ENGAGE学園篇 Episode3
『出撃』


 他の多くの学校と同じようにエンゲージ学園にも部活は存在している。野球部にサッカー部、文芸部に美術部といったオーソドックスなものからカードゲーム同好会や釣り同好会などのサークルも豊富。中には非公認ながら多くの同好会が存在していると見られ、生徒の課外活動は非常に盛んであった。

 どの部にも多くの生徒が所属しており、賑わっている。だが中には公式の部でありながら精彩に欠けているものも中にはある。AC戦術研究部もその一つだった。

 そしてミカミはそのAC戦術研究部に所属している。他のメンバーはといえば、オレンジボーイ、アルテミス、ベアトリーチェ、ソフィアの五人だけ。レイヴンを目指しているACパイロット科の生徒ならばこぞって参加しても良いものなのに入部希望者は決して多くないのであった。

 活動内容のことを考えれば授業でもやっていることをわざわざ放課後に残ってまでしたくないという生徒が多いのだろうか。

 ただ部員のミカミとしてみれば人が多いにこしたことはない。AC大好きの彼にとってこの部ほど良い部は無いと思っている。何せシミュレーションマシンは使い放題になるし、コンピュータ上で組んだ機体を実際に再現して与えてくれるのだ。もちろん自分の愛機として使うことが出来る。

 その代わりなのかどうか知らないが、時折企業からの要請により出撃することもあった。ただやはり生徒であってまだレイヴンではないために後方での警戒任務が多く、実戦を既に経験したことはあるものの相手はMTでありACと戦ったことはまだない。

 最も複数の企業が出資して設立されたのがこのENGAGE学園である。戦うことがあったとしても相手は企業ではなく、テロリストや暴走した生物兵器ぐらいなもの。

 もしかしたら死ぬのが嫌で誰もこの部に入らないのだろうかと考えながらミカミは机に突っ伏した。今いるのはAC戦術研究会の部室であり、部屋にいるのはミカミとそしてソフィアだった。

 ソフィアはAC戦術論の教科書をメモをとりながら熟読している。ポーカーの相手になって欲しいのだが、勉強している邪魔をするわけにはいかない。こういう暇な時はたいていオレンジボーイとカードで遊んでいるのだが、彼は今情報処理の成績が芳しくなく特別補修を受けている。

 カードが出来ないなら出来ないでシミュレーターで訓練するのだが、あいにくと今はアルテミスとベアトリーチェの二人が何かを賭けて三本勝負の真っ最中であり使えない。

 溜息を一つ。こういうことならエッジのAC戦術補修を受けておくのだったと後悔する。実はミカミのAC戦術の成績は良いものではなく、特別補修を受けていた。それをサボった理由は実に単純明快、遊びたかったからだ。

 エッジはこの部の顧問でもあるし、部活動の時にねちねちと文句を言われるぐらいで済むだろう。もっとも、その後にあるであろう個人的な“特別”講習の方が心配だった。保健室の一件以来、たびたびあるから困る。ミカミも楽しんでいるから良いのだが。

 ソフィアにちらりと視線を移すと何故か眼が合った。

「あの先輩に教えて欲しいんですが?」

「うん? 何かな?」

 今まではだらけきっていたが、後輩からの質問に答えるのならばカッコ良く姿勢を正さねばならないだろう。ということで背筋をしゃっきりと伸ばす。

「はい、実は今日のシミュレータでEXアリーナ実習をやっていたんです。そこで私は格闘戦主体の機体と組んでいて、機動力のあるその機体を前衛にして私が後衛になってたんです。けれどあっさりやられちゃって……対応策を考えていたんですけど、どうも思いつかなくて。その先輩なら、オレンジボーイ先輩と一緒に黄金コンビと呼ばれてるし良いアドバイスくれるかなと思って」

「うーん。それだけじゃあなんともいえないけれど、対戦相手の組み合わせは? それによって変わると思うけど」

「相手は初期機体をバージョンアップさせたような万能型の機体が二機です」

「それなら負けて当然だろうなぁ」

「何でですか? 前衛に高機動型を置いて私のようなタイプが後衛に付いたほうが良いし、それがベストなんじゃ?」

 首を傾げるソフィア。まぁ彼女の言ってることは大方の意味においては正しいのだが、彼女の機体では陣形に無理があると思われる。

「ソフィアの機体はタンク型だろ。多分、その戦闘だとソフィアが追いつけなくて格闘機に攻撃が集中して落とされたんじゃないの?」

「はい、その通りです」

「エッジ先生が聞いたら怒りそうだけど、俺がヤルダバウトに乗って格闘機体と組むんだったら無理にでも前衛に出るね。そして弾幕を張って相手の動きを封じて相方に潰してもらう、だろうね。ヤルダバウトなら多少は被弾しても大丈夫だろうし、OBがあるから万が一でも……ってOB使った?」

