『星条旗は翻るか?』

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 その戦いが始まった正確な日時を測ることは難しい。スター・アンド・ストライプスの大西洋艦隊がパナマ運河を制圧した日なのか、それとも同軍が太平洋に展開させている第三機動艦隊にネクストが合流したときからなのか。

 だが少なくとも第三機動艦隊と行動を共にしているブラックゴート社が雇ったネクストAC、ストレートウィンドが同艦隊所属空母ケストレルに到着した時に初めて第三機動艦隊の戦力は整いパールハーバー攻略戦の準備が出来たと見るべきだろう。この時点ではまだGA社真珠湾基地司令官、エルヴィン・ロンメルは第三機動艦隊の動向に注目こそしてはいたが詳細を知ることは出来なかった。

 何故ならばラインアーク攻略戦の際にパールハーバーを居留地としていた艦隊は全滅させられ、その補充がいまだ出来ていないことが原因である。航空戦力としてGA社製マルチロール戦闘機である、GF−15EイーグルとGF−16Cファルコンが配備されてはいたが第三機動艦隊の規模を見る限りでは敵も航空戦力を有しており、尚且つ対空戦闘の用意が入念になされていると見たため下手な偵察を行うことが出来なかったのだ。

 この時は第三機動艦隊もパールハーバーからはかなり離れた位置にあり、この時点では未だ本当にパールハーバーが敵の目標なのかを定めることが出来ず、ロンメルの出来たことといえばイーグル及びファルコンを数部隊を常にスクランブル発進が可能な状況にしておく程度であった。もちろん、敵巡航ミサイルの襲来を予想し、ミサイル防衛システム及び対空火器管制システムはフル稼働させている。基本的な防衛準備は既に整えていた。

 だがロンメルにとって不運としか言いようがないのは艦船が存在しないことであろう。航空機は最新鋭機でこそないが、その分実戦でその能力を充分に発揮させたものばかりでありこと空戦において心配することは無かった。地上もGA03−SOLARWINDを中心とした部隊が配備されているため地上戦力も申し分は無い。さらにカラードNo.18のタスク・アレグロを雇い、彼のネクストACハウリングも戦力に加わっているため迎撃するに足る戦力は充分に揃っている。

 だからこそスター・アンド・ストライプス第三機動艦隊がどこに向かっているのかが気になるのだ。スター・アンド・ストライプスの大西洋艦隊がパナマ運河を通過したという情報が入っているため、それと合流するという可能性もある。だが第三機動艦隊の規模は企業の持つ一個艦隊と同じ規模を持っているために合流する必要性は無いように思えた。

 ここからさらに北上してミッドウェー諸島にある泊地を攻撃する可能性もある。ミッドウェー諸島の位置は太平洋における軍事的役割は大きく、特にパールハーバー基地の存在しているハワイ諸島を防衛する要でもあった。本来ならばハワイの艦隊戦力が無くなった場合はミッドウェーから艦隊が派遣されるはずとなっているのだが、何故かミッドウェーからの連絡は無い。

 ロンメルも当然のように再三の艦隊の発進通告を行っているのだが、その全てに返事は返ってこなかった。これをロンメルはどう取るべきかで悩んでいる。一応、第三機動艦隊がこのパールハーバーに向けて進軍してきても良い様に準備こそ整えてはいるが、自信は無い。幸いなことに上層部が念のためにということでリンクスを雇ってくれたことによりロンメルの取れる戦術の幅が広がっていることが心に余裕を持たせていた。

 もし今手元にVOBがあるのならば迷うことなくネクストにVOBを装着させて第三機動艦隊に突撃させ、その後に増槽を積んだGF−15EとGF−16Cを発進させて艦隊攻撃を行うところなのだが敵艦隊の構成が分からないというのがロンメルに手を出させることを躊躇わせる要因となっている。

 ミッドウェーを狙うにせよ、ハワイを狙うにせよ第三機動艦隊はリンクスを雇っている可能性が高かった。スター・アンド・ストライプスは以前にもリンクスを雇いケープ・カナベラル基地を陥落させた実績がある。今回も同じことをしてくると見るべきだろうし、ロンメルが独自に持っているパイプからの情報ではNo.15マッハが合流しているという知らせも入ってきていた。

