Episode2
『EA戦術部隊』

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 緊急作戦会議が終わっても、グローリィは会議室を出なかった。椅子の背もたれに体を預けて、会議中に渡された資料に目を通していた。会議中に配布された資料は、今後の作戦計画草案と、先日のACによる住宅街攻撃の報告書だ。

 グローリィが見ているのは、住宅街攻撃の報告書で作戦計画草案には目を通す様子すらない。証拠に、作戦計画草案は長机に無造作に置かれたままになっている。報告書に目を通し、民間人のみが被害にあっている。グローリィは深く溜め息を吐くと、報告書も長机の上に放り出した。

 やられた。いかに企業といえど、支配地域に住む民間人の意見を無視するということは出来ない。正直なところを言えば、グローリィはリメンバーアークとは武力ではなく、交渉による平和的解決を望んでいたのだが、今回の住宅街攻撃によって出来なくなってしまった。いや、出来なくされたと言うべきか。

 住宅街を攻撃することによって市民の反リメンバーアーク感情を煽り、EAが交渉を持ちかけづらい形にする。おそらく、それがリメンバーアークの本当の目的なのだろう。ただ単に爆撃するだけならば、飛行機を使ったほうが安上がりだ。だというのにACを使ったところを見ると、どうしても成功させたい作戦だったということだ。加えて、出撃してきたのはリメンバーアークのエースの一人であり、生存している三十七名のレイヴンの中でも腕利きで知られるハスターだ。間違いなく、リメンバーアークの目的は市民感情を煽ることだったのだろう。

 悔しい事にリメンバーアークの作戦は完全に成功したと言わざるを得ない。企業が経営しているしていないに関わらず、ほぼ全てのマスコミは、虐殺行為を行ったリメンバーアークは倒されて然るべきだと報道。一部、軍事アナリスト等は、この行為はリメンバーアークの計略であると討論番組や週刊誌、新聞などの媒体で市民に伝えた。だが、市民がリメンバーアークの目的を知ったところで、市民達のリメンバーアークに対する敵対心が無くなるわけではない。

 結果として、世論はリメンバーアーク討つべしとなり、EAとしてもリメンバーアークに対して武力行使をせざるを得なくなった。今までは、水面下で何とか平和的解決を図ろうとしていたのだが、それももう無理だ。

「グローリィ、一つだけ教えておいてやる。平和を望まないのは、私だけではない。ただし、私以外の連中は未来を恐れてはいない。企業しだいだ。だからグローリィ、もう戦いたくないのなら、上を動かせ。でないと、戦う事になる」

 頭の中で、レニングラード制圧戦の時に聞いたフリーマンの言葉が浮かんだ。あの時は意味が分からなかったが、今なら分かる。あの時、フリーマンが言っていたのは適度な紛争を起こし続けろ、そういう意味だったのだ。リメンバーアークは何か主張しているわけではないのだが、今回の住宅街攻撃で彼らが何を望んでいるのか、グローリィは確信した。

 リメンバーアークが望んでいるのは、紛争が永遠に続く世界。決して絶えることなく、世界のどこかで紛争が起こっており、レイヴンが必要とされる世界。それが、彼奴らの望む物だと断言できる。

 非常に腹立たしいことであるが、今回の住宅街攻撃でリメンバーアークはその目的の八割方は達成しているだろう。このままの状態でいけば、EAとリメンバーアークの全面対決は免れない。戦力面から考えて、ほぼ確実にEAが勝利するだろう。だが、当然のように疲弊する。ただでさえインディペンデンス紛争で疲弊しているというのに、さらに疲弊しては他の企業が覇権を狙ってEAに宣戦布告を行う可能性がある。そうなれば、しばらくは世界各地で紛争が起こることは必至だ。

 何とかして平和的に解決出来ないものかと考えてはみるが、出来そうに無い。会議中に配布された作戦計画草案も、リメンバーアークと全面対決を行うためのものだった。おそらくは、ほぼ草案のままそれが今後の作戦計画になるに違いない。そうなれば、軍属であるグローリィ達、EA戦術部隊にはどうすることも出来ない。


