『御旗の許に』

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 灼熱のオーストラリア大陸をマッハは一人歩いていた。コンパスも無い中、自分の現在地が分からなかった。それでも歩き続けるしかない。パイロットスーツを着込みヘルメットのバイザーも開けていないため、下着は汗で濡れており不快感を与えてくる。

 それでもスーツを脱ぐわけにはいかなかった。周囲を見れば草木一本生えぬ荒地であり、陽炎まで発生している。コジマ汚染がされているかどうか分からないが、これほどの熱気があるなか幾ら暑いとはいえパイロットスーツを脱ぐほうが自殺行為だ。どれだけ蒸し暑かろうがパイロットスーツは焦がしつくすほどの日光を遮ってくれているのだし、断熱も行ってくれている。

 それでも中が蒸し暑いのは断熱性能が優れているためにマッハの体温すらも外に逃がしていないからだ。

 呼吸は既に乱れきっており、足も痛み続けている。しかしマッハは意識を朦朧とさせながらでも歩くしかない、人のいる街を目指して。そうでもしなければ脱水症状で死ぬか、飢餓で死ぬか、どちらにせよ避けられぬ死だけが待っている。デミトリアスに撃墜された時、幸いにして機体はまだ動く状態にあった。だが戦えるような機体状況ではなく、逃げるのが精一杯。

 そこでマッハが取った行動は、逃げることであった。ラインアークを見限り、オーストラリア大陸の沿岸に辿り着きそこでゲイルストームを自爆させている。周辺がコジマ粒子により多少は汚染されてしまっただろうが、マッハにとっては関係がない。今、マッハが考えていることといえば過去のことだった。

 ショック療法とでも言うのだろうか、デミトリアスに撃墜されたときの衝撃でマッハの記憶は全て回復している。最初はとめどなく溢れてくる記憶の奔流に戸惑うしかなかったが、今は整理がつき自分が何故、今ここにいるのかも思い出していた。そして何故デミトリアスに負けたのかも理解している。

 ネクストというものをマッハは理解していなかったのだ。ノーマルACの延長線上にあるもの、それこそがネクストACであるのだとマッハは考えていた。だが事実は違う。ノーマルACとネクストACは全くの別物だったのだ。よくよく考えれば分かりそうなことでもある。ネクストにはノーマルにはないコジマ技術を初めとし、AMSやACSが搭載されているのだ。マッハの知っているACと、この時代のACは全く別物である。そのことに気づかなかったことが第一の敗因であろう。

 もしAMSの特性にもっと早く気づいていたのならば、デミトリアスにあそこまで無様な負け方をすることは無かったに違いない。AMSは人と機械を繋ぐ、人体とACは違うとはいえネクストならば機体各所に搭載されたブースターを駆使することで人体の動きに近づけることは可能かもしれないのだ。もしそれにもっと早く気づいているのならば実験することも出来ただろうし、そうなればあの戦いの結果も変わっていたに違いない。

 しかしそれも全ては過ぎたこと、今のマッハが考えるべきはあの時どうすべきだったかではなく、今を生きるためにどうするべきなのか、だ。太陽を見れば大まかな方角は分かるが地図も無ければ水も食料も無い、どこに向かえば人に出会えるか分からない。見渡す限りの荒野、地平線の向こうにも人の住む気配は無さそうだ。

 既に体内の水分は出しつくされてしまったのか、かく汗の量も減り始めてきた。ここで一人朽ち果てるのか、そう考えると背筋に怖気が走る。己の死に場所はせめて自分で選びたいと常々思っていた、だがここでミイラとなるのか。再び周囲を見渡すが相変わらず荒野が広がっている、絶望が心を占め片膝を地面に着かせた。微かな砂埃が舞う。

 このまま倒れてしまおうか、安易な考えに全てを委ねようとした時、マッハの耳はヘリのローター音を聞いた。どうやらそれはこちらに向かっているらしい、紛れも無い希望の音だ。ヘリがこちらに近づいてくれば保護してもらえるかもしれない、どこの企業・勢力に属しているものかは分からないが命を繋ぐ望みが出来たのだ。

