Armored Core Insane Chronicle
番外編
「第二次ロンバルディア攻防戦」
3月17日

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 O.A.Eが用意した控え室のソファに、セヴンはパイロット用Gスーツを着込んだ状態で背を預けていた。切れ掛かっているのか、点いたり消えたりを繰り返している蛍光灯を眺めながら、何でこんな仕事を受けたんだろうな、と思った。

 今回、セヴンが受けた任務はロンバルディアシティを襲撃しに来るインディペンデンス軍を水際で迎撃することだ。ポケットから、折り畳んだあった状態の指令所を取り出し、広げた。そこには、作戦内容と敵部隊の構成が記されている。この、敵部隊の構成を見るたび、セヴンの気持ちは暗く沈む。

 インディペンデンスは、今回の作戦に自軍戦力を一切使わず、全てレイヴンで構成している。シュバリエ、バーナム、レイ、アベルと実に四人ものレイヴンを雇っているのだ。流石に、資金面に余裕が無かったのか、ランキング内のレイヴンはいない。

 だからといって、気を抜けるわけでもない。いくらセヴンがランキング内に入っているからといって、クラスAのレイヴンを同時に四人相手にしろと言われれば、非常に難しい。O.A.Eの側もそれは分かっているらしく、クラスAのバッドナイトも今回の作戦に雇い入れている。それでも、単純にクラスAの実力が皆同じだと仮定するならば、セヴンは三人を同時に相手にしなければならないだろう。実際、クラスAのレイヴンは実力にムラがあるため、三人を同時に相手にすることは無いだろうが、全く無い、と断言することは出来ない。

 とはいえ、セヴンが心配しているのはそんなことではない。三人、いや四人を同時に相手にするのは多分、大丈夫だろう。幼少の折に受けた訓練で、一対多数の訓練も数多くこなしている。実戦でも何度か経験して、勝利を収めている。だから、複数を相手にすること自体に問題は無い。問題は、複数を同時に相手にして、パイロットを殺さないようにACを撃墜できるか、というところにある。

 乱れそうな呼吸を何とか整える。落ち着け、落ち着け、と何度も自分に言い聞かせる。

 敵は全員クラスA以下だ、実力で言えばランキング内のセヴンに及ぶはずが無い。だが同時に、クラスAの中にもランキング内と同等か、それ以上の実力を持つ者もいるという事実も思い出す。もし、クラスAでありながら、ランキング内と同等以上の実力を持つレイヴンが襲撃に参加していたら、果たして、殺さないように戦うことができるのだろうか。

 ただ、今は何も考えない方がいいのだろう。こんな状態で考えても、思考はマイナスに向かうだけだ。だからといって、何も考えないというのも、無理な話だ。何とかなる、きっと良い方向に向かう、と信じて戦って、この左目を失ったのだ。

 セヴンが深い溜め息を吐くと同時に、控え室のドアがノックも無しに開けられた。入ってきたのは一人の男性で、その目つきはするどく、底冷えするものを感じさせる。

「お前がセヴンか?」

 頷くと、男性の口元が僅かに笑みを形作る。

「不殺主義者だって聞いたけど、やっぱりテロリストも生かすのか?」

「はい。テロリストとはいえ、同じ人間であることに変わりはありませんから」

「綺麗事だな。お前には残念な話だが、敵のレイヴン、一人も生かして帰すつもりはない」

 男性の言葉からは、確固たる決意が伺えた。彼は本当に、一人も生かすつもりはないのだろう。

「何故、ですか?」

「テロリストの味方だからだ。レイヴンとはいっても、テロリストの味方をする時点で、テロリストと大差はないよ。そんなやつらを殺して、何が悪い。そうでなくとも、やらなければ、こちらがやられるだけだ。違うか?」

 言い返せなかった。テロリストの味方をするからテロリストだと決め付けるのには反対だが、先にやらなければこちらがやられる、これには反論できない。殺さないように勝つには、脚部か両腕部を破壊するしかない。コアパーツだけは、決してダメージを与えてはならないのだ。そのことに気を取られていると、隙を生みやすい。

 殺されたくなければ、早々に相手を殺すのがベストなのだ。だが、セヴンはそれを認めたくなかった。殺すことが、勝利することではないと、証明したいのだ。だから、アリーナだけでなくこうやって積極的にミッションに参加しているのだ。

「返す言葉も無い、か。まぁいい、せいぜい殺されないようにすることだな。お前ははランキングに入っているからな、名前を上げたい奴は積極的に落としにくるぞ。俺の知ったこっちゃないがな」

