Wiseman Report
『ミミル軍港攻防』

 ミミル軍港。侵食海岸を利用した天然の要害であり、インテリオル内部ではその重要性が極めて高い拠点のひとつでもある。入り組んだ洞窟内部と渓谷状に囲まれた水路は周囲を軍港として使用され、または洞窟はドックとして使用され、艦船にとって非常に利用価値が高く、同時にその地形こそが防衛施設そのものとなる。地理的にも条件がよく、GAにとっては頭を痛める存在となっていた。

 以前にもこの施設へGAはネクストを投入し、攻撃を行ったことはある。そのときは多くに被害をインテリオルに与え、試験調整中だった新型AFスティグロも破壊して見せた。だがそれでインテリオルがこの場所を放棄することはなく、今では再建された軍港はあの時以上の戦力と防衛能力を持つ重要拠点へと進化を遂げることになってしまった。

「難易度は更に向上…かな…?」

 そんな資料に眼を通していたフェルは小さくため息をつく。空母の飛行甲板で海から吹き抜ける潮風にショートカットのサファイアブルーをした髪を揺らし、同じくサファイアブルーの瞳を閉じる。ここまで読んだだけで以前の記録と現在の駐留戦力、その差は1,3倍近くに跳ね上がっているのがわかった。

『046AC1190』や『047ST1260』などの武装強化艦を中核とし、BFF社製の拠点防衛ノーマル『061AC−SH/G」』や『MAMLUK』などの多数のMT。自分ひとりで相手にするにはいささか数が多すぎるようであった。

 直ぐ横で膝を突くようにして出番を待っていた愛機カオス・ブルームを固定するデッキが、揺れる波から機体が傾くのを押さえつけキシシと小さく音を立てるのを耳にし、フェルは目を開ける。カオス・ブルームは機動力と装甲、本来なら反発し合うその二つをうまく両立させたネクストだ。今回のように狭いところでは装甲を、開けたところでは機動力を充分に使って戦うことが出来る優れた汎用性がある。

 しかし、実際のところはいささか火力不足が見られた。特に今回のような拠点攻撃ではカオス・ブルームが装備している標準型ライフルや四連装チェインガンは数を相手にすることは可能でも破壊に手間取ってしまう。圧倒的に数に差があるミッションでは囲まれる前に一気に攻撃できる、もっと高火力で広範囲に攻撃できる武装のほうが有効なのだ。

 このミッションで自分はどう戦うか…そう考えをめぐらせようとしていたそのとき、周囲があわただしくなるのに気がついた。みれば飛行甲板に一機の大型輸送機が垂直着陸をしようとしていた。大型といっても、こちらは空母であり飛行甲板には余裕で着陸することが出来る。少しだけ着陸した瞬間、船が傾いたためフィルは近くの固定デッキに手をつくと、もう一度顔を輸送機へと向けた。

 ソコから出てきたのは無限軌道の脚部を持った黒いネクストで、機体の胸にはカラーリングのおかげでひときわ目立つ黄色い有澤重工のマークが入っている。フェルは今回一緒に任務を受けるリンクスがいることは話に聞いていた。つまりあれが有澤のリンクス天恒勇の駆る重量級ネクスト睦月なのだろう。

 有澤重工は昔から大鑑巨砲主義に似た思想をもつ企業であり、武装ももちろんそれにあわせて大口径、大火力を併せ持つ大型グレネードが主兵装となっているのがみてわかる。というより…それしか装備していないのだ。他の装備といえば、肩装備にあるフレアくらいしか見える範囲では確認できない。ある意味でフェルのカオス・ブルームとは逆に局地戦仕様に近い。

 前進してフェルのほうに近づいてくる睦月。フェルの存在に気が着いたのか停止すると無骨なラインを持った頭部が動き、カメラが倍率を上げてこちらを見ているのがわかる。そうして、挨拶でもするように手を上げて見せたのだ。高性能兵器であるネクストが人間臭い行動をとる様子は、何処となく笑えるものがあった。

