『嵐は熱を帯びて(1)』

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 プロフェットは窮地に立たされているといっても過言ではない状態に置かれていた。本来、エリア・オトラントの大陸部分の大半はプロフェットが管理・運営していた地域であったのだがここに豊富な資源があると判明するやいなやミラージュの侵攻にあった。それに続いてクレストがエリア・オトラントに進出、さらに遅れまいとしてキサラギまでもがエリア・オトラントに進出してきたのだ。

 結果としてどうなったのかといえば、勢力図にあるとおりプロフェットの勢力地はかなり限られた範囲のものになってしまっている。南はミラージュ、北はキサラギに挟まれており東側に広がる海域の制海権はミラージュの手にあった。

 北側にあるのがキサラギだから良かったものの、これがクレストであったのならば既にプロフェットは潰れていただろう。仮に生き残れたとしても、ミラージュかクレストどちらかの傀儡企業となっていたに違いない。そういう意味では、北側に位置するのがキサラギでよかったとも言える。

 キサラギはあくまでも中立であるがために、大規模な戦闘となることはまずない。とはいえ、キサラギとて一企業である。おそらくは好機を窺っているに過ぎないのだろう。

 ただミラージュと接しているがために良いこともプロフェットにはあった。それが何かといえば、極秘裏にではあるがクレストから武装給与を受けられることだ。もともとプロフェットはMT製造などのノウハウを持っておらず、どこからか仕入れてくるしかなかったのだ。現代兵器のほとんどはクレストやミラージュ、キサラギの寡占市場となっておりプロフェットがノウハウを得る余地はまったく無かった。

 そのためプロフェット軍に配備されていたものといえば、その多くがクレスト製のMTだったのだ。そのため、このクレストからの武器供与というのは非常に嬉しいことであった。とはいえ、言うなればクレストに恩がある状態になってしまうがために出来ることならばこの状態から脱したいというのがプロフェットの本音である。

 技術者をかき集めて、独自の兵器を作らせているところではあるが量産ラインに載せるには時間がかかる。その間の時間稼ぎを行うには、クレストの支援に頼るしかないというのが今のプロフェットの現状だった。しかしそれを続けていけば、いずれクレストから何らかの要
求が出されることになるだろう。

 それを何とかして防ごうと、プロフェットの重役は連日のようにして会議を続けていた。そしてある時、その結論が出た。

 戦争にもルールがある。明文化されているルールもあれば、明文化されていないものだってある。しかしその多くは条約というものによって明確に規定されているものだ。そこにプロフェットは目をつけた。

 主に戦争を行っているのは、ミラージュ、クレスト、キサラギの三社だけでありこの三社のみが加盟している条約というのもある。主なものとしては、捕虜の取り扱いや生物兵器の使用禁止等等、さまざまな規定を定めた条約がある。中にはプロフェットも加盟しているものもあるのだが、加盟していないものもある。

 プロフェットはそこに目をつけた。三大企業は開発することすら出来ないが、条約に加盟していないプロフェットにならば出来るものがある。大破壊の起こる以前から既に完成していた、ある種究極ともいえる兵器をプロフェットは作ることが出来る。その兵器は理論上では威力に限界というものが存在しない。

 その危険性ゆえに条約に加盟していない企業であったとしても使用を自粛している兵器ではあるが、大昔に完成された技術であるがためにプロフェットでも簡単に製造が出来た。材料の調達も比較的容易であり、それこそ一週間ほどで完成した兵器は「クリーニング」というコードネームで呼ばれることになった。

 どこから漏れたのかは知らないが、完成してからまもなくその兵器の存在はプロフェット社員の多くが知ることになるのだが実態については誰も知らなかった。知っていたのならば、きっと使用を止めるように行動するものが出てきたはずだろう。それだけ「クリーニング」と名づけられた兵器は危険なものだったのだ。

