Wiseman Report
『ロウランド砂漠ネクスト戦 前編』

 郊外にある自然公園。砂漠化が進みつつあるこの世界において、緑が残っている環境は貴重なものである。もっとも、『外』とは隔離されたころドーム状のコロニー内ではあるし、植えられている植物のほとんどが自然物ではなく人工的に遺伝子改良により生み出された品種だった。環境の変化に強く、成長速度が速く、それでいて長い寿命を持ち、特殊な薬の投薬によりそれらを変化させられる特異な木々。

 大地もまた外の砂漠化したものとは異なり、人工的に処理、合成した土壌を使用している。それは常に植えられた木々の状態変化をコンピューターが管理し、水分と栄養の調整を24時間行う。いってみれば、ココは完全な管理の下に生み出された自然ではない、人口の森なのだ。

 だが、それだけである。木々があるからどうだというのか?それを見ることに意味は?存在することに意味は?木々は空気を整える、だがここにあるこの木々たちは世界のすべての空気を管理しているわけではない。今の世界において空気は機械が管理するもの、人にとってこの木々は…単なる飾りでしかなかった。せいぜいカップルのデートスポットに使われる、その程度の…。

 だがそれも昼間の話。夜になれば開放されているとしても、ココに来る人はごく稀にしかいない。管理された空調が流す風に木々がゆれ、ザザっと枝が揺れると起こる葉音だけがココを包み込んでいる、それがいつもの姿だった。

 だが今は少しだけ違う。葉音のBGMだけが流れるこの場所で、一人の男がベンチに座っている。彼はヴェーツェルというリンクスであり、頭髪は黒の短髪。顔にはどこか退屈している様な表情を浮かべており、その鋭い目つきから、他人から見ればひどく不機嫌そうに見えるだろう。お世辞にも簡単に仲良くなれる、そんな風には見えなかった。

「………おっせぇ…。時間指定しておいてこれかよ…。」

 彼はある人物とここで待ち合わせをしていた。だが彼はその人物が一体どんな者なのか、まったく知らないのだ。彼が知っているのはその人物から依頼を受けたら『ココで午前0時に待っていろ。』という指定されただけ。だから時間ぎりぎりに来て適当にベンチに座って待っているのだが、一向に誰も現れる気配がなかったのだ。

「…はぁ…あぁあっ! …面倒くせぇ!!」

 ため息を一つ、そしていい加減痺れを切らした彼は勢いよくベンチから立ち上がると足元にあった石を思い切り蹴り上げる。石はそのまま勢いよく前の茂みへと飛んでいくのだが、その瞬間パシンッと石が何かに命中する音が聞こえた。木々にあたった音ではない。

「…わかってやっているのか?」

 声とともに暗い茂みの中に立っていたのは、一人の男だった。黒髪、褐色の肌をした大男であり、襟の間から見えた首には横から後ろへと伸びる傷跡。おそらくは頚部にあるネクストの操作系AMS対応処置を受けた外科手術跡だろう。それは彼が古いリンクスである証でもあった。今の技術なら外科手術の跡もほとんど残らない方法と、半分はナノマシンによる処置で行われるのだ。

「っ、ようやくお迎えか?呼んでおいて人を待たせるんじゃねぇよ。」

「悪いが観察させてもらった。…この件は詫びよう。だがお前が依頼を受けたリンクスであっても、絶対的信頼を寄せているわけではない。傭兵であるお前ならこれも理解できるだろう。」

 悪態を向けるヴェーツェルに男はあっさり頭を下げると、すぐに顔を向けそう言い放つのだった。同時に、さっき受け止めたのだろう彼が飛ばした石を手から下へと投げ落とす。

「わが主が待っている。案内しよう…山猫。」

 半分はいやみのつもりか。だが男の雰囲気からはそれらしい様子は見当たらなかった。それにヴァーツェルはふんっと鼻を鳴らすと、後について歩き出すのだった




 トーラス所有の某施設。そこへつれてこられたΣは言われたとおり、ミーティングルームを目指していた。さっきの案内役の話から、今回一緒にミッションへ出る僚機のリンクスが待っているらしい。Σは頭の中で与えられていた情報から自分で調べたパートナーの情報をもう一度確認することにした。

 ランク22、フェローチェ。アルドラ所属のリンクスであり、現在では希少価値の高い少数生産型ネクスト、flying polypを乗機としている。その特有の優れた火力と装甲を最大限に生かし、女性ながら目標を完膚なきまで叩き潰す荒々しい戦い方は関係者の間では有名な人物だった。

 だがΣにとって、これは情報でしかない。相手がどんな人物なのか、会ってみないとわからないのだ。そう考えていると指示されていた部屋がすぐ目の前に来ていたことに気がつく。彼は足を止め、ノックをしようとすると中から何かが聞こえてきた。

「…?」

 それは音楽だった。フルートという楽器だったろうか、そんな音色がドア越しに小さくでも聞こえてくるのだ。気を取り直してノックをすると、しばらくしてドアが勝手に空いた。Σはてっきり彼女があけたのかと思っていたが、そこには誰もいない。確かこのドアは手動だったはずだが…最初から閉まりが甘かったのだろうか?っと、中に入ろうとした瞬間、視界の下のほうで何かが動いた。

