『オーメル合同演習 前編』

『OMER Science Technology』

オーメル・サイエンス・テクノロジー。 通称『オーメル』。

 西アジア圏を拠点とする総合軍事企業であり、今から数十年以上前に行われた大規模戦『国家解体戦争』当時コジマ技術の独自開発に成功した数少ない企業の一つである。現在では特化技術だけでなく、優れた政治力をも得て全ており、ほぼ全ての企業が籍を置く国際機構『企業連』内部でも強い発言力を持っている。

 同社は国家解体戦争戦後、当時同じくコジマ技術におけるリーディングカンパニーであった『レイレナード』の技術者たちを取り込むことで技術力はさらに向上。そのネクスト技術を用いて初の自社製ネクスト『TYPE-LAHIRE』の開発も成功に至っているだけでなく、インテリオル・ユニオンと共同で開発したアームズフォート『アンサラー』といった強力な戦力を保有するに至っていた。

 だがオーメルがもっとも強みとするのはそれらの兵器郡ではなく、他企業、他組織との繋がりにあるといえるだろう。オーメルと現在表向き協力関係にある企業は三つ。

一つ目は財閥系巨大資本グループの一翼を担う総合軍事企業、ローゼンタールだ。第一次リンクス戦争以前からオーメルとは提携関係にあり、かつてはグループの盟主の地位にあったが、戦後オーメル社が旧レイレナードの技術者を吸収するなどの形で勢力を拡大したことによりその地位をオーメルに譲り渡すこととなった。

 二つ目は南アジア経済圏を実質支配し、豊富な人的資源と他企業には見られない特異な発想の兵器で知られる工業系総合企業、アルゼブラ。旧社名のイクバール時代から同じアジア圏に拠点を置く企業として、オーメルとは繋がりが深い企業である。

 そして三つ目はロシアの国有企業が母体となる軍事企業、テクノクラート。元々は旧イクバール(現アルゼブラ)社の完全子会社であり、その技術水準は低く斜陽企業と評されている。

 これら四社をまとめ、世間は『オーメルグループ』と呼ぶ。…ここまでが一般的に知られている知識だ。調べようと思えば子供でも簡単に知ることが出来るレベルの情報であり、おそらくオーメルはそれ以外の企業、組織とも何らかの繋がりを持っていることは明らかだ。そしてそれを使って何をしているのか…俺はそれがもっと知りたいんだ。

企業の、やつらの腹の中と裏側は…まぁ、大概そんなものは真っ黒いって相場は決まっている。だからこそ面白い…それをみてやる、暴いてやる、記録してやる。他の誰もが知らないことを知ってやる。それが俺の、この世界へと求める『欲』だ。

「…さって…今回は俺にどんなもんを見せてくれるのやら…。」

 演習場へと近づくヘリの中でマニングは大きめな一眼レフタイプのカメラを構え、ファインダーを覗き込む。まだフィルムは入っていないため撮影することは出来ないがレンズの向こうに見えるノーマルの機影やせわしなく動く豆粒のような人影にわくわくし気持ちを抑えることが出来ずシャッターを切った。




●AM10:20 オーメル管理下演習場内 西区 アルゼブラ陣 第二滑走路

 オーメルグループ合同演習。少し前に起きたテログループ『アヴローラ』の大規模テロに見舞われた企業はそのときの教訓を踏まえ、各企業同士のつながりと連携を強めるべく企画した軍事演習である。

その演習場西側にある滑走路へ複数の輸送機が編隊を組み、次々と着陸していく。輸送機に書かれていたマークからオーメルグループの一社であるアルゼブラの輸送機船団であるらしく、その専属であるエレクトラは自身のネクストを乗せた大型輸送機から降り立つと強い日差しに手をかざしため息をついた。

「こんな演習に参加しろだなんて、…まるで道化ね。」

 社の命令とはいえ、彼女にとってこの演習は何の特にもならない茶番でしかない。同盟を組んでいるから企業同士仲良く?そんなことがあるはずが無いのだ…。企業とは利益を優先し、民を支配し、自らの発展だけを目的とした資本主義の塊である。それはわざわざ、競い合う相手と協力しているのは今そうする事が自分にとって『利』となるからに過ぎない。

 言ってしまえば、その『利』が消えればすぐにでも手の平を返して敵となるかもしれない可能性を秘めているのだ。昨日の友は今日の敵…考えを突き詰めればシンプルでわかりやすく、それもいいのかもしれない。そう考えるとエレクトラはつい乾いた小さい笑みを浮かべる。

 そのとき、カシャっと小さな音が聞こえた。周囲には到着した輸送機から彼女のネクスト、レッドドラゴンや資材を下ろすアルゼブラのスタッフが慌しく走り回っており少々騒がしい。そんな中でもその小さい音を拾えたのは距離が近かったことと、独特の音だったためだろう。

