『パラダイスロスト』

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 北アメリカ大陸のかつてワシントン州と呼ばれた一角、アメリカ合衆国を治める時の大統領たちが住んでいたホワイトハウスのあった場所の地下にはテロ組織スター・アンド・ストライプスのアジトがある。

 スター・アンド・ストライプスとはその名が示すとおり星条旗のことであり、アメリカ合衆国、ひいては自由民主主義国家の復活を目指している組織だ。企業からはテロ組織として認定されている組織だが、今はまだ表立った行動をとってはいない。そのスター・アンド・ストライプスの上層陣がワシントンD.C.の地下にある会議室の円卓に座していた。

 人数は全部で十一名、誰もが皆白人であり黒人や黄色人種は一人もいなかった。いや、一人だけ黄色人種はいるのだが彼はスター・アンド・ストライプスの人間ではない。この組織の最上位幹部は十名である、ここに今いる黄色人U・N・オーエンは彼らに招かれてこの席に就いているだけに過ぎなかった。

「オーエン君、その話は本当なのかね? ラインアークが壊滅するというのは?」

 年齢は五〇代であろうと思われる男性がオーエンをにらみつけた。そこには猜疑心が満ちている。

「そうですともルーズベルト大統領閣下。ラインアークは確実に滅びます、GAグループ、インテリオル・ユニオングループが図らずも同時にラインアークを攻め立てようとしているのですから。ラインアークの戦力はネクストが一機、パイロットも疲弊しているでしょうしラインアークの崩壊は間違いありません」

「なるほど、ラインアークが滅びるか。彼らも我々スター・アンド・ストライプスと同じく民主主義を掲げていたからな、非常に残念なことだよ。しかし彼らは滅びて当然だ、反企業社会を唱えるのは良いが唱えるだけでは何にもならん。そこには行動が伴わなければならない、行動が伴わなければ誰も付いてこようとはしないのだからね」

「仰るとおりですルーズベルト閣下」

 オーエンは深く頷いた。

「ラインアークが滅びるのは悲しいがこれは我々が表舞台に出る一種のチャンスとも言える。企業からしてみれば最大の反企業勢力が無くなるわけだからね。その後に我々が出ればそれなりのインパクトを与えることが出来るわけだ、だがしかし一つ問題があってね……フォレスタル軍務長官、我々の現在保有している戦力は?」

「ローゼンタール製ノーマルが五〇、オーメル製ノーマルが三〇、アルゼブラ製ノーマルが五〇。ノーマルACは全部で一三〇機。航空機はヘリを含めて三〇〇、艦船類は全部で二〇隻です大統領」

 フォレスタルと呼ばれた男は素早く答えた。最大の企業規模を誇るGAの勢力圏内でこれだけの戦力を独自に集めたことは賞賛に値するが、企業と敵対するにはまだまだ少ない。

「聞いての通りだオーエン君。今フォレスタル君が言ったのが我々の持てる戦力の全てだ、はっきり言って我々に企業と戦うだけの力が無い。GAの支配から脱するというお題目を掲げていれば、オーメルグループやインテリオル・ユニオングループの提供を受けることが出来る。しかしそれでは決定的ではない、我々が欲しいのはネクストだ。オーエン君、君は以前こう言ったね。ネクストとリンクス共に用意できると」

「確かに言いましたとも大統領閣下。しかし専属は用意できません、ですがスター・アンド・ストライプスのデビューを飾るに相応しい一時的な戦力としては必ずや確保できます」

「本当に信じても良いのかね?」

 フォレスタルが横から口を挟んでくる。オーエンは襟元を正しながら「もちろんですとも」と答えた。

「我々ブラックゴート社は規模が小さい、なのにこうも長く生きながらえているが何故かご存知でしょうか?」

 ルーズベルトは目を細めて「興味深いね」と言った。

「それは信用があるからです。我々は顧客を絶対に裏切らない、納期は必ず守る。基本だからこそ徹底厳守しております、これこそが我々ブラックゴート社が生き延びてきた秘訣であります。そして大事な取引は必ず社長が現れる、だからこそ我々は長く生き延びることが出来たのです」

