『サンディエゴ侵攻戦後編』

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 〇六○○時、その時マッハは既にストレートウィンドと共にサンディエゴへと向け海面を失踪していた。ストレートウィンドの後ろにはダンテのヴィオレッタとイレクスのフラナ・グラスが併走している。ネクストが二等辺三角形の形を成しているさらに後方ではスター・アンド・ストライプスの上陸部隊がさらに続いているはずであった。

 本当ならば上陸部隊の進軍を一時停止して欲しいところなのだが、リンクスでしかないマッハには進言する権利など無い。手にしているGA迎撃部隊の情報を提供してやればそれも出来たのだろうが、そもそもそんなことをしてしまえばこの上陸作戦自体が無かったことにされかねなかった。

 預かっている星鈴のことを考えるとそちらの方が良いのかも知れないが、マッハの理性を超えた本能が戦闘を欲していることもあり情報はスター・アンド・ストライプスには伝わっていない。だがイレクスには昨晩、ダンテにも出撃前のブリーフィング直後に伝えている。

 つまり作戦に従事するリンクス三人のみが本当の敵戦力を把握していた。だからこそこのマッハを真ん中に吸えた矢型の陣形を取っているのだ。作戦に参加している機体の中でストレートウィンドが最も突破力を備えているために真ん中にいる。

 予定では――最もこの予定はスター・アンド・ストライプスの予定とは大幅に異なっているが――沿岸部に配備されているギガベースをストレートウィンドが抑え、陸上に展開している二体のランドクラブをそれぞれヴィオレッタとフラナ・グラスが撃破する手はずになっている。尚、この時にノーマルと戦うことは極力避けなければならない。
 その理由として弾薬の節約が挙げられる。大量のノーマルを相手にしていたら弾薬が尽きてしまう、ストレートウィンドはブレードを装備しているからまだ良いが他の二体はアサルトアーマーしか残らない。

 勝利することを考えるならば早急にアームズフォートを撃破して、グレート・ウォールをおびき出す以外に手が浮かばなかったのだ。最も、この戦術も穴だらけなものではあるが。まず敵ネクストがいることは確定しているが、それがどこにいるかはマッハの情報網を持ってしても不明なのだ。

 本当ならば不安に思うのかもしれない。しかしマッハの鼓動はいつも通り、高鳴っている。

 戦場が近づくたびに激しさは増していく。胸の高鳴りを抑えようにも抑えられない。まだ見ぬ戦場を渇望して舌なめずりをする。

 昨晩、イレクスに言われたことを思い出す。確かに自分は狂っているのかもしれない、だがそれが何だというのだ。狂っていようがいまいが、生き残って新たな戦場に己の生を見出し続けてきたのがマッハという男である。

 今までもそうだった、ならばこれからもそうするだけだった。

 レーダーに反応は無く、水平線上にも見えるものは何も無い。しかし向こうは既にこちらを補足したらしい、砲弾が機体めがけて飛んでくる。それを通常ブースターだけで回避するとその先には新たな弾頭が接近していた。

 ギガベースの捕捉能力は恐るべきものがあるらしい、懐に果たして入り込めるだろうか。そんなことを考えながらクイックブーストを使って二撃目を回避する。三撃目があるか、と考えたがそれは無かった。

 三発目が撃たれていなかった事に束の間の安堵を味わい、気を引き締める。ここから先は一瞬で生と死が決まる本物の戦場、余分な思考は全て除外しただギガベースを如何に撃破するかだけを考えながらマッハはオーバードブーストを発動させた。


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 グレート・ウォール内の格納庫でグローリィが愛機ノーヴルマインドの最終チェックを行おうとしている時、同じ格納庫にもう一機ネクストが格納されていることに気づいた。GAのものではない、構成されているパーツの中心はオーメルグループの物が大半を占めている。

 塗装は青く、左腕だけが赤く染められていた。その事からNo.7のミストレスの物かとも一瞬思ったが、彼女の機体と構成は似ているが異なる箇所が多い。幾ら左腕だけが赤いとはいっても、ミストレスのものではないと断言できた。

 とすればあの機体は誰のものか、少なくともカラードに所属しているリンクスのものではない。最近、巷を騒がしているアヴローラのものかと思ったが左腕だけが赤いイレギュラーネクストの話をグローリィは聞いたことが無かった。

 そもそも反企業組織のネクストがこんなところにあるわけがない。自分の考えの稚拙さに呆れながらグローリィは作業に戻ろうとした。

「私の機体が気になりますか?」

 突然、背後から声を掛けられ慌てて振り返るとブラックゴート社の社長であるU・N・オーエンがスーツ姿で立っていた。彼の額には玉ほどの汗が浮かんでおり、表情に浮かぶ笑顔もどこか苦しげである。間違いなくこの環境は彼にとって暑いはずなのだが、スーツにこだわりでもあるのだろうか。

