Wiseman Report
『MISSION:AVALABCHE(後編)』

 乾燥した砂の大地と、それを照りつける強烈な太陽光。すでに時刻は正午を過ぎ、もっとも暑い時間を通り過ぎているものの、いまだ人間が生身で立っているには厳しすぎる気温だ。そこからうまれた陽炎が所々に残る廃ビルを歪ませて見せる。ここは旧ピースシティエリアと呼ばれる砂漠地帯。その名前や、いまだ残る建造物の面影からも過去ここが都市だったことを知ることが出来る。

 そこへ展開されているのはノーマルAC。数から予測するにこの北西エリアだけでも一個大隊近くの数が展開しているだろう。機種に違いはあるが、最も多く配備されているのはアルドラ社製『GOPPERT−G3』のようだ。アルドラ社の自社独自設計ネクスト『SOLDNER』などにも見られる重厚で丸みを帯びたラインから判るように、防御能力が高いだけでなく生産性や整備性、採算性にも優れた高性能機だ。

 その後ろにはBFF社製の遠距離狙撃型ノーマル『044AC』の姿。こちらは右肩にスナイパーキャノンを装備したものであり、長距離からの狙撃線に高い評価を持ったBFF社の特性が良く出ているものといえる。それ以外にも火力を重視したGA社製ノーマル『GA03−SOLARWIN』などもあった。

 まるで企業のノーマルの見本市とでも言うのか…。だが彼らは何も、その姿をお客に見せるためにたっているわけではない。待っているのだ。ここへと来る、山猫達を。そしてその時は、すぐ目の前まで来ていた。

「…ん?レーダーに反応…?隊長。」

 『044AC』に乗ったパイロットが機体に装備された長距離レーダーに映る機影にすぐに反応する。識別は、赤。その光点のすぐ横に表示されている名称には『ENEMI』。再確認するまでも無い、敵だ。

『確認している。ラッド1よりラッド、リベル、イール、アッド、ロア小隊各機、ファイヤーコントロール、エンゲージ。右翼にリベル、左翼にイールを置きフォーメーション重翼陣形(ダブルウィング)で前進しろ。』

『リベル1、了解。リベル各機、移動開始。』

『イール1、同じく了〜解。野郎共、行くぞ。』

 命令を受けた各小隊の隊長機がすぐに指示を出す。敵の反応はいまだに一機のみだが、移動速度からしてもノーマルや一般兵器ではない。空を飛ばずに地上をコレだけの速度で移動できるのは現状、ネクストしかいないのだ。その機影に対しW字型に部隊を展開するノーマル部隊。ネクストとノーマルとではその性能戦力比は約1対10以上…リンクスのランクが高いほどその差は数倍に広がっていく。それはあまりにも大きすぎる差だった。

 火力、機動力、防御性能…そのすべてが劣るノーマルでネクストに勝つには数による多方向からの集中攻撃しかなく、この陣形を取ったのもそのためだった。本来は防衛線を構築するための陣形であるが、中央にいる小隊がネクストの攻撃を受け止め、その間に両翼の小隊が包み込むように前進して左右から攻撃を仕掛けるという戦法も可能にしている。仮に両翼どちらかの小隊へ敵ネクストが攻撃した場合も、反対方向と中央の小隊が援護可能。それを退けても中央小隊の後方にいる二小隊からの攻撃が待っている。

『敵は一機だ。囲んで叩けばネクストといえど恐れるに足りん。各機、奮戦せよ!!』

『『『了解!!!』』』

「敵機速度変えず、接近してきます。距離700まで到達!!」

 もうすぐレーザーライフルの有効射程内。スナイパーキャノンやグレネードもQBを持ったネクストへ命中させるために、距離をもっと縮めてから発射するつもりだ。だが先に攻撃を開始したのは、敵ネクストだった。空色に左腕だけが赤い機影がある程度視認できる距離まできたところで、ネクストの左背と両肩から何かが発射される。

『敵機、ミサイル発射!!数は3!!』

『慌てるな。ラッド1よりラッド小隊各機、迎撃するぞ。3発程度なら問題なく撃ち落せ―』

 中央にいたラッド小隊の『GOPPERT−G3』がレーザーライフルを飛来するミサイルへ向ける。だがミサイルはそこで弾頭から中央部にかけてまでの外装が分離、内部からさらに小型のミサイルをばら撒いてきた。1発から約10発、3発の合計で30発ものミサイルへと瞬時に増殖する。

『なっ!?多弾頭誘導弾(サブミュニション・ディスペンサー)っ!?』

『っ!? ラッド1より全機、迎撃中止!回避しろ!!』

 即座に隊長機は指示を変更するが、遅い。すでに半分以上迎撃体勢を整えていた状態から回避に移るまでにはあまりにも時間が短すぎた。それでも中には増えたミサイルを迎撃しようとレーザーを撃つ者もいたが、先ほどよりも小型で、数が増え、混乱した状況では正確な照準など出来るはずも無く。ラッド小隊の『GOPPERT−G3』は降り注ぐ雨のような小型ミサイルに呑み込まれた。

 起こる爆炎、巻き上がる焦げた砂、生まれる黒煙。そして辺りへと散らばる、歪に歪んだノーマルのパーツ…。考えるまでも無い、今の攻撃で完全に中央にいた小隊が全滅した。たった一撃で、だ。まだ会敵してから数秒しかたっていない。

「っ!!? たいちょおぉぉぉっ!!」

『て、敵ネクストが左翼のイールに取り付いた!!』

 ラッド小隊がいた場所から黒煙が消えるよりも前に、うっすらと見えるその向こう側でイール小隊のノーマルACがネクストの両手に持った突撃ライフルで次々に、チーズのように穴だらけにされている。その動きに許容も無く、慈悲も無く。コックピットのあるコアへ開いた穴から噴出した黒いオイルと火花が炎を生み、次の瞬間には爆散していく。

「〜!? か、各隊イールを援護する!!」

『ロア1、了解!!』

『リベル1、了―』

 援護へ動こうとした右翼のリベル小隊、隊長の通信が途中で途絶えた。アッド小隊の『044AC』パイロットはすぐにそちらへとカメラを動かした。画面に映し出されたリベル小隊隊長機の『GOPPERT−G3』は、ぽっかりと頭部に穴が開いている。その攻撃は明らかにネクストのものだった。だがイール小隊を血祭りに上げている空色のネクストはいまだそちらへ攻撃をしていない。

「な、なんだ…?」

『アッド1、まだいるぞ!!敵だ!!ネクス―』

 今度は破壊された隊長機の横にいたノーマルがさらに被弾。左胸が撃抜かれ、上半身が爆発する。次はその隣のノーマルが腰を撃抜かれ、上半身が下半身に折り重なるように倒れこむ。だが空色のノーマル以外にレーダー範囲内に反応は見られない。

「っ、スナイパーか!!?」

 アッド小隊の隊長は悲鳴にも似た声を上げた。





 いまだ大きくなるノーマル部隊の混乱。その中で暴れるU・N・オーエンのネクスト、アマランスのさらに後方1000以上の距離にある廃ビルの陰から右半身を出し、黒い機体が片膝をついて戦場を睨んでいた。その右腕にはいまだ銃口から硝煙を上げる大口径ロングレンジライフルが握られており、機体の横へ排莢された薬莢が太陽光で焼けた地面をさらに焼く、ジュゥッという音が聞こえる。

 この黒いネクスト、ネメシスの中でウェルギリウスは静かにターゲットサイトの中に写るノーマルを眺めていた。頭部光学カメラの倍率を上げ、熱が生み出した気流の流れも考慮に入れた照準調整をAMS経由で火器管制システムに命ずる。一射目では少し上にずれ、二射目は多少右に逸れた。そして三射目は若干下に。それらの3発を評価射撃代わりにすることで誤差の修正は問題なく済ますことが出来る。それが終わるとすぐに次の目標へ、左手で支えられた砲身がゆっくりと動く。

