『ラインアークの嵐』

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 肺に入れた煙草の煙を吐き出す。紫煙が僅かにではあるがマッハの視界を霞ませて、ディスプレイに表示される項目を見づらくした。とはいえそれも一瞬のこと、紫煙はすぐにゲイルストームのコクピットの外へと流れていき、ディスプレイもハッキリと見えるようになる。

 ディスプレイに表示させているのは現在のゲイルストームに使用されているパーツの一覧とスペックだった。それとラインアークが入手可能な、あるいはストックのあるパーツの一覧表とスペック表を見比べながらマッハは頭を悩ませている。

 ゲイルストーム、というよりかはホワイト・グリントと言った方が良いのかもしれないこの機体には二つの弱点があった。マッハの前任者であるパイロットに合わせて作られたワンオフ機体のためなのか、マッハにとっては非常に使いづらい。一言で言えば機体の速度が遅いのだ。

 マッハが得意とするのは近距離戦、というよりかは格闘戦だった。ブレードとライフルの扱い、特にブレードの腕に関しては自信がある。わざわざ技術者にブレードのリミッターを解除できるようにし、スペック以上の威力を引き出せるように改造してあった。しかし、こんな小手先の改造ではこの機体の弱点は克服できない。

 出せる速度が遅ければ近距離での戦闘において不利になるのは当然のことであり、それを克服するために両背中には追加ブースターを装備させてある。これが第二の弱点となっていた。両背中にもブースターを搭載したことにより、武装がライフルとブレードだけという非常に貧弱なものになっているのだ。アサルトアーマーがあるとはいえ、それがどれだけの威力を持っているのかマッハには分からない。

 そもそもゲイルストームに搭乗し出撃した回数もたかが知れている。ACと戦闘したのは先日のミストレスと戦ったときで二回目のことだ。まだこのゲイルストームの扱い方がマッハ自身良く分かっていない。

 ただこれらの問題はさしたる問題ではなかった。機体速度の問題について言えばマッハがまだこの速度に慣れていないだけなのかもしれないのだ。それ以上の問題をマッハは抱えている。

 自分のことだ。マッハは記憶が無い。自分自身が誰なのか、何故このラインアークでACに乗って戦わなければいけないのかが分からなかった。覚えていることはACに乗って戦っていたことと、幾つかの地名、そして数名の人物。ラインアーク上層部にマッハ自身が何者なのかを調べるよう頼んではいるのだが、どこまで進んでいるのかはてんでわからない。もしかしたらまったく作業を進めていない可能性すらある。

 ゲイルストームのコクピットを見渡した。確かな違和感がある。マッハは記憶を失う前にもACに乗って戦っていたということを覚えていた。どんなACに乗っていたのか、細部までは思い出せないにせよおぼろげには覚えている。だがそのACとこのゲイルストームには大きな差異があるのだ。

 まずコクピット内の機器が非常に簡素化されているような気がする。そしてそもそものシステム自体が大きく違う。以前まで乗っていたACにはAMS等というものは無かったし、コジマ技術なんていうものについては聞いたことすらなかった。操縦方法はあまり変わらないにせよ、AMSの存在により一層動かしやすくはなっているのだが、違和感が付き纏って仕方が無い。

 それが何故なのか、考えても考えても答えは出なかった。地に足が着いていない、一種の浮揚感に似た感覚に襲われる。こんな時に、アルテミスやオレンジボーイ、それにベアトリーチェがいてれくれたらと思うのだが彼女らについての情報は一切得られていない。以前、戦ったミストレスは機体の構成も戦い方も声もアルテミスそのものだった。しかし、彼女はアルテミスで無いようである。では、一体誰なのか。

 そもそも自分が誰なのかがわからない。マッハという名前も本名ではないのだ。自分自身の本名すらもそして実の年齢すらもマッハには分からない。己を構成するものが何か分からない。例えようの無い不安感が常に付き纏っている。落ち着かなかった。短くなった煙草を携帯灰皿に押し込み、新たに一本取り出して火を吐ける。

