『オーメル合同演習 後編』


「これが、ネヴァン…だと?」

 未だに目の前で笑みを浮かべているベライズと、その横にいるドルチェ。彼女もまたベライズ同様に笑みを浮かべているのだが、グラムの表情は二人とは違い無表情に近いものだった。

「…外骨格は新素材、そして内部は人間の脳をモデルに構成された有機構成回路。システムには情報収集し、それらを元に自己思考、そして自己判断を可能としたものを採用した『完全自己成長型のAI』。それがネヴァンの正体ですわ。」

「人間を模した形と考えを持ち、同様の行動をより高い精度で確実に行うことができる。従来の無人機では不可能だった柔軟な動きと、不安定なリンクスを超える安定性をもったこの存在は素晴らしい兵器と思わないかい?グラム君。」

ネヴァンを挟んで、まるでセールスマンの説明の如く話を進めていく二人。そんな彼らにグラムは未だ表情を変えることなく聞き続けている。いや、若干だが雰囲気だけが先ほどとは変わっていた。それは『呆れている』というものから、『憤りを感じている』というものへ…。

「………。」

 ネヴァンの存在自体はグラムにとってあまり驚くべきことではなかった。一日目のグラムをことごとくコピーしたかのような動き。二日目のただ見ているだけの情報収集。そんなあまりのも不可解な行動を見れば、ネヴァンが人ではなくAIであるかも知れないという予想は簡単についたからだ。

「これが実践に投入されることを考えてみたまえ…。部隊の完全無人化。人のように疲れたり気を抜いたりせず、確実に任務を遂行するために恐れも迷いも無い。もちろん撃墜されても誰も死なないし、その上で従来までのAIを圧倒できる性能を持っている。まさに画期的だ。」

 グラムが憤りを感じているのはそんなことではなく、いまだに喜々として喋り続けているベライズの言葉と考えのほうだった。きっと彼は知らないのだろう、戦場というものをデータの上でしか。だからこんな、他の企業とゲームで勝負しているかのような言い方ができるのだ。



兵器が素晴らしい存在?確かに企業の生み出す兵器群の利益は計り知れない。それは少なからず、そこに所属する者たちの生活を潤している。

他者の命を奪うことになるだろうそれが完全無人機?確かに自軍の人的損失は抑えられるだろう。それはその家族や友人、多くの思いを救うだろう。

人を効率的に殺す画期的方法?確かに短時間で戦いが終われば周辺への汚染や破壊といった被害は小さくすむかもしれない。



…そんな理想が思い通りになるわけがない。現実とゲームは違うのだ。戦場を完全無人化することなどできるはずもなく、戦闘がおこれば確実に誰かの命が失われ、ネクストがいるだけでその場所は確実に汚染されてしまう。

それを彼はすべて機械が効率よく行い、自身で引き金を引くことも手を汚すこともなく、奪てしまうだろう他人の命の重さを背負うこともせず直視せず、結果という文字と数字で表現された戦場しか自分では見みようとしない…。

いや、それでしか見えないように世界を作りかえられると、本気で思っているのではないかとさえ感じる。…それが、素晴らしいだと?

『ふざけるな。』

 グラムは思わず心から漏れ出しそうになる言葉を飲み込む。表情を崩すことなく無表情なままに保っているのは彼の優れた忍耐力のおかげだった。

「あら?グラムさんはあまりお好きではなかったかしら?」

「そうなのかね?ふむ、それは残念だ。前線へ出るパイロットとして、感想を聞きたかったのだが。それに明日は君は待機し、ネヴァン一機だけで戦わせてみる予定だから出来るならいろいろと情報を―」

 そんな彼の心を知ってか知らずか、ドルチェは笑みを崩すことなくグラムの顔を覗き込むと呟く。いや、本当は分かっているのにわざと聞いているのかもしれない。それに対しベライズは本当に分かっていない様子で、本気で残念がっているようであった。

