『企業合同技術評定祭』
ポン、ポンッと遠くで花火が上がる音が聞こえる。それを見ようと窓から見える空を見上げるユウは降り注ぐ光に軽く手をかざした。あまりセットされていない少しぼさっとした黒っぽい茶髪が窓の開いた部分から吹き込む風に揺れ、黒色の瞳は手をかざしても感じるまぶしさに細める。今日は近くのイベント会場では企業合同で行われる技術評定祭という祭りがあるというが、これほど良い天気ならもってこいだろう。 ユウは視線を窓から正面のドアに移せば、数回ノックする。この部屋は自分の恋人、ラビの部屋だった。今日は彼女と、その祭りへとデートにでも行こうと彼は計画していたのだ。レイブンという仕事柄、パートナーの彼女とは一緒にいる時間こそ長かったが自由に遊べる時間はそれほど多くは無い。自分の機体の整備や調整、ミッション等の依頼にアリーナ、…レイブンとは常に多忙なのだ。……いや、例外もいるかもしれないが…。 それはさておき。さっきからユウは部屋の扉を何度もノックするが、ラビの返事は無い。時計を見れば時間は既に9時を過ぎようとしている。さすがにこれ以上遅れて会場が込むと困ると思ったユウはため息混じりにドアノブに手をかけた。自分の予測が正しければ彼女は今……。部屋に入って彼女の姿を探せば案の定、ベッドにふくらみが見えた。 「……相変わらず、昔から寝起きはわるいなぁ。」 苦笑混じりにユウは呟くと静かにベッドへと近づき覗き込む。そこには小豆色の髪をしたかわいらしい寝顔の少女が寝息を立てていた。幼馴染なのに少女と言うと少しおかしいかもしれないが、ユウと比べてラビは小柄で年下に見えるのだ。そういえば以前、ラビとデートしているとその身長差から、少女誘拐犯と誤解されることがあったが…あれは失礼にも程がある。 それを思い出すと少しだけ苦笑交じりにまた小さくため息をつきつつ、そっと手を伸ばしてラビの頬を撫でた。柔らかな肌。触れる感覚がくすぐったかったのか、ラビは小さく声を漏らすとゴロンっと寝返りを打った。その拍子に抱きしめていた枕が転がり、先ほど小柄といったが女性として成長しているとわかる起伏を薄い寝間着の布越しに見たユウは少し頬を赤らめた。 「…こほんっ……。あ〜、ラビ。ほら、朝だよ。もう9時だし、今日は二人でお祭りに行く約束してただろ。」 「…ぅ…うぅン…。」 小さく咳払いをして気を取り直したユウがラビを起こそうと今度こそ声を掛けながら肩を叩く。それにラビはどこか悩ましげな声を漏らしたが、起きる気配は無い。仕方なく数回、寝起きが悪い彼女のために何度か声を掛けるとようやくゆっくりと目が開いたのだった。先ほどまでのかわいらしい寝顔とは違って、鋭い切れ長の瞳はまだどこか寝ぼけたような様子を見せている。 「おはよう、ラ―――」 そこへ更にユウが声を掛けようとした瞬間、彼女の手が枕の下へと伸び、何かを取り出す。それは、拳銃だった。拳銃と言っても大型のオートマチック拳銃で、50口径はあろうかと思うほど太い銃身を持っている。周囲から見ればそんなものを彼女の細腕が扱えるわけが無いと思うだろうが、そんなことをお構い無しという様子でラビはトリガーを引いた。もちろん、いまだ寝ぼけ眼でだ。 ドゴォンという、発砲音と言うより爆音に等しい音が直ぐ近くで響く。だが、ラビが拳銃を向けた瞬間ユウは凄まじい反射速度で横へと頭を振ってしっかり回避していた。しかし後ろのドアまでは避けられるわけが、っというか避けようとするわけがなく。次の瞬間には、ドアに大穴の開く音が背後できこえるのだった。 「……ユウ……五月蝿い。」 「……おはよう、ラビ。」 酷く不機嫌そうな声で更に銃をユウに向けようとするラビの眼の前に、今度はユウが何かを突き出す。それは時計がされたユウの左腕。時刻は……既に九時をまわっていた。 「今日はラビとデートに約束してたでしょ。そろそろ起きないと、お祭り会場込んじゃうよ?」 「う……?…ん、む…?」 ラビが寝ぼけた目を数回手で擦る。時間は……やっぱり九時過ぎ。確かデートの待ち合わせ時間は八時半……さて、何分経過しているか。