『その灯を点けるな(6)』

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 上空から左翼AC部隊に向けてアイオロスは装備しているミサイルを一斉に発射する。ミサイルはそれぞれの目標に向けて即座に追尾を開始し、ノーマルAC部隊は個々に分散して回避行動を取るが避けきるだけの機動性を持っておらず、アネモイが一回トリガーを弾いただけで左翼AC部隊の半分が行動不能に陥った。

 残ったACから雨あられと弾丸、ミサイルを撃ち放ち弾幕を形成しようとするが何分数が少なすぎる。弾幕と呼ぶにはあまりにお粗末なもので、当たりそうなものだけをクイックブーストで回避し、ミサイルの装填が終わったことを確認してからまたトリガーを弾く。

 結果は先ほどと同じだった。たった二回トリガーを弾いただけでAC部隊は全滅し、この場にいるのは三機のネクストのみ。

 アネモイのアイオロス、マッハのストレートウィンド、そしてミストレスのセレーネだ。数の上で言えばこちら側が圧倒的に有利で、ノーマルAC部隊も全滅したというのにマッハはセレーネに対して攻撃する様子を見せない。

「何やってるのさ? さっさと始めてくれないと先に進めないよ!」

「うるせぇ、まだ敵が残ってるじゃねぇか!」

「あぁ、敵? ――」

 なんのことだい?と、尋ねようとしたがすぐにマッハの言わんとしていることが理解できた。この場にいるノーマルACは全滅したが、二人のいる地点の敵戦力はまだネクストだけになったわけではなかったのだ。

 まだ後方にいるとはいえアームズフォート、ランドクラブがこちらに向かって前進を始めている。まだこちらを射程距離圏内に捉えられていないのか、主砲もミサイルも撃ってはこない。それともまだ確実に捉えられると判断していないから撃たないのか。

 ただ、どちらであったにせよあのランドクラブを撃破しない限りは前には進めないし、マッハもミストレスと真面目に戦おうとしないだろう。

 上空からストレートウィンドとセレーネの戦いを見ていると、不器用な踊りを見ているようで思わず笑ってしまいそうになる。戦場の真っ只中にいるというのに笑いそうになってしまう自分も不思議だが、マッハも不思議な男だとアネモイは思った。

 セレーネは積極的に攻撃を仕掛けようとクイックブーストを駆使して射線を確保しようとするのだが、それをストレートウィンドはクイックブーストを使わずに最小の動きだけで回避している。そのせいでセレーネは攻撃することが出来ずにいた。

 これだけの実力差があるのならば勝負はもう決まっているようなものなのだが、マッハとしては実際に銃火を交えない限り勝負は付かないと考えているのだろう。ランドクラブに機体を向けながらアネモイは苦笑する。

「マッハってのは昔っからあんなヤツだったのかい?」

 自分の後ろにいるかもしれない半透明の男に話しかけたつもりだった。返事はない。おそらくあれは幽霊みたいなものだろう、そうでなければ説明がつかなかった。とはいえ、出撃前に向こうから話しかけておいてこちらから話しかけると無視するとは、なんと失礼な幽霊だろうか。

 徐々にランドクラブとの距離を詰めているがまだ射程距離には入らないようだ。今のうちに、と思いシートの背後を見てみる。もしかしたらあの幽霊がいるかもしれないと思ったからだ。

 だがそこに姿は無い。だが頭の中で――避けろ!――とだけあの柔らかい男の声が聞こえた。危機感を感じるよりも早くアネモイの体は勝手に動いており、アイオロスに回避行動を取らせている。

 アネモイが気づいた時にはランドクラブの主砲から放たれた砲弾が機体を掠めていく時だった。もしあの砲弾が直撃していたとなれば、幾らこちらがネクストACでプライマルアーマーによる防御が有るとはいえただでは済まなかっただろう。

 背筋に冷やりとしたものを感じながら機体の速度を上げる、グランドクラブも前進しているため通常よりも早く接近しているように感じられた。まだこちらは射程距離圏内に捉え切れていないというのにグランドクラブは四つある砲塔を順番に射撃し、近づかせまいとして来る。

