『漆黒』



 その日のBアリーナは珍しい試合が組まれていた。B・リッチとO・Bの試合である。お互いにBアリーナに籍を置くものであり、どちらもレイヴンとして活動している。だから珍しいことであってはならないのだが、これは異例の試合といえた。

 なぜならば、エリア・オトラントではかなり前からアリーナが開催されておりその時からO・BはBアリーナに籍を置いていた。しかし彼は何故か、今まで一度も試合を組まれたことが無かった。理由は分からない。

 O・Bというレイヴンについては調べても何の情報が出てこないのだ。いない人物のような扱いである、それがマッハことミカミには不思議だった。

 観客席に座りながらO・BとB・リッチの試合を眺めている。O・Bはあのデスサッカーと渡り合える実力の持ち主であり、Bアリーナの実力ではなくどう考えてもAアリーナ上位とほぼ同等の能力を持っているはずだ。そして対戦相手のB・リッチはといえば、趣味でACに乗っているようなレイヴンであるため実力は当然低い。

 もし勝つようなことがあったとしてもそれは機体性能が良いからであって、ミカミの目から見てB・リッチは機体性能を引き出しているようにも見えなかった。何が起ころうとO・Bが負けるはずがない、ミカミはそう確信している。

 しかし試合はB・リッチが優位に立って進めていたのだ。B・リッチの戦い方といえば戦法も何もあったものではなく、ただ真正面からの撃ちあいを演じているだけであり見ていて楽しいものでもない。当然、観客のほとんどは試合を見ておらず並みのレイヴンであるならB・リッチの攻撃などある程度は回避できるであろう。

 O・B程の実力があるのならば、文字通り瞬殺を演出してみせることだって出来るはずだ。だがO・BのLブラックはB・リッチが駆るミリオンダラーに押されていた。周囲の観客達は「O・Bは弱い」というような事を口々にしている中、ミカミは一人眉をひそめて首を傾げている。

 おかしい。以前、たった一度であっただけとはいえO・Bの実力はこの程度ではないはずである。それにもし、O・Bがアイツだとするのならばますますおかしな話だ。

 そうしているうちにLブラックの損傷率が規定以上の値になったため、試合はB・リッチの勝利に終わった。単調な試合で、見ていてとても面白いといえるものではない。ミカミを覗いた観客達はつまらなさそうに溜息を吐いたり、トイレに立ったりしている。しかしミカミは勝利結果を表示するモニターに眼を釘付けにしたまま動けなかった。

 だがすぐにのんびりしている時間は無いと立ち上がり、目立たないところにある関係者専用通路に入っていく。IDカードの提示を求められるが、レイヴンとしての証明証を翳せば簡単に中に入ることが出来るのだ。

 そうして向かった先はレイヴンの控え室である。幾つかある部屋の中からO・Bと書かれた札が下げられている扉を叩く。中から返事は無い。試しにドアノブに手を掛けると何なく開いた。電気がついていなかったため、手探りでスイッチを探し当ててて照明を付ける。

 照らされた部屋は酷く殺風景だった。控え室なのだから当然ともいえるが、普通は持ってきた荷物が置かれている。全く手ぶらでくるレイヴンなんておらず、鞄の一つぐらいは無くてはならない。しかしこの部屋には無いのだ。

 あるのは一人掛けのソファーと二人用のソファー、そして二つのソファーの間に置かれた小さなテーブルだけ。まさかもう帰ってしまったのだろうかと考えたが、時間を考えるとそんなことがあるはずもない。

 試合が終わればまず格納庫で損傷の度合いを確認し、整備員に指示を出さなければならないために控え室に戻ってくるには以外と時間が掛かる。ミカミは試合が終わってすぐこちらに向かって来たわけだから、追い抜かれるわけはないのだ。

 たまたま物を持たない性格なんだろうと無理やり自分を納得させて、二人用のソファーに座りO・Bが帰ってくるのを待つ。テーブルの上にオーソドックスな円形の銀色をした灰皿があったため、煙草に火を吐け紫煙を燻らせる。

 O・Bは一体何者なのだろうか、デスサッカーから助けられた時の声を思い出す。あれはどう聞いたとしてもオレンジボーイの声だった。レコーダーに残っていた声を何度も聞き返したが、そうとしか思えない。オレンジボーイに兄弟がいると聞いた話は無く、本人であることに間違いは無いと思うのだ。

 だがそれならそうと疑問が残る。何故オレンジボーイは戦友であるミカミの前に姿を現そうとしないのか。それとも何か理由があるのだろうか。考えられない話ではない。

 まさかミラージュが何かしたのだろうか。あの時、バルカンエリアで初めてデスサッカーと交戦した際にオレンジボーイは死んだはずだ。遺体もこの眼で確認している。だから本当はO・Bとオレンジボーイは声が似てるだけの別人と考えるのが正しいにも関わらず、ミカミはO・Bとオレンジボーイが同一人物ではないのかと思っている。

 何故だろうか、心のどこかで未だ彼の死を認めてはいないということだろうか。

 いつの間にか短くなった煙草を灰皿に押し付ける。そうしてすぐに二本目に火を点けた、吸い過ぎかもしれないが今ぐらいは良いだろう。煙を深く吸い込み、天井に向けて紫煙を吐き出すと扉が開いた。