 誰もが知っているほどの危険な兵器で、禁止条約に加盟してない企業であったとしても使用を自粛してしまうほどの兵器をプロフェットはミラージュに対して使うつもりでいた。

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 レオニスは今日も情報収集に余念が無かった。とはいえ、情報屋などから仕入れているわけではない。レオニスの情報源というのはテレビであったり、新聞であったり、雑誌やインターネットであったりとマスメディアからの情報が中心だった。

 誰でも見れるような情報であり、そんなものに何の価値があるのかと思われるのかもしれないがこれほど手堅く確実な情報も他に無い。公共のマスメディアに求められるのは確実性であり、虚飾はあるにせよ真実を元に作られているものであり、そこには真実が含まれている。後はそれをどのようにして抜き出すかなのだ。

 その方法はといえば、いくつかの情報を得て総合しそして考える。簡単なように聞こえるがやってみれば難しいものだ。とはいえ、それらも所詮は慣れの問題であって、習慣づけてしまえばなんなとこなせる様になる。

 複数の新聞、複数のウェブサイト、複数のテレビ局から得た情報を総合して鑑みるにどうもプロフェットの動きが怪しいように思える。ミラージュが大陸南部ではなく、オトラント北部のセイレーン諸島に戦力を割いているというのも主な理由かもしれないが、それにしてはプロフェットの動きが妙ではないのかとレオニスは考えた。

 ミラージュがどれだけの戦力をセイレーン諸島に送っているのかはわからない。しかし、三日前の新聞にはセイレーン諸島でクレストとミラージュの専属が交戦したという記事が載っていた。となると、ミラージュが保有する二機のACのうち一機はセイレーン諸島にいるとみて間違いない。ではもう一機は、となるとこれは本拠地にあるかトラック島のどちらからだろう。

 つまり、大陸南部で何かあったとしても専属ACでは対応できないようになっている。MTの数もおそらくセイレーン諸島に多くが回されているだろうから、そちらと比べればやはり大陸南部は少ないと言えよう。

 プロフェットがそのことに気づいていないわけは無いはずだ。だというのに、プロフェットは反攻を行った様子が無い。となると、これから行うつもりなのだろう。それにしては静か過ぎる気がしないでもない。

 となるとあの噂が真実なのではないかという考えが、タイスンの中で鎌首をもたげ始める。一ヶ月ほど前から、ネット上でそしてレイヴン同士の繋がりの間でプロフェットが核兵器の使用を考えているのではないかという噂がある。企業間で結ばれている核兵器の製造開発及び保有禁止条約があるにはあるが、これを締結しているのは三大企業とそれに連なる企業群のみでありもともと三大企業とそれほどの繋がりを持たないプロフェットはこの条約に加盟していない。

 だからといって核兵器を本当に開発・製造しているということにはならない。条約に加盟していなくとも、核兵器を初めとした大量破壊兵器を使用する企業は皆無と言ってよいだろう。やはりこれらの兵器は環境に対する影響が大きく、使い方を間違えれば自分にも被害が及ぶ。また何より大量破壊兵器を使えば三大企業がどのような行動に出るか分からない。

 もっとも、他の中小企業と今のプロフェットを一緒くたにして考えるのはマズイだろう。プロフェットは今追い詰められている状態にあるとレオニスは考えている。プロフェットの北側はキサラギであり、友好的姿勢を見せることはあったとしても本格的に敵対することは無いと思われる。クレストとの仲はそれほど悪くなさそうであり、実質的に戦闘状態に入っているのはミラージュだけであろう。

 だがミラージュの戦力は非常に強大であり、元来中小企業に過ぎないプロフェットと比べるべくも無い。そしてこのオトラントの地はプロフェットにとっては社運を掛けた場所である。全て略奪されるわけにはいかないのだ。

 窮鼠猫を噛むということわざがある。追い詰められたものは強大なものに対して反撃を行うこともあるということだ。今のプロフェットは正に窮鼠であろう。どのような行動に出るのか、おそらくプロフェットの社員ですら理解できていないはずだ。レオニスにも、他の企業にもプロフェットの動向は見えないに違いない。