 クイックブーストを使えば避け続けることは簡単だ。だが近づかなければ意味が無い、グランドクラブは距離のアドバンテージを悟ったのか前進を止めている。そしてそれぞれの砲塔に熱が溜まらないよう、慎重に主砲を撃ってくるのだ。

 こちらは一発食らえば終わり、そのプレッシャーがアネモイに回避行動を強要させ前進させてくれない。ランドクラブを倒さなければ先へは進めないのだ。マッハが自分のプライドを捨てて救援に来てくれたとしても、この様子では前に進めないだろう。

 舌打ちをして必死に考える。一か八かでASミサイルを放つとグランドクラブへと真っ直ぐに突き進んでいった。背中のミサイルは使えないものの、腕武器であるASミサイルならば攻撃は可能なようだ。

 これならば、とアネモイは期待を抱いたのだがその期待はすぐに打ち砕かれる。アイオロスから放たれたASミサイルは全てグランドクラブから放たれた機銃によって撃墜されたのだ。グランドクラブにCIWSが搭載されたという話は聞いたことが無かったが、これまでの経験を踏まえてGAが新たに搭載したものと見える。

 思わず舌打ち。これでは手も足も出せない。

 どうしたものかと考えている間もなく砲弾が飛んでくる、それをすんでのところで回避するが砲弾は爆裂した。放たれたのは近接信管型の砲弾だったようだ。爆風と破片でプライマルアーマーは削られたが機体そのもの損傷は少ない。

 しかし、これでアネモイは追い詰められたことになる。どうすれば、どうすればと考えているうちに恐怖がアネモイの心を支配しつつあった。そんな時だ。

――怖い時は前に突っ込みなお嬢ちゃん――

 脳内に響く男の声。アネモイのアイオロスはとてもではないが近距離で戦うための機体ではない、武装は全てミサイルでありCIWSの搭載されたランドクラブ相手では太刀打ちできない。

 だが、アネモイはあることを思い出した。使用していなかったが、アイオロスに搭載しているオーバードブースタはアサルトアーマー搭載型のものではなかったか、と。

「よし……頼むよアイオロス」

 操縦桿を優しく撫でてからアネモイは覚悟を決めた。

 オーバードブーストを発動させて一気にグランドクラブとの距離を詰める。高速で移動すればそれだけ曲線的な動きはできなくなり、読みやすい直線的な機動となってしまう。エネルギーは可能な限り残しておかねばならず、回避行動は最低限のものしか取ることが出来ない。

 直撃弾は無いものの至近弾は次々と炸裂し、プライマルアーマーにダメージを与えていく。今は機体のダメージよりもプライマルアーマーにダメージを受ける方が深刻だった。だが躊躇はしていられない。プライマルアーマーが剥がされるよりも早くにグランドクラブに取り付かねばならなかった。

 意を決して回避行動を取るのを止めた瞬間に右腕に直撃弾。根元から左腕が吹き飛ばされる、その衝撃でアイオロスはオーバードブーストを解除させた。グランドクラブまで目と鼻の距離。

 今、ここで立ち止まるわけには行かなかった。クイックブーストを使用して最後の一歩を踏み出して着地。着地した場所はグランドクラブの四つある砲塔の中心地点である。

 全ての砲塔がアイオロスに向けられたが砲弾が放たれることはない。そんなことをすれば自分自身に損害を与えてしまう。コジマ粒子の残量はアサルトアーマーを放つのに必要な分は充分に残っていた。

「これでも喰らいな!」

 アネモイはそう叫ぶと同時にアサルトアーマーを発動させる。一瞬の閃光、そして続く爆発音と衝撃。閃光が病んだあと、残留するコジマ粒子の雨の中に残っているのは全て破壊しつくされた四つの砲塔。

 アイオロスが立っていた地点はクレーター上に装甲が吹き飛ばされており、内部構造が露になっていた。嬉しいことにアイオロスのアサルトアーマーは装甲を吹き飛ばしただけでなく、内部構造にもダメージを与えていたのか露になった内部は火花を散らすだけでなく小さな爆発を幾度も起している。