「…用はこれで終わりか?部屋に帰って明日に備えたいのだが。」

 これ以上話を聞く必要などなくなった。まるでそう言うかのようにグラムがベライズの言葉を遮るよう口を開く。ベライズはその様子に少しポカンと呆けていた。もしかして本気でグラムがネヴァンのことを驚くなり、何かリアクションを取ってくれると思っていたのか。

その予想が外れるとがっかりしたように肩を落とし、しばらくすると『じゃあ今日はここまでにしよう』と言い部屋の出口へ向かって歩き出した。後へ続き、歩き出すグラムは一度もネヴァンへと振り返らなかった。





●PM12:30 オーメル管理下演習場 南西2キロ地点 演習用旧市街地

 演習三日目。これから最後の対ネクスト戦闘演習が行われる旧市街地区でアルゼブラの専属エレクトラは自身のネクストへ搭乗し、準備を進めている。今回の演習は名前の通り各企業から参加、または雇われたリンクス同士が直接戦うものとなっていた。その相手は二日目で戦ったのとおなじ、オーメルだ。

 いつも通りの手順でネクスト、レッドドラゴンのチェックを終えると彼女はすぐに昨日の戦闘データの呼び出しをシステムへ、AMS経由で命じる。数秒と待たずに送られてきた情報はグラムのネクスト、ストラーフとその後ろにいたネヴァンの『TYPE-LAHIRE』に関するものだった。

 といっても、『TYPE-LAHIRE』に関しては戦闘に参加していないため外見のデータから構成パーツを予測、数値化した程度の情報しか存在しない。それに比べ、グラムのストラーフのものは模擬戦とはいえ一度でも戦っている分かなり豊富に集められている。

 エレクトラは先にグラムのほうの情報を分析することにした。機体の構成とそこから予測される攻撃パターン。そして昨日彼が見せた動きと、自分の中にある戦った記憶を重ね合わせていくことでより高い精度での戦闘イメージを行ってシミュレートしていく。

 とりあえずいつも通りの戦闘法で昨日はあまりいい結果が出なかった。今度がジャンプする高度をより低く、低空で高速移動しての攻撃パターンで試してみることにする。いくつかの行動手順で自身のレッドドラゴンの動きを入力しそれをさらにAMSでまたシステムへ。

そこからさらに予測される彼の動きを重ねたデータが戻ってくるとエレクトラは舌打ちした。やはり、こちらの攻撃は当たらず、逆にダメージを受けている…そんな予測が返ってきたのだ。

「…なんでかしら…?」

 確かに彼は強い、だがなぜここまで差があいてしまっているのか。自分の戦い方が悪かったか…?今度は距離を開けて戦ってみるイメージをする。ストラーフはクロスレンジでの戦いに適した機体であることは昨日の戦いで分かっている。だからこそ距離を開ければ何かしらの対応が可能かもしれないと思ったのだ。

 だがそれもまた、あまりいい予測結果が返ってこなかった。

「……なぜっ…!」

『私は彼に勝てないのか。』

 自身の心の中に浮かんだ言葉をかき消すよう首を振る。いったい何が足りないんだ…?何が…?考えれば考えるほど出ない答えに、まるでウィルオウィスプ…鬼火にでも導かれて死沼へはまって行くかのような気分へと追いやられていく。

いや、これが現実の戦場なら、今のエレクトラはすでにその沼へと沈んでこの世にはいないはずなのだ。なぜなら、実戦だった場合二日目の戦闘でグラムに落とされていただろうから。それを思えば今の気持ちを味わえるのはまだましなのかもしれないとさえ感じた。

 そんなとき、一本の通信がコックピットへと入ってくる。すぐにエレクトラは顔をあげて確認すると、相手はすぐ横にいる黄色い塗装がなされた『047AC−F』からだった。『047AC−F』はBFF製の機体で脚部にフロート型のものを採用したノーマルで、現在ではすでに旧式化が進みほとんどの戦場から姿を消しつつある。

