『その灯を点けるな(5)』

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 耐Gジェルに満たされたコクピットの中でオーエンは操縦桿をしっかと握り締め、正面を凝視していた。ヴァンガードオーバードブーストによって通常以上の速度を出しているため、耐Gジェルで満たされているというのにかすかなGを感じる。

 空母から出撃して既に三〇秒以上が経過しているが、まだ敵地であるサンディエゴの沿岸部は見えないし敵の防空網にも達してはいなかった。だが敵は既に察しているだろう、沖合いにはレーダーブイが設置されているだろうし、こちらが着く頃には“歓迎”の準備が既に整っているはずだ。

 通信回線をアリオーシュのブラックウィドウへと繋げる。

「昨夜は良く眠れたか? ミス・アリオーシュ、私としては今回のパートナーである君の体調が気がかりだ」

「えぇ、よく眠れました。そして質問をそのままお返しいたします」

 静かで小さな笑い声交じりの返答。彼女は嘘を言っていないのだろう。そしてオーエンは返答に悩んだ。

 大きめとはいえシングルベッドで二人寝たのだ。体は密着しており、とてもではないが快適な眠りが出来るとは思えなかった。実際にベッドに入ってみるまでは。

 入ってみれば意外や意外。とても心地よかったのだ、確かに窮屈さはあった体が密着しているのだからそれは当然のこと。しかし、隣で人が寝ているというその温もりが心地よかった。僅かに露出している肌にあたる息遣いまでもが。

 それが何故かはわからない。作戦に集中しなければならないというのに、出撃するまでオーエンはその理由ばかり考えてしまっていたほどだ。

「どうされました? もしかして眠れなかったんですか?」

「いや、私も良く眠れたよ。意外なほどにね」

 笑ってアリオーシュの質問に返す。その間にも機体は驚異的な速度でサンディエゴに近づいており、レーダーに現在想定されている作戦エリアの範囲が表示された。作戦エリアを想定したのはオーエンではなくセレであるが、大体のところは想像がついていたのだが、予想していたよりも遥かに広い。

 思わず驚嘆し、口笛を吹いてしまいそうになったがアリオーシュが下手に反応するといけないのでそれは自重した。表示されている作戦エリア内での行動はネクストを通して全てセレが状況把握をすることになっている。

 オーエンもリンクスとして様々な戦場に立っていたのだが、これほど広い作戦エリアは見たことがない。これもセレ、いや、管理者IBISの情報処理能力が高いことを示すものだろう。

「さて、アリオーシュ。君に今からあることを伝える」

 話している間にも機体は作戦エリアに近づき、洋上に配備されている艦艇からミサイルや速射砲が放たれ始めたがそれらはかすりもしなかった。よってオーエンは回避行動をとらずに淡々と言葉を進める。

「私が交戦状態に入ってからちょうど一〇秒後に君は突入する手はずになっている。その一〇秒だ、その一〇秒で私は敵の攻撃を全て引き受ける。その間に君はアサルトキャノンをアームズフォートにぶち込んでやれ!」

「了解」

 アリオーシュの静かな声を聞いてオーエンは少し安心すると同時に、一〇秒という時間について思いを巡らす。情報によるとグラウンドハウルのいる地点にはグローリィがいるはずだ。

 そしてグラウンドハウルにはノーマルACが積み込まれているはず。グラウンドハウルに搭載されているノーマルだけでなく、それ以外にもノーマル部隊が展開されているだろう。

 それだけの部隊を展開しているのだ。有人部隊だけでなく、ブラックゴート社が開発した無人AIを搭載している無人機部隊も存在しているに違いない。もちろんAIは改良されているだろう、しかしブラックゴート社がGAに敵対することを表明してからそれほど間は立っていなかった。

 改良されているとしてもこちらから外部制御が出来ないようにされているだけであって、基本的な行動アルゴリズムまでは手が及んでいないはずだ。もっともこれは希望的な観測であって、GAグループの一つであるMSACが予想以上のことをしている可能性もある。