 その時、開けっ放しにしているコクピットハッチから声がした。

「ここが禁煙だと何度いえば分かるんでしょうか?」

 マッハのオペレーターをしているナターシャの声だった。彼女の方に向いてから、顔目掛けて紫煙を吹きかけた。ナターシャの眉がピクリと動いたが、マッハは意に介さない。

「コクピットの中は俺のもんだ、禁煙かどうかを決めるのは俺の権利だと何度も主張しているはずだが?」

 ナターシャの眉がさらに動く。マッハの言葉に刺激されたようだが努めて表情には出さないようにしている。良く出来た女性だと思う反面、こんな女はつまらないと思う。こんな簡単に予想できるような反応ではなく、こちらが予想だにしていないような返し方をしてくれた方が面白い。

 それこそ、アルテミスやベアトリーチェのような。


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 ラインアークの襲撃に参加するリンクスは一時的にGAの基地へと集められていた。ダンテが愛機ヴィオレッタと共に指定された基地に到着し、これまた指定された格納庫に機体を収めたときにはもう既に別のネクストがハンガーに固定されていた。機体のOSを終了させる前にハンガーに佇むネクストACの写真を撮影し、オペレーターに送る。

 十数秒ほど掛かった後、オペレーターからデータが転送されてきた。ダンテより先に到着したリンクスの名前はアネモイ、No.35のリンクスである。機体名はアイオロス。ミサイル以外の武装は無く、完全な支援機のように思えた。パートナーとしては理想的に思える、但し、今回に限ってではあるが。

 ダンテがゲイルストーム撃墜の任を受けたのには理由がある。カラードNo.7、レッドレフティの異名を持つミストレスを撃退したネクストがどれだけのものかが見たかったのだ。報酬などはどうでも良かった。No.4のダンテの口座には楽に暮らせるだけの額は貯まっており、リンクスをしているのはただの娯楽に過ぎない。

 機体をハンガーに固定し格納庫に降り立つ。ヘルメットを脱ぐと長い金髪が揺れた。周囲の整備員達の視線が一斉にダンテへと向く。それが何故か、ダンテ自身はよくわかっており彼らに微笑を返す。もちろん作り笑いだ。だというのに彼らの中には頬を朱に染めるものまでいる始末。男という生き物は一部を除いてどうしてこうも愚かなのか。

 格納庫に隣接して作られているラウンジの中へ入ると、ソファに一人の女性がいた。赤みがかった髪をポニーテールにしており、コーヒーを啜りながら一昔前の航空雑誌に眼を通している。他に人はおらず、隣の格納庫にあるのはダンテのヴィオレッタとアネモイのアイオロスだけ。となればこの女性がアネモイなのだろうか。

「お向かいに座らせていただいてもよろしいでしょうか?」

「あぁ、好きなようにしなよ。どこに座ろうがあんたの自由さ」

 アネモイらしき女性はダンテに目を合わせることも無く、コーヒーを啜りながら言った。その態度には自信のようなものが溢れているように見える。

「一つお伺いしたのですが、あなたがアネモイさんでしょうか?」

「そうさ。あたいがアネモイさ、ってことはあんたがダンテかい?」

 初めてアネモイの視線がダンテに向いた。ダンテは笑顔を作る。

「はい、ダンテと申します。今回の任務ではパートナーということですので、ぜひよろしくお願いします」

 軽く頭を下げながら言うとアネモイは少したじろいだように「あぁ、こちらこそよろしく」とだけ言った。あまり丁寧な対応というのにはなれていないらしい。

「実は今回の任務について相談したいのです。何せ相手はあのレッドレフティをも打ち倒したゲイルストームですから、あまりリンクスには馴染みがございませんが連携、が必要だと思うのです」

