Armored Core Insane Chronicle
番外編
「レニングラード脱出」
3月13日

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 仕上がったばかりの報告書を束ねて、ミラージュ諜報部員のレイカーは深い溜め息を吐いた。インディペンデンスが再びロンバルディアシティを襲撃するという情報を得ることができたものの、一体、どうすれば会社に伝えることができるのか。

 現在、レイカーがいるのはインディペンデンスが統治するレニングラードの賃貸マンションの一室だ。どうやって契約したのかというと、勤め先をミラージュではなくミラージュとは何の関係もない中小企業の名前を使っただけだ。それだけで、いとも簡単に契約することができた。

 そう、レイカーはレニングラードにスパイとして潜入しているのだ。今までも分かるだけの情報は全て会社に送ってきたし、送ることができた。だが、前回に少しばかりミスをしでかして、インディペンデンスから目を付けられているようなのだ。

 レイカーが思っているほどチェックは厳しくないだろうが、万が一ということもある。Eメールでは不安が残るし、かといって郵送するなどとは持っての外だ。では、どうするべきか。

 ちらり、と目だけを動かして壁に掛かっている時計を見る。時刻は、ちょうど日付が変わった頃だ。レニングラードには規則正しい生活を送る人が多く、この時間にもなれば外出する人間は少ない。今なら、少し多めの荷物を持って出て行ったとしても気付かれる可能性は少ないだろう。

 そうと決まれば後は早い。データディスクを全て服の秘密ポケットに入れる。ジャケットの内側にガンホルスターを装着し、ミラーAHG45をホルスターに収めた。弾倉を幾つ持っていくか悩むが、既に装填されている物を含め、二本もあれば充分だろう。あまり多く持ちすぎても、邪魔になるだけだ。

 身支度が整った後、レイカーはパソコンの前に座り、メーラーを起動させた。本文に、レニングラードは曇り時々雨、傘は持っていない。と入力し、ミラージュ社のパソコンに送る。この文章は説明しなくとも分かると思うが、暗号だ。どういう内容なのかというと、レニングラードを脱出するが、追撃される可能性がある、迎えが欲しい。そういう内容だ。脱出の手順は既に決めているため、何らかの手段を用いて脱出地点まで行けばいいだけだ。

 問題は、どうやって脱出地点まで行くか、だ。当然のことだが、脱出地点はレニングラードの外にある。ここ、レニングラードもロンバルディアシティと同じように周囲を壁に囲われており、外に出るにはゲートを通らなければならない。そして、そのゲートにはインディペンデンスの兵士が監視のために配置されている。レニングラードの市民証は持っているが、偽造である。ばれる可能性がある。

 だからといって、こそこそと裏口から逃げるわけにも行かない。見つかったときのリスクは、裏口の方が高い。表からならば、まだ強行突破ができる可能性もある。

「まったく、親父もとんだ部署に回してくれたもんだ」

 呟いてからメールを送信。正しく送信されたことを確認してから、パソコンにウィルスプログラムを走らせる。数秒後にはハードディスクの内容が完全に削除された。だが、これでもまだ安心はできない。念のため、小型の時限式焼夷弾を部屋に設置しておく。時間は、二○分後でいいだろう。それだけあれば、レニングラードから脱出するぐらいは容易いはずだ。

 何の罪も無い隣人を巻き込むことは躊躇われたが、自分の身の安全を考えると、隣人の事などどうでも良くなってくる。可能な限り、休養で出かける風を装って部屋を出て、鍵を閉める。地下駐車場に止めてある自分の車に元へと向かう。念のため、発信機の類が付けられていないか確認したが、そういったものが取り付けられている気配は無かった。

 少しだけ警戒を緩めて、車に乗り込み、キーを差込、エンジンを噴かす。再び周囲を確認するが、自分以外に人はいなさそうだ。「よし」と呟いてからレイカーはアクセルを踏み込んだ。


/2


 レニングラードから出るには、東西南北八箇所にあるゲートの内のどれかを通らなければならない。その気になれば、抜け道など幾らでもあるのだが、あえて抜け道は使用しない。万が一、抜け道を使用して発見されてしまえば逃げるのに困難になるし、脱出に成功したとしても、抜け道からの脱出であることがばれれば、以後、抜け道を使うことはできなくなる。この抜け道は脱出だけでなく、奇襲をかけるのにも使用できるため、できることならば残しておきたい。

 車を走らせながら、どこのゲートから外に出るかを考える。八つあるゲートの内、一番人気が無いのは北ゲートなのだが、人がいない分、顔が覚えられやすい。ならば、最も人気のある南西ゲートがいいだろう。

 交通ルールをしっかりと守り、南西ゲートへと向かう。法定速度を無視して走りたいところだが、スピード違反で捕まってしまえば元も子もない。ロンバルディアではそうでもないが、レニングラードでは銃を持っているだけでブタ箱送りにされてしまう。そうなれば、レイカーがスパイだとばれる危険性は非常に高い。

