『BLACK×BLACK』


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 シミュレーターが終了しハッチが開く。蛍光灯の白い光が眩しく目に痛く、思わずヘルメット越しに手を翳す。そして流れ込む冷房によって冷やされた空気。目がなれて翳していた手を離すと、シミュレーターマシンの真正面の壁にベアトリーチェが持たれていた。

 彼女の瞳はじっとマッハを見据えている。睨みつけられているというわけではないが、こうもじっと見られると居心地が悪い。ヘルメットを外しシミュレーションマシンの外に出る。額には玉のような汗が浮かび、髪もじっとりと湿っていた。それらが冷房の風で急速に冷や
されて冷たくなる。

「シミュレーターで訓練するなら私も呼んでよね」

「まぁそうなんだけどさぁ……ちょっと一人でやりたいことがあって」

「一人でやりたいこと?」

 頷いて背後にあるシミュレーターマシンを見る。だがマッハの目に見えているのはシミュレーションマシンの筐体ではなく、愛機であるストレートウィンドブラックの姿であった。

「ねぇ、私達はコンビなんだからさ……その、悩みがあったら言いなさいよ」

「あぁ。けど俺は、どうしてもこいつでやりたいことがあるんだ」

「何よやりたいことって?」

「フォーメーションの再現」

「フォーメーションの再現? なら私とやればいいじゃないの、コンビなんだし」

「いや、そうなんだけどなぁ……」

 ベアトリーチェに向き直り後頭部を掻いた。髪に付いていた汗が飛び散るが、彼女は気にした風もないしマッハも特には気にしない。

「何よ煮え切らないわね。もしかして、オレンジボーイとのフォーメーションを一機で再現しようとしてるの?」

 頷くとベアトリーチェはくすりと笑う。その表情が妙に艶かしくドキリとさせられる。

「一機で再現しなくとも、私がいるんだから私を使いなさいよ。大体、私とフォーメーションなんか作らないのにどうしたの?」

「俺の機体がどうやって組み上げられたのか知ってるよな?」

「もちろん」

 そう言ってベアトリーチェは頷いた。マッハの愛機ストレートウィンドブラックは、今は無き戦友の機体と元々自分が作っていた機体を足して二で割ったものである。互いの長所を取り入れ非常にバランスの良い仕上がりとなっている。この互いの機体が組み合わせた機体ならば、戦友と共に行っていたフォーメーションを一機で再現できるのではないかと思い練習していたのだ。

 とはいえ二機を組み合わせた機体とはいえ、一機でフォーメーションを再現するのは至難の業である。今日も二時間ぶっとうしで訓練を続けていたにも関わらず、再現させることは出来なかった。

 やはり一機では無理があるというのか。ベアトリーチェがいれば再現することが出来るかもしれないが、彼女のブラックゴスペルと戦友の機体では構成が違いすぎる。完全に再現とまではいかない。

 もっとも今はベアトリーチェとコンビを組んでいるわけで、無理にフォーメーションを再現させる必要はどこにもないのだ。にも関わらずマッハは無き戦友とのフォーメーションを再現することに固執している。馬鹿なことだとは思っているが、感情が阻むのだ。

「ねぇマッハ……」

 ベアトリーチェの体が寄せられ、いつの間にか彼女の両腕はマッハの腰に回されていた。ベアトリーチェの身長はマッハより若干低く、彼女が密着すると艶やかな黒髪が軽く鼻腔に触れる。ほのかな石鹸の香りを感じとり思わず視線をさげると、顔を上げたベアトリーチェと視線が合う。

「私達コンビでしょう、一人で悩まないでよ。悲しい、じゃないの……」
 思わずベアトリーチェの体を抱きしめる。いけないなと思いながらも、肉の感情に流される己を不甲斐なく感じつつも豊かな双丘が体に当たる感触には抗いがたい。

「確かにそうだけど……でもな……やっぱり、無理だ」

 ベアトリーチェの肩を掴んで引き離す。ベアトリーチェではオレンジボーイの穴を埋めることは出来ない。何故ならば、当然のこととはいえ彼女とオレンジボーイは全く別の人間であり、乗っている機体の構成も大きく違う。