 アネモイはアイオロスを浮上させると、残ったミサイルをそこに一斉に叩き込んだ。通常では起こりえないほどの爆発が起こり、それらは水面に起こった波紋のようにグランドクラブ各所に伝播してゆく。

 グランドクラブ内部から起きた爆発は内側から外部装甲を弾き飛ばし、その巨体は傾いで倒れ動かなくなった。アネモイはグランドクラブを撃破したのだ。

「グランドクラブ撃破完了!」

 マイクに向かって叫ぶとマッハの口笛がスピーカーから聞こえる。これで彼もようやく戦ってくれるだろう。はたはた迷惑な男だなと思いつつ、アネモイはグランドクラブの残骸を越えた先にあるGAサンディエゴ基地へと視線を向けた。

 距離はまだ遠く、地平線上にまだその姿は見えてはいない。背後からクイックブーストを連続して使用する音、銃声、爆音、戦場で聞こえるありとあらゆる音が聞こえ始めた。ストレートウィンドとセレーネが本格的に戦闘を開始した音だ。

 幾らマッハといえどミストレス相手ではそれなりに時間が掛かるだろう。ミサイルの発射時間までどれぐらい残されているのか分からない、オーエンもそれについては言及していなかった。

 とくれば単機で、右腕が根元からなくなっていたとしても先に進んだ方が良いだろう。そう判断してアネモイは再びアイオロスを浮上させ、マッハに一言だけ告げてからミサイルサイロへと進路を取った。


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 先ほどまでは敵であり、今となっては味方となったブラックゴート社専属イレギュラーネクストと横に並びレオンは機体を失踪させていた。

 GAがユナイテッド・ステイツの支配しているハワイ諸島に撃ち込もうとしているICBMが核弾頭だと知ってしまえば、傭兵としてのプライドをかなぐり捨てるしかない。どうしても、どうしても核の持つ本当の恐ろしさが離れないのだ。

 きっと自分が行おうとしているのは正しいことなのだろう。人道的に見れば、ではあるが。しかし傭兵としては失格である。こんなことをしている息子をあの世にいるであろう父はどう思うだろうか、曽祖父レオニスは曾祖母レイラはどう思うだろうか。

 近づきつつあるノーマル部隊を前にしてもレオンはそんなことばかり考えてしまっていた。だからといってノーマル部隊を軽視しているわけでは決して無い。これから対峙せねばならないのはGA製のSOLARWINDではなかった。もしGAのノーマルだけならばどれだけ楽だっただろうか。

 GA製のノーマルはどれもこれも、堅固な装甲を持ってはいるがそのために動きが鈍重であり、火力が強力だったとしてもレオンは脅威として見ていなかった。だが、何を考えたのかGAはグループ企業であるBFF社製の048ACを配備しているのだ。

 BFFもGAグループである以上不思議ではないかもしれないが、GAもプライドを捨てているということなのかもしれない。BFFの048ACといえばネクストACをも撃退するという精鋭部隊、サイレントアヴァランチも使用しているACなのである。

 スペックは知っていたとしても乗っている人間によっては強力な代物となるのだ。しかもその数は実に三〇。これだけの数があれば如何なリンクスであったとしてもただで突破できるわけが無いだろう。

 しかもここは遮蔽物のない荒野である。048ACの主武装は長射程を誇るスナイパーキャノンだ。その射程はネクストのものよりも長い。それを相手にして戦わなければならないという不安、そして依頼主を裏切らねばならなかった罪悪感がレオンに歯を食いしばらせた。

 モニターに映る048ACは布陣を組んでスナイパーキャノンの発射体勢を整えている。あともう少しすれば一斉砲火がレオンのエルダーサインと、マリアのブラックゴスペル目掛けて放たれるに違いない。しかも三〇機ものACから放たれれば、おそらくそれは砲火というよりも弾幕に等しいものになるだろう。

