オトラントの幽霊



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 嫌な噂を聞いた。噂なのだからさして気にする必要も無い。コル=レオニスはそう自分に言い聞かせてはみたが、嫌なものは嫌だった。本当に風の噂ならばよかったのだろうが、新聞記事になるような噂だ。火の無いところに煙は立たず、よって何かしらあるのは確実だろう。

 ミラージュMT部隊壊滅。そう銘打たれた記事がレオニスの取っている新聞に載っていた。大抵の場合、どこの部隊またはACと交戦していたのかが載るものだが今回は載っていない。それでも不自然で無いような書き方ではあるが、職業柄この手のニュースは熟読するし読み方も知っている。

 素人でもそう思うに違いないが、こういう場合表ざたには出来ない何かがあると思っていい。またレオニスの取っている新聞は、クレスト系企業の発行しているものであり、ミラージュのことは殊更に悪く書く。今回の場合なら、ミラージュはどこそこの組織よりも弱いぐらいなことは書きかねない。

 交戦相手が不明なせいもあるのだろうが、それにしても妙な違和感は拭えない。こういう時は情報屋に限る、とパソコンを起動させてサイトにアクセスしたまではいいのだが果たして金を払ってまで得るべき情報なのだろうか。

 現段階ではレオニスとって不都合はことは起こっていないのだし、ミラージュ部隊と交戦したのはクレスト以外であるだけともとれる。よりかはそう考える方が自然なことだろう。無駄な支出は可能な限り抑えたい。今は紛争真っ只中でありレイヴンの仕事は腐るほどある状況だが、出来るだけ受けたくない。

 一度成功させればそれこそ大金が入ってくるが、常に死と隣り合わせであることを考えればリスクは高い。なので、生活に支障が出るほどでなければレオニスは依頼を受けるようなことはしないし、仕事を探すこともしない。腕を落とさないようにするためと、生存確率を上昇させるためにシミュレーションだけは欠かさないし、試合が組まれた場合はアリーナにも出場する。成績は芳しくないが。それでも生き残るのに必要な能力は全てかねそろえている、とは思う。

 これ以上パソコンを起動させている必要は無く、付けて早々シャットダウン。パソコンの隣に置いてあるテレビの電源を入れて、テレビを見るときにのみ使う座椅子に座る。リモコンを使ってチャンネルを変えているが、面白そうな番組は何もやっていない。

 と、さらに変え続けていると幼い頃観ていたアニメ番組が放送されていた。昔懐かしのアニメ云々、とかいう番組かと思ったがどうやら再放送らしい。懐かしさも相まってそのまま視聴を開始する。内容はといえば、一人のレイヴンがACを操って宇宙から来た機会生命体と戦うというお子様向けのアニメーションだ。

 幼い頃は純粋に面白いから観ていたが、今改めてみるとプロパガンダの臭いがすることに気付いた。よく見れば主人公の乗っているACはミラージュ製のパーツばかりで構成されている、見たことの無いパーツはきっと見た目を格好よくするためのアニメオリジナルなんだろう。

 そして敵側のデザインをよく見ればどことなくクレストのMTを髣髴とさせる。そういえばこの番組を見ているとよく親が嫌そうな表情をしていたが、その理由が今わかった気がした。

 それにしても、このアニメ今観ても……面白いわけが無かった。まず主人公機の機体構成がまず有り得ない。中量型二脚に軽量コアに軽量腕、それにライフルとブレード、肩にはグレネードランチャーと連装ミサイル。エクステンションにはエネルギーシールドが装備されている。どこをどうみたって重量過多だ。

 加え、主人公の熱血さがレオニスを冷めさせた。レイヴンに熱血なんて有り得ないとレオニスは思っている。なのに、懐かしさのせいかだらだらと見続けてしまい、主人公のピンチが訪れると拳を握り締めて応援していた時には流石に焦った。

 これじゃただのオタクじゃないかと思ってしまい、軽い自己嫌悪に陥る。続きが気にはなるのだが、これ以上見続けるとオタクになってしまいそうなのでテレビの電源を落とす。座椅子の背もたれに体を預け、これからどうするか思案しているとレオニスの携帯電話が震えた。

 サブディスプレイに表示されているのは知らない番号からだった。番号を見れば、携帯電話から掛けてきているらしい。怪しい気もするが、単に登録しわすれている誰かから掛かってきているだけかもしれないのだし、取ったからどうなるというものでもないだろう。僅かに緊張しつつも、通話ボタンを押して耳に当てる。

「金は既にいつもの口座にもう振り込んである。教えろ、何でデスサッカーがここにいるんだ!? あれは俺が落としたはずだぞ!」

 スピーカーから聞こえてきたのは男の声だった。かなり焦っているらしく早口で少し聞き取りづらかったが内容は分かる。デスサッカーとかいうものについての情報が知りたいらしい。それにしても何故レオニスに聞くのだろうか。デスサッカーなんて言葉は今はじめて聞いた、十中八九間違い電話しかない。

「なぁ、誰だから知らないけどさ。間違い電話だよこれ」

「は!? お前、バルチャーじゃないのか?」

「バルチャー……?」

 そういえばどこかでその名前を聞いた事があるような気がするのだが、いまいち思いだせない。確か重要なものだったはずなのだが。思い出せないということは重要であったとしても、今のレオニスには必要ないものに違いない。

「いや、知らないのならいい……ところであんたレイヴンか?」

「あぁそうだけど」

「ランカーか?」

 変な質問だ、新手の詐欺か何かだろうか。レイヴンをターゲットに据えた詐欺の手口は聞いた事が無いが、新手だろうか。何にせよ、気をつけておいた方がいいだろう。既に電話番号は割れているのだ、人によってはそれだけで相手の素性を調べることが出来る奴だっているだろう。