「…4機目。」

 ターゲットサイト中央の十字とロックカーソルが重なり、赤く色が変わる。ウェルギリウスは静かにつぶやくとトリガーをゆっくり引き、絞り込むように指を動かした。軽いトリガーの引き具合とは異なり、ドゴォンっ!という大きな発射音と衝撃。機体各部のショックアブソーバーがスナイパーライフルの反動を最小限に留める。モニターの中で太陽光に照らされた弾丸が光りながら、真っ直ぐに砂漠を走りぬけ、発射から一呼吸したころに目標へと命中。今度はコアの中央、先に破壊したノーマルよりもさらに奥にいた『044AC』がすぐに倒れこんで爆発した。


『ノーマル程度なら問題ないが…。やれやれ……義理立てするのも大変だ。』

 その間にも残りの敵をすべて倒したU・N・オーエンは小さくため息混じりにつぶやく。彼は自社『ブラックゴート社』が今回のテロ組織、アヴローラと関係ないことを証明するために参加したと話していた。そのためか今回のミッションに対し、あまりやる気を感じない。どちらかというと面倒ごとでウンザリしている、という感じだった。

「敵増援の接近を確認。反応からしてアヴローラ所属のイレギュラーネクストだと思われます。」

 そんなU・N・オーエンの言葉を軽く聞き流すように、ウェルギリウスはレーダーに映った機影にすぐに照準を合わせる。モニターに映し出されたのは黄色いネクスト。外見を見るにパーツの多くがトーラス社製のものであることから、情報にあったロウランド砂漠で確認されたうちの一機だろう。同時に別方向から接近してくる機影も確認できる。

『敵ネクストか…二機もくるとは、また面倒な。』

 小さく文句を言いつつもU・N・オーエンはすぐに動く。向かっていくのは先に接近してくる黄色いネクストのほうだ。ウェルギリウスはそちらを彼に任せると、接近してくるもう一方のネクストへ機体を向けた。





 旧ピースシティエリア北でのこの出来事とほぼ同時刻。南でも動く機影があった…。





 企業側の雇ったネクストとはまったく反対方向の南側より旧ピースシティエリアへ進攻してくるネクスト。ペルソナのブルーテイルを先頭にマグタールのキラービーポッド、そしてエイヴのダークワスプという順で走る3機は一直線にこのエリア中央にあるアヴローラ地下施設を目指していた。途中ノーマルによる攻撃を受けるが北側に比べると数が少なく散発的で、彼らを止めるには圧倒的に戦力が不足していた。

「作戦内容は先に話したとおり、ミサイルの破壊とアヴローラ幹部の乗るイレギュラーネクスト、またはそれに準ずる兵器の撃破だ。それ以外への攻撃は最低限で無視しても構わない。」

 正面に立ったノーマルへ左手の突撃ライフルを乱射しつつ、進路を確保したペルソナは後部モニターへと目をやった。ブルーテイルのすぐ後ろについてくるキラービーポッドも両背に装備した大型ガトリング砲を最低限の動きで周囲へとばら撒きノーマルの動きを阻害、あるいは行動不能に追いやっていくのが見える。そのさらに後ろではダークワスプがこちらよりも大きく動きつつ、それでも離れることなく付いてくると同じように最小限の攻撃を両手のライフルで周囲のノーマルへ叩き込んでいた。

『それは判ってる。俺はミサイルの破壊を優先して行動する。』

『…こちらは…ネクストを受け持つ…。…可能ならミサイルの破壊にも…回るが…。』

 二機からすばやく返事が返ってくる。二人の腕はランク下位にありながらペルソナと大差なく、むしろ得意とする戦況に追い込めば凌駕するだろう技量を持っていた。それを再確認したペルソナは安心したように前を向くとさらに速度を上げる。そのとき左右斜め前から接近してくる機影がレーダーへと映った。ペルソナは即座にAMSへレーダー反応のあったほうへ光学カメラでの確認を命ずる。一瞬と待たずに目の前へ拡大されて映し出された、それぞれの方向からはネクストがこちらへ向かってくるのが見えた。

 再度AMSを経由し認識番号を確認。CPUが内部に記録されていたカラード登録のネクストデータを呼び出し、表示する。先に表示されたのは右側からゆっくりと来るネクスト、ラスト・ヴァタリオンのデータだった。リンクスはハーケン・ヴィットマン、会ったことは無いが聞いた噂ではその評価は賛否両論、良し悪しが大きく分かれるリンクスだった。

 次に表示されたもう一方、左側から高速で接近してくるのはネクスト、エアレイドだった。そしてその搭乗者、リンクスのヴェーツェルとペルソナは少なからず面識があった。この前の晩、フォルテに呼び出されたバーであった男だ。

「……。」

 接近してくる二機との距離が縮まっていく中、ペルソナは予想外の行動をとった。戦場で、機体を動きを止めたのだ。急なことで彼の後ろを走っていたエイヴとマグタールは追突しそうになるのを直ぐにQBを使って回避、ブルーテイルの左右へと別れた。

『何をしているんだ、ペルソナ。』

「済まない、だがあの二人に話がある。」

 声を荒げるマグタールに短く答えつつ、通信回線を一般回線へ変更した。

「ヴェーツェル、ハーケン・ヴィットマン、聞こえるか?こちらはブルーテイルのリンクス、ペルソナ・ノン・グラタだ。」

『あん?戦場に一般回線で…自己紹介たぁどういうことだ?』

 先に反応があったのはハーケンのほうだった。一定の距離をとった地点でさらに速度を緩めるとこちらに対峙する。ヴェーツェルのほうも、声にこそ出さないが接近してくる速度を緩めると動きを止め。

「戦う前にひとつだけ聞いておく。お前たちは本当にあの女…フォルテのしていることを理解してこの作戦へ参加しているのか?彼女がしようとしていることは…単なる虐殺だ。企業を殺す…?それと同時に、いったい何人の関係ない人間を殺すことになるかもわかっているのか?」

『…はっはぁっ!そうかい、お前さんはそれが出来ないのか?クソったれの悪党がのさばっている世界を変えるのに犠牲を出したくない、そういうことだろう。そのためにそのクソがのうのうと生きるために、切り捨てた者は我慢しろってぇのか?…それはなペルソナ君、完璧な偽善な訳。その他大勢の幸せのために少数が我慢して損するなんてのはさぁ、不公平は正義だろぉ?』

 はじめこそふざけた調子に思えたハーケンの口調はだんだんと固く、それでいて重く、何かを孕んだものへと変わっていくのが通信越しにでもペルソナは判った。それは単純な憎悪…復讐心…そして、殺意…。

『…俺はそんな偽善者が殺したいほど嫌いでな…。もう、企業に復讐出来んなら、手段のためなら目的は選ばねぇよ!!その先にある結果が、俺が欲しがった『答え』だっ!!そいつが今の世界で極悪だろうと、欲しくて欲しくてたまらねぇんなんだよぉ!!』

 彼の気持ちをペルソナはすべて知ることは出来ない。だが聞き続けるうち何か、痛くて苦しいものが感じられるようだった。ハーケンの、企業というものへの憎悪に喘ぐ耐え難い苦痛の声。それに対してペルソナは『そうか…』とあまりにも弱い声を絞り出すのが限界だった。

『…話は済んだか?えぇ?ペルソナ坊主。』

 そこへようやくヴェーツェルが口を開く。見ればエアレイドは両腕のガトリングをペルソナへと向けて構えていた。それに対し、エイヴとマグタールは即座に散開。だがすぐに攻撃は来なかった。

『俺は前にも言った筈だぜ? グダグダ抜かす前に力を示してみろ、と。』

 それはあの夜、バーで言われた言葉だった。心なしか、ハーケンとは逆に楽しそうな様子を感じさせるヴェーツェルの声。そこで生まれた短い静寂はすぐにペルソナの声で破られる。

「…エイヴ、ラスト・ヴァタリオンの相手を、エイブが戦っている間にマグタールはミサイルの破壊へ向かってくれ。」

『…構わないが…お前は?』

「決まっている…ヴェーツェルへ借りを…『答え』を返したら追っていく。だから…先に行け!!」

 その声を合図に5機のネクストはほぼ同時に、弾ける様にメインブースターとQBを噴かして移動を始める。ハーケンとはエイヴが、ヴェーツェルとはペルソナが、それぞれ両腕の武器を眼前の敵へと跳ね上げる。そして2方向で同時に、激しいライフルの銃声とガトリングの轟音が生み出す破壊の音楽を奏でられ始めた。





