Armored Core Insane Chronicle
番外編
「紅い龍」
4月1日

/1


 何故、負けたのかが分からなかった。

 ランキング内の自分が、ランキング外、というよりもアークに登録されていないレイヴンと戦って、負けるわけが無いのだ。だというのに、今、レッドドラゴンを見下ろす赤い重量二脚に傷は無い。

 対照的にレッドドラゴンは地に倒れ、損傷していない箇所は無いぐらいで、両腕は既に吹き飛ばされている。

「早く……撃ちなさい」

 レッドドラゴンを見下ろしている赤いAC、リバティはバズーカの銃口を向けてはいるものの、一向に撃つ気配を見せない。それが、エレクトラにとっては屈辱だった。

『いや、撃つ気は無い。私に君を殺す気は全く無いよ』

「同情のつもりですか? 私が弱いから……」

『逆だ。私は君の力が欲しい』

「それは、どういう意味ですか?」

 リバティの銃口が下り、コックピットハッチが開いた。そこから、誰かが出てきたヘルメットを脱いだ。三○代から四○代ぐらいと思われる男性だった。リバティのパイロットと、モニター越しではあるが目が合う。その瞳の奥に、何かが秘められているような感じがする。

『私の名はフリーマン。インディペンデンスに肩入れしている、一人のレイヴンだ』

「インディペンデンス……?」

 呟いて、最近になってから新聞記事でその名前をよく見ることを思い出した。次いで、最近見たインディペンデンス関連の情報を思い出す。

 確か、インディペンデンスというのはナービス紛争後から活動が活発化しているテロ組織だ。それ以前からも活動していたらしいが、表立つようなことはしていなかった。それが、ナービス紛争の後から、急にテロ組織らしく破壊活動を行うようになっている。その理由は不明だ。

『君も新聞記事などで知っていると思うが、テロ組織だ。やっていることはテロだが、我々には理想がある。この世を平和にするという、壮大な夢がある』

「本当に、そんな事ができると思っているのですか?」

『出きる』

 少しの間も開けず、フリーマンは断言した。だが、そんな事が出来るはずも無い。平和な世の中を作ろうと思えば、利権主義の企業を潰すか、行政を奪うしかない。そんな事を、企業が許すはずも無い。

『企業を潰せばいい』

「本気ですか? 本気で、そんな事が出きるとでも思っているのですか?」

『古来より、幾度と無く起こってきた革命だが、勝ったのは常に数が多いほうだ。行政側にある人間よりも、そうでない人間の方が圧倒的に数が多い。彼らを味方につける事ができれば、簡単だ』

「ですが、彼らも企業の社員ですよ」

『その中で、直接の行政に関わっている者は何人いる? 大した数はいないよ。そうでない方が、圧倒的に多い。その、そうでない方に我々の理想を理解してもらえばいいのだ。しかし、彼らに理解してもらうまでに間、我々はテロ組織である以上弾圧されてしまう。その弾圧で、潰れないためにも力が要る。私と共に来い、エレクトラ。そうすれば、君を殺さなくて済む』

 フリーマンの言葉を理解するのに、数秒は要しただろう。そして、自分が命の選択を迫られていることに気付いた。ここで、ノーと答えれば殺される。いつの間にかフリーマンがコックピット内に戻っていた。

「分かりました。私で良ければ、あなた方の力になりましょう」

 ノー、と言おうとした。けれど、言えなかった。フリーマンから放たれている雰囲気に飲まれていたというのが正しいだろう。まるで、神では無いが、絶対者のような雰囲気があった。それに、逆らえるだけの気力が無かったのだ。


/2


 もう、MTを何機落としたのか分からない。とにかく、目の前に現れるMTを落とし続けた。しかし、一機落としたらまた一機現れる。それの繰り返しが、何時間も続いている。

 コックピット内に警告音が鳴り響く。即座に回避行動を取ると、背後から飛んで来た弾丸が真横を通り過ぎていった。振り返ると、そこに一体の上級MTがこちらに銃口を向けていた。

 ブースターを噴かす。飛んでくる弾丸を全て避け、接近。ブレードで袈裟切りにする。斬った上級MTが地面に倒れると、辺りにいた他のMTが後ろに下がった。戦線を立て直すため、一時的に撤退するのだろう。