「ハッハッハッ。なるほど、それが君たちブラックゴート社の一番の売りということか。分かった、君の言うことを信じようじゃないかオーエン君」

「ありがとうございます大統領閣下。それでは契約成立、ということでよろしいでしょうか?」

「あぁ、もちろんだともオーエン君。今後とも君たちブラックゴート社とはぜひ仲良くしたいね」

 ルーズベルトは笑顔を作る、オーエンも笑顔で返すがその腹の内では野望が渦巻いていた。


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 マッハは会議室へと続く通路を早足で歩いていた。静かな廊下にマッハの足音だけが響く。今日は今後のラインアークの運命を左右する会議が行われている、だがマッハはそれに呼ばれていなかったのだ。そのことが頭に来ている。

 上着の内側には分からないように拳銃が一丁とナイフを二本仕込んであった。通路の途中でアサルトライフルを持って警備に当たっていた兵士に止められたが、容赦なく二人を殴り倒しマッハは先を急いだ。あまりの怒りで脳みそが煮えたぎってしまいそうだ、舌打ちも何度したか分からない。

 独自に情報を仕入れていなければ今日行われている会議が何なのかすら気づくことが出来なかっただろう。マッハはリンクス、ネクストを操縦するためのパイロットとしてラインアークに雇われているわけだが、ただ上からの命令に従うだけというのが許せなかった。専守防衛に徹したせいで先の戦いでゲイルストームの右腕を失うハメになり、コアパーツにも損傷を受けている。

 幸いなことにゲイルストームは最後の予備パーツを使うことによって修復することが出来たが、専守防衛に徹することがなければまた違った結果が生まれていただろう。あの時もラインアークは敵の接近を事前に察知していたのだ、その時に迎撃行動に出ていればラインアークに被害をだすことなく、またゲイルストームの損傷も軽微に押さえることが出来たのかもしれない。

 過ぎたことを幾ら悔やんでも仕方が無いが、過去の失敗は次に生かすべきだ。だからこそマッハは禁じられている会議へと乗り込もうとしていた。

 会議室の扉を開ける。但し、手で丁寧に空けたわけではない。足を使って蹴り破るように開けたのだ。当然大きな音がなり会議室にいた全員の視線がマッハに向けられる、それと同時に懐から拳銃を取り出しスライドを引いて弾丸を装填しいつでも発射できるように整えた。

「この中で一番偉いヤツは誰だッ!?」

 会議室の中にいた全員に一通り銃口を向けながら顔立ちを確認していく。どれもが年老いた老人ばかりで気概を感じることは出来なかった。ラインアークの上層部が老人、この事実はマッハに言いようのない不快感を与え反吐を吐きたい気分にさせる。

「パイロットが会議中の部屋に入ることは禁止されている。最近の山猫はそんなことも知らないのか?」

 マッハにもっとも近い席に座っていた老人が立ち上がりマッハを見据えた。といってもマッハよりも身長が低いためどうしても見上げる形になる。だが彼の視線は明らかにマッハを見下していた。この態度には怒りを感じざるを得ない、マッハはラインアークと契約してパイロットをしているだけであり彼らの部下ではない。いわばラインアークという組織とマッハという個人は対等な立場でなければおかしいのだ。

 怒りに任せるままマッハは目の前に立つ老人の足に蹴りを入れて絨毯の敷かれた床に倒した。そしてかがみこんで彼の額に冷たい銃口を突きつける。老人の顔に恐怖が浮かんだ、そのことがマッハをさらに苛立たせた。

「最初に言っておくけどな、俺とあんた等は契約してるんだ。なのにこっちには必要な情報は一切回ってこない、こりゃ一体どういうわけなんだ? インテリオルとGAが同時に攻めてくるっていうのに何でお前らは俺に一言も言わないんだ!?」

