Brothel
第二話

18禁じゃないけれど、18歳以上推奨。多分15禁?
ともあれ、
性的な描写が嫌いな人は見ないように
あと、エロいの期待してるとガッカリするのでご注意を(笑)

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 食事の後には、勉強の時間らしい。ベアトリーチェの向かい側に座っていたルイーザという名前の少女が教えてくれた。彼女は世話焼きな性格らしく、屋敷内の構造すらまだ理解していないベアトリーチェの手を引いて教室らしい部屋に通された。

 大きな黒板が部屋の一番奥にあり、曲線的な装飾の施された机が等間隔で規則的に並んでいた。今まで一緒に食事を取っていた少女達が、そこに姿勢よく座り黒板前に立っている眼鏡を掛けた中年女性へと視線を注いでいた。丸みを帯びたスカートをはいたその女性の眼光は鋭く、手にした教鞭が一層その凄みを引き立てていた。

 普通ならば怖いと思うところだったのだろうが、ベアトリーチェが今まで暮らしていた孤児院の先生達の方がもっと怖かった。彼らはまるで軍服ような制服を着て、金属製の警棒を常に見せびらかすように持っていた。目立たないよう隠してはいたが、孤児院の先生達は腰に拳銃まで指していたのだ。それに比べれば、この女教師は天使のように優しい存在に思える。

 女教師が教卓の上に置かれていた出席簿を手に取ると、なにやら確認しているようだ。不審そうな表情を見せていたが、すぐに何か思い当たったらしくツカツカと足音を立てて彼女はベアトリーチェの元へと歩み寄り、彼女を見下ろした。女教師の目は細く、吊りあがっている為にかなり性格がキツそうな印象を受ける。

「あなたが新しく入ってきたっていうベアトリーチェさん?」

「は、はいそうです。よろしくお願いします!」

 どうしていいか分からず、挨拶をした次の瞬間にはもう頭を下げていた。顔を上げると、女教師は面食らったような顔をしていた。拙いことをしたのだろうかと思ったが、彼女はにこやかな笑みを浮かべベアトリーチェの頭を撫でた。

「良く出来た子ですこと。そう、礼儀は正しくなければなりませんからね。とにもかくにも、席についてもらわねば。そうですね、ルイーゼさんの隣がちょうど空いていますからそこに座りなさい」

 女教師の視線を追えば、その先には既に席についていたルイーゼの姿があった。彼女はベアトリーチェと視線が合うと、嬉しそうに微笑んだ。ベアトリーチェも笑顔を返す。
 久方ぶりに受けた授業は解らないところが多かった。今まで習ったことのないものばかり、周囲は難なくついていけているようだったがベアトリーチェは教師が何を言っているのかがさっぱり解らない。

 聞こうにも教師はテンポ良く授業を進め、タイミングが掴めない。教師もベアトリーチェに気付いているのかいないのか、どちらであったにせよベアトリーチェを気遣おうとは思っていないらしい。突然のことに、思わず胸の内に熱いものが込み上げてきたが堪えた。泣いて溜まるか、心の底で誰かが言っていた。

 そもそもよくよく考えてみれば、新参の自分が簡単に付いていけるはずは無いのだ。分からなくて当然、だからといってそれが許されるということは無いだろうから、いつかは追いつかなければならない。ならば追いつこうじゃないか。

 チャイムが鳴ると同時、教師は黒板を書く手を止めた。彼女は生徒、つまりはベアトリーチェ達の方に向き直ると今日の授業が終わったことを告げた。室内が途端にざわつく。教師が部屋から出るか出ないかというとき、ベアトリーチェは即座に立ち上がるとルイーゼの座る席へと走りよってこう言った。「さっきのところ教えて」と。

 ルイーゼは一瞬眼を丸くして驚いたようだったが、元来おせっかいが好きな性格なのだろうかすぐに満面の笑みを見せて「良いわよ」と言ってくれた。思わず頬が緩むのを感じる。内心では教えてくれるかどうかヒヤヒヤしていたのだ。ベアトリーチェは新参者、除け者にされることはあってもそうそう受け入れられるものではないと思っていたのだ。

 この後すぐ彼女に勉強を教えてもらえる、そう思っていたのだがルイーゼは「後でもよろしい?」と聞いてきた。少しばかり悲しいというよりかは寂しい気持ちになりながら「出来れば今がいいんだけど」と答える。