「あ……そういえば」

 ソフィアの声は小さい。そして教科書で顔を隠したと思ったら目だけを出して、上目遣いに近い形でミカミを見る。それは反則だといいたかった。

「すみません……使いどころがわかんなくて使ってませんでした、ごめんなさい」

 謝るべきはミカミではないというのにソフィアは頭を下げた。

「でも先輩凄いですよね。さらさらとフォーメーションが出るなんて、さすが黄金コンビの一人です!」

 ソフィアは感心しているようだが、ミカミとしては恥ずかしい限りだ。後輩とはいえ誉められるのは気恥ずかしいし、自分ならばこうするという勝手な意見を言っただけでこうなるとは思いもしなかった。
「それじゃあ先輩にもう一つだけお願いしてみて良いですか?」

「いいよ」

「そのアルテミス先輩とベアトリーチェ先輩の訓練が終わったら、私と組んで貰って構わないですか?」

「あぁもちろん構わないよ」

 これで暇つぶしが出来そうだと内心で思いながら頷いた。その直後、勢い良く部室の扉が開いてエッジが慌てたように入ってくる。何故かいつものスーツ姿ではなく、体にフィットするようなACパイロット用のスーツで小脇にはヘルメットを抱えていた。

「二人しかいないのか? 緊急事態なんだが」

「アルテミス先輩とベアトリーチェ先輩はシミュレーターで訓練中です。何かあったんですか?」

「緊急事態だよ、詳しくはブリーフィングルームにて伝える。今から五分以内にパイロットスーツに着替えてブリーフィングルームに来い!」

 それだけ言い残してエッジは足早に教室を去っていく。扉は開け放したままだ、かなり急いでいるらしい。これはかなりの緊急を要する事態であることが理解でき、更衣室でパイロットスーツに着替える。この間一分三〇秒、ヘルメットを小脇に抱えて更衣室を飛び出しブリーフィーングルームへ向かうために廊下を走った。

 途中、生徒指導のローレルとすれ違ったが彼は事情をしっているのかミカミにもソフィアにも注意しようとはしなかった。代わりに「いつもどおりにやってこい」との激励の言葉を送られる。

 ブリーフィングルームに着くと既に証明が落とされて、光源は大型モニターただ一つでありそこに写されているのはクレスト社製のMT77MとMT85Bの姿であった。

「まずは座れ」

 言われるがままにミカミとソフィアの二人はモニターに近い座席に座り、デスクの上にヘルメットを置いた。

「状況を説明する。平和団体を自称する集団が武力を持って我らが学園に攻勢をしかけてきた。目的は戦争を促進するレイヴンの育成を止めるため、だそうだ。ご立派な大義名分だが、我々も我々の正義があるからこそここにいる。それをやつらに思い知らせるためにも、AC戦術研究部の君ら二人がテロリスト共を徹底的に叩いてやれ! 機体の準備は既に出来ている、今こそ我らの実力を知らしめる時だ。出撃せよ!」

「了解!」

 ミカミとソフィアの声が被った。ヘルメットを被りまた廊下を走って格納庫へと向かう。騒ぎを聞きつけたのか教室から多くの生徒が廊下に出てきていた。その中には何故か補習中のオレンジボーイの姿もある。

「実戦とは羨ましいやろうだぜこの野郎!」

「補習喰らうお前が悪いんだよ! 一足お先にスコアを稼がせてもらうよ!」

 軽口を飛ばしながら向かった格納庫では既に整備班がミカミの愛機であるストレートウィンドの準備を終えていた。走りながら彼らに例を述べてコクピットの滑り込む。認証キーを打ち込んで機体を起動させる。シミュレーターでは聞くことの出来ないジェネレーターの駆動音、そして振動。

 久しぶりの実機の感触にどうしても興奮を隠せない。AC戦術研究部に所属する特典がこれなのだ。初期機体ではなく、自分でアセンブルした機体に乗れる。ミカミは自分にあうと思う格闘専用の構成になっている。軽量級のパーツで構成し、武器は右腕のGASTと左腕のMOONLIGHTのみだ。

 ブースターの出力はできるだけ高めてとにかく機動性を重視、そのために装甲はかなり薄い。回避性能を上げるためにもインサイドにはECMを装備してるが、一般的に見て扱いづらい機体であることに間違いはないだろうが、ミカミにとってこの機体はかなり扱いやすい。それに秘密兵器として、整備班の知り合いと結託し左腕のMOONLIGHTのリミッターを外しておりスイッチ一つで通常以上の出力が出るようにもしている。

