クロスオブオトラント
第二話『遭遇』

第二話  遭遇


朝日がその顔を覗かせようとしていたその時、クレスト領「ディークスコシティ」の飛行場に輸送機のエンジン音が響き始めた。まだ通常の、ようするに旅客用の便が飛び立つには時間が早すぎるらしく、滑走路付近には軍事用の輸送機や物騒な爆撃機が数機ほどあるのみで、エンジン音以外の音は特になかった。
最も、今の情勢では安全性が確保しにくい為か、旅客用の便など数えるくらいしかない。
それに比例してか、飛行場の作業員もさほどいないようだ。多分殆どは整備区内で作業をしているのだろう。
それでも、管制塔は既にその機能を発揮し始めていた。というのも、珍しく個人の、企業の重役なら分かるのだが、そうではなくレイヴンを載せた、もっと詳しく言えばレイヴンとそのメカニックを載せた輸送機が着陸を予定していたからだ。
それを予約した方もまた変わっていて、手続きは全てネットを通じてのもののみ、また料金を通常の倍以上払っていたのだ。つまり、何が何でも滑走路を確保したかったということである。


当然、管制塔内のスタッフの話題はその事で持ちきりだった。


「こんな朝っぱらから、利用するなんて珍しい客だな、まったく」
「何でもレイヴンだそうですよ」
椅子に腰を落ち着かせながら、モニターに注意を向けつつ二人のスタッフがその口を動かした。レーダーにまだ反応はない。
片方の男が大きく口を開けた。よく見てみると、目の端からは僅かだが涙が見え隠れした。
欠伸をしたらしい。
隣の女はその様子を見てクスクスと笑っていた。お互い緊張感はさほどない様子である。
二人の緊張が一気に戻るのにそう時間は掛からなかった。
「そこの二人、減給されたくなかったら真面目に仕事しろ」
慌てて姿勢を正す二人。その様子を見た、声の主である指揮官の顔は冷静そのものであった。
「全く……この情勢下にも関わらずこの状態か」
思わず愚痴をこぼした。
悩みを抱えるのは決まって彼のような中間管理職である。
それでも、彼には自分の仕事をこなす以外に選択肢はないのだが。
とここで、管制塔のレーダーがその役目を果たす時が来た。
「レーダーに反応。『例の』輸送機のようです」
さっきの欠伸男が模範解答のように答えた。ある部分を強調して言った以外は、だが。
「第二滑走路に誘導しろ。それと変に強調するのはやめておけ」
指揮官はそれだけ言うと、その巨大な窓、輸送機のそれよりも遥かに大きな窓に視線を向けた。
一つの小さな黒い点が、朝日をバックに段々と大きくなっていった。


エイド、そしてカトレア。
二人を輸送機が、滑走路に着陸しようとしていた。
雲ひとつない空中を大きく旋回し、誘導された滑走路に向かう。
旋回し終えたところで、その巨体に比べると小さい車輪が登場した。
いよいよである。
少しずつ、エンジン音を響かせながら、輸送機の高度が下がっていく。
そして、巨体が大地に降り立った音、一瞬の甲高い音と共に、輸送機が着陸した。
エンジンの停止、車輪の地面との摩擦、空気抵抗……挙げればキリがないであろう数々の要因が重なり、輸送機は停止した。


輸送機の扉が開き、乗降装置がその姿を現した。
乗降装置、と堅苦しく言ってはいるものの、階段に毛が生えたようなものである。
ただ降りる為の物。でもなければ困る代物でもある。
その扉から現れたのは、一人の青年であった。
黒く短めに整えられた髪、そして深く蒼い瞳。
まだ十分若いが、いくらかの修羅場を抜けてきたような、そんな貫禄のある顔であった。
また身体つきは筋肉質ではないが、レイヴンをしているだけあり、引き締まっているようだった。
服装はレイヴンが着るパイロットスーツであった。
その後から、彼とは対照的な女性が続く。
紫色の長髪に紅い瞳、眼鏡を掛けたいかにも理知的な女性。
服装が白衣であることがさらにその事をより強調していた。
ちなみに結構美人。