「そう……でもね私とあなたはコンビだってこと忘れないでね。大体、あなた一人で出撃することが多すぎるんだから」

「悪い悪い。自粛するよ」

 ふぅ、とベアトリーチェは溜息を一つ。そしてどこか残念そうに視線をそらした。何故そのような表情をするのかマッハには分からない。

「あぁそういえば、この間仕事の依頼が来てたんだけど受ける?」

 そう言ったベアトリーチェの表情からは先ほどの悲しげなものは消えている。

「どんな?」

「キサラギの輸送部隊を襲撃して欲しいってさ。どうも護衛にAC雇ってるみたいよ」

「ACねぇ、面白そうだ。受けようじゃないか」

「それじゃ登録しておくね、でもその前に――」

 ベアトリーチェの目が妖しく光る。それがどういう意味かと考える前に、彼女の両腕はマッハの首に回された。「何をするんだ」と言いそうになった時にマッハの唇に暖かなものが触れていた。続き熱く柔らかい感触が口中に侵入し、甘い香りと味が広がる。彼女が何をしているのか既に理解していたが、突然のことにマッハは動けずにいた。

 それをどう受け取ったのか知らないがベアトリーチェは腕に込める力を強め、さらに激しくマッハの口内を楽しむように味わうように舌を這わせる。決して求めているものではないが、彼女から与えられる快楽にマッハの体は反応しこちらからもさらに求めようと動くのを理性で押さえつけた。

 ベアトリーチェが唇を離したとき、二人の間に唾液が尾を引き蛍光灯の明かりに照らされ僅かに光る。それはすぐに切れたが、何が嬉しいのかベアトリーチェは心底嬉しそうな笑みを浮かべ「じゃあ依頼引き受けてくる」と言って早足で歩き始める。

 シミュレータールームから出る前に、彼女は振り返り「続きは私の家でしましょう」と言ってきたが「ふざけるな!」とマッハは返した。だがベアトリーチェは相も変わらず嬉しそうにシミュレータールームを後にする。

 彼女の姿が見えなくなってから、唇に手を当てる。まだベアトリーチェの感触が残っているような気がした。


/2


 依頼者はクレストだった。任務はごく簡単なもので、夜間に移動している輸送部隊を襲撃し積荷を奪うあるいは完全に破壊しろというものだ。こういうシンプルなミッションは分かりやすくて良い。作戦開始直前に貰ったクレストからの情報によると、ベアトリーチェが事前に言っていたように護衛のACが付いているのは確実らしい。

 ただそれが誰なのか、何機いるのかまでは分からない。だがクレストの担当者はマッハとベアトリーチェがこのミッションを受けたということに安心しているのか、ブリーフィングの際酷く緩みきった様子であった。名前が売れていることはやはり嬉しくもあるが、かといっ
て安心はして欲しくない。

 もし彼がマッハとベアトリーチェの二人ならば大丈夫と緩んでいた場合、手に入るはずであった情報が彼の怠慢によって来ていない可能性だってある。流石に仕事はこなしてくれていると思うが、油断は禁物だった。ベアトリーチェも同様のようで、ブリーフィングの最中は終始呆れ顔をしていた。

 そして今、マッハとベアトリーチェはキサラギ輸送部隊の進行ルート上に潜んでいた。運の良いことに進行ルートの側には森があり、今二機はその中にいる。敵が近づいてきたらレーダーにより存在がばれるだろうが、索敵範囲内にいるのならば逃げられたとしてもそのまま追撃に移れる。

 気になるのは敵ACが誰なのかが気になるが、気にしても始まらない。出てくるのは一機だけだろうし、こちらは二機いる。自惚れととられるかもしれないが、ベアトリーチェといるのならばランク上位のレイヴンであったとしても負ける気はしなかった。当面の問題として気になっているのは、敵ACのことよりも輸送部隊がいつ来るのかということだ。

 クレストも進行ルートと大まかな日時の情報は掴んだらしいのだが、流石に細かい時間までは分からなかったらしい。その情報はこちらに伝えられておらず、かれこれ一時間は緊張を強いられていた。作戦中ということもありベアトリーチェとは通信もしておらずマッハはシートの上で胡坐を組、頬杖をついてレーダー画面を見ていた。

 流石に一時間もコクピット内に閉じ込められていては気が緩んでくる。マッハの性格上、防衛系の作戦よりもこういった奇襲タイプの作戦の方が性にあっているのだが、待たされるのは嫌いだった。溜息を一つ吐く。ブラックゴスペルとは通信回線を開いたままにしており、今の溜息は聞こえたはずだったがベアトリーチェは何も言ってこなかった。

 彼ならこういう時に小言を言うだろうか、と考えて首を横に振る。ベアトリーチェと亡き戦友のことを比べてどうするつもりだろうか、と自分に問いただす。彼と彼女は違うのだ、比べることなどできはしない。しかし思わず比べてしまうのだった。