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 これ以上、考えてみても仕方が無い。腕時計を見てみれば、時刻は午後六時を回ったところだ。ちょうど小腹も空いてきた頃合だし、家に帰ろうと、グローリィは資料を全て封筒に収めて立ち上がった。ちょうどその時、会議室の扉が開いた。今いる会議室はこの後、しよう予定が入っていないため、入ってくるのは清掃員ぐらいだ。

「すまない、もう出て行くから待ってくれないか」

「隊長にお話があります」

 聞いたことのある声が聞こえ、首だけを向けて扉のほうを見ると、会議室の出入り口でファクトが気をつけの姿勢で立っていた。資料の入った封筒を鞄に収めて、会議室の外へ向かう。

「ファクト、悪いが話はまた明日にしてくれないか。今日はもう帰りたいのだが。後、そんなに畏まる必要は無い。ここが軍である以上、階級があるのは致し方ないが、そこまで硬くなる必要は無い」

 レイヴンだらけのEA戦術部隊とはいえ、軍内の組織である以上、階級は存在する。といっても、隊長と隊員がいるだけでそれ以外に階級は全く無い。

「ですが、なるだけ早いほうがいいので、出来れば今日中に聞いて欲しいんです」

「しかしなぁ……」

 隊員の話を聞くというのも、隊長の責務ではあるが、出来れば早く帰りたいところだった。今頃、家ではマリーツィアがビーフシチューを作って待っているのだ。しかも、今日のはかなりの自信作らしい。

「作戦にも関わりのあることなので、まだ完全に決まっていない今の段階でないと。明日になればどうなるか分からないので」

 ファクトの眼を見れば、正に真剣そのものだった。よほど、彼にとって大事な何かがあるのだろう。作戦に関わることならば、EAにとって有益に働く物である可能性もある。少なくとも、聞くだけの価値はあるだろう。それに、ファクトはEA戦術部隊のエースの一人だ。

「分かった。聞こうじゃないか、どれぐらいの時間が要るんだ?」

「すぐに済むかもしれませんが、それなりに時間が掛かると思います。何せ、今後の作戦に関わってくるので」

「分かった、ちょっと待ってくれ。ところでファクト、もう食事は済んだのか?」

「いえ、まだです」

 携帯電話を取り出し、マリーツィアの待つ自宅に電話を掛ける。確か、ビーフシチューは寸胴鍋でかなりの量を作っていたはずだ。一人ぐらい食べる人間が増えても、問題ないだろう。数回のコール音の後、マリーツィアが受話器を取った。用件を伝えると、快く、とは言い難いが承諾してくれた。

「よし。私の家で話そうか。大した物ではないが、妻が作ったシチューぐらいなら食わせてやれる」

「いいのですか? 隊長、まだ新婚でしょう?」

「遠慮はいらんよ。快くでは無かったが、妻も承諾している」

「そうですか。では、お言葉に甘えさせてもらいます」

 ファクトを連れて地下駐車場に向かい、ついこの間買ったばかりの新車に乗り込む。助手席にファクトを乗せて、シートベルトを締めてからアクセルを踏み込んだ。ロンバルディア内環状道路に入り、制限速度の時速六十キロメートルで車を走らせる。

「そうだファクト、長くなりそうだから今から聞いておくが、話というのは何だ?」

 聞いた瞬間、ファクトの眼に妙な光が宿るのが見えた。復讐を誓う者の眼かと思ったが、そうでもないらしい。確かに復讐という感情が瞳の底に見え隠れするが、負の感情があまり感じられない。

「レッドレフティと戦わせてください」

 予想外の言葉に、返す言葉が見つからなかった。


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 結局、自宅に着くまでファクトに返事を返すことが出来なかった。駐車場に車を停めて、ファクトを連れて門柱のインターホンを押した。中から「ハーイ」と元気の良い声が聞こえ、扉が開きマリーツィアが姿を現す。

