『嵐は熱を帯びて(2)』

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 旧時代において、原子力を用いた大量破壊兵器は空路を使って運ぶのが常であったようだ。爆撃機に搭載もしくは長距離ミサイル等によって使用されていたようだが、今日においては対空迎撃能力の向上によって使われなくなってしまっている。

 当初はプロフェットも航空機に搭載する形で考えていたのだが、ミラージュの持つ対空戦闘能力を考えると難しいように思われた。そこでプロフェットは核弾頭をMTに搭載するという方式を取った。専属ACであるソリューションに搭載するのが最も確実性の高い方法ではないかと思われていたが、ソリューションは敵防衛戦力を減らすためにの重要な戦力でありこの作戦の核にするわけにはいかないという判断が出たのだ。

 核弾頭を搭載するのに選ばれたのは、クレスト社製のMT85−Bであった。もともとこの機体はバズーカを装備しているために、改造が容易であると思われたのだ。しかしながら、核弾頭発射用のランチャーは予想よりも大型化し、MT85−B本体にも大幅な改造が施されることとなった。

 結果として、核が搭載されたMT85−Bは大型化とはいかないまでも、元よりも鈍重な印象を与える機体にしあがった。右肩に搭載された核弾頭用のランチャーがさらにその印象を強めている。また撃墜されないように、前面部だけではあるが装甲は追加されておりそれに伴う機動力の低下を防ぐために背部と脚部にはブースターが追加されている。そしてそれらを支えられるようジェネレーターにも手を加えられているため、改造機というよりかは実質としてまったくの別物の機体に仕上がっていた。

 この改造機には『クリーナー』という名称が与えられており、完成したのは作戦結構予定日の僅か三日前であり、前線の基地に到着したのは前日のことであった。クリーナーに搭載される核弾頭は既に一ヶ月も前に完成していたにも関わらず、機体の方は中々仕上がらなかったために、プロフェットの上層部はさぞや冷や冷やものだったことだろう。

 現在、クリーナーはプロフェットの前線基地の格納庫内でハンガーに固定されている。トレイターはそれを見上げており、視線は右肩のランチャーに注がれていた。核弾頭は基地最深部にて厳重な管理の下保管されているため、装填はされていない。にも関わらずトレイターはこのランチャーから禍々しい、圧力にも似た力を感じていた。

 プロフェット軍の四分の一がこの作戦に何らかの形で従事しているらしいが、その多くにこの作戦の正確な概要は伝えられていない。トレイターは唯一の専属ACパイロットであり、戦力の中核の成す存在であるためにクリーニング作戦の全てを伝えられている。多くの兵士には新兵器にてミラージュ基地を攻撃するとしか伝えられていないが、トレイターはその新兵器の正体を知っているのだ。

 参考資料にと、実際に使用された核攻撃の映像も見せられた。衝撃波に吹き飛ばされる街を、熱線で焼かれ消し炭にされる人々の姿を。悪魔の兵器だとトレイターは感じたが、どれだけむごい兵器であったとしてもそれが一種の力である以上は使い方によるものだ。正義にも悪にだって、使い手次第で姿を変える。

 ならば、プロフェットがミラージュを倒すためにこの力を使用することはきっと正義だ。プロフェットが目指しているものは、平穏なる繁栄である。他の企業がしているような、無秩序な破壊を伴う成長ではない。穏やかな、流れに任せたものをプロフェットは目指している。

 正しい競争による繁栄こそが、これからの人類の道であるとトレイターは信じている。今のように企業同士が争うのも、レイヴンやテロ集団による代理戦争も、それらも全て競争と言えるものではあるがあるべき競走の形ではない。プロフェットが目指しているのは、あるべき企業の姿なのだ。

 そこに暴力を伴う競争は影も形も無い。それが実現される時が来れば、戦争の無い寄り良い世の中が来ることであろう。誰かが、暴力により勝ち得た平和は力によって覆されると言った人がいた。しかしだ、暴力に塗れたこの世界から平和を勝ち取るには暴力で無ければ対抗しえないのではないか。