 バシュンっと睦月の胸部装甲の一部が開くと、ソコからパイロットが降りてくる。黒くて長い髪の先の方をゆるく三つ編みにするようにまとめた彼女はフェルよりも幼いか、同じくらいの年齢に見えた。

「ねぇ〜。君がフェル?」

「は、はい。あの、今回の依頼を受けたフェルです、よろしくお願いします。」

 少しだけ波と風の音が五月蝿く、お互い少々大きく声をはり上げて話して。睦月のリンクスはそれが少し嫌だったのか、タンク型の脚部の上から飛び降りるとフェルの眼の前へと走って近づいていった。

「僕は天恒勇。こっちこそよろしくね、フェル。」

 勇はにっこりとかわいらしい笑みを浮かべると手を差し出す。フェルは少しだけ恥かしさからためらいつつも、静かにその手を取るとしっかりと握手をした。お互いまだ小さく、幼くて柔らかい手。二人ともが互いに、今回のパートナーであるリンクスがこのような相手であることに少し驚いているようで。それと同時に、少しだけ親しみやすそうなことに感謝するのだった。

「…あの、そ、そのままだと呼びにくいから、勇ちゃんって呼んでいいですか?」

「え? …うん、構わないよ。僕だって君の事さっきからフェルってもう呼んでるし。」

「じゃぁ…呼ばせてもらいますね。勇ちゃん。」

「うん。…えへへ、なんだかこうやって改まると少し照れくさいかな。」

 少しだけ赤らめた頬を指でかく勇に、フェルは小さく笑みを浮かべて答える。

「……お互い自己紹介が終ったところですまないんだがな、嬢ちゃん方…。」

 そんな時、二人の横から聞こえた声。二人揃って驚いた様子でそちらに顔を向けると、苦笑交じりに頭をかいている空母の甲板要員が立っていた。

「早いところこれを動かしてくれ。次の航空機が着艦できないんだ。」

 指差されたのは甲板滑走路中央で、先ほど挨拶するように片手を挙げたままのネクスト睦月。それを見たフェルと勇はお互いに顔を合わせると、ついつい笑ってしまうのだった…。




「貴方は、何故戦うんだ?」

 いきなりの質問にリュカオンは取りかけた艦内通信用端末の受話器を持つ手を止め、質問をした主のほうに顔を向ける。それにあわせて少々珍しい白髪に少々黒髪の色が混じって灰色に見える、ウェーブのかかった髪が揺れた。

 彼女はテラノクラートの所属であり、『白地の狼』という異名をもつ上位リンクスだった。その強さも、長年戦場に身を置くことで身に着けたものなのだろう。彼女の顔には顎の右下から肩、そして胸にまで届く古傷があり、一部見えている。そのような代価を払ってまで得た結果だった。

「ずいぶんと奇妙な質問だな。まるでお前はその答えを持ち合わせていないような言い方だが…?そうなのか?」

 小さく余裕を持った笑みを浮かべるリュカオンは受話器を取る手の動きを再開しつつ、表示された案内にしたがってブリッジへとチャンネルを合わせた。早速管制官に艦長へ取り次ぐように言うのだが、生憎ブリッチは少々立て込んでいるようでしばらく待つようにと指示を受ける。

「質問に質問で返さないでくれ。…どうなんだ?」

 その間も、彼は引き下がることなく質問を再度投げかけてきた。彼はランクNo.14のリディルというリンクスであり、今回のミッションで一緒に行動することになった人物であった。焦げ茶色の混ざった茶髪を短くまとめており、背はリュカオンより若干高めで肉好きも良い。彼とは先ほど挨拶しあってから、直ぐに今の質問を投げかけられたのだった。