 このタイミングでの合流をどう見るかでロンメルの手腕が問われるところであろう。ミッドウェーに向かうにせよ、ここでネクストと航空部隊を使用すれば敵戦力の減衰を狙うことは出来る。ただ、そうなった時に懸念されるべきことがあった。戦闘が行われれば戦力が減るのは敵だけでは無いという事だ。

 もし敵の司令官が戦闘が行われた後、自戦力に余力があると判断したならばパールハーバーに転進してくる可能性もある。だが今の敵艦隊の位置はどちらとも取れる位置であるがために下手に動くことは出来なかった。こちらから出れば自滅を招く可能性がある以上は動けない。本来ならばミッドウェーの艦隊が出撃し、ハワイ沖海戦が繰り広げられていなければならないというのに一体何をしているのだろうかというのがロンメルの本音であった。


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 スター・アンド・ストライプス第三機動艦隊旗艦空母ワスプの艦橋で、艦隊司令官の任を負っているハルゼーとその協力者であるU・N・オーエンは天上から吊り下げられている通信用モニタに目をやっていた。そこに映っているのは今しがた空母ワスプの隣に並んでいる空母ケストレルに到着したネクストACストレートウィンドを駆るリンクス、マッハの姿である。

 彼はまだヘルメットを外してはいなかったがバイザーをあげているために表情はハッキリと見ることが出来た。

「どうもご指名ありがとうございます、ミスター・オーエン。先に言っておきますがハルゼー長官、私はあなた方に雇われたわけではなくブラックゴート社に雇われたリンクスです。よってあなた方の命令は受けませんし連携をしようとも考えません、そこのところは悪しからず」

 オーエンがさりげなくハルゼーの座っている椅子の横に立つと、ハルゼーの額に僅かな皺が寄っているのを確認することが出来た。表面上は平静を装っているが内面でははらわたが煮えくり返っていることだろう。今は重要な作戦前にあのような発言を受ければ当然の反応といえる。ここで言い返さないとは凄い男だ、そう思いながらオーエンはモニタへと視線を戻した。

「それは契約違反になるんだけどねぇ。我々ブラックゴートはスター・アンド・ストライプスとの提携している、いわば私たちは一蓮托生の身なんだよ。つまりブラックゴートと契約を交わすということは間接的にスター・アンド・ストライプスと契約を締結することにもなるんだ。その辺りを理解してくれないと困るんだが」

「ブラックゴートとスター・アンド・ストライプスが提携しているのは理解できるさ。でもな、ブラックゴートと契約したからといってその提携先と契約締結というのはおかしな話じゃないか? 俺はそんな依頼を受けて来てるんじゃないんだ。ネクストと戦える、そう聞いたからここに来た。それだけだ」

 ここでハルゼーが鼻だけで大きな溜息を吐く。ついに怒り出したかとオーエンは思い少しだけ距離を開ける、艦橋で働いている船員たちもオーエンと考えは同じらしく体を強張らせるのが感じられた。

「そんなにネクストと戦いたいのかね、ミスター・マッハ?」

「あぁ。俺はリンクスとしての自分の格を知りたいんでね、だからネクストと戦いに来た。それだけさミスター・ハルゼー」

「なるほど。リンクスとしての格か。ならばこそ我々の命令を忠実に実行し、連携を大事にした方が良いのではないのか? リンクスとは傭兵だ。戦士ではない。君の言っていることはまるで強さを求める戦士だ、傭兵の言うことではないね。もし君がリンクスとしての自分の格を知りたいのならば、多少の契約違反であろうとも我々との連携を大事にすべきだと私は思うのだがね」

 ハルゼーの声は淡々と澄み渡っており、艦橋によく響いた。スピーカー越しではあるがマッハにもよく聞こえたことだろう。その証拠にモニターに映るマッハの目は皿のごとく丸くなっており、呆けたように口を開いている。だがそれも数秒に満たない僅かな時間のこと。すぐに彼は笑い出した。

「オーケー、ミスター・ハルゼー。いや、ハルゼー司令殿。あなたの仰る通りだ、これは一本取られました。なるほど、確かにあなたの言うとおりリンクスとは傭兵でしたね。私としたことが失念していました。ですが私があなた方に雇われていないというのもまた事実、ハルゼー司令の指揮下に入ることに問題はありません。ですが幾つか条件を出させていただきたい」

