『その灯を点けるな(2)』

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 太陽が西の海に沈んでから大分と時間が経ち、既に日付も変わっていたがハーケンは愛機ニーズヘッグが置かれている格納庫へと足を向けていた。理由は一つ、機体の状態をチェックするためである。

 もちろん、日が昇ってから空母に機体を搬入しその後も整備チェックを行い可能な限り万全の状態に近づけるようにするのだが、ハーケンとしては万全の状態に近くするのではなく、本当に万全の状態にしたかった。

 今日、というよりか既に日付が変わってしまっているため昨日になってしまうが、ハーケンがオーエンに対して専属として雇わないかと言ったとき、彼は拳銃を突きつけて断ったのだ。断られるだけならまだ良かった。

 しかし、何も拳銃を突きつけてあまつさえ馬鹿にするような言い方をすることは無いだろう。こうなったら一番の戦果を上げて、己の実力を示せば彼も考え方を変えるはず。そのためにも機体は一〇〇パーセントの状態でなければいけなかった。

 格納庫には誰もおらず、夜間は常に点灯されている蛍光灯の白い光だけが辺りを照らしている。当然ながら置かれているのはネクストACをはじめとした機械類だけである、それらに使用されている鋼が白い光を反射させて無機質な光景をより無機質なものとしていた。

 他に人がいないため、格納庫内は日中と違って無音に包まれている。一歩足を踏み出すたびに硬質の音が響き渡り、言いようのない不安を感じさせられた。といっても根拠は分かっている、この空間の広さのせいだ。誰だってこんな広い空間にただ一人きりにされたら不安を感じてしまう。

 そんな不安を吹き飛ばすために「さぁて、いっちょやるとしますかね」とワザと大き目の声を出しながら自機へと向かった。途中、マッハのストレートウィンドの前を通ったとき、違和感に足を止める。
さて、これは何が原因なのだろうとストレートウィンドを見上げた。特に変わったところは無いように見受けられる。両背中には分裂型ミサイルを積み、両腕にはブレードを装備していた。

 そこでハーケンは違和感の正体に気付く。自分の知っているストレートウィンドの装備と、今ハンガーに固定されているストレートウィンドの装備が違っている。ハーケンの知っているストレートウィンドは右手にライフルを装備し、左腕にはMOONLIGHTを装備しているはずだ。

 しかし、今ハーケンの目の前に立っているストレートウィンドの両腕は共にEB−O600が装備されている。EB−O600といえば、ブレードの中で二番目に刀身が短い。多くのリンクスは非常用の装備として使いはするが主武装として使うことは少なかった。

 加えて、今回のミッションはといえば多くの敵が迎撃に出てくることが容易に推察できる。そうなれば必然的に接近しなければならないブレードを両腕に装備するメリットは少ないのではないかとハーケンは思うのだ。それを補うために背中にはミサイルを搭載しているのかもしれないが、ミサイルでライフルの代わりは出来ないだろう。

 それともよっぽどブレードの腕に自信があるのか。もしハーケンにブレードを扱いこなせるだけの技量があったとしても、敵陣の中にブレードだけで突っ込む自信は無かった。というよりもそのような愚を冒す真似はしない。あまりにも危険すぎる。

「よっぽど自信があるのか、それとも馬鹿なのか……どっちなんだろうねぇ」

 誰もいないという安心感がハーケンに自分の思ったことをそのまま口から出させた。発せられた言葉は格納庫内で反響する、当然、ハーケンは返事が返ってくるとは思っていない。そもそもこんな時間帯に格納庫に来る人間がいるとは考えてなかった。

 だが予想外の事態というのは戦場以外の場所でも起こるものらしい。

「自信は無いが、馬鹿でもないな」

 突如、背後から聞こえてきた男の声に驚きハーケンは反射的に前に跳んだ。そして振り向くと同時に懐に隠し持っていた拳銃を取り出したが、拳銃を取った手は後ろから声を掛けてきた男に照準を定める前に蹴られてしまい取り落とす。拳銃は格納庫の床を回りながら滑っていった。