「さぁ、どうだろうな…。というより、今いえることは『答えたくない。』が正解だな。」

「…何?」

「わからないか? 会ったばかりの信用もしていない人間に自分の存在意義に近いことをやすやすと教えられるほど、私は優しくもない。それが今言える答えだ。」

 それはまるで、このミッションで信用できる人物だと証明できあたら教えてやる、そういっているようだった。リディルもその言い分に納得はしているようで、それ以上質問をしようとしない。そのころようやく先ほど呼んだ艦長が受話器の向こうで出たようで、少しだけ年を重ねた印象を受ける野太い声が聞こえる。

『どうしたね、リンクス。』

「艦長、ミッションの時間が迫っているようだがまだ目的地店には着かないのか?」

 通信用端末を操作しリュカオンは自分以外にもそのやり取りが聞こえるようにする。理由はもちろん横にいるリディルにも聞いてもらうためだ。今二人はインテリオルの輸送艦でミミル軍港の支援に向かっているのだが、生憎ミッションを依頼したところから行動が遅かったようで既に襲撃をするGAの部隊はミミル軍港に到着しつつあるだろう予測時間が迫っていた。

『仕方ないだろう。情報部からの今回のGAの動きに関する報告が遅かったのだ。これでも本艦は出来うる限りの速度で急いでいる。』

「だがそれでは間に合わない…ちがうか?それでは私や彼のミッションは失敗に終ってしまう。それは困るんだ。」

『ではどうしろというんだ?リンクス。この艦に空でも飛べというのかね?』

「いや、カタパルトデッキの使用許可が欲しい。」

『なに?』

 艦長の困惑した声が聞こえ、リディルも同じような声を出したい気分だった。

「すまないが私達はここから発進する。この艦の足より、我々のネクストのほうが速い。」

『ずいぶんと無茶をするんだな。』

 確かにネクストの推力ならある程度高速移動をしながら、出力を一定に保つことで充分水面の上をホバーするかのように移動することが可能である。それにコジマ技術を利用した高出力ジェネレーターのおかげで、通常のACなら不可能な距離を移動できるほどのエネルギー量も持ち合わせている。しかし、それは『可能』であって『確実』ではない。

「この地点からならミミル軍港まで50km程度だ。この距離なら充分ネクストでも海上移動に必要なエネルギーは備わっている。何より、そうしなければ彼らを守ることが出来ない。」

『……分った、準備をしよう。リンクス、そちらも出撃準備を整えてくれ。』

「ああ、無茶を言ってすまないが、よろしく頼む。」

 リュカオンは受話器を通信端末に戻すとリディルのほうに向きなおす。

「聞いたとおりだ。今すぐ準備に取り掛かってくれ。」

 リディルも頷くと自分の愛機のほうへと走っていった。同時にあわただしくなる周囲を気にすることなく、リュカオンも着ていた衣服を脱ぎ捨てパイロットスーツに着替え始めた…。




 ミミル軍港の入り口、ソコを守っていた戦艦のレーダーに何かが接近する機影が写る。すぐさま艦長は迎撃準備と号令をかけようとしたが、次の瞬間遠方から撃ちだされたグレネード弾が命中。激しい爆発にその全てを飲み込まれながら、やがてゆっくりと冷たい海へと沈んでいく。

『一隻撃沈!続けていくよ〜。』

 海上をホバー移動してくるタンクタイプのネクスト、睦月の両肩に装備された大口径グレネードがまた左右交互に火を噴く。その一撃に激しい爆炎と、黒煙が高々とミミル軍港の敷地内で上がるのがフェルも確認できた。

 思ったとおり。勇の睦月はグレネードという武装しか装備していない分、こういう拠点攻撃に向いている。だがその弱点は攻撃力が高すぎる分火砲の制御が難しいのと、発射間隔が長いことや射程距離、重武装で低下した機動性の問題から接近戦を苦手とすることだった。

