『Necessary_evil』

/0.

 幸せな夢をみた――


 愛しい人、愛しかった人、尊敬した人、親しき人、その全てが和やかな時間を過す。

 そんな矛盾した夢から覚めて浮かぶのは夢に対する余韻ではなく自嘲。自分がこれから何をするのかを考えたら幸せを夢に見るのも痴がましい。幾人もの人間を巻き込み、罪の無い者にさえも銃口を向ける。そうさせるのは、一人の友人への弔いであり咎への贖いだ。そこに建前を述べたところで破綻した独善でしかない。

 だが、胸元に置かれた手は首に掛けられた遺品を強く握り締めてしまう… ――まるで、割り切れない事に抗うかのように。


 自分は何を失い、何を得た。 自分は何を奪い、何を与えた。 その一つ一つは何の為に、誰の為か。


 そう考え込む彼の部屋には窓を打つ雨音だけが響いていた…




/1.

 乾燥地帯特有の砂嵐から逃れるようにしてオーフェンの格納庫にヴィシュヌを滑り込ませると意外な光景に目の当たりする事となる。 格納庫なのだからネクストやノーマルが置かれている事に不思議は無い。が、その中身が問題なのだ。

 ハンガーに並ぶ5機のネクスト。 No.7 ミストレスのセレーネ、No.10 ベアトリーチェのマヴェットソング、オーフェン擁するフラナ・グラスとニンファー、そしてパートナーの彼が駆るファグナー。それらの多くは紛れも無く実力者と言われるリンクスが搭乗する機体であり、同時に今回の依頼に対しては過剰と言える戦力。彼は一体これ程の戦力を何の為に行使するのか。その時はまだ知る由も無かった…

 そうしながらも機体をハンガーに固定して降り立つと、向かい側のハンガーに固定されたノーマルが目に留まる。ただのノーマルなら気にも留めないのだが、如何せん奇妙なペイントが四本の脚から頭の先まで施されているのを見ると興味を通り越してあきれ返ってしまう。何に使うのやら…と誰に言うまでも無く愚痴ると、格納庫の出口へと歩みを向けた…



* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



 ブリーフィングルームの表札が掛かった部屋に踏み入れると予想通りの面々に加え組織の人間が数名個々に宛がわれたデスクに着いており、自分が最後だったらしい。


「揃ったな、ブリーフィングを開始する。空いてる席に座ってくれ」


 そう促すリディルの言葉に従い、腰を下ろすと照明が落ちてスクリーンに周辺の地図が表示される。手前に打たれた点に現在地と書かれているのを見ると北方に打たれたもう一つの点は作戦目標が置かれている研究所だろう。


「先ずはこの様な個人の依頼を受けてくれた事に感謝する、ありがとう。では、作戦の説明に移らせてもらう。今回の作戦目標はアスピナ研究機関08研究所に置かれる中央演算装置、そこに収められたAI『Nemo』の破壊、それだけだ。担当は事前に渡した情報通り、施設へ侵入し対象を直接破壊するΩ班。ネクストを用いての陽動及び退路の確保を行うΛ班。作戦の前段階として施設の地下通信ケーブルの破壊とECMの展開、作戦実行中のオペレート等Ω、Λ両班への情報支援を行う剩ヌの三つに分かれてもらう」

「ラムダ隊はNo.7 ミストレス とNo.10 ベアトリーチェの二人。オメガ隊は私やリュカオン、そしてイレクスを初めとするオーフェンのメンバーを含め12名。残りはデルタ班を担当してもらう。ココまでで何か質問は?」

「一ついい? この中で実質最高位のリュカオンをリンクスとして使わない理由を教えてもらえないかしら」


 ベアトリーチェの問い掛けも最もだ。本来リンクスに必要となるAMS適正は先天性のものであり、強壮剤での一時的なものを除けば訓練等の後天的な理由での上昇はまず見込めない。その様な理由を鑑みれば希少な適応者を代替の利かないリンクス… それも粗製などではなく上位ランクの人間を侵入部隊へと割り振るのは現実的な判断とは言えない。

 だが、今回に限ればそうも行かないのだ。他のリンクスも同時に挙げれば、先ず唯一施設内の間取りを知っているリディルを外す事は出来ない。オーフェンの二人にしてもACにおける高い操縦錬度と生身での戦闘技術を併せ持つものが組織内に殆ど居ないというのもあるが、基地の防衛や前段階の工作を行うデルタ班に人員を回すと侵攻部隊に回せる人員が自ずと少なくなってしまうからだ。そして私も彼らと同様で操縦錬度と戦闘技術を併せ持っている。が、理由として最も因るのは私自らの希望だと言う事なのだろう。たとえ同じ戦場だとしても…いや、同じ戦場だからこそ自分の目に見えない所で彼が死地に向かう等耐えられた事ではない。だからこそ振られる事の無かった彼の首を縦に振らせたのだから……