その美人な女性、カトレアが大きく伸びをしながら、数段しかない階段を降りていく。
「うーん、やっと着いたわねー」
一方の青年、エイドは無言のまま降りていった。
二人が大地に降り立つと、輸送機の後方から、身長は十メートルはあるであろう巨人が現れた。
言い換えるとACである。
全体を白く塗装されたそのAC「フレスベルグ」は、その出番を待っているかのように、今はその羽を休めていた。
「ちょっと」
フレスベルグを見ていたエイドはカトレアの声に気づいた。
「何だ」
「せっかくオトラントに来たっていうのに、もう依頼の事しか頭にないの?」
「……せっかくも何も、ここには依頼で来たんだ。それ以外には何もない」
エイドはそう言うと、フレスベルグの輸送に手間取っているらしい作業員数人のもとへ向かった。
どうやら輸送用のトレーラーが来ていないらしい。
「手間どってるなら、俺が直接やろうか?」
「あ、すみません」
「気にするな。どこに移動すればいい?」
「ガレージに移動するまで、ひとまずあちらの方へお願いします」
バインダーに挟まれたリストを見ながら、作業員の一人が答えた。
エイドは返事もせずに、すぐさまに乗り込む。
それまで開け放たれていたコクピットハッチを閉じると、一瞬コクピット内が暗く、そして、すぐに明るくなった。
その灯りの主である大きなモニターには「通常モード機動準備中」の文字が表示されていたが、数秒で「機動準備完了」の文字に変わっていた。
同時に、周りにある小さなモニターにも灯りがついていた。
いつもなら、ここで戦闘モードを起動させるところだが、今はその必要は全くなかった。
すぐさまフレスベルグを動かそうとした、が目の前に、厳密にはモニター越しであるが、見慣れた人間に行く手を阻まれた。
外部スピーカーがその人間の声を拾っていた。
「エイド、ちょっと降りて頂戴」
カトレアにそう言われ、コクピットを開いた。
下に降りると、カトレアが一枚の紙を持っていた。
「何だ?」
「あなたの大好きな『恋人』からの手紙よ」
そう言って彼女が手渡した紙を受け取る。
内容は以下の通り。


送信者:Unknown

早速だが最初の依頼だ。哨戒任務を受けてもらう。
場所はクレスト領とキサラギ領の境界線付近。
クレストからの依頼を私が仲介させてもらった。
よそ者にはまぁもってこいだろう。では、宜しく頼む。


「ずいぶんとキザなメールよね……って聞いてる?」
エイドはカトレアの言葉を聞きながらも、目線を文章に集中させていた。
下の方には指定された日時が印刷されていた。
それによると今日の夜のようだ。場所もそれなりに遠い。
一瞬その顔に笑いを浮かべると、紙をカトレアに返した。
「先にホテルにでも行っててくれ」


その約十分後、飛行場の滑走路脇には白衣の女性がただ一人残された。
「全く、気が早いんだから……」
呆れたその声が、ただ響いていた。


さらに数時間後、輸送機の中のハンガーに固定された、フレスベルグのコクピットの中に、エイドはいた。
パイロットスーツに身を包み、頭部を保護する為のヘルメットを着用していたが、正直言って息苦しい。
エイドからすれば、パイロットスーツも、ヘルメットも、単なる気休め以下の物でしかない。
コアに直撃を受けたり、ブレードでも突きたてられたら即死は必死だ。
それでも着用している自分を見て、まだ戦闘が怖いのかと思う。


いや、そんな事がないのは自分自身で承知済みだ。


今回の戦闘で待っているのは死かもしれない。
次の出撃で死ぬかもしれない。


そんな事を考える理由がない。
ただ、まだ死ぬわけにはいかない、それだけの事である。


そう、まだ。


コクピット内の各計器を確認しながら、依頼内容をもう一度頭の中で繰り返す。
クレスト領とキサラギ領の境界線付近での哨戒。
ただの哨戒で終わって欲しくはない。
むしろもっとハードに、危険な状況になってもらいたい。
ACの一機でも出てくれれば、依頼を受けたかいがある。


自然と落ち着いていくのを、自らの心臓の音で感じた。
瞼を閉じ、その闇のなかで自分に言い聞かせた。


もっと強くなってみせる。今以上に力を手に入れる。
そして、あのACを倒す。


その為だけに、生きている。


目を開けた。
機体が揺れている、言うなれば輸送機が揺れるのを全身で感じつつ、出撃の時をまつ。
「レイヴン、聞こえますか?」
少し雑音交じりで、クレストから派遣されたオペレーターの声がコクピット内に響き渡った。
「ああ、聞こえる」
返事をそこそこに、引き続き計器類を確認する。
「もうすぐ作戦領域に到達します。出撃準備をして下さい」
「安心しろ、もうやっている」
既に通常モードは機動させており、後はハッチが開くのを待つのみ。
ECMレベル等、特に異常もない。


