『嵐は熱を帯びて(4)』


 ジェネレーターの駆動が、ラジエーターの音が、各所のモーターの響きがコクピットにいるレオニスの全身を刺激する。先ほど打った興奮剤が神経を高ぶらせ鋭敏にさせているのだろうか。普段は聞こえない微かな音でも聞こえているようだった。

 心臓の鼓動がはっきりと聞こえる。規則的に脈を打ち、一メートルまた一メートルと戦場に近づく度に鼓動は高くなる。興奮しているなとどこか冷めた頭でレオニスはそう思った。もう少し冷静になるべきだろうと考えながらも、そうは出来ない。体は高ぶり、戦場を目指しペダルを踏んでいる。

 しかし思考はといえば冷静に状況を判断していた。ミラージュのMT部隊は潰走とまではいかなくとも、かなりの苦戦を強いられ後退を続けていることは充分に考えられる。困った時のAC頼みをしてきたくせに、司令部はMT部隊とのデータリンクをさせることもしなかったし状況を知らせてもくれない。

 データリンクについては機密の問題もあるのだろうが、少なくともMT部隊の現状ぐらいは教えてもらわないと支障をきたす可能性があった。アリーナのランキングに入るようなレイヴンや、ランク外でも安定した勝率を上げているレイヴンであれば大した問題ではないと受け取るのだろう。

 だがレオニスは弱い。秀でるところは何も無く、劣るところは数多い。他人に負けないところといえば、引き際を逃がさないところだろう。いや、そうでもない。先日のデスサッカーとの戦闘の際、偶然に援軍が来てくれたから助かったものの来なければ今頃は死んでいただろう。

 ぞっとするものを感じたが、ペダルを踏む足の力が弱まることは無かった。

 最初に聞こえてきたのは音だった。続いて閃光が見えた。戦場が近い。だが戦況はまだ見えなかった。飛び交う火線、錯綜するミサイルは見えてもどちらが有利でどちらが劣勢に立たされているかまでは見えない。少なくとも、ミラージュが有利になっているということだけは無いだろう。

 戦況を確認するため、そしていかなる状況でも有利になるポジションを取るために機体を上昇させる。視界が広がり、戦場を一望する。中心にいるのは一機のACだった。データーベースを確認するまでも無い、この戦場に現れるACはレオニスのエルダーサインとプロフェット社のソリューションの二機しかないのだ。

 オペレーターのアルが戦場にいるACがトレイターのソリューションであることを告げる。ペダルを踏む足から力を抜く。ブースターから火が消え、機体が下降というよりかは落下を開始する。上空を取ったことが幸いしたのか、敵勢力にレオニスの存在は未だ気づかれていないようだった。

 落下しながら戦場の中心、敵部隊の中核であるソリューションをロックオン。背部の高機動型垂直ミサイルを放つ。ニ発目のミサイルを発射すると同時に着地すると、僅かではあるが戦場の時間が止まったように感じた。新たなACの登場、つまりレオニスが到着したことにこの戦場にいる全ての兵士が注目したのだ。

 警告音が鳴り響いた。敵勢力のMT全ての銃口がエルダーサインに向いていた。エネルギーは回復しきってはいなかったが、充分に動けるだけの余力はある。迷うことなくオーバードブーストを起動させて、ミサイルの回避行動を取っているソリューションへと突っ込んだ。

 レオニスの仕事は元々ソリューションの足止めにある。だが、先ほどざっと戦場を眺めた時にミラージュはあまりにも押されすぎていた。ソリューションを足止めしていただけではこのまま押されきってしまうだろう。それを防ぐためにはソリューションを撃墜するしかない。そうすればミラージュ軍の士気は上がり、逆転の可能性も生まれてくる。

 オーバードブーストの急加速の中、レオニスはソリューションをいかにして撃墜するかに思考を巡らせていた。だが答えが出るよりも早くに、オーバードブーストを解除せねばならなかった。ソリューションは既にミサイルを避け切り、右手に持ったマシンガンの銃口を向けていた。

 オーバードブーストを解除した直後のエルダーサインは回避行動を取れなかった。十数発のマシンガンの直撃を受けて、激しい衝撃に襲われる。それでもレオニスは目を瞑ることなくモニターを凝視していた。恐れが無いわけではない、恐れがあったからこそモニターを凝視したのだ。目を離せばこのままトレイターのペースに巻き込まれる、この恐れに打ち克たなければ勝利は無いと確信している。

