Wiseman Report
『アルテリア・カーパルス防衛戦』

 少し前まで、この星の空には巨大なものが飛んでいた。数年前のリンクス戦争の後コジマ粒子により地上の大気汚染が進み、砂漠化と環境異常が各地で起こるようになると人類は次の生活圏を空へと移したのだ。『クレイドル』…ゆりかごと名付けられた人工の金属の籠へと。

 クレイドルは高度7000メートル以上の清浄な大気がある高空を飛行する、企業が建造した居住用施設の名前だ。その大きさは航空機というにはあまりにも大きすぎ、一機辺り2000万人近い人間が生活をすることができた。地上にあるアルテリア施設からマイクロウェーブの形で電力供給を受け、空気中にある水分を電気分解し取り出した水素を燃料にしている。

同じタイプのクレイドル5機前後でひとつの編隊を組み、ひとつの空中都市を構成。その様子はまさに、蒼穹を舞う怪鳥のような様子が地上からは見ることができた。だが今この世界にはその怪鳥はいない…。

今空にあるのは汚染された大気と汚染された粒子、そして塵だけだった…。




 カーパルス。

ローゼンタール管理下にあるアルテリア施設であり、クレイドルが空を舞わなくなった今その存在はあまり意味のないものだった。しいて利点を挙げるとすれば、電力供給のために作られたパイプラインを使って大量のエネルギーの取得を可能という辺りだろう…。それに目をつけたのはオーメル・サイエンス・テクノロジーだ。

 あまっているものは有意義に使うべき。彼らはそれを利用し新しいアームズフォーとの作成を開始した。クレイドルが空を舞わなくなったとき、彼らはアームズフォート『アンサラー』というひとつの剣を失っていたからだ。アンサラーはオーメルとインテリオルが共同開発した最新の飛行要塞型AF。企業として絶対的力を持つ彼らはいち早くそれを取り戻し、絶対的地位を確立させたいと思っていた。

 だがアンサラーには弱点がある。それは戦闘性能を重要視するあまりコジマ技術に偏りすぎていることだった。コジマ粒子は土地と大気にひどい汚染を引き起こす。特にそれに偏りすぎたアンサラーの場合そこに存在するだけで閉鎖空間での実験施設並みのコジマ汚染を周囲へと引き起こすほどだ。その値はネクストのPAなどが引き起こすものとは比べ物にならない。

「そんなものがまた空を舞うというのか…企業というのは…。」

 深すぎるため息をひとつ落としたリゾルートは手に持っていた紙コップを握りつぶす。すでにほとんど飲み干していたとはいえ、若干でも底に残っていたコーヒーがあふれ出すとゆっくり彼の手の、褐色の肌をぬらしながら地面へと落ちる。

「ならリゾルートが潰しにいきゃいいじゃんかよ。」

 その様子に小さく笑いながら寝そべっていたアジタートが金髪の前髪をいじりながらつぶやく。つんつんと立った髪のセットを見直すため手鏡を見ながらでリゾルートには視線を向けず、自分には関係ないと言いたそうな様子だ。だがすぐにリゾルートのほうから大声での怒号が聞こえるとまるで眠っていた猫が驚かされたかのように跳ね起き、ソファーから転げ落ちた。

「まぁ、そう怒ってやるなリゾルート。もうすでにドルチェが手は打ってある…。」

「はいはい、ちゃんと仕事しましたわよ。」

 ソファーから転げ落ちて、テーブルにつかまりながら起き上がるアジタートの様子をわらう二人の女性。ひとつは緑色の髪をした女性、ドルチェが部屋の壁にある画面に大きく何かの図面を映し出した。ネクスト用のVOBの前方に上半身だけのノーマルをくっつけたような奇妙な形。図面の端には「ステュムパリデス」と名前らしいものが書かれている。

「私たちの顔も企業に割れてきた頃合だ…そろそろ宣戦布告でもして派手に動こうじゃないか。」

 もう一人の左頬にファイアーパターンの刺青がある女性、フォルテは落ち着いた笑みを浮かべながらコーヒーを飲み干した…。




 カーパルス近くに配置された空母。その中では3人のリンクスと4名のオペレーターが今回のミッションのために作戦を立てていた。

「では、現状を整理します…。今回の作戦は敵高度飛行攻撃機の撃破とアルテリア施設カーパルスの防衛です。敵攻撃機迎撃にはエルリエさんと、ユウさん。」

 イセラが前に立つ壁にかけられた画面へ映し出された敵の勢力とアルテリア周辺の地図。北東方面からこちらへ飛行するとマーカーが表示された敵飛行攻撃機の後方に今呼ばれた二人の名前が表示される。一人はエルリエ。アジア系の顔立ちと黒い短髪の女性である。ローゼンタール専属のリンクスであり、ナンバーは26。オーメルの専属オペレーターであるイセラは彼女のことはあまり知らないがひとつだけ知っていることがあった。

