『その灯を点けるな(3)』

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 GAサンディエゴ基地は今日もあわただしかった。レオンがGAからの依頼を受けてこの基地に来てから既に数日が経過しているのだが、この基地から喧騒が途絶えたことはない。軍事施設なのだから当然といえば当然だが、この物々しさは異常だなとレオンは思うのだ。

 リンクス、つまりは傭兵という仕事をしていれば自然と様々な戦場を巡ることになり、それだけ多くの軍事施設を見ることにもなる。今回のような防衛任務では基地に自室を宛がわれ、長くて二週間から三週間ほど滞在する場合もあった。

 リンクスが基地にいるということは、依頼主が既に敵の襲撃を察知しているということであり、リンクスとそのネクストが到着した時点で防衛準備は完了することになる。というよりもそうなっていなければおかしいのだ。

 敵の襲撃を察知できたとしても具体的な日時を知ることが出来る場合もあるが、そうでない方が圧倒的に多い。場合によってはリンクスを雇っていたとしても、雇ったリンクスが到着する前に敵が襲来してくる場合もあるのだ。

 過去の戦史を調べてみれば、レイヴン全盛期のインディペンデンス紛争時にそのような事例が見受けられる。この時、防衛側はレイヴンを雇っていたのだがあまりにも防衛をレイヴンに頼りきっており自分たちの戦力で防衛準備を怠っていた。だがレイヴンが到着する前に敵の襲撃を受けたことにより全滅した部隊の記録が残っている。

 以来、これを教訓としているのかしていないのか。傭兵を雇ったとしても雇った傭兵が到着する前 に手持ちの戦力で可能な限り防衛準備を整えておくことがどこの企業でも習慣となっていた。

 よって通常、リンクスが到着したときには基地は静けさを保っている。とはいえそれも嵐の前の静けさ、と呼ぶべきものではあるが。

 だが、このGAの基地はまったく違った。念には念を入れているのか、それとも別の何か理由があるのか雇った三名のリンクスが既に到着したというのにGAは防衛準備をまだしていたのだ。

 どれだけ入念な準備をすれば気が済むというのだろう、二体のアームズフォート、三機のネクスト、一〇〇を越えるであろうノーマルAC。迎撃体制は充分すぎるほどに整っているというのに、GAはなにを考えているのだろうか。

 攻めてくるというのはついこの間までテロ組織だったユナイテッド・ステイツである。レオンは彼らが国家復権宣言を行った時その場にいた、その時は彼らに雇われていたからだ。

 その折にレオンは彼らの戦力を充分とはいえないまでも、可能な限りに目に焼き付けておいた。それがいつどこで役に立つか分からないからである。ユナイテッド・ステイツは今、ハワイ諸島とミッドウェー諸島を支配している。親GA派であったにも関わらずユナイテッド・ステイツへ協力するようになったブラックゴートの支配地域も含めるのならば、ラインアークとオーストラリア大陸も含めるべきであろうか。

 だがブラックゴートはどこまでユナイテッド・ステイツに協力しているのかは不明である。少なくともノーマルACを提供してはいるようだが、それ以上の関係はレオンには分からない。ただ、少なくともいえるのはユナイテッド・ステイツにサンディエゴを占領するほどの戦力は無いということだ。

 ユナイテッド・ステイツが太平洋の真ん中にありながらにしてGAの襲撃を受けていないのは、四方を海に囲まれていることにある。残念なことにGAの太平洋艦隊は度重なる戦闘に加え寝返りによって数を大幅に減らしており、ユナイテッド・ステイツに攻め込むことが出来ないのだ。

 つまり、彼らが攻撃されないのは海によって守られているからであり陸続きであるのならばGAは容赦なく彼らを攻め立てることは間違いない。となれば、ユナイテッド・ステイツがサンディエゴを占領しようと思えばハワイやミッドウェーに置いている以上の戦力をサンディエゴに置かなければならないことになるが、もちろん彼らにそんな力は無いのだ。