 エレクトラが振り返れば肩から金属製のボックスを提げた一人の男が奇妙な形のカメラを手に立っているのが見えた。さっきの音はその撮影音だったのだろうが、そのカメラはエレクトラが見たことが無いものだった。見た感じ現在主流のデジタルとかではなく、一眼レフのような大き目のレンズが付いているわけでない。妙に段々と折り重なったような形をしていて携帯性がひどく悪そうである。また本体も小さい傷が多数目立ち、かなり古いものであることが理解でした。

「こいつは驚いたね。まさかアルゼブラの専属リンクスってのがこんなに美人だったとは。」

「…何方か存じませんが、初対面の相手へ挨拶の一つもせずに写真を撮るほど礼儀知らずな方なようですね。」

 笑いながらカメラをいじっている男へエレクトラはひどく冷めた視線を向ける。男はそれに苦笑を浮かべると「悪い悪い」と謝罪を口にしたが、心からの言葉で無い様子が見られる。

「あんたの顔みてたらつい撮りたくなっちまってな。タイトルは『美女の苦悩』ってところか?綺麗だと日差し一つも注意しないとならない…女ってのは大変だねぇ。」

 そういってエレクトラへと差し出したものは日差しに手をかざして小さく笑みを浮かべていたさっきの写真。いつの間に現像したのかとエレクトラがまた彼の持つカメラへと視線を向ける。それに気がついた彼はカメラを見えやすい位置へ差し出して軽く説明をしてくれるのだった。彼が持っているのはインスタントカメラという種類のものであり、かなり昔存在していたものであるという。写真を撮影した瞬間からすぐに現像を行う専用のフィルムを使用するため、今のようにすぐに写真の形で見ることができるのが最大のメリットだとか。

「…なるほど、貴方が話にあったフリージャーナリストの『野良犬』ですか。同じ便の輸送機で来るとは知りませんでした…。はじめまして、私はエレクトラ。そしてよろしく、野良犬さん。」

「へぇ。俺の事を知っているのかい?そいつは光栄だね。…だが野良犬って毎度毎度呼ばれるのも味気ないんでね。名前はマニング・エイカードだ。そっちで呼んでくれ。」

「約束しかねます。」

 あっさりと言い捨てると、手を差し出すマニングへ背を向けて歩き出すエレクトラ。それを彼は「厳しいねぇ。」と苦笑を浮かべながら頭を掻いて見送った…。




●AM11:56 オーメル管理下演習場内 北区 ローゼンタール陣 第二中央管理塔五階

 演習場北側にある区画。そこはローゼンタール陣営に割り当てられた場所である。そのエリア中央近くにある建物の一室でローゼンタールの専属、マグタールは渡された今回の演習に関する資料へ目を通しつつ待機していた。すでにこの部屋に入って一時間近く…時刻はもうすぐ正午になろうとしている。

 さすがにそろそろ腹も空いてきたのか集中力もなくなって来る。すでに一回最後まで行き、やることも無いので読み返していた分厚い紙の束から顔を上げると背筋を伸ばした。ポキポキと子気味の良い音が固まっていた関節から聞こえ、その程よい刺激が気持ち良くため息を漏らすと同時に表情が自然と緩む。

 そんな時、まるでタイミングを計ったかのように入り口の扉が開き数人のスーツ姿の男たちが入ってくる。せっかくに気持ちのいい時間を中途半端に邪魔されてしまったマグタールであったが彼らはローゼンタールの重役であり、見覚えのある顔が数名見られた。嫌な顔をできるわけも無く、すばやく顔を引き締めるといつもの様子で背筋を伸ばして、立ち上がると男たちへと身体を向ける。

「すまない、待たせたなマグタール君。」

「いえ、お構いなく。今回の演習に関する資料へ目を通していましたので。」

「そうか、では良かった。では話は変わるが…」

 あっさりと話を切り替える重役。はじめからこちらへ真面目に謝罪する気など無いのだろうが、分かっていてもその様子を目の前にすると思わず気分が盛り下がり、ため息を漏らしたくなる。

「君も会うのは初めてだろう。今回パートナーを組んで演習へ望んでもらう新人リンクスのブリギットだ。」

 重役が少し横へずれるのにあわせその後ろから黒髪の人物が前へと出てくる。全体的に日系人の特徴が見られるその人物は小さく一礼するとまた後ろへと下がった。まだ若い、マグタールより大分下で…下手をしたら子供ではないかと見えるほどの幼い顔立ちには中性的な部分が見られるが、スーツ姿等身体の様子から男性だろう。