『非戦闘員候補』という呼び名。原因は彼女が専属になった生い立ちにあるらしいが…やはり専属という事でこれ以上は結局調べることができなかった。もともと傭兵で守秘性の高いリンクスはランク上位者、専属などになるほどさらに情報は少なく、限られたものになっていく。

 もう一人は以前あったことがある人物、ユウだ。彼とそのオペレーターであるラビスとは今回のミッションで使用される試作VOBの性能実験の際一緒になったことがあった。この会議が始まる前に久しく挨拶をし、少し話したがあまり変わった様子もなかった。いや、むしろあのときに比べれば話しやすくなったかもしれない。変わりにイセラとユウが話していると、ラビスが少しだけ不機嫌な顔をしていたのだが…恋人である彼女にとって彼氏が違う女性と親しく話すのもあまりいい気分ではないのだろう。

「そして地上迎撃はリディルさん。」

 最後の一人、リディルの名前が防衛対象であるカーパルスの上に表示される。イセラにとって独特的な茶色い髪が目を引く彼の印象は初め、『怖そう』というものだった。背も高いし体格もいい、それに目つきもあまり優しそうとはいえない様子にそう思ってしまったのだ。

だが実際話してみると想像とは違う、やさしい人物だった。リディルのオペレーターであるリコリスが彼をからかうように話し、彼はそれをムキになって返す。そんな彼を見るとつい笑いがこぼれてしまい、リディルもイセラの様子に半分ため息混じりの苦笑を浮かべた。リコリスの話ではあるリンクスと一緒に仕事をしてからこうなったという。その人物に少しだけ興味を持ち、どういう人物か訊こうと思ったところで作戦会議の時間になってしまった…。

 そして現在。それぞれの配置をリンクス、オペレーターともに確認を終えたようで質問を受け付ける。訊かれたのは『アブローラ』という組織に対するものだった。彼らについてオーメルが集めた資料、そしてラビスも独自に情報を得ていた様でその二つをあわせると導き出される答えはひとつ、『反企業組織』というものだ。これだけなら今の世界、いくらでも同じような組織は存在する。

だが決定的違いはひとつ、彼らが関わったミッションの多くに彼ら独自の兵器が投入されていることだ。そのほとんどが現存する兵器のアレンジや、パーツを集めて作ったものだったが、まるでそれをリンクスと戦わせて何かを試しているような行為である。これがその通り実験のためなのか、それとも兵器不足を補うための物なのかまではわかっていない。

 また構成員についてもまだ情報が不足している。ギアトンネルで現れたネクストもアブローラの所属であったらしく、リンクスが男性であったというだけしかわかっていなかった。

「…結局、今回使えそうな情報はなし。ってことか。」

 リディルがやれやれといいたそうな様子で椅子の背もたれに寄りかかる。だがすぐにひとつの疑問が浮かんだのか、体を起こすとイセラのほうに向きなおした。

「なぁ、今思ったんだが。何で今回のミッション、相手の飛行兵器の侵入方向がわかってるんだ?」

「私もあまり詳しくは聞かされていないんですけど、ローゼンタールから情報提供があったそうですよ。」

「ローゼンタールから…?」

 リディルはエルリエのほうを向く。ローゼンタール所属である彼女とそのオペレーターだったら何か知っているのではと思ったのだろう。だが二人は揃って首を振った。

「私たちもその話は聞いていないわ。ただそれだけしっかりとした情報をわたすのだから、確実性はあると思うけど…。」

「…まぁ、今はそれ信用するしかないね。」

「…オーメルも各所に対空砲を配備して……空の侵攻ルートは制限してる…。」

 ユウとラビス、二人は事前に周辺のオーメルが配備した対空砲の配置を確認していたのだろう。イセラもそれにあわせて地図が映っていた画面にその位置を表示して見せた。確かに情報のルート以外には対空砲が配備され、多少なりに空のルートは制限されている。リディルはその配置を見て、むしろ情報のルートを通らせるための配備であることを理解した。