「あれはブラックゴート社の機体なんですか?」

「えぇ、そうですよ。中小とはいえ、守ってくれる傘が無い以上は自衛のための戦力が必要ですからね。しかし悲しいかな、AMS適正を持つのが私しかいなかったので社長自らネクストに乗る始末ですよ」

 溜息を吐きながら語るオーエンは正に苦労人のように見えた。確かに苦労はしているのだろうが、只者ではない。中小企業がカラードに登録もせずネクストを保有しているだけで異常だ。本来ならしかるべき制裁が与えられるとグローリィは思うのだが、ブラックゴート社がそのような事態になっていないのはオーエンの様子を見ていれば分かる。

「まぁ、そんなことはどうでも良いんですが……質問をしても良いですか?」

「何ですか? 出撃準備中なので手短にお願いします」

「何故、前線に出ずにグレート・ウォール最後尾の車両内で待機するんですか? どう考えてもグレート・ウォールが援軍に出向くと想定している、それが一つ気になりまして」

 僅かにオーエンを睨み付けるが、愛想笑いで流される。

「勘ですよ」

 一言で答えるとオーエンの表情から笑みが消えた。一瞬ではあったが、彼の眉が僅かに動いたことをグローリィは見逃さない。

「ほぅ、勘ですか……しかしそんなものがあたるんでしょうかねぇ?」

「意外と当たるもんですよこれが」

 グローリィがそう言った瞬間だった、格納庫内に警報のアラート音が鳴り響く。そして続くアナウンスはグローリィの勘の良さを示すものだった。

『迎撃に出ていたアームズフォートが全滅した、これよりグレート・ウォールは前線へと移動する。繰り返す――』


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 戦闘が始まってからちょうど五分後、全てのアームズフォートの撃墜が終わった。まずマッハがギガベースを沈めたのを皮切りに、イレクスが一機目のランドクラブを仕留め、その次にダンテが二機目を仕留めたのだ。これで残ったのはノーマルACだけとなる。

 数は不明だがマッハの目測では五〇には満たないと思われた。となると、増援に訪れるであろうグレート・ウォールの方が戦力としては大きくなる。一体、GAの司令官は何を考えてこんな消耗作戦を行うのかがわからない。

 余裕を見せ付けるのならばもっと違うやり方があるだろうし、これでは上手いやり方とは言えなかった。だがこれでネクストの位置は特定できた、それなりにやりようはある。とりあえず今やるべきことは後々のためにもノーマルACを掃討することにあった。

 可能な限りマッハが前方に立ってイレクスとダンテの機体を下がらせる。両背中のミサイル、右手のライフルの残弾が見る間に無くなっていくが気にすることは無かった。最悪、ブレードのみでも戦えるような構成になっているのがこの機体だ。

 加えてノーマルACは全てSOLARWINDである。動きは鈍重であり撃破するのは容易かった、だがどこか違和感が付きまとっている。撃破した時に感じる手応えがどうにも薄いのだ。

「ダンテ、マッハ、こいつらおかしいとおもわねぇか!?」

「えぇ私もそう思いますわ。怯む様子がありません」

「何だ二人もそう思ってたのか、実は俺もだ。一旦下がるか?」

 また一機のACを撃墜してからストレートウィンドをヴィオレッタとフラナ・グラスの許まで下がらせる。三機でそれぞれの背中を庇い合うようにしながら射撃を続け、撃破を重ねながら改めて敵をじっくりと観察するとダンテの言うことが実感できた。

 有人型の戦闘兵器全てにいえる事であるが、人が乗る以上は搭乗者の人格が動きに反映されてくる。如何に訓練されていようとも実戦、さらに今の乱戦に近い状況になれば訓練された動きは消えて搭乗者のクセが出てくるものだ。

 しかし、今マッハ達が相手にしているノーマル達にはそれが無い。人が乗っていない無人兵器と戦っているような錯覚まで覚える。いや、もしかしたら錯覚ではないのかもしれない。本当にこれらのノーマルには人が乗っていないのでは、マッハがそう考え始めたときコクピット内に警報音が鳴り響いた。

「散開しろ!」

 イレクスの怒鳴り声が通信機から聞こえてくるよりも早く、マッハとダンテは動いていた。警報音の正体はミサイルの雨が接近してくるのを示すものであった。背後からミサイル着弾による僅かな衝撃波を感じながら、それらが飛来してきた方向に機体を向ける。

 モニターに映ってきたのは予想通り、グレート・ウォールであった。上部に取り付けられているガトリンググレネードが回転を始め、グレネード弾の雨が三体のネクストに降り注ぐ。