 コクピット内に貼り付けている写真に目をやる。映っているのはミッションを終えた直後のマッハとオレンジボーイで、後ろには大破した二人の機体が転がっている。写真に写るマッハとオレンジボーイは傷だらけで、マッハに至っては額から血を流し顔を真っ赤に染めていた。にも関わらず写真の二人は嬉しそうに笑っている。

 あの日々が懐かしい。けれど二度とは帰らぬ日々だ。デスサッカーのことを思い出すと、オレンジボーイが死んだときのことを思い出すとどうしても胸の奥が熱くなるのを止められない。

「すまないレイヴン、我々の情報に間違いがあった。目標の進軍ルートはここよりさらに西へ行ったところだ。加えてこちらの動きが察知されていたらしい、今そちらに二機のACが向かっている。難しいとは思うが頼んだぞ」

 突如として入ってきたクレストの通信は、自分達のミスを詫びることなく一方的に内容の変更だけを告げて終わってしまった。

「どうするベアトリーチェ? ACを相手にしてたら輸送部隊を取り逃がすと思うんだが」

「私もそう思うわ。けれどACは相手にせざるを得ないみたいね」

「あぁ、確かに」

 レーダーには西側から高速で接近してくる二つの光点を映し出している。通信にあったACだろう。

「二機だけど大丈夫?」

「そっちが早く終わらせてくれれば良い話だろ? 待ってるよ」

「了解したわ。大丈夫とは思うけど、死なないようにね」

「あぁ、もちろん」

 ブラックゴスペルがオーバードブーストを発動させて西へと向かう。一拍置いてからマッハもオーバードブーストを起動させる。レーダーに映る光点がブラックゴスペルへと向かう。モニターにも二機の姿が映ったが、距離が遠くまだ細部までは分からない。だが大まかなシルエットで誰が出てきているのかは分かった。

 そして舌打ちを一つ。今更ながら一人で相手をするなんていわなければ良かったと後悔した。ただ二体いるだけならば大した問題にはならない。

 だが今現れたのはランク一六位であるアインのツェルトボーゲンと一八位であるツヴァイのマリアヴァルキリーの二体である。この二人はコンビネーションを得意としており、そんじょそこらのACが二体いるのとは訳が違う。

 二機は西へと向かうブラックゴスペルへ攻撃を仕掛けようとするが、それを防ぐためにまだロックオン可能な距離になっていなかったが右腕のライフルを斉射する。二機の動きが止まり、ロックオンされたことを注げる音がコクピット内に鳴った。

「今通り過ぎていった黒いのと向かってきてる奴、どっちからやるの?」

 女の声が聞こえた。

「向かってきてる奴からだ。輸送部隊にはMTが護衛についている、こいつをさっさと落としてから援護に向かえば良い。俺達ならできる」

 次に聞こえてきたのは男の声。最初のものはツヴァイ、後から聞こえたのはアインのものだろう。それにしても大した自信である。それだけ自分達のコンビネーションに誇りと自信を持っているのだろう。だがマッハも同じものを持っている。この機体、ストレートウィンドBは亡き戦友と共に戦うための機体だ。

 コクピット内に貼り付けた写真に視線を写す。心の中であの世の共に語りかけた。「行こう」と。

 目を瞑る。一瞬の後に目を見開いた。モニターの中、ツェルトボーゲンとマリアヴァルキリーは両翼から挟み込むように動いている。だが彼らは完全に挟撃をかけにはこないはずだ。恐らくは二時と一〇時の方向に来た時、十字砲火が行われるであろう。この予想を信じ、マッハはあえて動くことをしなかった。

 そして予想通りのことが起きる。ツェルトボーゲンが一〇時、マリアヴァルキリーが二時の位置に着いた時同時の攻撃が行われた。一〇時方向からはロケット弾が、二時方向からはマイクロミサイルが。予測していた通りの動きだ、避けれないはずが無い。前方に向かってブーストダッシュ、そして反転後にツェルトボーゲンに小型ミサイルを放ち即座にマリアヴァルキリーへと狙いを定めオービットキャノンを放ちオーバードブーストを発動させて急速に接近する。

 装備から判断してマリアヴァルキリーの方が近距離戦が苦手であると判断したのだ。肩にスラッグガンを装備しているとはいえマリアヴァルキリーの装備の多くは遠中距離戦の武装である。接近してしまえば優位に立てる。ツェルトボーゲンはミサイルの回避行動に移っているため、ほんの僅かではあるが援護に入れないはずだ。

 ライフルを放ちマリアヴァルキリーの動きに牽制をかける。距離が急速に詰まる。貰ったと確信したが、横腹に熱いものを感じ咄嗟にオーバードブーストを解除すると同時に後方へ向けてブースターを吹かした。目の前をロケット弾が通過していく。

