『レイヤード強行偵察』

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 暗いオフィスの一室でオーエンは煙草を吸いながらパソコンに目を向けていた。ディスプレイに表示されているのはオーメル社の今後の予定である、当然外部の人間が見れるものではないがどこにでも裏口というものは存在する。

 オーエンはネット上の裏口からオーメルのコンピュータに侵入しているのだ。いわゆるハッキング。こうして手に入れた情報を取引しているのがブラックゴート社という会社なのだ。もちろんオーエンが持っているのはオーメルの情報だけではない。GAもあればインテリオル・ユニオンのものもある。

 ありとあらゆる企業の内部機密をオーエンはその手にしていた。さらにいえば企業だけでなく、企業と敵対することが可能な組織の情報も持っている。だからこそブラックゴート社は誰からも狙われず、自由に行動しその組織規模とは比較にならない力を発揮できるのだ。

 だがそれも裏を返せば、誰からも狙われているということにもなる。オーエン率いるブラックゴート社が襲撃を受けないのは企業連がまともに機能していないためであろう、もし企業連が正しく機能すればブラックゴート社はたちどころに武力制圧される。その前にオーエンは目的を達成させねばならなかった。

 自動ドアが開き、一筋の光が室内に入ってくる。視線を向ければ黒いスーツを着たショートヘアの女性社員がファイルを片手に入ってきたところだった。

「誰かと思えばセレ・クロワールか、入るときは名乗るようにと言ったはずだが?」

「申し訳ありませんマスター。元々こういったことはプログラムされておりませんでしたので」

 セレの言葉には抑揚というものが存在しない。精密な機械が喋っている印象を受ける。オーエンは「やれやれ」と言いながら椅子から立ち上がり、セレの持ってきたファイルを受け取った。

「セレ、君はもう管理者じゃない。ブラックゴート社の秘書だ、もっと人間らしく振舞えないものかな?」

 オーエンはセレのファイルの中からA四サイズの紙を数枚取り出した。そこに印刷されているのはカラードNo.2グラムとNo.20のペルソナ・ノン・グラタのデータである。

 ぺらぺらと音を立てながらオーエンは資料を確認して溜息を一つ吐いた。

「セレ。君の情報収集能力はハッキリ言って比肩する者がいないほどに優秀だ、さすがIBISと言ったところだがプライベートの情報はいらないんだよ。私が欲しいのは彼らの戦闘データなんだ、君にも必要になるんだよ?」

「申し訳ありませんマスター。今の話を総合して考えると、オーメルの調査部隊を排除するのにマスターと私が出撃するということですか?」

 相変わらずセレの言葉に抑揚は無い。オーエンはじっとセレの瞳を見つめる、そこにあるのは人間の目ではなく、良く出来た高性能のカメラだ。セレ・クロワールに本来実体と呼ぶようなものは存在しない、彼女の体は高性能のアンドロイドといったところなのである。

「そういうことだ。私はアマランスで出る、君にはI−CFFF−SERREで出てもらうことになる」

「反論させてもらいますマスター。マスターの機体はネクストですが、I−CFFF−SERREは現在では旧式の機体です。ネクストの相手はできません」

「まぁそういうな、ちゃんと手は打ってあるさ。デスサッカーと同じようにね、ネクストとも対抗できるように改良してある。安心したまえ、君は彼らがレイヤードに相応しいか見極めれば良い」

 そう言ってオーエンはセレの肩に手を置き、僅かに唇を触れ合わせる。柔らかな感触はあるが温かみは無い。そしてセレの表情にも変化は無かった。オーエンは溜息を吐く。

「今の行為にどのような意味があるのでしょうかマスター?」

「意味はないよ。ただ君を困らせたかっただけさ」

 オーエンの言葉の意味が理解できなかったのかセレはオーエンを見上げている。但し彼女に表情は無い、考えていることが分からないためにオーエンは何と言って良いか分からなかった。管理者として開発されたAIに人間に近い体を与えたのは一種の実験だったのだが、失敗だったかもしれない。


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 ペルソナ・ノン・グラタは再びアルファレイヤードの入り口へと向かっていた。但し状況は前回とかなり異なっている。依頼者は企業連ではなくオーメル、同行しているのはカラードNo.2のグラム。そしてオーメルグループ参加の企業ローゼンタール社のノーマルACであるシールド装備型のTYPE−DULAKEが三機随伴していた。

 同行しているDULAKEはデータ収集のために背部にレーダーが追加されている。それ以外は通常のDULAKEとの違いは見られなかった。数も戦力も前回訪れた時よりも多い、だがペルソナの心臓の鼓動は高くなるばかりである。

