『レイヤード周辺偵察(1)』

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 レイヤードとは大昔に人々が暮らしていた地下都市のことだ。何故、人類が地上を棄て地下での生活を選んだのか、レオンは知らない。レオンの曾祖母がレイヴンとして活動していた時はまだレイヤードは使用されていたらしい。

 とはいえその時からもう大半の人間は地上へと移り住み、争いの場も地上へと変わっていたとの事だ。曾祖母もレイヤードに行ったことは無いと幼いレオンに話してくれたことがある。レイヤードはもう古いもので、人類が再び行くことは無いだろうと言った事も確かに覚えている。

 だがオトラント紛争の後に起こった国家解体戦争、リンクス戦争、ORCA事変、第二次リンクス戦争。ネクストが投入されてから勃発した四つの争いの中で人々はレイヤードの事を忘れてしまい、データも失ってしまったらしい。

 そうでもないと今更、棄てられた地下都市の事など誰が気にかけるだろうか。企業は一体レイヤードに何を求めているというのだろう。とはいえレオンがレイヤードについて知っていることは、レイヴンだった曾祖母から聞いた話だけでそれ以上のことは何も知らない。

 企業はレオンの知らないレイヤードの秘密を知っているのだろうか。そうでもなければ企業連が調査部隊を送るようなことはしないはずだ。一企業が興味を持って調査をするというのならばまだ理解できるが、企業連が行うということは全ての企業がレイヤードを狙っていると言っても良いかもしれない。

 そして企業以外にもレイヤードを狙っている人間がいるということだ。

 今回レオンが請け負った依頼は企業連の調査部隊を全滅させた犯人を突き止めること、というよりかは撃破することにある。調査部隊を全滅させたモノが所属する勢力を突き止めるだけでも良いのだろうが、企業連が望んでいるのは撃破だろう。そうでなければボーナスを出すなどは言わないはずだ。

 レオンは煙草に火を吐けて、ブリーフィング時に手渡された資料に眼を通す。レオンが今いるラウンジには店員を除いて誰もいなかった。誰かの目を気にすることなく資料に眼を通せるのは良い事だ。集中できる。

 A四用紙にプリントされているのは調査部隊が襲われた状況だった。まず調査部隊の通信機器が故障を起こしたらしいが、後の調べで通信機器に異常は無くECMが展開されていた可能性が示唆されている。また部隊には万が一に備えて護衛にノーマルACが付き、レーダー車両も組み込まれていた。それらのレーダーにもノイズが加わったことが記録されており、ますますECMが展開された可能性を強めている。

 攻撃は主にレーザー兵器によるものらしく、破壊された残骸の写真を見てもそれは確認できた。だがその写真を見てレオンは僅かに首を傾げる。ブリーフィングでは襲撃してきたのはノーマルAC一機ということなのだが、破壊された残骸を見る限りではネクスト級の威力を持つ光学兵器による攻撃を受けたとしか思えないのだ。

 さらにプリントに眼を通していくとノーマルACのカメラが撮影していた敵ACの姿がハッキリと写されていた。大きさはネクストとほぼ同じぐらい、ノーマルACにしてはかなり大きな部類だ。全体的に丸みを帯びており、形状からはインテリオル・ユニオンを思い起こさせる。だがインテリオル・ユニオンはノーマルACを製造していないし、インテリオルグループのアルドラはノーマルを製造しているもののこのような大型のものは無かったはずだ。新型や試作型であったとしても情報が流れてこないのはおかしい。

 そもそもインテイリオル・ユニオンには企業連の部隊に襲撃をかける理由が全くないのだ。となるとこれは独立勢力が独自に開発したACということなのだろうか。可能性としては天才アーキテクト、アブ・マーシュを擁するラインアークが思い浮かぶが、ラインアークがノーマルACを独自に開発・製造するだけの余力があるとは思えない。

 となると全く別の勢力ということになるのだが、ノーマルACの独自開発・製造を行えるとなると相当な規模を持っていなければならず、それだけの規模ならば名前を知られていないのはおかしな話だ。そうなるとこの機体は撃破するよりも鹵獲した方が企業にとってはメリットがあるはずなのだが、撃破せよとはどういうことなのか。

 大方、鹵獲したところで誰が権益を得るかで問題になることが予測できているからあえて鹵獲を避けているのかもしれない。もしくは企業の面子を保つためなのか。

 なんにせよレオンにとって嬉しいのは全てではないにせよ敵の情報が与えられたということだ。外見である程度敵の武装を把握するためにさらに幾つかの写真を眺める。ノーマルACは全て白色に塗られているが頭部だけが真っ黒に塗りつぶされており、カメラアイがどこにあるのかが分からない。右腕に持っているライフルはインテリオル・ユニオン製のレーザーライフル、HLR01−CANOPUSに似ているがCANOPUSよりも鋭角的なデザインだ。両背中に突き出している棒状の物体は砲身だろうか、左右対称であるところを見ると連装キャノンの類であろう。

 ただそれよりも気になったのは脚部である。タンク型脚部のように四角いのだが、浮遊しているのだ。となればホバー型の脚部ということなのだろうか。ネクストにもノーマルにも、ホバー型の脚部を使用しているACは存在しない。オトラント紛争の時までは存在していたらしいが、それ以降は廃れてしまったということだ。