 その旨を彼が大間かに説明するとベアトリーチェも一応は納得したようでブリーフィングが再開される。


「では、作戦進行の手順を説明する。明日深夜0245より先遣隊であるデルタ班工作・後方支援の両部隊とCP(コマンドポスト= 指揮所)確保までの護衛を行うオメガ班が基地より出発、敵レーダー圏3km手前に拠点を確保した後にデルタ班工作部隊は地下通信ケーブルの中継器を目指して移動を開始。同時にラムダ隊2機は基地より出撃し、感知範囲の3km手前まで移動。工作部隊が中継器の破壊及びECMの展開を完了すると同時にラムダ隊は目標施設に接近して陽動を行ってくれ。敵の目がネクストに向かっている内に侵攻部隊であるオメガ隊は3機2小隊に分かれて東西より迂回し、施設へと侵入し奇襲を掛ける。侵入後、オメガ隊は小隊単位で司令室と破壊対象が置かれる研究室を襲撃、ラムダ隊はオメガ隊の退路を確保する意味も有る為防衛戦力を殲滅無いし行動不能に追い込んでくれ。ただ…」


 と、流れを一通り言い終えたところで一度区切り、室内を軽く見回す。何か特別気に掛ける事でもあるのだろうか? その疑念は強ち間違いではないようで、彼の表情はやや苦いものとなっている。


「オメガ・ラムダ両隊に注意事項程度で構わないので留意しておいて貰いたい点が幾つかある。 先ずオメガ隊は施設侵入後の抵抗勢力への対処についてだが、味方へ攻撃可能な位置に居るモノは全て敵性とみなして貰って構わない。特に接近するものは外見に関係なく排除してくれ。」


 『どういう事だ?』と問う私に複雑な… 自嘲する様な笑みを浮かべると、まるで自身もそうだったと語るかの如く答えを返す。


「機関の被験体は拾われて間も無く身体機能の強化を目的としたトレーニングや手術を課せられる事となる。機関で孵化した被験体なら尚更の事で、事実幼年の子供であっても成人男性一人仕留めるのに手間取る事も無い。それに中には薬物依存や洗脳状態になってるモノもおり、何をしてきても不思議はないと来る。要約すれば味方以外の接近を下手に許せば味方への被害に直結するという事だ」


 人間が生まれる事をあえて『孵化』と言った事に引っ掛りはするが、言っている事自体に不可解な点も無く納得するには十分な理由であり、感情的なものを除けば別段固執する様な事でもない。


「次いでラムダ隊だが、戦闘を行うであろう防衛戦力及び増援についてだ。先に配布した資料の通り施設に配備されているのは数機の『 002-B 』とNo.45 の『 スケアクロウ 』が四機。双方共に被験体やNemoが使用する試験機だが、君達の敵ではないだろう。また、増援についてだがオーメル社の部隊が動く事は無い為、増援が現れた場合はカラード所属のネクスト… 恐らくは中位以下のリンクスが単機、多くとも二機程度だが総数だけ見ればかなりの物だ、残弾には注意してくれ」

「何故そうまで言い切れる。確固たる理由が無い推測ならば情報としての意味をなさいぞ」

「何… 協力者は此処に居るだけじゃないってだけだ。オーメル社内部は今Nemoの件でプロジェクトを肯定する推進派と否定的な穏健派、そして老害の吹き溜まりの中立派の3つに分かれており、今回機関が施設で行っている事を各企業に告発した所GA・インテリオルグループからの批判が集中し、中立派が穏健派に傾き推進派が鎮圧されるのも時間の問題だそうだ。そんな状況下で社の部隊や専属を動かせるはずも無く、フリーランスだとしても高ランクのリンクスでは他社の目を掻い潜るのが困難となるため、自然と動かせるのは目に付かない中位以下と限定されてしまう。現在有力なのはオーメルでの短期契約を結んでいるリンクスで『No.28 アマリリス』『No.38 Σ』『No.47 ハーケン・ヴィットマン』この三人が有力な候補となっている」