「私も今教えてあげたいのよ。けれどね、今日は私お仕事をしなければならないのよ。多分、あなたもきっとお仕事するように言われると思うわ。だから私、早めにお夕飯を頂いてお風呂に入って一人でお部屋にいなけりゃならないのよ」

「お仕事?」

「そうお仕事。あんまり難しいことじゃないんだけどね……」

 そういうルイーゼの顔はどこか暗かった。ベアトリーチェには彼女が何故このような表情を見せるのかが解らない。ベアトリーチェの中にある仕事というのは、大人が会社に行ってそこですることというイメージがある。そもそも仕事があるから早めに食事を取るというのは解らないでもないが、入浴する必要性がよく分からない。

「そう、残念ね……」

「ごめんなさいね。あ、けれど……ねぇファルミ!」

 ルイーゼに呼ばれ、教室の隅の席に座っていた眼鏡を掛けた女の子がやって来た。眼鏡のせいだろうか、ルイーゼよりも知的に見える。

「なぁに?」

「ねぇファルミ、ベアトリーチェに勉強を教えてもらってもいい? 本当は私が教えてあげたいんだけど、今日はお仕事があって」

 何もそこまでしてくれなくても良いと思うのだが、ここはルイーゼの好意を素直に受け取るべきだろう。ベアトリーチェからもファルミと呼ばれた少女に頭を下げて頼み込んだ。

「頭なんて下げなくても良いわよ、今日からあなたは私達のお友達なんだから。私はファルミ、よろしくね」

 その後、一通りの挨拶と自己紹介を済ませた後ベアトリーチェとファルミの二人はファルミの部屋に移った。ファルミは見た目どおり、勉強も得意らしく彼女の噛み砕いた解説は非常に分かりやすかった。また根気強い性格でもあるらしく、ベアトリーチェが同じところを何度質問したとしても彼女は顔色一つ変えることなく教えてくれた。

 途中、休憩を挟んだ際にルイーゼの言っていたお仕事についてファルミに訊ねてみたが、ルイーゼと同じように彼女もまた暗い表情を見せた後に黙りこくってしまった。きっと、これは聞いてはいけないことなのだ。それにルイーゼのいい振りからすると、いつかはベアトリーチェもその“お仕事”とやらをすることになるらしい。

 ならばその時を待てば良いだけなのだ。ただ気になるのは、ルイーゼもファルミも“お仕事”はあまり楽しく無さそうに見えるというよりかは、どこか嫌がっているように見えることだ。


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 それからしばらくはただ楽しいだけの日々が続いた。ルイーゼとファルミ以外にも多くの友人と呼べる仲間が出来た。けれど、やはりルイーゼとファルミの三人でいる時が一番気楽といえば気楽だった。ただ二人とも三日に一回ぐらいのペースでお仕事の日がくるのだが、その時の二人はいつも辛そうな表情を見せていた。

 他の友人達についても仕事と聞くと、皆一様に表情を暗くさせる。その様子があまりにも気になったので、ある日の朝食が終わった時マリアに聞いてみる事にしたが彼女は「他人を幸福にする素晴らしいお仕事よ」と笑顔で答えた。

 そんな素晴らしい仕事ならば、何故皆暗い表情をするのか? そのこともマリアに訪ねたが、彼女はやはり笑顔で「それはベアトリーチェの気のせいよ」と答えるだけだった。

「そうね、あなたもお仕事をしてみれば分かることよ。人を幸福にすることっていうのは、とても素晴らしいこと。暗くなるようなことなんてない、誇れるお仕事なんだから」

 マリアはそう言った後、ベアトリーチェの頬に軽い口付けを行った。

 その日の授業が終わったあと、マリアが教室にやってきて今日からベアトリーチェも仕事をするように、とだけ残して去っていった。以前、ルイーゼがやっていたようにベアトリーチェは早めの夕食の席についた。今日お仕事をする友人達と並んで食事を取っていたのだが、いつものように笑顔に満ちた食卓ではなく、誰も一言も喋らない暗くて静かな食卓だった。そこにどこか不気味なものを感じつつも、食後に入った風呂はいつものように気持ちが良かった。

 入浴後は何故かいつもより豪華なドレスが用意されていた。普段のものよりも薄着で、着るといつもと違うレースの下着が薄っすらと見えていた。これが何をするためのものなのか、人を幸福にするための仕事に何故こんなものが必要なのか、ベアトリーチェには理解できなかったが、いずれ理解する事になる。