いまだ半分寝ぼけて不機嫌なラビが理解するのにはもう数分かかるのだった。 ●企業合同技術評定祭 会場入り口 AM10:00 祭りが始まってから2時間が立とうとしたころ、会場は多くの一般人と企業関係者、そしてレイブンで賑わっていた。各企業が開発したMTやACパーツを紹介する声や、家族連れのにぎやかな会話が辺りから聞こえる中、ヴィネッサは会場入り口のゲート前で二人の知り合いを探している。さすがにこれだけ人数が多いと見つけ難いかと思っていたのだが、片方は意外と簡単に見つけることが出来たのだった。 人の波からひょっこりと頭一つ出た青年。それにバイオレットの瞳に、群青に近い黒髪ともなれば少々珍しく余計に目立つというもの。手を上げて振れば彼もこちらに気付いた様子で、近づいてきてくれた。 「やぁ、ヴィネッサ。今日は招待ありがとう。」 大きな体をもろともせず、人の波を器用に避けてこちらに来た青年はルーマである。彼とは以前ミッションで少しお世話になって以来、個人的友人と言う位置に落ち着くことになった。今回の企業合同で行われるこのイベントへ彼を呼んだのも以前のミッションと同様自分の護衛…は建前。本音は久しく会いたかったからだ。 「ヴィネッサちゃんいたかなぁ?……あ、居た居た居たぁ〜!」 続けてルーマの後ろから、元気な声と共に小さな影が飛び出してくる。黒いリボンで結ってツインテールにした銀髪と、血のように紅い深紅の瞳を持つ少女。ユラだ。どうやら人ごみの中を移動する際、ルーマの後ろに隠れて移動していたらしい。確かに、彼女だけではこの人ごみの中を歩けばたちまちその小柄な体は人の波に飲まれてしまうかもしれない。 彼女はユラといい、ルーマ同様に以前のミッションで知り合ったレイブンだった。あの時はルーマとは敵対する依頼を受けていた彼女だったが、現在はそれを感じさせないほど親しい雰囲気を持っている。もちろん、彼女がココに来たのも自分が今回の祭りへ誘ったからだ。 「二人とも、少しぶりだったね。今日は来てくれてありがと。…忙しくなかった?」 「ぜんぜん平気だよ。むしろばっち来いってかんじかなぁ!」 上機嫌にそういって親指を立てた握りこぶしを突き出すユラ。ヴィネッサもそれに笑顔を返す。 「よ〜し、じゃあ遊んじゃうぞ〜!!っと、そのまえに。ルーマ、ルーマ。いまから私の言うことにハイで答えてね。」 「ん? いいけど、どうかしたかい?」 ヴィネッサの手を繋いで歩き出そうとしたユラが急に動きを止めると、ルーマのほうへと向きなおす。その顔は偉くまじめであり、呼ばれたルーマも少しだけ表情を引き締めようとしたのだが……。 「……喉渇いちゃったから、ジュース買ってきてっ♪この先の広場で待ってるから。」 「………。」 茶目っ気たっぷりの笑顔で首をかしげつつルーマをからかおうとするユラ。ルーマはしばらく黙った後、苦笑交じりにハイと答えるのだった……。 ●企業合同技術評定祭 イベント会場中央広場 「……意外と広い会場だな。」 ラビとのデートで一通り回ったころ、休憩ついでにトイレへと行って来たユウは軽い迷子になっていた。もともと、このイベント会場は今回の祭りにあわせてイベント支持者が準備したもので。それも急ピッチで準備されたためか、案内掲示板など一部がまだ準備されていないままの状態になってしまっている。 故にトイレを探して歩いていたユウは知らないうちに以外と遠くまで行っていたのだった。用を済ませてラビの元へと帰ろうとしたのだが、今度は帰り道もわからない……。仕方がなく、近くのスタッフを探して道を聞くことにしたのだが、通路を埋め尽くす人の中から探し出すのはなかなか難しいことであった。 最悪は迷子アナウンスでもしてもらうしかないかと、冗談でも考え出したとき来園者の隙間からスタッフの身分照明を首から下げた女性がユウの視界に入った。 「あ、すみません。お聞きしたいんですが…。」 早速ラビを待たせている広場のほうへ行く方法を聞こうとしたユウだったが、近づいてみると少しだけ違和感を感じるのだった。そう、スタッフらしいのだが、年齢はまだ大分若そう。