「それは作戦を考えるのは君の仕事ではないからだ、君は私達の言ったとおりにネクストを操ってくれれば良い!」

 マッハは無言で銃口を向けなおす。足蹴にしている老人が小さく安堵の溜息を付くのが聞こえたので、一発蹴りを見舞った。呻き声が聞こえたが、マッハは気にも留めない。

「ネクストを操るにしてもだ、俺が行くのは戦場だ。それなりの情報が欲しい、なのにいつも情報は直前にしか与えられない。この間だってそうだ、もっと早くに迎撃に出ていれば結果は変わったかもしれなかったんだぞ。それだけじゃない、あんた等は俺の記憶を取り戻す手伝いをしてくれると言ったな? それが契約内容にも盛り込まれている、だというのにあんた等は俺をこき使うだけで俺が要求していることは何一つしてくれちゃいない。債務不履行でここを出て行ったって良いんだぜ?」

「出て行くなら出て行くがいいさ。代わりはいくらでもいるのだからな」

 マッハは溜息を一つ吐く。こんな三下のような言葉を聴かされるとは思ってもみなかった。

「そんなことを言ってくるのは既に分かってるよ。だからゲイルストームにトラップをしかけさせてもらった。いくら天才アーキテクトがここにいるといっても、あれの解除コードを見つけるのには一週間はかかるだろうな。一週間の間にGAもインテリオルもこっちに攻め込んで来ているこったろうけど、俺には関係のない話だけどな。何せ契約は破棄されちまったんだからな、俺がここにいる理由はもう無い」

 会議室の空気が凍った。誰もが皆マッハにどのようにして反論すべきか考え込んでいるのだろう。何せ今ラインアークがマッハを失えば戦力はゼロになってしまう。ネクストがあったとしてもそれを動かすリンクスがいなければ、ただの鉄塊と何の変わりも無い。

「分かった。情報を渡せば良いんだな……」

 最も年配に見える男性がそういうと会議室のあらゆるところから「議長!」と呼ぶ声が聞こえた。となると彼がこの場、ラインアークでの最高責任者だということなのだろう。彼の顔も名前も今まで知らなかったことをマッハは不思議に思った。それと同時に信用されていなかったということを思うと、非常に悔しく感じる。

 議長がマッハに近づき数枚のA四サイズのプリントを渡した。それに目を通せば、GAとインテリオルについての詳細が記されている。これさえあればもうここに用は無い。拳銃を懐にしまい「じゃあな」と言い残し会議室を後にする、そのまま自室に向かいながらプリントに目を通す。

 舌打ちせざるを得なかった。インテリオルはネクストを雇った上にスティグロを出してくるという、GAの方もギガベースを出してくる上にネクストを雇っている。加えて時間帯までは不明だが、襲撃予想日は同じ日なのだ。ラインアークはここまでの情報収集能力がありながら何もしていなかったというのか。

 そう考えると逃げ出したい気持ちが湧き上がってくる。このままここにいたところでラインアークはマッハを飼い殺しにするだけだろう、記憶を取り戻す手伝いをすることもなく。

 与えられた部屋に戻る頃には与えられたプリント全てに目を通していた。プリントをベッド脇のサイドボードに置いてクローゼットを開ける、そして今まで一度も着たことのないラインアークの制服を取り出してボストンバッグに詰めた。中には拳銃と予備の弾倉を入れることも忘れない。

 マッハに支給された制服が彼女に合うかどうか不安なところではあるが、今マッハに出来ることは一つしかなかった。

 ラインアーク内の病院に向かい一つの病室の扉を開ける。そこは個人用の部屋で、ベッドには患者用の服を着た金髪の女が上体を起こして窓の外を見ていた。

「人が入ってきたというのに無視するというのかダンテ」

 ダンテは溜息を一つ吐く。

「どうせまたラインアークに寝返らないかとかそういう話なのでしょう? でしたら全てお断りします」

「おやおや、変な勧誘と一緒にしてくれちゃ困るな。俺はあんたを助けに来たというのに」

 ようやくダンテが振り向いた。だが疑っていることは明白だった。マッハはダンテの寝ているベッド脇に置かれていた椅子の上に持参したボストンバッグを置き、中を開く。それを見たダンテが目を丸くする。