 視線を向かわせる。

「オレンジボーイ……?」

 では無かった。髪形や体格はオレンジボーイと全く一緒だった。しかし髪の色は真っ黒で、服装は黒ずくめ。オレンジボーイも黒ずくめの服装を好んでいたが、彼ならば「アイデンティティの問題」と称して何があろうと髪をオレンジ色に染めている。そしてスポーツタイプの色の濃いサングラスをかけようとはしないはずだ。

「オレンジボーイ? 誰だいそれ、俺はO・Bだ。あんたは?」

「マッハだ。名前は知っているだろう?」

「あぁAアリーナの。知ってるよ、でそのマッハさんが俺に何の用だい?」

 O・Bはミカミの向かい側、一人用のソファーに座った。サングラスの色が濃くて眼が見えない。

「礼を言いに来た。デスサッカーから助けてもらった礼をな」

「礼なんて言わなくても、俺はそれが仕事だ」

「仕事? デスサッカーと戦うことが、か?」

 灰皿に向けていた眼を上げて、眉をひそめながらO・Bの眼を見る。当然、サングラスのせいで瞳は見えない。視線が合っているのかすらどうか分からない。

「そんな性格だと長生きできないんじゃないの?」

 O・Bの口元が微笑を形作る。

「レイヴンやってたら誰も長生きできないと思うよ。それよりもお前、何でデスサッカー知ってるんだよ?」

「前に一回やられたからね、ちょっとした復讐と他にもあるのさ。レイヴンだと色んな契約するだろ?」

「確かにそうかもしれないが、それだけじゃないんだろ? あんたの場合。ところでそのO・Bって名前だけど何か意味あるのかい?」

「Orange Boyって言ったらどうする?」

 上着の内ポケットに手を伸ばす。O・Bはミカミが銃を取り出すのかと思ったらしく身構える。しかしミカミが取り出したのはトランプの箱だった。O・Bの肩から少し力が抜けたようだ。

「だったら、カードで一勝負行きたいね」

 カードの山を数度シャッフルした後、O・Bの前に置いた。彼もまたミカミと同じようにシャッフルした後、テーブルの上にカードを置く。それを手に取り、二人の前に五枚ずつカードを配った後テーブルの中央に山札を置いた。

 手札はハートの3、スペードのA、ハートの4、クラブのJ、ダイヤの9。役は成立していない。

「何賭ける? 金か?」

 O・Bの質問にミカミは首を横に振る。

「俺が勝ったら、教えろよ」

「あぁ良いよ」

 手札に余程の自信があるのか、O・Bは素っ気無く言った。この手札で勝てるとは思えないが、やれるだけのことをするしかないだろう。それに、久しぶりの感覚が懐かしい。

 スペードのAとクラブのJを残して三枚を交換する。得た手札はダイヤのJとハートのA。これでツーペアが完成する。そしてコール。

 O・Bは手札を交換しなかった。テーブル上にミカミは手札を広げて見せた。そうしてO・Bも手札を公開する。スペードのK、ハートのK、クラブのK、スペードのQ、そしてジョーカーのフルハウス。

 溜息を一つ吐いてカードを片付ける。

「自信、あったんだけどなぁ……」

「カードは、負けたこと無かったんだっけ?」

 顔を上げる。O・Bに対してそんなことを言った覚えはないし、カードをやるのはこれが初めてでありそもそも会ったのは今日が初めてでなくてはならない。今更その事に気付いたのかO・Bは顔を背けた。

「俺勝ってないぞ」

 微笑を浮かべながら立ち上がり、部屋を出るためドアノブに手を掛ける。

「良いのか? 聞かなくて」

「事情は察したさ。それに平穏無事なら俺に連絡するだろうし、やる事あるっていうのならそれ済んだら連絡くれよ。飲みに行こうぜ」

「あぁ。じゃあなミカミ」

「出来たらまた一緒に組もうぜ、なんてったって俺たちは不敗の黄金コンビだ。また会おう、オレンジボーイ」

 後ろを振り向くことなく扉を閉めて通路を歩く。何か忘れている気がし、服の上からポケットを探る。

 愛用しているライターを部屋に置き忘れたことに今更気付いた。部屋に戻りづらいのだがあれはシリアルナンバー入りの限定生産品で今はかなりの高額で取引されているものだ。取りに行くしかない。

 足早に部屋へと戻りドアを開けるが、既に部屋の中は真っ暗で電気を点けても誰もいなかった。先ほどからそんなに時間は経っていないし、この部屋から誰か出てきたのならば気配で分かるはずだ。しかしO・Bの姿はどこにもなく、隠れられるようなところも当然無い。

 溜息を一つ。奇妙であるとは思うが、彼には彼なりの事情があるのだろう。ライターを探すために座っていた辺りを探そうとテーブルに近づくと、一枚のメモ用紙が置かれていた。

 それには汚い字で「ライターは次会うときまで預かっておくよ。大事な物を忘れるな」と書いてある。それを見たミカミは思わず笑い出し、誰もいないに関わらず「大事にしてくれよ」と一言呟いた。


登場AC一覧 ()内はパイロット名

ミリオンダラー(B・リッチ)&LK0aE805k3w1l0E0lgEa052ww0EMew0NoFMeM2b#
Lブラック(O・B)&LE000c0003g000w000A00700o00w51ewMQ2NQ3m#

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