というより、自分よりも年下だとおもえるほどの年齢なのだ。 「? はい、なんですか?」 「あ、いえ。少々場所がわからなくなりましたので……中央広場への戻り方を教えてほしいんだけど。」 「中央広場、ですか?私もちょうど中央広場に人が待っているので戻るところなんです。よかったら一緒に…。」 「それはよかった。ああ、自己紹介がまだだった。僕はユウっていうんだ、よろしくね。」 「こちらこそ。私はヴィネッサ。キサラギの技術者をやってます。」 お互いに挨拶を済ませるとヴィネッサが先頭に立って歩き出す。しかし途中人の波に飲まれそうになり四苦八苦している彼女を見て、ユウは場所を入れ替える提案をした。ヴィネッサよりも大柄である彼が前を歩けば、彼女を人の波から守れると考えたのだ。道案内に関しては後ろから指示してもらえば問題ない。現に直ぐにラビの待つ中央広場に戻ることが出来た…のだが…。 「…ぁ、ユウ遅かっ…ユウ……隣にいる娘は誰?…。」 広場の中央にある噴水でまっていたラビはユウが戻ってくるとはじめは小さく笑顔を浮かべていた。しかし、その横にヴィネッサがいるのを見ると、とたんにその表情を変えたのだ。怒りを滲ませた声、原因は…いつの間にか逸れないようにヴィネッサがユウの服の一部を掴んでいたことだろうか?それとも、親しそうに話しながらこっちにきたこと? 少なくとも仲の悪い関係には見えない。たいしたことではないように思われるが、恋する乙女からすれば重要問題だ。自分の好きな男性が違う女性と親しそうにしているところなど…。 「ヴィネッサちゃ〜ん。って、あれ?ユウにラビ?って、何この雰囲気?修羅場?もしかして、しゅらば?」 「あ、ユラ。……ユウさんと、知り合いなの?」 そんなタイミングで戻ってきたユラ。彼女はルーマがジュースを買いに行っている間、何か食べ物をと近くの出店を見て回っていたのだ。手にはクレープやらたこ焼き、お好み焼きとかいろいろな食べ物がある。 「あ、うん。まぁ、知り合い。」 「キミがユラの友達のヴィネッサ?……私はラビ…ユラの親友…かな?」 「な…何でそこで疑問系なのっ!?」 苦笑混じりの表情で答えるユウ。その顔には知り合いと言うより保護者、といいたそうな色が見えている。次にラビがヴィネッサに挨拶をし、手を差し出す。先ほどまでの空気はユラの乱入で誤解が解けたようで、大分和らいでいる。ユラはといえば、どこか妙な言い様であるラビに『意義あり!!』とでもいいたそうに指差している。 「ただいま。すまない、自販機コーナーが込んでいて……って…知らない間にずいぶんと増えたね。」 「あ、ルーマ。お帰り。」 更にそこへルーマが帰ってくる。両手で抱えるようにジュースを持っていたのを見たヴィネッサは、手伝うと言うと彼から数本のジュースを受け取り。 「あなたがルーマ?……私はユラの親友のラビ……いつもユラがお世話になってるって聞いた…ありがとう。」 「…何故だろう、ユラにお世話になってるって言葉が出て来ないな。」 小さく頭を下げるラビに、ルーマは小さく苦笑交じりに冗談を言うと頭を下げた。いや、実際世話をしていると言うほうが正解のような気がする場面が多いのも確かだ。 「あ〜、はいはい。お互いの挨拶はそれくらいにして。ほらほら、ルーマもヴィネッサもいこう。まだまだお祭りも回りたいし。」 お互いに頭を下げあっているルーマとラビの間に入ったユラは、ルーマ腕を抱えるようにして引っ張ると歩き出そうとする。祭りを回りたいのも本当だが、実際はユウとラビを二人っきりにさせてあげたいのだ。 ルーマは引っ張られても少しもふら付きはしないが、急かされると『ハイハイ』と答えて歩き出す。その後ろに、ヴィネッサは二人に挨拶するよう頭を下げてから続いた。 「じゃあ、僕等もまた回ろうか?レースまでまだ時間はあるし。」 「うん…ユウ……久々のデートだから…いろいろ見て回ろ。」 残された二人はお互い顔を合わせると笑みを浮かべ、ラビはユウの腕へ自分の腕を絡め抱きつくようにして歩き出す。少しだけ頬を赤く染め、こうして歩く二人は何処から見ても仲の良いカップルだろう。 ●企業合同技術評定祭 レース会場 PM02:00 正午も回って、午後に行われる催し物のためにレース会場はあわただしい準備の最終段階に入っていた。観客席には観戦客が続々と集まり始め、本物のレース場を模した会場ではスタッフが配置に付き、安全確認と作業の最終確認を進める。 もちろん、参加レイブンがスタンバイしているガレージでも整備士たちがあわただしく走り回っていた。今回はレースといっても使用するのはレーシングカーではない。ACだ。ACを使ってレースをしようという、前代未聞のことだったのだ。 ルールは簡単、ようは最初にゴールすれば良い。他選手の妨害、撃破さえもさえもありなのだ。といっても、今回は選手の安全も考慮されるのでダメージ等の計算にはアリーナと同じポイント形式が使用されている。各パーツごとに設定された耐久ポイント合計を、同じように設定された武器の攻撃ポイントによるダメージ合計が上回ると撃破という認定を受ける。 また、被弾箇所に関してもポイントは計算され、たとえば椀部に集中弾を受け耐久ポイントをダメージポイントが上回った場合、その部分は破壊されたとされ使用が一部制限されるのだ。つまり、撃破され戦死しないだけで実際は普通のミッションと変らない。それにいくらこの方式を使っているとはいえ、怪我や事故が起きないとも言い切れない。だから選手は否応なく、いつも通りの緊張感を持って当たるはずだった…のだが…もちろん、例外だっている。 「うん、君かっこいいね!お友達になろうよ♪」 「スレイ、やめろ! 彼も、彼の彼女も困っている!先輩にも注意されただろ?」 ハンガーに響く声に整備士たちが一旦手を止め、そちらへと顔を向ける。見れば、参加レイブンの一人が、同じく参加レイブンの男性に抱きついているのだ。抱きついているのはBアリーナ所属のストレプト・カーパス。彼女は『命を張って戦う弾性ってすてきなんだよ!』という理由でレイブンにまでなってしまったと言う、一部で有名な女性だった。 抱き着かれているユウは少し顔を赤くし、困ったようにおろおろとしている。当たり前だ、レースの時間が近づき準備しようとハンガーに入った瞬間急に知らない女性に抱き着かれたのだから。自分よりも小柄でも女性として成長し所々柔らかい部分が当たる感覚に、鼻先をくすぐる金髪の良い匂い。確かにこれは困る…、だが何より、もっと困るのはこれで横にいるラビが先ほどのヴィネッサのとき以上に不機嫌そうな顔をしていることだった。 そこに助け舟として、ストレプトをユウから引き剥がそうとしているのはアクルクスだ。何とか後ろから抱えるよう羽交い絞めにしてストレプトを引き剥がした彼は何度も何度も二人に向かって頭を下げている。彼を誰がみても第一印象は『苦労してそう』というものだが…実際、パートナーのストレプトのために苦労しているようだ…。 「ぁ、ああ、大丈夫だよ。少し驚いたけどね。」 アクルクスに苦笑交じりに答えつつ、衣服を整える。だが以前横からはラビの怒りの波動とも言うか、今にも拳銃を抜きそうな雰囲気がひしひしと感じられた。 「はぁ…やっぱり虚しくても一人で来るんだった、疲れる。」 「はぁ…相変わらずのようだな、お疲れさん…。」 アクルクスは許してくれたユウにほっとしつつ、大きなため息をつく。そんな時、声を掛けてきたのはルーマだった。 「あ、先輩。今日は知り合いの方と予定があったんじゃ…?」 「その知り合いが招待したのがココだったんだ。だからついでに二人の様子を見にな。」 ルーマは先ほどあったユウたちに小さく挨拶しつつ、ユラがまた喉が渇いたと言うので買ってきて欲しいといったジュースを差し入れに4人に差し出した。ユウからすれば、ここでのルーマの乱入はありがたい。何より、先ほどから殺気立っているラビの雰囲気を少しでも和らげたいからだ。 「あ、気がきくね〜。はい、君はこれでも飲んでなさ〜い。」 「ちょっとまて!この『ハワイアンおでん イチゴ風味』ってジュースはなんなんだ?!明らかに地雷じゃないか!」 