「これはどういうおつもりなのでしょうか? お聞きしてもよろしくて?」

「一週間以内にインテリオルとGAがここを攻め落としに来る。だから逃げろ、手引きはしてやれんがこの程度のことは出来る。服さえ着てれば格納庫まではいけるだろう。あんたのネクストは一応、あんたが寝返った時のことを考えて修復されている。リンクスだったらそれなりの修羅場も経験していることだし、余裕だろう?」

「私はそんなことを聞いたのではありません。あなたが何故私の手助けをするのか窺っているのです」

「良い女を助けるのに理由はいるのか? 残念だが俺にもあんたにも残された時間は少ない、出来ることならまた会えることを祈っている。戦場以外でな」

 そう言ってマッハは病室を後にする。背後から「待ちなさい」という声が聞こえてくるが無視をして、ゲイルストームの調整のために格納庫へと向かった。


/3


 GAがラインアークへと向けて送り出したのは、アームズフォートギガベースとネクストを輸送するための輸送艦一隻だけだった。といっても輸送艦が運ぶのはネクスト一機だけであり、防衛のための武装は整っており駆逐艦程度の能力は有している。

 その輸送艦の中でタスクは走り回っていた。先ほどから娘の姿が見えないのだ。
「星鈴(しんりん)! 星鈴! どこにいるんだ!?」

 声の限り叫んでも娘からの返答は無い、時折出会う船員達に話しかけてみるのだが誰も娘を見ていないという。輸送艦とはいえこれは軍艦だ、まだ五歳の娘が艦内を歩き回っていれば絶対に目に付くはずなのだ。星鈴が行きそうな場所を思いつく限り探してみたのだが、五歳の娘の姿は一向に見つからない。

 まさか、海に落ちたのでは。という最悪の予想が脳裏をよぎるがそれを振り払うためにタスクは頭を振った。確かに星鈴は五歳で、輸送船にのれば好奇心が沸くこともあるだろう。しかし海に落ちるような、そんな真似をするようには教育していないはずだった。しかし、万が一ということもある。

 タスクは艦内からブリッジに出て星鈴の名前を叫びながら姿を探す。だが返答は無い、時折見かける船員達が不思議そうな目でタスクを見つけるだけだ。艦内の行けそうな場所は全て見回ったつもりなのだが、どこにも姿は無い。最悪の事態が脳裏をよぎるが心を落ち着けてまだ探していない場所を考える。

 未だ艦橋とCICは探していないがそんなところに五歳の女の子が入れてもらえるわけが無い。と、ここまで考えて逆なのではとタスクは考えた。五歳の娘だからこそ入れるのではないのかと。タスク自身も幼い頃、旅客機ではあったが本来なら立ち入り禁止であるはずのコクピットに入れてもらったことがある。

 もしかしたらと考え、タスクは艦橋に向かった。当然、扉の前には銃を持った兵士が立っていたのだが彼は柔和な笑顔を浮かべると何も言わず中へと通してくれた。

「わ〜すごいすごい〜」

 聞きなれた星鈴の声が聞こえる、それもとても嬉しそうな声が。見てみれば艦長らしき人物に抱かれて、横に並んでいるギガベースを指指しながら見ていた。

 思わず安堵の溜息を吐いてしまう。娘を見つけたことの安堵で足の力が抜けてしまい、その場にへたりこんでしまいそうになるほどだった。溜息が聞こえたのか、艦長が振り向く。