 必死で青い空にヘリコプターが無いか探す。それは北の方角にあり、こちらへと向かってきていた。ヘリはかなり大型のもので黒色をしている。輸送用のものなのだろうか、機体下部にアームがあり何かがアームに固定されていた。ヘリが近づき、腹に抱えているものがACだと分かる。それもノーマルではない、ネクストだ。

 さらにヘリが近づくと、その機体側面に見たことのある社章が描かれてあることに気づく。黒い山羊を象った社章はU・N・オーエンが経営するブラックゴート社のものだ。

 ヘリはマッハのすぐ側に砂埃を舞い上げながら着地すると扉を開き、中からスーツを着込んだ総髪の男が鞄を片手に現れる。砂埃とオーストラリアの強烈な日差しを遮るために彼は色の濃いサングラスを掛けていたが、マッハはその男の姿を忘れるわけが無かった。マッハをこの戦場へと送り込んだ張本人、U・N・オーエンが再びマッハの前に姿を現したのだ。

「何をしに来たオーエン!?」

 ローター音に負けないよう大声で呼びかけると、オーエンは口元をほころばせた。笑っているらしい。

「君にプレゼントを持ってきたんだよ、マッハ」

 言いながらオーエンはマッハのすぐ側まで近寄ってきた。

「プレゼント?」

「あぁ、そうだ。君のための新しいネクスト、ストレートウィンドだ。君の戦闘理念に合わせて組み上げた、それぞれのパーツの調達と調整は中々に手の折れる作業だったが、君の存在を考えるとなんてことのない作業だったよ。あぁ、これ仕様書ね」

 オーエンは鞄からフォルダを取り出す。その中にあるのはネクストに使用されているパーツのリスト、そしてどのような調整が施されているのか書かれているプリントがあった。ほとんどはタイプされた文字だったが、中には手書きのものもある。ネクストを組んだアーキテクトが直に書いてくれたのだろうか。

「何故こんなことを俺にしてくれるんだ? 専属にでもなれと言いたいのか?」

「専属にはなって欲しいが強制はしないし、ネクストは君に贈与しよう。そのために私はここに来たのだからね、但しあのネクストを君に渡すに当たって一つ条件がある」

「条件?」

 マッハが問うとオーエンは口元を歪めた。何か良からぬことでも考えているのだろうか。


/2


 大西洋を一隻の空母が四隻の巡洋艦に護衛されながら進んでいた。空母の名はインディペンデンス、スター・アンド・ストライプスの旗艦である。その艦橋にはインディペンデンス艦長兼スター・アンド・ストライプス艦隊司令長官であるニミッツだけでなく、最高権力者であるルーズベルト、さらには軍務長官であるフォレスタルまで同席していた。

「フォレスタル長官だけでなく大統領閣下まで乗艦なさるとは思いませんでしたよ、やはり気になりますか? この作戦が」

 ニミッツが煙草の煙をくゆらせながら言う。

「もちろんだとも。ラインアーク亡き今、自由民主主義を掲げて活動できるのは我らステイツ以外の他にはないからな。加えてこの作戦は我々の起こす最初の大規模攻撃だ、失敗は許されぬし世界に対するデモンストレーションとしてはこれ以上のものはないだろう。それにケープ・カナベラルを落せば他企業にもなんらかの動きが見られるであろうし、さらなる支援が得られることは確実だ」

「そうですな大統領。ですがよろしいのですか、ネクスト一機で? この艦にはTYPE−ARGINEを一〇機搭載しています、どれも整備は万全でいつでも出撃させることが可能ですが?」

「それは置いておかなければならない。我々が万が一補足された時のためにな」

 スター・アンド・ストライプスが狙っているのはケープ・カナベラルにあるGAの基地だ。現在、そこではロケットの発射実験が行われようとしておりスター・アンド・ストライプスはそれの阻止を狙っている。長い目で見ればGAのやろうとしていることは人類の躍進にとって意義のあることである、しかし彼らの好きなようにやらせてしまっては自由民主主義は勝ち取れない。

