Episode3
『一人目の戦死者』
/1 会議中、グローリィは瞬き一つせずに、スクリーンの前で今後の作戦計画の説明をしていく元クレスト軍の士官をじっと見つめていた。スクリーンに映し出されている作戦計画の概要は一言で言えば、物量に勝る物なし。とてもではないが、作戦とは呼べそうに無い。無能な作戦にしか見えないが、リメンバーアークの目的を知らなければ仕方が無いことかもしれない。 「――以上が、私の立案したオペレーションアブソリュートの概要です。何か質問がある方はおりますか?」 言って、元クレストの士官は室内を見渡した。挙手をする者は無く、皆一様に「まぁ、こんな物だろう」というような表情を浮かべている。唯一人、グローリィを除いては。 元クレスト士官は何の質問も無い事に、自分の立案した作戦が完璧な物であると誤解したらしい。満足げな表情で、何か言おうとしたが、グローリィは「質問がある」と言って手を上げて遮った。それを見た元クレスト士官、あからさまに嫌そうな表情でグローリィと目を合わせた。 「何か?」 「君の作戦は基本的に問題は無い。ただ、そのオペレーションアブソリュートとかいうご大層な名前を掲げた作戦は、リメンバーアークとの紛争後のことについては考えているのかな?」 「そんなことは、また後で考えればいい話です。今は、リメンバーアークを早急に倒して平和を維持することが最優先です」 「君はリメンバーアークの目的を知らないからそういうことが言える。大体、この作戦はずさんすぎる。いかにも文書でしか現場を知らない官僚の立てそうな作戦だな」 「何が言いたいのですか?」 元クレスト士官の口調に、明らかな敵意が混じる。自分にとって完璧な作戦がけなされることが気に食わないのだろう。だが、この作戦はずさんすぎる。 「リメンバーアークはレイヴンが中心になっている組織だ。そのぐらいのことは分かっているだろう、問題は、君はそのレイヴンの内訳を知らない。正確に言うならば、君は彼らの実力を知らない」 「言いたい事があるなら早く言ってください」 「この作戦で行けば、我らは負ける。MTではリメンバーアークの相手は出来ない。何故なら、向こうのレイヴンは質で言うならばこちらよりも上だ。ネロ、柔、スコール、ハスター、ベアトリーチェ、ミカミ、アークのランキングで上位に入っているレイヴンが六名。だが、こちら側で上位に入っているのはシリウス、オーディン、ファクト、それに私を含めた四名だけだ。とてもではないが、リメンバーアークに太刀打ちできるとは思えない」 「それはレイヴンの質での話でしょう。こちらにはMTもあります、それに現在、旧キサラギ派を中心に完成すればACを超えるであろう新型機動兵器の開発も進んでいます。リメンバーアークに勝てないわけが無い」 確かにそうだろう。いかに向こうの戦力が高かろうと、数で言うのならば絶対的にこちらの方が上で、ランキング上位のレイヴンでも圧倒的な数には勝てない。元クレスト士官の作戦通りに事を運べば、確実にリメンバーアークは倒せる。ただし、EAの戦力も大幅に削られる。 「君は中小企業やその他の勢力の存在を忘れてはいないかね? いかにEAが三大企業が統合されて出来た軍事的にも強大な統治組織ではあるが、真っ向からリメンバーアークとやりあえばこちらの戦力は確実になくなってしまう。そうなったとき、覇権を狙う中小企業やその他勢力から身を守ることができるのか?」 グローリィに言われて、元クレスト士官は自分で作成した計画書を見直した。頭に血が上りながらも、相手の意見に耳を傾けようとする姿勢は評価できる。おそらく、彼は何も知ることの出来ない官僚の一人ではあるが、本気なのだろう。 「微妙な線、としか言わざるを得ません……」 途端、室内がざわついた。「ではどうするんだ」という呟きが、そこかしこで聞こえる。元クレスト士官はスクリーンの前で俯き、苦々しい表情を浮かべている。だが、この程度の展開ならば予想できる。グローリィは持参していた鞄から書類を取り出し、それを室内にいる全ての人間に配った。全員に行き渡ったことを確認してから、スクリーンの前に立つ。横では元クレスト士官が怪訝そうな顔をしているが、無視する。 室内の全員の視線がグローリィに集中する。グローリィは室内にいる、全てのお偉方の顔を見渡してから口を開いた。 「リメンバーアークとの戦いは物量で押せば確実に我らの勝利で終わるでしょう。しかし、こちらも多大な損害が予想されます。そうなったときに、中小企業に攻め込まれでもしたら凌ぎ切れるか分かりません。少なくとも、支配勢力の一部を奪われるぐらいにはなるでしょう。