「ブリギットは今回の演習で初めて本物のネクストへ搭乗することになる。まだ経験不足だが面倒を見てやってくれ。」

「分かりました。」

「では後は二人で昼食でも済ませて演習の相談でもしておいてくれたまえ。良い結果を期待しているよ。」

 それだけを言うと重役達はさっさと部屋から出て行ってしまい、残された二人へしばしの沈黙が生まれた。お互い、相手を計るように見つめ合っていたが先にマグタールが近づくと手を差し出す。

「マグタールだ。よろしく頼む。」

「…ブリギットです。いまだ未熟ですが、こちらこそよろしくお願いします。」

 差し出された手へ視線を一回落とすとすぐに上げ、ブリギットも自分の手を重ねる。固い口調、同時に握手へ一呼吸置いて答えているところを見ると初対面のこちらを警戒しているようであった。




●PM13:30 オーメル管理下演習場 東南7キロ地点 演習用人口渓谷

 オーメルの演習場から少し離れた地点にある渓谷。そこには機動演習で渓谷から砂漠へと抜けるルートを与えられたアルゼブラとテクノクラートの両ネクスト部隊がこれから行われる演習のために待機していた。その中の一機、黒味の強い紫を基本とするカラーリングがされたネクスト、ニーズヘッグの中でハーケンは座席を後ろへと倒しコンソールへと脚を上げた姿勢で大きな欠伸を漏らしている。

「あぁ〜、メンドウクセェ。」

 待機を言われてまだ数十分しか経っていないが、コックピットの中でただ待つだけという状況では退屈で仕方が無いんだ。こんなことならヘヴィメタを入れた愛用のデジタルオーディオでも持ち込んでおけばよかったかと思っていたとき、テクノクラートの回線で通信が入る。

『ずいぶんと余裕だな、貴様は。』

 正面モニターの一角へ小さく映し出されたのはニーズヘッグのすぐ横で待機している白い四脚ネクスト、ヴィシュヌのリンクスであるリュカオンだった。その表情は最初に挨拶したときと同じように硬く、険しいほどである。おそらく先ほど自分が呟いた一言に対し専属である彼女は不満があるのだろう。

『実際にネクスト動かすのだ、少しは緊張感を持って臨んでもらわなければ困るのだがな。』

「ははっ、そいつは悪かったねぇ。なんせ本当に面倒くせぇもんだからつい本音が漏れちまってな。」

『…なるほど…ミッションへの姿勢は理解した。では、なぜ私たちの陣営への参加を選んだ?』

「さっきも言ったとおり、面倒くせぇから適当に選んだだけだよ。」

『そうか。理解した。』

 そこでリュカオンは吐き捨てるように言うと一方的に回線を閉じる。演習へまったく真面目な姿勢を見せない彼とはもう何も話すことも、話す気も、必要も無いということだろう。第一印象は…最悪といったところだろうが、それはハーケンにとって対して問題にならないことだった。今回の演習でしかおそらくペアを組まれないだろう相手と仲良く関係を築くなど面倒でしかないし、何より専属という自分が嫌う企業の犬と仲良くし続ける気など初めから無いのだ。

 今回の演習参加理由も、前回のミッションでテロ組織側へ加担したことで企業から監視の目がつけられており、彼らへの『しばらくは大人しくしておいてやる』という一種の意思表示の一つにしか過ぎない。そのついでに新しくしたネクストの調整と、幾許かの報酬がもらえれば自分にとって少なからず得となるからだった。

 リュカオンとの話が終わるとまた待機という退屈な時間がやってくる。ハーケンは少し痺れた脚を組み直そうと動かしたとき、また通信が入ってきた。今度はテクノクラートのオペレーターからだ。

『演習開始までのカウント120を切りました。作業員各員は所定の場所で移動、ネクスト周辺から退避してください。各リンクスは機動演習へと入る準備をお願いします。』

『こちらテクノクラート所属、ヴィシュヌ。完了している。』

『アルゼブラ所属、レッドドラゴン。準備完了です。』

「へいへい、…こちらニーズヘッグ。同じく準備完了してるぜぇ。」

『各機の準備完了を確認しました、カウントを表示します。…後武運を。』

 すぐに正面へ大きくスタートまでのカウントが表示される。同時に横へ並ぶヴィシュヌとレッドドラゴンがそれぞれ飛び出すための姿勢をとり、少しずつジェネレーターの出力を上げて起動音を大きくしていく。それに少し遅れてニーズヘッグも構え、AMSの出力を上げると軽く神経を圧迫されるような特有の感覚も強まった。