 立憲政治は常に革命によって築き上げられてきた。企業が支配する、ある種の専制政治がまかり通るこの世界で革命を行い民主政治を復活させる。それこそがスター・アンド・ストライプスの目的とするところだった。だが革命を起こすためには力が要る。その力が足りないことは彼らも自覚していた。そのためにGAのロケット打ち上げを阻止するのだ。

 いまだテロ組織にしか過ぎないスター・アンド・ストライプスが民主主義の旗手となるためにはデモンストレーションが必要なのである。これはそのための作戦だった。これを成功させることが出来れば世界各地の武装勢力はスター・アンド・ストライプスに注目するだろう、そうすれば彼らを併合し戦力を拡大することも可能かもしれない。

 それこそがスター・アンド・ストライプスの狙いである。加えて彼らにはブラックゴート社がバックに付いていた。彼らも企業ではあるが、彼らの企業理念は他と違う。だからこそスター・アンド・ストライプスは彼らと手を組み、この作戦を決行することを決めたのだ。

「それにしても……大統領に軍務長官が乗艦されているとなれば、私の責任は重大ですな」

 ニミッツが笑った。スター・アンド・ストライプスは民主主義を謳ってはいるが、最終的な決議は全て大統領たるルーズベルトが決めている。そのルーズベルトの身に万が一のことがあれば、スター・アンド・ストライプスは瓦解する可能性も孕んでいた。加えて組織内で多大な発言力を有している最高幹部の一人であるフォレスタルも乗艦しているとなれば、自然とニミッツの責任は重くなる。

 そしてニミッツが出来ることといえば、自分が艦長と務めるこの空母インディペンデンスと周囲を守る四隻の巡洋艦、インディペンデンスに搭載されている一〇機のノーマルACを指揮することだけ。企業の部隊と戦うことにでもなれば敗北は必須だろう。仮にアドバンテージがあるとするならば、飛行可能なTYPE−ARGINEを持っているということだけ。先に敵を発見することが出来ればARGINEを使い、敵戦力の撃滅を図れるかもしれなかった。

 しかしそれも希望的観測の上に成り立っているものであり、幾ら飛行が可能とはいえノーマルAC一〇機という数は心許ない。ニミッツとしてはこの艦に大統領と軍務長官を乗艦させるのは胃が痛いに違いないであろう。ある意味スター・アンド・ストライプスの今後は今この時のニミッツの采配にかかっているのかもしれないのである。

 フォレスタルが腕時計を見た。アナログ式の腕時計に表示されている時刻は午前一一時二〇分、GAがロケットの打ち上げを予定しているのはちょうど正午だという。

「そろそろですね」

 フォレスタルが言うとニミッツは頷いた。

「ネクストの発艦準備をさせろ!」

 ニミッツが声高に言うと「アイサー」という威勢の良い返事が帰って来る。窓の外、甲板上にあるエレベーターが動き一機の逆関節型ネクストが上がってきた。紫に彩られたネクストACの名はヴィオレッタ、それを駆るリンクスはNo.4ダンテ。

「通信回線を開け」

 ニミッツが指示するのとほぼ同時、天井に吊り下げられたモニタにヘルメットを被った女性の姿が映る。彼女こそがヴィオレッタを駆るダンテだった。ヘルメットのバイザーのために、艦橋にいる者たちからはダンテの素顔を見ることが出来ない。

「リンクス、君には既に話したとおりだ。我々は戦力を持ってはいるが増援を送ることは出来ない、現地にて合流してくれるはずのリンクスと共にGAのロケットを潰してくれ」

「艦長、出撃前にお尋ねしておきたいことが一つあります。合流してくれる“はず”とはどういうことでしょうか?」

 ニミッツの放った言葉にモニターに映るヘルメットが僅かに傾いだ。声はにこやかに笑っているようにも聞こえないことはなかったが、言っていることは辛らつである。

「我々にも確証がないということだ。なにせそのリンクスを手配しているのは我々ではなく、我々の協力者なのでね。連絡を取り合おうと思えば出来るのだが、そうすればGAに我々の位置を知らせることに繋がる可能性がある。すまないがいつになるかはわからん、しかしGAのロケット発射時刻に間に合わせるとするならば君と対して変わらないだろう」