 回避行動を取るが飛来してくる数が多く、加えて偏差射撃まで行ってきているために容易なことでは無かった。直撃するものは無くとも至近弾が多く、爆風でプライマルアーマーが削られていく。ダンテとイレクスの様子が気になるが、他人の様子に気を取られている暇は無かった。

「考える余裕無しかよ!」

 愚痴をこぼしながらも砂塵を舞い上げながら接近してくる移動要塞としか言いようの無いグレート・ウォールへと進路を向ける。すぐさまストレートウィンドの背後にヴィオレッタとフラナ・グラスが位置し、援護できる体勢を取った。

「あれ……どうやったら壊せるのでしょうか? 普通に撃っても無駄にしかならないような……」

「最後尾のハッチから中に進入できる、それ以外に手はねぇ。そういう話を聞いたことがある」

 イレクスの言葉を聞いてマッハの心臓は高鳴った。そして敵ネクストの位置も把握する。もしマッハが敵方にいたとするならどこに構えるだろうか、答えは一つしかない。そしてやることも一つしか残っていなかった。

 全長約七kmのグレート・ウォール後方へと回り込む、それしかない。グレート・ウォールは搭載しているノーマルACを既に展開しはじめている、やるのならば早いほうが良かった。この機を逃せば後はもう無い。

「イレクス、ダンテ。援護、頼むぞ!」

 言いつけると同時にオーバードブーストを発動させた。イレクスが静止させようと声を掛けてきたが、その時ストレートウィンドは地上を全速力で失踪している。通信機から舌打ちが聞こえた。続いてダンテの笑い声。

「本当に勝手な人ですこと、でもそこが良いんですけどね」

 SOLARWINDからの攻撃だけでなく、グレート・ウォールから撃ち出されるミサイルやグレネードの雨の下を掻い潜りながら後部甲板の上に着地する。途端に複数のノーマルACからロックされたが、それらはイレクスとダンテの二人が片付けてくれると信じて目前にあるハッチへと視線を移す。

 この向こう側、グレート・ウォール内部にネクストが潜んでいるはずだ。ここまで来て出撃してこないのなら、ネクストが配備されているのはグレート・ウォール内部において他無かった。

 ブレードを構えて突撃しようとした時、グレート・ウォール後部ハッチが内側から破壊される。中から現れたのはNo.11、グローリィのノーヴルマインドだ。その左腕にはブレードの光刃が煌めいている。

 マッハもレーザーブレードを発生させるが後手に回ってしまっていた。


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 マッハの援護についていたイレクスが見たのは、グレート・ウォール内部から突撃してきたネクスト・ノーヴルマインドによってストレートウィンドがブレードで貫かれる瞬間だった。

「マッハ!?」

 彼の名前を呼ぶが返事は無い、ストレートウィンドのカメラアイは光を失い地面にくず折れる。だが完全にシステムがダウンしたわけではないようだ、レーダーにはまだストレートウィンドの反応が残っていた。

 ノーヴルマインドの気を引き付けるため、フラナ・グラスで体当たりをかまして至近距離からアサルトライフルを撃ち込む。ノーヴルマインドは誘っているのかグレート・ウォールの内部へとチェインガンを放ちながら後退したが、イレクスは追わなかった。

 残弾がもう少なくなっていたアサルトライフルを捨て、空いた右腕でストレートウィンドを抱きかかえるようにしながら後退するが、大量のノーマルがそれを許してくれそうに無い。

 そこにダンテのヴィオレッタが到着し、フラナ・グラスの前に盾になるようにして立ちはだかりあらん限りの武装を持ってノーマルに応射した。その間にストレートウィンドを抱きかかえながらイレクスは後退を図る。

 もしマッハがグレート・ウォール内部に突入できたのならば、まだ勝機は残されていたが肝心の彼がやられてしまったのならば退く以外に道は残されていない。ストレートウィンドのカメラアイは明滅を繰り返し、何度もマッハの名を呼ぶが気を失っているのか、それとも死んでいるのか応える声は無かった。

「ダンテ、撤退するぞ!」

「悔しいですがそうするしか無いようですね……」

「援護頼む」

 フラナ・グラスは後退をかけながら残った武装を手当たり次第に撃ちこんでいく。残弾のことを考えて動く余裕はなかった。敵の動きをどうにかして一時的に止めて、その間に逃げるしかない。幸いなことにヴィオレッタがECMを搭載していたこともあり退避することには成功した。

 結果としてスター・アンド・ストライプスがサンディエゴに橋頭堡を築くことは無かったが、直接的な損害もまた無い。加えてGA側は三機のアームズフォートと多くのノーマルを失ってしまっている。

 大局的に見たとき、この戦闘の勝者はどちらなのだろうか。

登場リンクス一覧
マッハ(ストレートウィンド)
ダンテ(ヴィオレッタ)
イレクス(フラナ・グラス)
グローリィ(ノーヴルマインド)

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