「内容にもよるが、可能な限り条件を聞こうじゃないか。君の言うとおり、私たちと君は本来ならば契約していないわけだ。協力関係に無いわけだからね、可能な限りの譲渡はしよう」

「ありがとうございます、ハルゼー司令殿。まず一つ目の条件として、敵ネクストとの交戦を行う機会を作っていただきたい。あなた方が把握しているかは分からないですが、私個人の情報網を使ったところGAはNo.18のタスク・アレグロを雇ったと聞いています。彼との交戦許可、そして具体的な作戦行動の内容を、私の関わらない部分についても教えていただきたい。でないと咄嗟の場合に最善の行動が出来ませんので」

 マッハの言葉でハルゼーは顎の下で両手を組み、頬を緩ませた。

「なるほど、実に面白いリンクスだね君は。ここにいるミスター・オーエンが最高のリンクスの一人と言っているのも理解できそうだ。君はネクストとの戦いにこだわっているようだが、私たちの出した依頼文の内容とこの艦隊規模、さらには君独自の情報網によって既に我々ステイツの狙いは分かっているのではないのかね?」

「狙いはハワイだということは分かっていますよ。そしてミッドウェーの艦隊は何らかの理由により絶対に出てこないことが確定しているということも、本来ならばこの海域で或いは至る前にミッドウェーの艦隊との戦闘が起きていなければおかしいですしね。さらにこの空母ケストレルに搭載されているのは全てGF−14Dトムキャットと来た、それも半分が対地装備。ただ、これだけの情報を得ておきながら全容を把握しえないのは私のリンクスとしての限界だとは思いますね。ですから教えていただきたい、あなた方の戦略を」

「ふむ、よろしい。戦術と来たのならば教える気は無かったが君は戦略といった。どうやら君は戦争とはいかなるものかを理解しているようだ。実に優秀だ、出来れば私直属の部下として迎えたいが……おっと、話が逸れてしまったね。本題に戻そう。もう既に我々はハワイを手にしているようなものなのだよ、理由は一つ。ミッドウェーにいる部隊が丸ごと私たちの味方となったからだ。よって私たちは敵艦隊の迎撃を気にすることも無ければ、増援を気にする必要も無い。よって我々の行うことはハワイにいる純粋なGA戦力の殲滅だ。本来ならば施設を丸ごと頂きたいところだが、それは無理というもの。そこで敵防空網と敵地上戦力を殲滅するために第一波としてありったけの対地巡航ミサイルを撃ち込む、この段階で君に出撃してもらうことになるわけだ。そして第二波として航空機部隊による爆撃を行う、これだけやればハワイの戦力は殲滅可能だろう。ミッドウェーに行けば我々は補給が可能になる、弾数を気にする必要は無いのだからね」

 モニターに映るマッハは動かなかった。ただモニター越しにハルゼーを見つめている。一秒ほど経ってだろうか、オーエンにはそれ以上の時間に感じられたのだが実際はそう長くなかったはずだ。マッハが重たそうに口を開く。

「もう、本当の戦争だなこれは……」


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 第三機動艦隊に動きが見られないことがロンメルの心をいらだたせる。司令室から通信士官に命令して何度もミッドウェーに向けて通告を出させているのだが、返信してくる様子はまったく見られない。こうなってくるとミッドウェーに何かあったと考えるのが妥当なところだろうが、では彼らに何があったというのだろうか。

 少なくとも戦闘が行われたわけではないというのは確かだ。小規模であれ戦闘があったのであればロンメルにその情報は入ってくる、しかし戦闘があったという情報は入ってきていない。では何があったのか、戦闘によって陥落しているのでなければ通信施設が故障したかである。だがそれもまた考えにくい。

 ミッドウェーは太平洋における重要な拠点の一つだ。当然、通信施設は一つではないし故障あるいは破壊された場合に備えて二重三重の防護策が取られている。考えにくく、そしてまた考えたくないことではあるがこうなってはミッドウェーがスター・アンド・ストライプスに寝返ったか、もしくは蜂起したとしか考えられない。寝返っているのならば虚偽の通信を行う可能性が高いだろうから、となると蜂起したと見るべきか。しかし、それならそれで宣言が成されないのはおかしな話のように思える。