 近づくことが恐怖となったのか、いつの間にかエルダーサインの速度は下がっており、ブラックゴスペルが突出する形になった。

「怖いの?」

 スピーカーから聞こえるマリアの静かな声。レオンは「あぁ、怖い」と小さな声ではあったが即答していた。それが理由なのかは知らないがブラックゴスペルも速度を下げる。

「私も怖いわよ、けれど目の前の障害を乗り越えないと核は止められない。まぁ、そんなことは分かってるか……でも、とりあえずあなたに一言言っておきたいことがあるの」

「何だ?」

「あなたの曽祖父コル=レオニスは優秀なレイヴンだったわ、あなたの曾祖母……本名はレイラだっけ? 彼女も素晴らしかった、その二人の血を引いてるってことを証明して欲しいの」

「はぁ?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。出撃前ならいざ知らず、今は戦場でしかも敵射程距離圏内にもうすぐ入りそうなのだ。何を考えているのかブラックゴスペルはさらに速度を落としてエルダーサインの後ろに回る。

「何を考えてるんだよ!?」

「決まってるわ。あなたの実力が私は知りたいだけ、あの二人の曾孫だったらあの程度一人で出来るでしょ? 危なくなったらサポートしてあげるから」

 なんという言い草だろうか。だが考えてもみれば仕方の無いことでもある。レオンは裏切った、これは間違いの無い事実ではあるが彼女からしてみれば本当に裏切っているかどうか分からない。

 本当に裏切っていると判断させるなら直接GAと戦闘してみせるしか無いのだろう。だが三〇もの048ACの砲火をどうやって掻い潜れば良いのか。いつものことではあるが、レオニスや曾祖母レイラならどうしただろうと考えてしまう。普段は中々答えの出ないのだが、今回はすぐに答えが出た。

 迷うことなく突っ込む。それ以外に方法は無かった。きっと彼らならそうしたに違いない。そう考えた瞬間にレオンの中から恐怖は消えたが、罪悪感だけは消えてくれなかった。おそらく、この罪悪感は一生付きまとうのだろう。

 神経を針のように研ぎ澄ませて速度を上げて、敵の射程距離圏内へと入る。時間差を開けて砲弾が飛来してくるが、研ぎ澄まされた神経はそれら全ての砲弾の軌道を見切っていた。

 発生させているプライマルアーマーの圏内に入ってくる砲弾はあれど、直撃することは無かった。エルダーサインの装甲はレオンの肌となり周囲の状況を伝えてくる、それだけでなく何か言いようのない鈍重感すらも感じるのだ。

 鈍重感はレオンの中にあるものではない。048AC部隊の方から感じるのだ。それは何だろうか、と考えながら接近していくとその感じは徐々に明確さを増してくる。色は黒く形は不定形、常に揺れており言いようのない不安がそこにはあった。レオンはその感触の正体を知っている、それは恐怖だ。

 彼らは恐怖を感じている、接近してくるネクストACに対して、エルダーサインに対して恐怖を感じている。憐憫の情が湧き上がってくるが、レオンには成すべきことがあった。成さねばならない大儀が存在しているのだ。今更、他人の命を奪うことに躊躇いは存在しない。

 048ACは距離というアドバンテージを生かすために砲撃を行いながらも後退するが、ノーマルよりもネクストの方が機動性はある。即座に距離は詰まり、エルダーサインの距離となった瞬間に背中と肩のミサイルを放ち、機体を横向きにさせて左方向の部隊に目掛けてレーザーライフルとチェインガンの雨を降らせた。

 GAのものと比べればBFFのノーマルは装甲が薄いらしい。レーザー一発で簡単に撃墜することが出来た。ミサイルはそれぞれの目標を確実に駆逐しているらしく、レーダー上から敵の反応が恐ろしい速さで消えていく。

「流石ね、やっぱりあの二人の血を引いてるだけのことはあるわ」

 そんなマリアの呟きが聞こえたがレオンは返答しない。余裕が無かったわけではない、その必要性を感じなかったのだ。

 発射したミサイルが敵を駆逐し終えると機体を反転させてもう一度ミサイルの射撃、そしてまた反転してレーザーとチェインガンでAC部隊に対して攻撃を仕掛ける。

 戦闘時間はどれほどの間だったのだろうか。レオンの感覚では一〇秒前後だったように思える。たったそれだけの時間で048AC三〇機の部隊は一機のネクストACに壊滅させられたのだ。