 現状においていえば、ユナイテッド・ステイツにはハワイとミッドウェーを支配するのがやっとのはずであり、サンディエゴに侵攻をかける余裕などどこにもない。だというのに彼らはサンディエゴを攻めるという。この情報自体が間違いという可能性も考えたことはあったのだが、GAのこの迎撃準備の様子を見ているとその可能性は〇であると断言できる。

 では、彼らの狙いは何だろうと考えてみるまでも無かった。それはレオン達が守るべき防衛対象がその標的となっているはずである。GAがリンクス達に守るよう依頼したのは三基のICBM、つまりは大陸間弾道ミサイルだった。

 GAがどのような戦略構想を練っているのか、一時しか作戦行動に参加しないリンクスに全てが伝えられるはずは無いのだが、レオンとて戦争で生きている人間である。企業軍に所属している戦術家・戦略家ほどではないにせよ、戦況を見る目というものは養われていた。

 レオンにとってGAがICBMを使うというのはいささか不可解な行動であるように思える。GAの将の一人であるロンメルは、スター・アンド・ストライプス現ユナイテッド・ステイツにハワイ諸島を攻め込まれた時、敗北を察するやいなや撤退した。

 それは何故かといえば、戦力を可能な限り温存させてそれらを北米大陸防衛に回すためともう一つ、ハワイ諸島を奪還するためだと考えられる。そうでなければ焦土作戦を行うのが適切だろうと考えられるからだ。

 そのように考えれば、ICBMだけを撃ち込むというのは腑に落ちないところがある。

 今は考え込んでも仕方が無いと考察を切り上げて、レオンは格納庫の中へと戻った。レオンの入った格納庫の中は外と比べると静かなものである。置かれているのは三機のネクスト、レオンのエルダーサイン。そしてグローリィのノーヴルマインドとミストレスのセレーネである。

 これら三機のネクストは到着すると同時に整備が行われ、今は万全の状態に置かれていた。もちろんいつでも出撃できるようにである。そしてリンクスもいつでも出撃できるようになっていた。とはいえ機械であるネクストとは違ってリンクスは人間である。常に緊張を保ち続けて待機できるかといえばそうではない。よって交代で休憩をとるようにしていた。リンクス二名は常時待機し、残る一人は休息をとるようにしている。

こうしておけば少なくとも二人は即座に出撃できるわけだし、休息をとっているリンクスも宛がわれている部屋は格納庫にかなり近いところにあるので待機しているリンクスと比べれば遅れてしまうが、それでもそれなりの早さで出撃できるだろう。

 そして今はミストレスが休息をとっており、グローリィとレオンの二人が待機中なのである。とはいってもかなりの自由が与えられていた。何も宛がわれた部屋に常にいる必要は無く、格納庫近辺であれば出歩く許可も与えられている。

 だからこそさっきまでレオンは外で風を浴びていたのだ。もっともその風はオイルの臭いと油分をたっぷりと含んでおり、レオンの浴びたかった風とは程遠いものではあったのだが多少の気分転換にはなった。

 待機室に戻ると、レオンが部屋を出る前と同じようにグローリィはソファに持たれかけ、煙草を咥えながら資料に目を通している。扉を開けた時、一瞬だけグローリィは視線をレオンに向けたがすぐに資料へと戻す。

 レオンの方もグローリィに対して言葉を掛けず、彼の向かい側にあるソファに座り二人の座るソファに挟まれて置かれているテーブルの上の資料を手に取った。そして煙草に火を吐ける。

「また煙草を吸うのか?」

「あんただって吸ってるだろグローリィ?」

 質問に質問で返すとグローリィは何も言い返してこなかった。彼はレオンの吸ってる煙草、アークロイヤルの香りがどうも苦手らしい。アークロイヤルはバニラフレーバー入りの煙草で、煙にはバニラの甘い香りが多分に付いている。そのため女性や、煙草が苦手な人にでも受けが良かったりするのだが、中にはこのグローリィのように嫌いだという人間もいるのだ。

