Episode 04
『レニングラードのミカミ』

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「やったのは、誰なんだ?」

 グローリィがペインレス撃墜の情報を持ってきた兵士に問うと、彼は言いづらそうに俯いた。が、それも束の間、これも仕事と割り切ったのかすぐに顔を上げた。

「セヴンです……」

 途端、会議室中がざわついた。無理も無い。グローリィですら、驚きのあまり声も出せなかった。

「本当、なのか?」

「はい。映像にも残されています」

 裏切りの文字が頭に浮かぶ、いやセヴンに限ってそんな事は無いはずだ。だが、それでも府に落ちない点がある。何故、戦闘不能でなく撃墜なのだ。撃墜されたということは、完全に破壊されたということだ。セヴンは今まで撃墜したことなど、ほとんど無い。必ず腕部や脚部だけを破壊して行動不能にするだけだ。MTを含めたとしても、撃墜数は十に満たないはずだ。

「追撃した方がいいんじゃないのか?」

 隣に立っていたクレスト士官が、グローリィだけに聞こえるよう小声で言った。

「いや、しない方がいい。相手はセヴンだ、こちらもただでは済まない。本当にペインレスを討ったのがセヴンなのかを確認するほうが先だ」

「しかし、リメンバーアークに寝返っていたとしたなら厄介なことに」

「それだけは無い。セヴンがリメンバーアークどころか、他企業に鞍替えすることは無い。断言できる」

「何故?」

「フューラー以外のレイヴンには監視の目を付けている。何か不審な行動をしたならば、すぐ私の元に連絡が入るようになっている。しかし、セヴンがリメンバーアークの構成員と連絡を取っていたという情報は無い」

「見逃しているだけかもしれないだろう」

「かもしれん、だが」

 本当にセヴンがペインレスを撃墜したというならば、寝返った確率は低い。大体、セヴンがリメンバーアークに寝返る理由が見当たらない。セヴンに関しては気に掛かっていることもある、もしかしたらそれが原因なのかもしれない。仮に、それが原因だったのであれば、寝返った以上に厄介な事態になるだろう。

「だったら追撃を。他のレイヴンへの影響が……」

「セヴンが寝返るはずが無い。もしかすると、事態はもっと深刻かもしれん」

「どういうことだ?」

「もし彼が――」

 グローリィがクレスト士官に説明しようとしたが、会議室内から上がった「どうするつもりだ!?」という声にかき消された。グローリィが舌打ちしながら声のしたほうを見ると、どこか気の弱そうな官僚の一人が顔を真っ赤にさせていた。

「君は戦術部隊の隊長だろう!? だったら隊員の管理ぐらいしっかりしたまえ! 隊員が寝返ったことにも気付かず、それでも隊長かね!?」

「お言葉ですが、セヴンは寝返ってなどいません。大体、レイヴンにはちゃんと諜報部が監視しています。不穏な動きがあればすぐ私の元に報告が来る。だが、来ていない。セヴンは不穏な動きなど見せてはいないし、彼にはりメンバーアークに寝返る理由が無い。恐らく彼は、自分の仇を討っただけだ。あくまでも、推測ですが」

「仇? イーヴィルがセヴンの仇だというのかね?」

「はい。正確に言うのならば、イーヴィルだけでなくレイヴン全て、でしょうけどね」

「どういう意味だ? それに、何故そんな事が言える?」

「セヴンはある孤児院に寄付していましてね、資金面以外にも色々と手を掛けていたんですよ。しかし、その孤児院は先日、リメンバーアークに所属しているハスターのロードビヤーキーによって壊滅。生存者はいません。理由はそれかと」

 その時、セヴンは現場にいたという。目の前で孤児院の人間が死んでゆく様と死体を見たのだろう。それなりの情もあったのだろうし、セヴンの精神はその衝撃に耐えられなかったのだろう。一言で言ってしまえば、狂った、そういうことだ。

 何にせよ、セヴンが抜けてしまったのは大きな痛手だ。リメンバーアークに寝返ったわけでないとはいえ、今のセヴンは手当たり次第になっているだろうし、確実に落としに来る。おそらく、イーヴィル以外にも戦術部隊内から犠牲者が出るのは確実だ。全く、困った事になった。


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 レニングラードにあるマンションの一室で、ミカミはセミダブルのベッドに腰をかけながらニュースを見ていた。今日一日でどの程度、戦況が変化したのかを確かめるためだが、見ている意味も無さそうだ。昨日、今日とリメンバーアークは戦闘を行っていない。そのためか、テレビから流れるニュースの内容はといえば今後、リメンバーアークがどう動くのか、リメンバーアークの本当の目的は何なのかについて流しているだけだ。

 下らない、とミカミは思う。リメンバーアークがどう動くのかはともかく、本当の目的について考えるとは不毛な事をする連中だ。リメンバーアークの目的はレイヴンズアークを再建することにある。だからこそ、ミカミはリメンバーアークに加担しているのだ。出なければ、フリーの傭兵をやっている。

 ミカミからしてみれば、EAにせよリメンバーアークにせよどちらでも大して変わりは無い。要はアリーナさえあればいいのだ。そうすれば、収入も得られるし、今までの生活と大差の無い生活が送れる。EAはアリーナを持っていることは持っているのだが、EAに所属するということは軍に所属する事になるわけで、当然、レイヴンズアークの時のように好き勝手やるわけにはいかなくなる。それが嫌で、ミカミはEAには参加しなかった。そんな折、柔から直接メールが来た。内容はレイヴンズアークを再建するから力を貸して欲しい、そういう内容だった。これはもう、参加しないわけにはいかなかった。