 だがフェルはその弱点も心得ている。早速小回りが利かない睦月へと攻撃しつつ接近してきたACに四連装チェインガンを叩き込み、穴だらけにしていった。

「あの、近寄ってくる敵や撃ち漏らしは、私が対処するから、勇ちゃんには敵艦隊への攻撃をお願いしていいですか?」

『OK〜、任せるよ。それならフェルは僕の後ろについて、防御ならこっちが上だから。』

 前進しつつ、更に次々とグレネードを軍港へと叩き込む睦月。一瞬して火の海になった中で、戦艦たちは一斉に対空機関砲やミサイルを二体に向けて発射する。だがその程度の攻撃なら、PAを持った上に実弾防御に優れた睦月に致命傷を負わせることは難しい。命中し、睦月のグレネードほどでないにせよ激しい爆音が轟く中、黒煙を押しのけて現れた黒いボディに目立った損傷は余り見られなかった。

 ソコへ反撃とばかりに降り注ぐカオス・ブルームのチェインガンの雨。圧倒的な数の弾丸は残っていた戦艦を次々に穴だらけにし、戦闘不能に追いやっていく。そんな二体を相手に駐留部隊が撤退を開始するのは、それほど時間のかかることではなかった。

 だが撤退するとなると、今度は要塞として優れているはずだった侵食海岸特有の入り組んだ地形が邪魔になり、その速度はお世辞にも速いとはいえない。

『このまま一気に行くよ!!』

「っ、まって勇ちゃん! 何か高速で接近してくる。その速度は…ネクスト!?」

 既に半数以上を撃破して、更に追撃しようとする睦月の前にカオス・ブルームが飛び出し、とめるように手をかざす。勇もフェルの声にレーダーに意識を向けると、接近してくる赤い光点が二つ見られることをAMS経由で伝えてくる。その速度は先ほどまでの戦艦の移動速度とは比較にならないほどだ。

 入り組んだ洞窟の限られたスペースを、速度をほとんど落とすことなく進んでくる機影は直ぐにでもこちらに接触できる距離まで来ている。フェルはその方向へライフルを構えて迎撃準備を取るのとほぼ同時に、向かってくる白い機体と青い機体が見えた。

 直ぐにAMS経由でデータの照合をコンピューターに命じると、数秒とたつ前に答えが帰ってくる。両機ともランクは勇やフェルより上の存在。特に片方は一桁ナンバーを持つほどの実力者だ。

「No.5のアルジュナにNo.14のフラグメントが相手じゃ弾薬の消耗している私達じゃ勝てない。勇ちゃん、撤退しないとっ!」

『でも、まだ戦艦は残ってるんだよ。まだ…もう少しだけっ!!』

「っ、だめだよ、勇ちゃ―」

 フェルの制止を聞かず、グレネードを二体めがけて発射する睦月。だがそれは二体のどちらにも命中することはなく、あっさりと回避されるとフラグメントから反撃のハイレーザーキャンをくらい逆に頭部を吹き飛ばされた。いや、熔け飛んだ、というほうが正解かもしれない。レーザーの高熱は一瞬して睦月の無骨なラインを持った頭部を白熱させると、次の瞬間爆発したのだ。




『敵は二体だ。被害も出ている…一気に押し切るぞ、リディル。先に黒いネクストを仕留めてしまうぞ。あれが厄介だ。』

『ランクNo.30、有澤所属の睦月とNo.33のカオス・ブルームです。睦月のほうは火力が高いので直撃はしないようにしてくださいね、リディル。』

「分ってる…って、なんで二人して俺だけに言うんだ?」

 リュカオンとオペレーター、二人から来た通信にリディルは少しだけむっとした顔で答える。まるで子供に注意を促すように二人揃って言うのだから、それほど自分が頼りないのだろうか。

『あなたは考えすぎて、逆にそそっかしい失敗をしますからね。少しはそのプリン頭を冷ましてミッションに当たってください。』

「誰がプリン頭だ!誰が!!」

『プリン頭か…なるほど、面白い言い方だ。』

 戦闘中だと言うのに冗談の一つも言ってくるオペレーター。それはある意味、この程度なら彼には話をしつつでも問題なくこなせると思っている信頼の証なのだろうが、リディル本人からすればプリン頭呼ばわりされることは余り好ましくない。更に言えば、リュカオンまでもそれを面白そうに呟いているのが聞こえてきた。