「バニラフレーバー入りの煙草は嫌いなのか? 別にバニラフレーバー入りは珍しくないだろ? ほかにもキャスターとかあるんだし」

 資料から目を離さずに話しかけるとグローリィの方も資料から目を離さずに返事をする。

「バニラフレーバー入りは好きでも嫌いでもない。ただその、君の吸ってるアークロイヤルの臭いは甘すぎて少し鼻に付く」

「珍しいな。結構この煙草受け良いんだぜ? 特に女には受ける」

「女受けしたくて煙草を吸ってるのか?」

「別にそんなわけじゃねぇよ。煙草吸ってると何か落ち着くし、それに吸うと休憩したっていう気分にならないか? 実際はたいした時間休んだわけでもないのにさ。そう思わないか?」

「まぁ、そうだな。確かに君の言うとおりだ、聞いた話で責任はもてないが煙草にはストレスを発散させる効果があるというらしいしな。嫌煙家に言わせれば、煙草は百害あって一利なし、だそうだが実際のところ一利程度はあるらしい」

「へぇそいつは初耳だ。嫌煙家の連中が知ったらどんな顔するのかみてみたいもんだねぇ」

 と、こんな調子でレオンとグローリィの二人は煙草を中心とした話題で盛り上がっているのだが、二人とも目を合わせようとはしなかった。お互いに言葉を交わしあいながらも目は資料に記載されているデータを追い、頭にそれを叩き込みながら整理している。

 彼らが見ているのはユナイテッド・ステイツが独自に開発したのか分からないが、彼らだけが所有しているノーマルACのデータ、そして彼らが雇っただろうリンクスとブラックゴート社社長であるU・N・オーエンのデータであった。

 そして今レオンが見ていたのがブラックゴート社社長、U・N・オーエンのデータそのものである。ブラックゴート社はつい先日まで親GA派を謳っていたため彼に関するデータは多いはずなのだが、どうにも疑念が残って仕方が無かった。

 そこでレオンはオーエンの資料をグローリィへと差しだし「これ本当だと思うか?」と尋ねてみる。返答は即座に帰ってきた「嘘に決まってるだろ」と。

「なんでそう言い切れる?」

「私が信頼を置いている情報屋からの情報だよ。そもそもオーエンの経歴は詐称されているな、実際のところ彼はブラックゴート社の総務に属していた時期など無いらしい。社長就任までの間、彼はイレギュラーネクストとしてブラックゴート社専属のリンクスだった。AMS適性も低いといわれているが、それも意図的に流されたものだろう。なにせ、噂……いや、確実な情報だが彼は一対一でグラムを仕留めている」

「本当か?」

 ここでレオンは初めて顔を上げてグローリィの顔を直視した。それは向こうも同じだったらしく、二人の視線が交差する。

「前に一度本人と会った。その時はまだ親GA派だったからGA側についていたんだがな、中々に食えない男だという印象をハッキリと覚えている。あの男は確かな戦術眼を持っていることは間違いない、それにGAが無人AI制御技術を投入したノーマル部隊を運用し始めたのは知っているな?」

「あぁかなり有名な話だな。無人ノーマルはどこも研究しているって話だけど、それを実戦レベルで運用したのはGAが初めてで、今のところ運用しているのはGA以外に無かったと思う」

「そうだ」

 言ってグローリィは頷いた。しかしこの話とブラックゴート社に何か関わりがあるというのだろうか。

「でだ、その肝心のノーマルAC制御用のAIとそのプログラムはどこがしたと思う?」

「MSACだろ。あそこはGAグループだし、電子機器関係が主だ。公表されていないけれど、十中八九間違いないだろ」

「そうだ、GAは無人ノーマル制御プラグラムの製造元を明かしていない。それは何故か。電子機器を得意とするMSACがGAグループのために、誰もがレオン、君のようにMSAC製だと思い込むだろう。しかしそれは先入観というヤツだよ、GAが公表しないのは公表する必要がないからじゃない。公表できないからだ、当時GAグループではないがGAに友好的な企業があった。そしてそこは情報産業を主としていた、もうわかるな?」