 だが技量が追いつかない。レーザーライフルを放つも易々と避けられ、反撃にスナイパーライフルを撃ち込まれる始末だ。当たり所が悪かったらしく、機体がよろめく。その隙を逃す企業専属ではない。エルダーサインが動けない間に肩に装備したチェインガンの狙いを定める。

 砲口が火を噴くのと機体の態勢が立ち直ったのはほぼ同時のことだった。ペダルを踏み込み後ろへと下がる。後ろに下がっただけで回避しきれるわけではないが、距離を離せばチェインガンの弾はばらけるために直撃弾を減らすことは出来る。それでもかなりの数が命中し、至る所の装甲が軋み悲鳴を上げた。

 レオニスの呼吸は乱れている。不自然なほどに心臓は収縮を繰り返していた。額には嫌な汗が張り付いている。間違いなく、焦っていた。こちらが攻撃したのは二度、その二度共完全に回避されあまつさえ反撃で追い詰められてしまっている。チェインガンを避けるためにやむを得ず後退していると、呼応するようにしてミラージュのMT部隊も後退を始めた。

 すると敵勢力はACであるソリューションを除いて、陣形を整え撃って来なくなった。しかしソリューションだけはその陣に加わろうとせずに、ミサイルを放ちながら接近してくる。

 ミサイルを回避。その先には既にソリューションの放った弾丸が来ていた。良いように動かされていると思うと、悔しさがこみ上げる。馬鹿にするんじゃない、と。普段のレオニスならばそのようなことは思いもしないだろうが、興奮剤の作用だろうか。

「こんのクソがぁ!」

 自分で叫んだことにレオニスは驚いていた。だからといって動作が止まることは無い。マルチブースターを使って急速の上昇、前方へブーストダッシュ。マシンガンを全て避け、エルダーサインの銃口は斜め下にいるソリューションに向いている。トレイターはこちらを見失っている。ソリューションの頭部は未だ前方を向いていた。

 ソリューションの上を通り過ぎるまでの間に、三発のレーザーを撃ちこむ。一発が直撃したのは確認できたが、後の二発については分からなかった。着地すると同時に反転しようとするが、その前にモニターに不審なものが映りこんだためにレオニスの動きはとまった。

 奇妙なMTをレオニスは発見していた。クレスト社製のMT85Bであるようだが、奇妙な外観をしていた。無理やり増加したのか、取ってつけた塗装されていない装甲、不釣合いなほど大きなブースター。そして何よりも目を引くのが、右肩に搭載されている大型のランチャーである。

 MT85Bが持っているものよりも二回り以上は大きいだろう。しかもその不可思議な85Bの周囲には三機のMTが付いていた。それら三機のMTは戦闘に参加しようとはせず、85Bの護衛に専念しているように見える。それを見た途端、背筋に冷たいものが走った。特別な兵装を施されているということは、あの機体はプロフェットにおける今作戦の要であるということだ。優先度でいうならば、確実にソリューションよりも上であるとみていいかもしれない。

 即座に破壊しなければならないが、今レオニスはソリューションと戦うことで手一杯だ。そして今、背後を取られかねない状況にある。MTに気を取られていたとはいえ、それもせいぜい一秒あったかどうかというところだろうがそれでも気をそらしたには違いない。反転を行いつつも再度マルチブースターで急速に上昇すると、エルダーサインの脚部の間を弾丸がすり抜けた。

 ソリューションにエネルギーライフルの連射とミサイルを叩き込む。命中したかどうかは今は良い。僅かな間だけでもソリューションの足止めが出来れば良いのだ。空中にいる間に奇怪なMTに機体を向けてペダルを踏み込み接近する。本当はオーバードブーストを使いたいがマルチブースターそしてエネルギーライフルの連射により、オーバードブーストを使えそうにはなかった。

 護衛に付いているMT三機のうちニ機は逆間接型のMT77Mであり脅威ではない。しかしもう一機は新型であるMT85BPである。所詮はMTであってACの敵ではないが、背後からソリューションがやってくることを考えれば充分に脅威足りえる存在であった。

 前方からのバズーカとミサイルを避けつつ、MT85BPに垂直ミサイルを撃ち込み二機のMT77Mにはレーザーライフルをお見舞いする。それぞれ回避行動を取るがMTの機動性で避けきれるものではない。撃墜とまではいかなかったが、大破させ行動不能に陥れることには成功した。これに奇怪なMT85のパイロットは動揺したのか、機体が不審な挙動を見せる。さらに接近しエネルギーライフルを撃ちこみたいところであったが、残りエネルギーは少なくほんの僅かな間ではあるにせよ足を止めざるを得なかった。