 考えれば考えるだけ様々な状況が予想され、より混乱してしまう。いっそのこと考えるのをやめたいと思うほどだ。思わず頭を抱えながら机に蹲ると足音がデスクに近づいてきた。顔を上げると副指令がデスクの前に立っている。

「何か用かね?」

「実はロンメル司令の耳に入れておきたいことがありまして、しかしこれはかなり内密な話でして……」

 そう言って彼は司令室の中を見渡す。秘書を初めとして数人の人員がデスクワークに終始しており、静謐な空気を漂わせていた。よほど内密にしたいのか、彼はロンメルが信頼を置いているそれら数人でさえ気になるようだ。かといって人払いをするわけにもいかない。

「わかった、隣に来たまえ」

「では失礼します」

 ロンメルの隣に立った副指令に少し肩を寄せると、彼はそっと囁くようにして言った。

「公正な筋からの情報ではないので信憑性にはかけるのですが、ミッドウェーの部隊が丸々スター・アンド・ストライプスの軍門に下ったらしいのです」

「それは本当かね?」

 静かに副指令は頷く。

「用件は以上か?」

「以上です」

「分かった、下がりたまえ」

 そう言ってロンメルは副指令を自身のデスクに戻らせると椅子から立ち上がり、窓のそばに歩み寄った。窓外に広がるのは広大な太平洋の海原である。そして水平線の向こうには敵である第三機動艦隊が穂先を未だ北へと向けているはずであった。

 こうなればロンメルの行うべきことは一つしかない。目標が定まったのならば後は早かった。左手の中指を舌でチロリと舐めてから振り返る。既に頭の中ではプランが出来上がっていた。

「これよりスター・アンド・ストライプス第三機動艦隊に対して攻撃を仕掛ける。関係各所に通信の準備を」

 今まではロンメルは手を出すことが出来なかった。それは目標を定めることが出来なかったからである。だが今は確固たる目的を手にした。ミッドウェーが敵の手に落ちたのならば第三機動艦隊の目標はこのハワイでしかない。ならばこのハワイを守ることが最大の目的となり、そのためには敵艦隊を撃滅する必要があった。

 幸いなことに敵艦隊の穂先は未だ北へと向いている。つまり艦隊は今はまだハワイに対して横腹を向けているとなっているのだ。となればまだ先手を打つことは可能かもしれなかった。上層部がそこまで考えていたかどうかは分からないにせよ、今こっちには一機のネクストがある。それを投入すれば敵に対する大きな牽制となり、番狂わせを生じさせることが可能かもしれなかった。

 問題はこちらが先に攻撃することにより敵の攻撃するタイミングもまた早まるということだが、あちらの準備が整っていない状況で攻勢を仕掛ければ攻撃力を少なくすることが可能だろう。間違いなく対地巡航ミサイルが発射されてくるだろうが、それはミサイル防衛システムで迎撃すればいい。それでも全部は無駄だろうし、敵は格納庫を優先的に狙ってくると考えられるために基地内のノーマルACは全て発進させ、航空機は上空に退避させる。

 そうすればこちらの迎撃準備は完了するし、敵の攻撃力は落とすことが出来るはずだとロンメルは踏んだ。もちろん、敵にネクストがいるという前提で立てられた戦略である。

 デスクに戻り、マイクに口元を寄せた。


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「パールハーバーより我が艦隊に向けて接近してくる熱源があります。大きさ、速度から推察してネクストと推定できます!」

 レーダー監視員のその報告を聞いてハルゼーは眉をひそめた。ネクストがいることを考慮して作戦行動を考えてはいたが、このタイミングでVOBを搭載していないネクストの投入は予想していない。もっとも予想していないだけで対応策が無いわけではなかった。ネクストにはネクストをぶつけてとめるのが現状ではベストであろう。

 そのベストであろう戦術を迷うことなくハルゼーは命令として下し、次に取るべき行動を考える。敵がネクストを出してきたということはこちらの狙いも読まれていることを考慮しなければならない。おそらく敵航空機は少なくとも空中にいることは確かだ、ノーマルACも可能な限りは格納庫の外に出されているはず。