それが今回ここにあるのはアルゼブラが雇ったジャーナリストが愛機としているためだった。通信回線をひらけばヘッドギアを身につけたマニングの姿が映し出される。

『よぉ。調子はどうだい?』

「あまり良いとはいえませんね。戦闘開始前で集中しないのですが、野良犬がじゃれ付いて来るのでうまくいきません。」

『はっはっは! 相変わらず口が悪い美女だ。』

 エレクトラの厳しい皮肉の言葉を気にした様子もなく笑うマニング。この男は神経というものがないのだろうか?とエレクトラは思ってしまう。

「特に用事がないのなら不用意な通信は切らせてもらいますが。」

『ああ、っと。待った待った。 なに、ちょっと言っておきたいことがっただけだ。』

 マニングの顔が急に真剣なものとなる。それに何かを感じたエレクトラは通信を切るためにスイッチへ伸ばしかけた手を止めた。

『昨日の戦闘を見て思ったんだが、あんたはシャッターを切るタイミングが恐ろしく早いな。』

「…? 何の話をしているんですか?」

『ああ、わるい。わかりやすく言えば、あんた相手をサイトに捉えてからトリガーを引いて攻撃するまでの時間が恐ろしく早い、ってことだよ。』

「……それが、何か?」

 いったい何を言いだしたのか。カメラマンのマニングで言うシャッター…リンクスであるエレクトラが言えばトリガーを引くのが早いことがどうしたというのか?逆関節の優れた瞬発力を生かした立体的で高機動な戦闘を得意とする彼女の場合、それは普通のことだと思っている。

『いや、褒めてるんだよ。普通の奴はファインダーに被写体をとらえてから、すぐに一番いい撮影タイミングを見つけてシャッターを切ることは熟練の技と才能がいる。』

 話ながら通信画面の中でマニングがカメラを取り出した。あの時の、初めて会った時に見たい妙な形状の古いカメラだ。

『だがあんたはそれを最速で捉えてトリガーを引いているんだ。要は刹那のチャンスを全く逃さない。』

「…だから、それがいったいなん―」

『だから変にいろいろ考えないで、その感覚に任せて戦ってみろよ。…てことを言いたかったんだよ。』

「っ…。」

 未だに彼の言うことが理解できなかったエレクトラは多少苛立ったように声を上げようとした。だがすぐに彼が続けた言葉に、自身の声を思わず飲み込んでしまう。

「………言われなくてもそんなことわかっています。」

 しばらくして絞り出した言葉は苛立ちが消え、いつも通りの口調に戻っていた。

『そうか?ならいいけどな。…俺が言いたかったのはそれだけだ。集中するの邪魔して悪かったな。』

 マニングはまた笑みを浮かべると通信を切る。同時にエレクトラはすぐに相手側の分析を再開するのだった。





●PM13:30 オーメル管理下演習場 東南7キロ地点 演習用人口渓谷

 演習開始と同時にテクノクラート側のリンクス、ハーケンとリュカオンは移動を開始する。対ネクスト演習でテクノクラート対ローゼンタールに与えられたステージは一日目で使用した渓谷エリアであり、あまり広いとは言えない地点だった。

 ここでは射程距離が長いスナイパーライフルを主兵装とするハーケンのニーズヘッグも、高速突撃戦術を得意とするリュカオンのヴィシュヌもその力を最大限に使うことが難しかい。ゆえにここを抜けた砂漠で相手と接敵することが最も好ましかったのだ。

 だが速度を上げ、早く突破しようにもこの渓谷の狭さは一日目に二人とも体験している。無理して壁に激突、戦闘が始まる前にダメージを受けていたのではあまりよいとはいえない。

特に今回のように演習で模擬弾を使用、ダメージやパーツの耐久力などが数値化してある場合それらの設定は通常の状態に比べかなり制限がついたものとなっている。そのため、いつもより無理はしにくいという部分もあった。