 だがオーエンとしては行動アルゴリズムが変えられていないことを信じるしかない。そうでなければ、一〇秒の間持ちこたえられるかどうか分からないのだ。

「VOB解除カウントダウンに入ります」

 セレの声がスピーカーから響き、静かにカウントが開始される。ゼロになった瞬間に背部に装着されていたヴァンガードオーバードブーストはパージされ、空中で分解した。それらの破片がデコイになってくれれば良いが、とオーエンは期待したのだが見事に裏切られる。

 地上にいるノーマルACは的確にオーエンの愛機アマランスに狙いを定めて射撃を行い、それらを回避せねばならなかった。アマランスの装甲は厚くない、プライマルアーマーが剥がされてしまえば一巻の終わりとなってしまうだろう。

 タンク型アームズフォート、グラウンドハウルの巨体がそのままオーエンにプレッシャートなって圧し掛かってくる。未だグラウンドハウル及び敵ネクストから攻撃は加えられていないが、おそらく着地時を狙っているのだろう。その隙を狙って砲撃を加えてくるに違いない。

 一〇秒、その時間がオーエンに重く圧し掛かる。たかが一〇秒といえども今のオーエンにとっては限りなく長い時間に思えた。地上が近づくにつれて神経は研ぎ澄まされていき、周囲の景色がスローに映る。機体を掠めていくノーマルACから放たれた弾丸の形すらもはっきりと見えるほどだった。

 グラウンドハウルからミサイルが放たれるのが見える、そしてグラウンドハウルの上からオーバードブーストによって撒き散らされるコジマ粒子の光も。敵ネクストの接近を告げる光を見て、オーエンは己の中に恐怖が芽生えるのを確かに感じた。

 しかし、それを摘み取り一〇秒間の間に全ての敵の視線をアマランスへと、己へと向けさせねばならない。それこそがオーエンが自身に課した使命である。
 アマランスの両足が荒野へと着いた。ミサイルは眼前まで近づいている。頭の中でカウントダウンを開始すると同時に、ミサイルを回避するためにオーエンは前方へとクイックブーストを使い飛び出した。

 怖い時は前へ飛び出せ、これがオーエンの自論である。そうすれば恐怖に打ち勝てる、そう信じて前に飛び出した。結果としてはこれが正しく、背後に大量のミサイルが着弾しその爆風でアマランスは僅かながら加速する。

 そして目の前に剥がれかけのプライマルアーマーを身に纏ったネクストACが現れた。情報どおり、そのネクストはグローリィのノーヴルマインドである。

『はっきりと言おう。私は御社がGAに牙を剥くとは思っていなかった』

 今から戦うというのにグローリィの声は落ち着いていた。きっと内心も落ち着いているのだろう、対するオーエンはまだ銃火を交わしてすらいないというのに大量の汗を掻いている。

「それは買いかぶりだグローリィ、あの時から我々ブラックゴートはGAに対し。いや、この世界に対して牙を剥いていた。ただ、今まではそれを隠していただけだ!」

 ミサイルを放ちながら迷うことなくノーヴルマインドへと距離を近づける。ノーヴルマインドの装備はオーソドックスなものであり、全距離に対応できる武装であり対するアマランスは格闘戦が行えない。それでも前に行くしかなかった。

 可能な限り前へ、そして派手に動いて敵の視線を集中させるのだ。

 回避行動を取るノーヴルマインドの横を通り抜けると同時に、クイックブーストを使って反転し、ノーヴルマインドの側面を取り両腕のライフルをロックオンも完了していないのに撃ち続ける。

 この攻撃は当たらなくても良いのだ。これはノーヴルマインドに対する牽制、そして挑発の意味合いもある。何としてでもノーヴルマインドの視線をこちらに向ける必要があるのだ、ノーマルはアマランスに向いていた。グラウンドハウルもアマランスを狙っている、後はノーヴルマインドだけなのだ。

 背後に熱い感触があった。グラウンドハウルが砲撃したに違いないと考えたオーエンは左へとクイックブーストを掛ける。アマランスの右側にグラウンドハウルから放たれた砲弾が着弾し、爆風と爆炎を起し砂塵を巻き上げながらもその衝撃波はアマランスを襲い、機体の姿勢が崩れた。