 彼の協力者が信用に価するかは別としても情報を告発したのならば企業郡がどう動くかは言われなくとも大方想像がつく。そしてそれが違わない事も…


「又、リークした際にインテリオルから援助の申し出があった。 理由までは把握できないが、奴らにも何かしらのメリットがあるのは間違いないのだろう。 まぁ、文句も山ほどあるが後ろ盾がある事には代えられない。納得してくれとは言わないが、理解してもらえると助かる」


 インテリオルの援助、正直な事を言えば不可解だとしか言い様が無い。利益になる者に対して支援を出す事自体は何ら不自然ではないものの、この一件に限れば態々手を出す程のメリットがあるとは思えない。それとも、何かリスクを犯す程の理由が彼らには存在するのだろうか…




 ― 後に私は彼等が動いた理由を知る事となる。最も、知った時には既に手遅れだったのだが…… ―




 その後は別段滞る事も無く進み、時計の長針が一回りした辺りで終了の旨が告げられる。


「――になる。 此方からは以上だ。何か聞き損ねている点は無いか?」

「んじゃ、俺からも聞かせてもらうわ。 あの妙な塗装をしたアレは一体何だ、迷彩にしちゃ派手すぎるぞ」


 イレクスが言うアレとは格納庫に置かれたノーマルの事だろうか。確かにコックピットから出ていきなり幾何学的な模様を迷彩代わりにペイントされた機体を見た時は何かと思ったものの戦力として投入される物とは思っていなかった為に気にする事も無かった。が、今のイレクスの口振りから察するにアレも何らかの形で…恐らく侵入部隊が使用するのだろう。


「あぁ、イーゲルの事か。機体自体はBFFの四脚なんだが、装甲にインテリオルから提供されたC.T.I.… Camouflage-traitement informatique(対電算処理迷彩)のパターンを施してみた。このパターンは映像として取り込み数列に変換・処理する場合、パターンの数列化を行うと数列そのものがウィルスに類するコードと成る様計算されているらしく、画像的被発見確率の低減やFCS障害を誘発させる事が出来るとの事だ。テストである程度の効果は確認されているので使用に際して問題はないはずだ」

「成る程、迷彩と言うよりもステルスって訳か。いけ好かんな」


 一般的な迷彩が風景に溶け込み見つけ辛くする物とすれば、映ってこそ効果を発揮するC.T.I.はステルス性の技術に近いと言える。ただ、ECMの展開や周囲の気候を考えれば保険程度でしかないのはイレクスも判っているようで、それ以上追求する事も無い。

 そうした間の後に解散が告げられ、ほんの数分で会議室は閑散としてしまい残っているのは私一人となる。別段何か悩む事があった訳ではないものの、椅子にもたれて呆けている内にこうなってしまったのだ。

 こうして、無駄に時間を浪費するよりも有意義な事は幾らでもある。と区切りをつけ立ち上がると早まる気持ちを抑えつつも会議室を後にした…


「さて、あいつは何をしているかな」





/2.

 心身共にクタクタとなり機体から降り立つと待機していた整備班が自分と入れ替わるようにしてプロミネンスを囲んでゆく。そんな彼らに背を向けて宛がわれた部屋へと退散するが、途中で何度欠伸をかみ殺した事か。大方今回請けた依頼 ―ノーマル部隊の演習におけるアグレッサー(仮想敵)― がここ数日に限って夜間演習となっているのが原因だろう。

 連日の疲労も相俟ってか、丑刻時という事を差し引いても瞼はいつも以上に重く、体はひどく気だるいし、おまけに全身汗だくで気持ちが悪い。ただ、幸いなのは明日の演習が無く、思う存分寝ていられる事位だろうか。

 そうして部屋に着くなりシャワーで汗を流すと、食事と摂る事も忘れてベッドに倒れこんでしまう。疲れきった今ならこの固めのベッドでも心地よく眠れそうだ。


「…フェローチェ……」


 守ると誓った女性の名を呟き、まどろみの中に落ちていこうとする… が、好機邪魔多しと言う様にタイミングが悪い時はあるもので、備え付けのデバイスがアラームと共に出撃を伝えてきた…

 丁度寝ようとしていたタイミングでの事だったせいもあり疎ましい事この上ないのだが、このような形で入る以上緊急を要する依頼であり、自分には拒否権が無いも同然なのだ。 そう諦め、苦虫を噛み締めるような表情をしつつもパイロットスーツに袖を通すと、ハンガーに向かうべく勢いよく駆け出した…



  * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



 輸送機の中で揺られながら機体のシステムチェックを走らせながら並行して依頼文の確認を行っていく。今回依頼された内容は以下の通りであり、少ない時間の中でも順次目を通していける分量でしかない。