 情報屋などであれば、その辺りの情報を知っているのかもしれないがレオニスの知り合いに情報屋はいないしどのようにしてコンタクトを取れば良いのかも分からない。せめて企業内にパイプがあれば良いのだが、レオニスの友人に三大企業及びその関連会社あるいはプロフェットに勤務している人間は一人もいない。

 そういった確かな筋からの情報が得られない以上、レオニスに出来るのは公式情報を集めて総合的な視線でそれを分析するしかないのだ。この作業は体力を多く使い、また時間も大量に浪費する。よってあまりしたいとは思っていないのだが、レオニスの仕事はレイヴンである。情勢を知っているか知らないかは死活問題なのだ。

 溜息を一つ吐いて、パソコンを立ち上げてメーラーを起動させる。依頼のメールでも来ていないかと期待してのことだ。レオニスは前回受けた任務でデスサッカーと呼ばれる正体不明の強力な敵に遭遇し、逃げた。よってその時の報酬を得ていないのだ。しかしながら動かしてしまい、僅かの間とはいえ交戦したがためにACは損耗し修復が必要となりただでさえ少なかった貯金は底を付いている。

 よって今の危険な情勢下の中に出撃せざるを得ないのだ。アリーナでの試合があれば良いのだが、しばらくの間レオニスの試合は組まれていない。生活のためにはどこかの戦場に赴かざるを得ない。だが現状では、どの戦場も激戦地になる得る可能性を秘めている。PCには幾つもの依頼のメールが来ていたが、どれも激しい戦闘が予想されるものばかりだ。

 レイヴンにやらせる作戦など、基本的にどれも激しい戦闘が起きると予想されているものばかりだが。ただ予想されているということは確実ではないということもであり、戦闘が起きないことも多々あるのだ。そうなればぼろ儲け。だからレオニスは出来うる限り戦闘が起こらなさそうな、起きたとしても小規模なもので終わるような戦場での依頼を受けるようにしている。そのために情報収集をしているのだ。

 しかし、今の状況下ではどこも激戦となりそうな気配がある。セイレーン諸島、トラック島、ブーゲンビル島、大陸北部、大陸南部、どこにいっても大規模戦闘が起きる可能性がある。セイレーン諸島やトラック島はほぼ確実に起きると見てよいだろう。いくつかある戦場の中でもっとも戦闘が起こらずに、また起こったとしても小規模で終わるのは大陸南部、ミラージュとプロフェットの境界線付近だろう。

 ミラージュは現時点に置いてプロフェットに攻め入る気はなさそうであり、プロフェットもミラージュに対して攻め込むことは無いだろうと思われる。

 プロフェットはこのところ静か過ぎてそれが気味悪いところもあるが、大規模な反攻作戦に出たとしてもプロフェットはもともと軍事に強い方ではないのでさして恐れる必要は無いと思われる。専属のACもあるにはあるが、実力は三大企業の専属とは月とすっぽん程の差があるのだ。プロフェトは大した戦力を持っていない。もし恐れるとしたのならば、作っているかもしれないといわれる核兵器かもしくは何かしらの新兵器ぐらいしかない。

 それらも所詮は噂であって、確かな情報ではないのだ。

 そこまで考えれば後は早かった。戦闘がもっとも起きづらいのは大陸南部、ミラージュとプロフェットの境界線付近だと判断したレオニスはその近辺での依頼を探した。各地で戦闘が行われているだけあって、依頼の数は多い。ただ大陸南部となると一つだけしかなかった。ミラージュが保有している基地の護衛任務、ただひとつだけだった。

 選択肢が他にもう残っていないので、レオニスはやむ得ずその依頼を受けることにした。メールを送信して数分後、契約完了を告げるメールがレオニスのパソコンに届いた。


あとがき
台詞がまったく無い……

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