「いきなり銃向けてんじゃねーよ、喧嘩売ってんのか?」

 そこにいたのはサングラスを掛けた黒髪の男、着ている服はハーケンと同じステイツがリンクス達に支給した制服だった。今回のミッションに参加する男性リンクスは三人しかいない、オーエン、マッハそしてハーケンの三人だ。となると消去法で目の前にいるのはマッハとなる。

「あんたがマッハか」

「あぁ、そうだよ。お前が噂のハーケンか?」

 言いながらマッハはハーケンが取り落とした拳銃を拾うと、差し出してくる。それを受け取り、懐のホルダーに銃を差し込みながらマッハの言った言葉の意味を考えていた。

「どうやら俺も結構名前に箔が――」

「違うよ」

 ハーケンの言葉にマッハが割り込む。どうやらハーケン自身の武勲によって噂になっているわけではないらしい。では、何が噂になっているのか。副業のことが噂になっているのだろうか、だとしたらまずい。

「オーエンの野郎に専属として雇ってくれ、って言ったらしいな。ブラックゴート内じゃもう有名になってる、話に尾ひれがついてるみたいであんたが拳銃突きつけられてブルってた、って俺が聞いたときにはなってたが……リンクスが拳銃突きつけられた程度でブルっちまうわけねぇわな」

 マッハは何を考えているのか知らないが、彼はこれで会話を切り上げたつもりらしい。ストレートウィンドのコクピットに上ろうとしていた。それをハーケンは止める。

「何か話でもあるのか?」

「いや、一つ聞きたいだけだ。なんで両腕ともブレードなんだ? しかも短いヤツ」

「本気だから」

「本気!? おいおい、笑わせんなよ。本気で短いブレードをわざわざ使うヤツなんざいねぇぜ」

 ハーケンが笑うとマッハは少しだけサングラスをずらして瞳を覗かせる。そこにあったのは紛れも無い殺意。怖くはなかったが驚き、ハーケンは後ろに一歩下がった。

「戦闘スタイルは十人十色だろうよ、俺は万能型ってのが嫌いなの」

 マッハはサングラスを掛けなおしながら言った。少しばかり会話に付き合ってくれる気分になったのか、コクピットに上る気配はない。

「なんだいそりゃ、俺に対するあてつけか?」

「そんなことは言ってない。ただ俺自身が万能型の機体を操るのが苦手ってことさ、あぁ、あとそうだハーケン。武装変えるなら今のうちだから教えておいてやるけど、敵のリンクスは三名だ。ミストレス、グローリィ、レオン・マクネアーの三人らしい」

「へぇ、そいつぁ凄い。ミストレスにグローリィって言えばビッグネームじゃねぇか、できればそいつらのお相手はしたくないね」

 口笛を吹きながら言って見せるとマッハは溜息を吐きながら「俺もだよ」と言った。

「なんだあんたも同じか」

「あぁ、だが俺が相手にしたく無いのはミストレスでもグローリィでもない。レオンだよ、あいつだけは勘弁だ」

 それだけ言い残してマッハはコクピットへと上がっていってしまった。ハーケンには彼の言っていることの意味が今ひとつ分からない、一通りカラードに登録されているリンクスの情報は概要だけではあるが頭に入れている。

 レオン・マクネアーといえばナンバーは二五、最近は調子が良いみたいだが全体で見ればミッションの成功率はちょうど五〇パーセントほどだったはず。機体は中距離万能型であり特にこれっといった特徴はない。対ネクスト戦における成績も良くは無いが悪くも無いといったところで非常に平均的なリンクスであったはずなのだが、マッハが危険視するような相手だとは思えなかった。

 ただ彼が根拠も無くそのようなことを言っているとも思えない。とはいえハーケンにレオンを危険視するような理由も無く、深く考えもせずに自分の機体へと向かった。


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 ブリーフィングルームでスクリーンの前にして立ってみると、オーエンは自分が教師になったのではないかと錯覚しそうになる。オーエンが前にしているのはパイプ椅子に座ったリンクス達。

 これからマッハ、アネモイ、ハーケン、アリオーシュの四人に対してようやく決まったミッションプランを伝えるわけだが、今更になってオーエンは緊張していた。リンクスの前に立って作戦説明を行うのはこれが初めてではないし、ステイツの会議に参加するほうがはるかに疲れる。