 逸る気持ちを抑えて南西ゲートへと向かえば、外に出ようとする車が列を成していた。ちなみに、何故外に出ようとする人が多いのかというと、防壁で囲まれているのは都市部だけで、大半の人は防壁の外に家を持っているからだ。

 車が列を成しているとはいっても、そう難しい審査があるわけではない。ただ市民証を見せればいいだけだ、よってそれほど時間が掛かるわけは無い。すぐにレイカーの順番が回ってきた。

 ライフル銃を持ったテロリストに市民証を渡す。そこで、テロリストに支配されているこのレニングラードの奇妙さに気付いた。統治しているがテロリストだというのに、市民は誰一人としてそれを不審に思わない。どころか甘んじてそれを受け入れている節さえある。まったくもって、おかしな所だ。

 煙草に火を着けようとして、審査に時間が掛かっていることに気付く。テロリストの方を見てみれば、案の定、怪しむような目でこちらを見ていた。レイカーの市民証は偽造された物で、もしかしたらそれがバレた可能性もある。もしかしたら、他の理由かもしれないが、とにかくこれ以上怪しまれぬよう、平静を装って煙草に火を着けて、紫煙を吐き出し、車の窓から半分だけ体を出した。

「おい、早くしてくれないか。急いでるんだよ」

 いかにも急いでいると言った風に、左腕の時計を見ながら言った。すると、テロリストがレイカーの市民証を片手にライフルを構えて近付いてきた。よく見ると、ライフルの安全装置が外されている。

 警戒しながらも、テロリストはレイカーに近付き、市民証を手渡した。

「失礼ですが、どうもこの市民証は不審な点がありますので、降りてもらえますか?」

 口調は丁寧だが、ライフルの銃口はしっかりとレイカーの乗る車に向けられている。どうやって言い繕うか、と思案していると市街地から警報が鳴り響いた。と同時に、テロリストの通信機に連絡が入ったようだ。テロリストはどこかと連絡を取りながら、レイカーに一瞥をくれると、後ろに一歩だけ引いた。そして、通信を終えると同時にライフルを構えた。

「おいおい、何の冗談だよ?」

「レイカー・クロード、貴様に建造物損壊の容疑が掛けられた。車から降りてもらおうか。さもなければ……」

 焼夷弾の時限装置をもう少し遅めにしておけば、このような事態を避けることもできただろう。見通しが甘かったといわざるを得ない。軽く舌打ちをして、窓を閉めながらアクセルを一杯に踏み込んだ。

「待て!」

 背後から発砲音が聞こえるが、狙いをきちんと定められてはいないようだ。証拠に、車には一発も当たっていない。当たったところで、防弾処理を施しているこの車に大したダメージを与えられるとは思っていないが。

 ばれてしまえば形振り構う必要は無い。車に備え付けられている通信機を使い、ミラージュ諜報部に通信を入れる。

「こちらレイカー。しくじった、正体がばれた。大至急、応援ヨロシク」

「こちら諜報部、了解」

 たった二言の通信を終えようとしたとき、上空から爆音が聞こえた。前に何も無い事を確認してから、窓から顔を出す。すると、上空にはミラージュ製可変型MTのMT10−BATの飛行形態が三機、編隊を組んで飛んでいた。

「すまない、出きればMTかゼロ戦隊を送って欲しい。インディペンデンスの連中、追撃にMTを使ってきやがった」

「了解。幸いなことに、ゼロ戦隊が作戦行動のため付近に待機している。五分ほどで合流できる筈だ、何とかそれまで逃げ切ってくれ」

「了解した」

 通信を終えると同時、上空のBATがパルスライフルを放った。当たることは無かったものの、至近に着弾した。当たっていたら、と考えると、背筋が凍った。


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 輸送機の控え室の中で、レイドは部下二人の顔を見渡した。作戦終了後ということも相まってか、二人とも非常にリラックスしているようだ。テリーはウォークマンを聞きながら鼻唄を歌っているし、新米のジョセフに至っては疲れているせいもあるのだろうが、うたた寝をしてしまっている。

 そんな二人の様子を見ながら、今日も無事に任務を達成することができた、と、胸中で安堵の息を吐きながら煙草を一本取り出してくわえた。火を着けようと、ポケットに手を入れるが、ライターは無い。他のポケットも探してみるが、ライターは無い。部下から借りようにも、テリーもジョセフも煙草は吸わない。

 仕方なく、取り出した煙草を仕舞う。口が寂しいが、火が無いのではどうしようもない。することもなく、疲れた体を休めようと椅子に体を預けた。そのとき、壁のインターカムが鳴り響いた。レイドがインターカムに出る。インターカムのモニターに、ゼロファイター部隊専属オペレーターの顔が映し出された。