 肩の力を抜いて、ヘルメットのバイザーを上げる。小物入れから取り出したウェットティッシュで、額の汗を拭った。コックピット内は充分に冷房が効いているはずなのだが、エレクトラの額からは汗が流れ続けている。加えて、呼吸も荒い。長時間の戦闘で、体が疲弊しているのが分かる。

 それでも、一時的にでも撤退することはできない。いや、撤退したくない。ここで撤退してしまえば、企業はこれを好機と見て一気にレニングラードを攻め落とすだろう。そうなれば、自分達の負けだ。

 そこで、何故こんなに必死になって戦っているのだろう、と疑問が湧いた。インディペンデンスに加担しだした理由といえば、単に死にたくなかった、なんていう至極単純な理由からだ。だが、フリーマンの話を聞いているうちに民主主義という物に興味を持ち、尚且つそれが良いもののように思えてきた。

 それ以外にも、フリーマンと話していると世界を平和にしなければならないような気がしてきたのだ。何故かは分からない。きっと、フリーマンの人徳がそうさせていたのだろう。

 戦争が無ければ商売にならないレイヴンをやっておきながら、戦争を無くそうというのは矛盾している。それはフリーマンにも言えることだ。彼も、アリーナにこそ登録していないが傭兵稼業を続けている。現に、三大企業の依頼は受けていないにせよ、中小企業や他のテロ組織の依頼を受けることがある。

 きっと資金稼ぎのためなのだろうが、何故フリーマンは傭兵を続けるのだろうか。普通に考えれば、世界を早く平和な状態にしたいのならばインディペンデンス以外のために働くのは止した方がいい。そんなことを、フリーマンが分からないはずが無い。

 まさかとは思うが、彼は平和な世を築くつもりは無いのだろうか。そう考えて、エレクトラは考えを払拭するかのように首を振った。民主主義を、平和の重要性を語るフリーマンの眼は本物だった。そんな彼が、戦争を望んでいるわけが無い。

 しかし、彼が戦争を望んでいるのだとしたら、色々と符合する事もある。インディペンデンスは元々テロ行為を行うような過激な組織ではなかった。それが、ナービス紛争後から急に過激派へと変貌した。フリーマンがインディペンデンスへ加担するようになったのも、ナービス紛争後からだったはずだ。

 いや、そんなのは偶々だ。フリーマンが戦争を望んでいるわけが無い。

 深呼吸して気持ちを整え、モニターを見据える。戦場で迷いを持つことは死に直結する。レイヴンならば誰でも知っている。

 レーダーを見る。ついさっきまでは何も映っていなかったが、今はこちらに向かってくる赤の光点が一つある。レーダーが示す方向に、銃口を向けながら振り返る。

 こちらに向かっているのは白いACだった。武装はレーザーライフルにブレード、両肩には補助ブースター、エクステンションにはレーザーライフル用の予備弾倉を装備している。即座にオペレーターに照合してもらと、ミラージュ専属ACの明星であることが判明した。

 ふぅ、とエレクトラは半ば落胆の溜め息を吐いた。ミラージュ専属であるならば敵としては申し分ない。だが、自分が求めている敵は明星ではない。二度も撤退を余儀なくされた、あの忌々しい猟犬だ。

 とはいえ、明星もミラージュ専属には違いない。倒せば企業の連中に心理的なダメージを与えることができるだろう。

 ブースターを噴かして明星との距離を詰める。飛んでくるレーザーを全て避ける。狙いは悪くないが、教科書どおりの狙い方。これをずっと続けて、相手のミスを待つのが明星の戦い方らしい。ランク外のレイヴンには通用するだろうが、ランク内のレイヴンには、まず通用しない。

 オーバードブーストを起動させて、明星の横をすり抜ける。抜けたら即座にオーバードブーストを解除、反転、明星の背後を取り、EOを含む全ての銃火器類を向ける。

「沈みなさい」


/3


 トリガーを引く。リニアライフル、リニアガン、ミサイル、そしてEOの一斉砲火が明星を襲う。全弾直撃し、明星の補助ブースターを吹き飛ばした。通信機から女性の絶叫が聞こえる。

 ぐらつきながらも、明星はこちらに振り向いてレーザーを放つ。その根性だけは一人前だが、狙いが甘い。明星がレーザーを撃ったときには、レッドドラゴンは既に上空へと飛んでいた。