 だというのに緊張しているというのは、やはりこの作戦が絶対に失敗を許されないものだというからだろう。出来れば彼らにも同じ緊張感を持って欲しいところだが、核兵器などここ数十年以上に渡って使用されていない。喜ぶべきことなのだが、核の恐怖が伝えられることが無かったのは悲しむべきことといえよう。もし核の持つ真の恐ろしさが伝わっていたのならば、GAも核ミサイルを使用するという暴挙など考えもしなかったに違いない。

 伝わらなかったせいでGAは核の持つ驚異的な破壊力にだけ目が行ってしまったのだ。それが何を呼び起こすか知らずに、過去、何度核のせいで世界は滅びかけたのか。

 ざっとリンクス達の表情を見渡す。流石に核が使用された時代に生きたマッハはそれがどのようなものであるかをその身で知っているがために険しい顔つきになっているが、彼以外はといえばマッハと比べてではあるが緊張感に欠けていた。

 こういった事態は既に予測できていたため、オーエンはあるビデオを用意している。リモコンを手にし、再生ボタンに指を乗せながらもう一度リンクス達の顔を見渡した。

「さて、ミッションプランの説明に入る前にあるビデオを見てもらいたい」

「そんなことより早くミッションを教えてくれよ」

 ハーケンが言ってくるがオーエンは無視する。彼とて核の恐怖を知らないからそんなことを言えるのであって、もし微塵たりとも知っていたのならば口を出すような真似はしなかったはずだ。

 そして口に出したのはハーケンだけだったが、内心ではアネモイとアリオーシュもそのように思っているかもしれない。マリアの話によるとアリオーシュは核兵器に関しての知識があるとのことだったが、それがどの程度なのかは分からないのだ。もしかすると数字の上での知識だけかもしれない、だが数字で核の恐怖は分からない。映像によってでしか本当の恐怖は伝わらないだろう。それが核の持つ恐ろしさの一つでもあろう、その目にしない限り本質を知ることは出来ない。

 再生ボタンを押した。スクリーンに町並みが映される、ヒロシマの風景だ。とはいっても今から何年も前の第二次世界大戦前のヒロシマの風景である、家のほとんどは木製であり街路には路面電車が走っていた。今、彼らに見せているのは資料によって作成したCG映像であるが実写となんら変わりない精度を誇っている。

「今、君たちに見てもらっているのは日本にあるヒロシマという町の映像だ。とはいっても今のヒロシマではない、昔の国家解体戦操以前、第二次世界大戦が行われた時の映像だがね。この町は……歴史で始めて核兵器が使用された場所だ、この後、ナガサキという場所にも核は使用されたが被害の規模はヒロシマの方が大きい」

 そこまで言ったときアネモイが手を挙げた。映像を一時停止させて彼女の発言を認める。

「何でそんなもんを見せるのか理由を教えて欲しいさね、そんな大昔の映像を見せられても作戦には何の関係も――」

「あるんだよそれが、君たちには知ってもらわないといけないんだ。核が何故使用されてはならないのかを。もしかするとこれが君たちの生死に関わる可能性だってある、私は君たちに覚悟してもらいたいんだ。絶対にGAに核を使用させてはならないという覚悟を、だからこそ知ってもらう必要がある」

 どこか疑うような視線でアネモイはオーエンを見ていたが、これ以上発言する気は無いらしい。アリオーシュとハーケンも彼女と同じような表情をしていた、それも当然のことだろう。だが、これから続く映像を見れば彼らも考えが変わるはずだ。

 そう願いながら再びボタンを教えて映像を流し始める。映し出されるのは何のことは無い人々の暮らし、リンクス達は一様に首を傾げていたが次の瞬間に彼らの目の色が変わった。

 映像は原爆が投下されたシーンに切り替わる、そこからは延々と地獄絵図が映し出されるだけである。音声は付けていない、だが映像だけで彼らは核がどのような兵器であるか理解した。彼らの目を見ればわかる、アリオーシュなどは僅かではあるが体を震わせているほどだ。

 しかし、核が持つ恐ろしさはこれだけではない。残虐に人を殺傷する威力、残留する放射能などもあるが、オーエンが恐れる核の恐怖はこれではないのだ。人を残虐に殺害する兵器ならば毒ガス全てが該当するだろうし、有害なものが残留するというならば生物兵器や一部の弾頭も同じだ。