 部屋に戻ると、使用人がベッドメイキングを済ませていたらしい。マリアによれば、ベアトリーチェの仕事というのは部屋にやってくる男の人とただお喋りしてその後一緒に寝るだけというものだった。それのどこが人を幸福にさせるのかが理解できない。ベアトリーチェの幸福というのは、好きな人と一緒に裕福な暮らしが出来れば良いというただそれだけのものであり。裕福でなかったとしても、好きな人と一緒にそれなりの暮らしが出来れば良いと考えている。

 きっと人にはそれぞれの幸福の形というのがあるのだろう。

 ベッドに腰かけながらそうこう考えているうちにドアをノックする音が聞こえた。「どうぞ」と言うとゆっくりとドアが開き、身なりの良い中年男性が入ってきた。髭は生やしておらず、白髪混じりの髪は丁寧に整えられており頬に刻まれた皺は人柄の良さを思わせる。

「やぁ初めまして。えっと、ベアトリーチェちゃんだったかな?」

「う、うん……」

 人の良さそうな男性であったが、初めてというのは緊張する。もっと元気よくしなければいけないなと頭では分かっているのだが、行動には移せなかった。怒られるかなとも思ったけれど、男性は柔和な笑みを浮かべて「そりゃ緊張するよね、初めてだもんね」と言ってくれた。少しほっとした。

「隣座ってもいいかな?」

「うん、良いよ」

「じゃあ座らせてもらうよ」

 男性が隣に座ると、ベッドのスプリングが軋んだ。何を思ったか、彼はベアトリーチェと肩が触れるか触れないかぐらいの本当に近いところに座った。何もそこまで近付く必要は無いのに、ベッドはもっと広いんだから広く使えば良いのに、そう思ったが口には出さなかった。出すべきことではないと思ったし、出してはいけないと思ったのだ。

 その後は他愛の無い話をしていた。気付けば男の手がベアトリーチェの肩に回り、抱き寄せられていた。離してと言いたかったが、抱き寄せられていると妙な不安感が胸を占めておりそれどころではなかった。

「そろそろ寝ようか?」

 男の言葉にベアトリーチェは頷いた。寝てしまえばもう終わるのだと。男と寝るというその言葉の意味を理解しているのならば、きっと拒絶したろうが残念なことにこの時のベアトリーチェはそんなことを知らなかった。

 部屋の照明を落とし、男の人と一緒にベッドに入る。布団の中で彼の手が伸び、ベアトリーチェの膨らみかけの胸がゆっくりと撫でられた。突然の事に声も出せずに入ると、手はドレスの中下着の中へと侵入してくる、そのおぞましさに思わず声をあげそうになったがその時唇を生温かいもので防がれた。

 続いて、湿った肉が口内へと入ってくる。それが舌だと分かった途端、おぞましさが込み上げてくる。逃げようとするが、体を掴まれて叶わない。その後に続いた行為は、ベアトリーチェにとって苦痛でしかなかった。何故、皆が仕事を嫌がるのかそれがはっきりと分かった。

 全身をまさぐられ、舐られる行為は吐き気がする。男性の獣じみた吐息が怖ろしい。行為が途中で止み、男性が立ち上がった。もう終わりなのかと、安心しかかったが男性の腰にあるものを見てそれは違うということに気付いた。

「さぁ、ベアトリーチェちゃん」

 男はベアトリーチェの頭を軽く持ち上げると、その腰のものを一息に突き入れた。突然の異物感と、妙な臭いと味に思わずむせ返る。辞めて欲しかったが、男は辞める様子が無い。口中のものは徐々に膨らみ、熱い液体が口の中に広がった。それと同時に口の中のものが脈動を繰り返す。脈動が終わるとようやく解放され、口の中のものを吐き出しながら咳き込んだ。今何をされたのか、学が無いとは言え分からないベアトリーチェではなかった。

 怒りは無かった、恐怖だけがそこにあった。涙目で男を見上げると「あ〜、初めてだから仕方ないかぁ」と彼はさも嬉しそうに呟いた。これからされることが咄嗟に理解でき、逃げ出したくなったがきっとそれは無理な話だ。今、悟った。ここはこういう場所なのだと、だからマリアやあの拾ってくれた男の人もあんなに優しくしてくれたんだと。