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 作戦目標:対象施設の状況確認 及び 敵対勢力確認時の脱出支援


 当基地より南方約300kmに位置するグループ傘下の研究施設が先程通信網を遮断しました。地下通信ケーブルが全て不通となっている点を見るに敵対グループによる工作の可能性が高いと思われます。

 よって、貴方には施設の状況確認、及び敵対勢力の排除。排除が不可能だと判断された場合には研究物資と研究員の脱出支援を行っていただきます。 敵襲の可能性を鑑み、契約中のネクストを僚機として回しますので現地の防衛部隊と合わせ協働で作戦にあたってください。

 尚、現在作戦地域では砂嵐が確認されており通信範囲・精度の低下が懸念される為、味方との位置関係には留意してください。

 以上で説明を終了します。 


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 施設の防衛と記されていないのは彼等にとって重要なのは成果であり、それを生み出す研究者で、資材等の代えが利く物はまた用意すればいいという余裕の表れなのか、それとも大量の物資まで回収する程余裕が無いだけなのか…

 だが、それとは別に自身に波を立てるのは一抹の不安。内容自体は攻勢よりも守勢に重点を置く自分にとってすれば十八番と言って良い状況で別段問題がある訳ではない。 だが、場所が問題なのだ。 この地域に位置するオーメル・サイエンス傘下の研究施設として浮かび上がるのは機関の研究所であり、忌々しい記憶ばかりが残る場所。そんな土地に自ら近づきたいなど思うはずが無く、思い出すだけでも虫唾がはしる。

 それでも、僅かな不安を杞憂だと振り払い視線を上げれば、モニターには機体に問題が無い事を示すオールグリーンの文字と投下まで一分を切ったカウンター、そして開け放たれたハッチが映し出されており、何時でも出られる事を確認できる。

 そうして出撃を告げ、プロミネンスを押し出すと、遥か下方へと落ちていった。





/3.

 散らばる薬莢、赤黒い血溜まり、物言わぬ肉塊。そんな光景を目の当たりにして硝煙や鉄臭い臭いがバイザー越しにも届くように錯覚してしまう。

 そんな死臭が充満した空間に居るのは強化外骨格を纏ったオメガ隊の面々。通信の遮断、ECMの展開、ネクストでの陽動、それらに環境も相俟って抵抗らしい抵抗も無く侵入する事には成功する。侵入後の道程も被験体や少数の警備員が抵抗を試みてくるのも予定の内なのだが、読み間違えた点が無いわけではない。今居る第1層エレベーターホールに辿り着くまで、遭遇した職員が少なすぎるのだ。数に数えても両手の指で少し足りない程でしかない。

 その事が気に掛かりはするものの順調に進んでいる事に変わりなく、対象破壊という目標に限れば問題ではないのだが…


「オメガ1 よりCP。F1 中央エレベーターホールに到着、抵抗は極少数につき作戦遂行に問題なし」

『CP了解。オメガ1から6は継続して標的破壊を目的とし、オメガ7から14は敵HQ(ヘッドクウォーター= 司令部)を強襲し指揮系統を破壊せよ』

「オメガ了解。ラムダの調子はどうだ?」

『ラムダ1及び2は健在。敵防衛部隊と交戦中ですが状況は優位に進んでおり、既に“002-B”全機、“案山子”の半数を撃墜しています。』


 オメガ1のイレクスにCPを務めていたリコリスは『ただ…』と区切り、増援が向かっている旨を告げる。


『先程“彼”からの連絡で増援の出撃が確認されました。出撃が確認されたのは、No.38 プロミネンス及び、No.47 ニーズヘッグ。現状なら問題ありませんので、其方も御武運を』

「よし、全員聞いたな。予定通り二手に別れて目標を強襲する。破壊後はB1エレベーターホール若しくは格納庫まで後退し、退路を確保だ。わかったな!」


 そうした指示に私を含めた面々は下層突入の準備を進める手を休める事もなく二つ返事を簡潔に返すのであった。



  * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



 下層に降りた先でリュカオン達を待ち受けていたのは想像通りの抵抗だった。 ホール毎に10名前後の人員を固定で配備しており、重要視されている部屋までの縦陣は厚く、中程まで突破するのにも想定以上の時間をかけてしまっており、今も制圧したホールの壁に寄り掛かって降りかかる火の粉を凌いでいる最中だ。