 だがリュカオンもそんな冗談を口にしつつも、その動きには乱れはない。海上をアルジュナの四脚特有の高速移動でブーストダッシュしつつ一気に睦月との間合いをつめ突撃していく。睦月も、その横にいるカオス・ブルームもそれをさせまいと攻撃を放つのだが、当たらない。

 アルジュナはそのまま至近距離まで接近するとすれ違いざまに睦月に向け、ロケット弾の集中砲火を叩き込んだ。始めに肩の衝撃力に優れたロケットで動きを鈍らせ、ソコへ左背の五連装ロケットと右肩の大型ロケットを叩き込む。単純だが、それゆえにその速度から逃げることは難しい。陸奥は大きく傾きつつも体勢を立て直そうとするが、水に足を取られて遅い。

 ソコへ更に追い討ちをかけようとQBでターンを決めると、再度アルジュナが突撃をかける。攻撃方法は先ほどと同じ、だがそれは横から割り込んだカオス・ブルームに阻まれた。避けることができないほどの四連装チェインガンの弾幕を前に、アルジュナは怯むことなくさらに突撃をかけるが、さすがに攻撃のタイミングを外されたのか横へとそ逸れて二体を回避する。

 その間に復帰した睦月はまたQBターンでこちらへの攻撃をかけようとするアルジュナへと照準を合わせた。ネクストのQBを利用したターンは確かに高速で、脚部を使って回頭するのより数倍速い。だが、ソコに逆に弱点もあった。余りに高速回頭を行う余りそれ以外の行動が出来ず、どうしても一瞬の隙が生まれる。睦月は狙ったわけではないが、幸運にもそのタイミングを見出したのだ。

 さすがのアルジュナも大口径グレネード弾の直撃を受ければ大きなダメージになる。フラグメントはそのタイミングを崩すように両手のライフルを連射しつつ間合いを詰めながらハイレーザーキャノンを展開する。ハイレーザーはその名の通り大出力のレーザー砲であり、ネクストが展開するPTでさえ容易に貫通するほどの威力を持っている、対ネクスト戦に置いて秀でた武装の一つだった。

 特に今回の相手、睦月はGA系パーツの実弾防御性に特化する分、PA性能に欠けた面があるネクストだった。その有効性は先の頭部を破壊した一撃で証明できている。真横からライフル弾の攻撃に気を取られた様子を見せる睦月へと、再度放たれる二発のハイレーザー。今度はカオス・ブルームが睦月を守るように動いたが、放たれた後では遅い。

 二発中、一発はカオス・ブルームの左肩に、もう一発が睦月の右背にあった大口径グレネードに命中して大爆発を起こした。アルジュナはフラグメントの作った隙に距離をとっていたのか、爆発を逃れるようにしつつフラグメントへ接近してきた。

「貴方の隙は俺が埋める、自滅だけはするなよ。」

『ふん、ナイスサポートだ。プリン頭。』

「だから、誰がプリン頭だ!!」

 プリン頭呼ばわりされたリディルが再度声を大きくする。それをリュカオンは楽しそうに笑うと、直ぐに二体揃って睦月とカオス・ブルームのほうへと視線を戻した。まだ終ったとは思っていない。案の定、黒煙が晴れると二機は損傷こそ激しいようだがいまだにこちらへと武装を向けているのが見えた。

 フラグメントとアルジュナが武器を再度構える。だが二機が攻撃を仕掛けるよりも早く、睦月とカオス・ブルームは撤退を開始したのだった。損傷の激しい睦月を守るようにぴったりとついて、こちらへと警戒するようにして後進しつつ追いかけるカオス・ブルーム。

