Dog of conglomerate U

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 前線基地が未確認ではあるが大量破壊兵器により壊滅したことを察知したミラージュ軍の行動は早かった。即座に救助と偵察を兼ねる部隊を編成し、輸送ヘリにより前線へと移動させたのである。ただし、護衛はほとんど付いていなかった。MTを初めとした主力足りえる機動兵器がいないかを確認するために、航空機が偵察のため先行している。

 もっとも、航空機だけではMTがいた場合に対処しきれない可能性がある。軍司令部がそんなことを理解していないはずは無い。にもかかわらずMTやACによる護衛をつけなかったのは、単に迅速性をとにかく重視したからであろう。異常なことといえる。

 この偵察部隊に組み込まれた一人の歩兵、ロイ・アーヘンは事の異常性に不安を隠せなかった。ヘリの中、隣の座席に座る同僚も同じようで、眠っているように見えないでもないが落ち着かないのかしきりに態勢を変えている。そんな同僚の様子をみると、ロイはさらに不安になるのだった。

 基地が一つ落ちたとはいえミラージュ軍の行動が迅速すぎるのが気になるのだ。そしてロイがもっとも不審に思う点がある。一瞬で基地が壊滅することが有り得るというのだろうか。確かに壊滅した前線基地は急造のものであり、一級とはいえないまでも防衛設備は整っていたはずだ。そうそう簡単に壊滅するわけが無い。

 一歩兵の身で出すぎたことだとは分かっているが、プロフェットが燃料気化爆弾を使用したのかとも当初は考えていた。しかし、この輸送ヘリにはパワードスーツじみた白い防護服が歩兵の人数分用意されているのだ。歩兵の装備に防護服など無い。防弾ベストはあるにせよ、放射能から身を守るための防護服など元々用意されていないのだ。

 にもかかわらず、この輸送ヘリにはそれがある。ロイの脳裏に浮かぶのは、いやこの場にいる全員は既に察しているだろう。プロフェットが本来なら条約で禁止され、また加盟していない組織であったとしても使用を自粛している核兵器を使用したということを。ヘリのローター音を聞きながら腕時計にちらと眼をやる。

 そろそろ到着する頃だろうと、背後にある丸窓から下を覗いた。我が目を信じることが出来なかった。

 ついこの間までそこにあったはずの前線基地は、土台や骨組みだけを残してすべて吹き飛ばされていた。頑丈に作られているものはかろうじて残っているようだが、原型は留めていない。急造で作られた前線基地だけに地下施設の類は全く無く、建造物は地上にしかない。この様子では生存者がいるとは思えなかった。

 防護服を着用するようにとの命令が通達されて、宇宙服に見えないでもない真っ白な防護服を着込む。服と名がついてはいるが非常に重く、ロイには鎧のように感じられた。放射能からこの身を守る真っ白な鎧。

 ヘリが基地より約二〇〇メートルほど離れた場所に着地すると共にロイの所属する部隊はアサルトライフルを手に持ち駆け下りた。外にでるやいなや、敵がいないことを知りつつも周囲に銃口を向けながら索敵しながら基地へと進む。ここでロイ達の部隊が敵がいないことを確認しない限りは救護班を乗せたヘリは着陸しない手はずになっている。

 予測どおりに敵勢力の気配は無く、瓦礫以外の障害は全く無かった。基地跡地に到着したロイは最後の審判が起きたのではないかと錯覚しそうになる。上空から眺め下ろした時よりも事態は凄惨を極めていた。

 外壁を吹き飛ばされた建造物群は墓石のように見え、はがれ飛んだ外壁は地面に散らばり景色を無機質なものに見せる手助けをしている。時折、真っ黒に焼け焦げた丸太のようなものがちらほらと視界の隅に入ったがその正体を考えないようにしていた。

 屋外は特に危険なものもなく安全と判断したロイの所属する部隊は救護班へと通信を回した。救護班がここに到着するのを待たずして部隊をいくつかに分けて屋内の探索を行うことになった。ロイの所属する部隊は全部で三〇名、それを六つのチームにわけて屋内へと入っていく。

 与えられた任務はしごく簡単なもの。第一に生存者の捜索と救助、第二にプロフェットが新兵器を利用した際に観測されたデータが無いか探すことだ。だが第一目的は達成できなかった。

 生存者は一人もいない。みんな真っ黒に焼け焦げていたり、熱線から逃れたとしても衝撃波でやられたらしい。ミンチ肉がそこかしこに散らばっている。そしてデータは、記録しているディスクを見つけはしたものの読み込むことは出来なかった。放射線にやられ、記憶層が潰れていた。


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 グローリィ、ローレル、グレイトダディの三人があるビルの一室において一堂に会していた。言うまでもなくこの三人はミラージュ、クレスト、キサラギを代表する専属ACパイロットであり大量破壊兵器を除いた企業の保持する戦力の中では最強の部類に属するものである。

 その三人はそれぞれ一人用のソファーに深く腰を下ろして一台のテレビモニターを熱心に見入っていた。映し出されているのは別室で行われている三企業の会議である。それぞれの企業から政治部門と軍事部門の最高責任者が出席しており、今後の動向を話し合っていた。