 話し合い、交渉で全てを解決することが出来ればどれだけ良いことであろうか。だが、暴力に侵された今の状況では通常の交渉では渡り合えない。力に対して力をぶつける、もっとも原始的な交渉によってのみでしか解決できない。トレイターはそう信じている。だからこそ、正しい意志を持ったプロフェットが悪魔の兵器を使用することに賛成なのだ。プロフェットが使えば、悪魔の兵器も神の兵器へと姿を変える。

 クリーナーの右肩に装備されているランチャーから放たれていた禍々しい圧力は姿を消した。圧力は未だ感じていたものの、禍々しさは消え代わりに神々しさに近いものを感じるようになっている。これがプロフェットの勝利への序幕になるものを考えれば、恐ろしいもの、禍々しいもの、決して使ってはいけない悪魔の兵器、という印象は全て消えた。

 格納庫内に甲高いサイレン音が鳴り響き、出撃九〇分前を伝えるアナウンスが流れた。その直後に、床面に設置されているハッチが開きエレベーターに載せられた核弾頭が五人の作業員と共に姿を現した。これから装填作業が始まるらしい。トレイターは深呼吸を一つして、先ほど受けたブリーフィングの内容を頭の中で反芻する。

「良し」

 と小さくつぶやいて、トレイターはプロフェットから与えられたACであるソリューションが固定されているハンガーへと足を向けた。正義あるプロフェットに勝利をもたらすために。


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 ミラージュの前線基地はプロフェットとの最前線であるというにも関わらず、戦力は驚くほどに少なかった。ミラージュの主力MTであるOWLタイプは一機も姿を見せず、また高い機動力を誇り奇襲及び強襲によく利用される可変型MTのBATタイプも姿を見かけない。

 あるのはOSTRICHばかりだ。それ以外には鹵獲されたと思しきクレスト製のMT85タイプの機体が何機かハンガーに固定されている。これら鹵獲機体も使用しているらしい。レオニスはそのことに驚きを隠せなかった、相手は積極的行動に出ることが出来ないプロフェットといえど、ここは最前線の一つなのだ。

 幾ら現状が対クレストに戦力を集中させなければならないとはいえ、これはやりすぎではないかと思われる。もしプロフェットがこの基地の現状を把握していたとするならば、把握は出来なくとも推測していたのならば、確実に大挙して押し寄せてくると思われる。

 ミラージュ側としてもある程度はそのことを考えているからこそ、レイヴンを雇うことにしたのだろうが、幾らACが一騎当千の兵器であったとしても単機での戦力と言うのは知れている。大部隊を相手取るとなれば、どれだけACの性能が高かろうと消耗は避けられないし、またパイロットが人間である以上は超えられない限界というものがあるのだ。敵戦力がそれを上回っていたのならば、いかにACと言えど撃墜は避けられまい。

 また今回レオニスが受けた依頼は期限付きのもので、三日間この基地に滞在しその間に敵勢力が進行してきた場合は基地に配属されている部隊と合同で殲滅するというものだ。基本的にACは単機で運用されることが多く、MTを初めとした企業部隊と合同で運用されることはまず無い。企業専属である場合は考えられなくも無いが、レイヴンとして雇われたACが企業軍と合同で動くということは前例も少ないのではないだろうか。

 共に動くということは、指揮系統なども確立させておく必要があるということで、そのためにレオニスは企業所属のMTパイロット達と同じようにブリーフィングを受けていた。面倒くさいとは思いつつも、これも生き残るために必要なことだと考えれば苦にならない。例え赤字になったとしても、信用を失ったとしても第一に大切なのは己の命なのである。死んでしまえば何にもならない。

 ブリーフィングルームには二〇人ほどの精悍な顔つきをした男たちが整然と椅子に座っており、前方のスクリーンには周辺の概略図が表示されていた。レオニスは部屋の一番後ろの席に、MTパイロット達とは離れるようにして座りメモ帳を広げていた。そこにスクリーンに表示されている基地周辺の地形を書き込んでいく。