「あぁこれはリンクス……おっと、これは失礼。タスクさん、どうされたんですか?」

「いや娘の姿が見えないもので探していたのですよ、まさか機密があるかもしれない艦橋にいるとは思いもしなかったもので」

「それは失礼しました。私が艦橋に入ろうとした時、このお嬢さんが中に入りたそうにしていたものでつい……私にも男の子ですが同じぐらいの歳の子供がいるものでして」

 言いながら艦長は抱いていた星鈴を下ろした。星鈴は「パパー」と言いながらタスクの足にしがみつく、その温かみがタスクにとっては何よりも嬉しい。

「あなたにもお子さんがいらっしゃるのですか、なるほどそれで」

「艦橋に部外者を入れるのは一応、軍規違反になるのですが今回はまぁ良いでしょう。戦場という場にありながら私達も和ませてもらいましたし」

 艦長が言うと「サー、イエスサー」という返事が聞こえてくる。星鈴はタスクの知らない間に艦橋のアイドルになっていたようだ。

「そういうわけですから気になさらないで下さい。それよりも時間が……」

 艦長が上を見上げる。タスクもつられてみればそこには時計が掛けられていた、タスクが出撃する予定の時間まで残り三〇分ほどだった。機体の微調整をすることも考えれば今から搭乗しておかなければならないだろう。その間、星鈴をどうするかだがここに残しておいて問題は無いように思える。

「すみませんが星鈴を預かっては貰えないでしょうか?」

「もちろん。私達が必ずや娘さんをお守りしますよ」

 艦長はタスクの願いを快く引き受けてくれた。内心で安堵しながらタスクは艦橋から格納庫へと降りていく。

「パパー! 絶対に帰ってきてね!」

 星鈴のこの言葉がタスクにとって何ものにも勝るエネルギーとなる。必ず任務を成功させて帰って来る、そう誓って格納庫へと続く階段を降りて行った。


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 出撃命令はまだ出ていなかった。しかしマッハはラインアークから与えられた、精確に言えば貸し出されている機体ゲイルストームを既に発進させ路上で待機している。インテリオルとGAが襲撃してくる日は今日なのだ、ラインアークからの出撃命令を待っていれば過去のように後手後手に回ってしまうことが目に見えていた。

 だからこそマッハは命令を無視して臨戦態勢を取っているのだ。オペレーターのナターシャもマッハの無理に付き合ってくれているらしく、彼女もいつでもオペレートできるようにマッハが出撃したときからずっとシートに座っている。

「ナターシャ、俺に付き合う必要はどこにもないんだぞ」

「いえ。私はあなたのオペレーターですから、最後までお供します」

「ありがたい」

 それだけ言ってマッハは敵の襲撃に備える。インテリオルとGA、どちらが先に来るのか。出来ることなら同時に来て欲しいところだ。そうすれば敵対しているインテリオルとGA同士が争い、漁夫の利を得る可能性もある。ただ、両者とも真っ先にラインアークを潰しに来る可能性もあるのだが。

 それでもまだ調整が完全ではないゲイルストームで戦わなければならない以上は、出来るだけ最小の損害で勝利を収めなければならない。会議室で威勢のよい啖呵を切ったは良いものの、マッハはラインアーク以外に行くあてはないのだ。自分専用のネクストさえあれば良いのだが、あいにくマッハは本当の意味で自分の機体というものを持っていなかった。

「敵機接近してきました、インテリオルです。方角は一〇時」

「了解した」

 オペレーターの言葉に短く応えてオーバードブーストを起動させて一〇時の方角へと向かう。インテリオルはすぐそこまで接近してきていた。今ゲイルストームはアームズフォート、スティグロと相対する形になっておりスティグロの上には一機のネクストが両腕を組んで立っていた。

「カラードNo.6、デミトリアスです。かなりの実力者と見られます、注意してください」

 マッハは返信しなかった。ナターシャに言われなくともデミトリアスの実力は既に測れている。今まで戦ってきたリンクスとは圧倒的に違う威圧感をあの金色の機体から感じるのだ。

 王者にも似た風格をデミトリアスの駆るネクスト、セスタスはその全身から放っている。今まで経験したことのないプレッシャーに飲み込まれそうになるも、マッハは歯を食いしばりながら耐え、オーバードブーストを解除した。

 このまま急接近をかけても良いのだが、エネルギーに余力を残しておかなければ咄嗟の事態に対処が出来ない。特にスティグロは機体前方に大型のレーザーブレードを装備している。真正面から相対しているのは危険だった。