 そして眼前に現れるノーヴルマインド、距離は格闘戦を行うにはやや遠い。オーエンは迷うことなく前方にクイックブーストを掛けてノーヴルマインドに体当たりを行った。お互いのプライマルアーマーが干渉しあい、機体が悲鳴を上げる。

 即座に後方へクイックブーストを掛けると同時にライフルの照準を向けるがそこにノーヴルマインドの姿はない、探す余裕は無かった。場所を感じる暇もない。勘だけで右側面にいると判断したオーエンはライフルを構えたまま機体を右へと向けた。

 そこにいるのはチェインガンとパルスキャノンを展開しているノーヴルマインドの姿。砲火が煌くと同時に左右交互にクイックブーストを使用しながら後方へと下がる。ノーヴルマインドは無理に追ってくる様子も無い。

 それは余裕の表れなのか、それとも狙いが読まれているのか。なんにせよオーエンは窮地に立たされている。回避行動を取り続けなければひっきりなしに飛んでくるグラウンドハウルとノーマルACの砲弾が直撃しかねない。

 戦術は今のところ成功と言って良かった。だが戦術が成功したところでオーエンの命が尽きてしまえば全ては灰燼へと帰す。前方にはノーヴルマインドとノーマル部隊、後方にはグラウンドハウルと同じくノーマル部隊。挟み撃ちにされている形ではあるが、これが好都合なのだ。

 こうしておけば敵は今が好機とばかりに攻め込んでくるだろう。オーエンはそれを狙っていた。だからこそこの挟撃される形を取り続けなければならない。だが問題はある。

 アリオーシュが到着するまで五秒を切っていた、それまでの間にグローリィがオーエンの狙いに気付く可能性があるのだ。彼と以前出会った際に思ったことがある、この男は並みのリンクスではないほどに戦術に長けている、と。そのような男が挑発を兼ねた攻撃を行っているとはいえ、気付かない可能性は無い。

 それにブラックゴート社の情報が漏れている可能性だってあるのだ。GA内のスパイから敵の配備状況などは全て把握していたが、そのスパイが二重スパイを行っている可能性も考慮しておかねばならないのだし捕らえられている可能性も考慮しておく必要がある。

 だが今は余計な考えを一切排除してこの状況を耐えねばならない。

 周囲に数え切れないほどの砂塵が舞い上がる。それらを利用して体を隠しながらグラウンドハウルやノーマルACの攻撃は防げても、何故かノーヴルマインドの攻撃だけは正確にアマランスのいる位置を定めて飛んでくるのだ。

 おそらくはFCSの性能だけではない。きっと彼も、グローリィもオーエンやマッハと同様にこちら側の人間なのだろう。そうでなければ説明がつかない、だがオーエンは己の持てる全ての力を発揮できずにいた。

 焦りと恐怖が全力を発揮できない一番の理由である。後、三秒持たせれば良いとはいえ過密なほどの弾幕は直撃せずともプライマルアーマーを徐々に剥ぎ取っていく。舞い上がる砂塵を遮蔽物として利用しているとはいえ、これは己の視界すらも奪う諸刃の剣なのだ。

 早く、早く時間よ過ぎろと思うたびに体内時計の針は進む速度を落としていく。砂塵の中から時折飛来するレーザーはアマランスのプライマルアーマーを貫通し、確実に装甲を熱で溶かしていった。徐々に増えていく損傷部、焦らないはずが無い。

「アリオーシュ、戦闘エリアに到着します」

 スピーカーから聞こえた声にオーエンは一瞬だけ空を見上げた。そこにあるのはヴァンガードオーバードブーストから開放された一機の黒いネクストAC、ブラックウィドウ。

 アリオーシュの機体はプラン通りにアサルトキャノンの砲口をグラウンドハウルに向けており、放たれたコジマ粒子の奔流は破城槌となりグラウンドハウルに直撃した。グラウンドハウルは直撃した部位から火炎と煙を上げ、砲撃を停止させる。