ストレプトに渡された差し入れのジュースに対して突っ込みを入れるアクルクス。そのジュースはヴィネッサが飲みたいといっていた奴だったが…彼の言うとおり確かに地雷的な雰囲気がする。少なくとも、ルーマは飲めといわれても断るつもりだ。 「じゃ、僕は行くよ。4人とも、頑張って。」 ルーマは時計を見ると、レース開始時間が迫っている。参加選手でない自分がこれ以上二人の関係者とは言えハンガーにいるのは良いことではないと思い、その場をあとにした。途中もう一度自動販売機コーナーによって待たせている二人にジュースを買いなおしていかないと、と思っていた彼がそちらへと足を向ける。幸い今いたハンガーとユラたちが待っている観客席への通路の間に自販機コーナーはあり、遠回りしないでもすむ 余り待たせるとユラが五月蝿いだろうと思った彼は少し足早に歩いているのだが、途中ふと止める。それは、ジュースの自動販売機の前でじっとしたまま動かない少女がいたからだ。 ルーマは最初、何を買おうとしているのか悩んでいるのかと思ったが、見ていると様子が違う。ただボーっと、お金を入れたままの自販機の前で立ったままなのだ。その表情は、暗い。 「……どうかしたのかい?」 「………ぁ、? ぁ、いや、な、なんにもあらへんよ。」 黙っていられず声を掛けたルーマ。それに少し遅れて反応した彼女は、顔を上げると急いで手で目元を拭う。離れたその手は、濡れていた。急いでジュースのボタンを押す彼女。落ちてきたのは、『ハワイアンおでん イチゴ風味』。 「……君もそれを飲むのか。」 「へ?…きみもって?」 アクルクスいわく、『地雷的な飲み物』を購入口から取り出している少女につい呟くルーマ。先ほどまでのハンガーでのやり取りを話しつつ、自分もジュースを購入すると彼は観客席へと歩き出した。少女も観客席のほうに行くと言うことで、お互いに自己紹介しつつ一緒の方向で歩き出す。 彼女はイズモといい、まだ若いがキサラギの専属レイブンだと言う話だった。いまだ企業専属レイブンとあったことがないルーマは、それに少しだけ驚くとイズモは軽く頬を膨れさせて怒った。 「失礼にも程があるで! うちはこれでも、19歳の大人や!」 そんなことでいちいち怒っているあたり、まだ子供の部分が抜けてないように思えルーマは小さく笑みを漏らしてしまう。 「しかし、さっきのはどうしたんだい? 何か落ち込んでいるようだったけど…。」 「っ!……まぁ、ちょと……仕事中、大切な人がおらんなってしもうたんや…。」 「……すまない。悪いことを聞いたな。」 「…ええよ気にせんでも。専属ゆうたかて、レイブンと同じや。……武器もって、戦ってる以上いつかそうなる。 …覚悟くらいは、してるつもりやったのに…。」 イズモがまた下を向いてしまう。その表情には、悲しさと寂しさ、それを必死に隠そうとしする感情が混ざり合った表情が浮かんでいた。そんな彼女の頭に、ぽんっと小さく手を置くルーマ。イズモは顔を上げると、きょとんとした表情で彼を見上げ。 「悲しむのはいい、だけど、あの人に誇れるようにしないとね。」 優しげな上身を浮かべた彼は、そっと手を動かし頭を撫でる。それはまるで、父親が慰めているようだった。そう、あの人の見せた笑みと同じ……。 「…ダディ……? …っ、わ、わかっとる。言われんでもそんくらい……うちかてわかってる!!」 小さく、思い出したあの人の顔が重なったのか、その名を口にする。だが直ぐに、顔を真っ赤にするとぶんぶんと首を振って彼の手から逃げるように走り出したのだった。 「………それなら良いよ。」 そんな彼女の背を見つめつつ、小さく微笑むルーマは歓声の声で思いだしたかのように自分の観客席へとあがっていった。 「………ありがとな。ルーマ。」 彼が見えなくなったころ、足を止めたイズモは振り返って小さくお礼を言った。もちろん、すでに通路には彼女しかいないため、彼に聞こえることはなかったが…。 ●レース レースが始まって数分。既に先頭の黒翼は最初の砂漠エリアに入っていた。ココは元々乾燥地帯であったが、レース用にわざわざ一部地面を削って砂にしたというのだ。