 地上でネクスト同士が激しい戦闘をしている間、その地下でもまた人は激しく動き、それぞれの作業を続けている。あるものはダメージを受けて帰還したノーマルの整備を、あるものは負傷したパイロットの応急治療を、またあるものは次に出撃するノーマルの準備に取り掛かったりと、さながら戦場のような忙しさだった。

「…残った戦力数はそれくらいだ。」

 その慌しい中で落ち着きを持って行動する一人の女性、フォルテだ。ミサイルサイロすぐさばのハンガー、その一角へ設営された架設管制ブロックにいる彼女には忙しく手を動かすオペレーターたちと共に、外の戦場を映し出したモニターを眺めながら指揮を出していた。

「ノーマル残存戦力、すでに40%を切っています。各ネクストは企業側、および南から進攻してきたネクストへ応戦中。」

「デトル小隊、後退してきます。損耗率82%、隊長機撃墜により指揮能力ありません。戦闘継続不可能。」

「ミサイル発射時刻まで残りカウント1200。作業工程は100%終了、問題なし。」

「メディカルルームより報告。負傷者収容可能限界に近づきつつあるとのこと。」

 次々と入ってくる情報の数々。どちらかというとそのうちこちらが不利な状況を伝えるものが多々聞かれる。それに対しフォルテは焦りというものが見えておらず、ただそれを聞き考えるように顎に手を添えていた。

「たったネクスト5機相手に、旗色は悪いですわね。このままだと発射時刻までにもたないんじゃないでしょうか?」

 その横にいたドルチェもまた、あせった様子も無くつぶやく。その声はどこか、むしろこの状況を楽しんでいるかのような声だった。そんな様子にため息を小さく漏らし、苦笑を浮かべるフォルテ。

「…ノーマル残存戦力の半数を東ゲートへ集中させろ。残り半数は同時に負傷者の脱出の手はずをしつつ西ゲートへ。その後、西ゲート残存防衛戦力と共に南西へ脱出、護衛へ回せ。」

「はっ。…しかし、よろしいのですか?ミサイルの防衛戦力を失うことになりますが。」

「構わないさ。この数のノーマルではネクストの足止めはできん。それにまだこちらのネクストは健在だ。そちらで時間まで保てばいい。お前たちもミサイルの発射シーケンスをオートに設定し、ここを破棄しろ。 ―ドルチェ。」

「はいはぁい?なんですの?」

 手早く指示を出したフォルテがドルチェへと向きなおす。彼女はいつもどおりの笑みを浮かべたまま返事をする。

「『ケツァルコアトル』の準備は出来ているな?私が出る。」

「あらあら?もうアレを出してしまうんですの?」

「保険だ。ネクスト対ネクストで抑えているとはいえ…な。」

「構いませんけど。調整を終えたばかりですし、制御システムの複雑さ緩和やAMS負荷への補助がまだ改善されてませんわ。機体自体はともかく、パイロットが戦闘では15分くらいしか『保てません』わよ?」

 ドルチェの口調はフォルテの身を按じている、っというものではない。やはりいつも通りのどこか楽しそうな口調のままだった。

「問題ない。15分以内に片付ければいいだけだ。」

 それに答えるフォルテもまたいつも通りの笑顔を浮かべる。そして後は任せるとオペレーターたちへ声をかけると部屋を出て行った。

「……火の神が動く…か。もうこの『実験場』も限界に近づいてますわね。…そろそろ私も次の『実験場』へ動くとしましょうか。」

 その背を見送るドルチェは静かに懐から何かを取り出した。黒光りするそれは拳銃。彼女の小さい手に収まる程度の大きさでしかないそれは殺傷能力こそ低い護身用だ。もっとも、こちらに背中を向けて忙しく作業しているオペレーターたちの後頭部を狙うには充分すぎるものなのだが…。

 (パンッ!パンッ!)

 乾いた発砲音が数発。だがそのすべては忙しい周囲の騒音にかき消され、ドルチェ以外に聞くことは出来なかった…。





 ウェルギリウスの駆るネメシスと、リゾルートの操るマニトゥーワク。黒と白、まったく正反対の色をその身に纏った二機のネクストは激しく動きつつ、いまだ銃撃戦を続けていた。時折障害物に隠れつつ遠距離からスナイパーライフルで攻撃するネメシスに対しマニトゥーワクは激しい三次元的な機動を使って回避しつつ、右手に持っている突撃型ライフルを牽制のために応射、距離をつめようとするがそれをさらにネメシスが精密な射撃で遮っている。

 機体の損傷具合は武装の射程外から攻撃されているマニトゥーワクのほうが大きく、被弾した左腕からがオイルがあふれ出しその白い装甲を汚していた。対してネメシスは目立った大きい損傷は無い。時折ライフルの弾が浅く被弾することがあるが、装甲表面を削る程度で機体性能を低下させるほどではないのだ。

『ほう。やるな、貴様。』

 自身が不利な状況でもあるのに対し、リゾルートはどこか楽しそうな声をしていた。いや、実際強者との戦いに楽しんでいるのだろう。

「任務遂行のため、あなたを排除します。」

『よかろう、受けてたつ!!だが、我は負けられんのだ!!』

 スナイパーライフルの攻撃を回避したマニトゥーワクが一気に前方へOBをかけ、ネメシスへ接近していく。それに対し後ろへと後退しつつ応戦するネメシスだったが、その攻撃をマニトゥーワクはQBでさらに回避した。そこでウェルギリウスは小さな違和感を覚える。マニトゥーワクが先ほどよりもさらに動きが速くなったのだ。

 今から本気を出した?いや、そうではない。おそらくAMSの出力を上げて機体制御性能を自身の限界まで上げたのだろう。だがそれは諸刃の剣といえる。ただでさえ軽量、高機動を元に組まれたマニトゥーワクの旧アルゼブラ標準フレームはパイロットの身体やAMSを介した神経へ大きな負荷をかける。先以上の速さで動くために、それをさらに出力を上げるとなればパイロットのほうがもたないのだ。

 現にさらに速くなったように見えたマニトゥーワクの動きは、先ほどよりもどこか乱雑なものへなっている。おそらく速く動く事に集中する分、細かな機体制御までする余裕が無いのだろう。だがその速さは接近戦においては十分な脅威である。それにネメシスのスナイパーライフルの残弾もすでに少なくなっており、このまま接近戦へ持ち込まれるのは時間の問題だった。

 そこでウェルギリウスは残弾が数発になったスナイパーライフルをマニトゥーワクへ向けてパージした。どうせ距離はすでに先ほどより縮まっており、長い射程を重視して設計されたスナイパーライフルでは近距離での射撃戦に向いていない。自身へと飛んでくるスナイパーライフルをマニトゥーワクは咄嗟に右腕で払うように叩き落す。

『その程度の小細工で―、っ!?』

 その一瞬、リゾルートはネメシスから視線を離してしまった。そして次に捕らえたときには、ネメシスは後退するのをやめ逆に前へとQBで飛び出してきていた。OBで接近をしていたマニトゥーワクとの距離が一瞬で縮まり、すでに接近戦での間合いへとなる。リゾルートが得意とする間合いだ。

 本来のリゾルートならばそこで左右どちらかへ回避して攻撃のタイミングを再度見計らうだろう。一瞬とはいえ、虚を突かれたこの行動に危険を感じるからだ。だが今は違った。渇望していた強者との戦闘による興奮からか、AMSの高負荷による判断力の低下か。回避を考えずあえて相手を正面から受ける、左腕の射突型ブレードによる反撃を選択したのだ。

 同時にネメシスも左腕を引いて構える。そちらにはコジマブレードが装備されていた。圧縮したコジマ粒子に攻撃性を持たせ0距離から相手に叩き込み破壊する武装はコンセプトが射突型ブレードに似ている。マニトゥーワクも左手を引き構えようとするが、小爆破が左肩で起こった。原因はおそらく先ほどの射撃戦で受けたダメージだろう。左腕は途中まで構えられた所でその動きを止める。