 エルダーサインが動きを緩めた瞬間、背後からオーバードブーストを発動させながらソリューションが追い抜いてゆきMT85Bとエルダーサインとの間に立ちはだかる。全く持って不可解な行動であるといわざるを得ない。エルダーサインを撃墜するのなら、背後についていたのだからそのまま攻撃すれば良かったはずだ。なのに、わざわざ前に出てくるということはそうでもして守り抜くべき対象であるらしい。即座に通信をミラージュ軍司令部に繋いだ。

「司令部、こちらレイヴン。改造されたMT85Bを確認、様子から察するにかなり重要なやつらしい。これより撃墜に向かう。後、こちらの勢力の損傷が酷すぎる、できることなら増援求む」

 僅かの間が空いてただ一言「了解した」とだけ返ってきた。何を了解したのかは分からないが、少なくともMT85Bを落とさなければ鳴らないことだけは確かである。

 改めて見るソリューションは先ほどの攻撃による損傷を受けているのか、至る所の塗装は剥げて装甲は溶けて歪んでいる。それでもまだエルダーサインの損傷のほうが大きいだろう。舌打ちを一つ。これが企業専属の実力かと思うと寒気がする。だが敵を恐ろしいと思う自分自身に打ち克たねばならない。

「この戦争屋風情がぁぁぁぁぁ!」

 通信機から女の怒号が聞こえる。トレイターの声だろう。両手の銃器を撃ちながらソリューションは距離を詰めてくる。近づいて肩のチェインガンを撃ちこむ気だろうか。相手の叫び声をかき消す様にレオニスも雄たけびを上げながら前に突っ込んだ。蜂の巣にされる恐れはあったが、クロスレンジまで入ればこちらの一方的な展開に持っていけると踏んだからだ。

 見たところソリューションは格闘戦のための武器を持っていない。ハンガーに装備している可能性はあるが、今は突っ込むことが得策だと判断したのだ。

 どうやらそれは功を奏したらしい。被弾こそしたものの、直撃は無くソリューションの懐に飛び込むことが出来た。ソリューションは両手の武装を捨てハンガーから格納していた武器を取り出そうとしている。そうはさせるとかとブレードを発生させてコアパーツに狙いを定める。後は貫くだけだ。

 だがそれは出来なかった。ソリューションはハンガーから武器を取り出すのをやめて、オーバードブーストを発動させたのだ。激しい衝撃に一瞬、目の前が真っ白になる。視界が戻った時に見えたのは、罅の入ったモニターに移るソリューションと砕け散って宙を舞う互いの装甲だった。

 有り得ないことをしてくれる。攻撃することが出来ない、それは向こうも同じだろうが衝撃のせいでレオニスの頭は今ひとつはっきりとしなくなっていた。そんな中、通信機からはトレイターの声が聞こえていた。

「このACは私が止める。早く行け! 発射地点は目前なんだから!」

 ぼやけた頭で、これは誰に言ったものなのだろうかと考える。発射地点とは何のことだろうか。あのMT85Bには特別な武器が積まれているのだろうか。もしそうだとすると、右肩のランチャーには通常の弾ではなく特殊な、燃料気化爆弾のようなものでも搭載しているというのだろうか。違うかもしれないが、そんなものを撃ちこまれては大変なことになる、止めなければ。

 そこでレオニスの意識は覚醒した。任務は達成しなければならないというレイヴンとしての意思がそうさせたのか。マルチブースターを併用して急速上昇、ソリューションの背後に回りこむ。オーバードブーストを使って距離を離そうとするソリューションの背後にエネルギーライフルを撃ちこむ。命中。背部が爆発を起こし、つんのめるようにしてソリューションの動きが止まった。ブースターを破壊できたかと思ったが、ソリューションは通常ブースターを併用しながら旋回を行っている。破壊できたのはコア内臓のブースターだけらしい。連射力重視のこのエネルギーライフルでは威力が足りないのか。

 ソリューションの向こう側に前進するMT85Bが見える。企業専属ACよりも、あれを倒さねばならない。だがその前にソリューションをどうにかしなければMTの元へ行くことは出来ない。トレイターも必死なのだろう、モニター越しにとはいえ伝わってくる気迫は凄まじく首を絞められているかのような息苦しさを感じる。

「行かせは、行かせはしない……プロフェットの大儀のために、ミラージュを倒すために。絶対に行かせはしません!」

 この言葉はレオニスにとっては恐ろしいものだった。狂信者の言葉のように聞こえたからだ。唇を噛んでから、ミサイルを放ち続いてブースターで接近しつつエネルギーライフルを放つ。反撃にと六発の小型ミサイルが飛んできたために、エネルギーライフルを撃つのを止めて回避行動に入る。結果として二発のミサイルがエルダーサインに命中し、右肩部に重大なダメージを追ってしまった。動力ラインが切断されて、右腕がだらんと垂れ下がる。完全に右腕の反応がなくなってしまったため、使えなくなってしまったエネルギーライフルとエクステンションが外せない。