 紫煙を吐き出しながらレオンは灰皿に煙草を押し付けた。吸殻を眺めながらそんなはずはないと思い込みたかったが、僅かに視線を上げて見たグローリィの瞳は嘘を付いているような色をしていない。

 彼は確固たる根拠があるからこそ言っているからに違いなかった。

「ブラックゴートは、このことも見越していたと?」

「私はそうは考えていない。おそらくこの事態は彼らにとっても予想外のことだったはずだ。老婆心だが、レオン、君は戦術眼には長けているようだが戦略に関しての知識が乏しいらしいな。勉強しておくといい」

「忠告ありがとうよ。そんなことよりもだ、なんで予想外だと言える?」

「時期が早すぎる。ブラックゴートはおそらく販売したプログラムの中に自社にとって有利になるようなものを入れているだろう、そうでなくとも元々彼らが製造したものだ。人が作ったものに完璧なものはない、必ず穴がある。作った彼らしか知らないような弱点があってもおかしくない。

 ブラックゴートが元からGAに反旗を翻すつもりならば、もっと時期は遅かったはず。そうすればGAには今より多くの無人ノーマル部隊が出来上がり、コスト面から有人部隊は少なくなっていたはずだ。そうなっていたほうがブラックゴートには断然有利になる、しかし今はまだ有人部隊がメインで無人部隊は補佐的な位置にしかない。ユナイテッド・ステイツと組んだとしてもブラックゴートの戦力はGAと比べて遥かに劣る、彼らにとってのジョーカーを今わざわざ切る必要はどこにも無い。それどころか馬脚を晒してしまったようなものだ」

「なるほどねぇ」

 言いながらレオンは腕を組んでソファに背を持たれかける。グローリィの言うところにおかしなところは見られない。だが疑問が残るのだ。なぜ、ブラックゴートはユナイテッド・ステイツと手を組むのか。

 GAと敵対するのならば協力してくれる企業はいくらでもある。インテリオルもオーメルもGAとは友好的とは言いがたい、ブラックゴートがそれなりの見返りを出せば彼らは惜しみなく協力をしてくれるだろう。そうすればブラックゴートにも勝機は見える。

 レオンが思いつく程度のことを企業が思いつかないはずが無い。ということはブラックゴートには他企業と組めない理由があるということ。見返りが用意できないということは決してないはずだ、現にブラックゴートはインテリオルからラインアークとオーストラリア大陸の統治権を譲渡されている。

 インテリオルにそれだけのことをさせる力があるのならば、協力させることも出来たはず。しかし彼らはそれをしなかった。それはなぜか、少なくとも軍事的な理由ではないはずである。

「なにか思うところがあるようだなレオン、おそらく私と同じところに気が付いているはずだと思うが」

「やっぱりあんたもそう思うか。なんでブラックゴートは企業と手を組まなかった? ユナイテッド・ステイツは国家を名乗っちゃいるが、実質的には未だテロ組織と対して変わらない。俺はあそこの依頼を受けてハワイに行ったことがある、統率は取れていた。しかし戦力は企業には劣ってる、何故だ?」

「わたしもそこを考えている、だが答えが出ない。軍事的な理由でないのは明らかだ、それは全体を眺めてみれば分かる。となると我々が重要なことを見落としている、そういうことになる」