 前回、アルファレイヤードへと続くハッチの側まで来た時にやつは現れたのだ。白い悪魔、デスサッカーが。首を振って頭を振り払う、前回は前回、今回は今回だ。今日も現れるとは限らないが、デスサッカーの恐怖は体に刻みこまれてしまっているらしい。

「どうしたペルソナ? 歩みを乱すな」

 グラムに言われて少し遅れて歩いていたことに気付く。フォーメーションとしてはペルソナのブルーテイルとグラムのフラウトが二機並んだ形で先行し、後続のDULAKEは逆三角陣形で進むこととなっていた。だがいつの間にかブルーテイルは僅かに後ろへと下がってしまっていたのだ。

 間違いなく、デスサッカーに対する恐怖の表れ。

「気になることでもあるのか?」

「いえ、ありません」

 グラムからの問いを即座に否定する。決して自分は恐怖などしていない。デスサッカーと戦った時をもう一度よく思い出してみろ、決して惨敗を喫したわけではなかったではないか。デスサッカーの火力は確かに高い、あたればひとたまりもない。しかしそれは当たればの話であり、避けることは不可能ではないのだ。

 そしてデスサッカーの機動力はネクストと比べると低く、装甲は硬いが決して敗れないというわけでもない。勝てる要素は充分にあるのだ。もしデスサッカーと再び遭遇したとしても勝てる、ペルソナはそう自分に言い聞かせる。

 陣形を直して緊張をほぐし、アルファレイヤードの入り口へと向かう。モニターに映る風景、レーダー、外部から入ってくる情報全てに気を配るが不審な点は何も無く、それこそ何の妨害もなくレイヤードの入り口へと着いた。

 レイヤードの入り口は小高い丘に口を開いたハッチである。蓋は閉じていたがオーメルのオペレーターが遠隔操作したらしく、通信の後にゆっくりとだがハッチが開いていく。その間、ブルーテイルは中から敵が出てこないか、フラウトは周囲に敵が現れないかを警戒していたのだが何も起こることは無かった。

 現在のところは順調に進んでいる。その順調さが怖ろしくさえあった、これから起こる凶事の前触れではないのか。ペルソナはどうしてもそう考えてしまう。おそらくはデスサッカーがそれほど怖ろしいものとして深層意識にインプットされてしまったのだろう。もしくは単純な未知の領域に踏み込むことへの怖れがそう感じさせるのか。

 ペルソナ自身にはこの胸のざわめきの正体が何か分からなかった。

 ハッチが完全に開くと、鈍く重たい音を響かせる。中を覗き込むとどれだけ深いのだろうか、ところどころに灯りが灯っているのだが底が見えなかった。

「私が先に行く、ペルソナ。後からついて来い、その後にノーマルだ」

「了解しました」

 反対する理由も無いためにおとなしくグラムの指示に従う。フラウトは躊躇う様子も無く底の見えないレイヤードの中へと降りて行った、中を覗き込むとフラウトの姿は小さくなりそのうち見えなくなった。一体レイヤードはどこまでの深さがあるのだろうか、行ってみなければ分からないし、行くことが任務なのである。

 ペルソナも躊躇うことなく愛機ブルーテイルを地底深くへ続く穴へと飛び込ませた。

 デジタル高度計の数字が小さくなり、ついにはマイナスになる。ブースターを吹かして減速させずに、重力に任せてただ落ちてゆく。上を見上げれば同じようにして降りてきているDULAKEの姿が見えた。

 どこまでこの穴は続くのだろう、と下を見るとようやく地面らしきものが見え始める。ブースターを使用して減速しながら着地すると、そこはとてつもなく広いホールのような場所だった。ACの戦闘が可能な広さ、過去に戦いがあったのかいたるところに銃撃の跡が見られ、床にはACかMTかは分からないが機械の残骸が落ちている。

 ブルーテイルに続いて三機のDULAKEも無事に着地した。

「ここが……レイヤードか」

 通信機からグラムの感慨深そうな声が聞こえる。今の人類は地上へと進出する前に、一時期ではあるがこのレイヤードで暮らしていたという。ある意味では人類の故郷と言えるところなのである。だからだろうか、ペルソナの胸中には一種の懐かしさに似た感覚があった。

「先を急ごう」

 グラムが先行しその後にペルソナも続く。どこへ向かえば良いのかまったく分からなかったが、このホールからの出口は一つしかないようだった。今のところはそこに行くしかない。過去にレイヤードで暮らしていた歴史があるとはいえ、レイヤードの情報は全て失われてしまっているのだ。