「ずいぶんと楽観的ですのね。まぁよろしいですわ、私とてそれを知らずに受けた依頼ではありませんし。それに一人の方が楽なときもありますから」

「頼むぞリンクス。失敗は許されないんだからな」

「えぇ、お任せ下さい。仕事はしっかりとこなしましょう。では、ヴィオレッタ発進します」

 紫色のネクスト背部にあるメインブースターが火を噴いた。ヴィオレッタはインディペンデンスの飛行甲板を疾走し、離艦すると同時にオーバードブーストを発動させケープ・カナベラルへと向かう。この位置からならばケープ・カナベラルまで到着するのに約一〇分といったところだろうか、ダンテに与えられた制限時間は三〇分であった。


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 午前一一時五〇分になってもGAケープ・カナベラル基地に敵の姿は現れなかった。ロケットを中心とし基地に配備されている全てのノーマルACが出撃しており、対空防御のために空中には戦闘機を飛ばし、海には巡洋艦及び駆逐艦を配備している。GAの防御網に全く隙は無く、突破することはいくらネクストといえど不可能に近いだろう。

 たとえこれらの防衛網を突破したところでロケットのすぐ側にはリンクスNo.38のΣが駆るメテオ・ホエールが控えている。一〇分やそこらで攻略できるような布陣ではない。カウントダウンまでの時間が刻一刻と迫る中、GAケープ・カナベラル基地内には一種の安堵にも似た感情が広がりつつあった。

 皆テロリストの襲撃を警戒していたのだが、一〇分前になっても彼らは姿を現そうとしない。このまま来ないのではないか。出来ることならば襲撃を受けたくないという思いが彼らにそんな考えを抱かせたのだろう。だがそれは見事に裏切られる。

 午前一一時五三分、沖合いに配備されていた巡洋艦の一隻が撃破された。続いて駆逐艦、見る間に艦隊は損耗し海側の第一防衛網が突破された。突破してきたのは一機の逆関節型ネクスト、No.4ダンテの駆るヴィオレッタである。本来ならばもっと早くに到着していても良いのだが、合流予定のリンクスを待つためとGAの様子を探るために偵察網を掻い潜るようにしてこの時間まで潜伏していたのだった。

「あらあらこんなに大勢の方が私のために待ってくれていただなんて、心より御礼申し上げます」

 ヴィオレッタがケープ・カナベラルの地を踏んだ時、既にノーマルACがヴィオレッタを包囲していた。だがダンテは焦らない、残り時間は六分。例え一機でもこの包囲網を突破し作戦を完遂する自信があった。

 ヴィオレッタを半包囲しているノーマルACが一斉に火器を発射する。弾幕の中ヴィオレッタはクイックブーストを駆使してその中を掻い潜る、だがあまりにも密度が濃い。プライマルアーマーは減衰され、時折被弾する。個で見ればネクストは間違いなく最強の戦力かもしれないが、個である以上は数に押される場合とてあるのだ。

 だがダンテは焦らない。ただ笑う。

「そんなに激しくしないで下さいまし、濡れてしまうではありませんか!」

 ヴィオレッタは両腕の銃火器を放つ。そこから火線が放たれる度に一つのノーマルACと一つの命が炎に包まれて消えていく。銃火を掻い潜りヴィオレッタはノーマルACの群れを薙ぎ倒して行く、だが無傷ではすまない。

 いくらネクストが単体では最強の戦力を有しているとはいえ所詮は一機でしかないのだ、性能の劣るノーマルACの大軍と戦えば撃滅は出来ても損耗は避けられない。ダンテは回避運動を止めずに動いていたとはいえ、GAの弾幕の中全てを避けきれるわけではなかった。せいぜい直撃弾が無いだけで、損傷率は確実に上昇している。

 それでもダンテは嗤う。

「まだまだですわ! もっと、もっと激しくなくてわ戦いとは呼べませぬ!」

 ヴィオレッタがアサルトアーマーを放つ、コジマ爆発が置き周辺のノーマルACが一掃されロケットまでに一筋の道が見えた。現時刻は午前一一時五五分、制限時間まで残り五分しかあらずカウントダウンはまもなく始まるものと思われる。