 そして対空防衛システムはフル稼動されているに違いなかった。こうなると当初予定していた二つの攻撃、対地巡航ミサイルと航空機による爆撃、どちらを行ったにせよ対した効果は挙げられなくなってしまうだろう。だがそれでもハルゼーは退くわけにはいかなかった。幸いに巡洋艦から発射する予定の対地巡航ミサイルは全て対空防衛システムをかいくぐる為に弾頭が分裂するタイプのものを搭載している。

 出来ることならネクストを対地攻撃の任に当て、敵防衛網を少しでも弱めたかったのだがこうなってはそれは不可能だ。今後の推移を予想すべく思考を巡らせていると足音も無くオーエンが近づいてくる。

「もし何でしたら我々の戦力を使用しますか? 少しばかり時間はかかりますが、私のネクストも念のために用意してきているので」

「無用だミスター・オーエン。我らステイツを侮って貰っては困るよ、それに敵は手負いだ」

「手負いとはいえ相手はGAですよ? 無理はなさらない方が宜しいのでは?」

「言い方が悪かったようだな。今はまだテロリストだとしても我々の目指しているものは国家だ、そして我等は軍人、君は企業すなわち民間人だ。民間人の協力は非常に嬉しいものだが直接的な協力をされると我々としては対応に困るし、何より沽券に関わる」

「そうですか分かりました」

 素直にオーエンが一歩後ろに下がる。ハルゼーがワスプの隣を併走している空母ケストレルの艦上に目をやると、ちょうどエレベーターから緑色のネクストが滑走路に上がってくるところだった。艦隊の人員に気を使っているのか、プライマルアーマーはまだ発生させていないらしい。

 これから本格的に始まる戦闘のことを考えると自然と喉が渇き始めた。


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 愛機ハウリングを海上で疾走させ、目標である艦隊に接近しながらもタスクの脳裏に浮かぶのは娘である星鈴のことだけだった。いつも前線に星鈴を連れて来るのは自分自身で守ることが出来るからということと、ある意味では前線がもっとも安全な場所といえるからである。

 だが果たして今回はそうなのかと、タスクは不安に思っていた。いつもならリンクスの控え室は格納庫に近い場所に指定されるものなのだが、今回は格納庫から遠くはないにせよ近いとも言えない弊社の一室であった。しかもアサルトライフルを手にした兵士一人の監視つきである。

 今まで何度かGAの依頼を受けては来たがこんな待遇を受けたのは初めてだった。基地司令官がそこまで神経質な人物なのであろうか、それとも星鈴がスパイとしての教育を受けているとでも思っているのか。そうとしか考えられない。でなければ年端もいかぬ少女一人の監視のために銃を持った兵士を付けるとは考えづらかった。

 苛立ちを感じながらも任務遂行のために進んでいくとまだ水平線から敵艦隊がせり上がるようにして見え始める。あれらを撃破すれば終わりだ。聞くところによると敵は艦隊戦力のみらしい。もしかしたらノーマルACあるいは航空機が迎撃に出てくるかもしれないが、それらは余程の数で無い限りネクストの敵ではなかった。

 余裕を感じながら一気に接近して敵陣形を突破するためにオーバードブーストを使用させようとした時、レーダーに高速で接近してくる光点が映る。水上でこれだけの速度を出せる兵器は、タスクの知るところではネクストとインテリオルのスティグロしかない。スティグロが出てくることはありえないため、接近しているのは必然的にネクストということになる。

 モニターに緑を基調とした塗装の軽量型ネクストの姿が映った。タスクの頭の中にそのネクストの情報は無い、迷うことなく現在の状況をオペレーターへと送りデータを照合させる。カラードNo.15マッハのストレートウィンド。

 機体構成は近距離戦を想定されて組まれているものらしい、中距離戦に対応させるためか両背中に分裂型ミサイルを搭載してはいるがブレードでの戦闘を主としているとなるとFCSとミサイルの相性は悪いはずだ。射程距離は通常より短くなっていると考えていい。