 レイヤードに来たということで誰もが興奮していたのだろうか、フォーメーションはいつの間にか忘れ去られていた。グラムが突出する形になり、その次にペルソナ、そしてノーマルAC三機が群れて固まる形となっている。

 特にグラムはレイヤードに気になることがあるのか進むのが早い。ペルソナはデスサッカーがやはりトラウマになっているのか、警戒しながらでしか進むことが出来なかった。

 それが結果的に悪い事態を生むことになる。突出していたグラムのフラウトが通路へと出た瞬間、扉が閉まったのだ。ペルソナは遠隔操作で扉を開けてもらおうと通信を試みたが、外へ通信は繋がらない。あまりに地下深くに来ているためなのだろうか。

「くそっ……」

 舌打ちを一つして扉から距離を取り、破壊するために両腕のライフルを構えた。

「それはなりませんリンクス……マスターからあなたをここから先に進ませぬよう仰せつかっていますので」

 通信機から無機質な女の声が聞こえる。電子音声のような声だった。そしてレーダーに映る赤い光点、場所は上方。カメラを向ければそこには見たことの無い機体が宙を飛んでいた。ネクストではない、かといってノーマルではない黒い機体。サイズで言えばネクストと対して変わらないだろうが、背中に翼を供えておりそのような機体はどこの企業も製造していない。

 ライフルを扉からその黒い機体へと向ける。

「所属は?」

「それを名乗ることはマスターから許されておりません。ですが私の名はセレ・クロワール。そしてこの機体はI−CFFF−SERRE、と呼ばれていました。ですが旧式の機体ですので再設計が施され、現在はアイビスと呼ばれております。ではカラードNo.20のペルソナ・ノン・グラタ様にお聞きいたします、何故あなたはここに参られたのですか?」

 所属こそ名乗らなかったものの、セレ・クロワールと名乗る女は意外なほど多くの情報をくれた。だからといってそのお返しに返答をしようとは思わない。代わりに銃の引き金を引く。

 だがアイビスはそれこそ宙を舞う軽やかな天女のような動きで対AC用ライフル弾を回避した。

「教えていただけないのですか……それでは仕方ありません。こちらから攻撃する必要はありませんでしたが、攻撃されたのならば防御のためにこちらからも攻撃する必要があります。私自身にあなたを倒す気は御座いませんが、止むを得ませんので。ご武運をお祈りしています」

 セレ・クロワールはそう言うとアイビスの背中から何かを射出した。ミサイルでは無い、見たことの無い形のものだった。それは三機のMT群に直進する。その軌道は明らかにミサイルと異なるものであり、アイビスの背中から放たれたものはレーザーを発射し三機のMTを瞬時に撃破した。

 何かはレーザーを打ち終えるとアイビスの背中へと戻り、格納される。ペルソナの背筋に冷や汗が伝う。未知の兵器である、対処方法はまったく分からない。威力はそれなりにあるようで、軌道を見る限り命中率も高そうだ。そしてレーザーはプライマルアーマーを貫通しやすい。

「オービット、という兵器です。昔からあるものですが、ご存知ありませんでしょうか?」

 ペルソナにはアイビスの黒い姿が悪魔のように見えた。


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 グラムのフラウトが通路に出た瞬間、背後で扉が閉まった。即座に振り返り、開けるために外部への通信を試みるが通じない。ここが地下であるせいだろうか。オーメルへもオペレーターにも連絡が取れないというのは不測の事態ではあったが、戦場ではよくあることだ。ホールに閉じ込められる形になったペルソナ達も自分たちでどうにかするだろう。

 グラムにはグラムの目的があるのだし、レイヤード内のデータを持ち帰ることが任務なのだ。ここは先へ急ぐことを優先し、通路を進むことに決めた。道は左右に分かれていたが左は扉で閉められており、右には何も遮るものが無い。扉の開け方が分からない以上は進めるところを進むしかない。

 途中で幾つかの分かれ道があったが、どこも扉で閉じられており結果として一本道になっていた。この通路はどこへ続くのだろうと考えていると出口が見え始める。

 その出口を出たグラムは眼前に広がる光景に驚愕せざるを得なかった。そこは荒野だったが、地下だというのに上を見上げれば青空が広がっている。外にいるのと何も変わらない光景がそこに広がっていたのだ。

「これが、レイヤード……」

「そうですよ。ここがレイヤードです、素晴らしいでしょう?」

 グラムが思ったことを口にすると、思わぬ返事があった。声は男のものであり、聞き覚えは無い。そしてレーダーには高速で接近してくる敵の表示がある。機体をそちらに向けると、一機のネクストACがオーバードブーストでこちらに接近してきていた。

