『L'HISTOIRE DE FOX』
 七話 信仰 -共同戦線-

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「7105はプラスクラス『6−(シックスマイナス)』です。」

 一人の研究員が僕を指出しながら説明する声が聞こえる。此処は研究施設の中にある一室だった。現在この部屋には10人の人間がいる。まずは研究員、彼らは4人存在しており来客に対応するもの、資料を持つもの、何か機械を操っているものが二人。次がスーツを着た大人。会社員と言う印象を与える姿だがその表情はそれぞれだった。笑みを浮かべるもの、どこか蔑みの目を向けるもの、何もなく無表情なもの・・・。それが6人。

 そうして、僕達は人間というカウントにはいってはいない。僕等は彼らにとって研究材料で、商品で、実験体で、備品なのだ。だから名前で呼ばれることは無い、呼ぶときはもっぱら腕にされたリストバンドと左肩に機械で焼入れされたナンバーでだ。それ以前に研究員なんて僕達の名前になど興味を持っていない。彼らの興味は自分達の研究と成果なのだ。

 裸のまま一列に立たされた僕等三人は彼らの前でただ立ち尽くしている。そう命令されたからだ・・・。僕はいい、しかし横にいる姉のことが気がかりだった。少しだけ視線を動かしてみてみると姉は目を瞑ったまま同じように立っている。その向こうには同じような様子のマーズも見えた。

「ほう、そこまでの処置に耐えるのはまれだな。しかし『−』とはなんだね?」

 妙な笑顔を浮かべたスーツ姿の男が質問をする。プラスランクとは簡単にいえば強化人間レベルをさす。この数が多いほど、その分『処置』がされて体を強化されていく。同時にそれは人間としての部分を奪われて人工物に交換されていくことであり、6を最大。その場合は既に肉体のほぼ60%近くが『換装済み』であると研究員が話しているのを聞いたことがある。

 現状の技術でこれ以上の処置は肉体に大きな負荷をかけてしまい、精神的な面でも同じように不具合が発生してしまうという話もあった。此処までの工程で耐えられる人間もまた少ないことも分っている。一体何人の仲間がそれに耐え切れずに心を壊されて、実験で死んだことか・・・。

「『−』とは、残念ながら不具合がでてしまった個体です。この7105の場合はプラス能力を安定して使用することが出来ません。現状ではタイムリミットを設ける形での運用が一番の対策となっています。最大3分まででしたら現在のアリーナ上位者とでさえ対等に渡り合えるでしょう。」

 資料を片手にぺらぺらとしゃべる研究員、スーツ姿の男達よりよっぽどセールスマンが向いていそうだ。だが喋っていることは強いて言えば『出来損ない』であるといっているようなものだ。その証拠に他のスーツ姿の男が「欠陥品か。」と呟くのが聞こえた。

「現在ランク6に到達したなかでの完成品、『6+』はこちらの5921が該当します。数値だけですが現状ではアリーナランカーを凌駕していることは確実でしょう。あとは実践データがそろいましたら・・・。」

「ほう、・・・それは楽しみだな。それにこの美しさ、見たまえ。 まさに美と強さをかね揃え、我等のために存在するといっていい。」

 一人の男がそっと姉の頬を撫でる。その手はそのまま下がっていき乳房や、腹部をそっとくすぐるようになで上げた。姉は堪えながらも、小さく声を漏らしてしまうと顔を赤く染める。それを楽しむようにその男はさらにその手を動かしていった。

 なにをしているんだ、姉は嫌がっている。さっさと離れろ・・・。心の中で小さくそう呟くのも、もちろん男に聞こえるわけが無い。逃げることの出来ない姉に対して男はさらに近づくと顔を姉に近づけ始めた。近づいていく唇同士、それに自分は耐えられずに殴りかかろうとする。しかし、それよりも早く誰かが男を殴り飛ばした。

「ぐぁっ!?」

「彼女に触れるな!!!」

 声を上げたのはマーズだった。彼は男の顔を殴り飛ばすとそのままさらにもう一発、反対側の頬へと拳を叩き込んでいく。それに慌てた様子でとめに入る研究員達、床に転がったスーツ姿の男は顔の形が歪むほどに骨折しているのがわかった。

「やめろ、やめないか!! 4468!!」

「五月蝿い!! 誰にも彼女を汚させるものか!!! お前らなんて全員殺してやる!!殺してやるぞぉ!!」

 3人がかりでも止められない彼についに警備員が駆けつけてくる。スタンガンを押し付けられて倒れこむ彼を容赦なく殴り、蹴り。ぐったりとなったところで警備員は外へと引きずって連れて行った。慌てた様子で続く研究員三人・・・残った一人はスーツの男達へと同じく慌てた様子で説明しだした。

「も、申し訳ありません。あれも『6−』でして、強化処置の結果どうも精神面が不安定なのです。し、しかし次の段階での処置を行ってそれを安定化させる予定ですのでご安心ください!!」