『カウント、5…4…3…2…スタート!』

 カウントが0と表示がされると同時に三機はQBを使い飛び出す。先頭へ立ったのはリュカオンのヴィシュヌ、ついでエレクトラのレットドラゴン、少し遅れて付いていくのはハーケンのニーズヘッグという順だ。ヴィシュヌは四脚タイプの脚部を装備し地上での高速戦闘を主眼とするアセンブルがされたネクストであり、その速度は単純に地上を進むだけなら三機中最速を誇っているようだった。

「ピュ〜♪さっすが。言うだけのことはあるねぇ。」

後ろから眺めている形となったハーケンはヴィシュヌの動きに小さく口笛を鳴らすと呟く。彼女は自分と同じように今回の演習で機体を新しくしたと聞いているが、さすがはランク上位に入るリンクス。その動きは的確で迷いが無い。狭い渓谷の間を器用に走り抜けるとタイミングを見計らってすかさずQB、さらに加速しニーズヘッグを引き離していく。

 だがそれについていくエレクトラのレッドドラゴンも負けてはいなかった。逆関節タイプ脚部特有のジャンプ性能と小回りを最大限に引き出すと地上を行くヴィシュヌとは違い、立体的機動で複雑な渓谷を突破していく。入り組んだ形をし、狭いこのエリアでは地上を走る以上にその速度は速く、ヴィシュヌとの距離はだんだんと縮まりつつあった。

 完全に二人に出遅れる形となるニーズヘッグであったが、ハーケンはそのことを気にする事無く、前回のミッションで破壊され新しくした愛機へ慣れることに集中していた。以前まで使っていたラスト・ヴァタリオンに比べ軽量化、運動性の向上が図られたニーズヘッグは自然とAMSへかかるパーツ負荷も増している。もとより優れたAMS適正を持っているわけで無い彼にとってその負荷は無視できるものではないのだ。

「…ちっ、少しきついな…。」

 いまだ彼に合わせて調整が完璧で無いAMSへかかる負荷に頭が重く感じ、同時に頭痛が走る。すぐに過度に高くなった出力を再調整するようCPUに命じるとその苦痛は少しずつ和らいでいった。少し動きは鈍ってしまうがまだ調整中で無理はしたくは無い。比較的広く、緩やかなルートを取るニーズヘッグはさらに二機に置き去りにされて行った。

 その間、先頭では争っていたヴィシュヌが一段と狭い地点への侵入アプローチを間違え、壁へ肩を浅く接触させる。その隙にレッドドラゴンが低くジャンプし飛び越えるように前へ滑り込むとトップに立った。二機のトップ争いはそのまま砂漠エリアまで続き、一瞬の差でレッドドラゴンが先にノーマル部隊が展開するポイントへ滑り込む形で勝利することとなった。




●同時刻 オーメル管理下演習場 南西2キロ地点 演習用旧市街地

 演習場南東でアルゼブラ、テクノクラート両陣営が機動演習を行っているのと同時刻。反対の位置に当たる南西ではオーメル、ローゼンタールの両陣営ネクスト部隊が展開していた。こちらでも旧市街地を模した演習場が準備されており、そこを抜け軍事施設内へとつながる形となるルートで演習が行われようとしている。

こちらに並ぶネクストは四機。その一番右側に立つ形となったグラムは愛機ストラーフのシステムチェックをコックピット内で続けていた。三度目のシステムチェックを命令…『異常なし』の電子音声による回答は数秒と待たずに帰ってきた。全てが問題ないことを確認するとグラムはオーメルのオペレーター、イセラへ通信を開いた。

「…こちらグラム、準備完了した。次の指示を頼む。」

『了解です、ではそのまま待機をしていてください。残りのリンクスの準備が出来次第、演習を開始します。』

「了解した。」

簡潔な返事をするとグラムは右に並ぶ黄色いオーメルカラーに塗装された『TYPE-LAHIRE』へ目を向ける。今回彼が一緒にペアを組むことになったネヴァンというリンクスの機体だ。まだ準備が出来ていないのは彼のネクストだけらしく、足元をオーメルのスタッフがあわただしく走っていた。

「…ネヴァンか…。」

 聞いたことの無い名前を無意識に小さく呟く。すでにオーメルの専属でなくなってしまったグラムであったが、オーメルの内部の情報は昔からの伝手である程度は手に入れることが出来た。だがネヴァンという、彼の情報に関しては何一つ手に入れることが出来なかった。そもそも、本当に『彼』なのかさえ分からない。経歴、外見、年齢、人種などはおろか性別でさえ不明のままなのだ。

ミッションを受けた際、ペアを組む以上ある程度の情報開示をオーメルスタッフに打診しては見たのだが、その要求も即答で却下された。その上ハンガーでさえ同じオーメルのハンガー内にもかかわらず区切られたエリアが作られそこで整備を行っていたし、演習前に顔くらいは見えるかと思ったが、ネヴァンはネクストからまったく降りる気配が無い。