 この一瞬の出来事でオーエンとアリオーシュのいるこの戦場の時間は一瞬だけではあるが止まった。オーエンの戦術は成功したのだ。

『オーエン、貴様まさか!?』

「あぁ、そうさミスター・グローリィ。さぁ、今から我々の戦いを始めようじゃないか!」

 グラウンドハウルにアサルトキャノンが直撃したことでオーエンの中から不安や恐怖といったものは全て取り払われた。開放されたオーエンの感覚はAMSを通して、いまや周囲を舞う砂塵の一粒一粒まで感知している。


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 ヴァンガードオーバードブーストによって通常以上の速度で戦場に向かっている間、いつ敵の対空砲火が飛んでくるか分からないというのにマッハは操縦桿から手を離していた。それだけでなく目まで瞑り、可能な限り周囲からの情報を遮断している。

 何か考え事をしているわけではなかった。感じようとしているのだ。戦友の存在を。
その戦友の名はオレンジボーイと言う。無論、それはマッハの名前と同じ傭兵としての通称名であり、本名はティオ・Y・アルベスといった。

 その戦友とはレイヴン試験の時に出会い、以来インディペンデンス紛争中、デスサッカーに出会うまでずっとコンビとして活動し、黄金コンビまで呼ばれたことさえあったのだ。デスサッカーに出会うまでは。

 デスサッカーによって戦友は撃墜された。一度は死んだと思われた彼だが、オトラント紛争によって再会を果たしたがそれも束の間のことであり彼は姿を消してしまいマッハは表舞台から姿を消し、長き時代を過ごさざるを得なくなってしまったのである。

 マッハは相棒がもういないことを知っていた。考えても見れば当然である、オトラント紛争は何十年もの前の戦争であり当に寿命で亡くなっているはずだ。だが、それでもマッハは今でも彼が側にいると思っている。

 今はアネモイに預けているライター。それには二人の名前が刻まれ、それを持っていると彼の存在を感じるような気がし、そのライターで火を点けた煙草を吸うと彼と会話できるような気がするのだ。

 いわばお守りのような存在であり、本当なら人に預けるようなものではない。だが、今回ばかりは違った。今までと違って今回はパートナーであるアネモイとの連携が重要となるだろう。しかし、アネモイと連携行動の打ち合わせをする時間など無かった。だからこそ戦友の名を刻んだライターを渡したのだ。

 マッハはオカルティストではない。しかし、あのライターは特別だと思っている。あのライターには亡き戦友の想いが宿っているのではないかと。だからこそアネモイにライターを渡したのだ。

 彼が、彼の魂が在るのならばきっとアネモイのサポートをしてくれるだろうと。そう信じてライターを渡した。アネモイは後方にいる、戦友がそこにいるのならばきっとその存在を感じ取れるだろう。

「VOBパージします」

 オペレーターの冷静な声でマッハは操縦桿を握り、目を開けて笑った。心は高揚している。懐かしい感覚が全身を覆っていた。ヴァンガードオーバードブーストが切り離され、どこか体が軽くなったような錯覚を覚える。

 眼下を見れば数十近いノーマルACの大群が控えており、その中にはNo.7ミストレスの駆るセレーネの姿もあった。彼女とはラインアークにいた頃、一度交戦しており撃墜した経験がある。

 だが、今回はどうなるだろうか。彼女もマッハが愛した女同様に左腕を赤く染めている、彼女とミストレスに関係があるのかどうかは知らない。マッハにとってそんなことはどうでも良かったのだ。

 重要なのは彼女と自分、どちらが強いかなのである。今回の目的はミサイルサイロを破壊し、核弾頭を搭載したICBMを発射させないことにあったがマッハにとってはそんなことは二の次。大事なのはネクストACと交戦し、そのリンクスと自分、どちらがより強いのかを確かめることにある。

 マッハが求めているのは金銭でも、名誉でもない。最強、という称号。それだけを求めている。そのためだけに戦場に立っているのだ。核は止めなければならない、敵ネクストよりも自分のほうが強いと証明して見せねばならない。

 この二つを同時にやらねばならないのは辛いことだ、マッハはそう思う。だが、辛いとは思いこそすれ難しいとは感じない。何故なら一〇秒後にはアネモイが到着するのだ、彼女がこの戦場に現れた時にパーティが始まる。