 ただ、ここでも感じるのは確かな違和感。 侵入者を排除するなら包囲殲滅を試みるなり出来るはずなのだが、彼らは防衛線を構築するばかりで積極的な攻勢に出ようともしない。そしてやはりと言うべきか、武装して立ちはだかるのは年端も行かない少年少女ばかりで成人は影すら見せないで居る。そうして導き出されたのは一つの可能性であり、唾棄すべきものでしかない。


「…施設と備品を廃棄して、研究成果を持って自分達だけ逃げ出す腹積もりか。ったく、奴等らしいよ」

「そういうな、下手に細工でもされてるよりはマシだろう。 オメガ1から各員、これより残り2ホールを強襲・突破する。オメガ2(リラ)は俺に続いて突破口を開け、3と4はその支援を行い、5(リディル)と6(リュカオン)は撃ち漏らしの処分だ、いいな!」

「「 了解!! 」」

「スタングレネード及びフラッシュバン投擲5秒後に敵前衛に強襲を掛け突破口を確保する。突破に際して無理に殲滅ぜず残りは後続の5と6に任せろ。突破後は1から4は反転し、追いすがる奴らを足止めする。5及び6は目標の破壊を行え。兵は多きを益とするにあらず、だ。数が多い事を逆手に取るぞ」


 イレクスが言い終わるや否や、榴弾のピンを抜き、各々装備を構える事で準備が済んでいるのを態度をもって告げる。

 そうして放たれた数秒後には甲高い音と光が氾濫し、立ち塞がる彼らの意識を容赦なく奪い去る。無防備な姿を晒す彼らに対し間髪置かずに降り掛かる強襲。スタングレネードやフラッシュバンによる失神効果は長くても数秒と短いものだが、コンマ1秒が生死を左右する戦場において数秒と絶対致死と言っても過言ではなく、結果は素人目に見たとしても明らかな物でしかない。

 手前に居た少年はリラが突き出した短刀に喉笛を裂かれ、その後ろに立つ少女はイレクスのFNP-90から吐き出された鉛弾に打ち抜かれ目を覚ます暇無く事切れる。そうして突破口を開く前衛を3と4が脇から支え、彼らが打ち漏らしてしまったモノはリディルとオメガ6と呼ばれた私が処理し、背後を取られるのを防ぐ。

 人数の差を技量と装備で押し返せるからこそ取り得る選択肢であり、リスクも相応にあるのだが… 眼前の光景はそれを差し引いても成功を確信出切る程に優勢な状況に思うことが出来た。だが…、その幻想は脆くも崩れ去る事となる。

 突如響いた爆発音と共に前衛だったリラが背後へと吹き飛ばされる。彼女が吹き飛ばされた方向とは逆方向… 正確にはその奥に視線を向ければ筒らしきものを投げ捨て、新しい筒を構えなおそうとしている数名が此方を狙っていた。


『オメガ2のバイタルサインが低下しています。状況の報告を!』

「オメガ5よりCP。敵後方に居た奴らが味方前衛を無視してCS型のAT−4を打ち込んできた。オメガ2は直撃を受け戦闘不能」

「4は2を確保、退避させろ。 残りは残敵の掃討しホールの確保だ!」


(また… またあの時の様に、為す術無く失うというのか私は!)


 そうして内心憤った所で残った敵を無力化すべく銃弾をホールの奥にいた少年達に撃ち込む位しかできずにいた…



  * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



 抵抗を試みた被験体でもある少年兵達は殲滅され、ホールの制圧には成功し、目標までのルートは確保された。 だが此方も無事とは言えず、程度の差こそあれど皆傷を負い、装備もまた大半を消耗してしまっている。中でもオメガ2のリラは旧式の物とはいえ対戦車砲の直撃を受けて傷も深い。ただ、幸いにも意識もあり、応急手当甲斐あってかバイタルサインも今は安定している。最も、早急に本格的な治療が必要には違いないが…


「2がこの様子じゃ連れて行くのは無理だな… 3と6はここに残って後方警戒と2の護衛、残りで目標の破壊を行う。いいな」

「待ってくれ。 この傷じゃ治療が遅れれば致命傷にもなりかねない。 目標の破壊は俺がやるから彼女を連れて後退してくれないか?」

「無茶をいう――――」

「なら、私も残ろう。…なに、逃げるのは意外と得意だ。 何より、バディのお前だけ残していくのは忍びないしな」


 今の言葉に嘘は無い。だが、本音を言えば一人の残るといった彼の事が心配でならなかったのだ。そんな事に気付いてか否か、彼は同行を否定するでもなくただ苦笑しながらも頷いてくれた。

