ENGAGE学園篇 Episode02
『昼休み』

 ミカミ、オレンジボーイ、エレクトラの三人が自分達の教室の扉を開けた時、そこにはもう担任教師であるグローリィが教壇に立ち出席を取っていたところだった。睨みつけるまでいかないまでもかなり厳しい視線が三人、特にオレンジボーイに向けられる。遅刻の回数そのものは決して多いわけではないのだがオレンジボーイはある校則を決して守ろうとしないため教師陣から目を付けられているのだ

「ほら早く座れ」

「へいへい」

 気の無い返事をしながらのんびりとした動作でミカミは教室の真ん中やや後ろ辺りにある席へと向かう。オレンジボーイもゆっくりと、しかしエレクトラは委員長であるということがそうさせるのか、小声で「すみません」と言った後恥ずかしそうにそそくさと席に着いた。

 ちなみに、エレクトラの席はミカミの右隣であり、ミカミの席から見て右斜め前エレクトラの席の一つ前がオレンジボーイの席になっている。この席順にはミカミもエレクトラも不満でならないのだが、どれだけ訴えようとも改善させられることは無かった。エレクトラが何故この席を不満に思うのかは分からないが、ミカミからしてみれば授業中に居眠りするたびに起こされるのは我慢できないのだ。

 出席を取り終わるとそのまま朝のホームルームが始まる。教師からの連絡事項が伝えられるが、最近構内で煙草を吸う生徒が多いと言っただけですぐにグローリィは教室を出て行った。時間割の上ではホームルームの時間になっているのだが、ミカミ達の教室は少し休み時間が多くなる。

 当然、教室は騒がしくなり始める。一時間目はAC戦闘について、である。だがシミュレーターを使った実習ではなく、教室での座学だ。楽で良いのだが、実戦大好きのミカミにとってこの授業は苦痛で仕方が無い。

 大事な事だと言うのは理解しているつもりなのだが、退屈なものは退屈だった。

 休み時間とはいえ、後一〇分も無い。オレンジボーイと適当にだべろうかとも思うのだが、何せ右隣は委員長のエレクトラである。彼女は真面目に次の授業の教科書とノート、そして筆記具を既に机の上に並べて教科書を開いていた。今日やるであろうところを既に読んでいる。

 隣で勉強されていると、流石に邪魔をしてはいけないのではという気がする。ちらりとオレンジボーイへと視線をやれば彼と目が合った。そしてお互いに苦笑い。考えていることは同じということか。

 そして何故かエレクトラはミカミの表情に気づく。教科書を読んでいたはずではなかったのか。

「何笑ってるの?」

「別に」

「別にって、笑うんだからそれなりの理由があるでしょ?」

「だから何もねぇよ、強いていうなら思い出し笑いってやつかな」

「どうだか……」

 エレクトラのこの言い方には頭が来る。だが言い返しはしなかった。ちょうど一時間目の教師であるエッジが来たというのもあるし、言い返したところで勝つ自信が全く無かったからだ。

 スーツを見事に着こなしたエッジ先生は女生徒からは憧れの的であり、男子にとっても人気の先生である。しかしミカミは彼女が嫌いだった。

 それは何故か。答えは簡単だ、彼女は格闘戦を軽視している。これに尽きる。そんな彼女が目をかけている生徒はこのクラス内でだとオレンジボーイとエレクトラらしい。彼ら二人の理想とする戦術や射撃を主体とした万能系であり、エッジの理想としているものに近いのだろう。

 そしてその真逆がどうもミカミらしいのである。ミカミの目指しているものはブレードを主眼に置いた一撃必殺戦法である。そのため機体構成は強烈なブレードの一撃を見舞うために可能な限り重量を落とした高機動戦機体になっており、装甲ははっきり言って薄すぎる。それがエッジにとっては気に入らないようだ。

 始まったエッジの授業の内容はといえば、効果的なライフルを使った戦術の話である。ミカミも機体にライフルを装備させているが、あくまでもそれは牽制のためのものであって、攻撃の中心ではない。

 聞くに値せずと判断し、眠いこともあって教科書を開いたまま机に立ててその影に隠れるようにして突っ伏した。眼を閉じる、こうなるとエッジの声も黒板に当たるチョークの音も子守唄にしか聞こえない。さぁこれで眠れると思っていた矢先、誰かが足を蹴ってくる。鬱陶しいことこの上ない。

 少なくともエッジではない。エッジは寝ている生徒を起こすようなことはしない。いびきをかいて授業の進行を妨げているようなら起こしに来るが、その起こし方は教科書の角で頭を叩くという乱暴ではあるが確実な方法だ。こんな遠回り且つ控えめなことを彼女はしない。

 では誰だと僅かに眼を開ける。エレクトラと眼が合った。彼女は慌てて視線を教科書に戻したが、これで犯人は分かった。この野郎と思いながら再び眼を閉じる。エレクトラが何を考えているのか知らないが、安眠を妨害されることだけは許せない。だからといって悪いのはこちらなのだし、言い返すことは出来やしない。

