『RED DRAGON』


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 エレクトラは一通の手紙をじっと見ていた。内容は一度見ただけで、その後はただ差出人の名前を見ているだけ。

 そこに書かれているのはジョージという名。バルカンエリアにおいて企業を相手取ったレイヴン、フリーマンの実弟でありテロ組織インディペンデンスの現リーダーである。

 手紙の内容はといえば、再びインディペンデンスに力を貸してくれないかというものであった。スカウト、と見ていい。

 バルカンエリアでのインディペンデンス紛争でエレクトラはインディペンデンス陣営として企業専属と率先して戦っていた。当初は勝利を得ていたものの、後半になり企業が連合しだしてからのインディペンデンスは負け続けであり最後の戦いでエレクトラはミラージュ専属ACパイロットであるグローリィと戦い、そして負けた。

 だが彼は止めを差さずにインディペンデンスの真の目的を語った。その後エレクトラに止めを差したのはあろうことかフリーマンだった。それが意味するところはグローリィの語った目的が正しいということだ。

 幸いにしてエレクトラは一命を取りとめ、レイヴンとしてこのエリア・オトラントで暮らしていた。あまり名前を知られないようにしようとアリーナには参加しないようにしているため、実力の割にはBアリーナに留まっていた。だがこれでいい、名前を知られてはいけないのだ。

 しかしレイヴンを続けている以上は必ず尾が出る。インディペンデンスは壊滅したと思っていたのだが、いつの間にやら再建されこのエリア・オトラントで活動を開始していたのだ。そうして彼らが欲しがったのは、レイヴンとしてのエレクトラの力である。当然のことだろう。だがエレクトラは躊躇していた。

 エレクトラがインディペンデンスに加担していたのは、彼らの理想が素晴らしいと思ったからである。企業による営利中心の世界ではなく、市民による自由民主主義の世界を作ろうとしていたからだ。だがフリーマンはそれを表向きとしていた。

 インディペンデンスが存続する真の理由は、戦争の継続にあった。フリーマンがインディペンデンス紛争を起こした真の理由は、企業が協調姿勢を見せ世界が一つになり平和を手にしようとしたからだとグローリィは証拠と共に語った。エレクトラはそれに反論できず、ただ裏切られた悲しみから涙を流すことしか出来なかった。

 そして今エレクトラは再びインディペンデンスに加担すべきかどうかで悩んでいた。フリーマンは確かに語った、自由民主主義を主軸とした国家を再建するのだと。そうしてインディペンデンスは彼の語る目的のために活動し、今もまだ続けている。

 だがエレクトラは迷い続けている。

 果たしてインディペンデンスは正義なのだろうかと。エレクトラは頭を抱える。

 エリア・オトラントのインディペンデンスはどうなのだろうかというのもまた疑問であった。ジョージは果たしてフリーマンの理想を知っているのか、インディペンデンス紛争の結末をエレクトラが姿を眩まそうとした理由を知っているのだろうか。また確かめておく必要がある。

 しかしインディペンデンスはテロ組織であり、構成員はみな一つの目的の達成を目指しているため企業などよりも士気は高い。そのため情報が漏れることもまた少なく、入手するとなればこれまた難しい話だ。情報屋を何人か知ってはいるが、どれもテロリストの情報を持っているとは思えない。

 ならば直接コンタクトを試みるべきか、連絡先は手紙に書いている。返事をしないというわけにはいかず、そうしてエレクトラが下した結論は……


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 数日後、キサラギ領内にある廃鉱を改造したインディペンデンスの基地にエレクトラは愛機レッドドラゴンと共に赴いていた。目隠しをされた状態で基地の奥へと連れられる。目隠しを取られた時にエレクトラがいたのは、どうやら会議室のようだった。

 長机と椅子が数脚おかれ、一番奥にはホワイトボードがありその前の椅子に背の高い髪を短く刈った目つきに鋭い男が座っていた。どことなくフリーマンに似ている気がする。

「よく来てくれたなエレクトラ君、機体も持ってきているのかな?」

 男が言った。エレクトラが頷くと「掛け給え」と短く言った。彼の言葉に従い、手近な椅子に腰を下ろすとエレクトラを連れてきた構成員は部屋から去ってしまった。

「ここに来てくれたということは、我々に協力してくれると思って差し支えはないのかな?」

「いえ、違います。私は確認をしに来ました」

「なんの?」

 男は眉をひそめ、鋭い眼光がより一段と鋭くなる。厳しい視線を真っ向から受け止めて、エレクトラはにらみ返した。

「インディペンデンスに正義があるのか、それは私の正義なのか確かめに来ました。まずお尋ねしたいことがあります、あなた方は一体なんのために活動しているのか教えてもらいたい」