 対してこちらの構成も近〜中距離戦を主とした構成となっているが、ストレートウィンドと比べれば距離のバランスは取れている。情報によればマッハの基本的な戦法はブレードによる一撃必殺、パイロットの技術もそれに特化したものとなっていると考えてよいだろう。

 こういった特化型の敵を相手にする際にしてはならないことがある。相手のペースに嵌められてしまうことだ、逆にそれさえ防いでしまえばこちらが有利に進められるだろう。

 深く深呼吸をしてからストレートウィンドとの距離を確認する、ロックオンできる限界の距離だったが横散布方のミサイルを放つ。これを避けるには上空に飛ぶしかない、タスクの予想通りにストレートウィンドは上空へと飛んだ。そして次に右のガトリングガンの狙いを定めながら、敵の回避行動を予測する。おそらくは左に移動するだろうと考えて、左背中のグレネードキャノンの咆哮を予測位置に置いておく。

 ガトリングガンを放つ。ストレートウィンドの動きはまさに予想通り、ペースは握れたと確信した。そして必勝への一手に繋がるであろうグレネードを放つが、ハウリングとストレートウィンドの間で突如グレネードは爆発を起こす。信管に異常があったとでもいうのだろうか、通常ではありえない事態にタスクが困惑していると爆風を超えて二発のミサイルが飛来してくる。

 回避行動を取りながら一発のミサイルは迎撃したものの、一発は接近し弾頭が分裂した。一瞬の認識の遅れが回避に致命的な障害となったらしくミサイルは直撃しハウリングを揺らす。衝撃で視界が揺れ、戻ったときには眼前にブレードを構えるストレートウィンドの姿がある。

 どの方向に避けるべきか逡巡しながらタスクの取った選択は前に行きぶつかることだった。そうすれば敵は追ってこられない。そして通常、ブレードを前に行って避けるなんてことはまず無い事態だ。

 プライマルアーマー同士が干渉した直後に鋼と鋼が激突する。機体重量の違いか、ストレートウィンドが後方へと吹き飛んだ。これを好機とばかりにミサイルを放ち、両手のガトリングガンを構える。ストレートウィンドは体勢を立て直すためかミサイルを迎撃し回避行動を取りながらも尚且つこちらに牽制のミサイルを撃ってくる事を忘れない。

「ったく、攻めにくい野郎だぜまったく……でもまぁいいか、俺の任務はこれなんだし」

 無線からマッハの声が聞こえる。彼とは出会ったことが無いはずなのだが、何故かその声には聞き覚えがあった。だがどこで聞いたのか思い出す暇は無い。さらに追撃をかけて追い込むべく前進しようとすると、敵艦隊から巡航ミサイルが発射されるのが見えた。

 それも一発ではない、複数の艦艇から立て続けにまず垂直にミサイルが打ち上げられ、打ち上げられたミサイルは空中で方向を転換させてハワイへと向かう。連続で巡航ミサイルを打ち込むという戦術はミサイル防衛システムの発達した現在では通常取られない。それこそ飽和攻撃を考えているのならば話は別になってくるのだが。

「まさか!?」

 パールハーバーではミサイル防衛システムが稼動しているはずだが、飽和攻撃を考えているというのならばそれらの防衛網を掻い潜って直撃するミサイルも出てくるのは確実だ。ネクストを後回しにしてここでミサイルを迎撃しようにもミサイルの高度が高すぎてロックオンできない。

 任務を無視することになるがタスクは即座に機体を反転させてパールハーバーへと戻ることにした。何故ならば兵舎には娘が残っている。星鈴を守るためには基地へと戻って降下してきたミサイルの迎撃にあたるしかない。報酬や名声はどうなってもいい、タスクにとってもっとも大事なのは愛娘の命なのだ。

「おい、どこに行く気だ!? 俺との勝負は終わってないだろ!?」

「黙れ! あそこには私の娘がいるんだ!」

「え!? おい、まさかあんた! ウミナリで――」

 敵リンクスであるマッハが何か言っていたようだが、タスクの耳には聞こえなかった。


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 ロンメルは司令室のレーダー画面に映る敵艦隊から発射されたミサイル群を眺めていた。レーダーには敵からのミサイルだけでなく、こちらから迎撃用に発射されたミサイルも映っている。敵が打ち込んできたミサイルの数も多かったが、こちらはそれ以上の数の迎撃ミサイルを放っているのだ全て迎撃できるだろうとロンメルは踏んでいた。