「どうした?」

「レニングラードから脱出中の我が社の諜報部員がMTに追撃されています。大至急、救助に向かってください。敵戦力はMT10−BATが三機のみです」

「了解した」

 振り返れば、インターカムの呼び出し音で何事かに気付いたいのか、テリーは鼻唄を歌うのをやめていた。ジョセフも目を覚まし、こちらを見つめている。

「たった今、緊急の任務が入った。レニングラード脱出中の諜報部員がMTに追撃されているため、それの救援に向かう。いいな?」

「敵戦力は?」

 ジョセフが言いながら手を上げた。

「我が社が製造しているMT10−BATが三機のみだ。我々の機体は多少の損傷はしているが、相手はMT三機、こちらは量産タイプで損傷しているとはいえAC三機だ」

「了解しました」

「よし。各員、搭乗開始」

「はっ!」

 テリーとジョセフの二人は立ち上がり、気をつけの姿勢で敬礼するとヘルメットを持って格納庫へと駆け出した。レイドも二人の後に続き、格納庫へ向かい、自分の搭乗機へと飛び乗る。

 機体を起動させると、即座に損傷率の確認を行う。つい、小一時間ほど前に戦闘したばかりで、簡単な補修すらも行われていないが、MT三機ぐらいならば十分に戦えるだろう。問題は残弾数なのだが、敵の数も少ないため、大丈夫だろう。

 多少の不安を胸に秘めながら、作戦開始地点への到着を待つ。そして、大体五分ほど経った頃、パイロットから降下ポイントへ到着したことを告げられた。輸送機後部のハッチが開く。

 レイド機が先頭に立ち、飛び降りようとしたとき下を見たのだが、夜間、しかも市街地も何も無いため底なしの闇に見える。少々、背筋に薄ら寒い物を感じた。

「各機、私に続け」

「「了解!」」

 通信機から、テリーとジョセフの声が被って聞こえる。エクステンションのミサイル迎撃装置が作動していることを確認してから、レイド機は空中へと飛び出した。


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 着地と同時に暗視スコープに切り替えた。モニターの色が緑がかった色に変わるが、暗視スコープを使用しないときより視界は格段に確保されている。緑がかったモニターに映る荒野に、一台の乗用車が走っているのが見えた。ミラージュの識別信号を出しているところを見ると、あれが救助対象なのだろう。まったく、ミラージュのMTがミラージュの社員を狙い、それを守るためにミラージュのACがミラージュのMTを落とす。これは何かの皮肉だろうか。

 走っている車に通信を入れる。

「こちらミラージュ社所属、ゼロファイター部隊だ。救援に来た」

「こちらミラージュ諜報部所属、レイカーだ。後ろの奴をよろしく頼む」

「任しておけ」

 後方に、かなりの質量を持った物体が着地する音が聞こえた。念のため、モニターで確認してみると、部下の機体が着地し、臨戦態勢に入っていた。

「アルファリーダーよりアルファ2,3へ、ブイフォーメーション」

「「了解!」」

 アルファ2テリー機がレイド機の右前方につき、アルファ3ジョセフ機が左前方に付く。本来、ブイフォーメーションは隊長機が遠距離戦に向いているときに使用するフォーメーションである。ゼロファイターは汎用機だが、レイドが格闘戦に向いているため普段はアローフォーメーションを使用することが多い。今回ばかりは、わけがあってブイフォーメーションを使用している。

 レイドがもう一度レーダーを確認すると、赤い光点が一つ映った、しばらくして最初の光点の左右後方にそれぞれ一機ずつ現れた。敵の陣形はいわゆるアローフォーメーションだ。

「アルファ2,3へ、敵両翼へ回れ」

 了解、の返事の後、テリー機とジョセフ機がブースターを噴かして前進する。その間、敵にこちらの動きを気取られぬよう、中てる気は無いが、先頭に立っているMTにレーザーライフルを放つ。

 中てる気は無かったのだが、向こうのパイロットの練度が低かったらしく、直撃。だが、BATは戦闘用に作られているため、SHADEの一発では撃墜することは不可能だ。この一撃で、敵はこちらに狙いを絞ったのか、陣形を維持したまま直進してくる。その間に、多少距離は空いているがテリー機とジョセフ機が敵の両翼を取った。

「今だ!」

 言うと同時に、前方へと突撃する。敵の攻撃を避けることができないが、BATの攻撃力はそれほど高くない。いくらこちらが損傷していようと、少しぐらいならば大丈夫だ。

 レーダーでテリー機とジョセフ機の位置を確認する。手はずどおりに、AC二機はBAT部隊の両翼わずか後方から距離を詰めていく。一拍、間を置いてから両翼のMT二機がほぼ同時に火を噴き、地面に落ちる。

 状況を確認するためか、先頭のBATが背後を振り返ろうとする。突然の事で混乱していたのだろうが、敵が目の前にいるというのにすべきではない。

 背を向けるBATにレーザーライフルの照準を合わせ、トリガーを引く。加えてEOも起動させると、一撃でBATは地面へと落ちた。レーダーに敵の反応が無い事を確認し、レイドは会社に通信を入れた。「任務完了」、と。

登場AC一覧 カッコ内はパイロット名
ゼロファイター(レイド テリー ジョセフ)&N600020001M0008000w01M0400ho0jhA4082Y6#

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