そうならないためにも、戦力は温存しなければなりません」 「では、どうするつもりかね? グローリィ」 見慣れた顔の元ミラージュの作戦部長が言った。彼にはグローリィの考えが分かっているようで、口元が僅かに緩んでいる。 「可能な限りの範囲でですが、私の率いるAC部隊のみでリメンバーアークを叩きます」 「それで勝てる保障はあるというのかね!? 君は今、自分でレイヴンの質は向こうの方が上だと言っただろう! 何を考えている!」 罵声に近い批判の声が一部から上げられた。グローリィは自分でレイヴンの質はリメンバーアークの方が上であると認めた。だが、レイヴン一人当たりの質で劣っているだけで、一対一で戦えば負けるというだけの話だ。 「一対一で戦わなければいい。いかに強力なレイヴンといえども、数には勝てません。よって、こちらのレイヴンには常に二人一組以上で行動させればいいだけの話です。それに、フリーの連中がリメンバーアークのレイヴンを狙うように仕向けるため、リメンバーアークのレイヴン全てに懸賞金を掛けるべきだと思われます」 会場内が静まり返る。皆、この作戦の有効性を考えているのだろう。この作戦が完璧でないことはグローリィ自身がよく分かっている。しかし、今はこうするしかないのだ。この戦い、ある意味では既にEA側が負けている。だが、完全に敗北しないためにはこの一か八かの賭けに近い作戦を行うしかない。 何分、沈黙が続いたのだろうか。だが、突如として沈黙は破られる。ノックも無しに、会議室の扉が開かれ、息を切らせた兵士が一枚のメモ用紙を片手に中に入った。 「報告します! つい先ほど、ペインレスが撃墜されたとの情報が入りました!」 /2 カンダハル山の麓にある鉱山入り口付近にACらしき反応があったということで、偶々近くにいたイーヴィルが出動する事になった。カンダハル山の麓は鉱山があるためなのか、背の低い草がまばらに生えるだけでほとんど荒野と言ってよかった。その中を、一体のACが周囲を慎重に見渡しながらゆっくりと歩くさまはどこか異様だ。 緊張と不安と恐怖で乱れる呼吸を何とか整えながら、イーヴィルはしっかりとレバーを握りなおした。周囲を見渡しても、ACどころか金属反応すらない。他にもMT数機が偵察に出ているが、そちらからの連絡も無い。 イーヴィルの機体、ペインレスにレーダーの類は一切装備されていない。そのため、敵の反応は目視と、FCSに頼るしかなかった。アリーナや、白兵戦では感じない、独特の不安というか恐怖というか、そういったものがイーヴィルの体を震わせた。出来ることならACなど出て欲しくないところだ。仮に、ACが現れたとしても自分のところには現れないで欲しい。恥ずかしい話ではあるが、イーヴィルはレイヴンでありながら戦うことに恐れを抱いている。 人を殺すことが怖い、とかそういう人倫的なものでなく、ただ単純に死ぬのが怖いといった類のものである。レイヴンになった理由というのも、そもそもは大金を稼ぎたかったからだ。特に不自由していたわけではなかったが、どちらかといえば貧乏だったイーヴィルにとってレイヴンの収入というのは大そう魅力的に見えたのだ。それに、アリーナにも参加すればもしかしたらヒーローになれるかもしれない、という思いがあった。どんな人間にせよ、人生一度はヒーローに憧れるものである。 そんな訳でレイヴンになったわけだが、実際の戦場というのは新聞やテレビで見るようなものとは違ったわけである。いくら最強といわれる兵器に乗っていても、死ぬときは死ぬのだ。それが、怖い。イーヴィルはいつも戦場でもアリーナでも、必死だった。本当に、必死で戦っていたのだ。すると、火事場のクソ力というか死ぬ気になれば何でも出来る、ということなのだろうが、周りは信じようとしない。戦っている相手からすれば圧倒的な力を持って、それでいて無言で迫られるのだ。さぞかし怖いことだろう。 だが、イーヴィルからすれば必死である。表情にも出ているのだが、決して声に出さない、というよりかは出せないために周囲に常に必死であることを分かってもらえない。加えて、どうやらイーヴィルは強面であるらしく、その上、口下手であるためか怖い、という印象を常に与えているらしい。無論、本人にそんな気は一切無い。 よって、ヒーローにもなれず、レイヴンもやめれずにダラダラと今まで続けてきたわけである。レイヴンズアーク解体後は戦わずとも安定した収入を得られる、ということで企業に入る事にした。もう紛争は無いだろう、と思っていたのだがリメンバーアークのせいでまた戦う羽目になってしまった。しかも、今回は拒否することがしづらい。何せ、形だけとはいっても軍人になってしまっているのだ。 