「…バゥッ!」

「っ!?」

 それは犬だった。彼の知識が正しいならゴールデンレトリーバーという大型犬。その体にはベスト状のものを身に着けており、その上に手で掴めるようなアルミ製のバーがついている。いわゆる盲導犬の装備だ。同時に流れていた音色がとまる。

「…ヴィーヴォ。誰か着たの?」

 女性の声。ヴィーヴォという名前らしい犬はもう一回、今度はさっきよりも静かにその言葉に答えるよう吠えると向きを変え、部屋の中にあるソファーのほうへ歩いていった。Σもそれにあわせ視線を動かすと、一人の女性が座っているのが見える。手には銀色に光る、よく磨かれたフルートがあり、おそらく彼女が先ほど流れていた曲を演奏していたのだろう。

 ヴィーヴォは一回彼女のところまで行き、膝の上に置かれた手をなめるともう一度Σの方に顔を向ける。それはまるで『入ってきて』といっているような動きだった。Σもそれを理解し、部屋の中へと入ると彼女の元へ近づいた。

「あら?…誰かいらしたんですね。…どちらさまですか?」

「コードネーム……Σ。…今回一緒になる………お前のパートナーだ。」

「まぁ、男性の方でしたんですね。初めまして…わたしはフェローチェといいます。…といっても、リンクスネームですけれど。」

 彼の声にそちらへ顔を向けた彼女が手を差し出す。だがその手は彼のいる方向とは少しずれている位置にあり、どこか違和感を覚えたΣが顔を見ると彼女は目を瞑ったままだったのだ。

「…ごめんなさい、私は目が見えないものですから…。」

 握手をされないことに少しだけ心配になったようにフェローチェが言うと、Σは少しだけ急いでその手を自分から握った。やわらかく、温かい。華奢で細い女性の手の感覚が彼の手を包み込む。

「大きい手をしていらっしゃるんですね…。」

 それで彼の位置を把握したらしいフェローチェはようやく彼のほうに顔を向け、笑みを浮かべる。その笑みは彼が先ほどまで考えていた戦い方をするとは思えないほど、やさしさに満ちているのだった…。




 ヴェーツェルが連れて行かれた場所は街の地図にない地下の区画だった。この街は地上にある建物以外に、地下にも簡易的なジオフロントを模した施設が試験的に導入されており、ギアトンネルなど主要な鉄道、交通機関とも直結した一つの地下都市であると同時に、物資流通や貿易の要所となっているところだった。

 それらを盛り込んだ結果、地下の区画には建設中や、その建設過程で使用されただけの場所がいくつも所々に放置されている。それらは基本立ち入り禁止であり、今回は逆にそれを利用して人目を避けるためにこの場所を選んだのだろう。複雑な地下を縫うように移動したため、仮に追跡者がいてもここまでたどり着くのは難しい。

「どこまで行くんだよ。さっさと仕事の話をしろっての。」

「……生憎だが、それは私がすべきことではない。」

 散々待たされた上に、今度はずっと言われたとおり移動し続け。自然公園で退屈そうだった顔は、今は完全な不機嫌なものに変わっていた。それをまったく気にする様子のない案内役の男はそこで足を止めると、彼に振り向く。

「ついたぞ、山猫。お前はココで私の主と会ってもらう。」

「…主?」

 ヴェーツェルが眉を曲げたまま疑問の声を漏らしたとき。ちょうど先に見える通路の角から一人の人物が現れる。

「…ご苦労だった、リゾルート。」

「…お待たせしてすまなかった、主。」

 こちらへと近づき、暗がりから出てきた人物は声からも察したとおり金髪の女性だった。強めにウェーブのかかった髪を後ろへと流して纏め、適度に着崩して胸元が開いた男性用のスーツ姿。年齢も見た目どおりならまだ若い、ヴェーツェルよりも年下だろう。そして左頬から顎にかけてと胸元、見る限りその両方に黒い色で炎を模したファイヤーパターンの刺青模様が入っているのだった。

「受けてくれたことを感謝する、リンクス。私が今回お前に依頼を出した…そうだな、フォルテとでも名乗っておこう。ついでにお前の名前も聞いておこう…。名は?」

 明らかに偽名であるというような言い方。そして手を出す相手に対しヴェーツェルは面倒くさそうにため息を漏らす。

「名前か? 俺はヴェーツェルだ。あー、手なんて出すな。握手する気はねぇぜ。」

 手を軽く上げて、差し出された手を握らないという意思表示もあわせてすると、フォルテは『それは残念…。』と、言葉通りの様子を見せることなく呟いて手を下げた。

「では早速仕事の話をしよう。ヴェーツェル、君には先に依頼したとおり私の部下を一人、支援しに行って欲しい。同時に、可能ならトーラス側が投入してくる戦力も叩いてくれてかまわない。希望ならそれにあわせ追加報酬も出そう…。」