「変なACだよなぁ……」

 と、レオンは呟き過去の記憶を思い出した。

 レイヴンとしてオトラント紛争に参加していた曾祖母から聞いた一種の戦場伝説である。どこの企業製か分からないACが当時存在していた、そのACはタンクのように見えるホバー形脚部を使用しており絶大な火力を持った光学兵器を搭載していた。そのACはオトラント紛争後期に一人のレイヴンと共に行方不明となってしまい、結局正体は分からずじまいだったという話だ。そのACの事を、エリア・オトラントでは“デスサッカー”と呼称していた、と。

「まさか、な」

 資料をテーブルの上に放り出してレオンはソファにもたれ掛る。曾祖母から聞いたデスサッカーと、資料にあるデスサッカーがいくら酷似していようが同じ機体であるはずが無い。オトラント紛争時と比べればノーマルACの能力も上がっている。そんな昔のACが今のノーマルを相手にして全滅に追い込めるはずが無いのだ。

 そういえば今回の相棒となるリンクス、ペルソナ・ノン・グラタはどこにいるのだろうと思いラウンジの窓から格納庫を覗く。ペルソナ・ノン・グラタは彼の機体であるブルーテイルの前に立ち、青い髪を僅かに揺らしながら物思いに眺めているように見えた。リンクスは今日は味方といえど、明日は敵になっているかもしれない。とはいえ今日は共に企業連からの任務を遂行せねばならないのだ。礼儀として挨拶ぐらいはしておくべきだろう。

 資料をフォルダにまとめて小脇に抱え、ソファから腰を上げた。明日、命を奪い合う仲になるかもしれない人間に話しかけるのはレオンにとって不可思議な感覚を思い起こすものであるが、人として握手の一つぐらいは交わしておくべきだろう。

 フォルダを小脇に抱えながらペルソナ・ノン・グラタの側まで歩き、彼に声を掛ける。だがペルソナ・ノン・グラタは青い瞳をブルーテイルを眺めるのに使うだけで、こちらを見ようとしない。リンクスには変わり者が多いというらしいが、こんな失礼な態度を取られると人の良さを自負しているレオンであっても流石に気分を害する。

「今回、一緒に出撃することになるレオン・マクネアーだ。よろしく」

 もう一度、声を掛けながら今度は握手を求めるために右手を差し出す。だが彼は青い瞳を動かすだけ。

「ペルソナ・ノン・グラタ……よろしく」

 静かな声だった。喧騒の多い格納庫の中では聞き取るのに一苦労しそうな声だ。ペルソナ・ノン・グラタはそれだけ言うとレオンの差し出した右手に気づかぬまま機体へと視線を戻す。

「よろしく、ペルソナ・ノン・グラタ。その、いきなりで悪いんだがペルソナって呼んでもいいか?」

「好きにすればいい」

「じゃあペルソナって呼ばせてもらうよ」

 そこで話が途切れた。レオンの方から提供できるような話題は思いつかなかったし、かといってペルソナの方から話しかけてくる様子は無い。彼はずっと自分の機体を見ているだけだった。

 しばらく会話の無い状態が続くが、レオンは去り際を失ってしまいどうしていいか悩んでいるとペルソナの瞳がレオンを向く。

「まだ何か用事でもあるのか?」

「いや、別にねぇよ。ただ、一緒に戦うやつがどんなやつか知りたくてね。そういやなんであんたはリンクスになったんだ?」

 レオンには悪意も何も無く、ただ一つの話題になればいいと思って口にした言葉だった。これならお互いの共通点だし、話しも持つだろう、そう考えてのことだ。だが聞いた途端にペルソナの表情が変わった。

 顔面に動いたところはどこにもない。眼の色がさっきとは明らかに違う、明らかに怒りと敵意が篭っている。彼にとってはよほど触れられたくない話題であったらしい。慌てて謝罪の言葉を入れるも、ペルソナの瞳から怒りが消えることは無かった。

「話すの、苦手なんだ……悪いけど、一人にしてくれないかな?」

「あ、あぁ。さっきは悪かった」

 それだけ言ってレオンは早々とペルソナに背を向け、足早にラウンジへと向かった。出撃時刻まではまだ間があるし、それまでラウンジに置かれている雑誌でも読んで時間を潰せば良いだろう。

 それにしても、さっきのペルソナの目つきは怖ろしかった。リンクスになる理由は人様々なのだろうが、よほど聞かれたくない理由でもあるのだろうか。レオンにそんなものは一切無かった。二〇年も生きていれば秘密の一つや二つは出来る、だがどれも聞かれたくないものではあるが相手に対して敵意を向けようと思うほどのものは無い。

 リンクスになった理由も、単に好きだった曾祖母が戦場で何を見たのかが知りたかったからだ。運の良いことに、AMS適正があったからリンクスになったというだけで、AMS適正が全く無ければレオンは今頃ノーマルACを駆るレイヴンになっていたことだろう。だから聞かれて困ることでもないし、隠すほどのことでもない。

 けれど、世の中にはそうでない人間も大勢いる。ただそれだけのこと、だからレオンはさっきペルソナに言ってしまった言葉をもう気にすることは無く、ラウンジに入るとコーヒーを注文してからマガジンラックに差し込まれていた適当な雑誌を一冊抜き取りソファーに腰掛けた。


登場リンクス一覧
レオン・マクネアー(エルダーサイン)
ペルソナ・ノン・グラタ(ブルーテイル)

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