「なぁ、一つ提案があるんだけどいいか?」

『…。なんだ?』

 もうすぐ渓谷を抜けるあたりでハーケンはリュカオンへ通信をひらいた。

「試してみたいことがあってな。ガトリングキャノン積んだやつの相手は俺がさせてもらっていいか?」

『…昨日お前が相手にしたのと同じ機体か。そのために今日の相手もローゼンタールを選んだわけか。何か因縁でもあるのか?』

 実は今回の演習、対戦相手となる企業は決定していなかった。そのため、リンクス達がお互いに戦いたい相手を指定することができるという形をとったのだが、その際テクノクラート側はローゼンタールとの対戦を希望した。それを申し出たのも、ハーケンの意見からだったのだ。

『一度戦ったことのある相手だったら戦いやすいから勝ちやすいだろ?』

 そんな単純な理由。だがここにきてまた提案を出したハーケンはもっと違った理由でこの対戦相手を選んだのではとおもったのだろう。

「なに、ちょっとした借りがあるんだよ。ちょっとした、な…。」

『…まぁ、別にかまわない。 私はもう片方だけを相手にさせてもらう。』

 それだけ言うとすぐにリュカオンは通信を切ってしまった。先ほどの言い方だと、こちらがピンチになっても援護する気はなく、おそらく本当に片方のネクストの相手しかしないつもりなのだろう。だがそれでいい、ハーケンはついコックピットの中で笑みを浮かべた。

「今までの借りは全部返してやるぜ…クソ餓鬼。」

 その顔は酷く歪な、それでいて恐ろしいもののようであった…。

渓谷を抜けると同時に広がる砂漠地帯。さらにレーダーには接近してくる機影が二つ、映し出された。それがローゼンタールの二人、マグタールとブリギットだろう。

「さて、使ってみるかねぇ。トラウマってやつをよぉ。」

 ハーケンは呟くと自身の中で何かゾワリと逆立つ感覚を味わう。それは戦場で味わう恐怖と言うものにどこか似ているようであった。だが同時に頭の中に血の集まるような暑くなる感じをも襲ってくる。さらにAMSの負荷設定を戦闘時よりも高めに変更。ニーズヘッグはQBを噴かすと速度をあげた。





「敵機確認…テクノクラートの二機だ。」

 砂漠を走るキラービーポッドと、それに並走する濃い青のローゼンタールカラーをした『TYPE-LANCEL』。二機は前方に見えていた渓谷から飛び出してくるネクストを確認するとお互い前と後ろ、それぞれへ位置を入れ替えた。

『こちらでも確認しました。予定通り援護に入ります。』

 前に出るキラービーポッドに対し後ろへと下がるブリギットの『TYPE-LANCEL』は左背に装備されているチェインガンと右肩の拡散型ミサイルポッドの蓋を開放。攻撃態勢へ入ったのを確認したマグタールも両背のガトリングキャノンを展開した。

 敵とはお互いに接近しているため、すでに距離は攻撃可能な位置まで急激に近づいていく。先にトリガーを引いたのは相手側の紫のネクスト、ハーケンのニーズヘッグだ。右手に持ったスナイパーライフルは一直線にキラービーポッド目掛けて放たれるが、マグタールは冷静にそれを回避、反撃のガトリングキャノンを放った。

 同時にブリギットもチェインガンを発射、一発だった相手に対し多数の弾丸が豪雨のように降り注ぐ。だがニーズヘッグもそれをQBの連続で回避、反撃のASミサイルとグレネードを放ってくる。狙うのはまたキラービーポッドらしい。

 それに合わせ側面からは白い四脚ネクスト、ヴィシュヌが突進。後ろにいたブリギットめがけて攻撃を仕掛けてきたのだ。咄嗟にマグタールとブリギットはお互いに散開、自身へ集中して攻撃を仕掛けてきている相手へ集中して相手するように動きだした。

「……?…なんだ…?」

 そこでマグタールは二つの事に気がつく。ひとつはテクノクラート側の二機がお互いに連携し合わず、ハーケンはマグタールへ、リュカオンはブリギットへと、決まった相手しか攻撃しようとしていないこと。だがこのこと自体は二日目に戦った際も同じような様子だったので別に驚くべきことではない。