「はっ。随分と景気がいいじゃないか。…だが一ついっておくぜ、お嬢ちゃん。」

 明らかに相手を下に見た、小ばかにしたような言い方。『お嬢ちゃん』という言葉がこぼれた直後、案内役だったリゾルートからゆっくり殺気と怒気が滲み出すのが感じられたが、ヴェーツェルは気にした様子もなく続ける。

「俺は自分の尻も拭けないような野郎の面倒なんざぁごめんだね。そいつが死ぬより先に相手側のネクストをぶっ潰せば問題ねぇんだろ?」

「ああ、かまわない。もしだったら支援せずに彼が戦死しても、トーラス側リンクスを撃退できるのなら依頼は成功にしてやろう。」

「そりゃよか………は?」

 即答で返ってきた答え。それはヴェーツェルの考えていたものとは異なっていた。その為に小さくでも、驚いてどこか間の抜けたような声を上げてしまう。支援せずに死んでもいい?それでは最初に依頼したミッション内容と異なるのではないか…?小さくそんなことを考えたヴェーツェルだったが、依頼主がそれでかまわないというのならば問題ないだろうと。

「随分簡単に答えを出しやがるな…。まぁ、問題ねぇならそれでいいぜ。」

 ふぅっと、ため息を一つ。その答えに満足したような笑みを浮かべたフォルテは一枚のデータディスクを投げてよこす。

「これで交渉成立…ということかな。このディスクに作戦領域やこちらのネクストの情報がいれてある。確認し次第出撃してくれ。足もこちらで準備してある。…リゾルート、彼を送ってやってくれ。」

「いや、いらねぇよ。そのおっさんと歩いてて、背中から刺されでもしたらたまんねぇからな。」

 背を向けて歩き出すヴェーツェル。彼の姿が通路から見えなくなったころ、先ほどから黙っていたリゾルートがゆっくりとため息混じりに口を開いた。

「…よろしいのか、主。やつは最初からアジタートを助ける気などないぞ。」

「かまわないさ、リゾルート。仮にこれでアジタートが死んだなら、それはその程度の男だった言うだけのことだ。」

 フォルテはヴェーツェルが消えた方向とは逆方向に向き、ゆっくり歩き出す。そして懐から取り出した一本の煙草を口にくわえる。次いで懐から取り出したのはえらく古いジッポライターで、ほとんどアンティークといってもいいくらいのもの。

「戦って死ぬなら所詮その程度…そして、それはアジタートだけではなく私にも君にも言えることだ。この組織、『アヴローラ』を作った時から了承済みだったろう?」

 煙草に火をつけ、ゆっくりと吐き出すフォルテ。その煙を割って後を追ってきたリゾルートの顔はひどく渋いものだった。

「……しかし、主。我々は既にソイルとフェローチェの二人を失っている。これ以上戦力が減るのもよいとはいえないのでは?」

「………そうだねぇ…。」

 小さく考える仕草をするフォルテ。だがすぐにリゾルートのほうに向きなおせば手にあった半分も吸っていない煙草の向きを変え、彼の口に添えた。そのフィルター部分には彼女の口紅の赤がうっすら残っており、煙の味と混じって少しだけその残り香が感じられる。

「その時は、ヴェーツェルを…あの男を雇えばいい。少なくともアジタートのへたれ坊やよりは男として器量がありそうじゃないか。…私は好みだね。」

 先ほどよりも随分子供っぽい笑みを浮かべて言うフォルテ。それにリゾルートは小さくため息をつきつつ、苦笑交じりの表情で唇に触れていた煙草を銜えた…。

「……あなたはいつになっても変わらないな、主。」




あとがき

 やほ〜。よいこのみんな、元気かな?コシヒカリお兄さんはぶっちゃけ絶賛修羅場中だよ♪(ぇ
 ……どうもすいません、久しくゆっくり出来る日がなくて自然とハイテンションになっている米です…。ナチュラルハイというやつでしょうか…。いや、本気でこのごろ休みがないんです。あってもほかの用でつぶれてゲームも出来ません…箱のロストプラネットとエースコンバット6やらせてくれ…。(切実

 まぁ、私の現状なんぞはどうでもいいのでさておき…。今回もまた時間かかった…+前後編に分かれた。…いえ、何も時間がかかるので前半部分だけ先だししてお茶を濁そうなどという魂胆ではないですよ。(目をそらし
 一応今回は私の話でだんだんと敵役が正体を見せてくる話になるので少し長くなってしまったんです。この先は彼らにかかわって行くミッションが主になるので、ストーリーは本当にみんなの行動しだいで変わってしまう…たとえば今回ですとヴェーツェルがこの先敵側陣営になったりね。

 もちろんこれは参加者の行動しだいなので私も予測できません。あくまで可能性の話です。私は簡易的な骨組みだけで大部分はほとんど皆の行動しだいなんです。…その割りにちゃんと再現できてないとか、突っ込んだらイヤですよ?(ぁ

 二回ぶりのあとがきで少しテンション上がりすぎですが、まぁ適当に受け流してください。毎度のことです。でもぶっちゃけあとがき書いた後のほうがテンション上がった分書きやすいですよね。(ぇ
 残りもちまちまとですが作成をがんばっていこうと思います。お楽しみに〜。

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