『レイヤード周辺偵察(2)』

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 レイヤードへと続くハッチは閉ざされていた。周囲は平原であり、コジマ汚染もさして進んでいないようで実に平和そのものである。外部マイクの感度を上げれば小鳥のさえずりが聞こえるのではないかと思うほどであった。

 しかし、それら全てを台無しにしてここで戦闘があったことを思わせるものが嫌というほどに残されている。回収されきっていない車両やノーマルACの残骸がまだ至るところに散らばっていた。事前に渡されていた資料と同じく、どれもが光学兵器による攻撃を受けたように見える。

 それらを見渡した後でペルソナ・ノン・グラタは思う。本当にこれはノーマルACの仕業なのだろうかと。資料によればノーマルAC一機による襲撃で調査部隊は全滅したとある。だが調査部隊にはノーマルACが数機、護衛としてついていたはずなのだ。

 ノーマルACとノーマルACではそれぞれ特徴があるにせよ、総合的なスペックで言ってしまえばどれも同じ程度のものだろう。同じ程度のものがぶつかり合えば、必然的に数が多いほうが勝つものである。

 だというのに企業連のノーマルAC部隊は一機のノーマルACの手によって全滅させられた。いささか腑に落ちない話である。

「見れば見るほど、おっかしな話だよなぁ……一機のノーマルでここまで出来るとは思わないが……」

 レオンからの通信が入る。独り言のようにも取れるが、ペルソナに同意を求めていることは分かる。だがペルソナは返事を返そうとは思わなかった。

「おい、何か言えよペルソナ。意思の疎通は大事だぜ?」

「確かにそれには同意できるけれど……その暇あるのかな?」

「何でだよ?」

「レーダー」

 簡潔に答えてペルソナはレーダー画面を凝視する。先ほどは一瞬だったため見間違いかと思ったが、今は明らかにノイズが走っている。これは何かの兆候だろうか、もし資料にあった通りだとするならば不明ACが接近しているということなのかもしれない。

「何かノイズ混じってるな……そっちはどうだ?」

「こっちも、ECMばら撒かれたのかも」

 レオンの舌打ちが聞こえた。

 ペルソナはレーダーから眼を離し、モニターに眼を映す。ここは三六〇度、見渡す限りの平原だ。隠れられるような場所はどこにもない、ECMでレーダーが使えなくなったとしても目視で探すことが出来る。

 そしてすぐに発見することが出来た。

 ブルーテイルから見て三時の方向にACらしき機動兵器が接近しつつある。拡大してみれば、純白のノーマルACのようだ。但し頭部だけは漆黒に染められ、右腕には鋭角的なデザインのライフル、おそらくはレーザーライフルを持っている。

 間違いなく資料にあったとおりのノーマルACだ。

「三時の方向、不明ACを目視で確認」

 レオンに通信を入れる。

「了解、こちらでも確認した……けれど、ありゃ……」ここでレオンの言葉は途切れてしまった。彼には何か心当たりがあるのだろうか。しかし所詮、敵はノーマルACなのだ。コジマ技術の使われていない、時代遅れの兵器。せいぜい、オーバードブーストを装備していたとしてもネクストのそれと比べれば速度は遅い。

 脅威と呼べるものではなかった。ペルソナは溜息を一つ吐く。

「ペルソナ・ノン・グラタ、先に仕掛けさせてもらう」

 オーバードブーストを使用し一気に距離を詰めに掛かる。ノーマルACはブースターを吹かす様子もなく、ただそこに佇むだけだった。そこに不気味なものを感じつつもオーバードブーストを解除し、慣性で距離を詰めながら両腕のライフルの照準を定める。

 ロックされていることは向こうだって分かっているはずだ。だというのに何故かノーマルACは動こうとしない。不気味なものを感じつつも躊躇うことなくペルソナはトリガーを引いた。

 両腕のライフルから銃弾が放たれノーマルACに直撃する。大抵のノーマルACの装甲ならば貫通するネクストの銃弾だが、黒い頭部のノーマルが持つ装甲はその銃弾を弾いてみせた。

 驚愕せざるを得ない。有り得ないことが起きたのだ。ペルソナが何故と思っている間に白いノーマルは右腕のライフルを持ち上げると、エネルギー弾をそこから発射した。

 咄嗟に右のサイドブースターをクイックで噴かすも、タイミングが僅かに遅い。エネルギー弾はブルーテイルのプライマルアーマーを易々と貫通し、そして右肩のフレアを焼きちぎった。バランスが崩れたことによりエラーが発生し、ペルソナは左肩のフレアをパージする。

 白いノーマルが撃ってきたのは恐らくレーザーだ、だからプライマルアーマーも貫通させることが出来たに違いない。しかし機体の周囲に散布しているコジマ粒子の量が明らかに減衰していた。ペルソナが始めて遭遇した未知の兵器である。