 それだけ言い残し、男性はソファーに座ることも無しに控え室の外へと出て行った。ドアが閉まり、足音が遠ざかったのを確認して、ソファーに体を預けなおした。その時、時計が目に入ったのだが、時刻は作戦開始時刻の一時間前になっていた。セヴンは重い腰を上げて、控え室を後にした。


/2


 愛機サクリファイスに乗り、ロンバルディアシティの城壁の前でジャスティスブレイカーと並んで待機する。見晴らしは良く、地平線まで見渡せるが、敵が来る気配は無かった。上空を見上げてみるが、快晴で、雲ひとつ無い。そんな青空を見ると、清々しい気分になるが、その下で戦うのかと思うと、今度は気分が沈んだ。

「ナターシャ、敵はまだか?」

 何もすることは無く、作戦内容の確認をするのも含めて、専属オペレーターのナターシャに通信を入れた。

「いえ、まだ反応は無いようです。敵の襲撃予想時刻まで、まだ一〇分ほどありますから。すぐに来ますよ」

「そう……」

 出来ることならば来て欲しくないところだ。そうすれば、戦わずに済む。戦わなければ、人が死ぬこともないし、殺してしまうことも無い。だが、現実がそんなに甘いわけが無い。

「敵ACの反応を確認しました。迎撃して下さい」

 事務的な声で、ナターシャはセヴンにとって好ましくない現状を伝えた。

「了解」、と呟いてから俯き気味だった顔を上げた。セヴンが顔を上げたときには、もうジャスティスブレイカーはブースターを噴かして前進していた。その背中から、鬼気迫るものを感じた。

 ジャスティスブレイカーに続くような形で、サクリファイスが動き出した。しばらくブースターをふかし続けていると、急にジャスティスブレイカーが停止し、レールガンを構えた。レーダーを確認するが、まだ何も映ってはいない。だが、遠くに動く物体が見える。拡大してみれば、クラスAレイヴン、バーナムのアナトティタンだ。アナトティタンも、両肩の大型グレネードランチャーを構えている。

 ジャスティスブレイカーのレールガンに電光が走る。アナトティタンのグレネードが火を噴く。レールガンが火を噴く。

 アナトティタンは回避行動を取り、レールガンをすんでのところで回避する。だが、ジャスティスブレイカーはすぐには動けず、グレネードが着弾した。砂塵が巻き上がり、ジャスティスブレイカーの姿が見えなくなる。レーダーを見れば、まだ緑の光点がある。撃墜はされていないようだ。

 砂塵が収まる。ジャスティスブレイカーの姿が確認できた。直撃は受けていないようで、多少、装甲が歪になっている箇所があるが、それ以外に大したダメージは受けていないようだ。

 ジャスティスブレイカーはレールガンを畳むと、ブースターを噴かしてアナトティタンへと向かっていった。後に続こうかと思ったが、レーダーに新しい反応が現れた。そちらに機体を向けてみれば、赤紫色のフロート型ACが見えた。レイのマインドパワーだ。マインドパワーが複数のオービットを射出。サクリファイスの周囲にオービットが展開する。

 回避行動を取りながら、マインドパワーとの距離を詰める。マインドパワーの武装はオービットと、エクステンションの迎撃装置だけだ。それ以外には、コアパーツのEO以外に攻撃手段はない。面白い構成ではあるが、あまりにも攻撃力が低すぎ、決定力など無いに等しい。各パーツも、装甲の厚い物は無い。これならば楽に仕留められるだろう。

 オーバードブーストを起動させて、一息に距離を詰める。マインドパワーは後ろに逃げようとするが、こちらの方が早い。距離がどんどん詰まってゆく。マインドパワーがイクシードオービットを起動させる。EOからエネルギー弾が放たれる前に、ライフルの照準を合わせてトリガーを引く。EOが落ちる。両腕のライフルを伸ばす、銃口がマインドパワーの装甲に触れそうになる。

 そこへ、真横から衝撃が加わった。照準がずれた。その瞬間、マインドパワーが後ろに下がる。衝撃のあった方向を見れば、黒と白で彩られたACが、こちらへ向けてスナイパーライフルを向けていた。データを紹介すると、アベルのカノープスだ。その場に立ち止まると、マインドパワーの放っているオービットのレーザーが迫ってきた。回避行動を取りながら、今度はカノープスへと距離を詰める。