 対空砲火の網を掻い潜りながら着地すると、一瞬だが敵の攻撃が止み静寂が訪れた。マッハの駆るストレートウィンドは既に半包囲状態にあり、正面にはセレーネ、そのさらに向こうにはアームズフォートであるランドクラブが控えている。

「一〇秒、長いか短いかでいえば……微妙なところだ」

 言うと同時に前方へとクイックブーストを使用した突進を行う、セレーネも同様のことを行い彼我の距離は一瞬で縮まる。ノーマルACの射撃も再開され、戦場は再び活気を取り戻した。

『以前の雪辱、晴らさせてもらうぞ!』

 ミストレスの言葉にマッハは返答しなかった。そんなことよりもマッハにはするべきことがある。ここはマッハとミストレスのために用意された闘技場、だが今は邪魔者がいた。その邪魔者を排除するところから始めなければならないのだ。

 セレーネがマシンガンを放つべく構えたが、マッハはクイックブーストを使用して右に移動しセレーネとの距離を開けるだけでなく、片足だけ着地させクイックブーストの余力を利用したターンを決めてセレーネに背を向ける。

 ネクストACに対して背を向けるのは自殺行為であるが、それよりも先にやらねばならないことがあるのだから仕方ない、マッハは心のなかで呟いて正面にいるノーマルACを両腕のブレードで両断した。

『貴様ッ!』

 スピーカーからミストレスの悔しそうな声が聞こえる。

「お前の相手はちゃんとしてやるからおとなしくしてな偽者! てめぇと戦う前にまずは邪魔者を片付けないといけないからなぁ!」

『偽者だと!? ふざけるなっ!』

 激昂したのかレーダー上のセレーネが急速に距離を詰めてくる、クイックブーストを使用した回避行動でマシンガンの雨を避けながら右翼ノーマルAC部隊に切りかかり、一機また一機とノーマルを切り刻んでゆく。

「フュンフ、フィーア、ドライ、ツヴァイ――」

 アネモイが到着するまでの時間をカウントしながらさらにノーマルACを切り倒す。ミサイルがあることを途中で思い出し、これはミストレスに対する牽制に使えると考え反転し、ロックオンすると同時に両背中のミサイルを放ち、また反転。

「アインス――」

 残っている右翼ノーマルACは一機だけ。パイロットは恐慌をきたしたのか愚かにも背中を見せた。敵に戦意がないことは承知していたが、後々で邪魔をされても困るのだ。

 一息で距離を詰めてノーマルACの胴体を両断する。

「ヌル!」

 マッハのカウントダウンが終わると同時にスピーカーからアネモイ到着の報せが届く。即座に反転し、セレーネと相対するとあえて機体の動きを止めた。この行為に何かあると感じたのかセレーネも動きを止める。

「残ってるノーマルはあたいが全部潰しとくよ!」

「頼むぜ相棒!」

 アネモイに残ったノーマルとアームズフォートの撃破を任せることにし、マッハは眼前に立っているネクストACにだけ神経を集中させる。

『貴様、さんざんコケにしてくれたな』

「そんなつもりはさらさら無いね。俺はあんたとサシでやりたかっただけだ、そのために不必要なもんをとっぱらっただけ。今、増援でやってきたこっち側のネクストはあんたに手出ししない。俺とあんたは一対一の命を懸けた真剣勝負をやるだけだ」

 両手のブレードを構える、格闘戦に持ち込むには距離が若干遠いがミサイルを使用すればそれも可能となるかもしれない。だがミサイルを使用するには問題がある、敵の武装の一つはマシンガンなのだ。

 発射直後にミサイルを迎撃されてしまえばダメージを受けるのは相手ではなく自分、というなんとも馬鹿らしい結果になってしまう。それを注意しなくてはならない。

 だが、それがいいと思えるのだ。この緊張感こそ戦闘の醍醐味であるとマッハは思う。上唇を舌で一舐めしてから両腕のブレードを発振させて、機体を前へと踏み込ませた。


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 心臓の鼓動が早鐘を打っている。これで良いのだろうかと、レオンの良心は己を苛み続けていた。今いる場所はサンディエゴ沿岸部、愛機エルダーサインと共に二〇機のノーマルACと共に防衛任務に付いているところだ。