「ならそいつを信用するしかないか…。」

「相変わらず考えすぎて素直に受け取れないんですね、あなたは。だからプリン頭になるんですよ。」

「…ちょっとまて、リコリス。それと俺の髪と関係ないだろ…っていうか、プリン頭って言うんじゃねぇ!!」

 彼の後ろでやれやれと、苦笑交じりにどこかわざとらしい仕草でつぶやくリコリス。ちなみにプリン頭とは彼の髪の色のことだ。確かにこげ茶色の混じった茶髪はそう見えなくも無い。

「…プリン……確かにおいしそうかも…。」

「ら、ラビス…リディルも気にしてるみたいだし言っちゃ駄目だよ。」

 それに対しぼそりと、ラビスも呟くとキッとリディルが睨んだ。よほど気にしているのだろう、その様子にユウは少し慌てた様子でラビスをとめようとする。

「あ、と、とりあえず皆さんジュースでもどうですか?まだミッション開始まで少しだけ余裕がありますし。」

 そんな空気を少しでも良くしようとイセラがあらかじめ買ってあったのだろう、ジュースを取り出してきた。そういえばさっき作戦会議を始める前に何か飲みたいものは無いかとイセラが訊いてまわっていたが。リディルはため息混じりに自分が注文したコーヒーを取ろうとするのだが…無い。代わりに皆がそれぞれ注文したものをとった後、残っていたのは彼にとってどこか見覚えのあるものだった。

「………イセラ…ひとついいか?」

「ハイ、何ですか?」

「………………ハワイアンおでん(パパイア風味)って、なんだ…?なんかデジャヴってる気がするが…。」

「ああ、リディルさんコーヒーを注文されたんですけど、ちょうど売り切れてて。変わりに私と同じものを買ってきたんです。」

 イセラのほうを見ればその手には同じハワイアンおでん(パパイア風味)が握られていた。しかもすでに飲んでいるらしく、あいた缶の飲み口からはホカホカと湯気が出ている。

「コーヒーって言っても種類いくつかあっただろ…?」

「すべて売り切れてました。この空母の中にある自販機全部。確か士官用のコーヒーがあったと思ったんですけど、それも何でか補充されてなかったらしくて仕方なく。…おいしいですよ?」

 笑顔でハワイアンおでん(パパイア風味)を進めるイセラ。リコリス達はといえば、その様子を楽しそうに見ているだけ…。しばらく手に持った温かいハワイアンおでん(パパイア風味)を眺めるリディルだったが、結局はイセラの視線に耐え切れず飲み口を開けることになる。この状況、果たして恨むべき相手はこの空母の備蓄管理員か、ハワイアンおでん(パパイア味)を作った会社か、それともイセラの妙な味覚か…。その答えはリディルだけが知っている…。




 カーパルス北東25km地点、上空3000m。一機のオーメル所属偵察機が旋回し、大きく広がった雲を避けるようにして飛行している。彼らの仕事はこの方向から来る一機の敵飛行兵器を監視する、というものだった。だが作戦開始からすでに6時間、いまだ反応は無い。

「…こちらW−77。定時報告、敵機影確認できず、異常なし。」

『W−00、了解。あと30分で交代です、気を抜かないで。』

「W−77、了解。…まったく、本当に来るんだろうな?もう今の報告で異常なしは合計21回目だ…いい加減、言い飽きたよ。」

 レーダーを担当していた男が前方のコックピットに乗るパイロットへと愚痴をもらす。ちなみにこの愚痴は7回目。いい加減受け答えするのが面倒になってきていたらしいパイロットは気の無い返事を返すだけだった。

「さぁな……。あと30分で交代だ、それまでしっかりレーダー覗いてろ。」

「へいへい…ま、何度見たって変わりなんて―」

 面倒くさそうにレーダーを覗こうとしたその瞬間、赤い光点が範囲内に表れ、高速でこちらに向かってくるのが見える。それに驚いた声を上げるよりも早く、鳴り響くロックオンアラート。

「!? ロックオンされた!? どこからだ!?」

「速いっ…!? 8時の方向っ、雲の中―」

 男が警報に慌てるパイロットへ叫ぶ。だがその声はすべてを言い切るより早く雲の中から飛び出してきた二発のミサイル命中、左側の主翼を粉々にされ、不規則な回転を生みながら落下していった。黒い煙がその道筋を追うように線を引いていく。次にその線を切り裂いて雲から飛び出してきたのは、大型爆撃機並の大きさを持った一機の特殊攻撃機だった。