「逃がすかっ!」

『まて、リディル。深追いは無用だ。こちらの艦隊にも被害は出ている、彼らの護衛が優先だ。』

 追撃をかけようとしたフラグメントの前へ、アルジュナが前進して進路塞ぐ。

「…リュカオン、一つ言っておく。…無駄な優しさは人を殺す、それだけだ。」

 リディルが言いたかったことは、今ここで落としておかないと何時報復に二体が現れるかわからない、ということだった。戦場で命のやり取りをする相手同士、常にフェアな戦いを挑んでくる相手ばかりではない。敵を生かしておいたことで、または軽視したことでより犠牲が出ることもあるのだ。フラグメントはそれだけ言うと背を向け艦隊の援護に向かうのだった…。

 その後を追うように移動を開始するアルジュナが、追い付くと並走しするように。

『…リディル。質問に答えていなかったな。』

「…? なんだ。」

『私が戦う理由だ。…自分が出来る範囲でも、誰かを守りたいからだ。それが誰でも良い、ただ死なせたくないだけだ。』

「…ずいぶんと身勝手な理由だな。ただ生かしたいがために戦うのか?」

 リュカオンのそれはある意味、優しさの押し売りだ。ただの他人でも、死なせたくないから守るなど。

『そうだ。』

 だがリュカオンは迷いなく答える。

『死ななければ、また未来へと歩むことが出来るだろう?ただそれを守りたいから戦う。それ以上でも以下でもない。それこそ私が生き残ってきた中で、自分で決めた未来だ。それだけは、誰に否定もさせない。』

「………。」

 なんとも単純で、それでいて愚かで、真っ直ぐな答えだろうか。リディルはそれ以上何も言うことなく、静かに目を閉じる。酷く彼女が羨ましかったのだ。愚直な戦う理由、それをもちえていることが…。

「…羨ましいな…。」

『…お前も戦う理由を探しているなら、生き続けろ。それだけが、今いえる答えだ。』

「……ああ、分ったよ。リュカオン。」

『ふん。生き残るため、これからもよろしく頼むぞ。バディ(相棒)。』




 ミミル軍港から少し離れた距離にいるGA艦隊の空母。何とかソコまでたどり着いた睦月とカオス・ブルームだったが、それが限界だった。特に睦月は激しい損傷にバランスを崩し、半分沈みそうになっているのをカオス・ブルームに支えてもらってようやく引き上げられたのだ。今はコジマ粒子による汚染を洗い落とすために二機揃って大量の雑菌のない水と洗浄液のシャワーを浴びせさせられている。

「…はぁ〜…まけたぁ…。」

 それを待機所のガラス越しに眺めていた勇が大きくため息をつきつつ、くったりとうな垂れる。睦月の破損はかなりのレベルに達しており、ほぼ新品パーツで作り直すしか元通りに出来ないほどだったのだ。カオス・ブルームも左肩に受けたハイレーザーの損傷が目立つものの、睦月に比べれば軽傷に近い。

「ま、まぁまぁ。私達より上位ランカー相手にこれで済んだんだから…。」

 勇を慰めるように苦笑を浮かべたフェルが自販機から買ってきたコーヒーを差し出す。中にはたっぷりの砂糖とミルクが追加されており、コーヒーというよりカフェオレに近いような色をしていた。

「でも、悔しいよ……。…む〜…っ、決めた!!」

コーヒーを受け取った勇はそれを眺めつつ何かを考え込む。フェルはてっきり注文を間違えてしまったかと不安そうにその顔を覗き込もうとした瞬間、急に顔を上げた勇は一気にコーヒーを飲み干した。

「決めたって、何を?」

「フェル、僕達強くなろう!!」

「…へ?」

「二人より強くなって見せるんだ!そうすればパパのためにだってなるし…一人なら大変だけど二人だったらきっと出来るよね、うん!!」

 ぐっと拳を作るようにして何度も頷く勇。急にそんなことを言い出して、横でぽかーんっとしていたフェルも我に帰ったように。

「パパのため…それが勇ちゃんの戦う理由?」

「うん、そうだよ。僕のパパはね、有澤の社員なんだ。僕がリンクスになったのも、パパを助けたいためだったんだけどね。でも頑張ったけど、なかなか強くはなれないし…。でもフェルと一緒なら出来る気がするんだ。ね、いいでしょ?」