 情報が正しければもう間もなく敵ネクストが姿を見せる頃だろう。レオンの配備されている地点は敵の進撃が予想されている他の二箇所と比べると防御が薄かった。理由としてはアームズフォートがここにだけ無いことが上げられる。

 もちろん、それを補う分だけのノーマルACがレオンのいる地点には配備されており、後方にも数十機のノーマルACが後衛として待機していた。それだけGAにとって核弾頭を搭載したICBMは重要だということになる。

 レオンの仕事はそれを守ること。だが果たして、それは正しいことなのだろうかと戦場に立ってなおレオンは問い続ける。曾祖母であるレイラは元々レイヴンだった、そして彼女は核がどのようなものかを自身の目で見て体験し、その恐怖をレオンに語ってくれた。二度と核が使われてはならないとも言われたのをハッキリと覚えている。

 だというのに、今レオンが守ろうとしているのはその核なのだ。大好きだった曾祖母が怒りを交えながら語ってくれた核をレオンは守ろうとしている。

「頼むぜリンクス、ここにはアームズフォートが配備されてないんだ。頼みの綱はあんたなんだからよ」

 ノーマルAC部隊の指揮官から通信が入ってきたが、レオンはそれに答えられずにいた。そんな余裕などどこにもない。己の中の葛藤で今にも逃げ出したかった。だが逃げ出したところでどうなるというのだ、自分はここから逃げられない、ここで一つの答えを出さねばならないのだ。

 レオン・マクネアーは傭兵なのか、それとも人間なのか。その答えを出さねばならなかった。だというのに敵は待ってくれなどくれない。アラームがなり、水平線上をズームした映像が映し出された。

 そこにはヴァンガードオーバードブーストを装着し、驚異的な速度で接近してくるネクストACの姿がある。コンピュータは敵ネクストが何者であるかをたたき出した。現在、接近しているネクストはNo.47ハーケン・ヴィットマンの駆るニーズヘッグである、と。

 ニーズヘッグの武装はレオンのエルダーサインと同様に万能型の機体ではあるが、エルダーサインが近〜中距離を主としているのに対してニーズヘッグは遠距離戦にも対応できるようになっている。

 これはこちらにとって分が悪いかもしれない、レオンがそう思っていると水平線上からまた新たなネクストの姿が現れた。こちらもニーズヘッグ同様にヴァンガードオーバードブーストを装着している。

 即座に検索を掛けてみるが、新手のネクストはカラードのデータベースに登録されていないのか何も引っかかってこない。舌打ちを一つ。相手のうち後から現れた機体の方は間違いなくブラックゴート社専属のイレギュラーだ。

 二機の間にある距離を計算すると、ニーズヘッグが到着してから一〇秒後にイレギュラーが到着する計算になる。つまり、一〇秒でニーズヘッグを撃破しなければならないということ。ここを守っているのは一機のネクストと二〇機のノーマルACだけ。ノーマルでも数さえあればネクストに対抗できるとはいえ、敵のうち一機はカラードに登録されていないイレギュラーである。

 よってデータは何もなく、どれほどの戦力を持っているのか計り知ることは不可能なのだ。

 ごくり、と生唾を飲み込む。ニーズヘッグの到着まで後五秒であるとオペレーターが教えてくれたが、そんなことよりもレオンはこの段階になって未だなお、己がどうすべきか考え込んでいた。

 そんな折、何かが風を切る音が聞こえたと思ったらエルダーサインの右斜め後ろに立っていたノーマルACがコクピットだけを撃ちぬかれて荒野に倒れる。慌てふためいたように回避行動を開始する、この時ばかりはレオンも考え事を捨てて回避行動に専念した。