 そこまでくれば不自然というものだ。なぜネクストからまったく降りないのか…?なぜこのような目立つ演習に参加しておいて、そこまで情報を隠しているのか…?専属のリンクスともなれば確かに秘守レベルの高い情報となるが、イセラたちオーメルのスタッフが『リンクスの姿を見たことも無い』とまで言うのは異常である。

『―ん―、―ラムさ―? グラムさん?どうかしましたか?』

 そんな時、オペレーターからの通信にはっと我に返る。どうやら考えにふけって気がつかなかったらしい。

「…。いや、すまない。少し呆けていた。」

『そうですか…。…準備が整うそうです。周辺のスタッフが退避終了後、カウント30で開始します。準備してください。』

「了解した。」

 これ以上考えても意味が無い、グラムは演習へ意識を向けることにするとパイロットスーツのグローブをはめ直した。

『全スタッフの退避確認。カウント入ります。30…29…28…』

 カウントを読み上げるイセラの声に緊張の色が混じる。同時に四機のネクストがスタートに備えジェネレーターとAMSの出力を上げた。自然と響いてくる起動音が大きくなり、それに合わせるかのようにグラムの鼓動も少しずつ早くなる。緊張しているのではない。AMSの出力を上げたことで神経に負荷がかかり、その刺激に自然と身体が興奮状態へ持っていっているのだ。いわゆる闘争心、と言うヤツに似ているだろうか。

 無意識に手へ力が入り、操縦桿を握るグローブがギチッと軋む音を立てる。こればかりは何度もネクストに搭乗したグラムであっても抑えることが出来ないものだ。だが彼にとってはその感覚がむしろ程よく感覚を研ぎ澄ませてくれる、心地いいものでもあった。

『…5…4…3…2…各機、スタート!』

 カウント終了と同時に四機が飛び出す。すぐにOBで先頭に立ったのはローゼンタールの専属、ブリギットだ。彼のネクストはローゼンタール社製の新標準型『TYPE-LANCEL』であり、続くローゼンタールの専属であるマグタールのキラービーポッド(TYPE-HOGIRL)より軽量化され、機動力を向上したフレームであった。

 だがせっかくのOBでの加速も狭い市街地ではそれが仇となり建物に右肩が接触、ビルの破片を飛び散らせながら弾かれる様に離れると着地した。それを軽くジャンプして三機が追い越す。一瞬して順位はグラムのストラーフ、マグタールのキラービーポッド、ネヴァン、そしてブリギットとまったくスタート直後とは逆のものへと変わってしまったのだ。

ブリギットはそれに焦ったかのようにQBですぐに追いつこうとするのだが、その動きにはまだ無駄が多い。カーブの際も滑るような機動で無駄なくクリアーしていくグラムとマグタールに比べ、無理に慣れないQBターンを使っているせいで動きが大きくなり、さらに距離が開く。

「まだ経験不足だな…。QBの使い方が雑だ。」

 後方モニターに映し出されるブリギット機に視線を向けていたグラムは通信でも聞こえないほど小さな声で呟くとすぐに視線を正面へと戻す。狭くビルが密集した直角なL字型のカーブを見ると内側を取り、曲がり角へ入る手前でQBターン。横を向いたまま先ほどの勢いを利用しL字カーブへ入り込むとまたすぐに前方へQBし一瞬も減速する事無くクリアーした。

 続くキラービーポッドもカーブ内側への侵入軌道を切り替えクリアーしようとする。だがそこへ割り込むように入ってきたのはネヴァンのネクストだった。咄嗟に激突を回避するように動き、外側へと押し出されるマグタール。そこで彼はネヴァンの信じられない動きを目にした。

『なにっ…!?』

 通信から聞こえるマグタールの声にグラムは後方モニターへ視線を向ける。そこには先ほど自分がやったのとまったく同じ動きでL字カーブへ入り、即時前方へのQBでキラービーポッドを追い抜く『TYPE-LAHIRE』の姿が見えた。その動きはグラム同様に迷いもなく、まったく無駄もない。まるで鏡にストラーフの動きを写したかのようなものだった。偶然か…。ネヴァンの腕がグラムと同等なほどに高いのか…?それにしては同じすぎて、ひどく違和感を覚えるものがあった。

 その後、度々ネヴァンはグラムと同じような動きでルートをクリアーしていくこととなる。最終的にチェックポイントへ到達した結果はグラム、ネヴァン、マグタール、ブリギットという順だった…。




●PM18:47 オーメル管理下演習場内 西区 アルゼブラ陣 居住棟二階

 一日目の演習を終え、各陣営はそれぞれ与えられた区画で二日目のための準備を進めていた。次に行われるのはノーマル部隊を加えた部隊戦闘演習であり、機動演習と比べればより実戦的なものとなっている。