『早い……!』

「あなたが遅いだけよ」

 相手の意味の無い呟きに答えて、リニアライフルとリニアガンを真下に向ける。こちらがどこにいるか分かっていないのだろう、明星の頭部が左右を見渡している。

「上よ」

 そう言うと、明星の頭部が上を向いた。次いで、レーザーライフルを向けようとするが、銃口が向けられる前にトリガーを引く。明星の両肩にリニアライフルとリニアガンの弾が直撃し、間接部から火花を散らす。反動で動きが鈍くなっている明星の背後に着地し、コアパーツにリニアライフルの銃口を突きつけた。

「あなた、それでもミラージュ専属?」

 返事は無い。大方、どうやってこの状況を脱しようか考えているのだろうが、考えるだけ無駄だ。ACの武装に真後ろを攻撃できる物は存在しないし、ブースターを噴かしても、こちらがトリガーを引くほうが先だ。

「最後に何か言い残すことは? せめてもの情けよ、聞いてあげるわ」

『テロリスト如きに言うことはありません』

「そう……それじゃあ、死になさい」

 再び一斉砲火を明星に浴びせる。明星の上半身が木っ端微塵に吹き飛び、しばらく経ってから下半身が地面に倒れた。レーダーから明星の反応が消えたことを確認して、一息吐こうとした。

 衝撃が襲う。レーダーを確認するが、反応は無い。ということはレンジ外からの攻撃か。回避行動を取りながら、周囲を索敵。すぐに、こちらを攻撃してきた敵が見つかった。七〇〇離れた地点に、スナイパーライフルを構えるACがいる。データを照合した結果、ランキング三○位、リーネスのアリッサムだと判明。

 アリッサムならば、ランク内とはいえ弱点を知っているため、大した相手にはならないはずだ。落ち着いて対処すれば、どうということはない。

 リニアライフルを向けながら、ブースターを噴かして距離を詰める。回避行動を取っているのだが、流石に射撃が正確だ。避けきれず、何発か直撃をもらってしまう。それでも、致命傷には程遠い。

 距離を離そうとアリッサムがブースターを噴かして後退する。当然、逃がす気は無い。アリッサムの脚部にリニアガンの照準を合わせてトリガーを引く。直撃こそしていないが、アリッサムの動きが鈍る。そこにミサイルを放った。

『そっ、そんなっ……』

 脚部を攻撃されているため、アリッサムは回避行動を上手くとれない。そこに、六発のミサイルが直撃した。アリッサムの頭部と右腕が吹き飛び、コアの装甲も大部分が吹き飛ばされている。戦闘不能になっていることは分かっているが、企業側のレイヴンを生かしておくわけには行かない。

 既に中破しているコア目掛けてリニアガンを撃って、完全にアリッサムを破壊した。

 周囲の状況を確認するために、計器類を確認する。アリッサムを撃墜したというのに、LOCKEDの表示が消えていない。

 レーダーを確認するが、それらしい反応は無い。周囲を見渡すが、それらしい姿は無い。ということは、真上か。

 ブースターを噴かして、後ろに下がる。直後、レッドドラゴンのいた場所に弾丸が撃ち込まれた。続いて、黒い機体がそこに着地した。

「ゼロネームか。何時になったら――」

 あの忌々しい猟犬が出てくるのだろうか。バルカンエリアの今後を左右するこの戦いに、グローリィが参加していないわけが無い。だというのに、何故、出てこない。出てくるのは、大して強くも無いレイヴンばかり。

 テスタメントがブレードを振り上げてレッドドラゴンに迫る。レッドドラゴンも、テスタメントに応えるようにブレードを振り上げた。


登場AC一覧 括弧内はパイロット名
レッドドラゴン(エレクトラ)&NHg00cE005G000I00all11A8lgVpkw8ka0fe00#
明星(ミヅキ=カラスマ)&NG2w2F2w03gE00Ia00A0FM2A0ag5EsdIc0d0sw#
アリッサム(リーネス)&N6005905k3w01Ac0lgka10E90aNu6Eosc0da0G#
テスタメント(ゼロネーム)&NG2w2F5i85wg0oI68wE8902E0aU6000ka0f20J#

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