『ラインアークのネクストか、どれほどのものか見せてもらうぞ!』

 デミトリアスが吼える。それだけで空気が震えるようだった。スティグロは何故か動きを止め、セスタスがオーバードブーストで真っ直ぐに接近してくる。ブースターで後退しながらライフルを撃つが、セスタスを構成しているのは重量級パーツでありライフルでは効果的なダメージを与えることが出来ない。

 接近戦でブレードを叩き込むことが唯一の道なのだろうが、本能が接近するのは危険だと告げていた。

 すぐそこまで来ていたセスタスがクイックブースターを使って瞬間的に距離を詰めてくる、三時方向へとクイックブースターを使うが逃げ切れず右腕を掴まれた。セスタスはゲイルストームの右腕を掴むと同時にオーバードブーストを解除する。

『まずは右腕ッ!』

 セスタスの左腕がゲイルストームの右腕に絡みついたかと思った次の瞬間、右腕の肘から先が引き千切られていた。AMSの効果で右腕に幻痛が走る。

 右腕が解放されると共に後退しながら牽制を兼ねた左のブレードを振るう。通常ならば相手は後退するはずなのだが、デミトリアスは下がらない。あえて前にでて、プラズマライフルを積んだ左腕でゲイルストームの右手首を掴んで動きを止めたのだった。

 次の瞬間セスタスの右腕が動き、ドーザーブレードによってゲイルストームの左腕が破壊される。それでもセスタスの右腕は動きを止めず、ゲイルストームの頭部を殴りつけ、そのまま鷲掴みにした。

『フンッ! ラインアークの専属だというから期待しておったのだが、ハズレだったようだな……貴様のようなリンクスはこのまま海の藻屑と消え去るがいい!』

 セスタスがアサルトアーマーを使用する。コジマ爆発が起こり、損傷を受けていたゲイルストームの両腕が吹き飛ばされ、プライマルアーマーも同様に失われた。セスタスはコアパーツと脚部を掴みゲイルストーム空中へと放り上げる。

 空中で天地が逆転していたがマッハはただ呆然とすることしか出来なかった。機体を動かそうにも各所が破壊されているために何も出来ない。ただセスタスが背中のグレネードを展開しゲイルストームに照準をつけるのを見つめることしか出来なかった。

『弱者が、二度と私の前に現れるなッ!』

 グレネードが発射される。回避できないゲイルストームは直撃を受けて爆炎に包まれ、海中へと沈む。その中でマッハは一言「これが、アッティカの金獅子……」と、一言だけ呟いた。


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 タスクの駆るネクスト、ハウリングがギガベースに先行してラインアークに到着する頃、既にそこは火の海と化していた。スティグロが暴れ周りビルを倒壊させありとあらゆる施設を破壊している。インテリオル・ユニオンに先を越されたとGAは今頃思っていることだろう。

 オペレーターに状況を伝えると即座にインテリオルの勢力を撃滅せよとの指令が来た。GAとしては何としても環太平洋における影響力を強めておきたいのだろう。だが敵がアームズフォート、スティグロが一機だけならばそれほど難しいことでもないはずだったがオペレーターの次の一言がこのミッションを難関なものへと変えた。

「インテリオル・ユニオンはネクストを投入している模様です。インテリオルのネクストはカラードNo.6デミトリアス」

 続いてデミトリアスと彼のネクストであるセスタスの情報が送られてくる、それを確認してから「了解」とタスクは簡潔に返事を返す。

 インテリオルがここまで侵攻しているということはラインアークの誇るゲイルストームはやられたということなのだろう。それもおそらくスティグロの手によってではなく、ネクストの手によって。ラインアークのゲイルストームはNo.4ダンテ、No.7ミストレス両者とも実力者であり、その両方を撃墜したと聞く。

 そのゲイルストームを倒すデミトリアスとはどれほどの猛者なのだろうか。考えただけで背筋に怖気が走る、だがタスクには星鈴が待っているのだ。負けるわけにはいかなかった。