 カノープスが、両腕のライフルの銃口を上げた。そこから、静かな殺気が迫ってくるのを感じた。鋭利な、氷でできた刃物の様な、静かで、切れ味のある殺気が向けられる。殺意を向けられるのは、戦場では当然のことだが、これは異質だ。だが、セヴンはこの異質な殺気を以前にも感じたことがある。

 誰かの、または何かを奪われたことのある者は、その仇に対して、このような殺意を向ける。だが、セヴンにはアベルから憎まれる覚えが無い。心当たりが全く無いわけではないが、アベルとコンビを組んでいたアウインを殺したのは、ミラージュ専属のグローリィで、セヴンではない。

 他にも、誰からか恨みを買うような真似はしていないはずだ。だというのに、何故、セヴンが狙われなければならないのだろうか。


/3


 カノープスがオーバードブーストを起動させて、距離を詰めてきた。ライフルで動きを止めようとするが、オービットがレーザーの雨を降らすため、かなわない。仕方なく、カノープスの攻撃を避けて、照準をマインドパワーに合わせる。

 コアパーツに合わさっている照準を頭部にずらす。その時、ミサイルが接近してくる音が聞こえた。咄嗟に回避行動を取る。サクリファイスの居た場所にミサイルが炸裂し、地面にクレーターができる。クラスAとクラスBの組み合わせとはいえ、二対一は流石に分が悪すぎる。勝とうと思えば、簡単に勝てるが、照準を合わせる暇が無い。FCSは基本的に、コアパーツに狙いを定める。その状態で撃てば、当然、コアパーツに向かって弾が放たれる。その弾が直撃すれば、ACは撃墜、当然のように中のパイロットは死ぬ。

 そう考えた瞬間から、レバーを握る手が震えだした。やらなければ、やられる。世の必定が、これほどまでに理不尽だと思ったことは無かった。

 マインドパワーのオービットとカノープスのライフルがしつこくサクリファイスを狙う。カノープスから放たれる殺気のせいで、額に汗が滲み出し、恐怖すらも感じる。じりじりと追い詰められ、このままではやられるのではなかろうか。そう思うと、体が動こうとする。シミュレーターで何度も練習した、ただ、相手を殺すためだけの動きに入ろうとする。

「くっ……!」

 理性だけで、勝手に動き出そうとする体を抑える。だが、敵の攻撃を避けるたびに、今にも暴発しそうだ。

『よくも、よくもアウインをっ――!』

 通信機からアベルと思われる人物の声が聞こえる。その声には、敵意と怒りと憎しみと哀しみと、とにかくあらゆる人間の負の感情が詰まっているようだった。

 カノープスがオーバードブーストを起動させて、距離を詰めてくる。セヴンには、迫ってくるカノープスがとにかく、黒い塊のように見えた。アベルの殺意に圧され、このままでは殺される、と確信した。

 どうすればいい? 自分は死にたくない。死なないためには、相手を殺すしかない。けれど、殺したくない。殺したくなければ、自分が死ぬしかない。だが、それは嫌だ。だったら、相手を、殺すしかない。

 目の奥が熱くなる。もう、何も考えられない。考えようとすれば、もう、何が何だか訳が分からなくなる。

 カノープスが左腕の武装をブレードに切り替えていた。このまま接近して、切り伏せるという考えでも持っているらしかった。

 カノープスの動きは直線的で、避けるのは容易い。だが、セヴンは避けようとしなかった。その場で動きを止めて、ライフルをカノープスに向ける。オービットのレーザーが装甲を焼くが、気にも留めなかった。

 慎重に狙いを定め、トリガーを引く。

 カノープスの装甲が弾ける。間を置かずして、また弾ける。同じ箇所に続けて着弾するため、あっという間に装甲は破られ、内部構造が露になる。それも一瞬のことで、次の瞬間にはもう内部構造すらも破壊されている。

 コアパーツから火を噴かせて、カノープスは動きを止めた。それを確認してから、武装をミサイルに切り替えてエクステンションを起動。狙いをマインドパワーに切り替えて、ミサイルを発射。マインドパワーがセオリー通りの回避行動を取る。おかげで、先回りするのは容易かった。

 マインドパワーが来るであろう地点に事前に移動しておく。すると、読みどおりにマインドパワーが目の前に現れた。コアパーツに銃口を突きつける。

『え? 何で?』

 通信機からレイの素っ頓狂な声が聞こえる。

 トリガーを引く。マインドパワーのカメラアイが光を失った。


/4


 ジャスティスブレイカーが戦っているであろう方角にカメラを向ける。モニターに映るのは、赤々と燃える残骸と黒煙。近付き、残骸を見てみれば、アナトティタンの物であることが分かった。残骸の散らばっている地点から、よりロンバルディアシティに近いところでジャスティスブレイカーとシュヴェールトが光刃を交わらせていた。