『けっ、逃げたって無駄だぜ! 有象無象の区別なく、俺の弾頭は逃がしはしねぇ!』

 再び一機のノーマルACがコクピット部分を撃ちぬかれた。

 ヴァンガードオーバードブーストで超高速移動をしているにも関わらず、あのハーケンというリンクスは易々とノーマルとはいえコクピットだけを撃ち抜いてみせたのだ。その事実にレオンの背筋に冷たい汗が流れる。

 出来ることなら戦いたくない。もし戦えば命を落とすかもしれない、しかしレオンは答えを出さねばならないのだ。そのためにも生きなければならない。

 ヴァンガードオーバードブーストをパージしたニーズヘッグは降下を開始し、その途中にも狙撃することを止めはせず、鼻歌を歌いながら次々とノーマルACを撃墜していった。だが不思議なことにエルダーサインを狙うことだけはしない。

 そしてニーズヘッグは荒野へとその両足を立たせた。再びカウントダウンが始まる。一〇秒、一〇秒以内に決着をつけなければならないのだ。

 ミサイルを放つと同時に前進し距離を詰める、狙撃が得意な敵と相対する場合距離を開けてはならない。それは敵にアドバンテージを与えることになる。だからこそ距離を詰め、己が最も得意とする近中距離戦に持ち込まねばならなかった。

『まだノーマルは片付いちゃいないってのに、ずいぶんと気の早いリンクスだ。でもなぁ、お前の機体は俺の弾頭が貫くってことは決まってる!』

 ハーケンの口上はレオンの耳に確かに届いている。確かな自信だと思うと同時に、精神的な面において自分が不利なことをレオンは悟ってしまった。気持ちの上で負けてしまっていては、勝てる道理はどこにもない。

 しかし、それでもレオンは残り九秒の間にハーケンを打ち倒さねばならなかった。そうせねば道を拓くことは出来ない。

 ニーズヘッグはミサイルを回避しながらクイックブーストを使って後退し、エルダーサインの前進に対抗する。だが後ろに進むより前に進む方が早い、徐々に距離は詰まっていった。

 だがまだレオンの距離、エルダーサインの距離にはならない。狙撃を阻害するためにチェインガンをばら撒くが、チェインガン程度では対したダメージにならないと踏んだのかハーケンは回避行動を大きくせずに、弾丸の雨の中でゆっくりとスナイパーライフルを構えて放った。

 もちろんレオンは回避行動を取る。しかし、読まれていた。回避した瞬間に弾丸が直撃し、衝撃で機体が傾ぐ。体勢を立て直せばその瞬間にまた弾丸が飛来し、プライマルアーマーを貫通し機体に損傷を与え、また機体が傾いだ。

 その繰り返しが続く。

『落ちろ! 落ちろ! 落ちろ! 落ちて滅びろ!』

 機体の損傷度が上がっていく、しかしなぶっているつもりなのかハーケンは決して同じ箇所を狙おうとはせずに、様々な部位に傷をつけていった。

『勝ち鬨は我らがものなるぞ 角笛よ高々と鳴れ 角笛よ森々に響け♪』

 スピーカーからハーケンの歌う声が聞こえる、時間は残り五秒。このままではいけない、だがどうしろというのだ。

 体勢を立て直せばその瞬間に撃たれ、また体勢が崩れてしまう。どうしろというのだ。このまま撃たれ続けて死ぬしかないのか。

 それは嫌だ。

 死ぬのだけは嫌だ。

 妙に子供じみた感情ではあるが、死ぬことだけは耐えられないという思いがレオンの中に沸々とわきあがってくる。

 スピーカーからはハーケンの浪々とした歌声が相変わらず響いていた。

「うるせぇ、うるせぇんだよテメェ!」

 一か八かオーバードブーストを起動させ、一直線にニーズヘッグへと向かう。待ってましたとばかりにチェインガンの雨が降り注ぐがレオンはそんなものは気にしなかった。

 ニーズヘッグの右背部からグレネード弾が放たれる。通常なら見切れないだろうが、レオンの視覚はそれをはっきりと捕らえ、レーザーライフルでグレネードを迎撃した。そしてその爆炎の中を突き進む。