『っ!?』

 そして次の瞬間、前へと突き出されたネメシスのコジマブレードがマニトゥーワクのコアを捉えた。起こるコジマ爆発、弾かれる様に後ろへと吹き飛ばされるマニトゥーワクの上半身が千切れ飛び、砂漠へと転がってその動きを止める。パイロットは、おそらく即死だろう。あの勇ましい男の声はもう聞こえてくることは無かったが、彼なら強敵と戦えて本望だったのだろうか。だがウェルギリウスにとって、コレは任務遂行のために障害を排除した、ただそれだけでしかなかった。





 一方、南東エリアでのダークワスプ対ラスト・ヴァタリオンの戦闘もまた激しさを増しつつあった。スナイパーライフルで遠距離から攻撃をしつつ後退していくラスト・ヴァタリオン、それをダークワスプが追いかける。その動きはひたすらに後退を続けるラスト・ヴァタリオンとは異なり、まるで狂った獣のような動きだった。

『ちっ…。ずいぶんと動きやがる。面倒な野郎だぜ。』

 それに対しハーケンが小さく毒付く。ダークワスプの動きは彼が今まで戦ったリンクスの中でもとりわけ、特異な動きをしてくる相手だったのだ。ラスト・ヴァタリオンのFCSの照準補足を上回る高速QBを4発連続で使い、右へ左へ緩急の差が極端なまでに離れた超高速機動戦闘を仕掛けてくる。速く動くだけの相手とは何度も戦ったことのあるハーケンであったが、エイヴが行う、時折OBまでをも併用しての『それ』はパイロットや機体のことなど考えていないかのようなものだった。

 ネクストは確かにQBを使うことで今までのノーマルでは成しえなかった高速戦闘を可能にした機体だ。だがそれであっても、根本的制約までもが外れたわけではない。ノーマルでもネクストでもまったく変わらないもの、それはパイロットが人間であるということだ。

 高い機動性を獲得すれば自然と上がってくる問題は加速度、衝撃などへの対策である。仮にそれらの対策無くノーマルなどを動かした場合、コックピットにいる人間はたった一歩歩くだけで数十トン分の衝撃を受け、ショック死する。それがもしネクストQBを使った機動だったなら、想像するまでも無く人間は落としたトマトのごとく潰れるだろう。ライフルを撃ってもその衝撃をもろに受け結果は同じだ。

 それに対する対策としてこれらの機動兵器には機体の四肢、およびコックピット周辺などいたるところに急加速の反動や衝撃を緩和、吸収する構造(高性能ショックアブソーバー)が内蔵されている。特にネクストのものはそれらがノーマルに比べさらに高性能化されており、機体制御ソフトが行う機動にあわせたフィードバック効果もあり通常の歩行であるなら歩いている振動であってもパイロットにはさえほとんど感じられないほどに抑えられるものである。

 だがそれらを用いてもやはり限界というものは存在した。人間が通常耐えることが出来る加速度は約10G、それ以上では気を失うか、潰れてしまう。さらに断続的な機動ともなるとせいぜい3G弱が限界だった。

 だがエイヴは先ほどからそれらをまったく考えることなく動き続けている。視界が狭く、赤く染まっていくような感覚と、眩暈のような言いようの無い不快感。耳の奥がズキズキと痛み、鼻に血が集まって来て鼻血が出るのではないかと思うほどにつーんっとする。またAMSにつながった神経も、そして痛覚が無いはずの頭の中にある脳まで何かに圧迫されるような感覚まで襲ってきた。

 それでも、エイヴは目の前に移る紫のラスト・ヴァタリオンから目を離すことなく、ライフルを撃ち続けた。数発が装甲を捉え、火花と破片を散らせる。それに対するラスト・ヴァタリオンも余裕が無く、スナイパーライフルでの牽制を続けながらいまだに下がるばかりだった。このまま押し切るのかと思った、そのとき…ダークワスプの足元で何かが爆発する。一瞬だけ鈍る機動。

『馬鹿がっ!!てめぇみたいな狂犬やろうとまともに戦うわけねぇだろうが!!』

 それはハーケンがあらかじめ用意していた地雷だった。フォルテに担当地区を言い渡された後設置したもので、元は対戦車用の地雷を改良したものに過ぎないためネクストに対しては大きなダメージを与えられるものではない。だがそれでもその爆発は相手の動きを鈍らせ、一瞬でも隙を作るには十分なものだった。そこへミサイルを発射するラスト・ヴァタリオン。ダークワスプはすぐに体勢を立て直しつつ両手のライフルを連射、迎撃に入った。

 だがそこでエイヴの耳へと届いたものは機体異常を知らせる警報。すぐに確認するとECMによるロックオン異常を示すものだとわかった。そのため、迎撃するはずだったミサイルは打ち落とすことが出来ず、そのまま狙いを変える事無くダークワスプの黒いヴボディへと命中した。

 それもハーケンがあらかじめ準備していたトラップのひとつである、ハンドメイドECMジャマーだった。だがこちらも先の地雷同様に急造したものであり効果は一回分、せいぜい短時間でしかないものだった。だからこそ、そこで一気に攻撃の手を強めるラスト・ヴァタリオン。高機動性を重視したダークワスプの低い耐久力を狙って一気に押し切るつもりだった。

 ミサイルの着弾で起こった黒煙の向こうにいるだろうダークワスプを目視では確認していないが、ロックカーソルはいまだ外れる事無く照準を合わせ続けて、命中する手ごたえもある。だが次の瞬間、黒煙から飛び出してきたダークワスプは装甲に大きく傷を負いつつも一直線にOBで距離をつめていった。その左腕にはライフルが握られておらず、レーザーブレードが装備されている。

 それに対しすぐにまた後ろへ下がりつつ、左腕のレーザーブレードを展開しようとするラスト・ヴァタリオン。だが遅い。加速の付いたダークワスプからは逃げられることなく、左腕から展開された短いプラズマ刀身がその加をも味方に付け、左へと素早く振りぬかれた。切り飛ばされる左肘、さらにブレードは腹部を捉えそのままラスト・ヴァタリオンを横一文字に切り裂いたのだった。火花とショートする光を散らしつつ、砂漠へと転がる上半身に倒れこむ下半身。

『けっ…まぁ頑張れた方だな。んじゃ、ここから見届けさせて貰うぜ?世界の行く末と俺の『答え』をな……最も結果は見えてるが…―』

 ハーケンの声が途中で途切れる。おそらく機体機能が停止したのだろう。ラスト・ヴァタリオンのカメラアイから光が消え、断面からゆっくりと白い煙が細く上がっている。

「……ネクスト撃破…確認…。これから…援護に向かう。」

 それを確認したエイヴはすぐに反転、一度大きく呼吸をするとマグタールが向かっていった東側ゲートへと移動を開始した。





 東側ゲートに集中するノーマル達は一心不乱に接近してくる敵へ攻撃を続けていた。それをネクスト、キラービーポッドはあっさりとQBを一回使用して左へと動き、回避すると両背に装備された大型ガトリングで応射、逆に粉々のジャンクへと変えていった。だがそれを見ている敵の攻撃はいまだ臆する事無く、止まる事無く執拗にキラービーポッドへと続いていく。

 まるで死兵だ。自ら死ぬこともいとわず攻撃を続ける彼らは仲間の誰が倒れようと、自らが重症を負おうと攻撃することをやめないのだろう。それだけの覚悟と執念がマグタールにも感じられた。

「世界へ無用な混乱を生むテロリストであるお前たちに、…容赦はしない。」

 だがそれはマグタールとて同じだ。自らの手を汚してでも世界へ平和という安定を作り出す。そのために自分は一度捨てたはずのネクストという破壊兵器へまた乗り込む覚悟をしたのだ。ガトリングの轟音がやむ事無く次々とノーマルを撃破していく。あまりにも一方的な戦闘…。それでもマグタールは引き続けるトリガーに込めた力を緩める事無く、爆発するノーマルが映るモニターを見続け、先へと進んでいく。もはやミサイルの発射予告時刻までそれほど余裕が無い。キラービーポッドはいまだ抵抗するノーマル部隊が続くゲート内へと飛び込んだ。