「あたいもそれにゃ同感さ。ところで悪いけどさ、煙草吸っても良いかい? 真面目に話すときはどうしても吸いたくなっちまう性質みたいでさ」

「えぇ、どうぞ。良かったら火を点けましょうか?」

 ダンテがそう言ってオイルライターを取り出そうとしたとき、既にアネモイは煙草をくわえてターボライターで火を吐けていた。

「いいさいいさ、そんなに気を使わなくても」

 アネモイの言葉と共に紫煙が流れ、ラウンジの中に煙草の香りが漂い始める。アネモイの煙草にはフレーバーが入っているのか、甘いバニラの香りがした。

「それよりも、あんたには何か策があるのかい? 相手はレッドレフティを落すほどの猛者だろ? 策の一つや二つは必要だと思うんだけどさ」

「それには同感です。ですが問題ないでしょう、先ほどアネモイさんのACを拝見させていただきましたが武装は全てミサイルですよね?」

「そうさ。空を飛びながら戦うにはミサイルがちょうど良いと思ってさ、あんたのACはどんな構成なんだい?」

「私のヴィオレッタは中距離戦を主体とした逆関節です。ですので、もしアネモイさんが宜しければ支援に徹して欲しいのです。ゲイルストームの武装はデータによればアサルトライフルとブレードだけですので、アネモイさんがミサイルで弾幕を張ってくだされば後はどうとでもいたします」

 言ったとたんにアネモイは快活に笑い始めた。予想外のことにダンテは少しだけ首を傾げる。

「さすがNo.4のリンクスは言うことが違うさ。自信たっぷりじゃないかい」

「いえいえ、自信など微塵も御座いませんわ」

 口元に手を当ててウフフと笑ってみせる。ダンテがアネモイに支援をして欲しいのはゲイルストームの接近を阻止してもらいたいというところが大きかったが、それ以外にもゲイルストームと一対一の状況を作りたかったからだ。ダンテがこの依頼を受けたのはそもそもレッドレフティを撃墜したリンクスがどれだけのものかを見たいからであって、ラインアークに恨みがあるわけでもなし、報酬が欲しいわけでもない。

 この様子だとアネモイはダンテの提案どおり支援に徹してくれるだろう。そうなれば予定通りゲイルストームと一対一の状況が作れる、但しミサイルが飛来してくる分だけゲイルストームが不利になるが。もっともレッドレフティを倒すのならばミサイルの弾幕ぐらいどうとでもするだろう。

 それに対処できないようなリンクスならば期待はずれだったということで、ダンテは撤退するつもりでいた。


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 その日もマッハは煙草を吸いながらゲイルストームのコクピットの中で調整を続けていた。この機体がマッハの得意とする戦法に対応できない以上、操縦系統を可能な限りパイロットの癖に合わせる事で対応するしかない。しかし、このネクストACのAMSというやつは複雑な機構らしく調整にも時間が掛かる。

 ネクストに乗り始めてまだ三ヶ月ほどしか経っていないマッハは未だにネクストの構造を把握しきれておらず、今こうして調整している最中もマニュアル片手にディスプレイと睨めっこを続けている状態だった。気づけば煙草はもう吸うところがなくなっており、今にも灰が落ちそうになっている。慌てて煙草を携帯灰皿に押し込むと不意に溜息が出た。そしてシートに体を預ける。

 何故ここにいるのだろう、という問いがマッハの頭に浮かんできた。そんなことを考えている場合ではないのだが、問わずにはいられない。ラインアークにいるのはU・N・オーエンと名乗る人物が、ここなら記憶を戻す手伝いをしてくれるだろう、と言ったからここにいるだけなのだ。

 しかし、ラインアークは本当にマッハの記憶を取り戻そうとしているのかは未だに不明瞭である。マッハがかろうじて覚えていることを全て伝え、調べてくれるように言ってはいるのだが回答が返って来た事は無い。ラインアークを信用することは出来なかった、だがここを出て行ったとしてもマッハに行くあては無いためラインアークでリンクスをしているわけだ。

「リンクス、ねぇ……」

 言葉に出してみるとより一層リンクスという言葉に違和感を感じる。リンクス、ネクストACを駆る者達の名称だがマッハはそんな風に呼ばれていた覚えは無い。リンクスなどという地を這う動物ではなく、もっとこう自由に大空を飛ぶようなもの。鳥の名前で呼ばれていたような気がするのだ。