「さて次の、というよりも最後の目標を目指しましょうか」

「まったくだ、さっさと最終目標を破壊……いや、解除して終わらせたい」

 スピーカーからマリアの声が一瞬聞こえたが、次に続いた罵声によってマリアの声はかき消される。

『リンクス! 何をしている!? 識別信号を勝手に変更しただけではなく、我が社の部隊を攻撃し壊滅させるとは!? さぁ、説明してもらおうか!?』

 聞こえてきたのは今回の作戦司令官を任されている男のものだった。名前は知らない、知る気が無かったのだ。彼が言い終わるとレオニスは溜息を一つ吐く。

「俺からしてみれば騙したのはそっちだ。悪いけれど俺は核を守る気なんてさらさらないね、我が家の家訓にはこうある。核なんざ全部ぶっつぶしちまえ、持ち主ごとな。ってね」

 レオンはさらりと言ってみたが返ってくる言葉は無い。大方、レオンのこの大きな態度に返す言葉が見つからないのだろう。スピーカーからはマリアの笑い声が聞こえてきた。

「へぇ、やるじゃないのあなた。さっきの口上中々だったわ」

「そりゃどうも」

 レオンは今まで自分でも気が付いていなかったがかなり疲弊していることに今気づいた。考えてもみればネクストACを撃破し、その次にはさして休む間もなく三〇機のノーマルAC部隊と交戦しそれを撃破しているのである。

 これで疲労を感じなければそれこそ化け物だろう。

 ブースターを吹かせて基地へと向かう。ブラックゴスペルは黙って付いてきた。交わす言葉は何も無い。もし、また罵声が飛んできたら五月蝿いだろうからGAサンディエゴ基地司令部との通信回線は切った。

 基地へと向かう間はとてつもなく静かである。嵐の前の静けさなのか、それともこの地点に回す戦力がGAにはもう無いのか。何気なく北を見れば遠くにアサルトアーマーの光が見えた。レオンの記憶が正しければあそこにはグランドクラブが配置されていたはずである。

「向こうもやってるみたいね。さっ、私たちだけで抜け駆けしましょっか」

「あぁ、そうだな」

 こうやって適当に返事を返してはいるが、マリアという女はつくづく言葉が軽い。本心からそれを言っているのか、それとも軽い言葉を放つことで気分を軽くしているのか。もし前者だったら感服してしまいそうだ。

「向こうがやってくれてたら、俺たちのところには何も来ないってことか?」

「えぇ、そうよ。うちの社長と雇ったリンクスが上手く立ち回ってくれてればね、何も問題は無いわ」

 質問の回答に対して「そうか」と短く答える。アサルトアーマーが使用されたことを考えると、ここより北にある戦場はさぞや激戦区となっているのだろう。だが、それはレオンとマリアにとっては好都合ということである。

 増援はまったく無くエルダーサインとブラックゴスペルの二機はサンディエゴ基地へと到達した。ミサイルサイロへと辿り着く前に司令部の前を掠めるようにして通ってみれば、窓越しに顔面を蒼白にしている作戦司令官の姿が見える。

 その姿がおかしくて思わずレオンは苦笑してしまう。GA部隊を攻撃し全滅させたことでレオンの心はだいぶ軽くなっていた。それでもまだ罪悪感はあったが。傭兵として今まで生きてきたのだ、依頼主からの命令に逆らったことは一度も無い。

 溜息が思わず漏れた。これからどうなるかはわからないが、今はICBMの発射を止めることが先決だった。基地より少し離れたところにミサイルサイロは存在し、地面に三つのハッチが取り付けられている。

 警備しているACはいなかった、MTすらない。地面に目を向ければ慌てて逃げ出す歩兵達の姿が見えたが、彼らはもう長くは無いだろう。エルダーサインもブラックゴスペルもプライマルアーマーを展開し続けている、彼らはコジマ粒子を浴びてしまったのだ。

 だからといってレオンが彼らに何かしてやる義理など無く、今はただ目的を達成するだけ。三つのハッチにそれぞれレーザーを一発ずつ撃ち込むとICBMの弾頭が露になる。それを見た瞬間、ぞくりとした感触が背中を走った。