「くそっ!」

 呟きながらもまたミサイルを撃って接近を続ける。ソリューションは後ろに下がり、チェインガンをばら撒きこちらの動きを止めようとする。技量あるレイヴンならばこの弾幕を避けて接近できるのだろうが、レオニスにそんな技量は無い。結果として弾幕に阻まれて接近できない。肩のミサイルは高機動垂直発射型のもので命中率は高いはずだがトレイターに通用しそうに無かった。

 そのうちに、チェインガンの弾幕が収まった。弾が切れたのだろうか。いや、違う。

 空に煙の尾を引きながら飛翔する一発のロケット弾が見えた。高く放物線を描くようにしてそれはミラージュ基地へと向かっていく。この間、戦場の時間は止まっていた。だがすぐにプロフェット軍は動き出した。全ての機体が撤退を開始したのである。どういうことだとレオニスが考えている間に、ソリューションは全ての武器をエルダーサインへ向けて撃ち込んでくる。

 他に気を取られていたレオニスは回避行動を取れずに、ほぼ全ての直撃を受ける。鳴り響くアラート音、揺れるコクピット、舌を噛みそうになる。

 脚部は中破し膝を付く。歩けるか歩けないか分からないといったところか。両腕はかろうじて付いているだけ、頭部は完全に吹き飛ばされてしまったらしい。サブカメラに切り替わっているためにモニターに映像は映るが、画質は悪くサブカメラもダメージを追っているらしい。ノイズが混じっている。

 プロフェット軍の撤退行動は迅速を超えた神速と呼べる域にあった。だが統率されたものではなく、ただとにかく逃げることを優先していたように見える。既に彼らは戦闘領域を離脱していた。一体、何を目的としていたのだろうか。

 戦場を眺め回してみれば数々のMTの残骸が転がっていた。ミラージュのMTはほとんど残っておらず、残っているものもエルダーサインと同じようにかろうじて動けているだけのようであった。

 とにもかくも、生きていられることに感謝しようと思った正にその時である。ミラージュの基地から眩いばかりの閃光が発せられた。あまりの光にモニターにはフィルタがかかるほどだった。そして急速に周囲の気温が上がり始め、温度計がエラーを起こした。あまりの高熱に機体がダメージを受けている。機体内温度もそれに連れて上昇し、警告音がびーびーと喧しい。

 そして訪れたのは地面を舐めるようにして近づいてくる衝撃波である。逃げ切れるはずが無い。

 エルダーサインもかろうじて残っていたMTも同様に襲われた。損傷の大きかったMTはばらばらにされて吹き飛ばされた。エルダーサインも完全に吹き飛ばされはしなかったものの、付いていただけの両腕は持っていかれた。頭部も同様に吹き飛ばされ、コアと脚部だけの惨めな姿に変えられてしまう。

 そのエルダーサインの中でレオニスは歯を食いしばり目を瞑って恐怖に耐えていた。こんな兵器を今まで見たことが無い。レオニスとてレイヴンであり、様々な戦場を経験してきた。その中で新型兵器に出会う事だってままある。だがこれは何だ。これほどまでに圧倒的な破壊力を持った兵器をレオニスは見たことが無かった。

 衝撃が収まった。

 目を開ける。モニターには何も映っておらず、非常用のライトがコクピットを照らしていた。脱出用のレバーを引いてコクピットハッチを吹き飛ばす。這いずるようにして外に出たレオニスは我が目を疑った。

 MTの残骸が周辺に散らばり、愛機であるエルダーサインは全ての塗装を吹き飛ばされ至る所が溶けて爛れていた。かろうじて残っていたコアも脚部もこれでは使い物にならない。だが何よりもレオニスが驚愕したものがある。

 それは高くそびえ立つキノコ雲だった。

 プロフェットが核兵器を使用したことをレオニスが知ったのはこれより一時間後、ミラージュ軍によって救助された時である。





登場AC一覧
エルダーサイン(コル・レオニス)
&Le0cwb002z080wE0cBo0E70aoa23zaeTME005Vd#

ソリューション(トレイター)
&Ls005g2w00wE00wa00k02B0ao0HzUi0yF5OWk3n#


あとがき
一日に10kb書くのは流石に疲れます……とりあえず「嵐は熱を帯びて」はこれで終了

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