 普通に考えれば、ランクが上であるジャスティスブレイカーが有利に進んでいると思うが、戦いはシュヴェールト優勢に進んでいた。カメラを拡大してみれば、ジャスティスブレイカーの各部から火花が散っているのが見える。恐らく、アナトティタンとの戦いでかなりの損傷を受けたのだろう。

 援護するためにブースターを噴かす。その間にも、ジャスティスブレイカーとシュヴェールトは二度三度と刃を交える。

 もうすぐでシュヴェールトがライフルの射程距離に入ろうというときに、ジャスティスブレイカーの動きが鈍った。体勢が崩れる。その瞬間を、シュヴェールトは逃がさない。

 射突型ブレードの一撃が、確実にジャスティスブレイカーを捉えた。鈍重な破裂音が辺りに響く。ジャスティスブレイカーはコアパーツを抉られ、仰向けに倒れた。ジャスティスブレイカーのコアパーツは、誰がどう見ても、完全に破壊されている。パイロットの生存は、絶望的だ。

 どうして、こうも呆気の無いほど、単純に、人の命を奪えるのだろう。顔が見えないからなのか。それとも――

 ジャスティスブレイカーを倒したことに安心しているのか、シュヴェールトは動かない。

 一歩ずつ、ライフルを構えたまま距離を詰めてゆく。それでも、シュヴェールトは動かない。真後ろに立っても、動く気配は感じられなかった。まさか、と思い警戒しながらシュヴェールトの前方へと回り込む。

 真正面からシュヴェールトを見ると、案の定、コアパーツにたった一つだけではあるが銃創があった。位置は、ちょうどコアパーツの位置に当たる。

 レーダーで、周囲に他の敵影が無い事を確認してから、ナターシャに作戦終了の通信を入れた。すぐに帰還命令が出されたが、セヴンは帰還しなかった。コックピットハッチを開けて、ワイヤーロープを使って地面に降りた。

 戦闘が終わったばかりのため、地面は機械油と硝煙の臭いで覆われているようだ。以外にも、心なしか血の臭いが混じっているような気がした。

 途端、足に力が入らなくなり、その場でへたり込んでしまう。

 二人。二人も殺したのだと思うと、どうしていいか分からなくなる。泣き出しそうになるが、泣くわけにはいかなかった。もう、ここは戦場でないとはいえ、自分はレイヴンであり、傭兵である。常に、強くなければならない。

 強くなければ、死ぬのは自分だ。顔も知らない誰かを殺すよりも、自分が死ぬ方が嫌だ。何てわがままな奴だと思うが、それでも、嫌なものは嫌なのだ。欺瞞かもしれないが、自分が死ねば、困る人だって居るのだ。だが、それは殺される側にも言えることだ。

 考えれば、考えただけ頭が痛くなりそうだった。思考を停止させ、コックピットに戻る。ハッチを閉めても、外の臭いが染み付いてしまったらしく、相変わらず機械油と硝煙の臭いが鼻をついた。

 ロンバルディアシティへ向けて、機体を歩かせる。遠く、ロンバルディアシティの防壁を見ながら、何時になったらこの戦争は終わるのだろう、と思う。戦争が無いからといって、完全にレイヴンの仕事が無くなるというわけではない。アリーナさえあれば食べていくだけの金は稼げる。

 戦うことの無い世の中が来れば、落ち着いて暮らせるのに。そう思いながら、帰路を歩いた。


登場AC一覧 括弧内はパイロット名
サクリファイス(セヴン)&N7g0090a020s0cgMs0tA1Sg72wg1hrgeo08W1H#
ジャスティスブレイカー(バッドナイト)&Nw005b2w01ME00Ia00A0EM2C0aWo0Gk6a0d2xJ#
カノープス(アベル)&N6hw2Bk0k1Rk00w5k0s0FP1Tg6o1gHces1ts0B#
シュヴェールト(シュバリエ)&Nc0054lg03Bk00Bl00o0EME80as0SXtYc0f2wC#
アナトティタン(バーナム)&NA00030006g003s000001M0900M2QWs0000u1J#
マインドパワー(レイ)&NA0058E009g003Ia00001G062wIs630000da3I#

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