『リディル、敵攻撃機確認。情報どおり北東方面、M−03空域からの進入ルートを通っています。』

 カーパルスの敷地内で待機していたリディルのフラグメントへリコリスからの通信が入る。軽く寝かせるように背もたれを倒していたリディルは起き上がるとシートの位置を調整、即座にAMSの出力を上げると戦闘態勢を取り始めた。

「了解した。…ほかのやつらの動きは?」

『いまユキホタルとミソサザイがVOBで発艦します。敵攻撃機との接触は約65秒後です。』

 すべての武装の安全装置が解除されたことを確認すると、イセラから現状の情報が送られてくる。AMSを経由して脳へと直接流れ込んできた情報の多さに再度出力の調整をする。今回のミッションで雇われたリンクス三人にはそれぞれ専属のオペレーターが当てられていた。そして3人のオペレーターの情報を統合し整理するのがイセラの役目となっている。

『同時に、カーパルス周辺のレーダーに感あり。西北方向から敵地上部隊、および航空機の接近も確認しました。プリン、早速お仕事ですよ。』

ちなみにリディルの担当はリコリスだ。もっとも、彼女以外のオペレーターは企業専属や、個人専属のオペレーターであってほかの二人についているのだから、自然にこの組み合わせとなる。

「だからプリンって言うんじゃねぇ、リコリス!!」

『軽く緊張を和らげてあげようという優しいジョークですよ、プリン。』

「どこがだよ、たく…。了解した。フラグメント、迎撃に出る。」

 イセラからのデータにあった周辺地図とレーダーを照合、リコリスの情報にある敵位置情報を元にフラグメントはブーストダッシュで駆け、カーパルス中央から西北方向へ、周辺を囲む外壁へと向かう。アルテリア施設カーパルスは周辺を海で囲まれており、防衛のため周りを巨大な防壁で覆った構造になっている。

だが完全にすべてを包み込んでいるわけではなく、艦船や陸からつながる長距離の橋のための隙間がいくつかあるのだ。その隙間へ迂回して飛び出したフラグメントのレーダーにすぐ敵のマークが表示される。情報どおり、ノーマルを中核とする地上制圧部隊のようだ。数こそ多いようだがこの程度に苦戦するほどネクストはやわでない。

 早速先頭を行くノーマルへ照準を合わせるとトリガーを引く。銃口から発射炎が一瞬光り、吐き出された弾丸はそのまま吹き上げられるホバーの水しぶきを吹き飛ばし、蒸発させながらノーマルの頭部へ命中した。後続のノーマルは自分の前を行くノーマルの頭部が粉々に砕け散り、自分へと降り注ぐ破片に驚いているだろう。

 頭部を失ったノーマルへそのまま立て続けに叩き込まれるネクスト用武装の弾頭。数発と命中するだけでノーマルはあっさり制御を失い、そのまま水中へと沈んでいった。それを見る残りのノーマルは左右へ散開、自分たちを攻撃する白いネクスト、フラグメントに狙いを定めて襲い掛かった。先に障害となるこちらを始末するつもりなのだろう。

「そいつは悪い判断だ。」

 リディルが小さくつぶやく。数が揃っているとはいえ一般兵器とノーマルでネクストを倒そうとすることは難しい。仮にこのままフラグメントを無視してカーパルスへ攻撃を仕掛けてくるような頭のある相手のほうがリディルにとっては面倒だったのだ。リディルはこちらの仕事が問題なく終わりそうなのを確信すると空を見る。今頃その北東で行われているだろう高機動戦闘のことを考えて…。




 新型VOB『アーンヴァル』を装備し目標へと向かうユウのネクスト、ユキホタルとエルリエのネクスト、ミソサザイ。以前一度このVOBの試験飛行依頼を受けたことのあるユウはあの時とあまり大して変わっていないアーンヴァルの様子に小さくため息を付く。