ハァ、と小さな溜め息を吐いた。何で、レイヴンなんてやってるんだろう、と。こんなに怖いのならば、あの時、やめておけばよかったと後悔することもある。やめることもできるが、レイヴンでなければ稼ぎ出せないような大金を一度でも前にするとやめれない。死ぬかもしれないとはいえ、こんなご時世だったら普通に暮らしていても死ぬかもしれないのだ。だったら、どこにいたって一緒、それだったら戦場に出て大金を稼ぐほうがいいだろう。 「こちらアルファ1、敵ACを確認した早っ……!」 「アルファ1、どうしたα1。応答しろ」 背筋に冷たいものが走る。一緒に偵察に出ているMT二個小隊はミラージュ製のOWLとクレスト製のMT85Mで構成されている。どちらも戦闘用のMTで、ある程度の数さえあればAC相手でも渡り合えるぐらいの高性能を誇っている。それをいとも簡単に撃破してしまう実力を持つレイヴンは、決して多くない。 とにかく、MTだけで固めておくのは危険だ。合流したほうがいい。今の様子から考えると、アルファチームは全滅したと思っていいだろう。残っているベータチームだけでも、合流しないと。 「こちらベータ1、敵ACと遭遇。だめだっ! 早すぎるっ……!」 イーヴィルがベータチームに通信を入れる直前に、ベータチームからの連絡が入る。だが、この分ではアルファチームと同じ道を辿っていると見ていいだろう。ブラボーチームの最後の通信から察するに、敵ACはかなりの高機動タイプのようだ。だとしたら、かなり限られてくる。 まさか、レッドレフティか。そう考えただけで、歯の根が合わなくなる。イーヴィルの気が弱いだけではない、レッドレフティの強さが異常なのだ。並大抵のレイヴンでは、ロックはおろか、視界内に入れることすら困難だと言われる。イーヴィルはレッドレフティと戦ったことが無いため分からないが、アリーナでのレッドレフティの戦いを見る限り、その話は嘘ではないように思える。果たして、自分は勝てる、いや生き延びることが出来るのだろうか。 とにかく、周囲を警戒しなければ。歩行速度を落とし、先程よりも念入りに周囲を見渡す。すると、モニターの端に白い機体が映った。そちらに機体を向けて、少しだけ拡大させる。 「セヴン……」 そこにいたのは、元ランキング十三位で今はイーヴィルと同じくEA戦術部隊に属しているセヴンの機体、サクリファイスだ。何故ここにいるのかは分からないが、おそらく増援として送られてきたのだろう。よく見れば、以前見たときと違いコアパーツがHELIOSからC840/ULに変更されている。 思わぬ助っ人の登場に安心したイーヴィルは、無防備にサクリファイスの側に機体を移動させようとした。 「セヴン何故ここに?」 「貴様を、消すためだ」 「え……?」 サクリファイスのカメラアイが、一瞬だけその輝きを増し両腕のライフルをペインレスへと向けた。突如としてサクリファイスから放たれた殺気に体が反応して回避行動を取った。おかげで、致命傷だけは免れたものの、左肩の装甲版が吹き飛ばされて内部構造が露になっている。 「あがくな。すぐ楽にしてやる」 サクリファイスの背中から光が溢れたかと思うと、次の瞬間にモニターからサクリファイスの姿は消えていた。とにかく、回避行動をとらなければならない。前へブーストダッシュを行うと、ペインレスのいた場所に銃弾の雨が降り注ぐ。すぐさま振り向き、上空のサクリファイスを捉えて両腕のマシンガンを放つ。 だが、サクリファイスは再びOBを発動させてペインレスの放った弾丸を全てかわした。またサクリファイスがモニターから消える。回避行動を取りながら、周囲を索敵。だが、サクリファイスは見当たらない。上空かと思い空を見上げるが、そこにサクリファイスはいない。恐怖で心臓は暴発しそうだ。呼吸もうまく行うことが出来ず、苦しい。 「レイヴン。どこを見ている?」 まさか、後ろなのか。マシンガンを構えたまま振り返ると、ペインレスの真後ろにサクリファイスは立っていた。FCSがロックする前に、トリガーを引くが、サクリファイスがライフルを放つほうが早かった。 至近距離から撃たれたライフル弾は確実にペインレスのコアパーツを穿っていった。回避行動を取るも、サクリファイスは的確に同じところだけに当ててくる。そのうち、ペインレスの装甲は完全に穿たれ、モニターから飛び出したライフル弾にイーヴィルの体は押しつぶされた。 登場AC一覧 サクリファイス(セヴン)&N7g00a0a021o0ch006tA1Sg72wg1hrgeo18Wwx# ペインレス(イーヴィル)&Nq00040005w001E000w01g0300U30VkEA0eW0C# |