブーストで距離を詰めて来ると予想していたからだ。その予想は確かに当たった、緑のネクストはセレーネ目掛けて前方へのクイックブースターを使用した。だがその前にサイドブースターを噴かして軸をずらしていたのだ。

 結果としてグレネードは避けられ、ダメージはまったく与えることが出来ずに敵の接近を許した。そしてセレーネは敵ネクストのブレードの間合いの中にいる。

 背筋を冷たい汗が流れた。緑のネクストが左腕を振り上げ、ブレードを発生させる。

 やられる、そう思った。体が動かなくなりそうだったが、ミストレスとて上位リンクスの一人である。思考は停止しても、体は生きるために動いていた。クイックブーストを使って後ろに下がっていたのだ。

 だがそれでも敵ネクストのブレードの間合いからは逃れることが出来ない。逃げようとするが逃げ切れない、敵ネクストのブレードはセレーネの赤い左腕を切り落とす。

 左腕が路面に落ちたとき、ミストレスは負けたと感じた。今の自分ではこのラインアークのネクストに勝てない。根本的な何かが違う、機体性能は決して負けてはいないはずだ。だがリンクスとしての技量で劣っている。

『どうする……? レッドレフティ?』

 緑のネクストはブレードを収束し、両腕をだらりと下げていた。こちらの出方によって行動を決めるつもりらしい。

 ミストレスは舌打ちを一つして、戦闘エリアの外を目指してブースターを噴かす。緑のネクストが追ってくる様子は無かった。深追いするのが危険な状況ではない、見逃されたということなのだろう。

 そう思うと悔しさが込み上げてくる。ミストレスは思わずディスプレイを殴りつけてしまっていた。

 戦闘エリアを離脱する頃になってようやくオペレーターから敵ネクストの情報が届いた。ラインアークに所属しているが、ホワイト・グリントと同じようにカラードに登録されておりナンバーは15。ミストレスよりも下である。

 登録されているリンクス名はマッハ、機体名はゲイルストーム。

 データと共に送られてきたゲイルストームの画像を見ながらつい先ほどの闘いを思い出し、ミストレスは歯を噛み締め一つの決意をした。

 左腕を落とされた借りは必ず返す、と。


登場ネクスト一覧 ()内はリンクス名
ゲイルストーム(マッハ)
セレーネ(ミストレス)

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