 もう一つは今相手をしているニーズヘッグの動きだった。二日目の時に比べ今回の戦闘は妙にニーズヘッグのQBが早く、こちらの攻撃に対する反応も速い。多数のガトリングキャノンの弾丸を細かいQBで避けたかと思えば、即座にライフルで反撃を仕掛けてくるのだ。

 数発が装甲を捉えると白い塗装ごと抉り取るかのように歪な弾痕を刻みつけていく。後ろへと一歩下がったキラービーポッドはガトリングキャノンの弾幕を張りつつ側面へ回り込もうとするも、ニーズヘッグは両肩のASミサイルを使って牽制と追尾、またQBターンを使って追いついてきた。

「っ、明らかに、速いっ!」

 昨日と違い距離を開けず高速戦闘を仕掛けてくる相手にじりじりとキラービーポッドは押されだす。視界の端ではヴィシュヌの突撃戦法に翻弄されつつも、何とか回避を続けているブリギットの姿も見えていた。少しでも援護になればと右手のレールガンへ武装選択を変更、ヴィシュヌへ狙いをつけようとするのだがそこへニーズヘッグから四連装の速射型チェインガンが降り注ぐ。

『てめぇノ相手は俺ダロうがよオォッ!よそ見してンじゃねぇぞガキガァッ!!』

「ちぃ、っ!? しつこい奴だな…貴様はぁ!!」

 どこか調子はずれになっているハーケンの声に吠えるように声をあげるマグタール。キラービーポッドへ激しく叩きつけられる弾丸の雨を正面から受け止めつつ、ガトリングキャノンのトリガーを引いた。

お互い近い距離での激しい応射。すでに両者とも攻撃を避けることよりも相手へと一発でも多くの弾丸を叩き込むべく、まさにどちらが先に倒れるかの根競べ状態となる。だがその撃ち合いは不意にニーズヘッグのものが止むとあっさり決着がつくことになった。

 四連装チェインガンの弾切れ、ではない。どういうわけかわからないが急にぴたりと攻撃がやみ、そのまま何もすることなく被弾し続け、ニーズヘッグに想定されていた装甲耐久値をキラービーポッドの攻撃が上回る。

つまり、ニーズヘッグが撃破されたと判定が出たのだ。同時にキラービーポッドのロックオンも自動で外れ、過度の攻撃を抑えるべくトリガーへロックが働く。

『な、ぐっ…!?…ごふっ!? 血、ぃかよ。ってか、時間…みじけぇっ…!ぐぷっ、ふ…、くそったれ、がっ…!!』

 通信から聞こえてくるハーケンの声には妙な音が混じっていた。まるで鼻詰まりでも起こしたかのような濁った声…。映像は映し出されていないが、彼の言葉からは出血しているらしい。

「っ、そうか…AMSの出力をあげていたのか。」

 おそらく彼は何らかの方法で自身のAMS適正限界を突破、高い負荷出力下で機体を操作していたのだろう。確かにそれならあの反応速度は説明がつく。だがそれは同時に自殺行為でもあった。

 AMSとは乱暴に言えば神経と機体とを直接繋ぎ、操作するシステムだ。それは今までのノーマル等で採用されている操縦方法では対応しきれなかった反応速度とより細かい動きを可能とする反面、直接情報などを神経でやりとりすることで大きな負荷がかかるという弱点も存在している。

 またそれも全員ができるというわけではなく、一部の限られた適性をもった人間でようやく可能となり。さらにその適性も各人によって可能なレベルが異なるため、高いレベルで可能な人もいれば、低いレベルでしか行えない人もいる。

 そしてその限界を超えるほどの出力で機体を操縦すればそれに見合った速度での動きを強引に引き出すことができるが、同時に神経自身にもかかりすぎる過負荷で毛細血管が破裂したり激しい頭痛、さらには精神汚染にまで襲われる危険を孕んでいるのだ。

 今のハーケンはまさにそれだ。だから攻撃も途中で止まり、動くことさえできなかったのだろう。なぜそんな無茶をしてまで彼は戦ってきたのか。昨日話していた借りを返すためだろうか?