 多少の起伏ある地形とはいえ、ほぼ平地といって差し支えない。もし敵戦力と戦うことになれば、己の技量のみが生死を分けることになると思われる。

 スクリーンの前に立つ指揮官らしき男が手元に端末をいじると、スクリーンに二種類のMTと一機の専属ACの画像が表示される。表示されたのはクレスト社製のMT85とMT77Mだった。ただしカラーは本来のものと違い、紫色のプロフェットカラーになっていた。専属ACはプロフェット所属のソリューションである。長期戦を想定されて組まれているらしく、全体的な火力は低めだと思われるが企業専属である以上油断は出来ない。

 そしてこれら映像を見せられると言うことは、ミラージュがプロフェットの攻撃をある程度予測していると言うことに他ならない。ならばここに戦力を集中させれば良いものをと考えそうになるが、現在ミラージュはクレストとセイレーン諸島でにらみ合いが続いている状態で、最大戦力であるグローリィのインテグラルMがクレスト専属との戦いにより大破したと聞く。もう一機の専属はトラックもしくは本拠地の防衛に当たっているためにACは持って来れなかったのだろう。

 だが何故MTの機種が少ないのかという理由にはならない。おそらくミラージュも全体的な戦力が足りていないのだと思われる。開戦当初は電撃的な攻勢を見せたミラージュではあるが、そのツケが今になってきているのであろう。

「さて……」

 指揮官が口を開いた、室内に緊張が走り空気が固まる。一言目を発してから指揮官は室内を一望した後に、スクリーン上の機体画像を閉じた。代わりに三つの光点が横並びに地図上に表示され、それぞれに矢印が一緒についていた。矢印の先端はこの基地を向いている。

「先日、ミラージュ情報部はプロフェットがこの基地に対し攻勢をかけるという情報が入った。不確実なものではあるが、プロフェットの動向を察するに可能性はかなり高いものと思われる。敵部隊の機体は先ほど見てもらったとおり、クレスト社製のMT85タイプとMT77タイプ、そして専属ACであるソリューションであると推測できる。敵はかなり大規模な攻撃を予定しているものと思われ、これを撃滅することが出来れば敵の戦意喪失に一役買うであろう。予測ではあるが、敵は部隊を三つ、MT部隊二つと専属AC一機の三部隊に分け侵攻してくると思われる。ACを中心に、その両翼にMT部隊がつく形だ。敵ACは劣勢に立たされているMT部隊の支援が主だと思われるので、レイヴンにはこのACの足止めをしてもらいたい。出来れば撃墜し、我々の支援に回ってもらいたいのだが企業専属である以上難しいだろうから、足止めだけで十分だ。それで勝てる」

 遠まわしに馬鹿にされていると感じたが、怒る気にはならなかった。指揮官に言われなくともレオニスは元からそのつもりであったし、企業専属を撃破出来るとも思っていない。プロフェット専属パイロットのトレイターは、他の企業の専属パイロットよりも技量が劣ると言われているが、それでも並のレイヴンよりかは確かな腕を持っていることには違いない。

 足止めだけとはいえそれと戦わねばならないと考えると、体がこわばっていくのを感じた。またこちらのMTはといえば、耐久性も機動性も低い逆間接MTのOSTRICHであり、対して敵は数さえ揃えればACとでも渡り合えるであろうMT85が中心だ。どうあってもMT部隊に勝ち目があるとは思えない。

 指揮官の言い方から察するに、プロフェットはかなりの戦力を集中させているのだろうし、そしてこちらの戦力はといえば少ない。勝ち目があるのかと言えば、無いと思われる。それだけレオニスが期待されているのか、それともレオニスが考えているよりかは敵戦力が少ないのか。

 周囲からそれと解らないようにレオニスは首を振ってこれ以上考えないようにした。どれだけ思考を巡らせたところで、それは想像の域を超えることは決してないのだ。ならば考えただけで無駄だろう。

 指揮官から与えられる情報をメモに取りながら、頭に叩き込んでいく。その情報ですら確実なものであるかどうかは解らない、しかし無いよりはマシだ。メモに取った情報を見ながら、それらを反芻していく。全ては、生き残るために。




あとがき
 また台詞が少ない。まぁいつものことだが、っていうかレオニスって生きることが第一なんだよね。珍しいヤツだ。トレイター怖い

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