 ヒロシマの惨状を一通り映し出した後、映像は切り替わる。今度はCGではなく実写だ、その映像を流したときにマッハは思わず立ち上がりそうになっていた。仕方の無いことだろう、スクリーンに映し出されているのは彼も参戦していたオトラント紛争のものだ。

 当時、敵対しあっていた三つの企業ミラージュ・クレスト・キサラギが共同して核を使用したプロフェット社に対して攻撃を加えている映像である。いや、攻撃という表現はおかしいだろう、正しいのは虐殺だ。

 既に戦えなくなったプロフェットの人間を三社連合軍は容赦なく殺害していった、その映像が流しだされている。

「なんだよこれ……」

「幾らなんでも人間のやることじゃないさ……」

 ハーケンとアネモイはあまりの凄惨さに声を漏らし、アリオーシュは口元を手で押さえていた。マッハはといえば当事の惨状を思い出したのか目を瞑っている、彼に対してはこの映像を見せる必要は無い。なぜなら彼はこの映像の戦闘に参加しているのだ、虐殺が行われたのは彼がいたエリアではないため当時のマッハの機体が映ることだけは無かった。

「これが核の恐怖だよ。核の持つ破壊力は凄まじい、理論上は地球を破壊することだって出来る。そして見てくれたとおり、核は何もかも焼き尽くす、それこそ理性すらな。だからこそオトラント紛争で核が使用された直後、使用したプロフェット社は粛清を受けた。この時、プロフェット社を攻撃していた企業連合軍はある取り決めをしている。捕虜は捕らえない、とね。それがどういう意味かは言わなくてもわかるだろう、今の映像を見てもらえればな。核は簡単に憎しみの連鎖を引き起こす、今の技術力ならばそれこそあっという間に核兵器が出来上がるだろう。GAがハワイを核によって壊滅させれば、ミッドウェーのステイツ部隊が同じ方法で報復に出る可能性は非常に高く、他企業も核の使用を始めるかもしれない。我々が止めようとしているのはハワイを壊滅させることじゃない、核を世界に広めないことだ。そのために我々はGAを攻撃し、核ミサイルサイロを破壊する。ではミッションプランの説明に入りたいと思うが、準備は良いかな諸君?」

 返ってくる言葉は無かった。マッハは歯を食いしばるようにして俯いており、他の三人はといえばもう何も映してはいないスクリーンをただ呆然と見つめている。大規模な破壊攻撃も、虐殺も、過去幾度となく歴史は繰り返してきた。

 しかし不思議なことに企業が世界を管理するようになってからそれは無くなったのだ。利益こそが第一であり、人種や思想による差別が強制排除されたのも一因と考えられるが、やはりもっとも大きな理由は利益を最優先とする超資本主義によるところが大きいだろうとオーエンは考えている。

 純利益だけを考えれば大規模な、それこそ世界大戦規模の戦争を行なうようなことは不利益を生むことはあっても純利益を生むことだけは絶対にない。だからこそ企業は対立し、戦争を行っても半ば予定調和的な戦いを望み、自分たちに損害を及ぼすことが無いよう代理戦争に必要なレイヴンそしてリンクスを生み出した。これがオーエンの考えである、真実は他にあるかもしれないが、資料を読み取る限りではこうとしか考えられない。

 オーエンが歴史について考えを巡らしている間、雇ったリンクス四人もそれぞれ何かしら考えているのだろう。表情を見ていればそれがわかる。衝撃的な映像を見せられ、事実を突きつけられたのだ。何も思わないというほうがおかしい。

 彼らが気持ちの整理を行う間オーエンは待つことにした。今日の予定はこのブリーフィングが終わった後、それぞれ船に乗り込みVOB発進地点目指して出航するだけ。作戦は既に始まっていたが時間にはまだ幾分かの余裕があり、遅延も見越して作戦はくみ上げられている。ブリーフィングの時間が多少長引こうが問題は起きない。