 そしてイレクスも次善の選択しながらもリラに早急な治療が必要なのは判っているらしく、苦虫を噛み潰したような表情で考え込んでしまっている。 そうして数秒の後に出した答えは彼を、リディルを信用する事であった。


「仕方が無い、任せよう。ただし、お前の言う事を信用して後退するんだ言った事は守れよ」

「あぁ、必ず。 それと、我侭ついでに生体義手の手配も頼むよ」

「…っ! リディル!?」


 彼の言葉に思わず振り返れば、手首から先が不恰好な粘土細工の様にひしゃげた彼の手がそこにはあった。 

 だというのに、イレクスはただ一言「任せとけよ」と返すと踵を返し、リラほ抱き抱えるようにしてオメガ3,4と共に後退していき私とリディルだけが残される。

 
「じゃぁ、行こうか。お手柔らかにな」

「悪いが…手加減は出来ん。そういう性分だ。」


 楽観出来ない状況にらしくもない軽口を叩く彼に私は苦笑しつつも、強化外骨格のブレードマウントから抜き放った長刀を構え、細めた視界の先に進むべき道を見据えた。





/4.

 自身が放ったグレネードを受け体勢を崩しヴェットソングによって斬り捨てられ、スケアクロウは力無く地に伏せる。レーダーを確認してみるが周囲に敵性表示は無く、いま討ったのが最後だったのが文字通り見て取れる。

 そうして敵機殲滅をCPへ報告する傍ら、何気なしに時刻を確認してみれば戦闘行動を開始してから既に30分以上経過しており、予定通りなら下層の目標を破壊した面々も撤退を開始しても可笑しくない頃合だ。その証拠に、施設の指揮所を破壊したオメガ7からオメガ12が登場するイーゲル3機は予定通りのルートで撤退を開始している。だと言うのにCPから自分に対して返って来たのは『即応待機命令』… 素直な言い方をすれば下層に侵入した部隊が目標破壊に手間取っているのだろう。ままある事とは言え、何もかも計画通りには行かないという事を改めて実感せずには居られなかった。

 だが、外にいる自分が何を考えたところで彼等の行動が早まるわけでもない。そうして思考するのを止め、残弾心もとない両腕の装備を投棄し、真っ先に撃墜しただろうカカシのマニュピレーターからアサルトライフルを拾い上げる。一応使い慣れたプラズマライフルもあるにはあるが、代えが利かない以上最後まで取って置くべきだろうと思っての行動だった。

 同じようにして装備を持ち替えたマヴェットソングがイーゲルの護衛に向かおうと此方に背を向けたその時だった。


『イーゲル4から6のI.F.Fロスト……ッ!』


 急遽CPからの強張った声に緩みかけた気持ちを引き締め、目の前に広がる光景とオペレーターからの声に意識を集中させる。


『敵増援No.38 プロミネンス 及び No.47 ニーズヘッグ 。残ったオメガ隊は施設内に待機させておきますので、敵ネクストの撃破をお願いします』

「ああもう、虫みたいにぞろぞろと……」

「まったく、キリが無い!」

「アンタはどうしてだか気に入らないけど、アンタとは合わせやすいわね」

「同感だな」


 漏れた本音。不意に重なる声。そして先の戦闘中に幾度と無く感じた感覚は彼女の言葉によって確信へと代わる。ブリーフィングの時から漠然とした不快感を彼女に対して抱いていたものの、いざ戦場に立ってみれば意図する事無くお互いの穴を埋め合い、長所だけを伸ばす機動が自然と出来ていたのだ。彼女程僚機に相応しい者も中々には居ないだろう。だが、時を同じくして彼女もまた自分と同じ事を考えていたらしい。


( 悪くない… )


 内心そう呟くとMAPに表示されたイーゲルの撃墜ポイントに機体を向け、OBを起動させるのであった。



 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



『な、なんだこりゃぁ!?何たって上位ランカーばっかが敵にいやがんだ!?バカじゃねぇのか!!!』

「ターゲット…確認」


 接近する敵機の識別結果に飛び出した第一声がこれだ。Σも表面上は冷静そのものだったが、内心では戦慄にも似た感覚を感じずに入られなかった。

 AMSから入ってきた識別結果は No.8 の セレーネ と No.10 マヴェットソング 。 企業専属が極端に減少し、半ば実力主義となった現在のカラードにおいて上位十名に数えられる事が意味するものはあまりにも大きい。

 20以上のナンバーを持つ者でさえ彼等と対峙するのは茶番でしかないと言われるのだから、正面きって戦った所で自分達に勝機が無いのは明白だ。だが、たとえそうだとしてもここで背を向けるのは彼の矜持が許さなかった。