 時を同じくして旧ピースシティエリア中央。そこで砂の大地が二つに割れ、ゆっくりと何かが地上へと姿を現しつつあった。時刻は夕に近づき、だんだんと赤みを帯びた日がその姿を照らす。それは漆黒の、4本の腕をもった異形の機体だった…。





 アヴローラの黄色いネクスト、アダマスは追い詰められていた。戦っている相手は左腕だけが赤く染まったネクスト、U・N・オーエンのアマランスだ。それぞれの機体状況を見ればその優勢は一目瞭然、武装こそ弾切れになったものをパージしているので減っているが、大きく目立った損傷も見られないアマランスのほうにある。右手にあったライフルは投棄され、コアにある収納スペースから取り出したハンドガンが握られており、左背や両肩に装備されていたミサイルも同じく残弾がなくなったのかパージされていた。

 対してアダマスは右腕を肩から損失し大破。その後ろにあったコジマキャノンでさえ、砲身が半分破壊され使用不可能な状態である。また左足の膝関節からも破壊された走行の隙間から内部が見え、火花を上げている。頭部にいたっても首から上がなくなっており、左背のコジマミサイルは残弾ゼロ。残されている武装は左腕のプラズマライフルだけだった。

『な、何なんだお前は!?さっきとぜんぜん動きが違うじゃねぇかっ!!?』

「…言ったはずです。あんまり舐めてもらうと……本気でいきますよ。っと。」

 この状態になる前まで、二機はほぼ互角の戦いを続けていた。だがそれはU・N・オーエンが本気を出していないだけだったからだ。そんなやる気の無い戦闘を続けていた彼へアダマスのリンクス、アジタートは禁句とも言える言葉を口にしてしまったのだ。会社は有名で、ランクではNo.50と最下位。その上戦いでは自分と同等程度にしか本気を出さないことで、完全に相手の技量を見誤ったアジタートがそれで彼と、彼の会社を馬鹿にするような一言を口にしてしまい、U・N・オーエンは…本気を本気にさせてしまった。

『た、頼む。見逃してくれぇ! も、もう勝負は付いてるだろ?あんたの勝ちだっ…!!俺はもう戦えないし…お、お願いだ…助けてくれ、死にた―』

 命乞いを口にしつつ下がろうとするアダマス。だがU・N・オーエンはそれを逃がさなかった。QBで瞬時に間合いをつめると近距離から一撃。損傷しできたコアの亀裂へ先端が鋭い左手の突撃ライフルを突き立てるとゼロ距離でトリガーを引いた。いくら重装甲を持つアダマスでも内部まではそうはいかない。やわらかい内臓のような、コックピットなどのある内部で突撃ライフルの弾丸が暴れ、粉砕し、切り裂き、破壊していく。

 …3発、4発、5発…。残された弾丸は十数発であったが、それらすべてを内部に撃ち終えるとアマランスはライフルから手を離した。ゆっくりと後ろへ倒れるアダマスはそのまま砂を舞い上げつつ横たわり、そのまま二度と動くことは無かった。

『ほう…。なかなかいい動きだな、U・N・オーエン。それでこそブラックゴート社の長というところか。』

 収納スペースから左手へハンドガンを取り出していたアマランスへ通信が入る。オーエンはすぐにレーダーを確認すると、こちらへ接近してくる機影が映し出されていた。数は一つ。すぐにそちらの方向へ身構えると接近してくる漆黒の機体が見えた。それはノーマルでもネクストでもなくもっと大きい。だがアームズフォートよりも小さく、形状も若干違うとはいえネクストのような腕などが見られた。ただし、四本ある。

 下半身は四脚のようだが左右から後方にかけて大きく覆う、スカートのように装甲パーツが見られる。前後へ大きく出っ張ったコアは左右にも広く、異様な逆三角形を感じさせる広い肩口、さらにそこから後方へなにやら砲身のようなものが伸びていた。頭部は旧レイレナード系のものに見られる複眼系のセンサーを装備したものへさらに中央へ大きい単眼状の光学センサーを追加したもの。それらすべてを見てもあまりにも異形の兵器だった。

「…あなたは?」

『すまない、名乗り遅れた。私はフォルテ。アヴローラの長を勤めさせてもらっている。』

 フォルテの声には先ほどのアジタートとは違った敬意のようなものが感じ取れた。

「長自らが出撃ですか。」

『それはそちらとて同じだろう?U・N・オーエン。もっとも、私とお前とでは状況が少々違うがな…。悪いが時間までこの『ケツァルコアトル』の相手をお願いしよう。』

 黒い大型MT、おそらく準ネクスト級の機体であろうがケツァルコアトルの四本の腕が一斉に動き、真っ直ぐにアマランスを捉える。そして三本指のマニュピレーターが開かれると、その中央から銃口のようなものが現れた。即座に横へQBするアマランス。同時に彼がいた地点へ四本の腕、四つの銃口からパルスガンが発射される。

 特有の射撃音が連続して続く。大きくケツァルコアトルの側面へ走りながら回避しているアマランスを四本の腕は執拗に追い、その通った砂の大地へパルス弾が着弾させる。四つの銃口から繰り出されるその攻撃はすさまじい集中攻撃であり、一度食らえばおそらくそのまますべての攻撃を受けてしまう危険性があった。

 アマランスはその状況でも急速に逆方向へQBし回避、反転すると右背のミサイルで応戦する。上方へ上がるミサイルが途中で進路をかえケツァルコアトルへ降り注ぐが、いまだ回避に動く様子は無い。やはり大きい分機動力は低いのか。だがそう思ったとき、ミサイルは本体へ届くより前に何かに命中し爆発した。同時にケツァルコアトルの周辺で波立ち、光る透明な膜。プライマル・アーマーだ。しかも発射した全弾のミサイルが命中しても減衰した様子を見せないほどの強力な。

 現在アマランスに残された武装はハンドガンが二つに今攻撃したミサイルが残弾少々。あとはアサルトアーマーも残されているがあの攻撃を掻い潜って接近し、使ったとしてもこちらまで盾を失うことになってしまう。耐久力でも負けているだろうことが予想できる状態で、そこまで捨て身の戦法を取る気はオーエンにはなかった。戦う術はあっても、勝てるという確証はもうな。…ならとるべき行動は一つだけだろう。

「さて、義理立てするのはこのぐらいで充分でしょう。」

 オーエンは小さく呟くと、すぐにウェルギリウスに撤退を知らせる通信を入れる。今回の目的、他企業へ自社がテロ組織に関与していないという事を十分証明できたからには、これ以上この戦場に介入する必要も無い。ウェルギリウスの短い返事を聞くとオーエンはタイミングを見計らって大きく跳ぶ。そしてOBを起動させると速やかに戦場を離脱した。





 激しい爆発音と周囲へ拡散するコジマ粒子。エアレイドの放ったコジマミサイルが命中した廃ビルは倒壊し、激しい砂埃を巻き上げる。その中から飛び出しつつ、右手に持つ標準ライフルと左手に持つと突撃ライフルを上空へ向け、交互に連射するブルーテイル。エアレイドはそれを降下しつつQBを使って回避すると砂の上へすべるように着地した。同時にブルーテイルも対峙するように停止する。

 エアレイドは頭部モニターが半壊、さらに左脚部も装甲が捲れあがっている。ブルーテイルもまた同じ程度の損傷で、コアに集中弾を食らったのか歪に正面装甲が変形していた。少し動くとお互いに時折、各部の関節が軋んで火花を漏らす。両者共に行動不可能なまでのダメージは負っていないが若干の機能低下が見られ、稼働率は70%程度というところだろう。