「レイヴン、作戦領域に到達しました。ハッチ開放します」
輸送機の後部にあるハッチが段々と開いていった。
それに伴って風が入ってきた。
風がフレスベルグを叩いていた。
早く出撃しろ、そう言わんばかりに。


「ハンガーロック解除、射出準備開始します。よろしいですか?」
クレストのオペレーターも吹き荒れる風に触発されたのか、手際よく問いかけた。
ロックが解除され、フレスベルグの脚部がカタパルトに固定された。
「ああ、いつでもいい」
「わかりました。お気をつけて」
事務的な応対の終了と共に、射出準備完了を示すランプが赤から緑に変わるのを確認した。
待っていた時がやってきた。
思わず操縦桿を握る手に力がこもり、熱くなっていた。
「……エイド・オーガス、発進する」
射出の衝撃が身体に重くのしかかり、一機の白いACが大地に降下していった。


「戦闘モード、起動します」


地上に降下し、無機質な声を聞いてから約数分。
エイドは僅かに草木の生える、その殆どが大地むき出しの地上を、周りを見渡しながらゆっくりと哨戒していた。


フレスベルグは両肩に武器を搭載している分、肩にレーダーを載せた機体と比べれば多少総火力は高い。
その分、対ECM性能等が犠牲となっている。


そのような理由から、今はフレスベルグの頭部であるCR-H97XS-EYEの内蔵レーダーを頼りつつ慎重に進んでいた。
だが、そんなエイドの様子とは裏腹に、周りはいたって静かであった。嵐の前の静けさ、という言葉が一番似合う場面だろう。
一番企業間の争いが激しい所だとは到底思えなかった。
時折強風が吹き荒れ、砂が巻き上げられる、そんな光景がずっと続き、変化した点を挙げればECMレベルが多少上昇と低下を繰り返すだけであった。


そうこうしている内に三十分近くが経過した。
全くもって物足りない。
エイドはそう感じていた。普段だったらこんな哨戒任務の依頼など受けはしない。
今回は特殊な依頼なのだから受けてはいるが。
そもそも依頼主は何のためにこの任務を依頼したのか、その理由すら分かっていない。


唯一の魅力は謎だらけな所だけか。


そんな考え事をしていると、通信が入った。
「……レイヴン、聞こえますか?」
「ああ」
退屈にしている所に都合よく……、と感じているのはエイドだけだった。
まるでこちらの様子を見ていたかのようだった。
オペレーターの方は特に感情を込める様子もなく、淡々と続けた。
「この先数km地点に、我が軍のMT部隊がいます。彼らに異常がないか確認してください。確認が取れ次第作戦終了です」
「…………了解した」
ここまでの様子を見ていた、とはいっても砂嵐が時折吹く何も無い大地なのだが、エイドは詰まらなさを感じずにはいられなかった。
エイドの今まで受けた依頼の中で最も歯ごたえがない、とも言い切れた。
まだミサイルの一発も発射してはいない。
さっさと終わらせてしまうか、そう思い、フレスベルグをブーストダッシュさせようとした時だった。


「……こ……レスト…………部隊、攻……を…………援護……ぐお……」
かなりのノイズ交じりでの通信が入り、その数秒後に遅れて鈍い音が聞こえた。
エイドは無意識のうちにフレスベルグをブーストダッシュをさせていた。
背中に装備されたブースタと脚部バーニアを吹かせ、鈍い音のした方向、無論MTが爆発した音に他ならない、に向かった。
その間にもまた一つ爆発音が生まれた。
「……くそっ、何て火力だ……ぐあっ……」
「あの機体……まさか……『死をもたらす闇』か……?」
今度は続けざまに二回。
MTパイロット達からの通信はそこで途切れた。
正確に言えば通信ではなく断末魔に等しい声だったが。