 はっきり言って、とんでもない機体だ。対照的にソフィアのヤルダバウトはタンク型の砲戦機体であり、防御力は高くOB搭載型のコアを採用しているためにそれなりの機動力も確保されており隙の少ない機体であるといえよう。

 OSが立ち上がり通常モードに移行する。通信機の回線を開いて出撃準備が出来たことを司令室へと伝える。

「こちら司令室了解しました。以降のオペレートは私情報科のレメリー・アルベスが二人の担当をさせていただきます」

「了解。拘束具を外してくれ」

「了解しました。え、えっと……スイッチどれだっけ?」

 途端に不安になった。レメリーがモニターの向こうで拘束具を外すためのスイッチを探している間に、ソフィアの準備も出来た。通信機からソフィアの声が聞こえ、サブモニターに映るレメリーはさらに焦る。

 こっちはこれから命を失うかもしれない実戦に出るというのにこれで大丈夫なのだろうか。通信機から小さくはあるがマリーツィアのアドバイスする声が聞こえる。

「拘束具外します」

 背中の方から重い金属音が聞こえて、両手に握る操縦桿が僅かに軽くなった。そして感じる開放感。ゆっくりとペダルを踏み込むとストレートウィンドもその脚を一歩前に出す。そして伝わる振動。微細なものとはいえシミュレーターでは感じることのできない振動だ。

 待ちに待った実機での実戦にミカミの心は躍る。格納庫の外に出ると同時、敵部隊のいる方向へと向けてブースターを吹かす。但し、タンク型のヤルダバウトが付いて来れるように速度はあまり出さないようにした。

 ストレートウィンドから僅かに遅れてヤルダバウトが格納庫を出て同じようにブースターを吹かして作戦行動を開始する。

「目標との接敵予想時刻は1850時になると予測されます」

「了解」

 モニターに表示されている時刻は1845時、予想通りだとするのならば後五分で交戦開始となる。久しぶりの実戦の接近に心が高ぶりつつあった。

「先輩……その、大丈夫でしょうか?」

 ソフィアからの通信が入る。

「何が?」

「実戦です。実機での模擬戦闘の経験もありますが、実戦での経験なんて私はありません。怖く、ないんですか? 私は、怖いです」

「安心しろよ。ソフィア、今お前は誰と組んでる? 座学は苦手だけれども、実戦となったら負け無しだぜ俺は。だから、黙って俺の背中に付いて来い。何かあってもカバーしてやる」

「先輩……ありがとうございます。そうですね、ミカミ先輩が一緒なら……オレンジボーイ先輩みたいにいかないかもしれないですけど、先輩の足手まといにはなりません!」

「その意気だ、頼むぜ相棒!」

「はいっ!」

 ソフィアから力強い返事が返ってきたが、安心しないほうが良いだろうとミカミは思う。やはり彼女は後輩であるし、自分よりも一年下であるぶん経験は少ない。

 できるだけレーダーから眼を離さないようにして彼女のカバーに入れるようにしてやりたいが、ミカミの機体ストレートウィンドは高機動格闘戦機体でありバックアップが出来るような機体ではない。せいぜいできることといえば、たった一丁のライフルで牽制程度の射撃を行うこととECMで敵のレーダーを潰すことぐらいしかない。

 オレンジボーイならば考えなくとも互いの動きが手に取るように分かるため気にすることは無い。しかし今回ソフィアとは初めて組むのだ、だというのに不安に思うことはなかった。むしろ楽しく思う。歪みそうになる唇を指で無理やり形を整える。誰も見ていないとはいえ、何をやっているのだろうと思いながら昂ぶりを抑えることは出来ない。

 敵が視界に入る。見える分だけではMT85Bが三機にMT77Mが五機の計八機だ。ACニ機を相手取るには圧倒的に数が少ないといわざるを得ないが、テロリストであることを考えれば強大な戦力である。一機だけ他とカラーリングの違うMT85Bがいるのだが、隊長機だろうか。

 向こうは既にこちらに気づいているらしく、三機のMT85Bを中心にし鏃型の隊形を取り全ての機体の銃口はストレートウィンドとヤルダバウトに向いている。ロックオン警告が鳴るのも時間の問題か。

「ソフィア、OB使えるだけの残量はあるか?」

「大丈夫です」

「なら着いて来いよ!」

 言うが早いかオーバードブーストを起動させる。心地よいGが全身に圧し掛かり、ロックオン警告が鳴り響くと共に視界内のMTがその砲口を轟かせた。バズーカ弾そしてミサイルがストレートウィンドに殺到するが、左右に大きく動いて全てを回避するがこの動きによりエネルギーが切れてしまい動きが止まる。