( 護る…だけなら)


 恐らく、彼女等を打ち倒す事は叶わないだろう。 だが、Σへの依頼が襲撃部隊の撃破を最優先としていない以上“撃墜できない”のと“依頼の失敗”はイコールで結ばれる事はない。ならば自分の行うべきは彼女達を引き付け、施設の人間が脱出するまでの時間を稼ぐ事であり、守を矜持とする彼にとっての十八番ともいうべきものであった。


 先を行くニーズへッグが先制攻撃を掛けるのに続き、動きをを制限する為にミサイルで厚い弾幕を張る。回避可能な方向に弾幕を張ることで移動先を制限し、限られた方向に回避した先に火力を集中させればダメージを与える事が出来る。そう踏んだにも関わらず彼女等が選んだのは自分達が残した選択肢などではなかった。

 先陣を切っていたマヴェットソングは弾幕に突っ込む形で更に前進し、追従していたセレーネはマヴェットソングに距離を取る形でOBを起動させる。弾幕に突っ込んだマヴェットソングは当然ミサイルを被弾しプライマルアーマーは減衰する。が、彼女の機体は緑光を纏っており、後続のミサイルを巻き込んで炸裂したソレはモニターを白く塗りつぶして瞬く間に視界を奪い去る。


「損傷…軽微」

『ッケ!偉く自虐的な戦い方するじゃねぇか』


( 違う… )


 僚機の吐き捨てた言葉を声にも出さず否定し、回避行動を取る為にクイックブーストを噴かす。 が、回避行動を取ったにも拘らず次の瞬間には酷い衝撃が機体を揺らし、警告文がモニターの中に表示される。


― 後方からの衝撃により右腕肩関節に重度の物理的損傷 大破 強制パージ ―


 状況を把握出来ず、飽和しそうになる頭を必死で押さえつけ、我武者羅にブーストを噴かして距離を取る。そうして距離が取れた頃には頭部カメラが復帰し、片腕を失ったバランスの調整も完了する。

 そうして戻った視界に写ったのはマヴェットソングのブレードを根元から受け崩れ落ちるニーズヘッグとMARVEによってプロミネンスの片腕をもいだセレーネの姿であった…



 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



『ニーズへッグの沈黙、及びプロミネンスの戦域離脱を確認。作戦完了、見方残存部隊の護衛を行いつつ撤退を開始してください』

「奴を追撃よかったのか?」


 報復を警告するベアトリーチェに対し、CPでオペレーターを務めていた女性は味気なく『 問題ありません 』と言い切ると専用の回線を閉じてしまった。

 ベアトリーチェはその事を不満に思うでもなく溜まった疲れを溜息と共に吐き出すと、残った味方ノーマルを護衛すべく進路を取るのであった……





/5.

 議題:アスピナ研究機関08研究所襲撃作戦 結果報告 及び 事後処理の検討

 
 概要:
 
 傭兵組織 オーフェン を主とする部隊が リビアE7区画のアスピナ研究機関を襲撃。防衛部隊及び施設内に設置された複数の電算装置を破壊した後に撤退しています。

 又、オーメル社のサブリメーション・プロジェクト推進派が同社ノーマル部隊の訓練用アグレッサーとして雇用していたリンクス二名を研究成果防衛の為に差し向けるも、襲撃部隊が雇用していたと思われるネクストにより撃退される。 尚、形勢の不利を受けて施設の研究員、及び備品の一部は施設の輸送用大型ヘリを用いて脱出を試みていますが何者かによって撃墜されています。

 結果。機関は研究施設を放棄し、サブリメーション・プロジェクトも基幹を成す電算装置を破壊された事で無期限の凍結… 実質的には放棄されており、生存していた一部の研究者並びにプロジェクト推進派の人間は順次検挙され、事態は予定の範疇に収まりつつ順調に推移しています。

 

 損害状況 及び 事後処理内容:


 /損害集計結果

  死亡者数  102名 ( 施設研究員 39名 被験体 57名 オーフェン構成員 6名 )

  生存負傷者数  7名 ( 研究施設員  3名 被験体  2名 オーフェン構成員 2名 )

  行方不明者数 18名 ( 研究施設員  1名 プロジェクト推進派 17名 ) 

  物的損害       ( 002-B 2機大破 スケアクロウ 4機大破 GA社製FLYINGJOLT 1機 電算機器 24台 地下ケーブル中継器 2基 他多数 )