 部隊戦闘演習は企業専属と各企業の依頼で参加したネクストによるペア、それに四機編成のノーマル部隊三小隊からなる計14機で行われる。だがエレクトラの所属するアルゼブラには自分しかリンクスがいなかった。本来ならもう一機、ペアとなるべきリンクスがカラードから参加するはずだったのだが、アルゼブラの出した依頼を受ける人物が現れなかったという。

 結果、彼女は二日目、三日目の両戦闘演習でネクスト二機を一機で相手にしなければならないこととなった。言うまでもなくノーマルはネクストに遠く及ばない、ゆえに彼女が相手のネクスト二機を押さえなければ負けは見えていると言ってもよかった。しかも二日目の演習相手はオーメルで、カラードランク2のグラムまでいる。

 その上、エレクトラのランクは16…。ハンガーで整備士の一人が『出来レースだ』と比喩するのを聞いたが、ランク一桁と二桁では実力差にそれだけの差が生まれるというのもまた事実だった。

 だがエレクトラはそれを聞いて尚、闘志を薄れさせることなくさらに燃え上がらせていた。ランクで全てが決まるというのか…?馬鹿馬鹿しい。あんなものは単なる目安でしかない…。そして常に常識を裏切り続ける『戦場』という化物の中では、たった一瞬の判断と行動がその目安を大きく狂わせるものだ。

相手が一機だろうが二機だろうが関係無く、負けるのは嫌なので全力で戦闘を行う。ただそれだけだ…だがそれがランクという『目安』を狂わせる要因の一つなのだ。今のうちから心で負けてなるものか。頭の中で考えをめぐらせると知らず知らずに熱くなっていたエレクトラは考えを切り替えるように小さくため息をつくと廊下を歩く足を速めた。

 ここはアルゼブラ陣営に与えられた区画内にある居住棟であり、演習三日間の間スタッフ全員が生活を共にする場所である。棟内は三階層に分けられており、一階の部屋は兵卒向けに作られた多人数部屋で整備士やその他のスタッフが使用。二階は下士官向けの個室が多く技術者やオペレーター等上位スタッフが、三階は仕官向けの個室があり下士官の部屋に比べれば広くシャワーやキッチンまで完備していたことから専属や雇われたリンクスが使用することになっていた。

 今エレクトラはその二階にあるマニングの部屋を目指している。彼はフリーのジャーナリストということでいくつか聞きたいことがあったのだ。表札に彼の名前を見つけると数回ノック…少し間を空けて彼の返事があった。

「…開いてるよぉ。 悪いが今手が離せないんだ。用があるなら勝手に入ってきてくれ。」

「…失礼します。」

 エレクトラはドアを開け中へと入る。彼は部屋に備え付けられている小さな机に向かって何か作業をしているようだった。小刻みに手が二台あるノートパソコンの間を行ったり来たりし、映し出される画像を何度も確認しているのが見える。その中には狭い渓谷でテクノクラートの専属ネクスト、ヴィシュヌを追い抜く自身の愛機レッドドラゴンの姿もあった。おそらく昼間の機動演習で取った写真をパソコンに取り込んで確認しているのだろう。しばらくすると一段楽したのか彼は顔をエレクトラのほうに向ける。

「何だあんたか…。こんな夜にどうしたんだ?まさか酒の相手にでも誘いに来てくれたのか?」

「つまらない冗談を口にしては女性にモテませんよ。野良犬さん。」

「……相変わらず棘がでかい美女だ。」

 冗談をエレクトラは無表情であっさり切り捨て、マニングは多少ショックだったのか乾いた苦笑を浮かべる。それはまるで『そこまで素っ気無くしないでもいいじゃないか。』と訴えてくるような雰囲気であるが、生憎エレクトラはそういう性分なのだ。無理に自分を曲げてまでつまらない冗談に付き合う義理はない。

「で、話は戻すけど何の用なんだ?」

「…あなたがフリーランスのジャーナリストと聞きましたので。仕事柄情報にお強いと思い、いくつかお聞きしたいことがあります。」

「へぇ…。 何が聞きたいんだい?」

「一つは世界情勢、もう一つは…ユナイテッド・ステイツに関する情報を知りたいのです。」

 彼女の言葉にマニングの浮かべていた笑みが消える。同時に椅子を回すと彼女のほうに身体を向けなおした。

「…なんであんたはそいつを知りたいんだい?」

「『私自身』が知りたいからです。それ以上でも以下でもありません。」

「はっはっ…!あっさり答えるじゃないか。しかも自分自身が、ねぇ…。そいつは良い。自分が気になることを知りたいって思う気持ちはよぉくわかるぜ。」

 エレクトラの答えにマニングはまた笑みを浮かべ直す。その笑みはどこか先ほど以上に嬉しそうに見えるのは何でか分からないが…。彼は机から一台のノートパソコンを取る。

「じゃあ、まずはユナイテッド・スイテイツついての情報を教えてやる。」

 彼はそういうとノートパソコンのキーを数回叩く。同時にいくつかの人物やノーマルの写真、情報が画面へ映し出された。

------------------------------------------------------------------------------------------