 いつからか分からなかったが、気付けばアリオーシュがオーエンをじっと見ていた。その視線は何か言いたげである。

「何か意見があるのか? ミス・アリオーシュ」

「一つお伺いしたいのですが、核攻撃を止めるためにGAを離反したのですか?」

 答えはYESである。ブラックゴート社は核攻撃を未然に防ぐためだけに親GA派であったにも関わらず、GAに対して敵対行動をとることにしたのだ。インテリオルがブラックゴートの持つ光学技術と引き換えにラインアークの領有権とその施設を譲渡されずとも、ブラックゴートはGAを敵としただろう。

 なんら隠す必要性は無いとオーエンは判断しているのだが、彼らはリンクスである。企業人でもなく、一般人でもない、金銭によって企業や国家に雇われ戦闘行動を行う兵士だ。個としては最強の戦力であるネクストを個人で保有する彼らには独特の考え方があるだろう、一応はリンクスであるオーエンはそれを薄々感じ取っていた。

 だからこそ、この質問に対してどう答えるべきなのかを悩んでしまう。隠すべきか本当のことを言うべきか、オーエンが悩んでいる間にもアリオーシュはまっすぐと見つめてきていた。

「期限付きであるとはいえ私は君たちの雇い主だ、ある程度の情報は君たちに知らせる義務があり君たちはそれを知る権利がある。これは当然のことだ。だからといって全てのことを知らせる必要は無い。すまないが、その質問には答えられないね。ミス・アリオーシュ」

「いえ、出すぎた質問をしてしまい申し訳ありませんでした」

 頭を下げて謝罪をするアリオーシュを見ながらオーエンは知らないうちに「別に構わない」と言っていた。何も隠す必要性があるわけでもないし、今回の作戦でオーエンはアリオーシュとコンビを組んで突撃する予定になっている。

 その時、また二人でどのようなフォーメーションを取るのか話さなければならないのだから、その折にこの話に触れてもいいだろう。頭の中でそのような考えを巡らしながらリンクス一人一人の表情を観察していく、マッハとアリオーシュは整理が出来ているのか真っ直ぐな視線をオーエンに向けている。

 ただアネモイとハーケンの二人はといえばまだ困惑している様子だった。無理もない、彼ら二人は今の今まで核兵器の名を聞いたことはあったかもしれないが、それがどのような兵器であり何を破壊し何を生み出すのかは知らなかったのだ。整理が付かなくて当然だろう。

 だからと言って、彼ら二人のために時間をとってやることは出来ない。出来れば時間を割いてやりたいところなのだが、二人を待っていると予想外に多大な時間を消費してしまう可能性があった。

「さて、ミス・アネモイとミスター・ハーケンには悪いがこれよりミッションプランの説明に入りたいと思う」

 この一言でアネモイとハーケンも姿勢を正して正面へと向き直った。二人とも切り替えが早いらしく、先ほどの困惑した表情はどこへやら、すっかり傭兵の顔になっている。

「まず今回のミッションはネクスト六機を導入した波状攻撃だ、内約は二機三組。それぞれサンディエゴ沖に到着後三隻の双胴型空母から順次VOBによりサンディエゴにあるミサイル基地に突入してもらう。そのうちのどれか一組がミサイルサイロを破壊すればミッション完了だ、GAもどうやら我々の動きは察知しているらしく三名のリンクスと二隻のアームズフォートをサンディエゴに配備しているのが確認されている。配備が確認されているアームズフォートはランドクラブ、そしてGAと有沢が共同で開発したというタンク型アームズフォート、グラウンドハウルだ。ランドクラブについての説明は省くが、グラウンドハウルはタンク型であり内部にノーマル二〇機が配備可能、巨大な火力と装甲を持っているということしか分かっていない。向こうが雇ったリンクスはカラードNo.7ミストレス、No.11グローリィ、No.25のレオン・マクネアーの以上三名。君らもリンクスならば同業者の情報は得ているだろうから、この三名の機体について説明をする必要はないだろう。まず、ここまでで質問のあるものはいるか?」

 早速、マッハの手が上がったので発言を認める。

「さっき、ネクスト六機で二機三組で突入すると聞きましたが、ここにいるリンクスはミスター・オーエンあなたを含めても五人しかいないもう一人は?」

「もう一人は我が社専属のリンクスだ。カラードではイレギュラーという扱いになるのかな。名前はマリア、機体名はブラックゴスペル。格納庫を見てもらえればわかるがホワイトグリントをベースにしている機体だ。彼女はこのブリーフィングに参加することが出来なかったが、ミッションプランは既に伝えてある」