「やっぱりあの時と同じか…。まぁ、一回経験してる分マシだと思うけど。」

『…また、あの時みたいにQBが火を吹かないか……心配…。』

 ユウのオペレーター、ラビスの言う『あの時』とは以前の飛行試験の出来事だった。あの時は先に通常飛行試験をしたNO.35のリンクス、アネモイがVOBに新しく備えられたQBを使用した瞬間火災が発生したことだった。オーメルからの報告によれば、QBに無駄な負荷がかかってしまった結果高温になったためという。そのことを考えると、もしあの時と仕様が変わっていない場合あまりQBに頼った戦闘ができないことが考えられる。

「何とかやってみるさ…。」

 出撃前にラビスと入念な機体チェック済ませたユウはその不安を拭い去るようにつぶやく。その後方で少し遅れ気味についてくるミソサザイ。無理も無い、彼女はアーンヴァルでの飛行は今回が初めてなのだ。

「くっ、…扱いにくい。これなら普通のVOBのほうがいいんじゃないの…?」

『それだと相手がまっすぐ飛んだときしか追いつけないわ。情報だと敵攻撃機はある程度飛行での運動性能が備わった機体のようだし。集中しなさい、エルリエ!』

「わ、わかってるわよ、ジャンヌ。」

 エルリエはオペレーターであるジャンヌからの声に操縦桿を握る手を強め、意識を操作に集中する。ジャンヌはローゼンタール専属のオペレーターであり、エルリエともよくコンビを組むベテランだった。ジャンヌはエルリエとコンビを組むようになってから何かと文句を言いつつ世話を焼いてくれる面倒見のいい人物で、あまりよく知らないがどこかの良家の生まれらしい。そんな彼女が何でオペレーターをやっているかはわからないが、その実力は確かなものだ。

『情報どおりだとそろそろ接触するわ、気を引き締めなさい。』

 ジャンヌの言葉通り、正面に白い雲を引く何かが飛んでいるのが見える。カメラの倍率を上げると画面には装甲が追加されたVOBにノーマルの上半身をくつけた奇妙な姿が映し出された。ノーマルの上半身には両手にそれぞれマシンガンを装備しているのが目視でもわかる。

「敵を確認した。ユキホタル、これより攻撃を開始する。」

「ミソサザイ、同じく確認。攻撃にうつるわ!」

 ネクスト二機はアーンヴァルの出力を上げ、速度さらにあげると目標の後方から接近するようなコースを取る。相手もこちらの存在に気が付いたようで、すぐに軌道を変えて二機を引き離そうとした。だが装備しているのは通常のVOBではない。ユキホタルは小さく出力を絞ったQBで軌道を変更すると、離れることなく付いていく。その後ろにミソサザイ。

「よし、いける。」

 ユウは問題なくアーンヴァルを扱えることに自信を持つとレーザーライフルを構える。まずは牽制のつもりで数発放ってみた。だが命中したのは3発中1発だけ。おそらく通常以上の高速での戦闘に機体への負荷も大きいだけでなく、FCSの処理が追いついていないのだろう。追いついてきたミソサザイもミサイルを放って攻撃するが同じようなものだ。

 振り切れないとわかった攻撃機も二機への反撃を始める。上半身の部分がくるっと後方へ向くと両手に持ったマシンガンでミソサザイのミサイルを撃ち落しつつ、二機へミサイルを放ったのだ。こちらと違い、あらかじめ高速戦闘用に改良されていると思われるミサイルは正確に二機へと迫る。

「うっ、くぅっ!? こっちも速いっ!?」

 高速戦闘で『追いかける』ミサイルとなるこちらの攻撃に対し、相手の放つミサイルはこちらへ『向けてくる』ミサイル。接近速度が速く、相対速度はあっさりと時速2000km以上に達しているのだろう。エルリエもユウもぎりぎりのところで回避し、よけられないものは撃ち落すことに成功するがその間にまた距離が離されてしまった。