少し間を置いてから、今度は別の声が響いた。
「……全く、何で逃げなかったのかしら? どちらにしても逃がさないけど」
どうやら女の声らしい。
通信が拾えるということは、かなり近くまで接近したことに他ならない。
その証拠に肉眼で一機のACが確認できた。
フレスベルグを動かしながらもオペレーターに機体の照合をするよう頼んだ。
オペレーターが優秀なのか、はたまた使用しているコンピュータの性能がよいのかはさておき、すぐに通信が入った。
「照合完了……ランカーAC、ブラックゴスペルと断定」
ご丁寧に機体名まで答えたのだが、エイドは「ランカーAC」の部分までしか聞いていなかった。
極端な話、名前など強さには関係ないからだ。
それに、知ったところで、普通の挨拶をするつもりなど毛頭無かった。


エイドは左肩の小型拡散ミサイル、KINNARAに武装を切り替えると、ブラックゴスペルをすぐさまロックした。
もちろん両腕の連動ミサイル、CR-E92RM3を発動させておくことは怠らない。
側に撃墜されたとおぼしきMTの残骸が転がっていたのだが、その存在を感じることすらしない。
フルロックオン完了と同時にミサイルを放つ。KINNARAとCR-E92RM3、それぞれから放たれたミサイルが白い帯を空気中に描きながらブラックゴスペルに向かっていく。
KINNARAとCR-E92RM3、ミサイルの発射のタイミングは同じだが、弾速が異なる。KINNARAの方が追尾性能を強化している分遅いのである。
先に向かった四発のミサイル、CR-E92RM3から放たれたもの、をブラックゴスペルはあっさりとかわした。
そこに遅れて追尾してきたミサイル、今度はKINNARAから放たれたもの、が向かっていく。
なかなか巧みな時間差攻撃ではあるが、ブラックゴスペルはブーストダッシュで後退しつつ、右腕に装備したマシンガン、WR07M-PIXIE3をミサイル群に向け発射した。
一発一発を丁寧に狙った訳ではなかったが、それでも広域に連射された弾丸は、ミサイルの殆どを捉え、捉えきれなかったミサイルもコアの迎撃装置と誘爆により全て撃墜された。
だが、エイドはすぐに次の行動を起こしていた。
ミサイルの爆破によってできた煙幕に向かってさらにフレスベルグをブーストダッシュさせ、つっこませた。
煙幕の中で、左腕に装備されたブレード、CR-WL79LB2を起動させる。
左腕に形成された緑色の光の刃を確かめる間もなく、煙幕をぬけると同時に左腕を振るう。
これで決まった、そう思ったがすぐにそれは幻となった。
あるべきはずの手応えがないのは当然であった。


相手、ブラックゴスペルのパイロット、ベアトリーチェも同じことをしていたのである。
その左腕に装備されたブレード、CR-WL06LB4の光の刃が、フレスベルグのブレードの刃を受け止めていたのであった。
相手がランカーであることをエイドは痛感した、が同時に嬉しくも感じていた。


これほどまで強いレイヴンと戦場で合間見えることはそうない。
神に感謝するつもりはまるでなかったが、嬉しい事に代わりは無かった。


エイドはブレードの鍔迫り合いをやめ、距離をあけた。


「あなた、随分と礼儀を知らない人のようね。あんな挨拶普通しないわよ」
ベアトリーチェから通信が入る。エイドは無言で耳だけ傾けていた。
「それに、見ない顔ね? 名前くらい名乗ったら?」
やけにお喋りな女だなと感じつつも、頭の中で次の攻め手を考える。
さっきのような不意打ちはもうできない。
ここからは互いの実力が試される。
「そう、残念だわ。名前を聞きたかったのに……」
ベアトリーチェはそう言うと、右腕に装備したマシンガン、WR07M-PIXIE3を再び構えた。
「あなたとは……ここでお別れね!」
WR07M-PIXIE3が火を吹くのを待つこともなく、エイドはブースタを噴かしてフレスベルグを大きく右に移動させた。
弾丸の殆どは左に流れたが、数発がコアに命中、その表面に弾痕が刻まれた。モニターに被弾した事を示す「Dameged」の赤い文字が点滅する。
「……チッ」
舌打ちをした次の瞬間には、衝撃がコクピット内部に響いた。
見るとブラックゴスペルが空中に飛び上がり、リニアガン、CR-WB91LDLを連射していた。
ブーストダッシュやジャンプでランダムに回避してるにも関わらず、二発ほど被弾した。
「なるほど、面白い」
通常より高い熱量を込められた弾丸の為か、フレスベルグの機体温度が大きく上昇する。


リニアガンやハンドガン、火炎放射器等の熱量の高い武器の特徴は機体温度の上昇により発生する障害である。
ただ威力が高い武器より、ある意味性質が悪いとも言える。
ACにとって熱は強敵だからだ。