そのため、歩行での移動や地上を高速で移動するブーストダッシュでは時折砂に足を取られて、バランスを崩しそうになる。 また、砂漠地帯ということで競技用に設定されたCPUが自動で機体の冷却機能も低下させていると言う芸の細かさ。下手にブーストをふかせば、その分ジェネレーターに負荷をかけて後に響きかねない。 ユウはもう一度、黒翼の状態を確認するために補助モニターに眼を向け、機体の温度やエネルギー残量を確認した。今回のレースに合わせて、黒翼から両肩補助ブースターを外し、エクステンションにEN回復装置のJIRENを装備することでブースターの使用時間を増やしている。それによって低下した速度を補うためにブースターをCR-B83TPに変更し、インサイドには他選手への嫌がらせ用の吸着地雷を装備していた。 「余り無理は出来ない、かな……。ラビ、大丈夫?」 ユウはバックモニターに目を向ける。そこには後ろにぴったりついてくるラビのローレルグリンの姿があった。彼女も今回のレースに合わせローレルリングの左肩に装備されている小型リニアガンを多機能型レーダーのWB17R-SIREN3に変更しており、黒翼の支援をしやすいようにしていた。 『……大丈夫…。でも、もう後ろから来る…。』 ラビの言葉にユウはレーダーに眼を向ける。頭部内蔵型で性能がローレルリングに劣る黒翼のレーダーにも、接近してくる機影が写った。 『やっと、本番だね。支援よろしくぅ!』 『気は進まないけどね、でもこれも一応仕事だ、やってやるさ。』 先行してこちらへ接近してきたのはストレプトのラナンキュラスだ。左手に持ったライフルとマイクロミサイルを早速前方を行く黒翼とローレルグリンに発砲した。前もってそれを読んでいた二人はお互い、一瞬左右に離れてはまた接近し、回避しつつもコンビネーションを取りやすいポジション取りをしていく。 だが一瞬でも進路を変えたということは、当然直線を進むより余計な動きが出て速度も落ちていると言うこと。その間に、ローレングリンにラナンキュラスが並んだ。お互い並走する形で大きく出た岩を飛び越えた瞬間、今度はローレングリンが攻撃を仕掛けた。 右腕に持ったハイレーザーライフルから吐き出されたエネルギーの塊が一瞬早く高度を下げるラナンキュスルへと走る。その狙いは足や腕ではない、最初からコア狙いだ。一発目はそのままコアに被弾、そのままもう一発追い討ちをかけようとするが、さすがに残りは左右へのステップで回避された。ラナンキュスルが少しだけ後ろに下がる。二機が着地したとき、エリアは砂漠から渓谷へと移った。 『あっぶないなぁ、当たったらどうするのさぁ〜。』 『問題ない……キミにだけは…最初から当てるつもりで撃ってるから……だから、死ね。』 なにやら凄まじく危ないことをラビが口走る。通信回線をストレプトに絞っている当たり、ハンガーでの出来事をまだ怒っているのだろう。左右から挟むように上へと伸びる岩肌。狭い通路を二人はお互い乱列する岩を回避しながら攻撃のタイミングを図る。 今度は後ろを取れる位置につけていたラナンキュラスがローレングリンの背後へ向けてショットガンとライフルを放つ。ローレングリンも軽く被弾しつつも、器用に岩を縫うようにして回避するとハイレーザーライフルで応戦する。だが狭いと同時に障害物が多いこのエリアではお互い攻撃は障害物に阻まれ、お互いに有効打となる攻撃が出ることは少なかった。 今のところ順位はユウの黒翼がトップ。ラビはこのまま二人さえ抑えれば(いや、眼の前のストレプトは落とす気満々だが…)勝てると確信した。だが、次の瞬間真横から障害物を縫う正確な攻撃が来る。左腕に被弾する激しい衝撃に歯を食いしばるラビが見たのは、大きくジャンプし上からリニアキャノンでこちらを狙い打ったザワン・シンの姿があった。 後方に備えていた彼は障害物が多い水平攻撃をやめ、大きくジャンプし上からの攻撃をすることで射線を確保してきたのだ。それにはラビも焦った。このパイロットは眼の前の女以上に戦場を見ている!そうして冷静に判断を下せる分、こっちのほうがストレプトより不味い。 