1.ステイツ製ノーマルの情報、部隊、構成員
ステイツ製のノーマルは厳密には存在しない。独自ACは全てブラックゴート社製、但しブラックゴート社製であることは秘匿されている。
部隊は最低でも二個師団はあると思われる。そのうち独自ACで構成されているのは、メビウス隊、ガルム隊、ウォードッグ隊、ガルーダ隊、グリフィス隊の計5部隊。
組織のTOPはフランクリン・ルーズベルト大統領。他は、フォレスタル軍務長官、ハル国務長官、海軍提督ニミッツ、海軍提督ハルゼー(第三機動艦隊所属)。他多数で国と呼んで差し支えない程度の人数がいる、また行政・内閣・司法がそれぞれ独立しており国家としての体制は既に整えられている。
完全な民主主義国家であり二院制。ただ現在は状況が状況なだけに軍部の独裁に近い形になってしまっている。

2.組織の立ち位置と目的
ユナイテッド・ステイツそのものの目的は企業の妥当ではなく、国家支配体制の復活にある。よって企業を完全に敵視しているわけではなく、企業が政治・行政を支配することに異を唱えている。北アメリカ大陸に執着している理由はステイツの母体が旧アメリカ合衆国であることに由来している。


3.他組織との関係
GAとは完全な敵対関係。オーメルグループ、インテリオルグループとは中立でありインテリオルグループとの付き合いは良好であるらしい。インテリオルからは以前からノーマルや各種武装を購入している。
ブラックゴートはステイツ国内に所属している企業ということになっている。ブラックゴートが軍事行動に参加する場合は、民間軍事企業として参加している。

------------------------------------------------------------------------------------------

 そこまで見せたところでマニングはパソコンを閉じる。変わりに横から小さいメモリーカードを引き抜くとエレクトラへ向け軽く放り投げた。彼女もそれを受け取るとポケットへしまう。

「ステイツに関する情報はそれが俺の知る全部だ。やるよ。世界情勢に関しては明日までに情報をいつくかまとめておいてやる。」

「…よろしいのですか?」

 エレクトラ自身、こうもあっさり彼が情報をくれるとは思っていなかった。だがマニングはその問に先ほどと同じ笑みを浮かべると『気にするな』と答える。何でそこまで嬉しそうな笑みを浮かべているのか…不思議に思うエレクトラは少しだけ彼に興味が沸いた…。




● PM20:45 オーメル管理下演習場内 北区 ローゼンタール陣 居住棟三階

明日行われる部隊戦闘演習でローゼンタールの相手はテクノクラートだ。そこにはカラードランク5のリュカオンがおり、彼女の実力は他企業にも知れ渡るほどで『白い狼』の異名は決して侮れるものではない。

 四脚特有のあの機動性をいかに殺しつつ攻撃を命中させていくか…彼女に対抗するにはネクスト二機による連携が必要だ。そのことをブリギットへ相談するため、マグタールは彼の部屋を目指していた。

居住棟の三階はリンクスのみが使用しており、彼の部屋はマグタールの部屋から数部屋隣ですぐに行くことができる。彼の名前が書かれたプレートの下がるドアを見つけるとノックを数回するが…中からの反応はなかった。だが確かに中には人のいる気配はあるため、念のためにもう一度…やはり反応はない。

 すでに眠っているのだろうか?相談は明日へ持ち越そうと考えたマグタールは部屋の前を離れようとしたとき、ブリギットの部屋のドアがゆっくり開いた。てっきり彼があけてくれたのかと思ったが開いたドアの向こうには誰もいない。どうやら中途半端にドアを閉めていたらしく、鍵もされていなかったようだ。

「…無用心だな。いくらローゼンタールの陣営内とはいえ―」

 ため息混じりにドアを閉めようと手を伸ばしたとき、ガチャっと違う場所のドアが開く。そこは部屋に入ってすぐそばにある浴室のドアだった。同時にぬれた髪をタオルで拭きながら誰か出てくるのだが…マグタールはその身体を見たとき思わず声を漏らした。

「え…?」

 タオルで頭を拭いているため顔が隠れ、相手はこちらに気がついておらず隠されていない水滴の滴る身体。細身のわりに出るところが出て結構大きめの胸…そして腰は括れ、そのわりにまた尻が…と、ここまでくれば理解出来るだろう。つまり目の前にいる人物は…。