『ほう、結構やるじゃねぇか坊主。ちったぁ見直したぜ。』

「…あんたにそう言われるとむず痒いな。」

 ヴェーツェルとペルソナ、通信画面に映るお互いの顔は小さな笑みを浮かべている。余裕があるわけではない、機体も身体も続く戦闘で限界に近づきつつあるはずだった。だがそれでも、自然と同時に笑みがこぼれてしまったのだ。

「機体はもう全力で動くのは限界に近い。…次で決める。」

『それは俺の台詞だ、坊主。』

 二人の表情から笑みが消える。同時にその目に宿るのは、相手を焼き尽くさん程の闘志。遠くで聞こえる、雷鳴にも似た爆発音と発砲音。その中で一際大きなものが聞こえ、空気が震え、それが機体へと伝わったとき、同時に動いた。

 エアレイドが上へ跳びつつ、左腕のガトリングを跳ね上げる。対するブルーテイルは前方へ上昇しつつQB、距離をつめた。三重の砲身が回転を始め、すさまじい勢いで吐き出される弾丸。それを右腕に受けるブルーテイルは回避する事無く、さらに前へと出た。エアレイドは下がらない。あえて対抗するように前へ出ていくと、二機の距離はさらに縮まり、ブレードの間合い近くにまでなった。

 いまだ続くガトリングの攻撃にブルーテイルの右腕が砕けた。だがそこで発射される、右背の拡散型ミサイル。エアレイドでも回避できる距離ではなく、激しい爆発が攻撃を続けていた左腕とガトリングを包み、破壊する。

『ちぃっ!!』

「っ、ふうぅっ!!」

 だが二機はいまだに離れない。空中で、エアレイドが右腕を、ブルーテイルが左腕を振り上げ至近距離で照準、トリガーを引いた。ほぼ同時に発射された弾丸、ガトリングはブルーテイルのコアから頭部にかけて、突撃ライフルはエアレイドの右腕から右胸部にかけて命中する。数秒の密着射撃戦、さきに悲鳴を上げたのはエアレイドの右腕だった。肩口から小爆発を起こし損壊、落下していく。だがブルーテイルもまた突撃ライフルの残弾がなくなり、コアに食らった集中弾からか胸部で小さな爆発を生んだ。

 ブルーテイルのコックピットの中でもモニターがショートし、爆ぜる。飛び散った破片がペルソナへと降り注ぐと、不意に左目に焼けるような熱さと痛みを感じ視界が暗くなる。だが握った操縦桿は離さない、むしろさらに強く握り締め、意地でも離すつもりは無かった。

「『まだだぁぁぁっ!!!』」

 落下しつつ最後に、同時に選択した攻撃は、アサルトアーマー。二機の周囲で干渉していたプライマルアーマーが一気に中央に向け集束、そして巨大なコジマ爆発を生んだ。

 ――――衝撃――――気を失ったことによる一瞬の無意識――――すぐに目覚めて味わう降下による浮遊感――――そしてまた衝撃――――激しい機体損傷による警報が遠くに聞こえる――――

「―――っ、ぐはっ!? ぁっ、げほっ!? ごほっ、ごほっ!!?」

 一瞬自分は息をしていなかったのだろう。ペルソナは呼吸した瞬間大きく咳き込み、体の痛みにさらに薄れていた意識へハンマーで叩かれたかのような衝撃を食らう。一対どうなったのか。コックピット内は非常灯に照らされ薄暗く、赤く染まっていた。画面に映る機体状況にはコアの中破、右椀部損失、腰部へのダメージ深刻による行動制限、戦闘能力や稼働率の大幅低下が表示されていた。だが視界が狭く、特に左半分がうまく見ることが出来ない。

 そして頬に感じる熱いものが触るまでも無く血だと分かった。おそらくさきほどのコックポット内で起こった小さい爆発の際、負傷したのだろう。だがそれよりもエアレイドはどうしたのか。確認しようと視線を向けたモニターの見える範囲に姿は無く、ブルーテイルを動かそうとしてみるが反応が無い。

 ペルソナは身体を固定していたベルトをはずすと座席の右側下にあるレバーを勢いよく引いた。緊急時のコックピットハッチパージのための炸薬が爆発、自分の頭上にあった部分が上へと跳ね飛ばされ、暗かった中へと光が差し込んだ。同時に吹き込む砂埃と焼けた金属、そしてオゾンの臭い。

 動くと軋む関節に鞭打ってそこから這い出せば、ブルーテイルは仰向けに倒れていた。焼けた装甲はいまだ高熱を帯びており、熱を肌に感じる。そして視界を動かせば遠くに横たわるエアレイドを見つけた。そしてそちらからもコックピットから這い出してくる人物が見える。

『…へっ、お互い生きてたみてぇだな。』

 インカムから聞こえるこえはやはりヴェーツェルのものだった。

「……ぎりぎりでだ。おそらくもう一度やればどちらかが死んでいるだろう。」

『だろうなぁ。…まぁ、お前とはそこそこ楽しめたぜ、ペルソナ。』

 最初と同じく、変わらない楽しそうなヴェーツェルの声。いや、少しだけこちらに話す声が親しみを感じるものになっただろうか。ペルソナは小さく苦笑を浮かべた。





 地下ミサイルサイロ。そこへ到達したキラービーポッドは残弾が無くなったガトリングを二基同時にパージする。そしてQBで勢いよく通路を曲がるとすぐに目の前に巨大なミサイルが姿を現した。すでに発射まで数十秒しかなく、発射態勢に入り防壁がミサイルの周辺へ展開されつつあった。

『させるかっ!!』

 そこへマグタールは移動速度を緩める事無く、無照準でハイレーザーとレールガンのトリガーを連続で引く。その後ろについてきたダークワスプもまたグレネードと拡散ミサイルを同じように叩き込んでいった。命中した大型ミサイルの表面に無数の穴が開き、大小さまざまな爆発を連続で生み出していく。そのまま二基目、三基目とすべてで爆発が生まれるのを確認した二人は西ゲートからOBで一気に外へと飛び出した。

 同時に施設内で大きくなった爆発がゲートから噴出してくる。間一髪で左右に分かれた二機はすこし離れて停止、振り返るとそこら中で砂を吹き飛ばし、火の手が地下から上がるのが見えた。

「…施設、および…ミサイルの破壊…完了だ…。あとは…。」

『私の相手だろう?リンクス。』

 ふいに聞きなれない声が通信にはいる。映し出されたのは左頬に小さいファイヤーパターンの刺青がある若い女性。そしてこちらへ接近してくる黒い大型MT、ケツァルコアトルの姿を二人は捉えた。

『依頼にあった未確認の特殊兵器か。それにパイロットは…。』

『ああ、自己紹介しよう。私は今しがた君たちが滅ぼした組織のリーダーをしているフォルテというものだ。お前たちはペルソナが雇ったリンクスだろう?』

「………。」

『ふふっ、答えないのが答えということか。』

 彼女に質問に答え用としなかったエイヴ。だがそれで察しが付いたらしい彼女は二人へ四本の腕を向けた。

『ペルソナの姿が見えないところを見ると、いまだ他のネクストと戦闘中か、撃墜されたか…そんなところだろう。おそらくはヴェーツェル辺りと戦っているという感じか?まぁ、ヤツでなくても構わん。……掛かって来い、リンクス。そしてこの戦いに終止符を打つ。』

「…なんで…それを望む…?」

 彼女の言葉に違和感を覚えたエイヴが問う。しばらくの沈黙。

『…すでに我らの大部分が敗走し、この戦いは終わっている。とでも言いたいのか?悪いがまだだ、リンクス。まだ私も、お前たちも残っている。私か、お前たちか、どちらかが勝利するという結果を出すまでこの戦いは終わらないんだ。 そして、世界にその『答え』を示さなければならない。我々か、企業か、どちらが勝利し正しいのか…どちらが敗北し間違っていたのか…はっきりと『答え』を出さなければ世界は正確な『答え』というものの線が引けないまま、曖昧に認識してしまう。それはだめだ…正確でない答えはより混乱を招くだけだ。多くの命を懸けた戦いがそんな終わり方ではいけない。』