 この中に核があるのだと思うと、畏怖に近い感情を抱かざるを得ない。
しかし、ここまで来たは良いもののどうやって核を解体すればよいのだろうか。ACのマニピュレーターは基本的に人と同じ形をしている。だからといって人間の手と同様の動きをするのかといえばそうではない。

「ここまで来たのは良いが……どうやって解体する気だ? 核だろ? 下手すればこの辺り一帯が壊滅するんじゃ?」

「あら、そんなの簡単よ」

 マリアはいとも気楽に言って見せたが何か策があるのだろうか。基地司令部を無視しているところを考えると、彼らブラックゴート社陣営はICBMの発射を止めに来ただけの可能性が高い。ということは核を無力化する装備でも持ってきているのだろうとレオンは推測した。

 だがその推測はあっさり裏切られる。マリアの駆るブラックゴスペルは何を思ったか両腕のアサルトライフルをICBMの弾頭に向けた。まさかそんなことあるはずない、レオンがそう思うと同時にアサルトライフルは火を噴いて核弾頭を破壊する。

 これには言葉が出なかった。そんなことをすれば核爆発が起きるのではないのだろうか。即座に逃げようかとも思ったが、核の有効範囲はキロメートル単位だ。オーバードブーストを使ったところで逃げ切れるわけも無い。

 死んだ、そうレオンは思ったのだが核弾頭は爆発する様子を一向に見せなかった。

「どういうことだこりゃ?」

「当然じゃないの。この程度で核反応が起きるようにされてちゃたまったもんじゃないわ」

 そう言うと残った二期のICBMにもブラックゴスペルはライフルを撃ち込んで処理を完了させる。

「はい、これでミッションコンプリートってね♪」

 あっけらかんとしたマリアの言葉にレオンはどうしても全てが終わったようには感じられなかった。しかし、これで全ては終わったのだろう。いまいち実感が湧かないが、レオンは正しいことをしたと思っている。

 傭兵としては決して許されないことをしたとはいえ、核の恐怖を世界に蔓延させることを阻止できたのだ。もしかしたら他にも核を使おうと考える輩が出てくるかもしれない。そういった輩が出てきたら、レオンは報酬が無くとも戦いに赴こうと決意していた。

 平和のためだとかそういうことではない。レオンはあくまで傭兵、戦いが無ければ生活することはままならないのだ。しかし、戦うにもルールはある。そのルールを守るための調停者になろうというつもりは無い、ただ核を飛散させることだけは阻止せねばならない。

 これがマクネアー家に生まれたものの務めなのかもしれなかった。大それた事だとは思うが、重要な事柄である。これらかはより一層の情報収集に努めなければと決意し、空を仰ぐ。

 今の今まで気付くことは無かったが、今日は澄み渡るほどの青空が広がっていた。その中に戦場から立ち上る黒煙が無ければどれだけ良いことなのだろうか。


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 アサルトキャノンをグラウンドハウルに直撃させた。それは間違いない。アリオーシュは空中に機体を静止させながらグラウンドハウルを見下ろしていた。

 アサルトキャノンが直撃した箇所からは僅かに漂うコジマ粒子と、立ち上る黒煙で損害状況は確認できないもののかなりのダメージを与えたことは確実である。この地点の中心であったグラウンドハウルが動きを止めたことによって、戦場の時間は停滞していた。

 アリオーシュのブラックウィドウは滞空しているだけだというのに誰も攻撃を行おうとはしてこない。オーエンのアマランスへと視線を向けたが、アマランスはグローリィのノーヴルマインドと交戦中だった。だがやはり彼ら二人もグラウンドハウルが沈黙したせいか動きを止めている。

 ここから一体どうなるのだろうか。ノーヴルマインドはアマランスが対応している、ならばアリオーシュはその他のノーマルACを相手にすべきだろう。そう考えて地上に着地する。

 そして時間は動き出した。アマランスとノーヴルマインドは同時にクイックブーストを吹かして、くるくると回りながら、踊るようにして銃火を交えている。ブラックウィドウの周囲にもノーマルACが集まり、半包囲状態にされたが恐れることは何も無い。