「お帰りなさい。えーと、そちら様が……」

「EA戦術部隊所属、ファクトです」

 そう言ってファクトは気をつけの姿勢で、深々と頭を垂れた。それを見たマリーツィアは苦笑しながらグローリィの顔を見た。

「ファクト、いつも言っていることだがそんなに畏まる必要は無い。私達は軍属ではあるが、戦術部隊に限ってはただのレイヴンの集合体だ。レイヴンズアークと大して変わらんよ」

「ですが――」

「ファクト。ここで話すのもなんだ、中に入ろう。マリーツィア、食事の用意は?」

「もちろん出来てるわ。今日はかなりの自信作なんだから、ファクトさんも早く中に入って」

「失礼します」

 中に入り、ダイニングルームへと向かう。部屋の中心に置かれているテーブルには、食事の用意がされていはいたが二人分しか用意されていない。

「マリーツィア、二人分しかないのだが」

「仕事の話しをするんでしょ? だったら、私は邪魔かなと思って先に済ましたの。リビングにいるから、用があったら呼んで」

「すまないな」

「別にいいって。それじゃ、私はリビングにいるから」

 それだけ言い残し、マリーツィアはダイニングルームを出て行った。グローリィはファクトを座らすと、その向かい側に座った。グローリィはすぐビーフシチューに手を付けたが、ファクトはスプーンを持つ気配すらない。

「食べないのか?」

「レッドレフティ、アルテミスと戦わせてください。今のうちに奴を叩いておけば、今後の展開がEA優位に進められます」
 ファクトの言うことはもっともなのだが、現状でアルテミスを叩くのはよしておいが方が良さそうに思えた。アルテミスはリメンバーアークに力を貸す、と公言しているが実質的には他のフリー連中と大して変わりが無い。確かに、リメンバーアークの仕事が中心だが、EAの仕事を受けることも多い。こちらとしても重要な戦力になるかもしれないレイヴンを、今倒しておくのは惜しい気がする。それに、ファクトがアルテミスに勝てるとも思えない。

「悪いが、それは無理だ」

「何故です!?」

 声を荒げ、ファクトは椅子から立ち上がった。

「君がアルテミスに勝てるとは思えない、よくて相打ちだろう。今ここで、君という戦力を失うわけにはいかない」

「しかしここでアルテミスを倒しておけば敵にとってかなりの痛手に――」

「全体的な戦力を考えろ。我々の方が数は上だが、レイヴンの質はどうだ? 向こうはレイヴンズアークのランキング一位から五位までが揃っているんだ。その差を考えろ、総合的な戦力で言えば向こうのほうが上かもしれん。とにかく、座りたまえ」

 いかにも悔しそうに、歯を噛み締めながらファクトは席に着き俯いた。相変わらず、ビーフシチューに手を付ける気配は無い。出来れば冷めないうちに食べて欲しいところだ。愛妻が腕によりをかけて作った料理を無駄にして欲しくは無い。

「ファクト、一つ言っておく。今アルテミスと戦わせることは無理だが、将来的に不可能な話ではない。今はリスクが大きすぎるために無理だが、この先どうなるか分からない。もしかしたら、ひょんなことでアルテミスと戦うこともあるかもしれない。だから、今は我慢してくれ。それよりも、出来ればクワックザルバーを撃破して欲しい」

「クワックザルバー? 小物じゃないですか」

「だが、奴は頭がきれるという話だ。リメンバーアークに加担している連中で頭がきれると聞くのはクワックザルバーぐらいだからな」

「分かりました。時期を見てやりましょう。ですが、アルテミスは必ず俺に撃破させて下さい。絶対ですよ」

 ゆっくりと頷いて答えてやると、それでファクトは満足したようだ。ファクトは背もたれに体を預けると、軽く溜め息を吐いた。彼の過去に何があるかは知らないが、アルテミスとは並々ならぬ因縁があるらしい。そんなことは、どうでもいいことだ。今考えるべきは、リメンバーアーク紛争後の世界だ。その世界で、どうやって今の状態を守り抜くか、それが一番の課題としてグローリィの前に立ちはだかっている。

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