「答えは簡単だ。貴様らは軍事的な理由でブラックゴートが動いていると思い込んでいる。彼らは軍事ではなく思想で動いている、だから企業とは手を組まない」

 突如として聞こえてきた女性の声にレオンとグローリィの二人は首を向ける。そこにはパイロットスーツを着込んだミストレスの姿があった、だが彼女はまだ休息時間のはず。

「レッドレフティか、君はまだ休息時間のはずだろう?」
グローリィが尋ねるとミストレスはパイロットスーツの拘束を僅かに緩めて空いていたソファに座る。

「休息時間は自由時間だ、なにをしようと私の勝手だろう? それにしても煙草臭いぞこの部屋、まぁいいが。それよりもだ、貴様ら二人の見落としは思想だ」

「思想で企業が動くと思うのかあんたは?」

 レオンの質問にミストレスは即座に「動くさ」と返してくる。その切り返しは非常に早く、彼女がそう断言できる根拠を持っていることを仄かに示した。

「じゃあその根拠はあるのかよ? 企業は基本的に経済活動を行う組織だぜ? 単純に思想で動くと思うのか?」

「無いのに私が言うと思うのか貴様は? レオン・マクネアーは腕の良いリンクスだと聞いていたが、そうではないのか?」

 無機質なミストレスの瞳に見つめられながら言われると喧嘩を売られている気分になる。思わず激情に駆られて立ち上がりそうになったが、それをグローリィが諌めた。

「よせ、二人とも。ともあれレッドレフティ、君がなぜそう思うのか私も根拠を聞きたい」

「簡単なことだ、貴様らはブラックゴート社の成り立ちを知っているのか?」

 レオンとグローリィの二人は首を横に振る。ブラックゴート社の名前が出てくるようになったのはつい最近のことであり、六〇年前に創立されたことはレオンも知っていたが、近年になるまでどのような活動を行っていたのかは知らない。ましてや創立の経緯など知ろうはずもなかった。

「クレスト、ミラージュ、キサラギという名前を聞いたことはあるか?」

「確か……現在の主な企業グループが台頭してくる以前に活動していた企業だったと思うがあっているか?」
 少し考え込んだあとグローリィが言うと、ミストレスは「そうだ」と肯定した。

「その三企業は現在の主な企業グループによって潰されたらしい。三社はそれぞれ対立関係にあったらしいが、倒産寸前になると共同することに決めた。そして出来たのがブラックゴートだ。そんな風にして設立された企業が現在の主な企業を良い風に思っているはずがない、だから今の企業と協力しない。あわよくば昔日の栄光を取り戻そうと画策して当たり前だ」

「なるほど、それが真実だとするなら君の言う思想で行動する理由が納得できる」

 グローリィはソファに背を預けなおすと、いつの間に煙草を吸い終わっていたのか二本目の煙草を加えようとしていた。しかしレオンには今の説明でも腑に落ちないところがある。

 グローリィが言ったようにブラックゴートがGAに対して勝負を掛ける時期は早い。ミストレスの言う思想が理由でユナイテッド・ステイツと協力したのだとしても、タイミングの早さの理由にはならないのだ。

「レッドレフティ。それだけじゃ全部説明できない。まだ問題がある、なぜブラックゴートはこのタイミングでGAから離れたんだ? 今の創立経緯の話だけじゃブラックゴートがこのタイミングで離反する理由にはならない、まだ別のなにかがあるんじゃ?」

 レオンのこの言葉に場の空気が固まる。グローリィもミストレスもこの点には気付いていなかったのか、それとも忘れていただけなのか。グローリィは煙草を吸いながら灰皿を見つめ、ミストレスは天井を仰ぎ見た。

 レオンも二本目の煙草を取り出して火を点ける。何故、このタイミングなのだろうか。考えるにしても情報が無い。ブラックゴートはつい先日、創立記念パーティを行った。その場にはGAの上層部も参加したと聞いている。

 ということはパーティ開催時点ではブラックゴートとGAの関係は良好だったことに間違いはない。では、その後に何かが起きたということなのか。もしくはパーティの最中に何かが起きたのか。

 少なくとも表立った出来事ではない。それならば情報に敏感なリンクス達の耳に届いていて当然だ。この場にいる三人とも知らない、ということは水面下で全てが動いていたことになる。

 誰もが自分の思考に没頭し、場を静寂が満たしていた時に電子音が空気を引き裂くようにして鳴り響いた。それはレオンがパイロットスーツの小物入れに入れていた携帯電話の着信音だ。