 そこまで考えると真っ黒な鴉の姿が頭に浮かび知らない間に「レイヴン……」と呟いていた。それが何を意味するのかは思い出せなかったが、リンクスよりかはしっくりと感じられた。もしかするとそう呼ばれていたのかもしれない。だがレイヴンとは――

 思考を続けようとしているとアラームが鳴り響いた。即座にOSを戦闘モードに切り替えて司令部との回線を開くとディスプレイ上に「ネクスト接近」の文字が表示される。慌ててコクピットから飛び出し更衣室でパイロットスーツに着替えた。ヘルメットを小脇に抱えながらコクピットに戻ると、ディスプレイの右隅にナターシャの切迫した表情が映し出されている。

「何があった?」

 ヘルメットを被りバイザーを下ろしながらマッハはナターシャに聞いた。

「どこの差し金かまでは分かりませんがネクストが二機接近しています。警告は送っていますが、おそらく無視してくるでしょう。ゲイルストームはいつでも出られますか?」

「あぁ、いつでも出れる。敵の情報をくれ、可能な限り敵について知っておきたい」

「それでは送ります。今回、接近しているのはNo.4ダンテのヴィオレッタそしてNo.35アネモイのアイオロスです」

 ナターシャの言葉と共に二体のACの映像が映し出される。ヴィオレッタは逆関節機体、装備を見る限りでは中距離戦を想定した機体だろう。アイオロスは軽量ニ脚、武装は全てミサイルで統一されており支援に徹した構成となっている。マッハは舌打ちするしかなかった。

「近距離戦に特化しているゲイルストームでは荷が重いかもしれませんが……我々ラインアークの戦力はあなたしかいないのです。必ず、私達を守ってください」

「頼まれなくてもそうするさ」

 そう答えながらもマッハは胸中でラインアークに対して罵声を浴びせていた。ラインアークがマッハに何をしてくれたというのだろう、何もしてくれてなどいない。にも関わらずマッハはラインアークのために戦わなければならなかった。命をかけて、理不尽なものを感じたとしても不自然ではない。


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 ダンテはヴィオレッタをラインアークに立ち並びビルの屋上に機体を降り立たせた。パートナーであるアネモイのアイオロスは上空を飛んでいる。作戦としてはダンテの提案したとおり、アイオロスは支援に徹しヴィオレッタがゲイルストームと直接戦闘に望むことになっていた。

 No.7、ミストレスを落したマッハという男の腕前はどれほどのものなのだろうか。自分よりも強いのだろうか、他の男達とは違うのだろうか。期待が胸を高鳴らせ、ダンテの体を火照らせる。そして思うのは、アイオロスがいなければいいのに、だった。GAから協力しろと言われているから協力するだけのことで、本当ならば一対一で繰り広げたい。

 しかし状況はそれを許してくれなかった。だからアイオロスを支援に徹させることにしたのだ。海上ではなく、通路上で戦えばビルや柱が障害となりミサイルを防いでくれるだろう。ゲイルストームが現れればダンテは路上で戦うことを決めていた。そうすれば可能な限り邪魔を入らなくすることが出来る。

『どうしてもここを落すというのですね……』

 スピーカーから哀れみを帯びた女の声が流れる。この女は何を哀れんでいるのだろうか、まさかダンテとアネモイがマッハに倒されることを確信しているとでも言うのだろうか。ラインアークにそこまで思いこませるほどのリンクスとはどんな人物なのだろう、ダンテの体はさらに熱を帯びる。

『ったく、二体で来るとは本気で俺を落すつもりらしいな……まぁいい、出来るもんならやってみやがれ』

 ラインアークの通路上をオーバードブーストで疾走しながらゲイルストームが接近してくる。今の男の声はマッハのものなのだろう、声を聞いた感じでは若そうな様子だ。おそらくはまだ二〇代、それも前半だろうとダンテは思った。