 オーエンが「ブラックゴスペル」の名を口に出したとき、マッハの目の色が明らかに変わった。彼の中にある仮説が証明されたに違いない、こうなってしまえばマッハとマリアを合わせても問題は無いだろうが、まだ会わせるわけにはいかないだろうとオーエンは判断している。

「でだ、六人を三つのチームに分けるわけだが人選は既に決定済みだ。今からそれを発表する。まずAチームは私とアリオーシュ、Bチームはアネモイとマッハ、Cチームはハーケン・ヴィットマンとマリア、以上だ。そしてAチームは空母メガリス、Bチームは空母エクスキャリバー、Cチームは空母シャングリラに搭乗してもらう。発進タイミングはA、B、Cとアルファベット順に発進。全て双胴型空母だからパートナーとなる機体とは同時に発進できる。各チームの戦術については一任する、敵戦力の配備状況は未だ不明。よって洋上でさらなる指令が与えられると思っていてくれ、以上だ。質問はあるか?」

 半ば予想していたことだが、マリアとチームを組むことになるハーケンが手を上げた。もちろんオーエンは彼の発言を認める。

「チームを分けることに文句を言うつもりも無いし、チームが空母ごとに分かれて乗艦することにも異論はない。けれど俺の相棒になるそのマリアっていうのはどこにいるんだよ? ちゃんと会えるのか?」

「もちろんだともミスター・ハーケン。彼女は君が乗る予定の空母であるシャングリラにもう乗艦している、君が搭乗すればしばらくは必然的に彼女と行動を共にするだろうからその時に話をしてくれ。そしてこのブリーフィングが終われたそれぞれの艦に搭乗してもらうことになる。基本的に各チームの戦術はそこで話し合ってくれ、本来ならもっと連携行動を重視すべきなのだが、いかんせん敵の布陣がまだわからんことにはどうしようもない。先ほども言ったとおり、後で指示を出す。もしかしたらそれは出撃直前の時になるかもしれないから、心の準備だけはしておいてくれ。これでブリーフィングを終わらせたいと思うが、まだ質問のある者はいるか?」

 スクリーンを上げながらオーエンは全員の顔を見渡したが、もうそれぞれ考えに耽っているのか誰も前を見ようとはしなかった。オーエンが腕時計を確認すると予定より五分早くブリーフィングが終了していることに気付く。

 この五分で何が出来るというものでもないが、作戦概要を伝えられたリンクス達には重要な五分だろう。この五分が過ぎればそれぞれの空母、メガリス、エクスキャリバー、シャングリラの三艦に搭乗することになるのだ。それまで、ほんの束の間とはいえ彼らの自由な時間を大切にしてやりたいと思う。

「では、ブリーフィングはこれで終了だ。各自、搭乗時間に遅れないようにしてくれよ」

 それだけ言い残してブリーフィングルームを出ると、オーエンの荷物を持ったセレが待機していた。

「待っていてくれたのか?」

「えぇ、五分前に来ると思いましたので」

「なるほど、さすがセレ。さすがだな」

 言いながらオーエンはセレに荷物を持たせたまま自分が乗る空母メガリスへと向かった。


/7


 空母エクスキャリバーの右舷甲板に立ちアネモイは潮風を浴びていた。空を飛んでいる時ほどではないが潮の匂いをたっぷりと含んだ風は浴びていて心地が良い。視線を舳先へと向け、水平線の向こうにあるだろうサンディエゴに思いを馳せた。

 どのような戦場が待っているのだろうか。今のところ与えられている情報は少ない、といわざるを得なかった。出来れば敵がどのような布陣を敷いているのかも知りたいところだが、流石にそれは贅沢というべきか。

 煙草に火を吐けて紫煙を吐き出すと、あっという間に煙は風下へと流されていく。

「バニラフレーバー入りか? ずいぶんと女性らしいもん吸ってるじゃないか」

 背後から声を掛けられ振り向けば、火の吐いた煙草を加えたマッハがこちらに歩み寄ってくるところだった。相変わらず目を見られたくないのか、サングラスは付けたままである。