「今のを避けるとは流石だな」

 通信機から聞こえるアインの声を聞きながらマッハは危機感を感じていた。無理やりオーバードブーストを解除したために機体はほんの一時的にではあるが動けなくなっていたのだ。この一瞬の時間が、命取りとなりえる。

 至近距離からのスラッグガンが直撃した。

 コアパーツ前面の損傷度が跳ね上がる。被弾した際の反動が大きかったが、脚部へ過大な負荷をかけるのと引き換えに後退する。ツェルトボーゲンはマリアヴァルキリーの前に立ち一直線にならんだ状態で追撃をかけてくる。

 ツェルトボーゲンのマシンガンが火を噴く。回避行動を取ると、ツェルトボーゲンは上空へと飛んだ。そしてオーバードブーストを発動させたマリアヴァルキリーが体当たりをかけてくる。ぶつからない様に回避、そのすれ違いざまにまたもやスラッグガンの直撃が機体を襲う。

 装甲の弾ける音が耳に痛い。加えてこの一撃でエクステンションに装備していたエネルギーパックが破壊されてしまった。これで咄嗟の時にエネルギーを回復させることが出来なくなる。オーバードブーストを多用するマッハにとってこれは大きな痛手だ。そして彼らに対して一機で相手をするというのが今さながら無謀であることを思い知った。

 ストレートウィンドブラックは亡き戦友の機体と今まで使っていた機体を組み合わせて作り上げられた機体である。この機体を使っていれば亡き戦友と共に戦っているという実感があった。しかしそれはただの錯覚なのだ。戦友と共に作り上げたようなものであるこの機体であったとしても、戦っているのは所詮マッハ一人なのである。

 二人では、ないのだ。

 実戦の中で今更それを理解した。悔しさがこみ上げる。戦友とは黄金コンビとしてその名を馳せた。しかし今は……

 一旦距離を置いたツェルトボーゲンとマリアヴァルキリーは再びフォーメーションを組んで接近してきている。この次の一撃で全てを決めるつもりだろう。

「結局、俺は一人で戦ってたのかよ……」

 ツェルトボーゲンとマリアヴァルキリーが同時にオーバードブーストを発動させた。

「俺達相手に一人で戦うっていうのが無謀なんだ!」

 アインの声が聞こえる。彼は自分達の勝利を確信しているらしい。

「でも本当は、一人じゃないんだよなぁ」

 二機のACは挟み込むようにしてさらに接近。至近距離からありったけの火力を叩き込むのだろう。それを前方へのオーバードブーストで回避する。二体は即座にストレートウィンドの動きに反応し、背後を取られることになったが構わない。

 オーバードブーストの最中、片足だけ地面に着地させることにより高速でのターンを行う。互いに向き合った時、前方からロケット弾とマイクロミサイルが飛んできた。回避行動を取り直撃を避けることは出来たが、至近弾によるダメージを受ける。直撃ではないため致命傷にはほど遠い。それでも蓄積してゆけばいずれ致命傷になりえるものだが、その心配は無用だ。

 背中に装備しているミサイルとオービットキャノンをパージ。これで重量が軽くなる。

 一人で戦おうとしていたが、マッハは一人ではないのだ。

 ベアトリーチェがいる。護衛にMTが付いていようと、彼女の腕ならばもう今頃輸送部隊は壊滅している頃だろう。彼女が戻ってくるまで耐え切れば良い。時間稼ぎではなく、倒そうとするから敵の攻撃を貰うのだ。

 ツェルトボーゲンとマリアヴァルキリーは再度フォーメーションアタックを仕掛けてくるが、回避に専念すれば直撃は避けれる。それでも至近弾によるダメージは受けてしまっていたが、もうすぐすれば彼女が来る。それまでの辛抱だ。

「急に動きが変わった……?」

 またもやツェルトボーゲンとマリアヴァルキリーは縦に並びストレートウィンドへと突進してくる。避けづらい攻撃方法ではあるが、今のマッハにとっては好都合だった。背中に暖かなものを感じ、機体を上昇させる。足元を一条のレーザーが通り抜け、それはツェルトボーゲンのコアパーツへと直撃した。