「ランカーじゃないが、まぁレイヴンの端くれだな。っていうかあんた誰だよ?」

「あんたと同じただのレイヴンだよ。あんたもレイヴンなら、一つだけ忠告しておいてやる。戦場で見たことも無いパーツばかりで構成されている真っ白のACには気をつけておけよ」

「おいどういう意味だよそれは?」

 レオニスが言うよりも早く、名前も告げない自称レイヴンは既に切ってしまったらしい。着信記録から掛けなおしてやろうかとも考えたが、そんなことをする意味はあるのだろうか。意味はあるかもしれないが、危険な世界に足を踏み入れそうな気がしてやめた。それよりも、彼が言っていたデスサッカーというのは何のことだろうか。

 彼の口ぶりから察するに、以前も交戦したことがあることが分かる。となればどこかに戦闘記録が残っているはずで、その気になれば調べることも不可能ではないだろう。キーワードはデスサッカーだ。それがどんなものかは分からないが、インターネットを使用して検索を掛ければ何か解るだろう。

 そう考えて、再びパソコンを起動させてデスサッカーをキーワードにして検索を掛ける。だが、何も出てこなかった。


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 自称レイヴンと名乗る男からの間違い電話があってから八日後、レオニスはクレストからの依頼を受けていた。どのような任務かといえば、クレストからの資材を積んだ輸送車部隊をプロフェット領まで護衛するというものだ。その詳細説明のためにレオニスは今、クレスト基地内にあるブリーフィングルームへと来ていた。

 室内にいるのはこの任務の間だけ味方となるMTパイロットたちと、ホワイトボードの前に立つクレスト軍の士官合わせて五名だ。パイロットの数を見るに、本作戦に投入されるMTは三機だけらしい。心許ない数ではあるが、あまり表ざたに出来るようなものでもないのだし、これでも多すぎるぐらいだろう。

 ブリーフィングは三〇分ほどで終了した。内容を要約すれば、クレスト領とプロフェット領の間にあるキサラギ領を突っ切ってプロフェットまで資材を運び、そして帰ってくるというもの。キサラギとは既に話をつけてあるらしく、キサラギの部隊が攻撃を仕掛けてくることはまずないとのこと、また遭遇しても見なかった振りをすればいいらしい。攻撃をされたらどうすればいいのかとMTパイロットの一人が尋ねると、士官は迷わず「反撃しろ」と答えていた。

 そりゃそうだ。そんなこと聞く必要ないだろうに、と思ったが軍には軍規というものがる。きっとレオニスには解らないしがらみがあるのだろう。と、よく考えたら何故この任務には護衛が必要なのだろうか。今回、攻撃をしてくる勢力といえばミラージュしかいない。他に盗賊まがいの武装勢力などはあるが、その程度だったら上級MTだけもしくはACだけを護衛に付けておけば事足りる筈だ。いささか、今回の輸送部隊の護衛は過剰すぎるのではないだろうか。

 レオニスの胸中に不安が過ぎる。士官がざっと室内を見渡した後、彼の顔つきが変化したような気がしたのはレオニスだけではないはずだ。室内の空気が張り詰めたものに変わるのが肌で感じられる。

「MTパイロット諸君、そしてレイヴン。これから君等に伝えることは、機密事項であり決して他言は許されない。パイロットの諸君はもちろんこと、レイヴンもだ。まずはこれを」

 士官が片手に持っていたリモコンを操作すると、部屋の明かりが全て落ちホワイトボードの前にスクリーンが垂れ下がってくる。そこに一枚の写真が映し出された。どうやらACらしいが、構成パーツの全てに見覚えがない。新型なのだろうか。いや、そんなはずはあるまい。新型パーツばかりで構成されていたとしても、それら全てに見覚えが無いということは有り得ない。企業の仕事の一つにはACパーツの販売がある。よってレイヴンにはどのようなパーツが開発されているのか、そういった情報が流れてくる。よって、全く見覚えがないという有り得ない。

 となれば、新型MTなのだろうか。それにしてはシルエットがACに酷似しすぎている。いや、きっとACに近いコンセプトで開発されたMTなのだろう。だが待て、それならACを使った方が早いしコスト面を考えたとしてもACの方が良いはずだ。

「この写真は先日の夜に取られたものだ。この所属不明機を我々はゴーストと呼んでいる。どこの所属か本当にわからん、ミラージュ、キサラギ、プロフェットそして我々全てがこの機体による攻撃を受けたことがある。そしてこの機体の戦力は高すぎると言っていい、見かけたら絶対に戦うな。逃げろ、いいな」

 レオニスの後ろに座っているMTパイロットたちから「了解」との声が上がるがレオニスは黙ったままスクリーンに映し出される機体に魅入っていた。見たことの無いパーツ、そして白い色。自称レイヴンと名乗る男が言っていた機体は、こいつのことではないだろうか。

 それにしても、どのパーツも見たことが無い。一見すれば頭部が無い様に見えるが、それは頭部のみが黒く塗られているせいだと気付くのにそう時間はかからなかった。脚部はタンク型のように見えたが、周囲の砂塵の舞い上がり方から考えるにタンクではなくフロート型だろう。

 手にしているのは恐らくライフルとブレード。両肩に装備しているのは二連装のキャノン砲だろうか。いかんせん、見たことのないパーツばかりだけに何が何だか分からない。

 生唾を飲み込み、レオニスは背筋に嫌な汗が流れたのを感じた。

あとがき
はい、デスサッカー登場です。長くなりそうなので前後編に分けておきますね。
というわけで後編はまた今度

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