「………。」

 マグタールは片膝をついて擱坐したニーズヘッグを少しの間眺めていたが、すぐに意識を切り替えるとブリギットの援護へと向かうのだった…。





●同時刻 オーメル管理下演習場 南西2キロ地点 演習用旧市街地

 ネクストが二機並んでも余裕があるほどの広いメインストリートをレッドドラゴンが高速で走る。一瞬だけ光を放つQBの噴射衝撃を至近距離で浴びたビルから残されていたガラスが数枚、粉々になると砕け散った。

そのすぐ後に追尾してくる黄色いオーメルカラーのネクスト。右手に持ったアサルトライフルから撃ち出された弾丸がさらにそのビルへ命中、先ほど砕け散ったガラス窓のあった場所はその周辺ごと粉々に砕け散り、コンクリートの雨が降り注いだ。

それを浴びつつさらに加速。レッドドラゴンを追うネヴァンの『TYPE-LAHIRE』はPMミサイルを放つ。斜め上へ撃ち上げられたミサイルは途中で弾道を変更、レッドドラゴンへと襲いかかる。

 だがエレクトラはそれを冷静に見極め、弾道を予測するとすぐ右側にあるビルへと隠れた。同時にQBターンで反転、ミサイルがビルへ命中し迎撃に成功すると器用に右腕だけをビルの影から出して、手にしているマシンガンのトリガーを引く。

 しっかり狙いをつけているわけではないが軽い牽制程度。『TYPE-LAHIRE』はそれを大きくQBで回避すると違うビルの間へと消えた。

「……ふん。」

 そこでエレクトラは苛立ったように小さく鼻を鳴らす。理由はオーメル側の相手があの黄色い『TYPE-LAHIRE』しか攻撃してこないことだった。演習が始まると同時にグラムのストラーフと、二体で挟撃してくることを予想していたのだがその様子は全くない。

 むしろ、二日目とは逆に全くストラーフが動かずに黄色い『TYPE-LAHIRE』だけが攻撃をしけて来ている。それはいったいどういう意味なのか…?こっちが一人しかいないからフェアプレーのつもりか?だがそれはエレクトラにとって屈辱でしかない。

「こちらが一機だと思って舐めているのかしら…?」

 おそらくはストラーフのリンクス、グラムの考えではないだろう。二日目に戦ってわかったがあの男は戦闘に関して完全な合法主義だと思うから。無駄のない攻撃を的確に、許容もなく慈悲もなく仕掛けてくる。それは戦場ではとても恐ろしい相手だ…。

となると残りはあの『TYPE-LAHIRE』のパイロットか、オーメル側の考えたことだろう。

「…でも…。」

 それよりなのより、癇に障るのはあの『TYPE-LAHIRE』の動きのほうだった。先ほどから戦っていても見せる動きは二日目に見せたストラーフの動きに似て、いやそのものではないかと思うほど…。

 最初は『TYPE-LAHIRE』にグラムが搭乗しているのではないかと思ったが、それにしては動きが時折急に鈍くなったりすることがあるし、何よりあの上位リンクス特有の気迫ともいうものが感じられなかった。まるで淡々とこちらを攻撃する機械のような調子。

 レッドドラゴンはビルの陰から飛び出すと大きくジャンプ、真上から市街地を見下ろした。同時にビルの間で立ち止まっている『TYPE-LAHIRE』が見える。なんで回り込むなり追撃を仕掛けるなりしてこなかったのか。

 そこでようやく上を飛ぶレッドドラゴンに気がついたのか、『TYPE-LAHIRE』はこちらに向け接近してくる。そのまま真下を通って行こうとする動きはやはり二日目に見せたストラーフの動きだ。