「あぁ、バニラフレーバーが入ってる方が吸いやすいからね。そういうあんたは何吸ってんのさ?」

「ダビドフ・クラシック、煙草の王様って感じだね。ほんとのところを言えば、ここまでするなら葉巻を吸えば良いんじゃないかって思うときもあるんだが……葉巻は性に合わなくてね」

 肩をすくめて見せるマッハを見てアネモイは微笑を浮かべる。

「あぁダビドフかい。確かにあれなら葉巻吸いな、と言いたくなるけれど……あんたが葉巻吸ってるところは想像できないさね」

「だろ?」

 そう言ってマッハはアネモイの隣に立ち、同じように舳先へと視線を向けた。おそらくはアネモイと同じくサンディエゴにその視線は向けられているのだろうが、色の濃いサングラスはそれすらも隠してしまっている。

「で、何しに来たんだい?」

「何って? 別に何も」

「何もって……あんたの機体も部屋もどっちも左舷側だろ? 右舷には何もないんじゃ?」

「様子見に来ただけだよ」

「様子ってなんのさ?」

「決まってるだろ、あんたの様子だよ。俺は大規模な戦闘は幾つも経験してるけれど、国家解体戦争以降の戦役を調べてみたがどれも会戦と呼べるような戦場は一つも無い。当然、国家解体戦争以前の生まれのあんたにゃ会戦がどのようなものか知ってるはずもない。緊張してるか、不安や恐れは感じていないか。それを知りたくてここに来た」

 マッハは相変わらず舳先へ視線を向けたまま言ってみせた。

「じゃあ心配してきてくれたってのかい? だけどそりゃ大きなお世話だったみたいさ、あたいは別に怖さも何も感じちゃいないよ」

 紫煙を吐き出しながら笑ってみせる。強がりでもなく、アネモイはこれから赴く戦場に対して恐れは抱いていなかった。部隊展開状況などが分からないのは不安といえば確かに不安だ。

 しかし、それらは分からないのが普通である。今までもそのような状況下でやってきたのだから、今回もやれる。ネクストが六機も導入される大規模なミッションではあるが本質的には何も変わらないだろう。

「なぁ、制限戦争と殲滅戦争の違いって知ってるか?」

 どちらもアネモイにとっては初めて聞く単語であった。

「なんだいそりゃ? 制限戦争と殲滅戦争ってのは? どっちも同じ戦争じゃないのか?」

「似て非なるもの、と言いたいけれど本質的に違うよ。制限戦争ってのはその名の通り制限の付いている戦争と思ってくれれば良い、いわばゲームだ。勝てば相手のものをもらえる、負ければ自分のものをとられる」

「そりゃ戦争だったら当然じゃないのかい?」

 思ったことを口に出すとマッハは静かに首を横に振った。そして短くなった煙草を携帯灰皿の中に押し込む。

「違う。制限戦争は何も相手を完膚なきまでに叩きのめす必要は無い、ゲームだからな。ところが殲滅戦争は違う。殲滅戦争は理論的には戦争のあるべき形さ、どんなものかを長々と言ったところで時間の無駄だし話の本質になんら変わることは無いから置いておく。まっ、簡単に言えば殲滅戦争ってのはそのまんま。相手を殲滅するために行う戦争さ」

「なるほどねぇ、そんな違いがあったってのは初めて知ったけれどなんでいまそんな話をするのさね?」

「簡単だよ。俺たちが今からやるのは、これまでやってた制限戦争じゃなくて殲滅戦争だからなぁ」

「はぁ!?」

 声を上げると同時に加えていた煙草を落とす。

「だからやることの質が違う。今までは何かあってもいわばゲームみたいなもんだったから戦場は小さめだったし、撤退も簡単だった。けど今回の戦場は場合によるけれど……ハワイ沖からサンディエゴまでってところか」

「それってあたいらはもう戦場にいるってことかい!?」

「いやそりゃ早計だな。まだ火蓋は切られていないし、けれど第一次リンクス戦争やORCA事変、第二次リンクス戦争とは違って今回のこれは殲滅戦争。GAとユナイテッドステイツのどちらかが潰れない限り終わらないだろうなぁ。どちらの上層部もこの程度のことは予想してるだろうし、誰か一人ぐらいは死ぬだろ」