 損傷覚悟でヴィオレッタはロケットへと向かう。背後、左右からノーマルACによる銃撃が行われるがそれらを全て回避しロケット発射台だけを目指した。たった一撃を加えてしまえばミッションは成功する。

 たった一つの道筋をヴィオレッタは進む、だが障害はすぐに現れた。同じネクストACが、即座にオペレーターがデータをダンテに送ってくる。カラードNo.38のΣ、機体名がメテオ・ホエールだと判明した時には既に戦闘は開始されていた。メテオ・ホエールの放ったグレネードを避けて、お返しにとばかりプラズマキャノンを叩き込む。メテオ・ホエールはその場から動こうとせずにあえてプラズマ弾の直撃を受けた。メテオ・ホエールのプライマルアーマーが剥がれコアパーツが損傷を負う。

「ロケット……守る……だから、おまえ……倒す」

 たどたどしいΣの言葉でダンテは全てを理解した。彼女の中にある嗜虐心が刺激される。何故Σは回避行動を取らなかったのか、それは背後にロケットがあったからだ。メテオ・ホエールが回避すればプラズマ弾はロケットに当たっていたかもしれない、それを避けるためにΣはあえて回避しなかった。その事実をダンテは見抜く。

「死ね……」

 メテオ・ホエールのガトリングガンが火を吹く、回避行動を取りながら距離を空けた。今のヴィオレッタはプライマルアーマーが無く裸同然、加えて損傷も受けている。ガトリングガンとはいえ直撃を貰うわけにはいかなかったのだ。そこにメテオ・ホエールは背中と肩のミサイルを放つ、計四八発のミサイルがヴィオレッタへと向かってくる。

 左腕のアサルトライフルでいくつかを迎撃しながらも、ミサイルを回避していく。かといって四八発ものミサイルを全て回避しきれるわけが無い。三発のミサイルが直撃し、右肩上方、コア左側面、左脚部上部の装甲を抉り取った。

「ふふふ、私の肌に傷を付けるとはやってくれますわね……」

 この時点の時刻は午前一一時五七分、残り時間は三分しか無い。その三分でダンテは決着を付けねばならなかった、だが果たして出来るのだろうかという疑問がダンテの中にはある。ノーマルACの壁を突破したのは良いが、そのために多くの弾薬を消耗してしまっていたのだ。


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 ブラックゴート社の依頼を受けたマッハはネクストに乗ったままの状態で輸送機に乗っていた。時刻を見れば午前一一時五七分。マッハがブラックゴート社から与えられた任務は至極単純なものである、ロケットを破壊しその後に周囲の残存勢力を撃滅せよ、ただそれだけ。

 だが一体戦場がどこなのかU・N・オーエンは教えてくれなかった。ヘリからジェット輸送機に乗り換える時点でマッハはネクストに乗り込んでいたため、どこに運ばれているのかは全く見当がつかない。ただ乗っている時間が長く、連絡も来ないところから目的地はかなり遠くであるということしか分からなかった。

 こちらからオーエンに通信を試みたが、向こうが回線を封鎖しているのか全く繋がらない。仕方なくマッハは戦闘準備の整ったネクストの中で過ごすしかなかったのだ。しかし無為に時間を浪費していたわけではない、新しいネクスト、ストレートウィンドについてマッハはもう熟知している。

 この機体のコンセプト、そして最も得意とする戦術は一体何か。それはマッハが理想とし尚且つ最も得意としているものと完全に合致していた。オーエンがマッハのために用意したというのは嘘ではなく、本当のことであったらしい。しかし彼が何故マッハの理想とするネクストの形を知り、組み上げることが出来たのかは想像がつかなかった。

 きっとマッハのようなリンクスでは知ることの出来ない世界があるのだろう。企業の世界、そこでオーエンはこれを手に入れたに違いない。既にストレートウィンドがマッハの所持するネクストとなった以上、深く詮索することでもないだろう。