『何を言っている…。テロという混乱を生んだお前たちを、世界が正義だと認めるというのか!!』

 フォルテの言葉にマグタールが声を張り上げる。

『そうだ。私たちが勝てば企業は駆逐され、世界は一新される。そして出来た新しい国では私たちは正義になり、企業が悪だとされるだろう。お前たち勝てば私たちは悪と世界に認められる事になる。そのどちらかの『答え』が必要だ…世界はどちらの『答え』を受け取って、世界を統合するものを選び、少しだけ次の新しい世界へ至る過程が手に入る。それこそが我々の望んだ、今とは違う『新しい世界への答え』だ。統合され、乱れる事無く、安定した世界。…その『答え』を出さなければ私は、私を慕って死んだものへ、それを求め力を貸したものへ、『答え』を与えてやることが出来ない…結果を残すことが出来ない!!だからっ―――』

 四本の腕からパルス弾が発射される。同時に左右へとそれぞれ走るキラービーポッドとダークワスプ。それをさらに追いケツァルコアトルの腕が二本ずつ、それぞれ左右へと広がるように動いて攻撃を続ける。

『私を倒して、次の世界へ至るための『答え』を手に入れる『賢者』となれっ!!繋ぐ者(リンクス)よ!!!』

 ケツァルコアトルの突き出しかコア後方が開くと、そこから四発のミサイルが発射される。それはいったん上空に上がると先端から中ほどまでが分離、カバーが外れ内部からさらに小さいミサイルを展開する集束誘導弾(クラスター・ミサイル)だった。

 豪雨のように振りしそぐそれをダークワスプは一気に加速、連続でのQBとOBを利用してミサイルが降り注ぐだろう地点を回避した。避けきると同時にクイックターン。ケツァルコアトルの側面へ向けライフルとグレネードを叩き込んだ。反対側でも何とかミサイルの攻撃をしのぎきったキラービーポッドがハイレーザーライフルとグレネードで攻撃を開始する。

 二機の中心で爆発が生まれるも、その中でバチリと何かが弾ける。それは攻撃を受け減衰したケツァルコアトルのプライマルアーマーが急速に修復、展開されているものだった。見れば機体自身へのダメージはあまり見られない。おそらくその強力な盾のためだろう。唯一大きいダメージを与えたらしいのはキラービーポッドのハイレーザーだったようで、四本ある腕のうち、一本が根元から破壊されていた。

『どうした、リンクス!その程度か!?…なら次はこちらからだ!!』

 ケツァルコアトルがさらに背中からミサイルを発射。どうやら弾種は先ほどと同じようで、攻撃をやめ回避に専念しようとする二人。だがその中でケツァルコアトルに変化が起こった。肩口のパーツが縦に半回転し、後方に向いていた砲身がそのまま前方へと展開されたのだ。そして機体を旋回、砲身はキラービーポッドへと向けられた。

 対するキラービーポッドは降り注ぐ小型ミサイルの回避しに必死だ。それに気がついたエイヴは少しでも攻撃のタイミングを奪おうとミサイルの被弾を覚悟で回避の手を緩めるとグレネードを放った。グレネードの火球はそのまま、こちらへと無防備に背を向けていたケツァルコアトルの背中へ命中、そこにあったミサイル発射基部を破壊する。

 同時に帯電していたケツァルコアトルの大型砲身から二発の強力なプラズマ弾が放たれる。被弾した衝撃ですこし照準がずれたようだが、あの大きさだ。被弾時の安定性は思いのほか高い。マグタールも途中から攻撃に気づいていたようで、回避に入りつつあったがやはり完全にとまではいかなかった。被弾した左腕と左足が真っ赤に焼かれ、まるで飴絵細工のように溶け落ちると横転する。

 もはやこれで戦闘はできないと判断したフォルテは機体を反転、今度はダークワスプのほうへと砲身を向けた。

『コレで後一機だ…さぁ、どうする?リンク―っ、!?』

 だがその瞬間、通信画面に映っていた彼女が左手で鼻を押さえるようにのがエイヴには見えた。同時にその指の間から滴る赤い液体。それは高すぎるAMS出力から神経へかかる高負荷に耐えられず、鼻の粘膜などにある毛細血管が切れてしまっている。フォルテは肩で息をしつつそれを拭うとダークワスプを睨んだ。

『まだ…まだやれる…っ!もう数秒だけ…この脆弱な身体が持ってさえくれれば…それでいい!!さぁ、こい…リンクス!!』

「………。」

 プラズマ砲へ充電を開始し、方針が帯電していく。それに対しエイヴは大きく深呼吸。同時に左腕のレーザーブレード以外、すべての射撃兵装をパージしたのだ。そして右腕にはコアの収納スペースから、左腕と同じレーザーブレードを取り出す。

『っ! …射撃兵装ではこちらのプライマルアーマーを破ることが出来ないと踏んでの、接近戦か…。だが…火の神(ケツァルコアトル)の攻撃、易々と掻い潜れると思うな!!』

 ケツァルコアトルも残された3本の腕をさらにダークワスプに向ける。おそらくパルス弾で牽制し動きを制限したところへプラズマ弾を叩き込んで勝負を決めるつもりなのだろう。軽量高機動型、しかも長い戦闘のダメージでアーマーポイントが低下し防御性能がさらに下がっている現状では直撃弾の一発が命取りになる。だがそれでも…。エイヴはゆっくり目を開くとOBのスイッチを入れた。

 機体の後方でOB部保護ハッチが開き、展開された噴射口へコジマ粒子を充填。すぐに爆発的な加速でダークワスプはケツァルコアトルへと突撃していく。ケツァルコアトルもまた、3本の腕からパルス弾による攻撃を開始した。それを連続してのQBで避けはじめるダークワスプ。一回、二回、三回…直撃弾こそ回避できているも、そのすべてを避けきることまでは出来ず、少しずつダークワスプの機体が傷を負っていった。

 黒い装甲がパルス弾の熱で熔け、浅く削られ鋼の色が目立ち始める。それでもなおダークワスプは時折前方へのQBを織り交ぜて加速した。すでに後数歩でブレードの間合い。そこでケツァルコアトルのプラズマ砲から光があふれ出しはじめる。これ以上接近されては射撃のタイミングがなくなると判断したのだろう、だがエイヴもその瞬間をまっていた。

 プラズマ弾が発射されるほんの一瞬前、ダークワスプは地面を蹴り強引にOBの軌道を上へ変更する。その中で撃ち出された、青みを帯びた光はダークワスプの足を捉え、先ほどのキラービーポット同様に両足の膝から下が赤く染まったかと思えば次の瞬間、崩れるように蒸発した。

『なっ、にっ―――っ!!?』

 上をとられたことへ驚きの声漏らすフォルテはすぐに三本の腕を振り上げ、パルス弾で対空防御弾幕を展開する。両足を失ったことでバランスを崩しているダークワスプはもうほとんど落ちるしかない。今度こそパルス弾が頭部を粉々にし、ブレードを展開していた左腕を破壊し、そしてコアを捉え命中していく。

「っ、ぉぉぉおおぉおっ!!」

 エイヴは自然と、雄叫びにも似た声を漏らし。コックピット内で鳴り響く機体へのダメージを知らせる警報を無視し、残された右腕のブレードを展開。まるで殴り下ろすかのようにケツァルコアトルの頭部めがけて振り下ろした。プライマルアーマーへの激しい干渉を強引に突き破り、ブレードの短いプラズマ刀身が頭部中央の大きい単眼光学センサーへと、まるでバターを切りつけるように滑らかに入り込んでいく。その後すぐに右腕がその周辺を叩き潰す激しい衝撃。

 それでもなおエイヴはダークワスプの腕を引こうとはしなかった。可能な限りエネルギーをブレードへ回しつつ、さらに腕を内部へ押し込み破壊していく。だが過度の使用によるブレードのリミッターが起動したのか、致命的な部分へと至る前にブレードが消えてしまった。そこでバランスを崩したダークワスプはケツァルコアトルの上から転がり落ちる。着地しようにも足はすでに破壊されており、そのまま砂の上へと落下してした。