 マナーモードにしたつもりだったのだが、その気になっていただけで切り忘れていたらしい。慌てて折りたたみ式の携帯電話を取り出して開き、誰からの着信かを確かめながら二人に謝罪の言葉を述べた。

 だが謝っている途中でレオンは絶句してしまう。届いていたのはEメールで、差出人はU・N・オーエンとなっていた。オーエンのアドレスをレオンが登録しているはずがないので、おそらく彼はパソコンから携帯に向けて送ったものなのだろう。

「どうしたレオン? 何かあったか?」

 グローリィが言葉をかけてくるがレオンは言葉を返す余裕がなかった。送信者に驚いたのではない、その内容にである。

 答えようとしないレオンを見かねてか、ミストレスがレオンの手から携帯電話を取り上げた。驚愕のあまりレオンはミストレスに対して怒る気にもなれない。この時、レオンの頭のなかを占めていたのはメールの内容に対する真偽のみだった。

「貴様はこんなふざけた内容のメールを信じるつもりか?」

 ミストレスは折りたたんだ携帯電話をレオンの手の上に載せた。だがレオンはそのことに気付く余裕すらなく、メールにあったとある一文だけが脳裏を駆け巡っている。

「レッドレフティ、彼に送られたメールにはなんとあったんだ?」

「要約すれば簡単なことだ、私たちが防衛しようとしているICBMは核弾頭。ただそれだけだ、つまらん内容だな」

「本当に下らんな。レオン、君はなぜそれほどまでに驚いている? そんな必要は無いだろう? たかが核だ」

 このグローリィの一言にレオンの内側は激しく煮えくり返った。理由は分からない、だが激しい怒りを感じる。とてもではないが止められるものではなかったし、止めようとも思わなかった。

 テーブルを叩きながら立ち上がり「ふざけるな!」と一喝する。だというのに二人とも表情を変えずにレオンを見上げるだけ。彼らのその態度により怒りがこみ上げてきたが、それは無知のなせる業なのだと思い至りさらなる怒りを抑えることだけは何とかできた。

「いきなりでかい声を出すな、耳に痛い。それに核だろう? 破壊力はあるが、汚染度で考えればコジマよりマシだ。それに放射能ならバイオレメディエーションでなんとでもなる、除去技術が既に確立されているんだ。使用することになにも問題はなかろう?」

 ミストレスのこの言葉にレオンは彼女を殴りつけたくなった。核の持つ力の本質は破壊力ではない。CBARがなぜ使用されないのか、理由は単純である。それらの兵器は人間の持つリミッターを簡単に外してしまうからだ。

 環境に影響を与える兵器は得てして相手に甚大な被害を与えることが可能である。現在においては除去技術や無効化技術が確立されているために使用されることは少ないが、それまでの慣例的なものによって使用されることはなかった。

 それをGAは破ろうとしている。その結果がどうなるか、誰も知らないのだ。しかしオーエンはこのGAの核攻撃が何をもたらすのか気付いている。これで全ての合点がいった。ブラックゴートがGAにこのタイミングで敵対したのは全て核攻撃を止めるため。

 ブラックゴートはGAグループではない。よって彼らに意見できる立場では無いのだ。では主張を通すためにはどうすべきか、力によって主張を通すしかない。そのために彼らは世界最大規模の軍事力を持つGAに対し敵対することを選んだ。

 全てに納得が行くと理性が戻ってきたらしい。怒りは即座に収まり、レオンはソファに座りなおして再び謝罪の言葉を述べた。二人とも何も気にはしていないらしい、それがレオンにとっては非常に危険なことに思える。

 グローリィ、ミストレスは共に高い実力を持っていることで知られているのだ。その二人は核の恐怖を知らない。彼らは本気でブラックゴート社の軍勢と戦うだろう、それこそなんの躊躇いもなく。