 不意に通信回線が開かれモニターにオーエンの顔が映る。もうサングラスは必要ないのか外していた。

「さて、作戦場所に到着した。君にはここ高度一万メートルの上空からGAのケープ・カナベラル基地に降下してもらう。用意はいいね?」

「敵はGAか……つまりだ、GAのロケットぶっ潰した後に周りの雑魚を片付けろ、そういうことだな」

「君は本当に理解が早くて助かるよ、それじゃ後は頼んだ」

 モニターの中に映るオーエンは腕を動かしたようだった。次の瞬間、輸送機のハッチが開きストレートウィンドはマッハと共に高度一万メートルの上空へと放り出された。高度計の数字は恐るべき速さで小さくなっている。いきなり投下されると思わず、意表を付かれた形になったがマッハは慌てずに姿勢制御を行い足元を確認した。

 まだ小さくてよくは見えないがそこには確かに基地がある。そして何かの発射台と思しきものも、きっとそれはロケットの発射台に違いないと踏んだマッハは機体を僅かに動かしその上に位置した。

 時折ブースターを噴かせながら降下速度を調整し、GAに察知されないように肩のECMを作動させる。


◇◇◇


 午前一一時五九分、ロケットのカウントダウンは始まっていた。だがダンテは勝負を決められずにいる。メテオ・ホエールはロケットを守ることに執着しているのか射線を上手く取ってやれば確実に当てることが出来た。しかし高火力武器である、背中のプラズマキャノンとミサイルは既に弾切れを起こしている。

 再びアサルトアーマーで攻撃しようにもΣに察知されて上手くいかない。横を抜けようにも上手くブロックされてダンテは動けずにいた。いつのまにか別の場所に配備されていたノーマルACも集まってきており、ヴィオレッタは半包囲状態に置かれつつある。

 メテオ・ホエールは損傷を負ってはいるが致命傷を負ってはいない。そして周囲を囲むのはノーマルとはいえACの大群。ヴィオレッタは手負いであり、武装も限られつつあった。絶体絶命の状況、もうこうなっては合流予定のリンクスを頼るしかないのだろうか。しかし現れる気配は全く無い。

 このままここで果てるのか、それは嫌だとダンテは思いロケットを見上げる。そしてダンテは見た。

 ロケットに近づく緑色の流星を、それは光の刃を持ってしてGA製のロケットを両断し着地する。

「さぁて、後は雑魚共を片付けるだけときたもんだぁ。余裕だなこれ」

 ダンテはその声に聞き覚えがある。ラインアークからの脱出を手引きしてくれたマッハの声だ。何故、彼がと思いはしたが彼が来てくれたことが何故か頼もしく思える。

「ダンスはこれから……そういうことね」

 ダンテは一人呟き、そして笑った。

「よくも……よくもぉ!」

 Σが吼えた。そしてメテオ・ホエールは緑のネクストの元へ向かうために反転する。その背中にダンテはアサルトライフルの銃口を突きつけた。

「ダメよ、敵に後ろを向けたりしちゃぁ。ママに教わらなかったの? ぼ・う・や」

 銃口が幾度も火を吹く、至近距離から放たれたライフルにメテオ・ホエールの装甲は耐えられなかった。穿たれ、内部を破壊されてその場に倒れる。メテオ・ホエールを倒したダンテは即座に反転すると同時、一体のノーマルACにレーザーライフルを直撃させ破壊した。

「さぁて何を踊りましょう? サルサ? タンゴ? それともワルツ?」

「剣の舞は無いのかい?」

 いつの間にか隣に来ていた緑のACから通信が入る。オペレーターに照会させると、カラードのデータベースにはリンクスNo.15、名前はマッハ。機体の名はストレートウィンド、どこにも所属しない独立傭兵としてカラードに登録されていた。

「ふふ、お望みとあらば何でも踊りましょう」

 この一〇分後、ケープ・カナベラル基地に配備されていた全ての戦力は二機のネクストにより撃滅された。施設に攻撃は加えられなかったものの、実質的にケープ・カナベラルは陥落させられたのだ。

 スター・アンド・ストライプスに。


登場リンクス一覧
マッハ(ストレートウィンド)
ダンテ(ヴィオレッタ)
Σ(メテオ・ホエール)

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