 アサルトキャノンを使用したことによりプライマルアーマーはしばらくの間、展開できないとはいえGA製のノーマルの動きは鈍重である。クイックブーストを駆使して接近戦に持ち込み、各個撃破してゆけばそれほど時間を掛けずに全滅させることが可能だろう。

 短く呼吸を整えてクイックブーストを吹かそうとした時、グラウンドハウルから大量のミサイルが放たれそれらは真っ直ぐにブラックウィドゥを狙ってきた。クイックブーストを使用した回避行動を取るもミサイルは追尾してくる。クイックブーストのタイミングが悪かったらしい。

 だが幸いなことにミサイルはブラックウィドウの正面から接近してきており、両腕のショットガンを構えて狙いも付けずに間髪入れずに放っていく。散弾にて形成された弾幕で全てのミサイルは撃墜されたが、グラウンドハウルは再び動き出していた。

 アサルトキャノンは直撃したのだが、装甲が予想よりも厚かったのか、それともダメージコントロールか、それとも当てる場所が悪かったのか。可能性は幾らでも考えることが出来るがそれらは後で良い。

 今すべきことは早急にグラウンドハウルを撃墜し、アマランスの援護に回ることだとアリオーシュは考えていた。ミッションを完遂するよりも前に、アマランスの援護に回ってみたい。アリオーシュはそう思う。

 それは一重にオーエンという人物に対する好奇心がなせる業だ。だが、完全に好奇心から彼のことを知りたいというのではないということをアリオーシュは徐々に気付き始めている。好奇心だけなら何も直接会って話す必要は無く、無理やり一緒のベッドで眠る必要も無い。

 要は、アリオーシュはオーエンに対して気を許しつつあるのだ。それが何故かは分からない。答えはまた後で探すことにしよう。今すべきことはグラウンドハウルの撃墜である。

 ブラックウィドウを半包囲状態で取り囲んでいたGA製のノーマルが一斉に手にしたグレネード砲を発射してくるが、それを上昇することで避けた。その先に飛来してくるのはグラウンドハウルから飛来してくる砲弾とミサイル。

 砲弾をクイックブーストで避け、ミサイルは先ほどと同じようにショットガンの弾幕で防ぐ。グランドハウルの全高よりも高い地点まで飛んでみればアサルトキャノンが直撃した箇所がよく見えた。

 ダメージコントロールによるものか今はもう黒煙を上げてはいなかったため、どうなっているのか様子がよく見える。それを見てアリオーシュは思わずGAと有澤の装甲技術の高さを思い知らされた。

 装甲は完全に破壊されている。しかし、装甲は完全に無くなったとはいえその内部を完璧に守りきっていたのだ。思わず舌打ちをしてしまい、下品な行為をしてしまったと思いながらグラウンドハウルとの距離を詰める。

 グラウンドハウルの主武装は主砲とミサイルの二つ、オーエンはCIWSが追加されているのではないかと語っていたためグラウンドハウルに隙はないことになる。だが主砲とミサイルは彼我の距離がある程度開いている場合においてのみ使用できる武器であり、近距離で使用可能な武器はCIWSしかない。

 何よりもまず近づくこと、そう考えてアリオーシュはクイックブーストをも使用して前に突き進む。掠めるようにして飛来してくる砲弾、雨のように降り注いでくるミサイルはどれも恐ろしく寿命が縮まりそうだ。

 それらを回避し、迎撃しながらグラウンドハウルへの距離を詰めていく。ノーマルACはブラックウィドウの速度に付いて来れないのか、背後から砲弾が飛来してくるようなことは無かった。

 距離が近づくにつれてグラウンドハウルからの攻撃の手が止み始める。射程距離の内側へと入り込むことに成功したのだ。だが安心したのも束の間、グラウンドハウル各所に設置されたCIWSが鉄鋼弾の雨をブラックウィドウに浴びせかける。

 あまりの弾幕に避けきることも出来ず、かといってミサイルのように迎撃することも出来ない。距離さえ開ければ避けることは容易だろう。だがそれではまたグラウンドハウルに攻撃させることになるのだ。

 コジマ粒子の量が足りずプライマルアーマーが展開できないため、CIWSから放たれる小口径の弾丸であったとしても今のブラックウィドウにダメージを与えるには充分だった。