 ささやかな抵抗だと言わんばかりに再び眼を閉じると、また足を蹴られる。こっちは前日ほとんど寝ていないのだ。これはもう許せずに、目を開けて睨みつける。だがそこに見えたのはエレクトラではなく、スーツ姿のエッジだった。

「ミカミ……そんなに私の授業がつまらないか?」

「いえいえ滅相も無い。実にためになる授業だと思います」

「そうか。確かお前のAC、ライフル持ってたよな?」

「はい。ライフルとブレード、後はインサイドにECMメーカーを装備しています」

「ならば教科書四二ページを開いてそこの状況二について答えろ。ちょうどライフルを持ったACでのシチュエーションだ。答えられるだろ?」

 見下すようなエッジの視線に耐えながら言われた通りのページを開いた。前提条件として与えられているのは多数の障害物のある戦場で、高台に標的αがいるとする。αは遠距離用の武装を備えており、こちらは標準的なACに乗っている状況下だ。標的αを効率よく倒すにはどうすればいいか、ミカミは即座に解答を導き出す。

「オーバードブーストで急接近しブレードで突きます。多少の損害は覚悟の上でやればいいかと」

 教科書の角が落ちてきた。はっきり言って、痛い。痛すぎる。思わず叩かれた箇所を両手で押さえた。周りから失笑の声が聞こえ、偶々見えたオレンジボーイは苦笑を浮かべていた。

 ミカミにとっては最善の解答なのであるが、一般的には違うかったらしい。おそらくエッジが期待しているのは、障害物に隠れながら接近するというものだったはずだ。だがそれではまだるっこしいし時間がかかり、敵にこちらの目論見がばれてしまうではないか。それならばオーバードブーストで蛇行しながら接近した方が早い。

「障害物を使え。もっと頭を使わないと戦場では生き残れないぞ、操縦技術の成績は良いんだからもっと頭を使え。分かったか」

「はい、精進いたします」

 エッジは教室の後ろまで歩き生徒の様子を見て回った。その彼女の後ろ姿を睨み付ける。隣にいるエレクトラの溜息が聞こえた。流石にこれ以上はもう寝る気が失せ、だらけながらも授業を最後まで聞きとおした。一応はノートも取ったが、やる気の無さが如実に現れミミズがのたくったような文字だ。

 後になって読み返しても果たして解読できるかどうか。まるで天然の暗号だ。テスト前にきっと苦労することになるのだろうが、後悔はしていない。

 二時間目の授業はフリーマンの歴史だ。といっても大した内容は無く、歴史というよりも戦史と言ったほうが正しい。内容そのものは面白みにかけているのだがフリーマンの語り口調が軽妙であるため聞きやすく、面白く感じるから不思議だ。そしてエレクトラはこの授業がお気に入りなのか、目を輝かせてノートを取っている。

 ミカミも真面目にノートを取ってはいるが、頭の中にあるのはこの後に控えている昼食戦争のことだった。どこの学校にもあると思うが、ここにも購買部がある。売っているものはパンやジュースそれに弁当だ。値段設定はパンはかなり安めだが、弁当は比較的高い。理由は不明だが、お金の無い生徒達にとってパンは救世主とも言える存在であった。

 そしてパンの数は当然ながら限られており、必然的に戦争とも言えるほどの競争が起きるのだ。廊下はもちろん走ってはいけないと校則で定められており、普段は誰も走らない。だが昼休みだけは違う。そのような校則は有名無実と化し、平和な校内は昼休みを告げるチャイムと共に極限下の戦場へと姿を変える。

 淡々と授業は進み、時計の針が動くたびにミカミの鼓動は高鳴りつつあった。果たして今日は焼きソバパンを買えるのだろうか、そればかり考えていた。

 交戦開始の合図がなった。教室内からの幾人もが同時に立ち上がった。教師であるフリーマンが出るより早く我先にと男子生徒達は教室から出撃してゆく。急ぐ男子生徒と対照的に女生徒は優雅なものだ。彼女らのほぼ全ては弁当持参であり昼食争奪戦に参加することは無い。

 ミカミはスタートダッシュに僅かに遅れてしまった、これは焼きソバパンが買えないかもしれない。だが急げば他のパンはまだ間に合う。しかしそこに悪魔はやってきた。ミカミの肩に手を置かれ、振り向いてみれば微笑みフリーマンの姿が。彼が指を指した先にあるのは提出した課題の山だ。

 泣きたくなる。フリーマンの手伝いで、生徒達の提出した課題の山を職員室まで運ぶ。フリーマンから労いの言葉を頂いたが何の足しにもならない。帰り際に購買部を覗いてみたが、弁当すら残っていなかった。半泣きになりながら紙パックのコーヒー牛乳を一つ買って教室へと戻り、自分の席に座る。

 辺りからは良い匂いが漂い、食事中の会話を楽しむクラスメイトの姿が羨ましい。腹の虫がグーと鳴り、それを聞きつけたのか焼きそばパンを頬張りながらオレンジボーイが近づいてくる。なんて憎たらしいやつ!