 /事後処理内容内訳

 ・研究機関関連

  検挙された研究施設員は監視を付けて拘禁。生存していた被験体は精神鑑定の後、治療と事情聴取の為保護。推進派の人間は行方不明者を除き全て拘束。

  又、アスピナ機関は研究施設の放棄を決定。その為、企業連の事後処理班は施設内の遺体全てを焼却処分した後に地下階層を含めた研究施設全棟を爆破。尚、爆破処理の準備中に残った電算装置から情報の引き出しを試みましたが、暗号の解読が難航しており完了まで数日かかる模様。


 ・襲撃部隊関連

  襲撃を行ったオーフェン構成員は事情聴取の名目でインテリオルが拘束しているが、実質的には各企業の計らいによって保護。

  首謀者についてインテリオルは公表しておらず、罪状に対しても一時拘束のみと発表。このことに対して他企業から少数の意見こそあるが大々的な動きは見られない。


 ・リンクス関連

  No.04 リュカオン   オーフェン構成員同様にインテリオルが拘束。今回の襲撃に際し、リンクスとしてではなくパワードスーツで潜入部隊の一員を担うが、その理由は不明 

  No.07 ミストレス   襲撃部隊のネクスト戦力として参加。 依頼を受諾しての行動とみて事情聴取の後釈放

  No.10 ベアトリーチェ 同上

  No.14 リディル    リュカオンと同様に潜入部隊を担うが、作戦行動中左腕部に被弾、再生不可能な損傷だったが、本人の希望から遺伝子生成型生体義手を移植する事と為りインテリオル系列の病院施設に入院中。治療と並行して事情聴取も行う予定。

  No.44 リラ      潜入部隊の一員として行動するが作戦行動中に旧式の対戦車砲の直撃を受け意識不明の重傷。診断の結果命に別条は無いものの、被弾時の衝撃を起因とするAMS障害が起こっているものと見られ、今後リンクストシテの活動は絶望的。 尚、事情聴取は容態が安定後に実施。

  No.43 イレクス    潜入部隊の隊長として行動。インテリオルが拘束し事情聴取中。

  No.38 Σ       推進派に雇用され僚機と共に施設防衛に向かうも、僚機の大破等形勢の不利を鑑みて撤退。現在はオーメルにより事情聴取の為同社内に一時拘束中。




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 薄暗い部屋で円卓を囲むのは十名近い男女。国籍や性別・年齢といった共通点が見られない彼等だったが、唯一つ共通していたのは胸に光る社章が夫々社の最高権力者やそれに準じる者である事を示している事だ。要約すれば、今この場に居るのは各社の代表たる人物であり、世界を動かし得る顔触れである。もっとも、かく言う私もその一人なのだが…


「やれやれ… 初めはどうなる事かと思ったが終わってみれば計画を阻んでいた推進派とサブリメーション・プロジェクトは潰え、計画を阻むものは無し… か。いいように踊らされたのは不愉快だが、メリットを鑑みればそれも些細な事か」

「身を痛める事無く腫瘍をまるごと摘出できたのなら気分がいいのはわかりますけど、問題事が全て解決したわけでも無いでしょう?」

「そうは言うが例の件は現状からして我々の急務であろう。ずるずると長引かせるべきでもあるまい、それこそ社の命運が掛かっているといっても過言ではないのだしな」

「ですが――――!」


 報告書が読み上げられている時はああも静だったというのに終わった途端各々好き勝手に発言を繰り返す有様だ。大方既に答えは出ていると言うのに、腹の探り合いをせねば気が済まないのだろうか。

 “権力を手にする人間は野晒のトマトの様な物だ”と言うがそれはこの面々にあっても例外ではないらしい。だが、そうは言った所で話し合いが纏まる筈も無く、誰かしら纏めなければ終わらないのも今迄の経験からみて例外では無く、その 誰かしら も自分しか居ないというのもまた事実なのだろう。その事を改めて確認して内心溜息を吐くと、何時も通り会話の切れ目を狙って切り出そうと思う。


「私に一つ愚策があります―――」


 そうして練っていた考えを一頻話すと円卓を囲む面々を一瞥し明確な反対意見がない事を確かめ、同時に彼等の視線を一身に受ける。中には疑念の篭った視線を向ける者もいるがこれも毎度の事であり慣れた物だ。そうした中で自分の意見を切り出す事もまた……


「では、始めましょう。アルビレオ・プロジェクト… 何よりも近く、されど決して交わる事の無い物語を!」


―― もう戻る事は叶わない。既に歯車は回り始めてしまったのだから… ――

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