「難敵か……だが、やるしかない」

 覚悟を決めてラインアークの路上へと接近する。そこには一体のネクストが立っていた。確認せずともそれがデミトリアスの駆るセスタスであることが分かる。タスクはデミトリアスの機体をみて驚愕せざるを得なかった。既にネクストと一戦しているにも関わらず損傷はほとんど無かったのである。

 幸いなことにセスタスはハウリングに対して背中を向けていた。レーダーには映っているはずだが、接近していることにデミトリアスは気づいていないのか。だとすればこれは好機以外のなにものでもない。

 ハウリングを降下させながら散布型ミサイルとグレネードランチャーの照準をセスタスに合わせる。向こうは振り向く様子すらない、完全に気づいていないようだ。完全なる背後からの奇襲、絶対に成功するはずだ、この一撃で全てが終わると確信してタスクはトリガーを引く。

 その瞬間にセスタスはクイックブースターを使用して反転したのだ。タスクの目が思わず丸くなるが既に砲撃は放たれているのだ、幾らデミトリアスの腕が良かろうとも完全に避けきれるはずが無い。

 散布ミサイルとグレネードが着弾し巨大な爆発を起こす、後には路上に空いた穴と、その横に佇むセスタスの姿があった。

『奇襲か、中々見事だったと言いたいが……まだまだだッ!』

 デミトリアスの気迫に押されてタスクは一歩後ろに下がる。格が違う、セスタスは爆発で損傷を受けているが損傷と呼べるかどうか怪しいものだ。加えてパイロットは奇襲を受けたというのに戦意が落ちてはいない、むしろ上がっている。

 両手を交差させた状態でセスタスはオーバードブーストを起動させた。タスクはハウリングを後退させながら両腕のガトリングガンを放つ。全てセスタスに命中しているのだが、全て急所を外されている。これでは敵の接近を許すことになってしまう。

「星鈴のためにも、俺は負けられないんだッ!」

 銃撃では倒せないと考えたタスクは両腕のガトリングガンを捨ててハンガーから小型のレーザーブレードを取り出し、両腕に装着する。

 オーバードブーストで接近してくるセスタスに右腕のブレードを発生させた状態で向かっていく。ここだ、というタイミングで右のブレードを振るうとセスタスは右手首を掴んでハウリングの攻撃を防いでいた。追撃のため左のレーザーブレードを発生させるが、それよりも早くタスクの視界はグルリと回り、衝撃と共に空が映っている。

 即座に仰向けに倒されているのだと感じた瞬間にメインブースターを噴かせていた、背部から火花を散らしながら路面を滑るハウリング目掛けてセスタスは右のドーザーブレードを繰り出す。避けられると思っていたのだが、ブースターを噴かせるタイミングが遅かった。左脚がドーザーブレードによって砕かれる。

 起き上がることが出来なくなったハウリングにセスタスは近づき、ハウリングの右腕とコアパーツを掴む。次の瞬間、またもやタスクの瞬間が高速で動いた。天地が逆になったと同時に激しい衝撃がタスクを襲う。

 ACごと頭部から地面に叩きつけられたのだと気づいた次の瞬間に、耐Gジェルによって守られているというのにタスクの体を大きな衝撃が襲い視界がブラックアウトした。


◇◇◇


 この後、デミトリアスがギガベースを破壊したことによってラインアークの攻防戦は終わった。今までラインアークが管轄していた地域はインテリオル・ユニオングループの管理下におかれることになり、ラインアーク所属リンクスであるマッハは機体と共に行方不明になる。ダンテは争乱の最中にラインアークにて修復されていた自分のACに乗り込み、脱出を遂げたらしい。

 デミトリアスに敗れたタスクも生存しており、条約によりインテリオルの占領軍により救助され怪我を負いながらも家へと帰る事が出来た。この争いが世界の動きを加速させるだろうと確信していたのは、おそらく全世界に一人だけだったであろう。

登場リンクス一覧
マッハ(ゲイルストーム)
タスク・アレグロ(ハウリング)
デミトリアス(セスタス)

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