 そしてこちらのロックオンできない距離で着地する。カメラをズームさせてその機体を確認すれば、オーメルのパーツを中心にして組まれた軽量ニ脚ネクストであった。全身を青く塗装していたが左腕だけが赤い、その赤い左腕には黒い山羊のエンブレムが刻印されている。

 カラードに登録されているネクストは一通り頭に入れているグラムであったが、目の前にいるACの存在は知らない。もしかすると先日ギア・トンネルを襲撃した一味なのだろうか。

「貴様……何者だ?」

「アンノウン、とでも申しましょうか……それだけでは誰か分かりませんので、一応ヒントを。アガサ・クリスティーはお好きですか?


「知らんな、そんな名前」

「そうですか。それは残念です、彼女の推理小説は実に素晴らしいですよ。機会があればぜひ一度読んでみることをオススメします」

「御託は良い。貴様の目的は何だ!? 答えてもらおうか」

 ロックオンが出来ないとはいえ、牽制のために両腕のライフルを向ける。

「警告ですよ。これ以上先に進むな、という警告。決してあなたと戦いに来たのではありません、ですが企業に警告の意味もかねてあなたの機体をある程度は破壊させてもらわないといけないので抵抗しないで下さい」

「馬鹿にするな、自分の機体を破壊すると言う相手に対して、はいそうですか。というヤツがどこにいると思う!?」

「それもそうですね、ではあなたと戦うしか無いのでしょうか? 残念です、私は争いというのが非常に嫌いなんですよ。ですが仕方が無い、あなたと私の利益が合致しないというのでは暴力で解決しなければならない。あぁ、実に残念だ。」

 アンノウンと名乗る男はそう言って機体背部と肩に搭載されている武装を展開させる。右背中に搭載されているのは十六連装ミサイルであるWHEELING01、左背中には大型分裂ミサイルである061ANCM、肩には同じく連動発射式分裂ミサイルの061ANRMが積まれていた。両手に持っているのはアサルトライフルAR−O700である。

「では、行きますよ」

 青い機体は背中と肩の分裂ミサイルを発射しながらオーバードブーストで距離を詰め、そして連装ミサイルを放つ。グラムは頭の中で回避行動を即座に組み立て、実行に移した。飛来してくるミサイルを避けながらイレギュラーネクストが次にどこへ来るのかを考える。

 おそらく敵はグラムの左側を取ろうとしてくるはずだ。戦場で培われた勘がそう告げている。

 勘に従い機体を左に向けるとイレギュラーネクストは両腕のライフルを向けていた。マズルフラッシュが放たれると同時に上昇し、敵の斜め上方から背中のグレネードランチャーを放った。イレギュラーネクストは後退し回避しようとするが爆風によりプライマルアーマーが散らされると同時に、多少のダメージも負ったらしい。

 再びイレギュラーネクストはミサイルを撃ってくるが、これもグラムには予測できていたことである。グレネードで混乱したのなら距離を取るためにミサイルを放つはずだと踏んでいたのだ。

 敵のミサイルを回避しながらミサイルを撃ち返す。イレギュラーネクストは見事という動きでミサイルを避けるが、見事すぎた。教科書どおりの動きであり、グラムには敵の未来位置が簡単に予測できる。その位置にライフルの銃口を置いておくと、案の定その前にネクストが現れた。

 トリガーを引くとイレギュラーネクストに次々と弾丸が当たり、プライマルアーマーを貫き装甲に損傷を与える。グラムのフラウトが再び地上に降りたとき、イレギュラーネクストのプライマルアーマーは既に無くなっており、致命傷とまでは行かなくも至るところに損傷が見受けられた。

 イレギュラーネクストは急速に後退をかけてフラウトの攻撃範囲外へと逃れる。

「どうした? 大層な言葉を吐いた割には不甲斐ないな」

「自分でもそう思いますよ……いやぁ、カラードのリンクスがこれほどまでとは思っておりませんでしたので。正直、驚きです」

「相当馬鹿にしてくれていたようだな。だがいい、これから見せてやるよ。その首輪つきの実力ってヤツをな!」

 前方へクイックブーストをかけるとイレギュラーネクストがロックできた。背中と肩のミサイルを発射し、相手を回避行動に誘う。先ほどと同じように回避してくれればグラムの思うがままになる。