「こんな相手どうしたらいいのよ!」

『落ち着きなさい、エルリエ! ちゃんと手はあるわ。あなたは先ずミサイルで牽制、相手の速度を削ぎなさい。その間に、ユウさん。』

「? なんですか?」

 急に僚機のオペレーターから名前を呼ばれ、ユウは少しだけ驚いたように返事をする。

『さっき武装を見せてもらったけど、あなたの機体にはハイレーザーキャノンがあるでしょう。あれは今回のために変更した装備ね?それで撃墜できる、違うかしら?』

「その通りです。たださっきの様子からかなり接近しないと当てるのは難しいと思いますよ。」

「あ、そうか。だから私が相手の動きを抑えて。その間に…。」

 ユウの言葉にようやくジャンヌの作戦を理解したらしいエルリエがつぶやく。

『そういうことよ、エルリエ。現状で確実にあれを落とすにはそれが最も確率が高い作戦よ。』

「…わかった、その作戦で行こう。エルリエさん、援護よろしく。」

『…でも、速度が速い今の戦闘では接近すれば回避も難しくなる……ユウ、前回みたいに装甲が変形してバランスを崩したら…追いつけなくなる……。気をつけて。』

「うん、わかってるよラビス。…いくよっ!!」

 もう一度ユキホタルが速度を上げる。今度はQBの出力を絞ることなく、全力で噴かすと目標との距離をどんどんつめていった。敵ももう一度接近してくるユキホタルへ攻撃をかけようと上半身が後ろを向く。だがそこへミソザザイが放ったPMミサイルが襲い掛かった。PMミサイルは小型で高速、追尾性も高く回避が難しいミサイルだ。敵も攻撃に使おうとした両腕のマシンガンをミサイル迎撃に回す。同じ高速で飛行するゆえに、向こうにも回避に制限が生まれてしまっているのだろう。

 その間にさらに接近するユキホタル。マシンガンの攻撃をあきらめた攻撃機はまたミサイルでの攻撃に切り替え、ユキホタルへと放つ。先ほど以上に速い速度に達しているユキホタルにとってそれはかなり回避が難しいものだろう。だがユウは冷静にその弾道を見極めると斜め前に出るようにQBし、紙一重で回避する。速度が速い分ミサイルもまた、目標へ追尾が難しくなっていたのだ。そのまま完全射程内へ入ったユキホタルは左肩のハイレーザーキャノンを展開。

「主推進機関がVOBなら、装甲は薄いはずだ!!」

 そのまま側面へ一撃。二機以上に速い、光速で走った光りは敵側面に命中する。そのままもう1発、すぐに命中してできた穴から火を吹いた攻撃機が大きくバランスを崩して減速、後方のブースター部分からも黒煙が噴出し高度を下げ始めた。ユウはうまくいったことに胸をほっとなで降ろす。だが次の瞬間、予想しない出来事が起こった。

 敵は墜落をしていく中で、ユキホタルの攻撃で被弾した面とは反対側の側面を展開する。そこからせり出してきたのは二発の大型のミサイルだった。確か情報では施設破壊のための大型爆撃ミサイルがあるという話だったが…。

「まずい!?」

 ユウは叫ぶとレーザーライフルのトリガーを引く。だがそれよりも早く、一発のミサイルが放たれた。少し遅れてレーザーがもう一発のミサイルに着弾、すぐに大規模爆発を起こし攻撃機は巨大な火球へと飲み込まれ、きのこ雲のような黒煙が上がった。そして衝撃波。大気を揺さぶるすさまじい振動はユキホタルとミソサザイへぶつかり、機体を大きく揺らすと制御性を大きく奪った。そんな中でユウは確かに見た。いまだカーパルスの方向へ向けて白い雲を引く大型のミサイルを…。




『リディル、緊急事態です。』

「っ、どうした?リコリス。」

 敵地上部隊をすべて撃破したフラグメントはカーパルスへと帰還する途中だった。そんな時、一瞬前まで敵攻撃機撃破の報告をし、リディルをまたプリン呼ばわりするリコリスの声が変わっていることに気が付く。彼女がリディルを名前で呼ぶのはまじめな話をするときだけだ。しかもミッション中の場合は大体何か悪い事態に発展しているとき…。

『敵攻撃機から放たれた大型ミサイルがこちらへと飛来しています。速度が速すぎ、周辺の対空砲では対応できません。』

「っ! 方向は!?」

『北東方向、着弾までの予測時間は後31秒です。ユキホタルとミソサザイは敵攻撃機撃墜時の爆破衝撃で通信が混乱、迎撃に参加できません。』

「わかってるっ、何とか落として見せる!!」

 フラグメントが方向を変えると即座にOBを起動させ、移動を開始する。こうしている間にもリコリスの着弾予測時刻のカウントが進み、否応なくリディルの焦りと鼓動を高めた。空を見上げれば、確かに見えた。カーパルスへ向かってだんだんと高度を下げつつ飛んでくる大型ミサイル。