 しかしその予測は見事に裏切られ、レーダー画面に映る敵ミサイルの数が突如として増える。それが意味することはたった一つ、敵が撃ってきたのは通常の対地巡航ミサイルではなく多弾頭型の分裂式ミサイルであったということだ。

「敵ミサイル分裂しました!」

「そんなことは分かっている!」

 こちらの迎撃ミサイルが落としたミサイルの数も多いが、その前に分裂しているミサイルも多い。それらは迎撃用ミサイルの網を掻い潜り基地へと接近してくる。もちろんミサイル以外の対空設備は設けているのだが、それらを掻い潜って敵の巡航ミサイルは基地へと着弾した。

 司令室の近くに落ちたのか衝撃が振動となって床を揺らす。

「第一滑走路に敵ミサイル着弾しました!」

「敵ネクストと交戦していた我が方のネクストが急遽後退しています! 敵ネクストは尚健在!」

 基地の損傷よりもロンメルにとって大事なのは唯一艦隊に対して攻撃を仕掛けられる自軍ネクストが後退しているという事実だった。自軍ネクストが敵ネクストを無視してでも艦隊に攻撃を仕掛けてくれれば防げるかもしれないというのに、なぜ後退をするのか。

「リンクスに伝えろ! 後退するなとな、そして敵ネクストを無視してでも艦隊に対して攻撃を加えろと命令しろ!」

「既にしています! ですが……」

「ですが何だ!? ハッキリと言え!」

「はっ! リンクスは通信回線を切ってしまっているらしく通信に応じません」

 ロンメルは怒りのあまりデスクを叩き付けた。被害状況は徐々に拡大し、防衛システムも破壊され損耗率は上昇していく。ノーマルACもミサイル迎撃に貢献してはいるのだが、いかんせんもともと音速で飛来してくるミサイル迎撃は考慮されていない。焼け石に水といったところだ。

「第1から第3格納庫に被弾……続いて兵舎にも被弾しました!」

 この兵舎への直撃弾を最後に敵ミサイルが直撃することは無かった。基地目前まで後退してきた自軍ネクストが迎撃に加わったということもあるのだろう。だが彼は敵ネクストまで引き連れている、この基地が主戦場になったことは間違いない。

 さらに悪いことに敵艦隊から航空機が出撃したという知らせが入る。レーダーを見れば確かに言うとおり、敵艦隊の陣形中心から飛び出してくる機影があった。地上にある防空設備のほとんどはやられてしまっている状況だ、こうなれば頼みの綱は上空に退避させている航空機部隊しかない。

「上空退避させている航空部隊に敵航空機の迎撃を命じろ!」

「ですが司令! 我が方の航空機は急遽上空に退避させたためミサイルを搭載していない、もしくは完全とはいえない状態の機体も多々あります! 敵の航空機部隊を防ぐのは不可能です!」

 士官の言葉を受けロンメルは己の失策をなじった。先手を取れたのならば決してあせる必要は無かったのだと今更になって思う。敵艦隊がどこに向かうか、それが読めないことがプレッシャーとなりロンメルに精神的な疲労を負わせていたことが今になって分かった。

 だからといってこの状況を打破する術は無い。しかし、今後のことを最善に向かわせることは出来る。ミッドウェーが落ちた今となってはハワイ諸島の意味も薄い。敗軍の将と罵られたとしても良い、GAにとっての最善を取るのがロンメルの務めなのだ。

「全軍に通達せよ! この基地を放棄する、各自撤退だ! 何としても生き延びてこの雪辱を晴らせ!」


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 巡航ミサイルが撃たれてから後は早かった。瞬く間に敵の防衛システムは瓦解し、第二波の航空機部隊が止めを刺した。だがそのときにはもう敵は撤退を始めていたようで、殲滅すべき敵もほとんどいない状況だった。

 スター・アンド・ストライプス陣営としてはもっとも早く基地に到着していたマッハはその過程の全てをこの目で見ていた。何が彼らに撤退を決意させたのかは分からなかったが、その行動は早くそして正しかっただろう。