「敵が来たな……予定どおりあたいは支援するから、直接戦闘はあんたに任せたさ」

 アイオロスがさらに高度を上げてミサイルの発射態勢を整える。それを確認してからダンテはラインアークの通路に降り立ち、ゲイルストームと真正面から相対した。

「あんたそこにいたらミサイルで上手く狙えないさ、出来れば海上に――」

 ここでダンテはアイオロスとの通信回線を切った。ゲイルストームと戦う舞台が出来たのならばもうアネモイに用はない。おとなしくこの戦いが終わるまで飛び続けていて欲しかった。

「さぁそれでは繰り広げましょうか……私とあなたの戦いを」

 言うと同時にECMを射出し飛び上がる。ブースターをクイックで噴かして一瞬でゲイルストームとの距離を詰め、ハイアクトミサイルを撃ち込む。発射し終わった後はゲイルストームの頭上を飛び越えていたためサイドブースターを思いっきり噴かせて百八十度旋回するが、ダンテの視界の中にゲイルストームはいなかった。

 こちらの攻撃が予想されていたとでも言うのだろうか。ゲイルストームとヴィオレッタの距離は非常に開いていた。ダンテがそのことに気づいたとき、ハイアクトミサイルは全て撃ち落されておりアサルトライフルの銃口がヴィオレッタに向いている。ECMを柱に撃ち込んだため、一帯は電波障害が起きているはずだ。にもかかわらずあのパイロットは比較的速度が遅いとはいえミサイルを撃ち落したというのか。

「素晴らしいですわ……でも、すぐにイかせてさしあげます!」

 着地と同時に背中のプラズマキャノンを撃つ。避けられることは分かっていた、そしてゲイルストームが距離を詰めてくることも。ゲイルストームの速度は予想よりも速かったが、迫ってくると分かっているのならば脅威にはなりえない。いつでも回避行動が取れるように身構えながらアサルトライフルを連射し、レーザーライフルを撃つ。

 ゲイルストームはプライマルアーマーで威力が大きく減衰されるアサルトライフルに対して回避行動は見せなかったが、プライマルアーマーの貫通力に優れるレーザーライフルだけは避けてくる。思い切りの良いパイロット、そう考えながらも接近を許してはならないためまたブースターを使いながら機体を跳躍させた。

『そんなことは分かってんだよ……その程度でNo.4だと? 笑わせんじゃねぇ!』

 下部から軽い衝撃を受ける。脚部の損傷率が僅かに上昇していく、咄嗟に前方にクイックブーストを吹かしながらオーバードブーストを使って距離を開けた。まさかロックされたというのだろうか。ゲイルストームはかなりの速度で接近してきていた、それに対しこちらはブースターを併用しながらジャンプしたのだ。通常ならばロックされていたとしても外すことが可能なはずであり、また相手に対しての撹乱行動にもなるはずだった。

 ダンテの背筋は冷えたが、体の芯はさらに熱くなり自分が濡れるのを感じる。興奮していた、このパイロットは予想以上の男だ。並ではない、こんな男に出会えたことにダンテは歓喜した。

「フフフ、素晴らしい……あなたに出会えたことに感謝しなければ。そして私とダンスを踊りましょう、楽しいダンスを」

『ダンスを踊るのは構わないが、俺のステップに付いてこれるのか?』

「こう見えても私ダンスは得意ですのよ、タンゴでもサルサでも踊れますわ」

『そうかい、でもACダンスは苦手だろう?』

 ゲイルストームがオーバードブーストでの急接近をかけてきた。まったく奇襲になっていないが、ゲイルストームのいた位置に大量のミサイルが降り注いでいた。マッハというパイロットは戦場全体を見る目もちゃんと備えているようだ。このままでは洪水になってしまいそう、ダンテの悦びはさらに大きくなる。

「そんなに急いでどうなさるのかしら?」

 上空からハイアクトミサイルとアサルトライフルの攻撃を浴びせる。ゲイルストームはさっきと同じようにミサイルはライフルで迎撃し、アサルトライフルは浴びるに任せていた。何か考えがあるとでも言うのだろうか。そのままゲイルストームはヴィオレッタの足元を通り過ぎる。