 といっても議題については三企業とも思惑が合致しているようで、話はとんとん拍子に進んでいた。

「バルカンエリアと同じことになりそうだな」

 グローリィは呟き、同室にいるローレルとグレイトダディの二人に視線を向けるが彼らはテレビモニターから眼を離すことは無かった。ローレルは険しい目つきをしたままであったが、グレイトダディは僅かに眉を動かす。

「また企業が連合して戦うというのか? グローリィ?」

 聞いてきたのはグレイトダディである。

「あぁ。おそらくは一時期だけだろうと思うが、どうもその気配が濃厚なようだ」

 グローリィはいつの間にか前のめり気味になっていた姿勢を直して背もたれに体を預けた。ローレルの瞳が僅かに動いてグローリィを捉える。「何かな?」とグローリィが尋ねるとローレルは重たげな唇を開いた。

「命を賭して戦った敵と手を組む日が来るかもしれないと思うと不思議でな」

「それは誰だってそうだろう」

 グレイトダディが口元だけを僅かに緩めて小さく笑った。つられるようにしてグローリィも小さく笑う、ローレルも。

 彼の言うようにおかしな話ではある。グローリィとローレルはセイレーン諸島での遭遇戦で生死を賭けて戦いあった仲である。今もそれは変わらないが、プロフェット討伐という目的が出来れば手を組むことになるのかもしれないのだ。

 バルカンエリアでもインディペンデンスを討伐するために三企業が手を組んだが、そもそもバルカンエリアにおいては企業にとっての敵は企業ではなくインディペンデンスであった。そのためか企業同士の戦い自体他の地域と比べれば少なかったのである。

 しかしエリア・オトラントはバルカンエリアとは違う。いつもと同じ三企業の争いの中にプロフェットが加わり、そうして微弱ながらもインディペンデンスそして未知の機体までいるという始末だ。イレギュラー要素が多いもののいつも通りの戦いといっても良いかもしれない。三企業の競争の中に第四者が現れることも戦史を紐解いてみればさほど珍しいことでもないことが分かる。

 だからこそ、特殊な状況下にないこのエリア・オトラントで企業同士が手を組むのは珍しいのだ。各企業上層部からすれば、バルカンエリアでの前例があるからこそ、一時的とはいえ協調姿勢を取ることに抵抗が少なくなっているのかもしれない。しかし現場はやはりそうではない。

 グレイトダディとの交戦経験は無いから良いものの、ローレルとは戦っているのだ。もし協力するとなれば、複雑な気分になるだろう。今こうして同じ部屋にいるというだけでも妙な気分である。ミラージュとクレストは協力するとは決まっていないのだ。今日の会議以前に打診を兼ねた交渉を行っているため協調姿勢をとるのは決定的なのだが、ローレルやグレイトダディとは未だ敵なのだ。

 かといって憎いかと言われれば「違う」と答える。企業専属であるとはいえ、彼らもまたレイヴンなのだ。己の目的とそして誇りがあるからこその専属である。そしてそんじょそこらのカラスどもとは違うのだという思いが専属の間にはあった。

「もうすぐ終わりそうだな」

 グレイトダディの呟きにグローリィとローレルはモニターに視線を移す。会議は最後の締めに入っているらしく、一時的な休戦状態に入ることが決定されその調印式の日程を決めようとしているところだった。

「これで我々は協力してプロフェットを叩くわけか。確実にひと悶着が起きるだろうな、この分だとプロフェットに対して粛清を行った後のことが決められていないはずだ。プロフェットの基地を一つ落としてそこで休戦が終わる、その基地周辺は誰が得るのか。決めているはずがない」

 ローレルの言葉にグローリィとグレイトダディは苦笑するしか無かった。プロフェット討伐とはいえ、今回行うことは核兵器を使用したプロフェットに対する警告を行うのが主目的である。警告とはいえ基地一つを通常戦力のみで叩き潰し、なおかつ生存者は可能な限り出ないようにするというものではあるが。

 眼には眼を歯には歯を、としなかったのには理由がある。もしここで三企業が理性を失い大量破壊兵器を使用してしまえば、以降は破壊の連鎖が起き再び大破壊が行われる可能性があると考えられるからであった。だからといってこれから三企業が行おうとしていることが理性的といえるのかどうかは、グローリィには判別しがたい。

「そういえば誰かプロフェットの専属と交戦経験はあるか?」

 グローリィが尋ねたが、二人とも首を振った。しかしグレイトダディが「だが」と言って話し始める。

「交戦経験は無いが逆関節のACなら一度見たことがある。とはいえやはり戦っているところは見たことが無い。機体とパイロットに関するデータならば持って入るが、スペックを知りたいわけではないんだろう?」

「トレイターならば記録映像があるから分かる、しかしもう一人のアンダンテの方はといえばやはり未知数といわざるを得ないだろう。我らクレスト諜報部も色々と探ってはいるようだが、どこまで掴めるか」

「ミラージュも同じだ。プロフェット専属に関する情報は少ない、これだから新興企業は困る」

「しかし文句を言っていられる状況でも無かろうに。プロフェットが我々の動きに気が付かないとは思えない。トレイターかアンダンテどちらかとは見えることになるだろうし、もしかすると両方かもしれない。我々企業専属に出来ることは一つだけだ」

「その時のために英気を養う、か?」

 ローレルが言うと「それ以外に無い」とグレイトダディが返す。グローリィはといえば、頭の中で手許にある情報を整理していた。

 プロフェットとぶつかる時は近い。

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