完全にあちらにペースを握られている、にも関わらずエイドは笑みを浮かべた。
「その程度なの? 少しは反撃してきたら?」
ベアトリーチェは攻撃の手を緩めない。
一方のエイドは、右腕に装備されたライフル、WR01R-SHADOWに武装を切り替えると、ブラックゴスペルに向かって放った。
こちらも数発が命中し、ブラックゴスペルのコアの迎撃装置を吹き飛ばした。
さらに右肩の小型ロケット、CR-WB69ROに切り替え、追撃する。
ガイドラインでしか狙いをつけられないが、当てるつもりは殆どなかった。


まずは相手に攻撃をさせない。
攻撃は最大の防御というやつである。


ブラックゴスペルはロケットの弾幕にさらされながらも、そんな事は関係ないといわんばかりに、左肩のレーザーキャノン、WB15L-GERYON2を展開、発射の為左腕のマニピュレーターを砲身に添える。
「そんな攻撃しかできないのなら!」
WB15L-GERYON2の砲口が一瞬光ったと思うと、驚異的な弾速でフレスベルグに襲い掛かった。
フレスベルグは直撃は免れたものの、その代償としてCR-WB69ROが爆散した。残弾の火薬とあいまって、爆風は大きく、CR-H97XS-EYEが損傷し、モニターが一瞬ブラックアウトする。
それでもモニターは生きてはいたが、なお悪い事にブラックゴスペルの放ったレーザーが左腕に装備されたCR-E92RM3を吹き飛ばした。
左腕の装甲の一部も巻き添いを喰らい、内部機構が剥き出しになる。


ようやく、相手の強さが身体の芯に伝わってくるのをエイドは感じた。
「強い……な」
満身創痍になりかけているフレスベルグの中で、エイドは呟いた。
こうなったら必要最低限の装備以外パージして懐にでも飛び込むか、そんな危険なギャンブルがエイドの頭の中を過ぎる。
ベアトリーチェは既に勝った気でいるらしく、フレスベルグの方を向くと哀れむように言った。
「悪あがきはよしなさい。弱者は弱者でしかないのよ」
いちいち言う事は鼻につくが、その言葉を肯定するわけにはいかなかった。
反撃の機会を伺おうと、状況を確認する。
残った武装は、ライフル、ブレード、小型拡散ミサイル、連動ミサイルが片側のみ。
残りAPは50%強といったところか。
ブラックゴスペルはさしたるダメージもなく、装備も全て健在。
援護など期待できる状況でもなかったが、念のためレーダーに目をやった。


そこである事実に気づく。


レーダー上には赤い点、ようするに敵の反応、が二つあった。
「……反応が二つ?」
一つはエイドの目の前にあった。
ブラックゴスペルであることは間違いない。
もう一つはレーダー有効範囲ギリギリの位置にいた。
そちらにフレスベルグのCR-H97XS-EYEを向けると、確かに白い塊があるのがわかる。どうやら、あれが赤い点の主らしい。
不思議なことに、赤い点はレーダーに現れては消え、また現れるを繰り返していた。
レーダーは多少損傷はしていたが、そのせいではないらしい。
エイドの味方ではないことはすぐに分かったが、問題はベアトリーチェと味方か、あるいは敵かということであった。
彼女と一戦交えて、またその言葉から、相当な腕の持ち主であること、なおかつ少々自信過剰らしい点は分かっている。
そんな彼女がわざわざ僚機など随伴させるのか。
危険だが確かめてみることにした。
「おい」
エイドが話しかけるとベアトリーチェはすぐに反応した。
「あら、何か用?」
「……かなり腕はいいらしいが、僚機を随伴させるとはな」
今はベアトリーチェの言葉に乗せられている場合ではない。
うまく言葉を選んで状況を把握する必要があった。
エイドの言葉に、彼女は初めて驚きを声に交えた。
「何言っているの? 今回は私一人よ、マッハの奴はアリーナで試合があるしね」
どうやらエイドにも多少運が回ってきたようだ。
うまく立ち回れば勝てそうだ。
できれば一人で切り抜けたいところではあるが、四の五の言ってはいられなかった。
「……じゃああの白い機体は何だ?」