「何なんだ……あれは……?」

 それは本心からでた言葉だった。


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 白いノーマルACとブルーテイルの一瞬の攻防をレオンは瞬きせずに見ていた。ブルーテイルが放った弾丸は弾かれ、白いノーマルのレーザーはブルーテイルのフレアを破壊した。それだけでなくブルーテイルの周囲にあるコジマ粒子も減衰させたようで、ブルーテイルのプライマルアーマーが揺らいでいるように見える。

「まさか……あれが、デスサッカー?」

 曾祖母レイラから聞かされていた戦場伝説が今、目の前にあるのだ。御伽噺として聞いていたものがまさか本当に存在し、ネクストの時代にも通用するとは思えなかった。だが事実、デスサッカーはネクストに披見しうる性能を秘めている。

 ペルソナはさらに攻めるつもりなのか、両背中の武器を展開する。それに対応するようにデスサッカーらしきACはも背中の砲身を展開させた。もしあれが本当にデスサッカーだとするのなら、背中の武器はエネルギーキャノンだ。しかもその威力は、おそらくアームズフォート一機を楽に破壊するだけの威力を秘めていると思われる。

 このまま撃ちあいになればブルーテイルは残骸と化すかもしれない。そう思った瞬間、レオンの体は動いていた。オーバードブーストを発動させると共に、背中の垂直ミサイルと肩の連動ミサイルを同時に発射し左背中のチェインガンを発射可能な状態にしておく。チェインガンがデスサッカーに通用するとは思えなかったが、目くらましにはなるはずだ。

 デスサッカーの背部、二本の砲身の間に放電現象が起きる。発射は目前だ。アレを撃たせてはならないとレオンの中の何かが囁いた。放ったミサイルが早く当たって欲しいと今ほど願ったことは無い。

 幸いなことにデスサッカーのエネルギーキャノンが発射されるよりも早く、ブルーテイルのハイレーザーに続き散布ミサイル、そしてエルダーサインが放ったミサイル全てが直撃しデスサッカーの周辺に粉塵が巻き上がった。

 これだけの攻撃が当たればネクスト、いやアームズフォートですら沈むであろう。レオンは安堵の溜息を吐きそうになり、モニターの中のブルーテイルは両腕を下げ背中の武装も通常の状態に戻していた。ペルソナも戦いが終わったと感じているのだろう。

 しかし彼らの予測は見事に裏切られた。

 粉塵の中からエネルギー弾が放たれる。先ほどブルーテイルに放たれたものよりも眩く輝いているそれはブルーテイルとエルダーサインの中間地点に着弾するとコジマ爆発を起こした。

 それも並みのコジマ爆発ではない。衝撃波で二体のネクストはその場から吹き飛ばされ、コジマ爆発によりプライマルアーマーが剥がされる。粉塵の中からは傷ついてはいるものの、まだ戦闘可能なデスサッカーが現れた。

「ちくしょう! なんなんだよデスサッカーっていうやつはよぉ! こんなもん反則じゃねぇか!」

 レオンが悪態を付いたからなのか。距離はブルーテイルの方が近いにも関わらず、デスサッカーの狙いはエルダーサインに変更されたようだ。デスサッカーの銃口がエルダーサインへと向く。

 弾を回避するために左右のブースターをクイックで連続に吹かす。こうすれば大概の攻撃は避けられるはずだった。だがデスサッカーの照準能力はネクストの回避能力を上回っているらしい。

 連続で放たれた二発のエネルギー弾はエルダーサインの左足を吹き飛ばし、次いで右腕を根元から焼きちぎった。その時の爆発はコクピットにまで伝わり、右側の壁面が火を噴き破片がパイロットスーツに突き刺さる。

 一瞬のことではあったがコクピット全体が炎に包まれた。それが操縦系統に大きな影響を及ぼしたのか、エルダーサインは機能を停止させる。搭乗者であるレオンも爆発により意識を失っていた。


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 エルダーサインが白いノーマルACに撃墜されるのを見て、ペルソナは愕然とするしかなかった。相手はノーマルACではないのか。ペルソナには目の前の白いACが、ネクストを超えた別次元のACとしか見えない。

 そしてペルソナの中にある感情が芽生えた。それは恐怖。

 白いACの頭部がブルーテイルに向けられた時、声には出なかったが新たに生まれた恐怖がペルソナの体を震わせる。

 よく見れば白いACの装甲の一部は吹き飛んでおり、火花が散っている箇所もあったがペルソナはこのACに勝てるとは思えそうになかった。先ほどの照準精度を見ればどれだけ回避したところで無駄であろうし、プライマルアーマーの無い今、あの攻撃を加えられたらブルーテイルの機体は確実に持たないだろうと断言することが出来る。

 そんなペルソナをあざ笑うかのように白いノーマルACはブルーテイルに背を向けた。全く無防備な背部目掛けて照準を合わせそうになったが、怖ろしくて出来ない。手が震えていた。

 結局、ペルソナは視界の中から白いノーマルACが消えるまで手の震えを止めることが出来ず、所属勢力を確かめることも出来なかった。ミッションは失敗に終わったのだ。

登場リンクス一覧
レオン・マクネアー(エルダーサイン)
ペルソナ・ノン・グラタ(ブルーテイル)

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