 アイオロスを狙っているのか、そう思い振り向こうとした時、背後に強い衝撃を感じた。そして機体は落下する。ディスプレイに目を走らせるとメインブースターがやられたらしかった。

「そんな!?」

 まさか狙って、と続けそうになったがレーダー上の赤い光点が高速で迫っているとそんな余裕は無い。サイドブースターで機体を旋回させるのが精一杯だった。気づけば近距離まで接近を許しており、ゲイルストームライフルはヴィオレッタを狙う。

 反撃と回避を兼ねて旋回しつつもサイドブースターを連続で吹かしながら両腕のライフルを放つ、ゲイルストームも同じように動いている。傍から見れば踊っているように見えたかもしれない。

『確かにダンスは上手いねぇ、けれどワンテンポ遅い!』

 モニタ一杯にゲイルストームが写し出された。考える暇も無く、反射的にバックブースターをクイックで噴かして距離を開ける。が、ゲイルストームのブレードはヴィオレッタを捕らえ右腕を切り落としていた。

 ゲイルストームがブレードを振り切った瞬間、ダンテは今しかないとプラズマキャノンを放つ。至近距離から撃ち出されたプラズマエネルギーの奔流はゲイルストームの右腕を吹き飛ばし、頭部とコアの右半分にも僅かながらダメージを与えた。

 ダンテは思わず絶頂に達しそうになったが、ゲイルストームはそれを許さない。右上半身に多大なダメージを受けたというのにさらに距離を詰めてきたのだ。

 完全に予想していなかった行動にダンテの思考は一時停止する。ヴィオレッタの動きも止まった。それをゲイルストームはレーザーブレードを薙ぎ、ヴィオレッタの上半身と下半身を切断する。


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 アイオロスのコクピットの中でアネモイは歯噛みしていた。ダンテが予定外に無い行動、路上で戦い始めたために支援が出来なかったのだ。かろうじて一度だけミサイルを撃つことが出来たがそれは失敗に終わっている。

 そして今、アネモイはゲイルストームを捉えているのだがヴィオレッタと舞うようにして戦っているためにトリガーを弾けないでいた。ダンテは通信回線を切っているのか幾ら呼びかけても返事は返ってこない。

 アネモイがもどかしい気持ちのままダンテの機体を見守っていると、ヴィオレッタは右腕を切り飛ばされていた。だがダンテも反撃にプラズマキャノンを放ち、ゲイルストームの右半身に致命傷とまではいかないまでも大ダメージを与えている。これはもしかすると、とアネモイは淡い期待を抱いたのだがゲイルストームのパイロットは並ではなかった。

 右腕が吹き飛ばされたというのにさらに距離を詰めてヴィオレッタを両断したのである。

「ダンテッ!」

 アネモイはパートナーの名を叫んだが返事は無い。ヴィオレッタは完全に撃墜された。ディスプレイに映っているのは、上半身と下半身に分かたれたヴィオレッタ。そしてブレードを振り切ったゲイルストームの姿だ。

 ゲイルストームはロックオンしている、ヴィオレッタがすぐ側に倒れていたのが気に掛かったがアネモイはトリガーを引いて全てのミサイルを発射した。ヴィオレッタを撃破したことでゲイルストームのパイロットは気が緩んでいたのだろうか、ミサイルに対する対応が遅れいている。

 後方に逃げようとしていたがミサイルの方が早かった。ゲイルストームにミサイルを迎撃する手段は無く、全てのミサイルが緑色の機体を直撃する。爆発の様子からしてプライマルアーマーは残っていたようだが、あれだけのミサイルを浴びたのであれば無事ではすまない。証拠に、レーダー上からゲイルストームは消えていた。

『そんな!? まさか、ゲイルストームがやられるなんて……』

 スピーカーから絶望の声を上げる女の声が聞こえる。

登場リンクス一覧
ダンテ(ヴィオレッタ)
マッハ(ゲイルストーム)
アネモイ(アイオロス)

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