 だがイレギュラーネクストは回避行動を取らなかった。いや、正確に言うと前方へ飛び出すことによって回避行動をとると同時に距離を詰めてきたのだ。フラウトは近〜中距離の射撃戦を考慮した機体だが、手にしているアサルトライフルの威力は向こうの方が上である。真正面からの撃ちあいになれば撃ちまける。

 そう考えて後ろにクイックブーストで下がる。イレギュラーネクストからコジマ粒子の光が漏れた。アサルトアーマーを放つ気らしい、イレギュラーネクストはクイックブーストを使ってさらに距離を詰めてくる。フラウトは敵のアサルトアーマーの射程距離圏内にいた。逃れるために左へとクイックブースターを使って逃げる。

 これで敵の射程距離圏内から出れた。そう考えたがグラムは愕然とする、イレギュラーネクストは動きを読んでいたとでも言うのだろうか。吸い付くようにしてフラウトの動きに対応していたのだ。

 アサルトアーマーが炸裂する。眩い光とそして衝撃、右腕の損傷率が一瞬で上昇しプライマルアーマーが剥ぎ取られた。

「ではまず右腕を頂きますよ」

 冷静なアンノウンの声に続き激しい銃撃と、金属の弾ける音が響きフラウトの右腕が完全に破壊される。何とかしなければ、グラムがそう考えている間にもイレギュラーネクストはフラウトの背後を回り込み、左腕の付け根に銃口を突きつけていた。

 そしてフラウトの両腕は破壊される。

「貴様……図ったな……」

「まさか、必死でしたよ。私はあなたほど戦闘に長けていない、ただあなたが人間のとある本能に気付いていなかったから私は勝てただけのこと。もしあなたが人の本能に気付いていたのならば私は負けていたでしょう。それでは、二度とレイヤードで会わないことを期待していますよ」

 そう言い残すとイレギュラーネクストはレイヤードの奥へとオーバードブーストを使用して去っていく。


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 ペルソナの愛機、ブルーテイルは限界に近づきつつあった。対峙している敵、アイビスの機体性能自体はさして高いものではないはずだ。確かに速度は速いがクイックブーストに類するものは搭載されている様子が無く、ネクストが可能とする変則的な動きは出来ない。

 にも関わらずペルソナが押されているには理由がある。

 アイビスに搭載されているオービットだ。法則性があるのかもしれないが、その軌道が読めない。威力そのものは高くないにせよ、オービットが放ってくるのはレーザーでありプライマルアーマーを貫通してくる。それにプレッシャーを感じるのだ。

 そしてオービットの回避に気を取られているとアイビスからもレーザーライフルが放たれる。こちらはオービット以上の威力を誇っており、一撃で仕留めて来る様な威力は無いものの当たり続けてはいられない。

 未知の敵、未知の兵器との戦闘によりブルーテイルは多大な損傷を負わせられていた。だがそれ以上に、ペルソナは心理的な負担を負わされている。

 武器はどれも使用可能な状態であるのだが、どう攻撃すれば的確にダメージを与えることが出来るのかイメージできない。かといって闇雲に攻撃できるほど弾は残っていなかった。自然と攻撃は出来なくなってくる。

 どうすれば、どうすればいい。考えても答えは出なかった。アイビスはブルーテイルの頭上をフワフワと漂い続けている。そして一瞬ではあるがその動きが止まった。

 チャンスと捉えて両腕のライフルを放ったがアイビスは易々とそれを避ける。

「マスターの方が仕事を終えられたようです。私の役目もこれで終わりました、では失礼いたします」

 ご丁寧なことにアイビスは優雅に頭を下げる仕草をしてから上昇をかける。そしてペルソナ達が降りてきたのとは別の通路の中へと姿を消していった。

 アイビスの姿がモニターからもレーダー上からも消えたことを確認してから、ブルーテイルの状況を確認する。至るところが損傷だらけではあったが、幸いにして完全に破壊された部位は無い。しかし偵察用のノーマルAC三機は全て撃墜され、ペルソナの獲得したレイヤード情報はといえばこのホールと、そしてアイビスだけである。

 だがまだミッションは失敗していない。通路の先へと進んだグラムがレイヤードについての重要な情報を持って帰って来るかもしれないのだ。そう思ってグラムの消えた扉へカメラを向けると同時に扉が開く。

 そこから出てきたのは、両腕を完全に破壊されたフラウトの姿だった。予想外の出来事にペルソナは言葉が出ない。

「完全にしてやられた……ペルソナ、撤退するぞ」


登場リンクス一覧
グラム(フラウト)
ペルソナ・ノン・グラタ(ブルーテイル)

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