「買えなかったのか、かわいそうに……」

「フリーマンの野郎……ぜってー許さねぇ」

「はは、そういえばレッドレフティとベアトリーチェ先輩が弁当片手にさっき来てたぞ」

「マジか!?」

「うん。けどお前がいないって知ったら、二人とも残念そうに帰っていったけど」

「そうか……」

 弁当を分けて貰えないかと思ったが、三年の教室まで追いかけるわけにはいかない。しかしミカミは立ち上がり教室を後にした。「どこに行くのか?」というオレンジボーイの問に対し「屋上」と、短く答える。

 校舎の屋上は開放されているのだが、まだ肌寒いためか人はいなかった。けれど今のミカミにはそれが良かった。ひもじい思いをしているのに、周りは飯を食っているというのは辛すぎる。

 端っこのフェンスにもたれかかってパックに指したストローを加える。腹が減っているせいか、物凄い甘みを感じた。糖分さえとっておけば頭は動いてくれるだろうが、午後はシミュレーションマシンを使用した模擬戦闘が控えているのだ。ある程度は食べておかないと体が持たない。

 どうしたものか途方に暮れて溜息を吐くと後ろから声を掛けられる。一人絶望に浸っているのに、誰だろうと思い背後を向けばそこにいたのはレジャーシートを引いて弁当を食べているエレクトラの姿があった。だがミカミの眼にエレクトラは映っていない、見えるのは彼女の手にある弁当だ。

 いけないと思って首を振るも、視線がついつい弁当へと行ってしまう。

「もしかして……お昼ご飯食べてないの?」

 首を縦に振り答える。エレクトラの口から呆れたような溜息が漏れた。

「午後、模擬戦闘だけど耐えられるの?」

 首を横に振る。

「何で昼ごはん食べてないのよ?」

「フリーマン先生の手伝いしてたんだよ。そうしたら出遅れた」

「仕方ないわね、ちょっと待ってなさい」

 何をするのかと思いながらエレクトラを見ていると、彼女は弁当の上蓋におかずを乗せ始める。もしかして、と期待してしまいそうになるが彼女のことだから期待してはいけない。遠くを眺めながらコーヒー牛乳を飲み始める。胃袋は全く満たされそうに無い。

 午後からのことを考えると動くのも億劫になりその場にへたりこむ。

「早くこっちに来なさいよ」

「何で?」

「おなか空いてるんでしょう?」

 即座に立ち上がり、それと気づかれぬように早足で歩いてエレクトラの許へ。彼女のレジャーシートは一人用で二人はとても座れないため、冷たい地べたに座り込む。と、ここで何故かエレクトラがレジャーシートの端へと体を寄せて、何とか一人分ぐらい座れそうなスペースを空けた。

「地べただと冷たいし、座れば」

「いいのかよ?」

「座れと私が言ってるんだから座ればいいでしょう、聞き返さないで」

「それじゃあ遠慮なく」

 レジャーシートの上に座りなおすと、エレクトラから弁当の上蓋を渡された。

「本当に食べていいのか?」

「いいわよ、午後の模擬戦闘はあなたとペアになってるんだから。あなたの空腹のせいで私の成績まで下がったら嫌なの」

「……あれ? そうだったけ?」

「呆れた……もうすぐ始まる校内EXアリーナを見越しての実習じゃないの。二対ニの模擬戦闘やるって先週先生が言ってたのに。何で私があなたと組まなければならないのか、クジ運の無さに笑えるわ」

 と、エレクトラが溜息を吐いた。ミカミは彼女の言葉の半分も聴いていない。ただ目の前の食料に向けて手を合わせて「いただきます」と言った後に食べるだけだ。

「この唐揚げ美味いな」

「本当? ちょっと揚げすぎたかなと思ってたんだけど、良かったぁ」

 てっきりメーカーの既製品とばかり思っていたため、このエレクトラの一言は意外であった。彼女に対して弁当を作るイメージがまったくなかったせいであろう。唐揚げを口に頬張ったまま、ミカミの動きは固まる。それ以上に気になるのは、何故微笑を浮かべているのかということだ。

 怒っているところぐらいしか見たことが無いためひどく可愛らしく見えた。改めて見れば、彼女も女の子なのだということを思い知らされまた屋上という場所に二人きりでいるというのはかなりマズイのではないかと思えてくる。だがそれよりも、いわば美少女と共に入れることの方が嬉しいわけだが。

「何ですかその顔は……」

「いや……笑ってる顔カワイイなぁと思って」

 エレクトラは顔を赤くして俯いてしまう。そうして小声で「ありがとう」との言葉。これにはどうしてよいか分からず、返す言葉が見つからなかった。

 こうなると何を話してよいものか分からず、無言で食事を続けこの日の昼休みは終わりを告げた。

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