 恐怖も無くなり、訪れたのは悲しみだった。その間にも男はベアトリーチェの体を弄び続け、下腹部に痛みを感じたがベアトリーチェは声をあげなかった。男の獣じみた吐息だけが聞こえていた。体内に蠢く異物、痛みが引いてくるとその感触が明確に感じられる。しばらくすると、異物が妙な動きをするのを感じた。同時に男も動くのを辞める。それで終わったことがようやく分かった、何をされたのかも理解できていた。

 悲しくもありまた寂しくもあったが、涙も出なかった。また男に口の中を舐られたが、もう何も感じることは無かった。結局、自分は利用されただけなのだと理解できた。この世に善意など無いのだ、それが悲しかった。優しさなんて無いのだと、それが寂しかった。自分は、奪われるだけの存在なのかなと思うと悔しかった。

 その後の生活は今までほど楽しいものではなくなった、ルイーゼやファルミといる時は相変わらず楽しかったが前ほど無邪気に楽しむということは出来なくなった。早く仕事を終わらせるために男を“幸福”にさせる“方法”も実践で学んでいった。それが悔しかった、何故そうしなければならないのかと。

 ベアトリーチェにとっての幸福は、好きな人と共に暮らすことでありこのようなところで男を幸福にさせることではない。

 自由が欲しいと思った。ある日、庭で空を眺めると青い空を雲が風に流されていた。そこを、黒い鳥が飛んでいった。鴉だ。その鴉が羽を落としていった、宙を舞っていたそれを掴むと屋敷の中に戻った。

 その日の授業は社会情勢についてのことだった。主に戦争についての話題、当然話はレイヴンにも及ぶ。レイヴンがどういった職業なのか、大雑把にしか説明は受けなかったが、資料として配布された新聞のスクラップを見れば詳しく載っていた。

 レイヴン、戦場を飛ぶ自由な鴉。命を掛けて多額の報酬のために戦争を行う傭兵、誰にも媚びず己の力だけで戦場を駆け抜ける存在。ベアトリーチェには、鋼鉄のACが美しく見えた。誰にも媚びない、誰の命令も受けない、ただ一人だけで世界を駆け抜ける。その存在に憧れた。


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 結論から言えば、その後ベアトリーチェはレイヴン試験が受けられる年齢になるのを待って脱走した。努力ももちろんしたが、やはり才能というのはあったらしい、レイヴンとしてベアトリーチェは自由を手にすることが出来た。

 そして今は、バルカンエリアのロンバルディアシティにあるマンションの一室にいた。ついこの間までバルカンエリアでは紛争が行われていたため、稼ぎ場所としてはちょうど良かったのだがもう紛争は終結しており戦後処理ぐらいしか残されていない。

 今までここにいた多くのレイヴンも、各地の火種のありそうな場所へと散っておりベアトリーチェもまたどこかへ移ろうかと考えており荷物ももうある程度はまとめ終わっていた。後は何処へ移るかを探すだけ、そんな状況だ。

 だが、コレで良いのだろうかと思う。今自分は幸福なのかといえば、答えはNOだ。レイヴンになり自由と富と名声を手にすることは出来たが、幸福は手にしていない。ベアトリーチェにとっての幸福は今でも、好きな人と一緒に暮らすことである。それは未だに叶わない。好きな人がいないということではないが、想い人は違う方向を向いている。

 窓の外を見ながら溜め息を吐くと、リビングルームに置いている電話が鳴っていた。慌てて駆け寄る。電話の横に置いてある写真立てが目に入った。そこに入れている写真は、想い人と撮ったものだ。彼からの電話ならば良いのにと思いながら受話器を取る。

「はい、もしもし」

「ん? あぁ、いきなり電話掛けてくるなんて珍しいじゃないの。 で、何よ要件は暇じゃないんだからさっさとしてよね」

「え、コンビ? 別に良いけど、あなたどこにいるの? オトラント? あぁ、そこなら知ってるけど。来いって、まぁ良いけどさ」

「分かった。出来るだけ早い目に行くわよ」

 そこで通話を終えて受話器を置く。電話を掛けてきたのは彼であり、しかもコンビを組まないかというお誘い。断らないわけが無い。ただ残念なのはレイヴンとしてのパートナーではあるけれど、彼の本当のパートナーにはなれないというところだ。悔しいものを感じるが、けれど彼との距離が近付いたいは間違いない。

 諦めなければ、いつかはきっと。


あとがき
……あのオッサン絶対にぶっ殺す……

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