「レオン、君はどうやら核というものに対して嫌悪感を持っているらしいが気にする必要は無い」

「なぜ?」

「考えてもみろ、U・N・オーエンは敵だ。もしかしたら君がどこかで核に対して嫌悪感を持っていることを知ったのかもしれない、ブラックゴートは情報を武器にしている。現に君の携帯電話にメールが届いたのがその証拠だろう?」

 グローリィの言葉は正しかった。どこにも穴はない。彼の言うとおり、オーエンがレオンの核に対する嫌悪を知り少しでも士気を下げてGAの戦力を減らそうという一種の戦術なのかもしれないのだ。

 そう思えば先ほど怒ってしまった自分の未熟さに対して怒りが湧くと同時に、協同する二人のリンクスに対する申し訳なさで顔を俯けてしまう。

「気にするな。早合点は誰でも時にはすることだ、貴様の場合はそれがたまたま今だっただけ。戦場でないだけまだ良かっただろう? これで少なくとも戦いの場で早合点することはなくなった。つまり、貴様の生き残る確立は高くなったということだ」

 ミストレスの言葉に思わず顔を上げる。彼女には相変わらず表情というものはなく、先ほどの言葉にも感情を感じることは出来なかったのだが、今の言葉は間違いなく慰めるためのものだった。

 そんな彼女の優しさを感じると同時に、より己の未熟さをレオンはかみ締める。よくよく考えてもみれば、自分たちの護衛対象となっているICBMの弾頭が核であるという確証はどこにもない。

 GAからしてみればハワイはもともと自分たちの領土、ロンメルは焦土作戦を行わずに撤退している。となればユナイテッド・ステイツは残された施設をそのまま、あるいは修復して使用しているだろう。つまりGAはユナイテッド・ステイツハワイ基地の内部図を手にしているも当然の状態にあった。

 ならばICBMを敵の中枢施設を的確に狙って撃ち込むことなど容易い。なにも核弾頭を使用する必要はどこにもなく、ICBMクラスの攻撃力があるならば無力化することも簡単だと思ったのだろう。

 そしてブラックゴートが早すぎるタイミングでGAと敵対したのは、協力関係にあるユナイテッド・ステイツに消えて欲しくなかったからとも考えられるし、そう考えてもおかしくはなさそうだ。

 ノックの音が響き、リンクス達の待機室にGAの兵士が入ってくる。彼は手に一枚のメモ用紙を持っており、それを読み上げた。

「司令部よりレオン・マクネアー氏に伝達とのことです。先ほどのメールは無視するように、と以上であります。それでは失礼しました」

 それだけ伝えると兵士は扉を閉めて、足早な足音を響かせながら去っていく。今の伝達が意味することはただ一つ、オーエンが送信来たメールが真実であるということ。でなければわざわざ通信兵を寄越す必要は無い。

「どうやら核弾頭というのは本当らしいな」

 ミストレスがそっけなく言ってみせるとグローリィは軽く頷いた。やはり彼らは核について深く思うところはないようだ。だがレオンは違う。

 曾祖母、レイラから聞かされた話を思い出す。オトラント紛争で核が使われた時にどうなったのか。

 核兵器たった一発で一つの基地を完全に破壊しつくした。当時、まだ幼かったレオンはその威力に空恐ろしいものを感じたが、これに続く話はさらに恐ろしい。核攻撃に対する報復が行われたと曾祖母は語ってくれた。

 目には目を、という形での報復は行われなかった代わりにそれ以上に凄惨なことが行われたという。曾祖母は幼いレオンにも理解できるようにやや抽象的に当時は語ってくれたのだが、今のレオンにはわかっている。核を使用された側が行ったのは虐殺であると。

 核攻撃に対する報復として虐殺が行われたのだ。それも完膚なきまでに、カルタゴの平和に匹敵するであろう虐殺を。もし核がまた使われたらそれと同じことが起きるかもしれない。

 グローリィとミストレスの二人は今後の展開がどうなるかを互いに予想しあい、話し合っていたがレオンに彼らの声は届かなかった。


謝罪:
すみません……読者参加型なのに参加キャラ一人も登場してませんorz

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