 男は笑った。腹を抱えこそしなかったが、天井を仰いでさも可笑しそうに笑うのだった。

「何のためにだって? 今更そんなことを聞くのかね君は。我々が戦うのは平和のため、企業による営利主体の政治ではなく市民が自分達のための政治を行える、いわば民主主義国家を築くために戦っている。フリーマンからそう聞かされてはいなかったかね?」

「確かにそう聞かされていました。ですが、インディペンデンス紛争の最後の戦いで同志であったフリーマンは言ったのです。『レイヴンが必要とされる世界を維持し、常に戦い続ける世界を目指す』と。インディペンデンスの目的が本当に彼の言ったものであるとは思いたくありません、真実はどうなのですか?」

「なるほど、我が兄は最後にそのような事を言ったのか」

「兄?」

「あぁ」と男は大きく頷いた。その口元には妙な形の笑みが浮かんでいるのが気になる。

「紹介が遅れたが私の名はジョージ、フリーマンの実弟であり現在のインディペンデンスを指揮する立場にある。フリーマンが何を言ったか私は知らないが、インディペンデンスの目的は民主主義国家の建国にあるのだ。私もそのために尽力しているのだし、同志達もそのために活動を今もこうやって続けている」

 嘘だろうとエレクトラは思う。国を作るだけなら今のインディペンデンスにだって出来るはずだ。構成員はかなりの数に昇っているはずだし、廃鉱を基地として改造するだけの余裕があり企業にばれないように動ける作戦遂行能力がある。それだけの力があるのならば、何故今すぐに建国しないのか。

 企業と表立って戦うのは怖いのか。そうではないはずだ。バルカンエリアで何故インディペンデンスは負けたのか、答えは簡単だ。企業に連合されたからである。もし、ミラージュやクレスト一社だけだというのならば勝っていたとしてもおかしくはない戦いだったはず。グローリィがあの時言ったように、電撃作戦を仕掛けていたのならばと今でも思う。

 だからエレクトラはジョージが嘘を言っていると判断した。エレクトラはレイヴンであり、戦いを生業に生きている。平和が来ることは好ましくない、だがインディペンデンスに、いやジョージに加担しようとは思わなかった。インディペンデンスの構成員達は平和を望んでいる。そのために働いている。

 しかし、彼らはその実反平和活動に従事させられているのだ。ジョージの虚言によって。人を騙すのは、許せない。

 エレクトラは立ち上がりジョージに背を向けた。

「どこに行くんだ?」

「帰らせてもらいます。私はあなた方に協力する気はありません。平和のためだろうと無かろうと、インディペンデンスに私の正義はありません」

「そうか、それは残念だ」

 背後で動く気配がする。咄嗟にエレクトラは走り出した、背後からは銃声がし続いて警報が鳴り響く。急がなければと全力で走り出すも道が分からない、眼の端で所々にある案内を見ながら駆け抜ける。迷うかもしれないという不安に耐えながら走りぬけ、そうして付いた格納庫ではアサルトライフルを構えた多くの構成員がいた。

 彼らの銃口が一斉に火を吹いた。一箇所に留まればあっという間に蜂の巣だ。じぐざぐに走りながら愛機レッドドラゴンへと近づく。火線が集中し、足元では幾つも火花が散った。

 幾つかの弾丸が側を掠めて、耳元ではひゅんひゅんと音がなる。数箇所が熱い、掠めた弾丸が皮膚を裂いたらしい。だが直撃は無い。もしライフル弾が当たってしまえば、一巻の終わり。

 荒くなりそうな呼吸を整えながら機体へと走りワイヤーロープに足を掛けて、コクピットへと昇る。一直線に動いているだけだと良い的になりそうなものだが、構成員は練度が充分ではないらしく当たらない。

 そうしてコクピットに滑り込む。着ているのはパイロットスーツではなく普段着だが、ヘルメットだけは中に置いている。それを被ってOSを起動させる。モニタに光が入り、外の景色が見えた。拘束具を無理やり剥がしながら損傷度の確認を行う。多少ダメージは追ったものの、致命的なものではない。

 足元の構成員達は無力にも関わらずACが恐ろしいのか、いまだアサルトライフルを撃ち続けている。格納庫の扉は堅く閉ざされており、開きそうに無い。機体を戦闘モードに移行させて、武器の使用を可能にし両肩のミサイルとエクステンションの連動ミサイルを放つ。