 敵軍の退避が始まっても敵ネクスト、ハウリングは撤退の姿勢を見せなかったが兵舎が破壊されているのを見ると即座に撤退を開始した。きっとそこに娘がいたのだろう。おそらく彼はリンクスとしての自分と、父親としての自分の間で葛藤を覚えたに違いない。

 まだ艦隊が到着していないことを確認してマッハはストレートウィンドから降りる。その手には救護セットを持って。何故そんなことをしていたのかは分からない。知り合いとはいえほんの道ですれ違った程度の、忘れてしまってもおかしくは無いのだし心を痛める必要も無いはずだ。

 だというのにマッハは炎と死体が転がる中を兵舎へと向かって走り続けた。実際に機体から降りて目で見てみると基地は酷い有様としか言いようが無い。そこら中に肉片が散らばり、どこからともなくうめき声が聞こえてくる。しかしどこからかは分からない。

 目の前にある瓦礫の山の中なのか、撃墜されたノーマルACの中からなのか。途中ではみ出た臓物を抱え込んで死んでいる兵士を見た。きっと中に戻そうとして必死になりながら死んでいったのだろう。

 生理的な嫌悪感を伴う臭いが漂う中をマッハはただ進み続けた。残骸の中に一つの死体、瓦礫の中にはそれこそ数十人単位での死体が埋まっているのだろう。それらはそのうち雑菌や虫の苗床となるのだろうか。いや、それよりも早くスター・アンド・ストライプスが片付けてしまうだろう。

 彼らが英雄として称えられながら葬られるのか、それともゴミとして処理されるのかマッハには分からない。だが恐らくは後者だろう、形式的には前者の方法が取られるだろうが遺体が多ければそれは人の残骸ではなく、ただの肉の塊としか扱われないのだ。レイヴン、そしてリンクスとして幾多の戦場を見てきたが、どこも変わらない。

 大規模な戦闘になればなるほど死者の数は増え、消える命は多くなり、悲しみを覚える人々はそれ以上に多く、その中からは憎しみが生まれるだろう。それらは憎悪となり新たな負の連鎖の始まりとなる。

 それを分かりながらも戦争をやめられないのは人の性か。それとも組織が捉えている戦争と、個人が捉えることの出来る戦争の概念が異なっているのが理由なのか。何にせよ今のマッハが出せる答えは一つだけだった。

 くだらないことは考えないで早く探しに行け。

 それだけだった。戦争とは何か等という事を考えたところで哲学者でも政治家でも、ましてや経済人ですら無いマッハに答えが出せるわけでもなく、そして出す必要性もまたない。

 兵舎に直撃弾はどれだけあったのだろう。まだ原型を留めている所を見るとそれほど多くは無さそうである。この兵舎が燃料タンクの付近に位置していたことが直撃弾を少なく出来た理由だろう。後はGAの建築技術の高さぐらいしか理由は無い。

 おそらくは兵舎の出入り口であった場所だろうか、そこで一人の少女が泣いていた。遠目から見ても彼女が怪我をしているのは分かったが、泣いている、その事実にマッハは安堵せざるを得ない。泣くだけの体力があれば大怪我をしていたとしても助かる見込みは高くなる。

 近づいて見ればやはりその少女はマッハが探していた少女、そしてタスクが助けようとしていた少女だった。彼女の左手の指は全てあらぬ方向に曲がっているうえに、肘から先が潰されたようになっていたが見た目よりも出血は少ないらしい。

 彼女はマッハが近づいていることにも気づかず父の名を呼び続けていた。きっとマッハが来なかったら誰かが見つけてくれるまで、あるいは死ぬまでそうしていたに違いない。少女、星鈴の右肩に手を置くとようやく彼女はマッハの存在に気がついた。

 だが痛みにうめきながら泣き続けることに変わりは無い。それもそうだろう。マッハは星鈴を安心させるための言葉を言いながら止血させた。これで少なくとも彼女の命は永らえるだろう、スター・アンド・ストライプスの艦隊がここに到着するのもすぐのはずだ。いくらテロ組織とはいえ、年端も行かぬ少女を見捨てることはしないだろう。


登場リンクス一覧
マッハ(ストレートウィンド)
タスク・アレグロ(ハウリング)

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