 あっけらかんとマッハは言って見せたが、彼の言っていることは気軽にいえるようなことではない。要するに彼が言いたいのはこれから始まる戦いはただ規模が大きいだけの戦いではなく、本質的に違うものだと言いたいらしい。

 しかもどちらかが潰れるまで終わらないと言っている。そんなとてつもない依頼を受けてしまったことをアネモイは始めて後悔した。

「なんだ? 怖いのか?」

「そんなわけじゃないさ」

 そう答えて見せたものの、胸のうちにあった不安は恐怖へと変質し始めている。どうにかしてそれを止めなければと思うものの、止めることは出来ない。

 じっとマッハはサングラス越しにアネモイを見つめていた。視線こそ感じるが、彼がアネモイのなにを見ているのか、色の濃いレンズ越しではなにも分からない。

 そしてマッハはオイルライターを取り出した。また煙草を吸うのかと思ったが、彼は煙草を取り出しもせずそのライターをアネモイへと差し出す。

「なにさこれは?」

 言いながらそのオイルライターを眺めてみる、ずいぶんと使い古されているようでところどころ禿げており、そこから真鍮が覗いていた。そして隅に小さくではあるが、Mikami & Orange Boyと刻印がされている。

「お守りだよ、持っとけ」

「持っとけって簡単に言うけれど、これ大事なものなんじゃないのかい? 裏面に名前が刻まれてるよ。ミカミ&オレンジボーイって……って、え?」

 言葉に出してアネモイはあることに気付き、もう一度オイルライターの刻印を見直した。彫られている文字はさきほどと同じものである、見間違いではない。

「なんだよ変な顔しやがって、そのライターが変なもんにでもみえんのか?」

「いや、使い古されてるけど普通のライターだと思うよ。けど裏面の名前がさ」

 マッハの眼前にライターを刻印が見えるように差し出した。彼はサングラスを僅かにずらしてライターを見るが「それが?」と、そっけなく言っただけである。

「あんたの本名かい?」

「違う。レイヴン時代の名前と、その時組んでた相方の名前だな。今はもういないけど、多分死んだんじゃない?」

 素っ気なく言って見せたマッハの表情に変化は無い。普通なら今はいない相方のことを口に出せば悲しむぐらいするだろうとアネモイは思うのだが、彼にそんな様子は微塵も無かった。

 これにはアネモイの方が驚かされてしまい、ライターを手にしたまま固まってしまう。

「何固まってんだよ? あん、もしかしてあれか? 普通、こういう場合は悲しい表情するとかって思ってんのか?」

 思っていることを当てられ、アネモイは頷いた。

「何年も前の話だし悲しいとかそんなの超えてんだよ。今となっちゃ良い思い出、それにアイツは悲しまれることを好まないと思うし。そのライターがある限り、俺とアイツは常に一緒に戦ってる気分になれるんだよ。だから悲しくもなんともねぇ」

「じゃあこのライターを預かるわけにはいかないね」

 オイルライターを無理やりマッハに握らせようとするが、のらりくらりとかわされる。むきになったところで無駄だと諦めて預かったオイルライターをポケットの中に押し込んだ。その様子を見たマッハは満足げに頷いた。よく見れば口元が微笑を形作っている。

「わかったよ、このライターは私が預かるさ。けれど、映画とかじゃこういうことする奴は大概死んじまうもんだよ?」

 溜息を吐きながら言うと「これは映画じゃなくて現実だから関係ない」という返事が返ってくる。確かにそれもそうだ、と思うところがアネモイにもあったので反論はしない。

 とはいえ、これだけ使い古されたオイルライターを預かるというのは大きなプレッシャーになる。彼はお守りと言ってみせたが、アネモイにとってはむしろその逆だった。どう考えたところでこのライターは彼の宝物、もしかしたらそれ以上かもしれない。何を思ってこんなものを預けるのか、マッハの気が知れなかった。

「まっ、これで俺もお前も死ねなくなった。それじゃあな、また後で会おうや」

 どうしたものかと悩むアネモイを置いて、マッハは手を振りながら背を向けて自室とストレートウィンドが格納されている左舷甲板へと帰っていった。

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