 密閉空間に燃焼煙が満ち、そして轟音。扉は開かない。さらにリニアライフルを撃ちこんだが、大きく歪めただけに終わる。かくなる上はとオーバードブーストを起動させてACの巨体を鋼鉄の扉へとぶちあてた。

 コクピットにも激しい衝撃と振動が。パイロットスーツを着ていないせいか、内臓を揺さぶられるような感触がして気持ちが悪い。眼を回しそうになりながらも、外へと飛び出した。左肩のエクステンションが潰れていた為にパージし、機体を反転させて格納庫へミサイルを叩き込んだ。

 格納庫内には他にMTもあったため、こうしておけば追撃を防ぐことは出来るだろう。しかし気になるのはジョージのACがどこにあるのかということだ。インディペンデンスは他にもACを保有しており、確認されているだけでもジョージのリベレーターとデモクラスのエンパイアステートの二機がある。

 それ以外にも彼らの思想に賛同しているレイヴンがいるかもしれない。背筋に冷たいものが走った。デモクラスはそれほどでもないだろうが、ジョージやそれ以外のレイヴンが出てきたらどうすべきか。もしかすると複数が現れるかもしれない。考える暇すらあらずエレクトラはブースターを吹かせて安全圏への脱出を試みた。

 しかし彼らは逃がしてくれない。レーダーに六時方向から接近してくる光点が一つ。機体の足を止めてブースターの推力を生かしつつ旋回させると同時にロックオン、したはずだったがそこに敵の姿は無い。

「遅いな」

 通信機からジョージの声が流れると共に警告音が響いた。背筋に冷たいものが走り、回避しても無駄だと悟る。既にACリベレーターはレッドドラゴンの至近距離に接近しており、コアパーツにバズーカの銃口を突きつけておりインサイドの吸着地雷を覗かせていた。上げかけていたリニアライフルの銃口を下ろす。

「降参かね」

「まさか。私がそんな女に見えますか?」

「見えないな」

 喉が締め付けられるような感覚があった。今正にジョージは引き金を引こうとしているのだと何故か理解でき、ペダルを踏み込んでブースターを吹かして後退する。バズーカは避けられたが、吸着地雷までは避け切れなかった。右肩の装甲が弾け飛ぶ、内部構造にもかなりのダメージが及んだらしく、反応がなくなる。

 残った左腕のマシンガンで弾幕を張りながらある程度後退し、さらに距離を開けるために両肩のミサイルを放つ。マシンガンは直撃させることが出来たが、ダメージは小さくそしてミサイルは全てが避けられた。

「私はレイヴンです。誰にも縛られない自由なカラス、私に必要なのは私の正義。誰かの示す正義じゃない……」

「小娘がよくもまぁいけしゃあしゃあと」

 ジョージの下卑た笑い声が聞こえる。胸の内が熱く燃え上がった。

 潰れた右腕を外したいと思うが、ACにそんな機能は無い。仕えない右腕はデッドウェイトとなり、レッドドラゴンに残された武装は両肩のミサイルにマシンガン、そして格納されているブレードの四つ。これだけあれば充分だと、エレクトラは口元を歪めた。

「エレクトラ、君の正義を聞こうじゃないか。ぜひとも興味があるね、自由たるレイヴンが語る正義とは」

「分かりません。ですが、これから見つけて見せます」

「これから? 笑わせるな」

 リベレイターの銃口が持ち上がった。

「私はレイヴン。誰にも縛られない、それを縛ろうとするあなた方インディペンデンスは私にとっての悪以外のなにものでもない!」

「私達にはむかおうというのか? たった一人で、無謀だよそれは」

「無謀でも構いません」

「レイヴンだからとでもいうのかな?」

「えぇ」

 オーバードブーストを起動させ突撃しながらマシンガンを乱射、そして再びミサイル。ジョージは虚を付かれたのか咄嗟には動けずに、マシンガンの直撃で足を止められ、その後のミサイルにより各所にダメージを負った。そのままリベレーターの横を通り抜けて、安全圏まで脱出する。

 ダメージが大きかったのか、それとも別の理由によるものか。追撃は無く、安全圏までの脱出に成功した。パイロットスーツを着ていないことはかなり体に負担が掛かることなのか、全身に圧し掛かる疲労感はいつもの非ではなかった。

 しかし今はそれが心地良い開放感へと繋がっている。

 紅い竜は、誰にも縛られない。

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