 とはいえ、リメンバーアークも一個の組織である。確固たる目的がある以上、レイヴンズアークのように自由にとはいかない。しかし、硬いというわけでもない。だからといって居心地がいいかと言えば、そうでもない。何とも微妙なところだ。やはり、レイヴンズアークが一番良い。

 そんな事を考えながらニュースを見ていると、ADの腕が一瞬だけ映りニュースを読み上げていたアナウンサーの前に一枚の紙を置いた。どうやら、最新のニュースが入ったらしい。

「えー、ただいま最新のニュースが入りました。本日、午後三時ごろカンダハル山の採掘場付近でEA戦術部隊に所属しているレイヴンであるイーヴィルのペインレスが撃墜されました。撃墜したレイヴンが誰なのかは不明です。このニュースが詳細が入り次第お伝えします。では、次のニュースです――」

 イーヴィルといえば、元ランキング二十四位のレイヴンだ。倒したレイヴンは一体、誰か気になるところだ。今日、リメンバーアークのレイヴンは活動していないはずだし、ACを撃墜したという連絡も来ていないところから察するに、どこにも所属していないフリーの仕業だろう。

 そのフリーの中の誰かが気になるが、そこまで特定することは出来ない。リメンバーアークに所属しているレイヴンが動けば、ミカミの耳に入ってくるが、リメンバーアークがフリーに依頼を出したのであれば分からない。イーヴィルを倒すところを考えると、腕利きぞろいのフリーの中でも特に腕の利く連中だろう。しかし、どう考えたって分からないものは分からないのだから仕方ない。

 いつの間にか中腰になっていたため、ベッドに座りなおす。そこで、さっきまで聞こえていたシャワーの水音が止んでいることに気付いた。時計を見れば、午前一時を少し回ったところだ。ベアトリーチェにシャワーを貸してから既に三十分以上が経過している。

 音も無く部屋の扉が開き、バスローブを着たベアトリーチェがバスタオルで頭を拭きながらミカミの隣に座る。別に、何かやましいことをしていたわけでもなければ、これからするわけでもないことだけは言っておこう。ベアトリーチェがシャワーを浴びていたのは、汗をかいていたからだそうで、それ以上の理由は無い。彼女がミカミのマンションに来ている理由も、明日の任務の打ち合わせのためだ。

「何見てたの?」

「ニュース。イーヴィルが撃墜されたとさ。で、明日はどこに行くんだ?」

「リョジュン砂漠。そこにEAのレイヴンをおびき寄せてあるから、それを撃墜。私とあなたなら簡単な仕事でしょ?」

「誰と戦うのかにもよるけどな」

 レイヴンズアークのランキングで十五位以上に入っていたレイヴンならば辛そうだ。しかし、それ以下ならば余裕、と言っておこう。ベアトリーチェとのコンビネーションに自信は無いが、二体一ならば個人技だけで十分だ。

 突如、何の前触れも無く「ねぇ」と言いながらベアトリーチェが体を寄せてきた。彼女の胸が二の腕に当たる。

「前から思ってたんだけどさ、私達ってコンビ組んでる割には上手く連携できてないよね?」

「まぁな。コンビ組んでからそんなに間が経ってないから当然だろ。そのうちよくなるさ」

「でも、それって問題だと思うのよねぇ。今生き残ってるレイヴンって、腕のたつ奴しかいないじゃない。私達がいくら元上位だっていっても、不安なのよねぇ。でさ、早急に意思疎通をスムーズにする必要があると思うのよねぇ」

 そういいながら、ベアトリーチェはさらに体を寄せ、テレビを見たままのミカミの顔を無理やり自分に向けた。

 何をされたのか、一瞬とはいえ分からなかった。唇に柔らかい物が触れたかと思うと、次の瞬間にはベアトリーチェの舌が口腔に入り込み、ミカミの舌と絡んでいた。

 いきなりのディープキスの衝撃で頭が真っ白になった瞬間、押し倒されたらしい。目を閉じているベアトリーチェの頭の向こうに、白い蛍光灯が見える。そこで、ようやくベアトリーチェの体を引き剥がした。

「お前、いきなり何すんだよ!?」

「何って……やっぱり、私達って男と女なわけじゃない? で、意思疎通を迅速にしたいのならやっぱり、ねぇ?」

「ねぇ、じゃねぇよ!」

「私じゃ……嫌、なの?」

 そう言うベアトリーチェは目を潤ませ、頬を少しだけ染めていた。大抵の男ならば、これだけで陥落するだろう。ベアトリーチェは十二分に美人の部類に入るし、スタイルだっていい。今の状態は目の前にご馳走が置いてあるのと大して変わりない。据え膳食わねばなんとやら、とは言うがミカミにそんな気は無い。

「悪いな。好きな女以外と寝る気は無いんだ」

 脳裏にアルテミス、もといローズの顔が浮かぶ。

「やっぱり、レッドレフティと付き合ってるの?」

 答えることが出来なかった。付き合ってるといえば、付き合っているのだろうし、付き合っていないといえば、付き合っていないことになる。何とも微妙な線ではある。だが、ローズのことが好きだ、とは断言できる。

「悪いな」

「別にいいよ。けど、ちょっと残念だなぁ」

 言いながらベアトリーチェはテレビの方を向いた。だが、その瞳にはテレビは映っておらず、どこか寂しげだった。

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