 炎を抜ければそこにあるのはブレードを構えたニーズヘッグの姿。このまま行けばブレードで両断される、間違いなく。

 だがレオンは反射的にレーザーライフルをニーズヘッグの左手首に突き刺すようにして当てていた。ニーズヘッグはブレードを発振させた左腕を振り下ろそうとするが、エルダーサインに押さえられているがために振り下ろせない。

『なっ、テメェ!?』

「つかまえた」

 エルダーサインのブレードを発生させて下から上へと切り上げてニーズヘッグの右腕を根元から斬り飛ばす。そして返す刀でニーズヘッグを縦に両断し、後方へクイックブースト。

 次の瞬間にニーズヘッグを中心に爆発がおき、コジマ粒子が周囲に飛び散った。その影響でエルダーサインのプライマルアーマーが剥がされていく。イレギュラーの到着まで残り一秒。
即座に後退し空を見上げる、ヴァンガードオーバードブーストをパージし降下してくる黒いイレギュラーネクストの姿がそこにはある。構成されているパーツは全てラインアークが使用していたネクストAC、ホワイトグリントとほぼ同一だった。

 イレギュラーネクストは両腕のライフルを構えるとエルダーサイン目掛けてライフルを撃つ、と思いきや周囲のノーマルを正確な射撃で一掃する。ニーズヘッグによって数が減らされていたこともあるが、イレギュラーネクストが着地する頃には行動可能なノーマルACは既に残されていなかった。

 歯を食いしばり、呼吸を落ち着けながらライフルの照準をイレギュラーネクストに合わせてトリガーに指を掛ける。

『待ちなさいレオン・マクネアー。あなた、迷ってるんでしょう?』

 突然の問いかけにトリガーにかけていた指の力が抜ける。操縦桿を握り締めていた手からも力が抜けて、エルダーサインは両腕をだらりと垂らした。

『GAが撃とうとしているのは核弾頭、あなたはそれを守るべきかどうすべきか悩んでいる。そうでしょう?』

 スピーカーから伝わってくる妖艶な女の声は今のレオンの内心を的確に言い当てていた。どこでそんな情報を得たのだろうか、一瞬そんなことを思ったのだがレオンが核を嫌悪していることはブラックゴート社は既に知っていたはずだ。でなければ事前にあんなメールを寄越すようなことはしない。

「俺は、何も悩んでいない」

『嘘をおっしゃいな、だったら何であなたは私を撃たなかったの? 答えられないでしょ? 違う?』

「それは……」

 答えられるわけがなかった。傭兵としてこの場に立っていたのなら、躊躇なく弾丸をイレギュラーに対して撃ち込むことが出来ただろう。だがレオンはここに傭兵として立っていなかった、かといって一人の人間として立っているわけでもない。その狭間にいるのだ。

 だがその狭間に留まることは許されない。答えを出さなければならないのだ。

 傭兵は報酬を与えられている限り依頼主を裏切ることは許されない。よって、傭兵として生きるのならば核に関することなど、下らないと一蹴して目の前のイレギュラーに対して牙を向けばいいのだ。しかし、レオンはそれが出来ない。

 何故か、大好きな曾祖母レイラから聞かされた話が脳内から離れないからである。かといって一度依頼を受けてしまった以上、核は守らねばならない。

「畜生、畜生、畜生!」

 叫ぶように、畜生、と連呼しながらレオンの手はコンソールパネルに伸びていた。そして叩きつけるようにしてパネルを叩く。レーダー上に示されているイレギュラーネクストの光点が、敵を示す赤ではなく友軍を示す色へと変わった。

「レオン・マクネアー、これよりブラックゴート社に協力する。あんたの名前は?」

「私? 私の名前はマリア、機体の名前はブラックゴスペルよ。よろしくね」

 スピーカーから新たに味方となったマリアの笑い声が聞こえるが、レオンはそれを聞き流して機体を反転させる。そこにはこちらに向かってくる大量のノーマルACがいた。

 つい先ほどまでそれらは味方だった、だが今は敵だ。GAの司令部から罵倒に近い通信が幾つも入ってきたが、レオンの耳には届かない。

 どうやら、レオン・マクネアーは完全な傭兵として生きることはできないようだ。

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