 僕と姉はそんな一部始終を何も出来ずに見ていた・・・何時しかそっと姉の前に出て体を隠すようにしつつ。もしかしたらこのとき僕等は全員で反抗をすれば何かが変っていたのかもしれない。少なくとも『あの時』と同じにことにはならなかったんじゃないか・・・小さく僕はそう思うのだった・・・。


/2

 ぼんやりとした視界に何か点滅するものが見える。ゆっくりと体を起こすとそこが何処なのか確認するように見回した。そこはACのコックピットの中。赤い色で表示されているモニターに移る計器類、ガレージの風景を写すメインモニターだけの明かりしかない暗闇の中であった。

 また此処で寝てしまったのか、調整を終えて少し休憩するつもりが30分近く時間がたっていた。まだぼやけている目を手で擦ると涙が滲んでいるのが感じられ、それを隠すように強く擦りなおしてから点滅するものが何かを確認した。それは通信のようで、回線を開くと音声だけのものだった。

『ソイル、どうした? さっきからコールしているのにまったく出ないなんて。』

「・・・ああ、いえ・・・少し寝てしまっていまして。」

 声の主は喫茶店マスターのヴォルフだった。心を落ち着かせるようにしつつ、とりあえず嘘ではない答えを返す。それに彼は何かを感じ取ったのか、ため息を一つ付く音が聞こえてきた。

『とにかく、仕事だ。直ぐ店のほうに来てくれ、少々急ぎの仕事なんでな。』

 必要なことだけを言うと通信が一方的に切れ、とにかく話は向こうに行ってかららしい。コックピットを開放する操作をすると座席が後ろへと下がっていく感覚。同時に差し込んできた照明光に少しだけ目を細めると横につけられた搭乗昇降用ワイヤーに脚を引っ掛けて降りる。そこでふと自分のACを見上げた。

 ブルーテイル。あのときから、ずっと一緒にいる愛機。今となっては自分の無くてはならない相棒で、半身であるといってもいい。物言わぬブルーテイルはただずっと真っ直ぐに前を見ていた。それはなんだか相棒であるはずの自分なんてほうっておいて、ずっと先にいる何かを見ているようだった。そんなことあるはずが無いとわかっているのに、いつか自分だけ置いていかれそうな、そんな何ともいえない不安が小さく感じられた・・・。


/3

 店に顔を出すといつものメンバーが集まっている。クフィーにルナ、リザと何度も一緒にミッションを行った面子。しかしそれ以外にもう二人、見慣れない人物がいた。一人はカウンターでアイスコーヒーを飲みながら本を片手に読んでいる。長い髪にどこかきりっとした顔立ち。女性であるのはわかったが・・・あいにく記憶に無く誰かわからない。

 もう一人は男、近くのソファーに深く座って背を預けるようにくつろいでる。そちらには面識は無くても見覚えがあった。Aアリーナ8thのランカーレイブン、ヴァルプリスだ。彼は以前から気性が荒く、喧嘩っ早いことで有名なレイブンであった。

「やっと着たか寝ぼすけ。ちょっとまってろ。」

 カウンターでコップを磨いていたマスター、ヴォルフがこちらへと視線を向けると濃い目の紅茶を準備してくれる。同時に全員を長髪の女性傍へと集めるように手招きをして。これから作戦会議らしい・・・つまりは長髪の女性もレイブンなのだろう。

 ヴォルフが此処で重要なミッションの話をするときは店を閉める。そのために現在店内では自分を含めたレイブン6人だけしかお客はいなかった。彼はノートパソコンを持ってくると全員が作戦資料を見えるように、カウンターに広げて起動させる。

「今回のミッションは三大企業、ミラージュ、クレスト、キサラギの三社が依頼してきたものだ。知っていると思うが現在各企業はプロフェットとの抗争が激化しつつあって余裕が無い。だからこっちにこの依頼が来た。」

 広げられた情報図面には各企業の状態などの情報がいくつか並んでいた。さすがに情報屋として優れた彼だけになかなかの情報量である。個人でこれだけの各企業情報を得られるのはそうそういないだろう。今回のミッションは新たな未確認勢力の排除だった。

「この対象だが、妙な奴等らしく宗教集団らしい。」

「宗教集団・・・?」

 なんとも奇妙なものを感じて声を漏らす。宗教集団が未確認勢力?ゲリラなどではなく。それはどういうことなのか理解出来なかったが、次に見せてくれた資料で納得が出来た。彼らはACを保有しているからだ。数は一機や二機ではない、確認できた中で八機もいるのだ。しかもジャンク品や企業の裏から流れた予後流し品でもない、バリエーションはあるがある程度が同じパーツで構成された機体での集まりだったからだ。

 いくらパーツを集めても一般のものがこれだけを揃えるには相当な金が要る。ついでに同じパーツを揃えるとなるとジャンク品ではおそらく無理。企業の横流し品でもこれだけの数を流せば直ぐにばれるだろう。そうして何より、そうでないという確信を自分は持っていた。そう、自分の過去がヒントをくれたのだ・・・。