「アイン!」

 ツヴァイの叫び声が聞こえる。

 着地したストレートウィンドの横にブラックゴスペルが並んだ。

「人のパートナーをよくも虐めてくれたわね。そんなおいたをする悪い子には、きっつーいお仕置きが必要ね。ねぇマッハ?」

「あぁ、まったくだよベアトリーチェ」

 一人ではない。オレンジボーイはもういないが、今のマッハにはベアトリーチェがいる。

「あの黒い機体、ブラックゴスペルだったというのか……!? だが何故ここに?」

 アインが言う。

「あら? 知らないの? 私とマッハはコンビを組んでるの。もうあなた達に勝ち目は無いわよ」

「くっ……けれどそんな即席コンビ、私達の敵じゃない!」

 ツヴァイの声と共に二機はフォーメーションを組みなおし、再度突撃をかけてくる。

「即席かどうかは、あなた達の体に教えてあげるわ」

 無言でオーバードブーストを発動させる。何も伝えなくても、ベアトリーチェならばどう動いて良いか分かってくれているはずだ。そしてマッハ自身もどう動けば良いのか分かっているからこそ、何も言わずにオーバードブーストを発動させたのだ。

 ツェルトボーゲンの後ろに隠れるようにして立っていたマリアヴァルキリーへ側面から接近する。ツェルトボーゲンが援護しないのは分かっていた。ベアトリーチェが食い止めているはずだ。

 マリアヴァルキリーの銃口がストレートウィンドへ向き、一斉に砲口を轟かせた。上昇することでそれらを回避し、空中でオーバードブーストを解除。上空からライフル弾の雨を降らしマリアヴァルキリーの動きを止め背後へと着地し、回転しながらブレードを振りぬいた。マリアヴァルキリーのコアパーツは脚部から切り離されて地面に落ちる。

「ツヴァイ!」

 ブラックゴスペルと相対していたツェルトボーゲンはブラックゴスペルに対して背を向けた。仲間が気になるのだろうが、ここは戦場だ。いかなる理由があろうとも敵に対して背を向けてはいけない。もう、マッハが援護に向かわなくても問題ないだろう。

 ツェルトボーゲンの背部にブラックゴスペルの撃ったリニアガンが直撃する。被弾の衝撃でツェルトボーゲンの機体が揺らいだ、直後にレーザーキャノンの一撃。これで機体中枢部にダメージを受けたのだろう。ツェルトボーゲンの頭部カメラから光が消え、前のめりに地面へと倒れこんだ。


/3


 クレストの基地に帰還し、機体を降りて外から愛機を眺めてみれば想像以上に酷いことになっていた。コンソールパネルの情報では分からなかったが、左肩のエクステンションは全壊し肩部の装甲は弾けとび内部構造が露になり所々火花を吹いている箇所すらあった。

 コアパーツの前面装甲も歪み穴だらけで塗装は剥げてしまっている。実に見るも無残な姿であった。

 溜息を一つ吐きながらも、タバコを取り出して口に加えライターに火を灯したとき軽く肩を叩かれる。ベアトリーチェが横に並びストレートウィンドを見上げていた。

「これはまた酷いことになっちゃってるわね」

「まったくだよ」

 ストレートウィンドの隣に並べられているブラックゴスペルを見上げるが、こちらはほとんど傷が無い。直撃弾はおろか至近弾すら貰っていなかったのだろう。流石と思う反面、劣等感に近いものを感じてしまう。

 煙草に火を吐けて紫煙を吐き出す。作業中の整備員が睨みつけてきたがマッハは気にしない。

 箱からもう一本煙草を取り出して、ベアトリーチェに突き出す。

「吸うか?」

「ヤニ臭くなるから吸わないんだけれど……今日は特別、貰うわ」

 彼女が咥える煙草にライターを近づけて火を灯す。しかし点かない、もう一度試みるがやはり点かない。ベアトリーチェが首を傾げた。

「本当に吸ったこと無いんだな、息を吸いながらやってみろよ」

 ベアトリーチェが頷き、もう一度火をつけると今度はちゃんと火が灯った。それを彼女は嬉しそうに吸い始め、思いっきり咳き込んだ。

彼女の咳が格納庫内に響き渡る。見れば少しではあるが目が潤んでいた。

「何よこれ、いっつもこんなん吸って楽しいの? まっずいじゃないの」

「慣れれば美味いんだよ」

「そういうもんなの? 物凄い変な味がするんだけれど……でもまぁ、今日は美味しいわ」

 そう言ってベアトリーチェは紫煙を吐き出した。吸い慣れていないはずだが、不思議と煙草を吸う姿が様になっている。

「今日は美味しいってどういうことだよ?」

「だって、特別な日だしね」

 ベアトリーチェが笑う。

「そりゃま、そうだろうな」

 紫煙を燻らせながらストレートウィンドとブラックゴスペルを見上げ、マッハも笑った。







あとがき
久しぶりに姐さん書いた気がします。とりあえずマッハ死ね

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