ラビは直ぐにローレングリンを停止し、逆走させる。本来逆走はペナルティの対象となる行為であったが、ユウの援護のためにまずこっちを落とす必要がある。それだけの、ペナルティを犯してでも叩く価値はあった。 『銃を握りだしてから…実戦でならほとんど無駄弾を撃った事が無いのが……私の自慢…。だから、落ちてもらう…っ。』 ペナルティが課せられるまでのリミットは10秒、現に停止したときからコックピット内ではCPUの無機質な人工音声でカウントが始まっていた。ザワン・シンもこちらに進んでいる分、攻撃のタイミングはほぼ一瞬しかなかったが放ったハイレーザーは見事に命中し、それを確認すると直ぐに逆走をやめる。そうしなければ、このままザワン・シンともすれ違って置いていかれてしまうからだ。再びブーストダッシュで加速すると、ちょうど今度はザワン・シンと並ぶ。 『あぁ、もぉ!厄介なのはうちのおばか一人で充分なんだよ!』 アクルクスもラビが厄介な存在と認識したようで、ストレプトの援護をこちらの迎撃に絞り始めた。レーザーと、ライフルにマシンガン、お互いが手に持った武器での激しい銃撃戦が繰り広げられる前方、ラナンキュラスは完全にローレングリンの相手を任せると加速を開始する。 少しでもローレングリンが押さえられているうちにトップを行く黒翼に追い付かなければならないのだ。だが、銃撃戦を繰り広げた分、その差は大きく広がっている。結局追い付けたのは次の大河を抜け、最後の密林エリアも中盤に差し掛かるほどだった。 『おいついたぁっ!』 急に入った通信にユウはバックモニターを確認すれば、ソコにはこちらへとじりじり距離を詰めるラナンキュラスの姿。追い付くために大分無理をしたようで、見た目にも機体が木々にぶつかり傷だらけになっているのがわかる。それに対してこちらはほぼ無傷。余力を残して進んでいた分まだ大分余裕があるが…。 「さて、家で不貞寝しながらお土産を待ってるアズサのためにも、本気で行かせてもらうよ。」 そう呟くと後ろに疲れるタイミングで180度旋回、真後ろを向いた瞬間マシンガンを放った。だがこの程度ならまだ耐えられる、被弾しつつも回避せず攻撃を優先しランキュラスも応戦しようとライフルを彼に向ける。が、そのタイミングで地面が爆ぜた。 『えぇっ!?』 同時にCPUから警告音。驚きつつも確認すると、脚部が被弾しダメージで機能低下を起こしているのがわかった。でもどうして?マシンガンは確かに命中したが数初当たったくらいでパーツの耐久ポイントを超えるほどのダメージポイントはないはずだった。だがそれよりも、機能低下に認定された脚部はCPUがルールに従い性能を低下させるほうが問題だった。今の速度で脚部の性能が落ちるのは同時に安定性も低下することになり、ラナンキュラスは大きく転倒することになった。 実はユウが狙ったのはこれだった。先ほど無理をしてこちらに追い付いた様子のラナンキュラスを見た彼は、マシンガンを布石に脚部へのダメージを狙って吸着地雷をまいておいたのだ。攻撃だ被弾した一瞬のタイミングなら、インサイドから地雷がまかれるのを見逃すかもしれない。そう考えたためだ。 思いのほかうまく行った。ラナンキュラスがこれ以上追撃してこないのを確認すると黒翼は全ての武装をパージし、ゴールへと一直線に目指した。 ●レース結果 優勝 ユウ選手(AC 黒翼) 賞品 ACパーツ寄贈権利書 準優勝 アクルクス選手(AC ザワン・シン) 賞品 賞金10000C 3位 ラビ選手(AC ローレルグリン) 賞品 賞金5000C リタイア ストレプト選手(AC ランキュラス) ・あとがき こんばんは。こしひかりです。 今回初のイベントミッションでしたが、ぶっちゃっけ疲れました。(ぁ 参加人数多いと楽しいが、動かすのが大変だね…。実際動かしきれない感じがする人がいたりしたので、一部(特にうちの子)の出番がなかったなども…そこらへんも改良点が必要ですね。 ついでにごたごたしてて誤字多そうですが・・・あったらすみません。(アセ |