 損傷率が上昇していくが、アリオーシュは引こうとしない。前に突き進み、遂にグラウンドハウルへと取り付いた。場所はアサルトキャノンで装甲を引き剥がした箇所である。

 左右に設置されていたCIWSの銃口が即座にブラックウィドウへと向いたが、砲火が放たれるよりも早くに両手のショットガンで二つのCIWSを沈黙させた。そして銃口をグラウンドハウルの内部へと向ける。

 ミサイルの迎撃にショットガンを使用していたため、ショットガンの残弾は心許なかったがやらないわけにはいかない。ありったけの弾をグラウンドハウルへとぶち込んでいく。

 一度トリガーを弾くたびに煙が上がり、そのうち煙に機体が覆われて何もかもが見えなくなった。聞こえてくるのはショットガンの銃声と、放たれた散弾がグラウンドハウルに喰らいつき抉る音だけだ。

 だがそれも長くは続かない。その内にショットガンの残弾が尽き、トリガーを弾いてもむなしい金属音が響くだけになる。状況が分からず、更なる攻撃の手を加えるためにショットガンを放り投げてハンガーに格納していたブレードを装着し、光刃を発生させた。

 それを突き刺すべく両腕を後ろに引いたとき風が吹き、機体を覆っていた煙が流されてようやく状況が明らかとなる。ショットガンはどこまでグラウンドハウルを貫いていたのかわからないが、開けた穴の向こうに見えるのは煌々とした炎のきらめきだった。

 これはまずいと思い急上昇を掛ける、眼下に見えるのは様々な箇所から爆発を起し、炎を吹き上げるグラウンドハウルの姿とその真横でアームズフォートが存在しないように戦っている二機のネクストの姿だ。

 グラウンドハウルは間違いなく爆発する、そしてグラウンドハウルの側で戦っている二機のネクストはきっと巻き込まれるだろう。アリオーシュはそう判断した。

「オーエンさん、逃げてください!」

 アリオーシュの声はきっとオーエンの耳に届いていただろう。だが彼の機体アマランスは引く様子を見せなかった。もしかすると敵と力量が拮抗しているがために弾けないのかもしれない。

 だとすると応援に行かなければ、そう思い機体を降下させようとするとグラウンドハウルが起している爆発が大きくなり始める。このままでは自分も巻き込まれる、だがオーエンを助けなければ、その二つの考えが拮抗を起しアリオーシュの行動を止めた。

 そしてグラウンドハウルは大爆発を起す。その衝撃で滞空していたブラックウィドウは吹き飛ばされ、錐もみ状態で落下した。落下時の衝撃は凄まじく、耐Gジェルとパイロットスーツで身を守られているというのに全身に激痛が走るほどである。

 煙と巻き上げられた砂塵でネクストの様子は見えない。後方にいるノーマル部隊は呆然としたようにどの機体も手にした武器を取り落とし、両手をだらりと垂れ下げていた。負けたと感じたのだろう。

「えぇ、こちらマリア。ミッションコンプリート」

 ノイズ交じりではあったが、ブラックゴート社の専属イレギュラーリンクスからの通信が入る。Cチームが見事に任務を完遂させたらしい。だがオーエンはどうなったのだろうか。

 アリオーシュの鼓動は高鳴り、一度鳴るごとに不安は大きくなっていく。思わず何度もオーエンの名をマイクに向かって叫び続けていた。

「そう叫ばなくとも聞こえているさ。ミス・アリオーシュ」

 砂塵の中に人形のシルエットが見える。そしてオーエンの機体であるアマランスはその姿を現した。ただしその姿は無残なもので、左腕は無く右腕も今にも落ちそうで両足は何とか体を支えているだけのように見える。

「オーエンさん!」

「だから叫ぶなと言っているだろうミス・アリオーシュ? さて、君は私と話がしたいと言っていたね。帰還すればしばらく暇が出来る、アジア辺りで私はしばらくのんびりする予定だが、一緒に来るかい?」

「えぇ、ぜひ」

 アリオーシュの声には何故か涙が混ざっている。しかし、本人はそれに気付いていなかった。

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