 次に写ったのはその宗教集団の教祖らしい人物だった。強いてその人物像を上げるなら、胡散臭いという印象がある。まずはどこかの山にでもこもったような伸びっぱなしのひげと髪、体は太っており脂肪の塊のよう、服装は聖者が着るみたいな白い布地を体に巻き・・・。

『我々は、神の代行者!!! 世を腐らせる企業、組織、それらを裁き頂点にたって愚かなる、踊らされる愚民どもを導けと、わが父たる神からの啓示があったのだ!! そちらはそのための先兵、世界を導くための神の使いたる素質を持ったものなのだ!! 故に撃て、裂け、奪え!!そちらから全てを奪った企業と、それに組するものたちを全て、全て殺しつくし―――』

 流れてきた演説らしい映像を途中で閉めたのはリザだった。映像が流れるノートパソコンをすぐに操作して話を進めようとしつつ、その顔にはとてもいやなものでも見たかのような表情が浮かんでいた。それは全員が同じようだったらしいが、ただ無表情の長髪女性。ルナだけはあまり理解できていない様子で首をかしげていた。

「け、くだらねぇ・・・。こういう奴等はいけ好かなくて嫌いだ。」

 小さく毒づいたヴァルプリス。ヴォルフは話を進めるようにまたパソコンを操作すると敵の教団施設らしい廃墟を映し出す。そこは以前までキサラギとプロフェットが共同で使用していた施設だった。しかしある事情で放棄されたらしいが、今でも使用可能な区画が残っており拠点としてはある程度機能するようであった。

「今回はこの6人に依頼するのは此処の戦力の完全排除だ。AC、MT、防衛機構の全てを破壊して完全に無力化すること。危険度はA+、一人当たり10万Cの報酬つきで修理費と輸送費も全て依頼主もちだ。」

 それはそれだけ危険であるということをより感じさせるほどの条件であった。だからこそAアリーナのランカーが2人もいるのだろう。もう一人は一体誰なのか・・・少なくとも実力者であることはわかる。視線を向けていると彼女のほうも気がついたようで一瞬だけ目と目が合う。しかし直ぐに視線を外してしまうと立ち上がった。

「・・・さっさと仕事を始めたい。出発は何時だ。」

「そう慌てないでくれ、レッドレフティ。直ぐにでも出発の便は整う。」

 少しぞっとするほどに冷たく感じる声。レッドレフティ・・・その名前で彼女が誰なのかわかった。Aアリーナ、4ht・・・先ほどの通り愛機が赤く塗られた左腕を持つことから通称『レッドレフティ』の異名を持つ上位ランカーだ。彼女の戦闘能力はデータだけだが知っていた。それは凄まじいもので、この中で一番ずば抜けているのはおそらく確実だろう。

 ヴォルフの静止に、その場で立ったままでいるレッドレフティ。しかし直ぐに彼の言うとおり一本の電話と共に、ある地点へACを持って集まって欲しいという依頼主からの連絡があった。それを聞いて全員が直ぐに行動を開始する。ただ一人、自分だけはヴォルフに呼び止められるのだが。

「・・・なんです?」

 全員が店を出て行ったところで話し始める。ルナも最初は気になった様子ではあったがリザにせかされて自分のACが待つガレージへと走っていった。

「お前、もしかして分ってるんじゃないのか・・・?今回、研究機関が絡んでいること。」

 タバコに火をつけながらヴォルフが口にした言葉、研究機関。それを聞いた瞬間、自然と自分が背筋を伸ばして、殺気を込めた視線を彼に向けているのが分った。ヴォルフは動じてはいない、ただ吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出すと直ぐに灰皿へとまだ長いタバコを押し付けて。

「使用しているACの構成。それに見覚えがあっただろう・・・? だからといって焦って―――。」

「ヴォルフ、黙れ。」

 自分でも一瞬、それが自分の発した言葉だと理解できなかった。自然とこぼれた言葉は先ほどまでのものとは違った、もっと。先ほどのレッドレフティのような冷たい声。ヴォルフはそれに黙ってしまい、そうして小さくすまないと謝ってくる。

「っ・・・。・・・こっちこそ・・・ごめん、マスター・・・。」

 自分も彼に一言謝ると店の入り口を開けて出て行く。分っている、彼が自分を心配して言ってくれている事を。でも、それでも自分にとってはそれはあまりにも心へと突き刺さってくる言葉だった。研究機関・・・自分の生みの親で、憎むべき敵で、そうして今も自分を苦しめ絡みつく過去。一体何時になったらそこから抜け出せるのか・・・夜空の暗闇のように先は見えなかった。


あとがき

とりあえずそろっとソイルたちの過去にかかわるお話を夢のほうではなく現実舞台で接触させようと。同時に2人、またほかの方のレイブンを使わせていただきました。(礼

相変わらず判り難くい文章だと思いつつ・・・(しくしく

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