 そこでレッドドラゴンはすぐにジャンプをやめ、QBで『TYPE-LAHIRE』と位置を合わせると真上へ着地する様に降下した。それに明らかに遅い反応を示す『TYPE-LAHIRE』。それはまるでどうすべきかわからず、迷ったかのようだった。

 激しい着地の衝撃と擦れ合い歪む黄色い装甲。両肩口へめり込んだレッドドラゴンの脚部から『TYPE-LAHIRE』のフレームが圧し掛かる重量に軋む音が響いてくるようであった。仮にこれがストラーフ相手だたら余裕で避けられていただろうに。

「状況判断がまだまだね。」

 レッドドラゴンはそのまま足場かわりに『TYPE-LAHIRE』を蹴り飛ばすと空中で反転、グレネードを容赦なくその背中へ叩きこみ、回避するだろう方向へ予め向けておいたライフルで簡単に追撃を仕掛け、動きを制限させる。

 一発、二発…三発目のグレネードが直撃するとオペレーターから『TYPE-LAHIRE』の想定耐久値をダメージ値が越えたことが告げられた。

「敗因はたった一つ…。あなた達は私を怒らせた、ただそれだけよ。」

 着地し、動かなくなった『TYPE-LAHIRE』へとエレクトラは吐き捨てるように言い放った…。





●PM16:00 オーメル管理下演習場 北区 ローゼンタール陣 第一滑走路

 演習を終えたローゼンタールスタッフ達が慌ただしい撤退準備を進めていく。大型輸送機に資材やネクスト積み込んでいく中、マグタールは輸送機に乗ろうとするところでブリギットへ引きとめられた。

「…お疲れ様でした、マグタール。あなたと組めてよかったです。」

「こちらこそだ。短い間だったが、一緒にいて君の成長には驚かされた。」

 差し出されたブリギットの手を握る。自身の手に比べ随分と小さく、柔らかい手。今はまた最初に会ったとおりスーツ姿で男装している彼女だが、少し照れくさそうに頬を赤らめて笑うのを見るとマグタールは改めて彼女が女性であることを実感する。

「お世辞はやめてください。あなたに比べればまだまだですよ。」

「いや、最後の演習で君はランク5を相手にしっかり戦い抜いたじゃないか。」

 実際、撃破こそできなかったが彼女はリュカオンのヴィシュヌ相手に十分善戦した。それは演習一日目で見せたあの未熟で焦りを感じる動きからは想像できないほどの成長である。

「ふふっ、ではそのほめ言葉しっかりと受け取っておきます。 …マグタール、私が男装していたのは、ある目的のためなんです。」

「目的…?」

 ふいにブリジっとが浮かべていた幼い笑みを隠すと、ゆっくりと話しだす。

「…ローゼンタールの象徴機、ノブリス・オブリージュはご存知ですか?」

 ノブリス・オブリージュ。『高貴な貴族が負うべき責務』と名付けられたそれは企業解体戦争時代からローゼンタールの先頭に立って戦った有名なネクストだ。前標準型フレームの「TYPE-HOGIRE」を基本に両背へ専用の大型三連装レーザーキャノンを装備した純白の機体。その姿は正に翼を広げた天使の如く、戦場では多数のネクストを葬るローゼンタール最強の剣。

「ああ、知ってる。」

「私の夢はあれに乗ることなんです…。」

「…それと男装と、いったい何が関係を?」

「…知っていますか?今まで何人ものノブリス・オブリージュを受け継いだリンクスは存在しますが、その中には女性リンクスが一人も存在しないことを。」

 確かに、歴代のノブリス・オブリージュへと搭乗したリンクスたちは皆男性だった。それは少数精鋭主義を基本とするローゼンタールの中で、少ないリンクスからさらに少ないだろう女性リンクスだからか。