「お、女っ!?」

「え…?」

 ついマグタールが大きな声を漏らすと彼女は頭を拭いていたタオルを取る。そこに見えた顔はブリギットだった。どういうことだ!?彼は男性では…!?頭の中で生まれた混乱に一瞬動きが止り、そこへブリギットは勢いよくマグタールの胸倉を掴み上げると強引に部屋へ引っ張り込んだ。同時にもう片方の手で部屋のドアを力任せに閉める。

 軽くバランスを崩しつつ部屋へ入れられたマグタールは急いで彼…いや、彼女のほうへ向きなおしこの事態に至った説明をしようとするのだが…それよりも早くブリギットは左手に持つタオルで彼の口を塞ぐとそのままベットへと押し倒す形となった。

「っ、マグタール! なぜここにいるっ!?」

「っ!」

 マグタールの上に覆いかぶさるようにして乗り上げたブリギットの視線は鋭く、殺気立っている。右手は手刀でも構えるかのように振り上げられた体勢で指が揃えられており、一直線に彼の目を狙っているのが分かった。

「くっ…貴様、見たな…私の身体を!! 知られたからにはいっそここで…!!」

 ブリギットの右腕に力が入るのが見える。そのまま振り下ろされればマグタールの左目は抉られる事となるだろう。必死で口を押さえるタオルを退け。

「もがっ、!? ま、待ってくれ!俺は―」

「問答、無用っ!!」

「くっ!」

 ブリギットが右腕を振り下ろそうとする。だがその瞬間マグタールは強引に身体を起こすと上に乗る形のなっていた彼女は大きくバランスを崩し、横へと倒れた。そこへマグタールは乗りかかると両腕を押さえるようにし。先ほどとはまったく逆の形となった。

「っ、離せぇっ!くそっ、離せよっ!!」

 暴れるブリギット。だがやはり力は女性のものであり、上から押さえる彼の手を跳ね除けることが出来ない。

「少しは落ち着いて話を聞け、ブリギット!!」

「っ!?」

「…まずは落ち着いて、話をさせてくれ。俺は君に害をなす気はない…それだけは理解してほしいんだ。」

「………。」

 真剣なマグタールの目を見たブリギットは腕から力を抜く。しばらくすると彼女はコクっと頷き、それを確認したマグタールはそっと手を退け、彼女の上から降りた。ブリギットは身体を起こすとすぐにベットシーツを掴み、自身の身体を隠すように巻く…。咄嗟のことだったとはいえ、裸での攻防に今になって恥ずかしくなったのか、その顔は真っ赤になっていた。

「…部屋を覗いたのは済まない。ドアが中途半端に閉まっていたのか勝手に開いてな…。明日の部隊戦闘演習のための連携を話したかったんだ。」

「…いや、私もすみません…。咄嗟の事でついカッとなってしまって…。」

「気にしないでくれ。あの時すぐに俺が部屋を出ればよかっただけの事なんだ…。…まだまだ…鈍いな…俺も。」

「…。」

「…。」

 お互い、相手を気遣ってか言葉が出ない。しばらく気まずい空白が部屋を包んでいたが。先にブリギットが口を開いた。

「…訊かないんですね。」

「え?」

「…なんで、私が男のスーツを着て、女であることを偽っていたのか…。」

「……話したいのかい?」

「っ、…。」

マグタールの言葉にブリギットは俯くと小さく首を振る。

「…話したくないなら、話さなくてもいい。それと、今のことは誰にも話さないから安心してくれ。…じゃあ、連携に関してはまた明日。…お休み、ブリギット。」

 彼はそれ以上何も言わず背を向けると部屋の出入り口へと歩いていく。ブリギットはただその背をドアが閉まるまで見つめていた…。





あとがき

 長編になったので前後編(または一日ずつ?)という形になってしまいました。
 戦闘すくないね…。シーン分かりにくいね…。途中結構乱雑だね…。ほんますみません。(しくしく
 とりあえず一日目は演習内容がたいしたことなかったので、各陣営のキャラ同士のかかわりがあいが多かったです。出番少なかった人は次回で番多くする予定ですので、ご安心を〜。
 ステイツに関する情報は倉さん提供資料ですので、間違ってません。
 しかし、マグタール…ドア閉めてなかったらいろいろまずいシーンがありましたね。裸の女性押さえつけてましたし…。まぁ、作戦通り(ぇ
 ブリギットが女性で〜っと言うネタは大分前からあったネタでしたので今回使用しました。…いや、決して裸での攻防が書きたかったわけじゃないよ、ウン。(目を背けつつ(ぇ
 彼女がなぜ女性を偽っていたのかも次回で分かる予定です。 ではは〜。

小説TOPへ