 機体の損傷はすでに限界。特に無理なQBとOBの使用、さらにブレードへ強引にエネルギーを回したためジェネレーターまでもリミッターが起動してしまい、機体制御システムもパイロットへの生命維持だけが精一杯という様子だった。もはや指一本、ダークワスプは動くことが出来ない。

 それを見下ろすケツァルコアトル。頭部は歪に変形してしまっているが動力系が破損したダークワスプに比べればまだ損傷は軽微といえる。もはや動けないエイヴを倒すことなど赤子の手を捻る程度のことだった。だがいまだにケツァルコアトルは動かない。

『……やはり、こうなったか…。』

 ダークワスプの薄暗いコックピットの中で唯一明るく、フォルテの顔を映した通信画面が表示される。そこには鼻からだけでなく、両目からもゆっくりと血涙を流す彼女の姿があった。ダークワスプへこれ以上攻撃できないのは機体のせいではない、パイロット自身である彼女が限界に達してしまっていたからだった。赤い血とは逆にその肌は白く、冷や汗が浮かんでいる。だが彼女の顔には弱弱しくも笑みが浮かんでいた。

『…でも、これで…いい…。私、たちが消え…『答え』は、出せた…。あと…は、…勝者に…まかせ、…っ。たの、む…リンクっ……人へ…安定と…平穏、を…。』

 彼女の声がだんだんと消えていく。それにあわせケツァルコアトルもまた機能を停止していく。

『…ヴぇー………つぇ…ぅ―――』

 通信が切れる寸前、彼女が誰の名を呼ぼうとしていたのか…。エイヴには判らなかった。だが…。

「……その願い…確かに…受け取った。」

 ただそれだけを言ってやることはできた…。





 日が沈み、夜の暗さを見せ始めた砂漠。その中を飛ぶ一機のヘリの中では二名のオペレーター、そして一人の女性が送られてくるデータへ目を通していた。

「…ケツァルコアトルの機能停止を確認。」

「…パイロットはどうなりましたの?」

「不明です。バイタルサインの記録では機能停止前までの生存を確認しています。しかし心拍、呼吸、脳波共に低下していたため、生存している可能性は低いかと。」

「…そう。」

「…企業側もこの報告を受け現場処理へ部隊を動かしつつあるようです。こちらもケツァルコアトルを回収に向かわせますか?」

「いえ、アレは捨て置きなさい。どうせ過程の一つですわ。ハードを失ったところでデータさえあればまた再現は可能ですし。それより、アヴァロンにこれから帰還すると報告を。」

「了解しました。」

「………さて、これで第一段階は終了。第二段階へ…。また忙しくなりますわね。」

「アヴァロンより返信、ありました。 『貴官ノ帰還、心ヨリオ待チシテイル。』とのことです、ドルチェ様。」

「あらら、つまらないシャレですこと。相変わらずセンスが無いですけれど、まぁいいでしょう。では古い実験場(アヴローラ)を捨てて…新しい実験場へ。」

 緑色をした髪を肩から後ろへ流しつつドルチェは一人、楽しそうに呟いた…。





【旧ピースシティエリアにおけるアヴローラテロ事件の報告】
 作成者:マニング・エイカード
 所属 :フリージャーナリスト

戦死者数:218(推定)
負傷者数:451(推定)
行方不明:307(推定)

●アヴローラ幹部
・フォルテ(本名 ティメ・アデン・テレスカヤ) 行方不明
・リゾルート(本名 不明) 戦死
・アジタート(本名 不明) 戦死
・ドルチェ(本名 不明) 行方不明

●カラード所属リンクス
・No20 ペルソナ・ノン・グラタ 行方不明
・No21 ウェルギリウス 生存
・No31 ヴェーツェル 生存(ただし全治一週間の負傷)
・No46 エイヴ 生存(ただし全治一週間の負傷)
・No47ハーケン・ヴィットマン 生存(ただし全治二週間の負傷)
・No48 マグタール 生存(ただし全治二週間の負傷)
・No50 U・N・オーエン 生存

 今回アヴローラが起こしたテロに対する行動として、同組織は二名のリンクス(No31 ヴェーツェル、No47ハーケン・ヴィットマン)を雇い入れる。両名はネクストを破壊され、企業連所属部隊により保護。一時拘束となる。
 企業らはリンクス二名(No21 ウェルギリウス、No50 U・N・オーエン)を投入。しかし二名は途中、機体損傷を理由に戦線を離脱。アヴローラ所属ネクスト二機を撃破するもミッションは完遂できず。
 またNo20 ペルソナ・ノン・グラタは個人による依頼でリンクス二名(No46 エイヴ、No48 マグタール)が介入。ペルソナ・ノン・グラタは途中、アヴローラの雇ったリンクス(No31 ヴェーツェル)と交戦、相討ちへ持ち込むも、残りのリンクス二名が敵リーダー機を撃破した。
 その後、企業連の部隊が戦地処理へ投入され、二名も保護、一時拘束とする。
 また、二人へ依頼を出したNo20 ペルソナ・ノン・グラタは搭乗ネクストの残骸を回収するも本人は発見できず。アヴローラリーダー(フォルテ)もまた搭乗機(特殊大型MT)は回収するも本人は発見できず。また、その製作者だと予測される技術者(ドルチェ)もまた発見できず。

 今回の結果を踏まえ、企業は自身が投入したリンクスによる解決は出来なかったが、別のカラード所属リンクスにより事件は解決されたという情報を使い「企業がリンクスを6名投入した」という事実を作り上げる。結果、それを使ってあたかも企業がこの事件を解決したかに見せ、一般人たちの求心を派かっと思われる。
これによりアヴローラ側およびペルソナ側へ加担したリンクス4名の処分は一定期間の監視のみとし罪状は不問とする。

 またそれと同時に行方不明となっている重要関係者3名、ペルソナ、フォルテ、ドルチェはMIA(作戦行動中行方不明)に認定。以後身辺、および生存確認の調査を終了とする。

 以上を私、マニング・エイカードが知りえる情報をここにまとめる。





(このレポートの下書きには裏面に何か殴り書きがあるようだ…。)

ここまでを自分で書いて俺は確信した。この事件はいまだ終わっていない。
行方不明のやつはどこに行った?きっとそいつらは生きているに違いない。
何のために行方をくらませる?きっとそいつらは何か隠しているに違いない。
だが企業は調べるのをやめたようだ。これはチャンスだ。俺が調べよう。
絶対に探し出して聞き出しいてやる。この世界の真実を。
他の誰でもない、俺が調べ上げてやる。
だから逃げるなよ、山猫ども。俺は絶対お前らをファインダーに収めてやる。
あの時撮ることが出来なかった、『白いネクスト』の変わりに…。

(そこで殴り書きは終わっている…)





 to by Continue Second stage…




あとがき

 コシヒカリは私を選んだ…。世界の意思が…人類の無意識が…週末を望んでいるのだ!!(休日的な意味で
 みろぉ!!これがコシヒカリの意思だ!!!(休日を欲する意味で

 しょっぱなから妙なアヌ●スネタで失礼。といいつつ、休みくれ〜(ぐて〜
 さて、これでワイズマンレポート第一部は終了です〜。次回からは第二部が始まるよ♪
 実際はもっとハッピーエンド的なものをやる予定でしたがいろいろあってこんな形に…。またこの作品参加者全員を対象とした「この後どう過ごしているか」というのを日常イベントでやろうかな〜っとも思ってたんですが、挫折しました。(ぇ …だって参加人数が半端ないんだもん…。(´・ω・` )←へたれ
代わりといっては何ですが、近いうちに始まる二部によければ参加してください。

 今回の話に対する一言…『最初悪女(大ボス的な意味)はフォルテになるはずでしたが、いつの間にかドルチェに…。』(ぇ
 いや、実際大ボスはもちろんフォルテの予定だったんです、最初は。でも後からヴェーツェルと仲良くなってきて消えてもらうにはちょっと惜しくなっちゃったというのが本音。結果上がった真ボスはチョイ役のはずだった彼女に回っていきました。次回でドルチェの所属や正体もはっきりさせていく予定です。まぁ、あまり気にせずお楽しみに〜。(意味不明)

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