反撃へのトリガーを一つ、まずは引いた。


ブラックゴスペルが白い機体の方を向く。
ほぼ同時に白い機体はゆっくりとこちらに向かってきた。
近づくにつれ、段々とそのシルエットがはっきりとしてくる。
その白い機体はフロート型ACで、頭部だけが黒く塗装されていた。
随分と物好きな搭乗者らしい。
またACにしては少し大きく、構成パーツも見たことのない物ばかりだった。
どこかの企業の新型か。
エイドはフレスベルグをブラックゴスペルの後方に下がらせた。
後は隙を見てあるだけの火力をぶつけるだけだった……はずだった。


突然、ブラックゴスペルは踵を返し、OBを発動させた。
「! 逃げる気か」
反射的にWR01R-SHADOWを放つが、音速をも超える速さで動くACに、命中するはずがなかった。
「特別に忠告するわ。貴方も早く撤退しなさい。アレに手を出すのは危険よ」
そう言い残すと、ブラックゴスペルはレーダー有効範囲から、そして最後にはエイドの視界からも消えた。


さっきまで弾丸飛び交う戦場だった場所が、風の声に満たされていた。
突然現れた謎のフロートACは動く様子がない。
一体何をしに現れたのか。


様々な可能性を頭の中で巡らせていると、通信機越しに何やら音が聞こえてきた。
ノイズが混じっているのか、よく聞き取れない。
計器類を確認したが、通信機の故障ではなさそうだ。
しかもさっきまでベアトリーチェと戦った時にはそんな異常はどこにもない。
どうやらあのフロートACの仕業のようだ。
「……小細工にしては中途半端だな」
エイドはFCSが生きている事を確認すると、KINNARAと片方のみになったCR-E92RM3を、ロックオンの完了と共に放った。
尚且つWR01R-SHADOWとCR-WL79LB2を残して武装をパージさせた。
まだ弾薬は残っていたが、接近戦にはただの重荷にしかならない。
ミサイルによってできた爆風の中に、フレスベルグを突貫させた。


フレスベルグは、さっきの戦闘で既にかなり被弾していた為、長期戦になれば勝ち目はほぼ無いに等しかった。
となれば残された手は一つ。
厳密に言えば一つなどでは決して無い。
撤退、即ち「逃げる」という手もある。ベアトリーチェがそうしたように。



再びCR-WL79LB2を起動させた。
緑色の光刃を震わせながら、さっきよりも僅かだが速く、そして思いきり振るった。
刃がフロートACに吸い込まれた数秒後には、確かな手応えがエイドにも伝わった。
そこにちょっとした強風が通り過ぎたことにより、爆風に隠れていた二機のシルエットがはっきりと現れた。
フレスベルグに装備されたCR-WL79LB2は、見事にフロートACのコアに突き刺さっているように見えた。
そう見えたのはほんの僅かな時間だった。


「……ハ…………イ……ジ……ョ」


突如機体を衝撃が襲った。エイドの身体がシートに叩きつけられる。
思わずエイドはフレスベルグを後退させたが、二度目の衝撃を受け、モニターが完全に映らなくなった。
これでは外の様子が全く解らない。すぐにコアにある予備のセンサーに切り替える。
目の前には光の刃を振りかざすフロートACの姿があった。
「早い! だが」
左腕のブレードに緑色の光刃を形成、フロートACに向かって突き出した。
互いのブレードが交錯する前に、一方のブレードはその形を失った。
もう一方は、その形を何ら変えることなく、フレスベルグに向かっていった。
それは威力の違いを物語っていた。
「な……!?」
フレスベルグの左腕の肘から下が斬り落とされた。そして更なる衝撃。
体当たりを喰らい、突き飛ばされたことに気づいたのはフロートACが両肩のキャノン砲らしき物を構えた後だった。
二本の砲身の間に稲妻が走る。
フレスベルグの両脚が直後に消え去った。
都合の悪いことは重なるもので、脱出装置も機嫌を損ねたらしい。
逃げるという選択肢は完全に消滅していた。


死の一文字が現実味を帯びていった。





登場AC一覧 括弧内はパイロット名
 フレスベルグ(エイド・オーガス)&Ls0aE31gk1wk50w00ak02A0pw2zCFdxwodwq43s#
 ブラックゴスペル(ベアトリーチェ)&LE005c2w03gE00Ia00k02B2wo0HFUlcOME0i53p#

あとがき
 前に投下した第二話を修正しました。やっぱ違うなぁと思ったので。
 主人公早くも戦死一歩手前ですね(笑)

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