「……二人なら…。」

 フェルは小さくうつむく。だが直ぐに顔を上げると、先ほどの勇と同じようにコーヒーを一気に飲み干すようにした。熱さと息苦しさに少しだけ最後にむせてしまったが、呼吸を落ち着かせると勇の方を向き。

「うん、約束。」

 笑顔を浮かべながら手を差し出す。勇もその手を握り、そのあと誓い合うように小指を絡めた。

ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのます。ゆびきった。

 二人揃って小さい声でそういうと、小指を離してお互いにまた笑いあった…。




あとがき

 おっす、おらコシヒカリ! 以前話した祭りが終了して一段落したかと思ったら、今度は農作業がお出ましだコンチクショウ(マテ
 忙しかった8月が終ってゆっくり出来る暇もなく…まぁ、お米の生産が盛んな県に生まれたことを恨むべきか誇るべきか…。取り合えず、清酒とかは美味しいので、祭りで飲ませまくられた結果少しだけ耐性が上がりました。ビールは相変わらず飲めませんが…。

 今回は登場人物が多い事から、ちょっとやりにくかったです。さすがにリンクス合計で4人は…。その分、うちのキャラに友好関係が増えて嬉しかったのですが。

 リディルはなんとなくリュカオンと仲良くなりました。っと言うよりリュカオンのほうが気にいったんでしょうね。きっと会うたびにオペレーターと一緒に彼のことをプリン頭と呼ぶに違いありません。
 フェルももちろん勇と仲良しです。このコンビがいつかアリーナ上位に上がれるかどうかは今後の展開によりけり…。ココだけの話、作成中よく『フェル』を『フィル』と誤字ってしまい、それを探すのに少し苦労したり…。相変わらず名前覚えるの苦手だな、わたし。見つけたら容赦なく罵ってください。

 また今回は少し地味にオリジナルのものが出てきました。インテリオル輸送艦とGAの垂直着陸可能な輸送機です。
 インテリオル輸送艦はネクスト、あるいはACなどを専門に輸送し、戦場で迅速に発進、部隊展開を可能にするよう開発された戦艦です。特徴は正面に向けた大型カタパルト一基と、左右にある小型カタパルト二基が配置されていること。迅速に戦場へと突入し、即時発進という考えの結果一機ずつ発進させるのではなく、一斉に全部のカタパルトから機体を発進させるということを行うためのものですね。もちろんある程度の速度を出せるよう艦自体は小型で、搭載可能数はカタパルト分だけしかありません。後に機動性が高いAFスティグロを元にし高い機動性で戦線を突破、部隊展開を可能とする後期型も出来てくることでしょう。でも実際問題、あの速度で全部のカタパルトから一斉発射とかしたら…絶対バランス崩しますよね、戦艦も発進したACも。(ぁ しかも今回その役に立ってないし…。

 GAの垂直大型輸送機は文字通りその巨体でヘリのように滞空、そのまま離着陸が可能な輸送機です。一番の特徴は滑走路を必要としないということであり、今回のように空母など限られた面積しかない場所へ大型のものを輸送する際使われます。メインの推進エンジンを主翼ごと可動して下へ向け、機底部の補助スラスターと併用して離着陸します。弱点はその構造上に重く、速度が同じような輸送機の中でも遅いことです。もちろん長距離移動にも向きません。乗せられるものも大型と言いつつそれほど多くないでしょう。輸送機としては若干欠陥品ですね。ぶっちゃけACシリーズでよく見るAC輸送用のヘリを使用したほうが安上がりなような…でも気にしな〜い。

 こんな妙な設定ばかり無駄に考えつつ、次回もまたあいましょ〜。

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