「ある意味、くだらない一緒のジンクスの類みたいなモノなのかもしれません。でも仮に、女性だからという理由で選ばれないとか、…そんなのがあったら嫌だったんです。」

「…ブリギットはなんでそこまでノブリス・オブリージュに憧れるんだい?」

 小さく俯いたブリギットへマグタールはやさしく声をかけた。

「…昔、テレビで見たんですよ。 白い機体がまるで翼でも広げた天使…いや、戦乙女みたいに戦場を駆け抜けて敵を倒していく姿。それがすごく格好良くて…。…それがきっかけでした。少し子供っぽいですか…ね?こんな理由でリンクスになるなんて、不純ていうか…。」

「いや、そんなことはない。 …俺も君がなれることを願っているよ、ブリギット。」

 微笑みと共に手を差し出すマグタール。ブリギットはそれに嬉しそうに答え、「ありがとう」とつぶやく。それは慌ただしい滑走路に響く輸送機のエンジン音のため、彼にだけしか聞くことができなかった…。





●同時刻 オーメル管理下演習場内 西区 アルゼブラ陣 第二滑走路

 他陣営同様、アルゼブラ陣営でも撤退の準備が慌ただしく進んでいる。自身のネクストを輸送機へと積み込み、固定を完了したエレクトラも輸送機に乗りこみ帰路へ就こうとタラップをへ足をかける。

 その瞬間、ひらりと何かが彼女の眼の前へと飛んできた。それは小さい紙飛行機…いや、使われているのは紙ではなく、もっと高い素材だった。

「まっすぐ家にお帰りかい、美しいお嬢さん。何だったら帰り道に寄り道して、バーにでも―」

「貴方の誘い文句程度では行く気にもなりませんね。」

「あちゃ〜。こいつは厳しいなぁ…。」

 振り返れば案の定、立っていたのはマニングだった。彼も先ほどから自身のノーマルを輸送機に積み込み、撤退の準備をしていた。

「用件はなんでしょう?情報料の請求でしたら後ほど―」

「いんや、ただ挨拶しに来ただけだぜ。」

「…ずいぶん暇なんですね。あなた。」

 呆れたようにため息をつくエレクトラにマニングは笑みを崩すことなく続ける。

「あんたの写真、なかなか面白かったぜ。今までとったネクストの中じゃ会心の出来だぜ。」

 そう言って見せたのは『TYPE-LAHIRE』を撃破した際の写真だった。いつの間に撮ったのか、擱坐し動かなくなった『TYPE-LAHIRE』に背を向けて立ち去るレッドドラゴンが映し出されている。

「名づけて『紅龍の力量』ってところか?どうだい、一枚。ほしかったらあげるぜ。」

「生憎、興味ありません。」

「だと思った。代わりにそいつをやるよ。タイトルは『苛烈な龍の美女』ってな。あばよ〜。」

 あっさりと言い放つエレクトラにマニングは頭をかきつつ背を向ける。エレクトラもマニングいに背を向け、またタラップを上ろうとした時、次の段に落ちている紙飛行機が目に付いた。

 代わりとはこれのことだろうか。拾い上げたエレクトラはそれが写真であることにに気がつくと、広げてみる。そこに写っていたのはレッドドラゴンから降り、ヘルメットをとった瞬間の自分自身だった。

 強い日差しの中、ヘルメットから解放され広がる金髪と汗に光る肌。そして小さく浮かべた笑みは勝利への一瞬の喜び…。それらが綺麗に一枚の写真に納まっていたのだ。

「…また会うことができたら少しは話相手でもしてあげるわ、野良犬さん。」

 エレクトラはそれを胸元へしまうと、改めてタラップを上り出す。その顔には写真より優しげな笑みが浮かんでいた…。





あとがき

ようやく完成…。長かった…。一か月どころか三カ月かかった…。(滝汗
同時にその間にいろいろあった…本当に忙しいやらなんだったのやら、わからない三ヶ月でした。

次回は…次回こそはもっと早く上げてみせます!! だから参加者の皆様、またのご参加をお待ちしております。
そしてこんな拙いものを読んでくれた読者様、ありがとうございました。

…何この最終回っぽい乗り(汗
…いや、最終回じゃないですよ、また頑張りますよ!!マジで!!(結構必死(ぁ

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