 リディルはライフルを構える。だが、地上からの攻撃で撃ち落すことはかなり難しい。しかもチャンスはほぼ一回、それに賭けるにしてはあまりにも無謀なことだ。そこでリディルがとった行動は、さらに無謀なことだった。OBを停止するとすぐにブーストで上昇を開始。そして目測で大型ミサイルが通る弾道へ自分の機体を持って行ったのだ。

 あの速度のものを撃ち落すには接近するしかない。リディルはそのためにあえて最も接近しやすい、通過点の位置に移動したのだ。着弾まで後10秒、すぐにでも目の前にまで迫ってきそうな大型ミサイルに対し、今度こそ両手のライフルが激しい咆哮のごとく銃声を轟かせ次々に弾丸を吐き出す。その数秒後、爆発。

『っ、リディルッ!!?』




『ザー…ザザッ、…ザー』 

爆発の炎の中に包まれるフラグメントに、リコリスが悲鳴のような声を上げる。すぐに彼の名を呼んでも返事は無く、リコリスは目の前が真っ暗になったような気がした。戦死、そんな言葉が脳裏に浮かぶのをかき消すように首を振り、続けて何度も彼の名を呼ぶが…。やはり、ただうるさいノイズだけが帰って来るだけ。

「…うそ…でしょ…。リディルっ…。」

力が抜けたように背もたれへと寄りかかるリコリス。彼女のインカムから聞こえる音にだんだんとノイズが少なくなり始めたと思った、その時。

『……へぇ、そんな声も出せるのか。てっきり俺をからかうような事しか言えないと思ったぜ。』

「…っ、リディル!?生きてるの!?」

『勝手に殺すな。』

 彼の声にリコリスはすぐコンソールを操作し確認すると、彼の反応は陸からカーパルスへ通じる連絡橋の上にあった。すぐに施設カメラを使って確認したフラグメントは大きく損傷しており、両腕は肘から先が無くなり、装甲は高熱で半分溶けたようになりほかのパーツと混ざり合っている。

『さすがに目の前で大型ミサイルを撃ち落して爆発させたときはやばいと思ったが…こいつが頑丈で助かったぜ。といっても、ここまで移動するのが精一杯でもう一歩も動けねぇけどな。ハッチも溶接されちまって開かねぇみたいだし。』

「…すぐ救援を向かわせます。少し待っていてください。」

『ああ、頼む。…ところでリコリス。さっきもしかして泣いたか?声がそんな感じだったけ―』

「空耳ですよ、プリン。きっと死に掛けたせいでそのプリン頭が妙な幻聴でも聴いたんでしょう。」

 彼のどこか楽しそうな声をすぐ否定するリコリス。実際少しだけ泣きそうになっていた。映像通信でないから顔は見られることは無いが、今顔が赤くなっているのが火照っている頬でわかった…。




こうしてカーパルス防衛戦は何とか事なきを得ることになった。だがそこで彼らはひとつの疑問を持つことなる。敵の侵攻ルートから戦力まで、それらの情報をローゼンタールへ提供した人物はいったい誰だったのか。その正確すぎる情報から、一部今回の騒ぎを起こしたアブローラ内部の人間の裏切りだったのではないかという憶測が生まれた。だが後日わかった人物は意外な人間だった。

 情報提供をした人物…それはNo.20、ペルソナ・ノン・グラタだった…。




あとがき

 こんばんわ、米です。…毎度毎度、遅すぎて申し訳ありません。(汗
そしてあとがきで書くネタも無い。のに書きたがる粗製っぷり…(ぇ

 とりあえず今回はNPCの話をしましょう。
毎度毎度企業ごとに専属オペレーターが出てくるわけですが…実際彼女たちは参加者の方がオペレーターを指定してくるまでまったく考えてませんでした。
 今となっては急ごしらえでイセラが生まれ、今回でジャンヌが生まれと、このまま全企業の専属オペレーター考えちまおうかと思うこのごろ…というか、考えます。(ぇ

●ジャンヌ・ド・メリクール
 ローゼンタール専属のオペレーター。年齢は25歳。イギリス系。
 元良家のお嬢様でしたが父の決めた仕事やフィアンセに反発した結果現在の位置に付くことになる。しっかり物でまっすぐに飾らないことしか言えないため厳しい人物と思われてしまっているが、実際は面倒見が良く人を思いやっての発言であったりします。
 エルリエに対してはその身を案じており、彼女のことを助けたいと思っている。現在は友人以上親友以下くらいの関係でしょうか?

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