 そこにMT85Bの銃口が向けられた。直撃すると思ったが、そのMT85Bは直後レールガンの直撃を受けて爆散。ソフィアのタイミングの良さに思わず口笛を吹いてしまう。

「遊んでる場合じゃないですよ先輩っ」

「あぁ、そうだな。フォロー頼むぞ」

「はいっ!」

 エネルギーゲージの回復を待たずしてブースターペダルを踏み込む。ヤルダバウトの背後に立ったMT77M目掛けてライフルを放ち牽制し、動きが止まった隙に接近し両断する。この間にヤルダバウトも二機のMT77Mを火達磨にしていた。残るは二機のMT85B、二機のMT77Mである。

「何だよ! 学生なのになんで、こんなっ!?」

 混戦しているらしくノイズ混じりではあったが敵MTの通信が聞こえた。その後、カラーリングの違う隊長機と思しきMT85Bが背中を向けた。逃げる気らしい。ヤルダバウトにカメラを向けるが、残りのMTに気が行っているらしく気づいていないようだ。やれやれと思いながらオーバードブーストを起動させる。

 隊長機らしいMTの前に回りこみ、左腕を振り上げてブレードを発生させる。青白いブレードの刃が天に向かって伸び、一気にそれを振り下ろす。

 大した抵抗もなくMTの二つにわかたれた。ソフィアの方もあらかたのACを片付けて、背を向けようとしたMT77Mに向かってグレネードライフルを放ち、それで全ては終わり。後に残ったのはMTの残骸と、被弾すらしていないニ機のACだけと思ったのだがヤルダバウトのいたるところに被弾の跡があった。どれも致命傷にはなりえないかすり傷程度といえど、かなりの弾が当たっていたようだ。

「敵はっ! 敵はどこですか!? ねぇ、先輩!?」

「落ち着けよソフィア。敵はもういないさ」

 笑いながら言ってやると通信機から「え? えぇ!?」という素っ頓狂な声が。これには思わず大笑いしてしまった。ソフィアはミカミの言葉を信用していないのか、頭部カメラを右に左にとせわしなく動かしている。

「敵MTの全排除を確認しました。お疲れ様で、お二人とも帰還してください」

 オペレーターであるレメリーの言葉を聴いた瞬間にまたソフィアは「えぇ!?」と声を上げる。

「ほらな、もう終わったよ」

「あ、あぁはい……」

 そうしてニ機のACは格納庫へと戻った。ハンガーに固定した後、下に下りるとエッジから労いの言葉が掛けられる。戦法がどうとか言われるものだとばかり思っていたのだが、彼女は一言微笑みながら「お疲れ様」と言っただけだった。意外なことに僅かに口が開く。

 そんなミカミにエッジはそっと歩み寄り「がんばってたし後でご褒美あげちゃおうかしら?」と囁いた。期待にに心臓がドキリと高鳴ったが、すぐにエッジはいつもの真面目くさった表情で去ってしまう。彼女の背中を見送った後、ソフィアへ視線を向けると彼女は震えていた。

「どうした?」

 と、尋ねるとぎこちない動きでソフィアはミカミを見上げた。ほんの僅かではあるがなみだ目になっている。やばい、可愛いかもと思いながらも突然のことに驚きを隠しきれない。

「あ、あの……その急に今になって、こ、怖くなってきちゃって……わ、私……」

「大丈夫さ」

 ニッコリと笑みを浮かべながらソフィアの体を抱き寄せた。分厚いパイロットスーツ越しにとはいえ彼女の震えが伝わってくる。安心させるために少し力を入れて抱きしめてやると、ソフィアの方からもミカミの体に抱きついてきた。ソフィアはそっと頭をミカミの胸に当てる。

 彼女の髪の匂いが鼻腔をくすぐった。徐々にではあるが彼女の震えがゆっくりとなり、そして止まる。もう大丈夫かと思い腕の力を緩めると、ソフィアはさらに抱きついてくる。

「すみません、落ち着くまでこのままでいてもらっていいですか?」

「あぁ、いいよ」

 一度は緩めたが、再び彼女を抱き寄せる。

「はい……ありがとうございます」

 ソフィアは俯き加減でいたために表情は見えない。しかしその声は嬉しそうだった。





登場AC一覧(NX用コード)

ストレートウィンド(ミカミ)&NE2w2G07c3w0hxc0o4k0FgAm0aWo100eeqtoxD#

ヤルダバウト(ソフィア)&NC000g0004M003400000100800V0kqpmA0f80b#

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